抜け道

                              

  ポロシャツタイプの体操着の第二ボタンを留めながら、僕は急い 

 だ。ニ時間目の体育は第二グラウンドでのラグビーだった。もとも 

 とは男子校だったこともあってか、文武両道を旨とするこの高校で 

 は、体育の授業はやけに厳しい。遅れたりしたら、グラウンド10 

 周くらいでは済まないだろう。二号館の渡り廊下を潜ると正面に体 

 育館と図書館が並んで立ちふさがる。本来ならば左からぐるりと体 

 育館を迂回して第二グラウンドに向かうところだが、そんな余裕は 

 なかった。迷わず、夏草の茂る中を突っ切ると、二つの建物の隙間 

 に滑り込む。体を横向きにしなければならないほどの狭さ。湿った 

 土の匂い。息を弾ませながら、横走りに進む。鍵の手に組み合った 

 建物の壁は埃まみれだったが、頓着していられない。角を勢いよく 

 曲がったところで、同じように素早い横走りで向かってくる影に気 

 づいた。慌てて止まる。 

  どちらも急いでいるから、この抜け道を選んだのだ。もとに戻る 

 わけにはいかない。ゆっくりと近づく。先ほどまで第二グラウンド 

 にいたのだろう、見慣れぬ少女。額はさらリとした汗で濡れている。 

 慌てて図書館の壁に背を押し付けて隙間を作る。やっと擦り抜けら 

 れる程度のその空間に、少女は進む。怯えたような瞳。互いに自然 

 に息を止める。思いがけず若い体臭が鼻腔を覆う。 

  まさに擦違う刹那、狭く高い空から、始業を告げるチャイムが響 

 いた。少女の華奢な躯が、ビクリとする。驚いた僕はとっさに体育 

 館の壁に手を突っ張っていた。壁と僕の腕で虜になった少女は半開 

 きの乾いた唇を舌で湿らせた。 

  「ごめん」 

  なぜだか僕はそういうと、腕を引いて抜け道の出口へ急いだ。第 

 二グラウンドは眩く細い光の向こうにある。振り返ると、先ほどの 

 場所にまだ少女はいた。まっすぐにこちらを見ている。僕もまっす 

 ぐに彼女の瞳を見つめたまま、横走りを続ける。間もなく、僕の体 

 は夏の強い日差しに晒されるはずだ。鳴り終わったチャイムの余韻 

 を微かに聞きながら、僕は光に向かって進んでいた。