ミンナ・フォン・バルンヘルム

作/レッシング(Gotthold Ephraim Lessing)、訳/小宮曠蔵(こみや こうぞう)
岩波文庫(赤)32-404-3(岩波書店)


ストーリー紹介

七年戦争後のドイツ。ザクセン貴族の美しい娘ミンナは、
音沙汰が無くなった婚約者テルハイム少佐を追ってある町にたどり着く。

が、ザクセンの財産を絞り取る国のやり方を嫌い、
足りない税収を自分の金から支払った事が収賄の罪に問われ、罷免されたテルハイムは、
自らの名誉を取り戻すのに邪魔な彼女との婚約を破棄しようとする。

ミンナは侍女フランツィスカとともに計略を働かせ、自分は勘当の身の上であると装い、
彼の心を取り戻すものの、かえって逆効果になってしまう。
結局、指輪のやりとり等の後、ミンナの伯父が登場し、ミンナとテルハイムは結婚する。


感想

忠義者のテルハイム少佐の従僕ユストは、次の就職先を斡旋すると言われ、
彼自身の借りを並べ立てた借用書を書いて、少佐に尽くす事を誓う。

一方フランツィスカは元気者で、幾度も得意の話術でミンナを助け、
時には彼女をたしなめたりと、主人と対等の関係をアピールする。

「孫子の兵法」には、君主をたしなめる事も将軍に必要な素養だとあります。
フランツィスカのような部下をもったミンナは幸せ者ですね。

一方、ユストのような部下も大切にすべきだと私は思います。
今時、人の足を引っ張る事が好きな人はいても、
人の為に身を投げ出す人はどこにもいないでしょうが、
人の為に身を投げ出す人は人の信頼をかちえ、必ず幸せな人生を送るでしょうから。

ところで、フランツィスカは、ヴェルナーとのやりとりもとても面白いです。

ヴェルナーがいたずらで嘘をついたことを逆手に取ったり、
主人のミンナとの仲がまとまった後、一目惚れの相手ヴェルナーに
自分からプロポーズしたりと大いに活躍します。


また、第123項第四幕のテルハイムとミンナのやりとりは意味深長な所がありますね。
テルハイム「名誉というのは、わたしどもの良心の声でも、少数の誠実な人々の証言でもありませんー」
ミンナ「(中略)ー名誉とはー意地ですわ。」
____

ここは、解説の言っているようにミンナが無理解なのではなく、
名誉のために自己犠牲を求める事が、結局、独りよがりにすぎないことを示すと思う。

そう考えたのは、やはり解説に書いてあったことが原因です。
それは、欧州において「名誉」が国家に対する忠誠心を軍人に植え付け、
無理矢理徴兵した兵士の逃亡を防ぐために使われた事実です。
(勲章をばらまくことなども「名誉」を用いることにあたると私は思う)

これは、「孫子の兵法」(守屋 洋(著)、産能大学出版部)にあった記述ですが、
賞罰はきちんとしないと軍の規律だけではなく戦争の敗北すら導くそうです。
(孫子が美姫達を集めて軍を作った逸話にもその思想がよく現れています)

それなのになぜ、人間は名誉を求めるのか。
それは「道は開ける」「人を動かす」(D・カーネギー)によれば、
人間は誰かに誉められたい、認められたいという欲求があるからなのだそうです。

しかし戦争は、多くの人の命を奪う割に、利益が少ない「最終経済」です。
そこで失われた命は二度と取り戻す事はできません。

愛する人を失った親やきょうだい、恋人らは、一生その苦しみに耐えていかなければならない。
ましてや戦争に負けてしまっては、名誉の為に戦死した人を失う意味すらなくなってしまう。

かけがえの無い人の命を失った事を、階級を上げる事や勲章を与える事で解決できるはずがない。
安易に戦争を起こすべきではない。たとえそれが正義のためであっても。

「孫子の兵法」でも安易に戦争をすることを強く戒めています。
(「戦わずして勝つ」ことこそ上策だとも書いてある事ですし)


また、作者レッシング自身が、国王の為に偽金づくりをさせられた経験があり、
「僕には、祖国愛ということが、(独白を中略)一向にピンと来ないんでね。
精々、英雄気取りの弱みじゃないか、って気がするよ。そんなものは願い下げだ」

と、愛国心について述べている下りがある。

にもかかわらず彼は郷里を愛し、土地の人の教養を育てる貢献をしている。
大切なのは国家元首を敬愛する愛国心ではなくて、故郷を愛する愛国心です。

イギリスのサマセット・モームの作品「夫が多すぎて」という本の解説で、
自己犠牲の甘美な誘惑の一つに愛国心があるというような事が書いてありました。

でも、愛国心や郷土愛、民族愛は戦争の種になりがちなのもまた確かです。
(何かが世界で一番素晴らしかったら他を排撃するしかなくなるともいう)

イスラーム支配によって異なる民族・宗教が混在していたトルコが分裂した原因は、
民族愛による民族運動でした。(「オスマン帝国の解体」ちくま新書、鈴木 董 (著)より)
それが現在もあちこちで続く戦争や内戦の元になっています。

その事実を踏まえた上で、愛国心を語るべきでしょう。


また、本文第121項のシェイクスピアのオセロの下りについてのテルハイムの台詞は面白い。
「(中略)どうしてあのムーア人は、ヴェネツィアの軍務についたのでしょう?
故国がなかったのでしょうか?どうして、わが腕とわが血を、他国に貸したのでしょうー」


はたして、副題の「軍人の幸福」とは何か?
私が思う「軍人の幸福」とは、以下のようなものです。

ー軍人を辞め、自分の愛する人たちを大事にすること。
そして、死ぬ時に平凡で幸せな生涯だったと思えるように生きることー

注・オセロはムーア人(黒人)の優れた軍人で、白人貴族のデスデモーナと恋愛結婚する。
__彼が黒人であるが故に彼をねたむイアーゴ(白人)の策略によって非業の死を遂げる。


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