イラクで人質になったとされる三人の日本人について、さまざまな噂や批判が飛び交っておりますが、朝鮮関連のボランティアで修羅場を経験しておられる解法者さんが、その体験に基づく貴重なコメントを寄せられました。
 また、話題になっている<自己責任>の法律的な意味についても、解説してくださいました。
 万人に読んでほしいコメントですので、ここに保存いたします。


■□■□■ ボランティアの覚悟と<自己責任>(解法者) ■□■□■


◆◆◆ ボランティアの覚悟 ◆◆◆


>ボランティアの覚悟(1)< 投稿者:解法者  投稿日: 4月12日(月)16時07分36秒

 今回のイラクへの<ボランティア?>の人質について、思うことがある。
 こちらは「北朝鮮にいる日本人妻など離散家族」の救援・救出をしている。
大変重い課題を背負っているので公表したくなかったが、<ボランティア>をしている者には<覚悟>が必要だということを明らかにするため、公表することにしたい。
 「一人失っている」
 北朝鮮では「日本人妻など離散家族」がどこでどんな生活をしているかを調べることは、大変な危険を伴う。日本人が北朝鮮に出かけて行って、その消息を尋ね歩くことなどできない。行動の自由など全くなく、北朝鮮の人に尋ねることすら危険だ。
 北朝鮮の人に協力をお願いするしかない。ところが、一般の北朝鮮の人の消息すら尋ねることは、依頼した北朝鮮の人に大変な危険に陥らせることになる。北朝鮮では、いわゆる「隣組制度(人民班制度)」が徹底しており、ここを尋ねるには必ず、班長に人民登録証を提示し、「訪問者管理簿」に、訪問の対象者を明らかにしてうえで、訪問の理由を記帳しなければならない。不振な者はすぐに人民保安省に通報され逮捕される。逮捕されたら解放されることはなかなか難しい。ましてや「日本人妻など離散家族」の消息を尋ねることはさらに難しい。彼らは「僑胞指導員」によって管理されているので、事前にそこの地域の「僑胞指導員」の許可をもらわなければならない。
 「日本人妻など離散家族」は、北朝鮮では<監視対象>で、階級は50番中の49番目だ。こんなところに一般人が訪問できるはずがない。
 訪問できる者、高位労働党員だ。普通の幹部では駄目だ。彼らは「人民班長」、「僑胞指導員」など目じゃない。意向に逆らえば「人民班長」、「僑胞指導員」の方が危ない。
 高位労働党員にご協力願っている。もちろん、原住民(北朝鮮人)だ。日本から渡った者で高位労働党員になった者などほとんどいない。


>ボランティアの覚悟(2)< 投稿者:解法者  投稿日: 4月12日(月)16時08分31秒

 高位労働党員数人と縁故を持った。彼らは一般の人民のように旅行するにしても「許可証」など要らない。列車で<阿鼻叫喚>の中での移動などしなくてよい。乗用車が利用できる。「日本人妻など離散家族」の消息を尋ねることに不自由はない。
 もちろん、彼らには協力金を渡してある。ただ、協力金だけでは動かない。こちらの運動の趣旨に理解してもらうことが必要だ。どこの世界でも「金」だけでは人を動かせない。
 彼らはとつながってるのは私だけで、互いに顔も知らない。
 彼らには危険が迫ったら中国に脱出せよと言ってある。もちろん場所もだ。韓国へ亡命させる。韓国政府は「唯の人(庶民)」は要らないが、「高位労働党員」は大歓迎だ。情報が獲得できるからだ。亡命させたことがあるからわかる。亡命も簡単だ。テレビで放映されているように、中国の山でさまようことも全くない。
 彼らには「日本人妻など離散家族」の消息探しは慎重にして欲しいと常々言ってある。
ところが、そのうちの一人が「日本人妻など離散家族」の消息探しを<腹心の部下>に委ねた。ここから秘密がばれた。平壌で彼の探した「日本人妻など離散家族」と会う手はずになっていた。「日本人妻など離散家族」は来たが、彼が来ない。


