はじめに
地球上には、地域の気候等の条件に応じて、熱帯から寒帯まで、海洋・沿岸域から高山帯まで、様々な生態系や生物の生息・生育環境が広がっている。生物は、その誕生以来約４０億年の間、様々な環境に適応しつつ進化し、種を分化させてきた。その結果、全世界には数千万種あるいはそれ以上の生物種が存在すると言われている。
我が国は南北に長く、亜熱帯から亜寒帯までの気候帯に属しており、いくつもの島嶼を有すること、大陸との分断・接続という地史的過程を有することなどを要因として、狭い国土面積にも関わらず、豊かな生物相を有しており、固有種の比率が高い。
一方、人間活動の発展に伴い、人と物資の移動が活発化し、国外又は国内の他地域から本来有する移動能力を超えて、人為によって意図的・非意図的に移入された野生生物種が増加している。それらの移入種により、在来種の捕食、在来種との競合、交雑による遺伝的撹乱、農林水産業への影響、人の健康への影響等様々な影響が生じている。
野生生物の分布域は、本来、地形や気候など様々な障壁によって制限されており、それゆえに地域固有の生態系が形成されてきた。こうした生態系は外部からの移入種の侵入に脆い面を有しており、それは島国で独特の生物相や生態系が形成されている我が国において典型的に顕現している。
現在、移入種の問題は、我が国の生物多様性を脅かす主要因の一つとして認識されており、早急に移入種対策を実施するための法制度を整備することが必要である。
当小委員会は、「移入種対策に関する措置の在り方について」の諮問を受けて、本年２月に中央環境審議会野生生物部会に設置された。これまでの小委員会で検討した内容を踏まえ、ここに中間報告を行うものである。
１．移入種の現状と問題
（１）移入種とは何か
移入種とは、ある地域に人為的（意図的又は非意図的）に移入された又は移入される種（亜種又は変種を含む。以下同じ。）で、当該地域を自然分布域とする在来種のいずれにも属しない種として捉えられる。既存文献等の資料によれば、現在、我が国では少なくとも脊椎動物で108種、昆虫類で246種、維管束植物で1,553種の移入種が定着しているとされている。
移入種には、在来種の捕食、在来種との競合、交雑による遺伝的擾乱、農林水産業への影響、人の健康への影響等を顕著に生じさせているものがあり、これらは侵略的な移入種として特に問題にされている。
なお、在来種とは、本来的に、日本国内において生態系の構成要素となっている日本産の種をいうものである。しかし、移入の時期が不明確なものがあり、学術的観点から明確な定義をするのが難しい面があるので、本報告では、以下、概ね明治時代より前から日本国内において生態系の構成要素となっている種を在来種ということにする。
（２）移入種による問題点と事例
移入種による影響は、生物多様性への影響、人の財産等（農林水産業等）への影響、人の健康への影響等に区分される。また、移入種は、定着から一定期間を経過した後、急激に分布を拡大することがあり、一度蔓延してしまうとその駆除には困難な点が多い。
生物多様性は３０数億年の進化の歴史を積み上げて形成されたものであり、個々の地域に特有の生態系を育ててきた。平衡状態にある生態系は人為などの外部からの影響によって混乱がもたらされると甚だしい影響を受けることがあるが、移入種による生物多様性への影響はその典型例である。
生物多様性への影響に係る具体的な例としては、在来種の捕食、採食や踏み付けによる自然植生への影響、在来種との競合・在来種の駆逐、土壌環境の撹乱等を通じた在来植物への影響、交雑による在来種の遺伝的な撹乱、在来生物への病気・寄生虫の媒介等を挙げることができる。
移入種による影響の具体的事例としては、以下のようなものが挙げられる。
ア 在来種の捕食
生物はいわゆる天敵と呼ばれるような自分にとって不利益を与える生物に対して、さまざまな防御機能を進化させてきた。そのため、通常は天敵によって絶滅に追い込まれることはないが、それまで存在しなかった種が人為的に持ち込まれることにより、その種に対する防御機能を有していない在来種が捕食され、持ち込まれた地域の生物多様性が大きく変質する例が世界各地で報告されている。
