壁に取り付けられた真鍮の薄い板をそっと持ち上げると、石造り の厚い壁の向こうから蝋燭の明りが射し込む。そっと様子を覗うた めの覗き窓。向こうの部屋の、生臭い血と精液の匂いに、噎せる。 まだ誰もいない。ゆらゆらと燭台で炎が揺れるだけ。今まで何人も の死を見届けてきたこの部屋の壁という壁が、床が、見下ろす天井 が、次の獲物を待って口をあんぐりとさせている。 正面の鉄の扉が重い音を立てて開かれる。裸の女。黒い布の目隠 し。細い皮紐で後ろ手に括られているのは知っている。私が自ら括 り上げたのだ。軽蔑する目をしていた黒い髪の女。部屋に入ると、 すぐにごろりと仰向けに転がされる。石造りの床の冷たさに「ひっ」 と微かな声がする。炎の形をした漆黒の下草が、反らした身体の上 に輝く。再び重い音を立てて扉が閉まる。私は、息を潜める。沈黙 が女の心を不安の淵に落とし込むだろう。視界を塞がれ、音も無い 世界の恐怖を味わうがいい。 長い長い沈黙の後、唐突に甲高い軋みを立てて、左の扉が開かれ た。女が逃げ惑うように身体を転がし、うつ伏せになる。左の扉か らは、裸の男。屈強な体躯。太い幹のような腕。日に焼けた顔には、 捕縛したときの傷が生々しい。近衛兵を四人も倒し、私に向かって きた勇敢さ。両側から典獄が抱えておれるのは、半日の間吸わされ た夢見の草の烟の故。暴れだしたら手がつけられそうもない囚人を、 放り出すようにして扉が閉まる。 続いて右の扉が開く。やはり裸の男。体には肋骨が浮いて見える。 打たれて痣だらけになるまで、口煩く私を諌めようとした思い上が り。聖職者の奢り。すべての血を鼻から流したのではないかと思わ れるほど、顔は腫れ上がっている。 煌煌たる明りの中で、三人の裸の男女は、じっと横たわっている。 このまま餓死していく定めは、十分に分かっていよう。この部屋に あるのは、不相応に多い蝋燭と、高く小さな換気口。 私は知っている。やがて男どもが殺し合うことを。そして女を犯 すことを。誇り高く潔癖で高慢な奴等の、血と精液が喚きと悲鳴と 嬌声がこの部屋に満ち満ちて、私の心を慰めてくれることを知って いる。私の無能を私の佞を私の醜さを笑うもの、知らぬ振りをする もの、気づかぬものどもの、激しい交わりを覗いているときにこそ、 私は心が癒される。この窓から射し込む神聖な光こそが、私を浄化 してゆくのだ。
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