「節分」の話- (2004.02.05)

2月3日は節分です。皆さん、「豆まき」しましたか?。

節分には豆まきをするのが日本の伝統行事ですが、最近は「鬼は外、福は内」の掛け声がほとんど聞こえなくなってしまいました。ちょっと寂しい感じがします。夕方になって、あちこちのご近所から「鬼は外、福は内」との声が聞こえてくるのは、風情があってなかなか良いものです。

さて、この豆まきですが、作法はあるのでしょうか?。また、いったいどういう由来があるのでしょうか?。簡単に紹介しましょう。。。

まず「節分」ですが、節を分ける、つまり立春、立夏、立秋、立冬の前の日が節分な訳ですが、その中でも一年の節目の立春の前の日を、特に重んじているわけです。立春は旧暦での正月ですから、節分は旧暦での大晦日となります。新年を迎えるにあたって、ここ一年の穢れを祓うというのが、日本の伝統的な考え方となっています。まあ「忘年会」なんてのも、そうした類のひとつともいえますね。。。大昔(平安京のころから?)、宮中では「追儺式(ついなしき)」といって、大晦日に悪鬼を祓い疫病を封じる行事を行っていました。これが民間行事として節分になったとされているようです。

陰陽五行説に、「鬼門」(きもん)というのがあります。ここから鬼がやってくるという「鬼門」ですが、その方位は北東になります。また、北東は「丑」と「寅」の間の方位でもあります。また丑は12月、寅は1月でもあるわけで、つまり、大晦日に鬼門が開いて鬼がやってくるとされていて、この鬼を封じて新年に福を呼び込もうというのが節分の行事ということになる。ここで、なぜ炒った大豆をまくのかということになるのですが、やはり陰陽五行説では、春は「木」ですが、この「木」が苦手とするのが「金」で、鬼でありまた堅い豆でもある。この「金」を制するのが「火」であり、火で大豆を炒って鬼を祓うということにつながるわけですね。。。

ですので豆まきでは、この鬼門に向かって豆をまいて、鬼門から鬼を追い出し、代わりに福を呼び込むというのが基本のようです。『鬼門の方角に、先ずは「鬼は外」を二回、そのあとで「福は内」を二回唱える』というのがひとつの作法のようです。また、『裏鬼門(南西)から鬼を追って、表鬼門(北東)から鬼を出すように豆をまく』としてる場合もあるようです。

しかしまあ、あまりうるさいことは言わずに、そんなイメージで楽しくやれば良いのではないでしょうか?

もし今年やらなかったら、来年はやりましょうね!「鬼は外!、福は内!」。。。