renascence project《第1章》

〜 Boy meets girl. 〜





俺には、姉が家族の全てだった時期がある。
両親が死んだのは4年前。それから、ただでさえ敵わない姉は母親代わりでもあった。
7歳違いのその姉は、2ヶ月前に婚約し、大学の卒業とともに式を挙げた。
そうして、俺には、最後の居場所もなくなった。

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4/29、みどりの日。
一ヶ月お世話になった海鳴病院の方々に見送られた俺は、メモを片手に藤見町に
向かっていた。
「64-5、64-5……、と」
これから3年間、風芽丘に通う間、下宿のお世話になる高町さんの御宅。
(なんだってその3年最初の、4月の初日に全治4週間の入院をする羽目になるかな……)
もはや新緑を薫らせる桜の並木を見ながら思う。
「あ、ここだ」

表札に『高町』の文字を確認する。
「広い……」
都心ではないとは言え。駅前ではないとは言え。高町家は巨大だった。まあ広くなきゃ
部屋なんて貸せないだろうけど。
そして純和風の建築。
この雰囲気は好きだな……今時めずらしい。
これで大家の桃子さんが嫌な人じゃなければ、とりあえず3年間やっていけるだろう。
電話で声を聞く限りでは、明るくて親切そうな方だったけど。
「ごめん下さい、連絡しておいた沢木ですが」


 * * *
出迎えてくれたのは、俺よりは年上のの女性と女の子。
「はじめまして、大家の桃子です。よろしく〜」
「娘のなのはです! はじめまして」
……。
は?
あなたが桃子さん?! …若っ!
内心でツッコミが入る。えだって……三十そこそこにしか見えない。それで
この子が娘さん。中学生ではまだないと見た。12歳として……いや、ありえるか。
あり得ないことはない。

「えーと、退院おめでとう。災難だったけど、これから頑張ろうね」
「佐脇さんの部屋はこっちですよー」
桃子さんとなのはちゃんが声をかけてくれる。お礼を言って後に続く。台所の
横を通ったところで、いい匂いが漂ってきた。自然と視線が引き寄せられる。
「あ、みんなで佐脇さんの退院おめでとうと、高町家歓迎を兼ねてお祝いを
しようって計画してたんですよ。晶ちゃんとレンちゃんが今料理に腕を振るって
ますんで、一段落したら来て下さいね」

なんかおおげさなことになっている。
いや、敵対的な視線を向けられるよりはずっといいし、入学前に入院なんて目に
あったのを励ましてくれるのは嬉しいけど。
「そう……」
「はいー♪」
「それと、えーと、なのはちゃん?」
「はい?」

一応気になったので訂正しておく。
「たぶん字、違って覚えてる……僕こっちの『さわき』」
手帳を取り出して「沢木」の字を見せる。
「あ、ごめんなさい。私まちがって覚えちゃってましたー」
「あ、いいよ、よくあることだから」
すこし慌てる俺。本当にすまなさそうな表情をするんだな、この子。

そうこうしているうちに、俺が間借りさせて頂く部屋に着いた。どうも物置だっ
たのをこのために空けて貰ったらしい。
一月前に俺が送った荷物は、部屋のはしにきちんと積み上げられ、ほこりよけに
シーツのような物がかけてくれてあった。
一ヶ月遅れの、新生活の始まり。

「荷解き大変だろう、家具の配置替えとかは言ってくれれば手伝うから」
「あ、お兄ちゃん!」
振り返ると、黒一色の服をした20代くらいの男性が立っていた。穏やかそうで
どこか寂しげな雰囲気。なんか引き寄せられるような枯れた空気が、そこにはあった。
「あ、はい! はじめまして、沢木です」
「うん、長男の恭也です。よろしく」

俺の頭の中に、忘れかけていた疑問が再浮上した。桃子さんは本当のところお幾つ
なのでしょうか。
この恭也という方は、下手したら同年代くらいに見えるのですが。
「この家はなにかと騒がしいだろうけど、よければみんなとも仲良くしてくれると
嬉しい」
「じゃ、お兄ちゃん、私は先に行ってるね」
ああ、と恭也さんが返事をする。

……。
どうやら、この人とは会話が通じそうな気がする。
「ええと、なんか歓迎の会とか開いて下さっているみたいで……」
「ああ、驚かせたかな。うちのはお節介というかお祭り好きというか、スキン
シップの好きな人達だから」
「そうなんですか」
「沢木君はそういうの苦手なのか?」
「そこまでは…… こういうのなかったんで、ちょっと戸惑っているだけだと思います」

