はじめっ

                   遠藤 治

 なかはられいこが句を詠むとき、詠むべき対象なんてものは存在しないのかも知れない。対象に従属するのではなく、句とともに突然生命を与えられ読者に投げ出される言葉たち。

 一般論として、俳句では五七五というあまりにも短い詩形を克服するために、季語や切れ字を約束ごととして駆使する。また流派によって「花鳥諷詠」とか「無季容認」などの共通理念を持ち、あらかじめ定まった価値基準の中で善し悪しを測ろうとしている面もある。「なんでもあり」にするには、五七五は短すぎるのだ。では同じ五七五の構造を持つ川柳において、なかはられいこの場合はどうなのか。

 いきなり私事で恐縮だが、小学生のときの国語のテストで「○も涙もない」の○を埋める問題があり、私はどうしても思い出せず「目」と書いた。「目も涙もない」。試験中だったので笑いをこらえるがつらかった。なかはられいこの句に向かうとき、私はこの懐かしくもふざけた記憶を思い出さざるを得ない。

 <欠点をひとつあげれば@ですね><スタンプを集めてもらうA><エプロンとBをつけたまま><UV対策終わりましたかCです><ファスナーを下げて引きずり出すD>といった穴埋め問題に対し、なかはられいこは独特の機知で言葉を選び、驚きに満ちた言葉の衝突が読者の世界観を覆す。穴埋め箇所一点で衝突を起こすために、穴埋め箇所以外は紋切り型ないしはそれに類する平明な表現となるよう仕組まれている。ともすれば単なる瞬間芸に終始しかねない危険と背中合わせのこれらの句群の中では、<エプロンと海岸線をつけたまま>が気に入った。昼寝覚であろうか、甘美な夢がぱっくりと口を開いたまま中断したなんとも不可思議な雰囲気が秀逸である。<寄せて上げて寄せてきれいな月つくる>も同様の技法による秀句である。ここでは読者が当然<胸>を思い浮かべるべき穴に<月>が埋められている。脇の下や腹の脂肪を集める下世話な動作と満ち欠けする<月>は、絶妙な了解感とともに配合していると言えよう。

<五つ星貼ってあるから泣かなくちゃ><お別れね 壜の中身を当てたから>に見られる理不尽な因果、<バス停でまばたきしてはいけません>の理不尽な禁止、そして<バタンバタンしている扉、答えなさい><ではアマリリスから準備体操、はじめっ>などの句に見られる命令形もなかはられいこの特徴を形作っている。命令形が混在していることによるのだろうか、なかはられいこの句群は全体的にスピード感が漲っている。それはもしかすると、今生まれたばかりの言葉に活性化を命じる秘密の号令なのかも知れない。

 

(初出『WE ARE!』第5号 2002年10月)

 

追記

 

 原文発表時には同一冊子上に対象の句があったのだが、ホームページ転載にあたり不完全な形で引用した原句のみ併せて以下に転載させて頂く。

 

  欠点をひとつあげれば夏ですね    なかはられいこ

スタンプを集めてもらう真空地帯

UV対策終わりましたか有事です

ファスナーを下げて引きずり出す国家

 

 

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