>ボランティアの覚悟(3)< 投稿者:解法者  投稿日: 4月12日(月)16時09分34秒

 帰国後、彼の消息を尋ねた。労働教化所(刑務所―強制収容所ではない)に入れられた。
もちろん、裁判などない。3年後にそこで刑死(正確には裁判がないから判決があったわけではないので刑死とはいえない。未決のままでの病死が正確)した。
 このように、一家の主が労働教化所に送られると、残された家族にも類が及ぶ。今まで住んでいた家は没収される。
 ところが、運が良かった。収容された所が強制収容所ではなく、労働教化所(刑務所)
だった。家は没収されたが、家族も労働教化所(刑務所)へ送られることはなかった。
 家族の消息も別の「高位労働党員」の協力を仰いで探せた。
 こちらの使命は、彼の家族の救出に移った。
 どんなことをしても使命は果たさなければならない。これが<信頼>というものだろう。
 おそらく、アフガン、イラクでも多くの「NPO」の方々が救援活動に邁進していると思う。彼らも同じ考えを持っているはずだ。そうでないと組織などすぐに瓦解する。
 今度のあの男女、組織に属さない<一匹狼―はぐれ者>だったのであろう。一人で危険地域での救援・支援活動などできるはずがない。認識が甘いにも程がある。<一人の行動が地球を救う>、こんな甘いものではない。イラクで救援活動をしている「NPO」の方々から彼らを賛美する声が聞こえて来ないが、どうだろう?
 イラクで救援活動をしたいなら、まず賛同者を募りなさい。賛同者とは「金」だけ出す人ではなく、一緒にイラクで活動してくれる人だ。最低10人は必要だろう。
 危険と背中合わせの<ボランティア>、大変な覚悟が要る。それに見合うだけの報酬などない。とうていお勧めできない。
 彼の家族、安全なところにいる。いくらかでも責任を果たしたと思っている。しかし、
 彼を失った課題は重い。


◆◆◆ <自己責任> ◆◆◆


自己責任(1) 投稿者:解法者  投稿日: 4月14日(水)00時42分28秒

 イラクの人質について、最近<自己責任>という用語が氾濫している。
この<自己責任>という用語は「政治用語」でも「社会用語」でもない、れっきとした「法律用語」である。
 しかも、この用語について曲解が多く見られるのは残念でならない。
 用語を使用する前に良く吟味して使用していただきたい。
 <自己責任の原則>は、人は自己の行為についてのみ責任を負担するという原則である。
 この原則が生まれた背景は、中世までは人は家族およびその構成員の行為まで責任を負担することを強要されたが、個人主義の台頭ともに自己の行為に関するものにのみ責任を負担すべきということが確立されたのである。
 そして<自己の行為>とは、<自己に故意・過失>がある行為ということにされた。
 このように<自己責任の原則>とともに<過失責任の原則>が確立した。
 したがって<自己に故意・過失がある行為>については、それを招来した者が全て責任を負担するのである。


自己責任(2) 投稿者:解法者  投稿日: 4月14日(水)00時44分55秒

 これを元に今回の<イラクの人質事件>について考えてみますと、彼らは<一般人が普通に有する常識の下>において、イラクが戦争(戦闘)状態にあって生命の危険にさらされることを認識すべきであったにもかかわらず、その認識を欠いたということは明白であると考えられますから、その招来した結果について<責任>を負担することになります。
 このことは、例えば、国が彼ら(人質)に救援費用を請求する。あるいは、彼ら(人質)が政府(日本国)に損害を請求することによって具体化します。
 彼らは、日本が自衛隊を派遣したから、日本人が危険にさらされ、その結果、人質になったのであるから、自衛隊を派遣した日本国に責任があり、国から救援費用を請求される理由はないと主張するかも知れません。同じく自衛隊を派遣した日本国のために人質に
なったので、その損害を請求できると主張しましょう。
 しかし、軍隊を派遣しない国の人でも多くの人が人質となっていること、政府(日本国)が17回にも渡って渡航自粛勧告をしたこと、などから、これらの主張は一蹴されること確実です。
 なお、彼らが死亡したとしても、先の理由および政府(日本国)の<人質解放に向けての努力>から、政府(日本国)の責任を問うことは難しいでしょう。ただ、これは裁判の段階で明らかにされるので、現在のところ詳細は不明で、推測の域を出ません。
 彼らが解放されれば、それに向けての政府(日本国)の努力の結果ともいえますから、この点は問題になりません。
 いずれにせよ、<自己責任の原則>はこの場合には問題となり、これを考慮しないわけには行きません。


