山へ行くと、沢山の杉の植林を見かけます。 
それらは広葉樹だった所に杉を植えているケースが多いのです。 
これではヤバイ( ̄ ̄) 
という事で、なぜ杉は増えるのかを考えるとともに、元の広葉樹に戻って 
欲しいぞーということで、ここで考えていきたいと思っています。 
杉が増えた原因を、まずは書籍から下記に引用してみました。 
こんな背景があるのです。 


 
もともと、今日の困難をもたらしたものは、傷つきやすい森を守りつつ、持続的生産を行うという林業政策の基本を忘れた林野庁の多年にわたる効率優先の収奪的経営にあった。高度成長時代の五十年代後半から七十年代まで過剰伐採が行われ、広葉樹を切り捨て、スギ、ヒノキというもうかる樹種の拡大造林が行われた。その結果、豊かな山は針葉樹の単相林となって荒廃が始まった。
森を守る枠組みの再編を 1996.4.22毎日新聞社説

戦後の一時でこれほどまでに人工林をつくった国はない。スギの植林面積は4,500,000ha。異常なまでの天然林の伐採とその跡地への植林によって思わぬことがおこった。それは水涸れだった。 


森林面積に占める人工林の割合

北海道29% 
宮城県50% 
埼玉県49% 
千葉県53% 
東京都47% 
大阪府50% 
兵庫県42% 
高知県66% 
徳島県63% 
福岡県72% 
佐賀県72% 

この中で徳島県の人工林の内訳はスギ75%ヒノキ17%にも及ぶ。 



大伐採時代
「生産力増大計画」は、日本の高度経済成長期の1958(昭和33)年に打ち出された。それまでは国有林の”森林憲法”と呼ばれた「国有林野経営規定」で「伐採量は成長量」つまり、成長量の分が伐採量という考えで経営が行われてきた。外圧を受ける中でこの規定がとりはずされ、大増伐がはじまった。成長の止まった天然林を切って、スギ、ヒノキ、カラマツ等を植えれば、将来大きな生長量が見込める。さらに植えた木に肥料をやれば、さらに生長が期待できるとして、植えたばかりの苗木や、30〜40年たった成木にまで肥料を与えた。こして将来は大きな生長が望めるはずだとして、天然の伐採を急いだ。ブナは役にたたない無用な木とされ、”ブナ退治”という言葉が現場で語られた。ブナが伐期をむかえるまでには200年の歳月を要するが、カラマツなら50年で伐れる。実に4倍の生長量を見込むことができる。こうして「生産力増大計画」がおし進められていった。二年後には「丸太輸入の自由化」政策がとられ、「木材増産計画」と新たな政策がつくられている。国有林の伐採のピークは1964(昭和39)年。一年間に二千五百万uもの材木が伐り出された。この頃日本の木材消費量は五千万uほどだったので、約半分の量が国有林から伐り出されたことになる。ピークを越えると伐採量は急激に落ち込み、下降線をたどり、伐採できる山を失ってしまった。森林憲法をとりはずし伐りはじめたら、20年足らずで山が消えてしまった。さらにしぼりとること10年で空山になってしまった。当時日本の森林は、いくら伐っても伐りつくせないと言われるほどの蓄積をかかえていたが、30年足らずで伐りつくしてしまった。 


日本の山はスギでいっぱい
1960(昭和35)年、日本の経済は工業中心の経済となり、これを支えるために山から大量の木材が伐り出された。ときに国有林地域ではブナ、ミズナラなどの原生林が次々に伐採され、紙パルプなどの原材料として消えていった。伐採跡地にはスギなどの針葉樹が植えられた。スギは建築材の柱として欠かすことのできない重要な優れた木で、植えられた面積はスギだけで四百五十万haにもおよんだ。これは全人工林面積の45%に当たる。スギの植栽は標高一千m以下の場所に植えつけるので、里山のナラ、クリなどの広葉樹林がスギ一色に替わってしまった。このスギ造林地は農業の合間に山の仕事を行ってつくられたスギ林でもあった。日本の山は5ha未満という小さな山林所有者が約90%を占めている。外材が入ってくる前は、このスギ山が1ha数千万円に生長し、結婚や新築といったときに大きな力になってくれた。外材が入ってきた今はちがう。1haのスギ山が数百万円に落ちて、これでは次の山を作る金にも足りないありさまだ。このスギ人工林が放置されている。植栽後、20〜30年ほどたったスギ人工林は間伐という抜き伐り作業が重要な作業になる。間伐作業がおくれると林が暗くなり、地面に光がさしこまなくなって、下草が消えてしまう。表土がむき出しになって、表面の土が雨に流されてしまう。表面の土壌は栄養分をたっぷり含んでいるので、スギの生長にとって大切な土壌を失うことになる。スギの植え付けは1haに三千五百本程植え付け、間伐を何回かに分けてくりかえして、七百本程度が最終の本数として残されていく。間伐によって林全体に光を入れてスギを太らせ、土壌表面にも草が生えるように保たれている。間伐がおくれると、線香のような細いスギが立ち並び、雪や風に弱い林となってしまう。 

消える森甦る森 宮下正次著 東洋書店 1999年

関連年表


1958(昭和33)年 4月1日 
国有林経営合理化及び国有林生産力増強計画(林力増強計画)実施(1958年度から1997年度までの40年間の長期計画、森林生産力を40年間で2倍化を目標、そのため林材育種・林地肥培・密植等により生産期間を短縮、林道網整備を推進)。
1959(昭和34)年 5月8日 
通産省、アカマツ・クロマツ・エゾマツ・トドマツの丸太製材以外の針葉樹と広葉樹の木材輸出承認を決める。
1960(昭和35)年 5月20日 
一般会計の歳出の財源に充てるための国有林野事業特別会計からする繰入金に関する法律公布(国有林野特別会計に民有林行政協力費の支出を義務づける。 

5月23日 
昭和35年度造林事業の実施について通達(造林補助金計算の加算因子に保安林造林を追加)。 

12月 
国産材高騰で外材針葉樹ブーム、米ツガ小角の輸入も増大、1952年基準の卸売物価指数平均101に対して木材はこの年154、「国有林は売惜しむな」「木材輸入を」などの記事が新聞紙上で目立つ。