はじめに
 メンタルヘルスケアにおいて、精神力動論や自我心理学理論などの人間を発達的に捉え、それぞれの年代におけるライフサイクルやライフステージにおいて生起する様々な心理的な葛藤などを中心に、診断や理解する視点が重要になる。
 現代日本の思春期・青年期では、不登校やアパシー症候群、摂食障害、引きこもりなどが問題になっている。
 こうした諸問題に対応するため学校保健では、スクールカウンセラーの設置などが広まっている。教育現場における精神保健福祉的(メンタルヘルス)なとり組みの背景には、思春期危機が多様化している、または、エスカレートし、成人になってからも症状として治療を要するケースが増えてきていることを意味している。
 以下、思春期・青年期の発達心理的視点や症状の類型などを中心に述べる。

思春期・青年期の発達心理について
 年齢区分に関しては、様々な見解があるが、青年期を前期(ほぼ中学生の年代に相当)、中期(高校生の年代に相当)、後期(大学生の年代に相当)とわけて(前青年期として小学生高学年に相当する区分もある)、前期、中期を思春期と一般に呼んでいる。
 現代社会では思春期の訪れが早まると同時に、複雑化する社会に対応するために独立できる年齢が年々高くなっていると言われている。思春期・青年期は、義務教育を終え、進路を決め、社会に出て行く時期にあたる。人生の中でも変化に富んだ時期といえる。

 この年代の心理社会的発達は、両親との情緒的、社会的あるいは内的な分離(思春期モーニング(mourning)など)、個人としての自我同一性の成立、身体的変化(第二次性徴)や性的衝動の突出的を心理的に統合すること(エディプス退行への防御など)といった発達課題の達成を軸としている。
 こうした発達の要因として、急速な身体的な変化、脳そのものの成熟による認知思考能力の発達(形式的思考、仮説演繹的思考など)、社会的な発達圧力があり、こうした要因が様々に相互に影響しあいながら一人の個人に働くことによって、この年代の急激な心理社会的発達が実現するのである。
 以下、特に思春期(青年期前期・中期)にとって重要と思われる課題について述べる

 思春期においては、親離れと自立が課題になっている。それは、幼児期に形成された愛着・依存の対象としての父母に関する内的な対象喪失による思春期特有なモーニング(mourning)の過程である。


 しかしながら、こうした対象喪失を伴う体験を支えるには、心の拠としての安定した内的な居場所(親、学校、近隣社会など)を確保している必要がある。
 離れてゆくべき親そのものが同時に自分を支える環境であるという矛盾(アンビバレンス)が思春期の特徴でもある。この矛盾は、しばしば周りの大人から不可解な行動として映ることもある。思春期特有の過敏さ、自己顕示性などは主観的には自立を切望した行動であるがその一方で親などの大人、仲間などから認められ評価されることを望んでいる。
 また、同性の同年代の友人など(代理対象)は、この思春期を乗り切るために語り合い、共有しあうものとして重要な役割を持つ。友人希求においては、自己愛の高まりが大きな役割を果たし、直接代理対象へ向かうだけでなく、父母表像に向いていたリビドーなどが自分自身に向けられ自己愛の高まりをもたらしているとされる。

 なお、青年後期においては、自我同一性を確立することが課題となり、社会的な猶予期間を利用して自己と社会を結びつけるために様々な社会的遊びや役割について模索する。思春期に比べて、同性の友人は重要な役割を持たず異性との安定した関係を結べるとされる。