自己責任(3) 投稿者:解法者  投稿日: 4月17日(土)16時05分40秒

 「自己責任」が強者(権力を有する者)の言い分であるとの考えをする者がいる。
つまり、政府が今回の3人の人質に<自己責任>を主張するのは、<権利の乱用>だというものだ。
 これはとんでもない間違いだ。
 近代法では、むしろ「弱者」の権利を補完するものとして構成されている。
 例えば、東名高速道路で酒を飲んでトラックを運転した者が乗用車と衝突し、人を死傷させた。これは本来トラックを運転した者の責任で、この運転手を雇用していた会社が責任を負担するはずはない。<他人>だからだ。ところが、運転手を雇用していた会社もその死傷事故について民事責任を負担する。
 これを<使用者責任>といい、民法第715条に規定がある。
 この会社は運転手とは別人格なので「自己責任」を負担するはずがないが、運転手を(雇用し)支配下においていたものと考えられ、運転手も<自己>の範囲と考えて、責任を
負担させることとしたのである。
 これは、(経済的)弱者たる一般人が(経済的)強者に対して<自己責任>を追及できることを定めたものだ。
 これは「国家賠償法」でも同じで、国家は支配下にある公務員の行為についても<自己>がしたと同じ責任を負担することとなっている(国家賠償法第1条)。
 これについても、国家が責任を負担するのは<自己責任>であるとの考えが支配的になっている。これについては後に詳しく述べたい。


自己責任(4) 投稿者:解法者  投稿日: 4月17日(土)16時08分57秒

 今回の<イラク人質事件>でも、「自己責任」を強調すると「夜道を歩いていた女性が痴漢にあった」場合に「自己責任」が問題となるなどと説く者もいる。
 とんでもない例だ。前にも繰り返したが、「自己責任」という用語は、政治用語でも社会用語でもない。れっきとした<法律用語>である。
 国家は犯罪を防止する義務がある。この例でいえば、夜道でも安全に女性が歩けるように治安を維持する責務がある。
 したがって、この女性に「自己責任」が発生する余地がない。
 そうしたら、今度は、あの亡くなった「奥大使、井上一等書記官」が防弾用の車両で移動しなかったので「自己責任」があるのではないかと言う、あのオウム事件で著名になった女性ジャーナリストが現れた。
 彼らは国家に雇用されていた。仮に「自己責任」があったとしてもそれを負担するのは<国家>である。彼らには「自己責任」が発生する余地がない。
 彼らが現地で勤務する大使館に危険だから「防弾用の車両」を用意してくださいと言ったとしよう。大使館がそういう車両はない、また、その必要はない、と言ったら、これは<大使館(究極的には大使または外務省)>の責任だ。「奥大使、井上一等書記官」は現地の<大使館>の支配下にある。彼らが不注意で危険を察知していなかった。また、いたが、これを<大使館>に告げなかった。それでも彼らに「自己責任」はない。
<大使館>がそれを察知・認識する義務があるからだ。
 こんなことは、装備不良で山で救難援助の二次災害にあった警察官などのことを考えれば、すぐにも理解できるはずだ。
 こんな社会常識も持ち合わせていない女性ジャーナリストがいるとは驚いた。
 それとも、この人、こういう場合に、彼らに<自己責任>があるので、その損害を賠償しなくとも良いと言いたいのか。
 自分がそういう状況におかれたことを想定したらよい。
 誰もあんたを救助しないよ。


