☆桃兎の小説コーナー☆
(08.07.18更新)
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ドラゴンマウンテン 第二部
第一話 竜の提案
1 旅立ちの朝
風の啼く音が石畳の神殿に広がる。 その神殿の最奥、暗い洞窟を思わせる大広間の中央にある魔力を帯びた光で描かれた魔 方陣の上に彼は居た。 「繋げ」 大きく低い、そして威厳のある声が広い空間に響く。 その声を受けて、彼の目の前にある巨大な魔法の鏡が明滅する。光はぼうっと目の前の 主の姿を映し、その直後一転して違う光景を映し出した。 それは青白い月光に照らされた広大な砂の大地だった。 鏡は主の呼びかけに応じて、遠い土地に居る一人の男の姿を彼の前に示したのだ。 「――、何かありましたか?」 鏡に映し出されたフードを目深にかぶった男が、呼びかけに気づいて顔を上げる。男の 目線の少し上には、呼びかける彼の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。 「いや、これから『動き出す』のだよ」 鏡の前で金色の双眸が光る。 生き物としても破格の大きさの体をのそりと動かし、彼は言葉を続けた。 「あの者達を……、あやつらの手に渡すわけにはいかんだろう。……いや、本当は何処に も属してはもらいたくなかったのだがな」 それを聞いて、鏡に映る男は目を細めた。 「遅かれ早かれ……、いや、私は何も言えない。私は私に出来る事を……するだけです」 男は首を振り、視線を落とした。 乾ききった大地の上に立つ男は、何かを憂う様に風で流れていく砂をじっと見つめてい た。 「――で、『彼女』は何と?」 彼の問いかけに、男は空中に浮かぶヴィジョンに視線を戻し、形のよい唇を動かす。 「どうにかコンタクトは取れました。協力も得られそうです。ただ……」 「その場を離れる気は無い、か」 金色の双眸が僅かに揺らぐ。 「『彼女』の意思は固い。おそらくこれから先も変わることは無いでしょう。それともう 一つ。その力を行使するには……力が足りない、と」 「そうか。……ならばあの者たちに滅びの地へ行ってもらおう」 「!?」 男は目を見開き、息を呑んだ。 同時に砂漠特有の乾いた風が男のフードを飛ばし、その黒く長い髪が風に舞う。 「あの地は危険だ! それに彼は……!」 「黙れ。それくらいの試練は越えてもらわねばなるまい? ……何の為に我らが山に篭っ て居ると思っている?」 「争いを……呼ばぬ為」 男は自分に言い聞かせるように呟いた。 「なんにせよ、あいつは我らの声には耳をかさんだろう。だが、あの娘なら……」 「……えぇ。可能かもしれません」 男は確信を持って答えた。あの娘には、どんな試練でさえ越えて幸せを掴み取る、そん な気にさせる何かがある。 そして男にとっても、その娘は大事な存在だった。 だからこそ、男は娘を助けてやりたかった。 それは、誰がどう見ても人の物ではなかった。 「寂しげな顔をするな。我が友よ。あの者たちは、三日後私の元に来るだろう。なんなら 「……さて、あの者たちは無事にここまでたどり着けるか、な?」 |
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1 ドラゴンマウンテンの麓の町、チーク。 レンジャー達は無数のドラゴンが住むというこの山に特化した者達で、冒険者達の護衛 そんなレンジャー達の住む『今昔亭』の二階の中央の一室。 『起きろ』 時刻は朝の五時半。 それは狼だった。 銀色の毛並みを持つ狼の体は、目の前の一六〇センチある少女を覆ってしまいそうな程 この狼、見た目こそ立派な銀狼であったが、その中身は『今昔亭』のレンジャー、ガン という訳で、姿は狼とはいえ心は人間のまま。 ふんふん。 「う…、うん……」 ふんふんふん。 「こそばい……」 ぺろり。 「ひゃうううううううっ!?」 それは何とも不思議な夢だった。 ぼん、とマリンの顔が赤くなる。 |
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2 「お、来たかいお二人さん。おはよう」 その数はどう考えても普通じゃあり得ない数だった。 精霊は大きく分けて六つの属性に分類できる。 だが、マリンはこのままの状態で居る気などなかった。 「俺、決めたんだ。俺の、俺の師匠はマクスって事に決めたんだ! だから、挨拶くらい 「んだよ、俺の方が『後輩』だぜ?」 |
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3 「遅いぜ二人共。俺様はとっくに準備は出来てるぜ?」 食堂を出た直後に聞こえてきた透き通った声に、マリンはびくりとなる。 声は廊下の先のロビーから聞こえた。マリンは慌ててロビーへと向かい、そして目を丸 くした。 「え、クロフォード!?」 ロビーで優雅に紅茶を飲んでいたのは、レンジャーナンバーワンのクロフォードだった。 きらめく朝日を目一杯背中に受け、金の髪を輝かせて不敵な笑みを浮かべている。ここ までならいつものクロフォードだが、足元にはバックパックが置いてあり、ソファーには 鞘に収められた剣が立てかけられていた。 それは、完全に山へ向かう装備だった。 「何驚いてんだよ。お前達、カヒュラが何処にいるか知らないまま行く気だった訳じゃ無 いだろうな?」 