10:00AM
朝食後の一段落。自分の部屋に戻ろうとしたところで気がついた。
相川が私の部屋の前にいる。相川と会えるのはいつでも嬉しくなる。
今は、同じ屋根の下で生活してるから、会えるのは当たり前と言えば
そうなんだけど。
「ああ、相川。何か用か?」
「んー、別に用ってわけじゃないけど。いづみに会いたくなったから」
うう。ただでさえ嬉しい気分の時にそんなことを言われたら、表情に
出てしまう……。うまく、おさえこめただろうか。とりあえず、私は
こう返した。
「またそういうことを。でも実際はやることがなくて退屈なだけなん
じゃないか?」
「それもあるけどね。でも、いづみと会いたいなってのも本当だよ」
「ま、いいや。入れよ」
私は部屋の扉をあけて相川をうながした。

「今朝、ちょっと見たんだけどさ」
相川が言った。
「あれ、もしかして毎朝やってたの? 火影さんと組み手」
「ああ……起きてたのか。うん、ここにいる間はやっておこうと
 思ったから」
「そっか。相変わらずいづみはすごいな。大変だとか思わない?」
「少しは思う」
「あら」
「でも、最近はやることをやっている納得感も出てきたし、相川も
 いてくれるし。一番つらかったのは冬のころかな」
これは偽らざる気持ち。あれから、相川がそばにいてくれるように
なって、どれだけ自分が楽になっただろう。どれだけ日々が楽しく
なっただろうか。

ふと見ると相川が、私の本棚の前に移動している。相川が振り向い
て、たずねる。
「いづみって、少女マンガとか読まないの?」
「え?!」
「いや、難しい本ばっかだから…… そういうの読まなかったの
 かなって」
突然の私の剣幕にたじろぎながら相川がそう続けた。
「いや、その、持ってる事は持ってるけど」
私は答える。
「本棚の『奥』に……」
恥ずかしさでつい照れ笑いになる。私の本棚は一段に、前後2列に
本が積めてある。それほど大きくない本棚なので、スペースの都合
で。そして、手前側には、割とまともな普通の本が並べてある。

「へえ。やっぱ少しはそういうのも読むんだ。
 どんなの? 見せて見せて」

相川がいたずらを思いついたような甘えた口調で本棚の『手前』の
本を抜きにかかる。
「わあ、まて、見るな見るな!」
あわててとめる。じゃれ合うように取っ組み合う。
「え、なんで?
 だめ?」
「突然で心の準備がまだというか……
 明日ちゃんと貸してやるから」
「そっか。ちょっと、あせっちゃってごめん」
相川はあっさりひいてくれた。そう、相手が本当に嫌がることは
しない、そんな奴だ。相川は。
 話題と空気を変えるために私は提案した。
「そんなに暇なら外に出ようか? 裏の山にちょっといい感じ
 の場所があるんだ」
「ああ、いいなそれ。すごく眺めがいいとか?」
「うん。それで、周りの雰囲気もいいんだ。
 気分が落ち着くから、修行しててつらいことがあって、一人になる
 時によく行ってた」
「へえ。じゃ、今から行く? いづみのその「とっておきの場所」に。
 で、二人で行くとまた違った雰囲気があったりして」

ああ、それは、楽しみかもしれない。
今まで、一人でしていたことをふたりで共有したら、どんな感じ
だろう。
少し、ドキドキする。
「ああ、そうかもな。じゃ、行くか」


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