有袋類が多く生息していたオーストラリア大陸にネコ、キツネなどの動物が持ち込まれ、それらが野生化したために有袋類の何種かが観察されなくなった事例、グァム諸島に持ち込まれたヘビ類によって固有のクイナ等の鳥類が絶滅に追いやられた事例などが知られている。
我が国においても同様の例が見られる。ハブとネズミの天敵としてインドから沖縄に移入されたジャワマングースは、個体数を増やして分布を拡げ、沖縄本島北部のやんばる地域でホントウアカヒゲなどの希少種や固有種を捕食していることが確認されている。沖縄に続いて奄美大島にもマングースが移入され、同島国有のアマミノクロウサギなどを捕食していることが確認されている。また、当初水産魚種として移入され、その後釣魚として全国各地に分布を拡げたオオクチバスは、在来の魚類や甲殻類等を捕食している。さらに、同じ陸水域で分布を拡げているブルーギルも魚卵や稚仔魚をはじめ幅広い食性を有し、個体数の増加も速いことから、地域の陸水生態系に大きな影響を与えている。
国外からではなく、国内のある地域から別の地域に移入された例として、三宅島のニホンイタチの例が挙げられる。三宅島では、ネズミの天敵として放たれたニホンイタチの移入後、在来鳥類のアカコツコやオカダトカゲが減少したとの報告がある。
捕食による影響は、在来種への直接的な影響であり、捕食される種が希少種や固有種の場合は、絶滅のおそれが増大され、重大な影響があると考えられる。
イ 在来種との競合・在来種の駆逐等
移入種が定着し、新たな生態的地位を占めて生存することは、本来その場で生存し得た在来種と生息・生育に必要な資源（食物、生息・生育空間、光など）をめぐる競争により、競争力の弱い種が排除されること（駆逐）につながり、その結果、在来の生物多様性を撹乱する例も少なくない。
植物では、移入先の環境条件が移入種の生育に適していて、発芽時期が在来種に比べて早いような場合、在来種よりも先に光などの資源を独占してしまうことで、在来種よりも優位に生育し、旺盛な繁殖力を示すことになる。例えば河原に生育するオオブタクサ、陸水域に繁茂するコカナダモ等がこうした特性により在来種を駆逐していると言われている。
動物では、生態の類似した他種との競合により、最終的に駆逐してしまう例が報告されており、ホンドテンがエゾクロテンを、チョウセンイタチがニホンイタチを駆逐しながら分布域を拡げた事例等が報告されている。
在来種の生息・生育場所や餌資源が移入種によって奪われ、一部の在来種が地域的に姿を消してしまう状況は全国各地で見られており、その結果、在来種からなる生態系の構造自体も変化している。単一の移入種が競合・駆逐により一定の範囲を独占してしまうことは、生物の多様性が損なわれることを意味している。
競合や駆逐だけではなく、ある１種の移入種が生態系に侵入することにより、多岐に渡る影響がもたらされることも少なくない。トマトなど施設栽培用の受粉昆虫として商品化されたセイヨウオオマルハナバチは、輸入されたものがハウスから逃げ出し、定着して、在来のマルハナバチと競合していることが指摘されているが、花を外側から咬み破って穴を開け、送粉をほとんど伴わずに吸蜜する行動（盗蜜）により、野生植物の繁殖に対して影響が及ぶことも懸念されている。
ウ 植生破壊等による生態系基盤の損壊
種によっては、天敵不在の状況で自らの生存基盤を徹底して改変してしまうものがあり、そうした種が個体数を増やすことにより、植生や土壌など生態系の基盤そのものが損壊される場合がある。
ヤギは古くから家畜として利用されてきた動物である。１６世紀以降、航海時に立ち寄った島嶼にヤギを放ち、次に立ち寄った際の食料として生体保存する行為が行われていた。放置されて野生化したヤギはノヤギと呼ばれ、植物を根こそぎ摂食し、踏み付けによって裸地化を進行させるため、植生及び土壌環境が著しく破壊されることがある。特に小笠原諸島のような海洋島などでは、生態系の構成種が少なく、そこにしか生育していない固有種が多いため、ノヤギによる生物多様性に対する影響は大きい。また、カイウサギも、キツネ等の天敵のいない島に放たれた場合には、繁殖して個体数を増やし、ノヤギと同様の影響を与えることがある。石川県の七ツ島大島では、カイウサギによって植生が破壊され、裸地化及び土壌流出を生じさせ、オオミズナギドリの営巣環境を破壊している。
