2004年8月7日
環境省自然環境局野生生物課 御中
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日本生態学会自然保護専門委員会
委員長 増沢武弘
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静岡大学理学部生物学教室
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特定外来生物被害防止基本方針(案)に対する意見
 
1.基本指針全般に関わる問題
 指針原則の1を引用して、指針全体が予防原則を基に貫かれていることを、この基本方針に明記すべきである。

 
  理由1:外来生物の影響が科学的に立証されるまでには、長期間の調査を必要とすることが多いために、この間に外来生物の個体数が増加し、分布が拡大したり することによる被害の増大が生じている。被害防止のためには科学的に不確実であるにしても、何らかの対策を事前に実行する予防原則に従うことが重要であ る。予防原則が特定外来生物の選定や影響の評価などすべてに係わる指針であるので、この基本方針に明記すべきである。
 
2.「基本方針」全体として、在来種の国内の未分布地への移動に対す問題意識が、極めて希薄なので、補強のために下記の追加文章が必要である。
 
 理由2:「基本方針 第1 1 背景」の6-7行目に、「国外又は国内の他地域から、・・・人為によって意図的・非意図的に導入される生物が増加している」との認識は書かれているが、「3 被害防止の基本的な方針」では、国内外来生物に関する記述が全くない。この項の第1段落の最後に、「また、ある特定地域の在来種が特定外来生物に選定された場合には、その国内での移動・運搬を認めないものとする。」の追加文章が必要である。
 
3.「基本方針 第1 1 背景」の第3段落、最後の1文に「人への危険性を有するものや農林水産業・工業・エネルギー産業に被害を及ぼすような事例も見られている。」と下線部分の文言を追加すべきである。
 
  理由3:世界的に見ても、また日本でも、外来生物が沿岸域や淡水域の取水施設に莫大な金額の汚損被害を与えていることが知られている。この汚損被害を引き 起こす生物には、今回の法律では対象とされない「船舶のバラスト水」をベクターとしている生物も多いが、バラスト水以外のベクター(船体付着・輸入水産へ の混入)によって移入された生物もまた数多くいることが報告されているので、本法律の対象となり得る被害事例である。
 
4.「基本方針 第1 2 課題認識」の第1行目の文に、「農林水産物の食害等による農林水産業への被害及び取水施設への汚損による工業・エネルギー産業への被害を及ぼし・・・」として、下線部分の文言を追加すべきである。
 
 理由4:理由3と同じ。
 
5.「基本方針 第1 2 課題認識」の外来生物の影響の中に、影響の重大な病原微生物(寄生生物)の媒介・蔓延による在来生物及び人の健康への影響を追加すべきである。
 
 理由5:これら微生物や寄生虫の影響は今や深刻な問題となっていることが明らかである。
 
6. 「基本方針 第1 3 被害防止の基本的な方針」の最初の段落で、予防にあたって、第一義的には野外への逸出を予防することが重要となっているが、これは 間違いである。まず外来生物を導入させないことが第一義的に重要であり、ついで導入した外来生物を管理する順になるので、このように記述の順序を入れ替え ること。
 
  理由6:第一義的には不必要に外来生物を導入(輸入および移動)しないという予防的措置がもっとも重要であり、ついで日本に入った後での管理すなわち野外 への放出や移動などを禁じるべきである。書かれている文章のままでは国際的に決められた指針原則にも反することとなる。
 
7.「基本方針 第1 3 被害防止の基本的な方針」に関して記述されている外来生物の利用が果たす役割について適切な例を挙げること。
 
 理由7:国土保全等の役割に関して、緑化等が外来生物を用いることで大きな問題を引き起こしている現状および国会の付帯決議(五)にもある遺伝的攪乱の防止の観点からも、この例は削除し、問題が発生していない農作物の例に変更すべきである。
 
8.「基本方針 第2 1 選定の前提」の「イ」全体を削除すべきである。
 
 理由8: この方針案のままでは、実体顕微鏡や顕微鏡を使用しなければ同定が不可能なダニ・ノミなどの昆虫・甲殻類・軟体動物などの小型生物やプランクトン類も、特 定外来生物としない、ということとなる。しかし、小型生物や赤潮プランクトン、人間に対して麻痺性の中毒を発生させるプランクトンや菌類、細菌類、ウィル スなどの病原菌が、在来生態系や人間に被害を与えている事実が世界的に確認されている。これらの外来生物が「特定外来生物」の対象とならないとすれば、日 本の在来生態系を保全する上で、大きな欠陥をかかえることになる。現実的に大きな影響が生じているか、生じつつある外来生物でモニタリング可能なものはす べて含めるとすべきである。
 
9.「基本方針 第2 2 被害の判定の考え方」の「(1)被害の判定」に寄生生物の持ち込みによる病害の蔓延をいれるべきである。
 
 理由9:理由5と同じ
 
10.「基本方針 第2 2 被害の判定の考え方」の(1)被害の判定の「ア」の最後の部分の「回復困難な被害を及ぼし」を、「重大な被害を及ぼし」とすべきである。
 
  理由10:「回復困難な被害」は、極めて大きな被害であるので、これを基準にして選定することになると、対策後の被害状況まで判定に持ち込まなければなら なくなる。このように特定外来生物の選定基準を極めて厳しく限定すると、被害防止のために効果的な外来生物の選定にはならないであろう。
 
11.「基本方針 第2 4 特定外来生物の選定に係る意見の聴取」の(1)の「イ」に挙げられている分類群は陸生生物に偏っている。甲殻類や軟体動物、海藻類などの水生生物の分類群も加えるべきである。
 