カヒュラの所へ向かうときには、クロフォードかマクスに案内してもらう約束だったが、 あまりに急な呼び出しだったので、マリンは案内してもらうのを勝手に諦めていたのだっ た。 「でも、えぇえ!? クロフォードいいの? 予定とか、大丈夫なの!?」 「いいも何も、もう俺様は準備できてんだよ。三日だっけか? 急がねぇと間に合わない ぞ。ガントはともかく、お前の足には少々不安がある」 「う……あううぅ」 マリンは何も言い返せず、目を伏せてしまう。 もうすぐレンジャー三年目だとはいえ、マリンのレンジャーとしての実力ははっきり言 ってガントやクロフォードには到底及ばないだろう。 体力も戦闘力もそうだし、山への知識だってまだまだ足りない。マリンが完璧に把握し ているのはせいぜい三合目付近までなのだ。 五合目までは何度か言った事があるので少しは解っているつもりだが、そこから先はと いうと完全に未知の領域だ。何事も起きていなければ四月から山の上の方へ行く、いわゆ る上級への研修が始まる所だろうが、師匠であるガントがこの状態では研修だってままな らない。 「リオンもお前も、まだまだだからな」 クロフォードはフッと笑うと、優雅に紅茶を口に運んだ。 紅茶片手にフッと笑うクロフォードは様になっていて怖いくらいだ。知らない人が見た ら、ナイトかどこぞの高貴な身分の者かと思うだろう。 これだけ格好良くて実力も兼ね備えているというのだから、なんだか悔しい。 「ガウ、ガウガウ」 狼の声にクロフォードがぴくりと眉を上げ、マリンにジト目で訴える。 「な、こいつなんて言った? 半分もわからねぇ」 若干しょんぼりしてたマリンだったが、クロフォードの問いに慌てて答えた。 ガントの言葉を唯一完全に理解できるマリンは、すっかり通訳の役目になっているのだ。 「えと、助かる、ありがとう、って」 「そうだな、恩に着ろよ? 約束だからな、お前達二人をちゃんとカヒュラの洞窟まで案 内してやる」 「洞窟まで、なの?」 「あの洞窟めんどくせぇんだよ。カヒュラは罠マニアだからな。それに呼ばれてるのはお 前達だ。俺様はお呼びでないんだよ。……、まぁ条件次第では一緒に行ってやらなくもな いが?」 「条件……?」 「そうだな、俺様の速度についてこれたらってのはどうだ? 今日は夕方までに五合目の 山小屋まで行く予定だ。ま、お前が遅れてもガントはお前に合わせるだろうから、お前が 山小屋までの道を確実に覚えてないとしても、迷子になる心配は無いな」 その言葉にマリンがぴくりと反応する。 マリンはクロフォードと一緒に山へ行ったことが無い。 だから、ナンバーワンのレンジャーの移動速度なんて、マリンには想像もつかなかった。 ガントと一緒の時でもガントは本気の速さで移動したりはしない。ガントは、「急ぐぞ」 と言いながらもいつもマリンにペースをあわせてくれていた。 「うわ、すっごい速そう……」 余裕の表情のクロフォードとは真逆に、マリンの顔が強張る。 だが、そのくらいの速さで山を進まないと、間に合わないのも事実だった。 「わ、解った。全力でついていく」 真剣な表情でマリンは拳を握り締めた。 「こんぐらいでへばってちゃ、ガント元に戻せない気がするし。頑張る」 「お。無理だとでも言うかと思っていたが、うむ。いい覚悟だ」 クロフォードはにやりと笑うと、足元に置いていた自分のバックパックをひょいと担ぎ、 愛用の剣を背負った。 「そこにあるのはお前達の荷物だろう?」 「うん、そうだよ」 マリンはロビーの端に置いておいたバックパックとリュックを手にしてガントの傍でし ゃがみこんだ。 「色々工夫してね、ガントの分はちゃんとガントが背負えるようにしたんだよ」 マリンは狼の背にバックパックを架ける様に背負わせベルトで固定する。これならば、 急に戦闘が始まったとしても邪魔にならない。 「あ? 狼に荷物なんか要るのかよ」 不思議そうにするクロフォードに、マリンはふるふると首を振った。 「流石に私一人じゃ持ちきれないもん。それに、私の荷物を持たせてるわけじゃないんだ よ? ガントが元に戻った時、素っ裸じゃ困るでしょ? この中には食料とガントの服が 入ってるんだよ」 「なるほどね、準備万端って事か。じゃ、行くか? 御両人」 「了解!」 マリンはクロフォードと拳をぶつけ合い、いつもより少し重いリュックを背負った。 魔石の入ったポーチを確認して、装備に抜かりが無いか最終チェックを入れる。 体が少し震えた。 久しぶりに山に行くという事が、マリンの気持ちを昂ぶらせていたのだった。 良く考えなくても冬明けの最初の山入りだ。自然といつもよりも気合が入ってしまう。 「いい表情だ。レンジャーらしくなったじゃないか、マリン」 「クロフォードにそう言ってもらえるとちょっと光栄だな。ね、ガント」 『だが油断するなよ』 「うん。了解」 クロフォードは白いマントを翻らせて、『今昔亭』の扉を開く。 師匠と喧嘩して、しばらくの間拠点としていた師匠の隠れ家を後にしたあの時と似てい だが、あの時と違って、今回は帰ってくる場所があって、待っていてくれる仲間も居る。 ほんの少し弱気になった自分に叱咤するように、マリンは自分の頬をぺしっと叩いた。 「マリン〜!」 「ごめんねクロフォード、待たせちゃって」 『で、リオンはさっき何と言ったんだ? 夢、聞いたんだろ?』 |