植物では、窒素固定を行うものが侵入することにより、土壌の肥沃化が進行することがある。ハリエンジュ（ニセアカシア）などのマメ科の移入種が緑化用に大量に使用された場合に、土壌への窒素の蓄積が起こり、土壌が肥沃になると、本来、貧栄養の土壌に生育する在来種は生育基盤を奪われ、生態系の構成が変化してしまう。
移入種による生態系基盤の損壊は、生物多様性を保全していく上で大きな障害となる。
エ 交雑による遺伝的撹乱
在来種と生物学的に近縁の移入種が移入され、生息・生育地が重なった場合に、種間の交雑により種の遺伝的な撹乱が生じることが指摘されている。
和歌山県や青森県で野生化しているタイワンザルは、ニホンザルと交雑しており、両種の特徴を併せ持った個体が群れの中で確認されている。また、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」（以下「種の保存法」と言う。）の国内希少野生動植物に指定されているニッポンバラタナゴが生息する陸水域に、移入種のタイリクバラタナゴが入り込み、交雑していることが確認されている。
このような本来自然分布域では起こらない繁殖が人為的な要因により起こり、固有種に大きな影響を与える可能性がある。地理的条件によって隔離され、長い期間を経て進化を遂げてきたのが現在の生物種であり、それらの遺伝的形質が人間の活動によって、極めて短期間に撹乱されてしまうことは、生物多様性の保全にとって危機的状況であると言える。また、種のレベルではないが、地域固有の遺伝的形質を持つ地域個体群に、異なる形質を有する個体を持ち込むことによる遺伝的撹乱も指摘されている。
オ 在来生物への病気・寄生虫の媒介等
ある生物にとっては影響を及ぼすことのない病害生物でも、それまでにその寄生生物と接触したことのない寄主に対しては、重い病気を引き起こすことがあり、病原菌に感染したり寄生虫を宿している移入種が移入されることによって、在来種に大きな影響を及ぼすことがある。
例えば、セイヨウオオマルハナバチは、マルハナバチポリプダニを媒介することが知られており、在来のマルハナバチへの影響が懸念されている。
カ 人の財産等（農林水産業等）への影響
人の財産等（農林水産業等）への影響は、移入種の多くの分類群で見られ、その影響も多様である。農業に関しては、アライグマやマングースなどの哺乳類が農作物の食害といった直接的な被害を起こすため、これらによる農業作物の食害防止対策が講じられているとともに、有害獣として駆除が行われている。また、飼料用の穀物に混入して移入したとの報告がある植物の種子が家畜の糞の農地還元を通じて畑に蔓延して被害が生じたり、移入した昆虫が害虫として大きな被害を与えた例がある。
漁業への影響としては、ブラックバスやブルーギルが琵琶湖において漁業対象種を捕食するなど、移入種による被害が報告されている。
キ 人の健康への影響
人の健康への影響は、主として動物を媒介とした伝染病などによるものである。アライグマは、人畜共通感染症や狂犬病を媒介する可能性が指摘されており、同様に国外からペット等として移入する生物が病原生物やウィルスを媒介し、新規の伝染病をもたらす可能性がある。
また、人に直接危害を及ぼすことが危惧される移入種として、カミツキガメが挙げられる。本種は成長すると体重２０キログラムに達し、顎の力が強いことから噛み付きによる事故が心配されている。そのほか、セアカゴケグモのように有毒の動物も人に危害をもたらす可能性がある。
（３）移入種の移入経路
ア 野外への放出
野外に定着し、移入種として悪影響を及ぼしているものの中には、野外で何らかの働きをすることを期待して人間が意図的に放出したものやペットとして飼養していたものを意図的に遺棄したものがある。
ハブの駆除を目的としたマングース、サトウキビ畑の害虫の捕食を期待されたオオヒキガエル、治山と薪炭生産を目的として植栽されたアカギ、法面等の緑化用に移入されたハリエンジュやシナダレスズメガヤ等がこれに当たる。
ミシシッピアカミミガメについては、孵化後間もない幼体が大量に輸入され、「ミドリガメ」の名称で販売、飼養されている。しかし、大きくなった成体は攻撃的になることもあり、持て余して野外に遺棄されることが多く、野外での定着が確認されている。
イ 過失による野外への逸出
