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|  第六回東方ねちょSSこんぺ
|  おだい「虜」
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| - 椛×妖夢です
| - におい、あじ、あたたかさ、みず
| - ふたなり分もたっぷり
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   あなたの匂いにとらわれて



「わうっ……ようむ……さっ……んんんむっんむううぅ
  くんくんくんくふぅぅぅっ……んむんむっくすぅぅぅ……
   ふんふん、ふんふんくんくんすんすん……すむぅすむぅ……
  んむんむんむむぅ……くふー……くふー……くふー……」

 まっしろな玉砂利の輝く白玉楼庭園のすみ、人の来ない農具小屋の奥。
 藁の束に埋もれて、寺子屋で「はい」って挙手する子供みたいに、手をあげている私。
 その私の左のわきに、わんこが顔をつっこんで、嗅いでいる。
 白いブラウスのふくらんだちょうちん袖を、くしゃっと押しつぶして。
 目元を熱っぽいオレンジ色に染め、瞳をすっかりとろけさせて。
 久しぶりにおいしい料理にありついた獣みたいに、がむしゃらに、ひたむきに。
 さかんにしっぽを振りながらぎゅうぎゅう鼻を押しつけて、よだれまでちゅくちゅくなすりつけて。
 発情しきった姿でわきの匂いを吸い取って、味わってる。
 わんこの心の、天狗さんが。
 白狼天狗の、椛ちゃんが。

「よっようむさん、妖夢さんんっ♪」

 鮮やかな赤と茶の、紅葉重の可愛い袴に包んだお尻を、切なそうにふりふりと揺する。
 中に隠した下着の股間は、きっとはちきれそうにキンキンだろうな。

「妖夢さんむむむむーぅんっ♪」 

 いぬいぬオーラを全開にして、ものほしそうに私のわきを嗅ぎ尽くす椛ちゃん。
 私は、太ももをぎゅっときつく閉じ合わせて、下着まで染み出したぬらぬらを隠すのに精一杯。
 あくまでも淡々と、犬の子にわきを嗅がせてあげるだけ。

 ああ、でもきっとばれてるんだろう。この子の鼻が嗅ぎ当てていないわけがない。
 初めて会ったときに、この子は私のにおいを覚えてしまったんだもの。


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「わああああーーーーーーーーーぁぁぁぁぁぁ!!!」
 降ってきたのは女の子の悲鳴。川沿いの山道を歩いていた私は対岸を見上げる。
 川の向こうは妖怪の山の北壁だ。猿でも登れぬ絶壁を、どうどうと瀑布が落ちている。
 九天の滝と呼ばれるその名瀑を、白と赤の人影がくるくる回りながら落ちていた。
「あれは……!」
 とっさに私は地を蹴った。岸から張り出した松の枝をバネに、高く飛ぶ。
 とーん……。
 風を切って上昇、谷を渡った。渓流が眼下に細くなる。跳躍の頂点で首を回してあの子を探す。
 いた。もう滝の中腹ほどまで落ちている。滝つぼまでは目測で三十尋。人が落ちれば命はない。
「餓王剣……餓鬼十王の報い!」
 の、疾走だけ。弾幕を張る必要はない。さかさになって空の風を蹴り、私は宙をはしった。耳元でびゅうと風が鳴る。
 人影に斜めに追いつく。バタバタとはためく袴が邪魔だ。委細かまわず胸に抱く。抵抗はなし、失神している。
 しっかりつかまえて、止まる方法を考えた。下方の滝つぼまで、残り二十尋。まわりにつかまるものはなく、半霊は人の重さなんか支えられない。
 となれば、自力で止まるしかない。
「妄執剣……修羅の血!」
 瀑布の裏の断崖めがけ、片手の剣を逆手に突いた!
 ガリガリガリ、と凄まじい破砕音。もともと縦割りの剣技だが、岩を斬るための技じゃない。刺さりきらずにただ砕く。
 刃こぼれするし、みっともない。けれども今は仕方がない。二人分の体重を楼観の剣に預け、何とか速度を殺そうとした。
 途中まではうまくいった――でも最後の五尋に、ばかに硬い岩が隠れていた。
 きぃん、と済んだ音を立てて弾かれる白刃。同時にその響きで、腕の中の子が目を開けた。
「えっ?」
「あっ」
 目と目が一瞬、あったとたん。
 どぼーん、とすごい水柱を立てて私たちは落水した。