 理由11:上記の水生生物の中にも、海外で生態系に重大な影響を及ぼしている生物は多く、特定外来生物とすべき種は多数挙げられる。このような水生生物への配慮が不足している。
 
12.「基本方針 第3 5 放つこと、植えること又はまくことの禁止」の第1−2行目の「特定外来生物による被害を防止する上で最も重要なことは」の下線上の「最も」を削除し、「特定外来生物による被害を防止する上で重要なことは」とすべきである。
 
 理由12:理由5に同じ。

13.「基本方針 第5 1 未判定外来生物」の未判定外来生物の定義を、論理的かつ明確に行うべきである。
 

 理由13:「(1)選定の前提」の「ア」の定義は、2頁の18-20行目に書かれている「未判定外来生物」の説明と異なっており、大きな混乱を招く恐れがある。2頁の18-20行目には、「未判定外来生物」について「特定外来生物に該当するか否かの知見がなく、被害を及ぼすおそれがあるものである疑いのある外来生物」としている。この定義は、11頁下から5-3 行目の定義とは全く違っている。そのため、「未判定外来生物」がどのような生物を指すのかが全く理解できない。また、この「未判定外来生物」の定義が明確 ではないために、「特定外来生物」の定義も不明確になってしまっている。例えば、「日本に導入されてはいないが、海外で重大な被害の報告・知見があり、日 本に導入された場合に被害を発生させる疑いのある生物」は、特定外来生物となるのか、未判定外来生物となるのかが、区別できない。

 
 「(2)選定対象となる外来生物」でまた、「未判定外来生物」について新たな定義がある。「ある特定外来生物と似た生態的特性を有しており、その特定外来生物と生態系等に係る同様の被害を及ぼすおそれがあるものである疑いのある外来生物」と書かれているが、上記の「1 未判定外来生物の(1)選定の前提 のア」や、2頁の18−20行目に書かれている定義とどのような関係にあるのかがわからない。「未判定外来生物」に関連した説明を統一して、一つの項で明確に定義しておくべきである。
 
14.「基本方針 第5 1 (1)選定の前提」の「イ」は削除すべきである。
 
 理由14:理由7ですでに記述した。
 
15.「基本方針 第5 1 (4)判定に係る届出事項の内容」に未判定外来生物とされた生物を輸入しようとする場合に正式学名・原産国・生態的特性等に関する情報を届け出させるとあるが、原則として、全ての意図的外来生物に対して届け出をさせるべきである。
  
  理由15:外来生物の中には「特定外来生物」と生態的特性が似ている生物もいるが、その生態的な特性が科学的に不明な生物や、「特定外来生物」と生態的特 性が似ておらず、かつ世界的にも日本でも被害の発生が報告されていないが、日本に導入された場合には一気に被害を発生・拡大させる恐れのある生物が存在す ることも予想される。特に日本の場合、海産物の輸入量も輸入される生物の数も、世界的に見てずば抜けて多く、他国では全く輸入されたことが無い生物が次々 と日本に輸入されている現状がある。海外での被害発生の知見が全くない場合、「未判定外来生物」であるかどうかさえ、判定できない生物もいる。輸入を許可 するのは、海外または日本で、輸入されても問題が発生していないことが明らかな生物だけに対してすべきであって、その問題が発生しているかいないかを確認 するために、原則として、全ての輸入生物について、その正式学名・原産国・生態的特性等に関する情報を届け出させるべきである。
 
16.「基本方針 第5 1 5 その他」の「(1)非意図的に導入される特定外来生物への対応の考え方」では、非意図的に導入される生物についての対応・措置が、あまりにも抽象的であるので、予防原則に則った方針を採るべきである。
 
 理由16:「生態系等への被害が生ずるおそれがあれば防除等の対応が必要である」と書き、すぐその後で、「被害が確認された場合には、必要に応じ防除等の措置を採る」と 書かれており、非意図的導入生物の防除等対応のタイミングは、被害のおそれがわかった時か、あるいは被害が確認された時かが不分明である。非意図的導入生 物に対して、その生物が混入・付着してくる物資や人間・農林水産物の輸入の際に、非意図的導入生物を除去すること、あるいは野外への逸出を極力防ぐ手立て を採ることは可能であり、意図的移入生物と同様の予防的な対応も、決して不可能ではない。日本に持ち込まない、という予防原則に立った方針の決定が強く望 まれる。

 
17.「基本方針 第5 1 5 その他」の(1)の第2段落3行目の文章で、「海域において特定外来生物の存在が確認された場合には、本基本方針の考え方に基づき、必要に応じて防除等の措置を検討することとする」を、「海域において特定外来生物の存在が確認された場合には、本基本方針の考え方に基づき、必要に応じて飼養の制限・輸入の禁止・防除等の措置を検討することとする」とすべきである。
 
  理由17:海域の外来生物について触れたこの部分では、海産外来生物はもっぱらバラスト水か船体付着などの非意図的移入によるものとの想定で書かれている と思われる。「必要に応じて防除等の措置を検討」するとの表現から、輸入の禁止や飼養の制限などが念頭に置かれていなく、非意図的に移入される生物は防除 しかないという考え方であると思われる。しかし、日本に輸入された非在来の海産生物の中には、放流・養殖用に意図的に輸入された生物があり、IUCNが選定した世界の外来生物ワースト100生物の中に含まれている生物(USAや ヨーロッパで在来生態系に大きな被害を与えた生物)も指摘されている。海産生物であっても、日本の場合には意図的に輸入されている生物が多数存在してお り、国内外で被害の発生の知見が得られている生物もある。この方針案では、単に「必要に応じて防除等の措置を検討することとする」のではなく、「必要に応 じて飼養の制限・輸入の禁止・防除等の措置を検討することとする」とすべきである。
以上