環境中に放出する意思がなく、人間の管理下にある場合であっても、動物園に飼われていたものが逃げ出して定着した例があるように、過失により野外に逸出してしまったものがある。地中海で爆発的に増加し在来の海藻群落と置き換わったイチイヅタの一変種が、日本海でも発見されており、定着は確認されていないが、これは展示用に用いられていた水族館から流出したものと言われている。
ウ 非意図的な移入
人や物の移動に伴って移入される種ではあるが、目的をもって意図的に持ち込まれたものではなく、人や物資に紛れて移入された移入種が、昆虫類や植物を中心に多数記録されている。
一時期国内各地で見られたアメリカシロヒトリは、米軍の物資に蛹が付着して侵入したと言われている。また、アルゼンチンアリやセアカゴケグモはコンテナや木材、建築資材にイッコククモガニやムラサキイガイは、船のバラスト水（船体安定のために積み込む海水）に混入して持ち込まれたとされている。
（４）移入種対策に関する近年の動向
ア 新・生物多様性国家戦略
生物多様性条約に基づき、我が国政府は、平成１４年３月に「新・生物多様性国家戦略」を決定した。この新・国家戦略において、移入種問題を我が国の生物多様性の危機の一つとして位置付け、その中で「日本のように独特の生態系を有する島国では、移入種により絶滅の危機にさらされる動植物が多く、生物多様性に与える影響が甚大であることを認識しなければなりません」と記述している。
新・国家戦略では、移入種対策として、影響を生じているかその懸念のある種のリスト化、新たな移入種利用に先立つ影響評価の実施、逸出すると影響を生じるおそれのある飼育動物の管理、非意図的導入による移入種の進入経路特定と侵入予防、モニタリングと早期対応の実施、定着していて影響軽減が必要な移入種の排除、これらに必要な体制及び資金の確保について、取組を着実に進めていくことが必要としている。
イ 生物多様性条約締約国会義
生物多様性条約第８条では、締約国は、可能な限り、かつ、適当な場合には、「生態系、生息地若しくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御し若しくは撲滅すること」と定められており、同締約国会議では、横断的課題として外来種の取扱いを継続的に協議し、第５回締約国会議で中間指針原則を、第６回締約国会議で「生態系、生息地及び種を脅かす外来種の影響の予防、導入、影響緩和のための指針原則」を決議している。
指針原則は、総論、予防、種の導入、影響緩和の各項目から成り、全部で１５の原則が述べられている。総論の項では、移入種対策が予防的アプローチやエコシステムアプローチに基づくべきものであることを述べるとともに、調査、モニタリング、教育及び普及啓発の重要性に触れている。予防及び種の導入の項では、意図的導入に当たってリスク分析を実施し生物多様性を脅かさないもののみ導入を許可すべきこと、非意図的導入については、経路を特定して適切な対策をとり、その導入を最小限に抑えるべきこと、情報交換をはじめとする国際協力の必要性等が記述されている。また、影響緩和の項では、侵入のできるだけ初期の段階で対処し、撲滅、封じ込め、防除といった対処を採るべきとしている。
指針原則に示された内容には、移入種対策として採るべき施策の方向性が網羅的に示されており、これに我が国の事情を加味して適切な制度を構築するのが妥当な方針と考えられる。
ウ 総合規制改革会議の答申等
経済社会の構造改革を進める上で必要な規制の在り方の改革に関して、「規制改革の推進に関する第１次答申」（平成１３年１２月）では、重点６分野の一つである環境の項において移入種問題に触れ、移入種対策について検討することとされた。
そこでは、人と自然との共生を図る観点から、移入種の導入に関するリスク評価及びこれに基づく制限、移入種の管理を適正に行うための対策、移入種の駆除や制御に関する対策、在来種の産業利用の促進の４点に関する移入種対策について、検討することとされている。このうち、在来種の産業利用促進は、現在移入種を利用している産業分野について在来種の利用を促し、移入種を導入する機会を減少させようとするものである。
なお、平成15年３月に閣議決定された「規制改革推進３か年計画（再改定）」においても、移入種対策を上記の第１次答申と同様に位置付け、実効ある制度の構築に向け法制化も視野に入れて早急に検討を開始し結論を出すこととされた。