思春期危機についてと症状の類型について
上述したように、思春期・青年期においては、身体、心理、社会的な急速な変化が見られる。そのことによって、均衡が崩れやすい。思春期危機とは、そうした様々な均衡が崩れた状態であり、暴力、反抗、自己破壊行動、自己評価の動揺、気分の変動などが共通してみられることが多い。
また、こうした危機は思春期・青年期特有な一過性のものという見解もあるが、中には、長期化するケースもあり、成人になってから人格障害や精神障害につながるケースも含まれる。よって、適切な診断と治療介入が必要な症状も多分に含まれている。
なお、一症例としての思春期危機は、早く確かな自分を掴みたいという願望が強い傾向にあるが、上述した矛盾した心理との葛藤により、大きなストレスや焦燥となっている状態である。
しかし、ここでは、広範に思春期・青年期における発達段階や課題、または、身体的、社会的な要因によってさらされる様々な危機によって引き起こされる症例ついて述べる。
 思春期においては、不登校、摂食障害、引きこもり、非行、売春などが問題となりやすい。特に、昨今の日本においては、引きこもりや不登校が社会的な問題として大きく扱われている。
 引きこもりについては、青年期後期から成人期初期になっても、家庭内では何ら問題もなく暮らしつつも、外出を忌避し、全く社会的に引きこもる患者が急増している。社会的背景がこの増加の一因であることは間違いないが、臨床的にはこのタイプの患者がある種の自己愛的傾向と強迫性を抱えていることが注目されている。
 また、その反対の性質を持つものとして、非行や逸脱行為がある。要するに、引きこもりや不登校が内向きな問題であるのに対して、それらは、外向きの問題として捉えられる。しかし、しばしば、非行や逸脱行為は、気分障害によって、分裂病の初発において、または、境界性人格などを含んでおり一概には思春期危機の一症例であるとは言えない。

思春期・青年期における診断、治療上の問題と特殊性

診断上の問題
この時期は急速な発達の過程であり、そこで起きてくる精神医学的問題は発達の影響を強く受けている。そのため、病像は修飾される事が多く、適切な診断が難しいとさる。また、思春期・青年期の患者が言葉で苦しみを述べることが難しいことも体験症状の把握を困難にし、診断を難しくしている。
治療上の問題
患者の病気(症状)を治そうとするのでなく、まず、患者は急激な発達段階での葛藤や挫折であると捉える。少なくとも、病気(症状)がある落ちつきを示すまで、患者のとりまく発達圧力(進学や進級の問題など)を一時棚上げにすることが必要な場合が多い。だがその場合、患者は達成の遅れなどについて強い焦りに苦しみやすい。そのため、共感的で受容的な態度が必要である。
両親の扱い
この時期の子どもは、親離れなど思春期における発達課題との関係で、親に対する反抗的な態度や否定や拒否をしている傾向が強い。そのため両親に秘密で受診するケースがある。しかし、医療者側は、患者の態度の非現実性を伝えた上で、患者の不安に共感的に触れていくことが必要となる。
逆に、両親だけ相談に来ることもある。その場合は、両親のために面談を設定し、ガイダンスを与えておく。その場合、来院していることを患者本人にオープンにしておくことが大切である。このことは、患者にとって心の拠としての両親の確保が揺らぎ、不信に到るを防ぐことになる。
学校との関係
不登校などの場合は、学校関係者と接触を持つことになることも多い。また、スクールカウンセラーの公立学校などへの設置も拡大している。成果として特に、教員とは違い、成績の評価などを行わないため、気兼ねなくカウンセリングを受けることが出来るという点にあると思われる。

おわりに
 心理社会的、あるいは発達心理の視点に立って精神症状を捉えた場合、自己と社会に対する心理的な挫折や葛藤によりさまざまな症例が引き起こされるといえる。
 思春期における不登校や引きこもり、摂食障害、非行や逸脱行為などはこの時の課題である自立や対象喪失(親との内的分離)と代理対象の獲得が何らかの形で妨げられている状態であるといえる。
 また、同様に青年期後期におけるアパシー症候群や同一性危機なども自己の社会における位置づけや距離感や均衡が失調しているものと思われる。このことは、成人期においても自己と社会の関係について葛藤や挫折による様々な症状が出るとされる。しかし、上述のように思春期においては様々な急激な変化によって均衡が失いやすいことが指摘されている。
 こうした、思春期・青年期にの心理的特徴をよく把握した上で適切な治療介入や状況の把握が必要である。
 
参考文献
指定図書の他
「メンタルケース・ハンドブック」(菱山珠夫監修他,中央法規出版,2000)
「思考の心理学」(ジャン・ピアジェ,みすず書房,1999)など

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