黄色い部屋の謎

ガストン・ルルー作
創元推理文庫

ストーリー紹介

フランスはグランディエ城の離れにある「黄色い部屋」で、
天才科学者の娘、マチルド・スタンガースンが殺されかけた。

18歳の若き新聞記者ルールタビーユは、
老練な刑事フレッド・ラルタンと供に事件の謎に挑む。

犯人は何者か?
そして、犯人はどうやって黄色い部屋から逃走したのか?

フレッドとルールタビーユの推理合戦の結末は!?


注意!
この本の本文にトリックが書いてあるので、『モルグ街の殺人』、
『まだらのひも』等は先に読んでおくことをお勧めします。


感想

謎が明かされるとトリックは至極簡単な事だとわかります。
(簡単というか、4コマ漫画のオチみたいで笑える)

私は、複雑すぎるトリックは非現実的だと思うので好みではありません。
ただ、複雑なトリックが好きな人にはこの本は向いていないとは言えます。

犯人についてですが、
優れた推理小説は人の心理を操るものだとだけ申しておきましょう。
(後で「ブラウン神父の童心」の「飛ぶ星」を読むとなお感慨深いものがあります)

『オペラ座の殺人』もそうですが、
いちいち原注に釈明が入っていて思わず笑ってしまいます。
鼻血説といい、ステッキといい、実は、コメディーだったりして・・

ところで、創元推理文庫の色は、この作品からなんでしょうか。(笑)



ルールタビーユが名探偵たりうるのは、やはり、
思い込みで物事を判断したり、他人を信用しないという所です。

あと、ホームズやアラン・ポーものに激しく敵対心を燃やす所が
冷静沈着なイギリス探偵との大きな違いだと思います。
(結構小出しに謎解きが入ってくる事も違いかもしれませんが)

また、その役割は「セビリャの理髪師」にそっくりです。
つまり、この話は本歌どりだったのです!すごいテクニックですよね。
(上の文章は決めつけに過ぎないので本気にしないように(笑))



英国ミステリ系列作品と違い、被害者が強いです。
たった一人の女性なのに、10人分くらいには目立ってます。

美貌と勇気と知性あふれるマチルドのような(たくましい)女性は、
他の推理小説には全く登場しないので、希有な存在と言えましょう。

彼女が聖女めいた人間とか、家庭的な女性だったら普通ですが、
マチルドはそうではないので特に面白いです。



このシリーズに出て来る変装は現実的だと思います。
(さすが、作者が新聞記者だっただけあるなと思います)

変装が万能であるかのようなお話が多いので・・
(忍者でも骨格はごまかせませんからね・・あ、現代は整形があるか。)

また、チェスタトンの「紫の鬘」(『ブラウン神父の知恵』収録)と比べて、
新聞というものへの信頼が強いな、と思わされました。
(新聞記者はお偉いさんの言うなりではないという所)

これはフランスとイギリスの違いでもあるんでしょうか?
それとも、元新聞記者だったルルーの理想なんでしょうか?

一方、英国、米国の多くのミステリと異なり、
警察官に対する無条件の信頼はありません。

警察官も科学者も新聞記者も同じ人間。
本当に信頼に足る人物であるかどうかは、わからない…

ところで、この物語を楽しむには、この本だけでは足りません。
続編「黒衣婦人の香り」を読むと、更にいろいろな事を考える事ができます。
ただ、文章はくどいので、漫画ばかり読んでいる現代人にはキツいものがありますが。
(でも、それだけの価値のある作品です。いろいろ考えさせるので)

この本は、孤児や遺伝に対する世間の目についても考えさせられます。
「黒衣婦人の香り」をセットで読むとさらに理解が深まりますが、
ルールタビーユの出生の秘密が原因とはいえ、
彼の悲惨な生い立ち(母親の名誉を守るために秘密にされ…)は、
女性の地位の低さが子どもに悪影響をもたらした良い例だと思います。
騙されて結婚したというのに、貞節と父親への従属を強いられるが故に・・・
そして、当時は親が犯罪をするとそれが子どもに遺伝すると信じられていたが故に・・

詳しくは本を御読みになって下さい。

でも、同情はしても、可愛そうですませないで欲しいと私は思います。
むしろ、困難を知恵で乗り越えようとするルールタビーユの力強い生き方から、
私たちは沢山の事を学ぶこと、そして悲劇を繰り返さない方法を考えるべきです。


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