エ 内閣府世論調査の結果
平成13年の内閣府世論調査において、移入種問題について「知っている」と答えた者の割合が58.4％、「言葉は聞いたことがある」と答えた者の割合が20.9％、「知らない」と答えた者の割合が19.3％となっている。また、移入種を「駆除した方がよい」とする者の割合が73.8％、「駆除しない方がよい」とする者の割合が12.7％、「わからない」と答えた者の割合が12.8％となっており、移入種対策に関する国民の関心が高まっていることがうかがえる。また、平成１５年の内閣府世論調査において、外国産の野生動物をペットとして飼うことについて、「個人の責任で自由に飼ってよい」と答えた者の割合が13.7％、「規制により問題ないものに限定すれば飼ってもよい」と答えた者の割合が29.4％、「ペットとして飼うべきではない」と答えた者の割合が49.7％となっている。
一方、年齢別に見ると、移入種や外国産のペットを問題と認識する回答の割合は20代では低いことが示されており、移入種問題に関する認識が国民一般に幅広く浸透しているとは言えない面もある。
（５）移入種対策に関する取組の現状
ア 我が国における現行制度
（ア）海外からの生物の持込み
現在、海外から植物を持ち込もうとする場合等には、農業生産の安全及び助長を図ることを目的とした「植物防疫法」に基づき、輸出入植物及び国内植物について検疫を行うこととなっている。同法は、世界の120ケ国が加盟する国際植物防疫条約（昭和27年条約第15号）に基づく我が国の担保法であり、植物に有害な病害虫等について輸入禁止の措置を採っている。また、林業総生産の増大及び林業の安定的発展に資することを目的とする「林業種苗法」では、外国産の劣悪な林業用種苗の輸入について、適宜措置を採ることとなっている。
動物に関しては、人への影響と産業への影響の両面から、複数の法制度がある。
公衆衛生の向上等を目的とするものに「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」（以下「感染症法」と言う。）及び「狂犬病予防法」があり、それぞれ動物由来感染症の観点から指定する動物の輸入禁止や検疫の義務付けを行っている。畜産振興の目的では、「家畜伝染病予防法」があり、家畜の伝染性疾病の病原体の輸入禁止、みつばちを含む家畜の検疫等の措置を定めている。水産資源の保護培養によって漁業の発展寄与を目的とするものでは、「水産資源保護法」があり、防疫上の観点から、こい等の種苗に関して輸入を許可制としている。これらの規制は、すべて人の健康の保護又は産業の振興を目的としたものであり、直接的に生物多様性への悪影響の防止を念頭に置いているものではない。
なお、希少野生動植物の保護の観点から、ワシントン条約で附属書に記載されている動植物種については、輸入時に輸出国の政府機関の発行する証明書を求めるなど一定の制限が設定されている。
（イ）国内における生物の取扱い
生物が流通によって国内を移動し、それが野生化して移入種問題を生じさせている場合が多いが、生物の販売・管理に関する規制を定めた法律が現状として複数存在している。
植物防疫法では、我が国の農業生産に重大な被害を及ぼす特定の検疫有害動植物であって、かつ、その発生地域が極限されているものについては、国内や地域へのまん延を防止するため、それらの特定の検疫有害動植物・その寄主植物等について、地域を定めた上で移動規制を課している。水産資源保護法では、水産動植物に関して移植の制限を定め、家畜伝染病予防法では、家畜伝染病の蔓延を防ぐための移動規制を定めている。これらは農業及び水産業の保護の観点からの取扱いを定めたものである。また、狂犬病予防法では、犬の登録や注射済票を犬に着けておくこと等を規定しているが、これは公衆衛生の観点からの管理を徹底させることを趣旨としたものである。ほかに動物の取扱いを定めたものとして「動物の愛護及び管理に関する法律」（以下「動物愛護法」と言う。）があり、法の対象は哺乳類、鳥類及び爬虫類に限られているが、愛護動物の遺棄を禁止しているほか、販売、保管、展示等を業として行う者の届出や、都道府県等のイヌ及びネコの引取義務について定めている。