自己責任(5) 投稿者:解法者  投稿日: 4月24日(土)13時44分6秒

 イラク人質事件に関連して、特に、彼らを擁護して<自己責任>による責任追及を非難する立場から、何でもかんでも<自己責任>ということを主張する人がいる。
 <自己責任>とは、<過失責任>と対になって認められた概念で、<不法行為>の分野で使用されるものです。
 つまり、故意・過失によって危機を招いた者は相手に<損害賠償>を請求できない。あるいは、故意・過失によって相手方に損害を与えた者は<損害賠償>を負担する。というものです。
 後者は、「使用者責任」、「国家賠償責任」の分野で現実化します。
 つまり、その支配下にある者については、その者(支配している者にとっては「他人」)が与えた責任については、<自己>がしたものとして責任を免れず、その与えた<損害賠償>を負担することになります。
 したがって、「保証人」、「身元保証人」などの<契約行為>の分野では<自己責任>の機能は働きません。
 入居や就職に際しての「身元保証人」制度は、家主・雇用者を防衛するための制度で、それなりの社会的意義を有しております。
 ただし、入居に際しては「身元保証人」ではなく「連帯保証人」制度が利用される。
 「身元保証人」制度については、これが家主・雇用者を一方的に利するため、「身元保証ニ関スル法律」によって、期間の定めがないときは3年、それがあったときでも5年とされております。
 契約期間の更新はありますが、実社会においては更新されることは極めて稀です。また、その他の<家主・雇用者を一方的に利する>規定についての制約もなされております(詳しくはこの法律をご覧ください)。
 「連帯保証人」制度も同じ趣旨にあります。
 これらの制度も債権者を一方的に利することが多いので、これを規制する<法理>として「公共の福祉(民法第1条1項)」、信義誠実の原則(同法同条2項)」、「権利の乱用同法同条3項)」、「公序良俗(同法第90条)」があります。
 外国人の留学生と接する機会が多いのですが、昨年、家賃を15ヶ月も滞納して、母国に逃げ帰った者がおりました。同じ外国人が「連帯保証人」となっており、家主からその家賃を請求されるという事態になりました。
 余りにも気の毒なので、この交渉に当たりました。こちらの主張は「家賃を15ヶ月もの滞納を許したのは、いかにその外国人留学生を信用したといえ、その滞納を放置した<過失>もあり、それを全額請求することは先の法理に反するのではないか」というものでした。
 結局、双方が歩み寄り「家賃3ヶ月」を3年分割で支払うことで合意に至りました。
 この「身元保証人」・「連帯保証人」制度は、<経済的弱者>にとって不利益な制度の面も否定できません。そこで、彼らに代わって<公的機関>、<銀行>などが低い手数料で「身元保証人」・「連帯保証人」を引き受ける制度が必要でしょう。
 この度の東京都の銀行などが率先してこれを事業に取り入れてくれることを願っておりますし、国民もそのような運動を起こすべきでしょう。
 なお、「連帯保証人」制度に「(普通)保証人」制度と違って、「催告・検索の抗弁権」が認めれてていないのは、「(普通)保証人」制度との区別からいたし方ないと考えます。
 ただし、それゆえに、先の<法理>の厳格な適用が求められます。


自己責任(6) 投稿者:解法者  投稿日: 4月24日(土)13時46分50秒

 同じように<貸金>などにおいても、契約関係において発生したものですから<自己責任>は発生しません。
 この場合の債権者を規制する<法理>としては、<貸し手責任>です。
 これは欧米での法理で、日本にはまだ確立されてはおりませんが、債務者に無理な貸付、つまり、返済能力以上の貸付をした場合などには、債権者にも責任があり、その返済額を減額されたり、利息を請求できなくしたり、または減額するというものです。
 もちろん、この場合の債権者(貸付者)には、先の民法上の<法理>が適用されます。
 これらの貸付に際して、金融業者から「利息制限法」を超えた貸付が行われ、債務者を窮地に追い込んでおります。
 これについて、政治家が金融業者などから献金を受け、法による規制を免れていることは否定できません。
 「利息制限法」では、利息、遅延損害金の規制が規定されておりますが、「任意で支払った場合にはその支払った<超過利息>分の請求ができません」。
 これは大変おかしな規定です。
<任意>の支払いがありうるでしょうか?
 債権者(貸付者)の強要か詐術によるものでしょう。したがって、まず、この規定の
撤廃をし、さらに、この利率の規定を<強行規定>として、これ以上の利率の徴収を無効とすべきです。さらに、違反した場合の罰則も強化すべきで<懲役>も科すべきでしょう。
 いずれにせよ、こういう契約の場では<自己責任>が発生しないことを<銘記>すべきです。
 そして、この<自己責任>がどのような概念なのか、どのような場合に適用されるのか、を明確にしませんと、恣意的に<自己責任>の用語が氾濫して収集がつかなくなると憂慮しております。


