有機電子論の初歩<考え方のポイント> @ 「電荷の偏り」で反応を考えてよい。 「電荷の偏り」を数値化したものが電気陰性度である。 ただし,電気陰性度がすべてではない! 例えば,NとOでは,Oのほうが電気陰性度が大きいが,電気陰性度の小さいNのほうが,有機分子の正に帯電した炭素原子と反応しやすい。 これは,窒素原子のほうが,電子の広がりが大きいからである。したがって,「分極率」も考慮していかなければならない。 また,溶液中では,電気陰性度の差が大きい結合が切れやすいことにな る。 ここで注意すべきことは,「結合エンタルピーの大小を考えない」ことである。結合エンタルピーの多くは,生成エンタルピー等から計算されたものである。 これは,原子が均等に開裂してラジカルになる場合のエンタルピーを言っているのである。 A 共鳴すると安定になる。 B ハメット則(後述) <ハメット則> X−C6H4−COOH で,Xの種類によって酸性度が異なる。 酸性度大 → Xは電子吸引性 酸性度小 → Xは電子供与性 ハメットは,他のいろいろな反応でも,この関係が成立することを確認した。これが,いわゆる大学受験で出てくる電子吸引性基,電子供与性基のことであ る。 ー電子供与性基ー ベンゼン環の各C原子のp軌道には,電子が1つ存在するが,p軌道に非共有電子対をもつ原子(NやO)がつくと,電子密度の小さいC原子に電子が流れ る。この基がベンゼン環につくと,オルト・パラ配向性を示す。 ここで気を付けなければならないのは,非共有電子対の電子は「少し」流れるだけで,NやOの反応性がなくなってしまうわけではないことである。これを 勘違いすると,アニリンのような分子のNの反応性が理解できなくなる。 上図は,フェノールのHOMOを,Fireflyというソフトで,基底関数を6−31G(d)として計算したものである。メタ位に電子がほとんど存在し て いないことに注目したい。さらに,オルト位より1位の炭素に電子が多く存在する。求電子置換反応で,1位を攻撃して転位している可 能性もある。 今度は,HOMOよりも1つ下のエネルギーの軌道を下図に示す。今度は,オルト位とメタ位に電子が存在している。HOMOではなく,トータルして見たほう がよいのかもしれない。ここで注意すべきは,量子化学計算では電荷分布に関して何らかの平均をとるので,基底関数を増やすと,電荷密度が変わってしまう。 すなわち,だいたいの値でしか分からないことである。したがって,定性的な議論になってしまう。 ー電子吸引性基ー ーCOやーCNのような多重結合をもち,なおかつ電気陰性度の大きなもの。この基がベンゼン環につくと,メタ配向性を示す。 <求核置換(SN)反応> @ CH3Cl + NaOH → CH3OH + NaCl ここでは,OHーがCの原子核を攻撃する。この攻撃力の強さは速度論的なもので,反応熱とは関係がない。 この反応速度は,2つの化合物の濃度の積に比例するので,SN2反応と呼ばれる。 一般に,エネルギーの低い中間体を生成するほど,反応速度は増す。すなわち,よく反応することになる。 したがって,電気陰性度とは直接関係がない。 A (CH3)2CHCl + NaOH → (CH3)2CHOH + NaCl 有機化学反応は,速度論的に分類される。この反応は, (CH3)2CHCl → (CH3)2CH+ + Clー が律速段階なので,SN1反応と呼ばれる。 メチル基は電子を流す性質があるので,この炭素陽イオンは安定化される。 中間体の安定性を議論しているのである。 <超共役> σ結合とπ結合との弱い共鳴のことである。例えば,トルエンの双極子モーメントが予想された値よりも大きいことから,電子がベンゼン環に流れているので はないかと考えられた。マリケンは,分子軌道法でこの効果を計算し,超共役と命名した。 上図は,プロピレンを,Fireflyというソフトで,基底関数を6−31G(d)として構造最適化したものである。 C=C(プロピレン) 0.1336nm > C=C(エチレン) 0.1332nm C−C(プロピレン) 0.1500nm < C−C(プロパン) 0.1526nm C−H(プロピレン) 0.1111nm > C−H(プロパン) 0.1110nm 電子が増えると,結合距離は短くなる。これは,電子と原子核のクーロン力が増すと考えてよい。 プロパンやエチレンと比較するとプロピレンは, 「C=CとC−Hが伸びて,C−Cが縮んだ」 ということは,プロピレンのC=Cのπ電子とC−H結合のσ電子が,C−C結合のσ電子に移っていると言える。 これは,C−H結合のσ電子とC=C結合のπ電子の相互作用を意味している。 <エチレンへの臭素のトランス付加> エチレンに臭素がトランス付加するのは,臭素の分極率が大きく,環状ブロモニウムイオンをつくるからだと説明される。しかし,上の図(1,2−ジブロモエ タン)を見れば一目瞭然である。赤い球が臭素であるが,臭素が大き過ぎるのである。臭素は,C=C結合距離の倍以上のファンデルワールス直径をもつ。 <脱炭酸反応> CH3COONa + NaOH → CH4 + Na2CO3 〔加熱が必要〕 OH−は,最も+の電荷がかたよるCOOのCにつく,加熱することによって,強い結合であるC−C結合が切断する。 炭酸イオンは,共鳴によって安定化している。 <ジアゾ化> HNO3は安定な物質である。NについたOをひとつとってみよう。π電子の移動距離が短くなると,π電子のエネルギーは上昇し, 不安定になる。NO2−は不安定であるが,Na塩の形にすればイオン結合により安定化されるであろう。 NaNO2 + HCl → HNO2+NaCl HNO2 + H+ → NO+ + H2O <シクロプロパンの混成軌道> シクロプロパンの6つのCーH結合は,sp2混成をしていることが,核磁気共鳴装置による実験から分かっている。そうする と,残りの3つのC−C結合がspn混成をしているとすると, s:p=(6+3):(6×2+3×n)=1:3 → n=5 sp5混成をしていることになる。これは,1つのs軌道に5つのp軌道が混成したということではなく,s軌道とp軌道の混成の割 合を表している。 |