一方、優れた自然環境や風景地、あるいは希少野生動植物の生息地等を指定した上で、その区域内での木竹の植栽等を許可制とすることで、現状の自然環境を維持しようとするものとして、「自然環境保全法」、「自然公園法」及び種の保存法がある。これらは、直接的に自然環境を保全することを目的とした規制である。なお、直接の日的は異なるが、同様に指定区域内での植栽等を制限する仕組みを持つ法律として「河川法」がある。なお、種の保存法では、希少野生動植物種の譲渡等を規制しているが、規制は種の保存の観点からなされており、またその対象は個体数の少ない希少種であつて、移入種対策とは異なる観点から規制が実施されている。
（ウ）移入種による生物多様性への影響の防除
移入種の防除に関係する法制度には、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関る法律」（以下「鳥獣保護法」と言う。）があり、哺乳類及び鳥類については、移入種であつても、捕獲に際して、原則として許可を必要とする。ただし、移入種の場合には在来種と比べ、許可の要件や捕獲に当たる者の要件について、対処しやすいように運用を図っている。なお、自然環境保全法、自然公園法等では、保護のために指定した区域内における移入種の駆除に対して、特に配慮する措置は採っていない。
また、狂犬病予防法、感染症法、植物防疫法、森林病害虫等防除法、家畜伝染病予防法等では、それぞれの法目的の達成のために必要な動植物の駆除等を実施する規定が設けられている。
イ 諸外国における移入種対策
諸外国における移入種対策制度では、過去に移入種によって固有の生物相が撹乱された経験をもつニュージーランド及びオーストラリアに先進的な事例が見られる。
ニュージーランドは、二つの法により、種を指定して野外放出等を禁止しているほか、新たに移入しようとする種にリスク評価を課している。この評価手続は、あらかじめ対象種を定めずリスク評価が行われ、リスクが少ないと判定された種以外を規制の対象とするホワイトリスト方式であり、移入の申請に対して誰でも意見を述べることができることなどの特徴を有している。
また、オーストラリアは、１９９７年に国家雑草戦略を策定し、国内に新たな雑草問題が生じることの予防、重要な雑草問題の影響の減少等を目標に掲げ、雑草による生物多様性の撹乱防止に努めている。この中で、事前に雑草化する危険性を評価するガイドラインが作成されており、評価シートによって誰でも環境影響が判断できるチェックリストを提供している。
ほかには、アメリカ合衆国がLacey Act 1998をはじめ、複数の法律によって人や野生生物にとって有害な動植物の輸入規制を実施している。1999年に発せられた大統領令では、連邦政府における移入種対策について、体制整備や事務の配分を定めることとしており、その後作業が行われている。ヨーロッパでは、EUの植物防疫等の規則を中心に対策が採られているが、スウェーデンやイギリスでは独自の輸入規制措置を採っている。
なお、移入種の非意図的な移入経路の一つとして問題点が指摘されているバラスト水に関しては、国際海事機構において、「船舶のバラスト水及び沈殿物の排出規制及び管理に関する新条約」の採択に向けて議論が行われており、バラスト水中の移入生物についてもその対象となっている。
（６）移入種対策に関する課題
国外から意図的に移入種を移入するに当たり、事前に影響の有無を審査する制度として、植物防疫法のように農業生産の安全及び助長を図るなど一定の部門を対象とする制度や、感染症法など公衆衛生を目的とする制度はあるものの、生物多様性の保全をも対象にする制度はない。
また、移入種による影響が不可逆的であり、定着した種が個体数を急激に増加させる可能性があることを考慮すると、移入種の利用や飼養に係る取扱いに当たっては、徹底した管理を行うことが重要であるとともに、移入種による著しい影響が確認された場合には、早期に当該移入種の防除等の措置を採る必要があるが、移入種による悪影響を防止する観点からこれらを確実に担保する措置はない。
移入種対策においては、移入種を排除することについて、国民の理解が必要だが、移入種の逸出や野外放逐が在来種にとって脅威となる可能性があるという認識はまだ希薄であり、動植物を取り扱う業者においても、移入種の逸出の危険性を十分認識しておらず、普及啓発が不足している状況にあると言える。
