お嬢様と私(3)

たなぼた中国恋愛絵巻

加藤四季 著/ジェッツコミックス(白泉社)

ストーリー紹介

結婚することなく未亡人となった許平君は、ひょんなことから皇后となった。(1巻)
そして第一皇子を産んだ(2巻)が、浮気疑惑で皇帝劉詢との仲が悪化。(3巻冒頭)

一方、許家は列候になり、すったもんだの末子どもは皇太子となった。

立太子に焦る顕夫人(霍光の妻、皇帝の第二夫人である霍成君の母)は、
皇后と皇太子暗殺計画をはじめる。

後宮の医師淳于衍は皇帝の妻の一人になった我が子華慧と再会するが、
皇后暗殺計画が淳于衍の夫華章と張彊(源氏名は香蛾)の三角関係を引き起こす。

さらに皇后の従兄弟許嘉、スパイの范娜(官職は良人)など、
面白いキャラが多数登場し、事態はますます複雑になっていく。

果たして皇后は暗殺をまぬがれることができるのか?
そして皇帝との関係は修復されるのか?

・・という複雑な内容の四コマギャグ漫画。

1巻は面白かったが、2巻で失速…と思いきや、
3巻ではただの恋愛ギャグ漫画ではない所を見せてくれました。

現代にも通ずる男女関係の間の溝を見事に描き出しています。
主人公は許平君ですが、霍光や劉詢などの視点も盛り込まれています。

主人公(?)である皇后の許平君と、女医の淳于衍はよく似ていると思いました。
平君が前の婚約者と結婚したら淳于衍みたいになったかも。

許平君は皇后の地位を得たが故に閉じ込められてしまっているが、
淳于衍はキャリアウーマンであるが故に娘を手放さねばならない。

どっちにしても、面白いギャグ漫画のキャラクターというのは、
現行の社会制度にそぐわないほど強烈な個性を持つが故に、
喜(悲)劇を生み出すものなんですよね。
(岡田あーみん氏の漫画「お父さんは心配性」もそうだったし…)

以下は本文を引用しつつその感想も書きます。

許皇后 「後宮でやっていることと
 ここでやっていることのどこがちがうのかしら
 男の気をひくことにかわりはないわよね」
(P160より)

「ここでやっていること」とは、水商売のことです。
本当にその通りだな〜と思わされた台詞です。

昼のオフィスでお茶汲みするのと、夜のキャバクラでお酌するのと、
違うのは相手が不特定多数か特定の人物かの違いしかない。(主婦も似たようなもの)

男性に滅私奉公する(相手を支え励まし能力を伸ばす)という意味では、
OLも主婦も水商売の女性も、期待されている生き方としては同じなんでしょうね。
高い理想を持ち、自分を高める人生を生きる事を望まれていないという意味では。
(こういう世界で女性がのし上がったとしても、女性差別や偏見はなくならないしね)

でも、水商売を理想化したり、美しい夢や華やかな存在だと考えるのはどうかと思う。
結局、水商売の女性は、普通の主婦や職業婦人と違っていると見なされる。
穢れた存在だから傷つけても良いかのように見なされることすらある。
(こういう意見を正当化する奴らの方がよっぽど穢れていると思うが)

実際、皇后は皇帝を喜ばすため奇術を習ったり巨乳になろうとします。
ここまでしてくれる人は滅多にいないよなあ・・
でも、理想の奥さんになろうとすればするほど夫婦の仲が冷めていくのは、
皮肉なのか現実的なだけなのか・・(もちろん、最後は仲直りしますよ。(^^))

ところで、淳于衍の話から考えたのですが、
社会的には今でも浮気は女性の問題にされがちなんですよね。

私は個人の尊重という観点から、男でも女でも浮気はよくないと思う。
でも、夫と別れたくても別れられない制度の元では、
どうしてもそうなってしまうのではないかとも思います。

ところで、許皇后が異常に息子にこだわるのは当然ですよね。

家庭の主婦が尊敬されるには息子を産んで立派な身分につけるしかないわけですから。
(昔の時代は今よりもっとそうだったにちがいない)

でも、現代でも、出産、子育ては相変わらず女性だけの問題とされていますよね。
しかし現実には、父親は必ず存在するわけですから、変だと私は思うのです。

どうでもいいことですが、男性には年をとっても若い娘と恋愛することを要求するが、
女性には年をとったら恋愛しないことを要求することも、変ですよね。
(そういう事が少女虐待につながっているのかもしれないしね)

合理的に物事を処理する為に集団を分ける事は必要かもしれませんが、
どこで区切るべきなのかが大切なのです。

人間でいえば、最小単位は一人です。“男”でも“女”でもなく。

ここから下はお話の結末に関連しているので、
文字を白く反転しています。読みたくない方は素通りしてください。


3巻を購入した動機は最終回がよかったからです。
ところで、最後の辺りで許平君は独身の時のように自由に降るまい、
自分の才能を発揮するようになるのですが、夫(劉詢)の事も相変わらず好きなんですよね。
また、劉詢も以前と違い、彼女を尊重するようになっていきます。

また、史実との整合性を追求するからといって、
許平君が死んで別の女性が皇后になったらさすがに嫌過ぎますから・・
恋愛物語においては、往々にして、非道な事も純愛の名の下に許される傾向にあります。
それゆえに、読後、殺伐とした気分になる漫画が多いのですが、
この漫画は珍しいほどほのぼのした作品だったし、最後も大団円でした。
ギャグだからこそ超えられる壁もあるということでしょうか?

ただ、整形には問題点もあります。整形前と後で許平君の言動、行動パターンが変わる。

そのため女性向け漫画の女性登場人物に往々に見られる宿命的な欠点・・
男性的・シンプルな容姿=能動的、仕事人、男性との友情、短いか束ね髪、男装(ズボン)
女性的・可愛い容姿=受動的、家庭人、男性との恋愛、長くおろした髪、女装(スカ—ト)
・・という、どうしようもない差別が露になることです。

大体、連載開始時、許平君は美少女だった。何故に男性化したのでしょうか?
自分の意思を発表できる、しっかりした美貌の女性も多いと思いますが。


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