自己責任(7) 投稿者:解法者  投稿日: 4月24日(土)13時48分33秒

 国家が存立する基礎は、運命を共にする者によって成り立っております。それを<国民>といいます。
 国によっては、国民が<徴兵に応じる義務>があるのは、それに依存する国家の存立を維持するためです。
 したがって、国家はその国民がいかなる民族であろうとも<運命を共にする>と決意した者であれば、これを保護する義務があります。
 その国民が犯罪者であってもです。
 犯罪者とされるのは<国内外>を問いません。ペルーの元大統領の「フジモリ」さんは(ペルーでは)犯罪者ですが、国民であれば保護しなければなりません。
 これを保護しないのであれば、国家の存立基盤が揺らぎます。
 韓国で「反日法」が制定されましたが、これが日本人で<日本統治時代を評価する者>にも適用された場合を考えますと良く理解されると思います。
 犯罪者でも保護されるのですから、<自己責任>など過失もある者も当然に保護されなければなりません。
 これが許されないと「犯罪者」は国民でない、「自己責任者」は国民ではない、ということになります。
 そうすると「犯罪者」とは何か、微罪の者も国民から除外されるのか、「自己責任者」にしても、どの程度の<自己責任>がある者が国民から除外されるのか、を討議しなけばならず、恣意的に「国民」の範囲が定めされることになります。
 また、国家の保護は無制限です。つまり、「自己責任者」の例にしてもその<過失>の程度を問いません。これを問題にすると同じく恣意的に「自己責任者」の範囲が定められることになるからです。


自己責任(8) 投稿者:解法者  投稿日: 4月25日(日)00時26分22秒

 <自己責任>に関して、「夜道を煽情的な服装をして歩いていた若い女性が痴漢に襲われた」に場合を考えますと、この女性が痴漢に損害賠償を求めて民事裁判を提起した場合に痴漢がこの女性が煽情的な服装をして歩いていたので<過失相殺ー女性にも過失があるから責任を軽減すべきという理論>を主張したとしてもまず、認められないと確信します。これは<女性がいかなる服装(裸でもよい)しようと痴漢の犯罪行為を正当化するものではないということです。
 ところが、これが刑事裁判(例 強姦罪)になりますと、痴漢の責任が軽減されるということになりましょう。つまり、刑を決めるに当たってがこの女性が煽情的な服装をして歩いていたことが考慮されるからです。
 この違いは、民事裁判においては、個人と個人の権利の調整に本質があり、どちらの権利を社会生活を平穏に送るにおいて尊重すべきか、に重点が置かれるので、<夜道を安全に歩ける社会を確保しようということ>が重視されるのです。女性の服装よりも痴漢の反社会的行為に非難が寄せられるべきだということです。
 刑事裁判の場合にはこの女性の権利の保護のために行われるのではなく、刑を科すのが国家として妥当かどうか、つまり、犯罪者に国家としてどのような罰を与えるべきかに基準が置かれるためです。
 「この女性が煽情的な服装をして歩いていたこと」が<犯罪を誘発した>ことを評価し、痴漢の刑事責任を軽減される場合があるのです。
 このように、先の「夜道」の件は、女性に<夜道を歩くことへの危険の認識>は問題になりません。国家の守備範囲に入るからです。
 これが外国でしたら、その国によっては<自己責任>が問われることもありえます。