２ 移入種対策に関する措置の在り方
（１）基本的考え方
生物多様性条約第６回締約国会議において決議された指針原則に位置付けられている、侵入の予防、早期発見・早期対応、定着したものの防除（影響緩和）といった３段階のアプローチは、我が国における移入種対策の考え方としても基本となるものである。被害を及ぼすおそれのある移入種（侵略的な移入種）の移入、定着を予防することは、ごく少数が移入された侵略的な移入種が等比級数的に生息数を増加してしまった過去の経緯が物語るように、費用対効果の観点からも、環境影響の面から見ても、最も望ましい措置である。また、侵入してしまった侵略的な移入種について、まだ分布が拡大しないうちに早期に排除することは、対策の効果が高く、定着し、被害を及ぼしてしまっている移入種については、影響の程度等に応じて、生態系からの完全排除、封じ込め、生息数管理などの防除措置をとることが必要になる。
侵略的な移入種の影響は、その発端の多くが、ともすれば「無責任な人為」に帰結するものであることを肝に銘じ、生命尊重の観点からも、その影響によって被害を受ける在来種、本来適正な管理をしていれば防除の対象とはならない移入種の双方を見据え、今後影響が拡大しないよう、また新たな移入種の問題が極力起きないよう対処する姿勢が重要である。なお、移入種の対策においては、「交雑」や「よそ者」を、それ故に排除すべき対象としているわけではなく、問題の本質は、生物多様性の喪失という取り返しのつかない事態を招くことがないように予防的に対処する問題ということである。
我が国では、過去から、農林水産業の対象として、または、生活の中で様々に利用するため、あるいは、物資等に付随して非意図的な形で、多くの移入種が移入されてきた。それらの中には、長い時間をかけて我が国の自然環境と共存し特に問題とされていないものも多くあるが、その一方で、生物多様性や農林水産業等への影響を生じ、現在、社会的に問題になっているものもある。また、現時点では影響が確認されていないものの、今後問題を生じるおそれが指摘されているものもある。移入種対策は、こうした移入種の全体像を理解した上で、特に生物多様性等への影響が懸念される侵略的な移入種に対する制度的な措置を中心に検討する必要がある。その際、海外から移入されるものだけでなく、我が国に本来的に分布している在来種であっても、当該種を自然分布しない地域へ持ち込むことにより当該地域の生物多様性等に影響が生じている場合があることを考慮し、特に生物多様性保全上重要な地域等におけるこうした在来の侵略的な種への対策も検討対象とすべきである。なお、制度的な規制の対象とする移入種の種類については、それが特定できることが必要であり、国内の在来種のリスト作成状況等を勘案して決める必要がある。
侵略的な移入種が問題を引き起こすのは、移入種が意図的、非意図的に野外へ放出されることにより、在来種等への影響が生じる事態を招いた場合である。このような事態の予防策としては、第一義的には侵入の予防であり、輸入時点でのチェックにとどまらず、侵略的な移入種が、国内に持ち込まれた後に適正な管理が確保される必要がある。
移入種問題への対処は、国及び地方公共団体が中心となって当たるのが基本であるが、移入種に関わる人々が多岐にわたり、これら個々の人の行動が移入種の適正な管理の観点から極めて重要であることに鑑み、移入種を扱うすべての人が、移入種に係る問題を認識し、それぞれが必要な対処を行えるよう促していくことが必要である。
（２）制度化に当たり検討すべき事項
制度化に当たっては、以下に示すような事項について、検討を行うことが必要である。
① 我が国に新たに移入種を持ち込もうとする者に、当該移入種の生態、利用形態、生物多様性影響等に関する基礎的な情報を提出させ、国において、当該移入種が我が国へ定着する可能性や生物多様性等へ影響を及ぼす可能性について評価し、当該移入種による悪影響を判定する仕組みを設ける。
判定に当たっては、専門家の意見を踏まえることが必要であり、この判定が終了するまで、当該種の我が国への持込みを規制する。なお、新たな科学的知見の充実等により、既判定種の評価が変わる場合が考え得ることから、移入種の悪影響の判定については、適宜、見直しが行えるようにする必要がある。
