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Mt.Sharidake 斜里岳 |
1997/8/28日 |
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頂上からの展望 | ||||||||||||||
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登山道は沢沿いにつけられている. | 頂上 (海抜1545m) | |||||||||||||
このような時間帯のバスは高校生の通学用になっているようだ。バスは広大な農地の間につけられた道路を走り抜けていく。 まっすぐな道が続くが、街道を一直線に走っていくのではなくて、たびたび90度進行方向を変える。これだけ広い場所ではもし主要な道路の脇で下ろされ ても点在するそれぞれの家まで歩くのは大変であろうから、集落を一つずつ順に廻っていくようである。バス停のたびに一人づつ乗客である学生は降りていった。 少し家並みが続く場所に出ると清里の駅前であった。ここもまったく田舎の駅といった感じである。駅前の薄汚れた観光案内板を見ている人たちがいた。 たぶん私たちと同じ迎いを待っているのだろう。声をかけると、まだ明日の予定は決めていないという。北海道を旅する目的は人さまざまであるが、旅自体が目的で 目的地はない旅人も多い。旅の楽しさを最高に味わっているわけでうらやましい。決して放浪しているわけではないのだが、宿を渡り歩いて存分に北海道を楽し んでいる。私もゆっくり放浪してから帰りたいのであるが、今回の私は釧路から帰りの飛行機を予約していて、その間に廻るべきところをリストアップしてある始末であ るから忙しい。 迎えのバンが来た。街並みを過ぎると丘に登りはじめ、まもなくユースに着いた。水色の壁のまだ新しい建物であった。食事を終え、明日の予定を決める。 この宿の提供するアクティビティの中に斜里岳登山がある。1200円で昼食と送り向かい付きである。朝7時30分に宿を出発すれば林道の奥まで車で送ってもらえる。 バスで行っても清岳荘までは8km林道を歩いていかなければならないから、私たちはこれを活用して登ることにしていた。そこから山頂まではたった3時間の予定だ。 今回はかなり楽な登山になりそうな感じである。羅臼硫黄山縦走の前哨戦だからここであまり苦労したくないのと、それにたまには大勢で登るのもいいと思ったからである。 希望者は私達以外に3人いるので明日は5人で登ることになる。 牧草地の中の直線道路を進み、舗装されていない林道を登って登山口の清岳荘に着いた。時間は8時だった。地図を出せば現在地のちょうど真東に頂上がある。 しかし登山道は沢にそって登り、一端頂上の南に位置する馬の背という鞍部に出てから、北西に尾根を登っていくようにつけられている。ついでに地図を見ていて気づいたのは、 山頂の東側は斜里町で西は今いる清里町であることである。頂上が行政の境界になっているのはよくあることだが、そこから北西に引かれた境界線がまったく直線である。 道路や農地の境といい、直線が北海道の地図によく出現する。 まずは沢にそった平凡な登山道を進むと分岐に出た。ここで尾根をいくルートと沢沿いに登るルートの2つに分かれる。尾根道の方は帰りに使うことにして 沢から行くことにした。高さ1547メートルともし東京近郊にあれば頂上までハイキングコースの整備されていそうな高さの山であるが、さすがは北海道だけに道はいたれりつくせり に整備されているのではないのはうれしい。この点は人によっては厳しさに感じるかもしれないのだが、山はそんなものだろう。沢登りのまねごとがおもしろい限りである。 楽しい時間はすぐにすぎてしまう。いくつも滝が続く沢は登り終えてしまい、先ほど分かれた尾根道が合流してきた。 沢を登り詰めて尾根筋に登る部分は急坂となった。ここはさすがに疲れる。休み休み登っていくがまだ頂上はどこにあるのかわからない。馬の背に着いてはじめて頂上を見つけ ることができた。これで目標が定まったが、そこからもまた急登が続いた。頂上直前は急傾斜で道が細く少し怖い場所もあった。11時5分、予定したとおりの3時間を要して頂上 に着いた。山になれた私たちにはとっては何でもない道のりであったが、こんな登山を初めて経験した同行者にはきつかったことだろう。コーヒーをわかし、ゆっくり休むことにした。 斜里岳は独立峰であるから、展望は文句なしだ。そして下に広がる平地がただっ広いのがいかにも北海道の風景であった。その平原の先には明日から向かう知床半島と羅臼岳と思われる 山が見えていた。 |
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<地形図> 斜里岳(2万5千分の1) |
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