自己責任(9) 投稿者:解法者  投稿日: 4月25日(日)00時28分23秒

 イラク人質に関して、当初、彼らを擁護する立場からは「渡航自粛勧告」が強制力を持たないから<自己責任>を問われない。
 また、彼らを非難する立場からは「渡航自粛勧告」に強制力を持たせるべきだとの意見が提示されましたが、こちらがこれは<憲法第22条2項の「外国移住の自由(これに「外国旅行が含まれることは最高裁判所の判決で確定)」違反>になると警告しました。
 さすがに、最近ではこの種の<暴論>は聞かれなくなりましたが、これは<報道の自由>とも大きな関係があります。
 「渡航自粛勧告」に強制力を持たせますと政府(国家)の都合によって、都合の悪い情報が遮断される危険性があるからです。もちろん、憲法第21条1項の<表現の自由>にも違反しますし、近代国家の存立をも揺るがします。
 しかし、このことと彼らに<自己責任>が問われないこととは関係がありません。
 むしろ、それが強く問われます。つまり、外国へ渡航する自由はありますよ。こういう自由が保障されておりますから、その責任は自分で負いなさいということになるのです。
 さらに「国家」にも<自己責任>があるのだから、これを問わずして「個人」の<自己責任>を問うのはおかしいというのも賛同できません。こういう考えは<自己責任論>を恣意的に使っている感じがします。
 この場合の「国家」の責任は<国益>に反した責任であって<自己責任>ではなく<国家責任>です。
 このように<自己責任>を<法的概念>から離れて示威的に使うのは、誤りです。
 さらに、この場合に<国家責任>を問うことと、「個人」の<自己責任>を問うこととは関係ありません。
 双方、その責任を問われることをありますし、片方のみが責任を問われることがあります。連動はしません。


自己責任(10) 投稿者:解法者  投稿日: 5月15日(土)14時16分8秒

 <自己責任>を論じて、一番<違和感>を感じたのは、彼らが「良いこと」をしたから、自己責任を問うのはおかしいという反論だった。
 こちらは、これを「良いこと論」と名づけて批判した。
 まず普遍的に<良いこと>がそう簡単にあり得るか、ということだ。
 こちらは、北朝鮮から<日本人妻>を救出している。これは、奈落の底に沈んでいる<日本人妻>を助け出すのだから「良いこと」だ。ともいえる。
 しかし、好きで帰った<日本人妻>を帰国させることは、住宅、生活保護の負担を国家にかけ迷惑である。また、日本語もわからない子女を連れ帰り、日本語の学習に居住する地域の公共団体に負担をかける。「悪いこと」だ。ともいえる。
 これをあのイラク人質についていえば、まず、ジャーナリスト「郡山」氏、戦争の実態を知らせるから「良いこと」だ。しかし、彼は<名声と金>のためにイラクに行っている側面が否定できない。また、彼は、イラク戦争・占領で多く人が死ねば死ぬほど<金になる>、つまり<平穏>では全く<金にならない>、飯を食って行けない。混乱と人の死を願っていると考えられないか。動機が不純であり、<人の不幸>を商いにしているから「悪いこと」だ。ともいえる。
 次に「高遠」女史、ストリートチルドレンの救助、「良いこと」だ。しかし、すでに現地ではこれを行っている団体があるという。ストリートチルドレンの救助・援助は統治機構などとの連携のうえで組織的に行わなければならない。
 一人での勝手な行動は彼らの組織的な行動を阻害する。「悪いこと」だ。
 そこまで考えなくとも、犯罪の温床ともなっているハゲタカ<ストリートチルドレン>の救助・援助は犯罪を助長する。「悪いこと」ともいえる。
 あの「今井」坊や、何をしにイタッカわからないが、<イラク劣化ウラン弾>の被害実態調査に行ったと考える。被害者の実態を知り、知らせるから「良いことだ。しかし、再建途上にあるイラクで過去の<イラク劣化ウラン弾>の被害実態を暴く、治療を施すなら理解できる(おそらく、行っているだろうと推測する)が、意味がなく混乱を招き、イラク再建に障碍となる。「悪いこと」ともいえる。
 彼らのしたことが、「良いこと」で「悪いこと」など<主観的でなく客観的に>一つもないと仮定しよう。
 それならば、彼らの行動が全て免罪されるのか、そうではなかろう。そのようなことが許されるなら、<義賊>も罰せられることはない。あいつは金持ちで不正に蓄財しているから泥棒しても良い。中国人などの強盗事件も非難できない。
 こういうことが分かり通れば、それこそ<自己責任>どころか<無責任>がまかり通り
「法治国家」など<夢のまた夢>となろう。
 とにかく、主観的に「良いこと」としていると思い込むのが一番いけない。こういうものを<傲慢不遜>という。「良いこと」、「良いこと」、俺様が通る。
 彼らはその典型であった。これも<戦後教育>のなせる業と考えるのはこれまた<傲慢不遜>か。
 彼らは、こうした誤った考えを持つ者にも支持され、再びイラクに旅立つであろう。
 果たして、国民およびイラク人の共感が得られるであろうか。