特に。
姉さんと二人になってからは……


 * * *

「あの…… 俺、未成年なんですけど」
「それでは! 沢木さんの退院と入宿をお祝いして、かんぱーい!」
すでに食堂は大にぎわいになっていた。桃子さんの音頭で食事会が始まる。
それにしても、どういう家なんだろう。

このフィアッセさんという人とレンさんという人は明らかに外人だし。(先程みんな
自己紹介をしたのだ)
「かーさん。この後仕事に戻る人は、お酒は控えめに」
この恭也さんと美由希さん、それから晶さんは……たぶん、なにかの格闘技経験者だ。
そういう気を発している。
そんなことを思いながら、俺は料理を口に運ぶ。
「おいしい……!!」
思わず言葉がもれる。

「そうか? へへ、それ自信作なんだ」
晶さんが声をかけてくれる。
「そう言えばさ、「沢木孝太郎」って名前思い出したんだけど、お前何年か前まで
明心館にいなかったか?」
「あ、はい。中学上がるくらいまで…… 茶帯でしたけど」
「小学生で茶帯なら十分だって。やっぱなー、聞き覚えあると思ってたんだ」

城島……晶?
「え?! ひょっとして城島先輩ですか?!」
城島晶。本部道場でも有数の使い手だったし、女子部での大会では全国区でも
3本の指に入っていたと思う。技も型もきれいだったし、華もあった。

「あら。ふたりは知り合いなの?」
「いえ、知り合いって程の者じゃないです! 同じ道場に通っていた時期があったっ
ていう位で……」
「でも、もったいなかったなー。もう少しで黒帯だったろ?
 なんでやめちゃったんだ?」
晶さんが聞いてくる。
「え……と、そのころ両親が他界しまして、経済的に続けられなくなったんです。
中学に入ってからは勉強もしたかったし」

食堂がしんとなる。食器の音が一つ二つ、響いて止まる。
あ、
やっぱし気を使わせちゃったか。なるべくさらっと言ったつもりだったんだけど。
「あー、ごめんな。悪いこと聞いちゃった。すまん、俺無神経だった」
晶さんが大きな身振りで謝る。
「いえ、もう4年も前のことですし。あの人達も前向きに人生を使った結果ですから。
大丈夫です」
本当に。それで気を使われる方が、正直つらい。
「ほらー、元気出して。お姉さんがはげましてあげちゃう」
ぎゅう。

………………!!

「フ、フィアッセさんー、いくらなんでも、お兄ちゃん以外の男の人にそれは……
まずいのでは……」
「ああ! 沢木さん気失ってるよ〜! しっかりしてー!」
「ええ? 私そんなに強かった?!」

……こうして、俺のはらんばんじょう驚天動地の高校生活は、幕を開けるのだった。


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翌日。
4/30、俺にとっては初登校日。

(あー、やっぱり一ヶ月も経っていると、人間関係固まっちゃってるか。苦手
なんだよなー、こういうの…)
同じ形の机が一部屋に40個。休み時間になると、自然にバラバラと何人かごとの
集団ができていく。
つい、ため息が漏れる。どうしたもんかな。
まあ、仕方がないかな。俺は勉強をしに高校に来たんだし。
俺は鞄から本を取り出した。

授業の方の進み具合は、正直どうということはなかった。
ここ一ヶ月やることがなかったわけだし、勉強は苦手じゃない。文系のいくつかは、
もっと先の方まで教科書を読んでしまっていたくらいで。

(俺が女だったら聖祥の方に行ってたのかな……)
ふと、そんなことを考えたりもする。

俺の姉、沢木照葉 …今は舞島照葉だけど… は、何をやらせても様になって、
活気があって、華がある人だった。はっきり言って、何をやっても俺では届かな
かった。
ただ、割と勉強だけはやったらできたので、いつの間にか得意になっていた。
(まあ、テストだけが得意というのもいいだろう。せめて少しでも高級(給)な
官僚になれるように頑張ろうか)

そんなことを考えていた時。俺の肩を叩く者があった。
「?」
振り向くと。女の子が立っていた。
にこにこと、人懐っこい笑顔を俺に向けている。確か同じクラスの奴だった……と思う。
うう。
女の子と話すのは、さらに苦手なんだよ。免疫がないとでもいうか。
昨日もそれでやっちまったし……
よく「姉ちゃんがいるのに?」とか言われるけど、それだけにどこまで行っても
未知な事を思い知らされるってもんだ。女って。

「沢木孝太郎君だよね?」
彼女が口を開く。
「そうだけど……」
君は? と言おうとするところを、さらに彼女に機先を制される。
「深瀬一美、十五歳。
 あなたが好きです。よろしければ私とお付き合いしてください!」

……こうして。
俺の高校生活の青写真は三たび修正を余儀なくされたのであった。


─続─
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