酸と塩基<酸と塩基の定義> ラボアジエ(1743-1794)は,酸素を含んでいるもの(硫酸や硝酸等)を「酸」と定義した。これが酸素の語源であるが,化学的には大きな間違いで あった。その後,酸素を含む塩基(CaO等)も見つかり,中和によって水ができることから,酸素ではなく水素を含むものが「酸」であると見直された。 <電離説> 「物質が水溶液中において,イオンに分かれている」という説であるが,授業で話してもあまり疑問に思われることはない。電離説のポイントは,「電圧をか けなくても,イオンにわかれる」というところである。「イオン」の名付け親はファラデーであるが,ファラデー自身は電圧をかけることによってイオンが生成 すると考えたのである。 この電離説が支持されたのは,凝固点降下や浸透圧などの「電気を使わない」実験結果からであった。ところが,高校の化学の授業では,凝固点降下や浸透圧 よりも電離説が先に教えられる。「化学は暗記科目」と呼ばれてもしかたがない。 <周期表を眺める> He C N O F Ne Si P S Cl Ar オキソ酸で,強酸をつくる元素にアンダーラインをつけた。 「電気陰性度」の大きな原子が強酸をつくることが分かる。 ところが,オキソ酸以外では,話は簡単ではない。 弱い HCl<HBr<HI 強い 弱い H2O<H2S<H2Se 強い オキソ酸と逆である!これは原子が大きくなると,結合エンタルピーが小さくなるためである。 HFは「弱酸」であるが,その理由は下記に述べる。 <酸の強さの理由> HAaq ⇄ H+aq + A−aq ΔG=−RTlogeK 〔 K=exp(−ΔG/RT) 〕 反応の自由エネルギー変化ΔGが「マイナスで大きく」なれば,電離定数Kは増加してゆく。すなわち,より「強い酸」であるといえる。 ここで, ΔG=ΔH−TΔS ΔH=脱水熱(気体状にするエンタルピー) + 結合エンタルピー + イオン化エンタルピー + 電子親和力 + イオンの水和熱 弱酸である「フッ化水素酸」の電離のΔGは+15kJ/mol,強酸である「塩酸」の電離のΔGは−47kJ/molである。 この違いは, @ 「フッ化水素酸」の水素結合による大きな脱水熱 A 「フッ化水素」の大きな結合エンタルピー によるものである。 一般に,酸の強さは, @ 結合エンタルピー A イオンの水和熱 によって決まる。 <電離定数と電離度> 高校の教科書や参考書では, Ka=cα2/(1−α) α<<1のとき,1−α≒1なので,Ka≒cα2 と記載されている。 しかし,分母のみ近似できるのは何故であろうか? マクローリン展開を使わず,このように記載するのは,そもそも無理があろう。 〔証明〕 F(α)=cα2/(1−α) F(0)=0 F´(0)=0 F´´(0)=2c マクローリン展開より, F(α)=F(0)+〔F´(0)〕α+〔F´´(0)/2〕α2+… 従って, α<<1のとき, F(α)≒cα2 証明終わり <濃硫酸は強酸か弱酸か> 高校では,はじめ「電離度の大小」で酸の強弱を議論する。しかし,電離平衡を学ぶと,薄めると電離度が大きくなるという「オストワルトの希釈律」に遭遇 し,かなりの混乱を招く。 そもそも,電離度は濃度や温度によって変わるので,酸の強弱を決定する因子ではない。「電離定数」であれば,温度一定なら一定であるので,酸の強さの目 安とはなる。 溶媒によって電離定数の値は異なるが,酢酸溶液中の電離定数の値から見ると,硫酸は塩酸より も強い酸であるといえる。 <アスパラギン酸の中和滴定> アスパラギン酸を塩酸で酸性にしてから,水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定する。 H3A ⇄ H+ + H2A− (pK1=2.1) H2A− ⇄ H+ + HA2− (pK2=3.9) HA2− ⇄ H+ + A3 − (pK3=9.8) 3価の酸であるので,3段階でpHジャンプが見られそうである。ところが,pKa の差が 4 程度ないと,pHジャンプは見えないの で,1回しかジャンプしないことになる。 <熱濃硫酸による気体の発生> HClやHFの製法において,希硫酸ではなく濃硫酸を使う理由は,「酸化還元反応させるため」ではない。 HClやHFは水に溶けやすく,濃硫酸を使って加熱でもしないと捕集できない。 <二酸化硫黄の製法> NaHSO3+H2SO4→NaHSO4+ H2O+SO2 …@ NaHSO3+NaHSO4⇄Na2SO4+ H2O+SO2 …A 硫酸水素イオン(HSO4−)と亜硫酸(H2O +SO2)の酸の強さが同じ程度なので, Aの反応は,気体であるSO2を追い出さなければ,化学平衡となる。 @+A 2NaHSO3+H2SO4→Na2SO4+ 2H2O+2SO2 亜硫酸水素ナトリウムが十分に存在しないと,Aまで反応は進行しない。 |