<自己責任>、(9)で終わりにしようとしたが、どうも納得が行かないので、また、考えることにした。


◆◆◆ <自己責任>についての応答 ◆◆◆


真に残念 投稿者:解法者  投稿日: 4月17日(土)16時13分35秒

 知らなくともよい。ただ、したり顔で<解説>してもらっては国民に謝った知識を刷り込むことになるから、大迷惑だ!
 法の専門化が登場して来ないから、孤軍奮闘で休む間もない。
 見解の相違は我慢するが、明らかに誤っているものについては断固として訂正を要求する。
 まともに答えが返って来たことはなく、逃げて行ってしまうが。


Re:真に残念 投稿者:オロモルフ  投稿日: 4月17日(土)18時49分23秒

 解法者さまの自己責任の解説は、誰だって理解できると思うのですが、今回の三人と奥・井上さんたちを一緒にするジャーナリストがいるのですか!
(ためしに「自己責任」を辞書でひいてみました。戦後の15種類くらいの辞書をみても、「自己責任」という項目はなく、「自己」の箇所にもありませんでした。で、戦前の平凡社の「大辞書」を見たら、法律用語として「自己責任の原則」がありました。弱者の権利を補完という意味が書いてありました。責任という項目は見ていませんが)
 今、一種の流行語になっているので、おそらく、次の版の辞書に載るのではないでしょうか?
 混乱させる解説にはしないでほしいです。


▼自己責任の原則(オロモルフの日記より)
<自己責任>という言葉が、いいかげんに使われている。この言葉は政治用語でも社会用語でもなく、法律用語であるのに、その意味を知らずに使われている。
 ――と解法者さんが、本サイトの掲示板『日本の伝統文化を大切にしよう』でレクチャーしてくれております。みなさんぜひお読みください。
 オロモルフもなるほどと思い、試みに、国語辞書類を見てみました。
 すると、戦後の15種類ほどの辞書のどれにも、自己や自己責任では出ていませんでした。一般的な用語では無いからでしょう。
 そこで戦前の大辞典(全26巻)で引きましたところ、<自己責任の原則>が法律用語として記されていました。
[法]私法関係に於て、個人の違法行為に因る損害賠償責任に関する原則。個人は自己の加害行為に対して責任を負はざるを得ないが、その自己の行為も自己の意志活動によるもの、即ち自己の故意又は過失に基づくものに限るとするもの。
(当然ながら解法者さんの解説どおりの事が書いてありました。<自己責任の原則>とは、個人や弱者を大切にする原則なのでしょう。マスコミで発言する人は法律用語辞典でも見てからにしてほしいです)


閉 口 投稿者:解法者  投稿日: 4月19日(月)00時22分47秒

<法律用語として「自己責任の原則」がありました。弱者の権利を補完という意味が書いてありました>

 これは<法を専門>としている者から見れば当然のことなのですが、これを強者(国家)のための論理と称して<自己責任>説く者を許さないのです。
 この間、<左翼>と称する人たちが運営する掲示板に果敢に挑戦して来ました。 
 ほとんど、論破した思っておりますが、それでも一部の人たちには受け入れられませんでした。
 師匠のように、辞典など調べてくだされば、簡単なことで、それもしないで感情赴くままに<自己責任論>を説くものが多いのには閉口しました。いや口を開けて抗議しましたよ。


Re:閉 口 投稿者:オロモルフ  投稿日: 4月19日(月)12時42分52秒

>この間、<左翼>と称する人たちが運営する掲示板に果敢に挑戦して来ました。

ただ感嘆あるのみ!