悪影響を及ぼすまたはそのおそれがあると判定された種の個体の輸入については、②に記述するような適正な管理を実施できることが公的に確認されている者以外には認めないようにする。
② 悪影響を及ぼすまたはそのおそれがあると判定された種については、在来種との 接触が発生しないよう、その種の個体を利用しようとする者に対し適正な管理を求める仕組みを設ける。この場合、当該利用者が適正に管理できる施設や能力を有していることを公的に確認するとともに、実際に移入種個体を利用するに際して、その利用状況を公的に確認できる仕組みが求められる。
なお、移入種個体が野外に逸出してしまった場合の駆除の実施については、当該個体の利用・管理者に対して、原因者負担の原則に則り、相応の責任を求めるという考え方が重要である。
② 既に定着し問題を生じているか、あるいはそのおそれがある移入種については、必要に応じて、計画的に防除（侵略的な移入種個体の生態系からの排除、封じ込め、生息数管理等）を実施できる仕組みを設ける。国は、全国的な観点から、こうした防除に係る基本的な事項を示すとともに、国又は地方公共団体は、その地域の特性に応じて、防除が必要な地域毎に防除の実施のための計画（防除実施計画）を策定する。
防除実施計画においては、防除対象地域および防除対象種を設定するとともに、防除の目標、具体的な防除の方法、防除の実施体制、モニタリング等について定める。
防除実施計画の策定に際しては、関係行政機関、専門家、利害関係者等、地域の関係者の合意形成を図る仕組みを整備する。また、防除の実施主体は、国又は地方公共団体が担うことを基本とするが、実施に当たっては、行政機関だけでなく、学識経験者や地域住民、NGO等、様々な立場にある者が連携、協力することが必要である。
なお、防除の実施に際し、国立公園や鳥獣保護区等で求められる動植物の採捕の手続きについて、その簡素化を検討する必要がある。
④ 固有種が多く生息するなど、生物多様性の観点から、特に移入種による影響を防止することが必要な地域に関しては、別途、当該地域の特別な管理ができるようにするための措置が必要である。
⑤ 我が国に持ち込まれた移入種について、生物多様性等への影響の観点から、その状況を監視し、問題が生じた場合には緊急的な防除など早期の対応が採れるようにする。監視体制については、地域の関係者が調整し、役割分担を図ることが重要であるが、継続的な情報収集に当たっては、ボランタリーな調査への参加促進も重要である。
⑥ 動植物種を意図的に移入している動物取扱業者や個人飼養者等に移入種対策の重要性と制度の内容について普及啓発を図る。また、移入種対策についての関心と理解を高めるためにも、学校教育や生涯教育等の教育現場において、知識や技術を伝えることが重要である。さらに、移入種に係る定着状況、生態的特性等に係る調査研究を推進するとともに、移入種利用の代替となる在来種利用の研究促進に努める。
（３）制度化および対策の実施に当たって配慮すべき事項
① 制度化及び対策の実施に当たっては、現在の科学的知見、実行可能な実施体制等を勘案の上、優先度の高いものから早急に措置を講ずることが重要である。
② 制度の構築に当たっては、移入種対策の考え方や施策の方向性等を踏まえ、植物防疫法、林業種苗法、感染症法等の輸入時の措置に関する法律、動物愛護法、自然公園法、鳥獣保護法、種の保存法等国内の生物の取扱いに関する法律など関連する既存の他制度と十分整合性を取る必要がある。その上で、施策の実施に係る連携・協力体制を構築し、総合的に効果的な対策を推進することが必要である。
③ これまで移入種の問題に対する認識が乏しかったことから、防除を必要とする事態に至っているが、在来種、移入種とも当該移入種が適正な管理下にある限り失われることのなかった生命であることを十分認識し、新たな移入種の問題を起こさないよう、今後は予防的観点から制度を構築するとともに、対策の実施に際して、生物の習性を考慮した適正な取扱いが実施されるようにすることが必要である。
④ 輸入に関する制度を検討する際には、加盟国間の貿易関係を規律する世界貿易機関（WTO）との関係について整合性に留意する。