中西智佐乃(ちさの)作品のページ


1985年大阪府生、同志社大学文学部卒。2019年「尾を喰う蛇」にて新潮新人賞を受賞し作家デビュー。25年「橘の家」にて第38回三島由紀夫賞を受賞。


1.狭間の者たちへ 

2.長くなった夜を、 

3.橘の家 

 


                   

1.
「狭間の者たちへ ★★☆


狭間の者たちへ

2023年06月
新潮社

(1800円+税)



2023/07/25



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「狭間の者たちへ」の主人公は、藤原祐輔、40歳くらい。保険代理店で一応、店長。
しかし、部下管理も店の業績も順調とは言えず、家に帰れば赤ん坊の世話に苛立つ妻から怒声を浴びせられる日々。
そんな状況の中で主人公が求めた癒しは、早番の通勤電車で一緒になる女子高生、その甘い匂いを嗅ぐこと。
まぁ、ストレスが溜まり続ける中、何かに救いを求めたいという気持ちは、家庭持ちサラリーマンとして分かる、という処があります。
しかし、この主人公、少しでも前向きになれるよう努力しているのかと言えば、そこは疑問。

でも、この主人公と自分自身、大きな違いがあるかといえばそんなことはなく、ほんのちょっとした違いに過ぎないと思えます。
ですから、他人事とばかり思えず、リアルに恐ろしい。

新潮新人賞を受賞したデビュー作
「尾を喰う蛇」は、総合病院に介護福祉士として勤務する小沢興毅、35歳の独身。
ただでさえキツく、苦労ばかり多い仕事なのに、正規職員は増やしてもらえず、パート職員からのしわ寄せはすべて受けざるを得ない。
とても私には務められるとは思えない仕事ですが、恋人にも去られていて、楽しみもなく、そもそお楽しみに使う時間すらない、という過酷な状況。
救いがないという点では、「狭間の者たちへ」の主人公と同類と言えます。また、自分から動こうとせず、ただ流されているだけという点においても。
しかし、もし自分が同じような立場に置かれれば、主人公と同様の行動をとらずにいられる自信はない・・・。

藤原祐輔と小沢興毅、この先浮かび上がれるのか、それとも深く沈んでいくだけなのか。
それが見当つかないだけに、読後感は重く心に残ります。


狭間の者たちへ/尾を喰う蛇

             

2.
「長くなった夜を、 ★★☆


長くなった夜を、

2025年04月
集英社

(1500円+税)



2025/05/01



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主人公の関本環は38歳、独身、今も実家で両親と暮らす。
以前は幼稚園の保母をしていたが、続けられなくなり、今は派遣社員としてコールセンターに勤める。

そこにデキ婚で家を出た8歳下の妹=
由梨が、離婚、幼い息子の公彦を連れて実家に戻って来ます。
昔から両親に反抗し、素行の悪かった由梨。そんな由梨に任せておけないと、環は公彦の世話を熱心にするようになりますが、やがて由梨は公彦を連れて再び家を出ていく。
そしてそこから、環の歯車が狂い始めていきます。

余りに切なくて、胸の痛む気持ちになる作品。
異常な程に抑圧してきた父親、それに従う母親の元、親の言いなりになって生きてきたのが環。
そういう風にして育ち、生きてきた女性がどのような人間になってしまうか、それを具現化したストーリーと言えます。
そんな環が初めて得た、自分の支配下における相手が公彦であり、それが環の救いになったのですが、由梨が家を出てしまったことから、その相手を失ってしまう。

環は、いわゆる「良い子」だったのでしょう。悪いのは父親であることは明らかですが、だからこそ辛い。
異常行動に出た環はこの先どうなっていくのか、それは皆目判りませんが、それでも環のことを心配してくれる人たちが確かにいる、そのことに救われる気持ちがします。
彼らが傍らにいてくれるのであれば、希望は見えてくるのではないでしょうか。

※親は、子どもに対して支配者になってはいけないと、改めて自省とともに感じる次第です。

             

3.
「橘の家 ★★☆       三島由紀夫賞


橘の家

2025年06月
新潮社

(1900円+税)



2025/07/19



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凄い小説が書かれたものだ、というのが感想。

夫と姑が遠い親戚から購入を決めた家、価格は安かった代わりに橘の木を大事にしてくれ、というのが条件。
その後、生後八か月の
恵実が二階のベランダから転落した時、無事に済んだのは橘の木のお蔭だったのか。
橘の木は子孫繁栄の象徴。何故か、守口家の橘の木を拝み、さらに恵実に腹を触ってもらうと子に恵まれるという噂が広まり、守口家への来訪者が増える。
するといつの間にか、大阪の女占い師が女たちを仕切るようになり・・・。

橘の木は守口家にとって何だったのか、家を守る存在なのか、それとも災いを為すものなのか。
次第に守口家の普通は崩壊していく。
父=伸一、続いて兄=豊は家を離れ、やがて母=秋江も。
恵実一人が運命に囚われているかのように家に留まり・・・。

恵実は結局、赤の他人から搾取され続けた存在でしょう。
橘の木は、幼い恵実の危難を救ってくれましたが、恵実を本当に守る存在だったのか。
いや、橘の木はそこにただ存在し続け、自分の役割を果たすだけが目的であって、そこに住む人間の幸不幸は関心外であったのではないか
最後、恵実の洩らした一言が、胸に突き刺さって来るようです。

小説作品としては、読み応えあり、興味尽きないと同時に、恐ろしくもあり、深淵さもあり、と言うに尽きます。

     


   

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