 自由主義史観研究会で左翼と闘っている人を見ていて、まるでモグラたたきのようだと感じておりますので、解法者さんのファイトは凄い。
 敬服いたします。


『心配な自己責任の今後(オロモルフ)』

 オロモルフの心配は、今後、『現代用語の知識』に類する本とか、『国語辞書』の類とかに、反日プロパガンダ的な「自己責任の原則についての間違った解説」が載るようになることです。
「南京大虐殺」とか「強制連行」とか、過去にも、プロパガンダ目的で辞書に間違った解説が載ったことがたくさんありますので・・・。
(もう一つ、教科書も心配です。反日家が書く教科書が多いと言われていますから)
 見張っていかねば!


『感想(オロモルフ)』

 ある掲示板で、反日家たちを批判して、
「彼らの辞書には「自己責任」という言葉が載ってないのだろう」
 という皮肉がありました。
 この人はもちろん、彼らがなんでも他人のせいにする事を皮肉っているのですが、しかし実際に日本人が見ている普通の辞書には「自己責任」という項目が無いのです。
 オロモルフは家にあったほとんどの戦後辞書15種類を見ましたが見つかりませんでした。
 ほかの辞書には有るのかもしれませんが、有ったとしても滅多に無いことは確かでしょう。この事を徹底して調べた発言はまだ見ていません。
 戦前の辞書では、大言海などいくつか見ましたが、オロモルフの家にある辞書で載っていたのは「大辞典(全26巻)」だけでした。ここには、法律用語としての説明だけがありました。
 百科は家に数種しかありませんが、やはり見つかりませんでした。
 ですから、ほとんどの人は、「自己」と「責任」を(自分なりの考えで)連結させたイメージで発言していると思います。オロモルフもそうでした。
 で、その連結法は各人各様で、法律用語としての認識はありませんから、共通するイメージなしに「自己責任」について議論している事になります。
 これでは、賛否善悪は別にして、議論そのものが焦点を結びませんね、絶対に。
 解法者さんのレクチャーを読んだ人どうしの議論以外は・・・!


『自己責任(10)についての応答』

Re:自己責任(10) 投稿者:オロモルフ  投稿日: 5月15日(土)23時37分19秒

解法者さん、続編をありがとうございます。

> <自己責任>を論じて、一番<違和感>を感じたのは、彼らが「良いこと」を
したから、自己責任を問うのはおかしいという反論だった。

これも、あらゆる場面で、いらいらさせられる論旨ですね。
憲法改正論議にも出てくるようですし。

オロモルフが昔読んだ星新一さんのエッセイに、
「気の毒な途上国に、日本が援助したところ、栄養や衛生が良くなったために子供が死ななくなり、人口が急増して食料が追い付かず、もっと気の毒な事になってしまった。この問題をテーマにした小説を書きたい、と言ったら、編集者が、もっと文学的な事を書いたくれ、と言った。これが文学的でなくて、何が文学的なのだ!」
 ――という意味のことがあったのが印象に残っております。
 日本人が「良いこと」をしたために、その国がかえって不幸になってしまったというお話しです。


「良いこと論」 投稿者:オロモルフ  投稿日: 5月16日(日)00時09分52秒

◎動物を愛護するという「良いこと」のために、鹿が増えすぎて、山の樹木を食い荒らし、水源の山が荒涼となる。
◎動物を愛護するという「良いこと」のために、猿が増えすぎて、農家が悲惨な有様になる。
(大きな意味では、さっきの星新一さんの話と同次元です)
◎近隣国の留学生をたくさん受け入れるという「良いこと」のために、国内の犯罪が急増し、多くの善良な日本人が殺されたり被害をうけるようになり・・・。
 嗚呼!

(オロモルフは昔、ニホンザルの保護に熱中する若い女性と話しをした事があるのですが、善良といえば善良な人なのに、イライラしてしまって、ほとんど切れそうになった事があります)


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