 げっぷが出るほど水を飲んだ。溺れずに岸まで泳ぎ着いたのは私が半人半霊だから。ただの人なら窒息してた。
「うう、おっもい、このっ……」
 袴の子をひきずって、岸に放り出し、私は座って一息ついた。
 よもぎ色のスカートが肌に貼りついて、銀の前髪からしずくがぽたぽた落ちる。
 ぐしょ濡れだ。なんとかしないと。
 あたりに人の気配はない。河童の遊ぶ早瀬はもっと下のほうだ。
 誰かに見られる心配はなさそうだったので、私は手早く上と下を脱いで、キュッキュとしぼって手近の枝にかけた。
 思ったとおり、さらしと下着だけになっても、日が肌に当たると温かかった。
 それから、袴の子を見た。
 落水の衝撃か、まだ目覚めない。全身水浸しで気絶している。
 季節は夏で、時刻は昼過ぎ。だけど滝つぼは氷の冷たさだ。山が山だけに、霊気を含む。
 放っておけば風邪を引く――ぐらいならまだましなほうで、悪ければ霊気が染みて骨が凍る。
 仕方がないから、脱がせてあげた。
 白の袖なしの衣に後付の袖。ふわふわ玉のついた衣装は、山伏のまとう鈴懸衣だ。下の袴は秋の色。もみじ重ねというやつか。
 腰にはまぐろ包丁みたいな、ずどんとした大刀。もみじの意匠の丸い盾。
 どちらの武具からもパワーを基にした戦闘スタイルが感じ取れる。遠隔・スマート派が多い幻想郷では珍しいタイプだ。
 足に一本歯の高下駄、頭に頭巾。そして――
「あ、……耳」
 ふさふさした銀の髪から三角の耳が生えていた。
 そうか、天狗だ。
 この子は白狼天狗だ。子供がじゃれあうようにして仲間内で稽古をしているのを、遠目に見たことがある。天狗のうちでは位が低い。
「……んん?」
 私は首をかしげる。天狗のくせに、滝から落ちた? それはちょっと変な話だ。位の低い天狗だからか。
 奇妙に思いながら手早く脱がせた。衣も袴も木にかける。
 そうして、胸に巻いたさらしと下着だけになった天狗の子は――股間がころっと、膨れていた。
「あれ……」
 思わず、動揺した。男の子かと思ったから。
 でもそうっと触った胸には、大人になりかけの女の子の柔らかさがあった。
 半分は、ちゃんと女の子なんだ。
 半分は、たぶん男の子。
「……そうか」
 幻想郷にそういう子がいる、という話は聞いたことがあった。女の子なのに、男の子がついている子だ。けれど実際についてる人は初めて見た。
 あたりまえだ、他人の股を見る機会なんか、そうそうあるわけがない。
 健康そうに日焼けしているけど、柔くてほっそりして、私より少し小柄で、胸もあまりなくて……素朴な綿の下着に、男の子のものを収めている、女というより少年みたいな半狼の子。
 ――半分女の子なら、まあ見てもいいか。
 私は少し顔を赤らめて、脱がせた衣でその子を拭いた。
 腕も足も、胸もおなかも、黙々と。
 それから、ひんやりしてしまったその体を斜めに抱き上げて、日向の柔らかい草の上で待った。
 夏の日がゆっくり傾いていく。遠く近くにセミが鳴いている。夕飯のしたくは日暮れからで間に合う。時間はまだ、たっぷりある。
 じきに、ひくひくっとその子が鼻を動かした。
「ん……う……んむっ……?」
 くんくん、すんすん、まだ女性らしさのない、丸っこいかわいい鼻を、しきりに鳴らす。
 そうして私の胸にうずめた。さらしの下の影のところに。
 すんすんすんすん、すぅー……。
「ふえ」
 寝ぼけたような声とともに、ぎゅ、とその子が内股になった。
 見れば――膨らむ、むくむくと。
 小さな逆三角の下着の中で、ひくんひくんと脈打ちながら、肌色のものが育ちはじめた。見る間に、頭のまるいテントがきゅうっととんがった。
「んむむむぅー……」
 その子が私に顔を強く押しつける。さすがにあわてて私はその子を揺さぶった。
「こら……やめて、やめなさい、起きろっ!」
「ふへぇ?」
 ようやくその子が、目を開けた。
 小さな子供みたいにぼんやりと……焦点の定まらない目をして、何かつぶやく。
「ほこほこ、ぴりり。……よもぎの匂い?」
 かぁっと顔に血が上った。嗅がれた、とわかってしまったから。
 妖夢はよもぎの匂いがするわね、と前に幽々子様に言われたことがある。五月の日なたの草の匂い、とも。汗くさいって意味だったのだと思ってる。ときどきは自分でもフッと感じる。
 仕方ない、剣士で庭師だから。上品な方々と違って、汗ぐらいかく。
 けれども初めての相手に、挨拶もしないうちにいきなり匂いから知られるのは、なんだかとても恥ずかしかった。
 匂いは一番、隠すものだから――隠せないものだからかもしれない。
 私はそっと、その子の頭を草に乗せた。そして自分の衣服を身につけ、木立へ下がった。
 無事みたいだから、もういいだろう。
 草むらに駆け入り、野道へ戻ったころ、背後の川原から、あれーっと不思議そうな声が聞こえた。
 私は、なんだかもったいないような気持ちで、屋敷への帰り道を急いだ。


 しかし、縁とは不思議なもので。
 それから半月ほどたったある日、私は二人の天狗の訪問を受けた。
 一人は風をまとっているように活動的で飄々とした雰囲気の、手足のすらりとした黒髪の烏天狗。ひと目でかなりの使い手だと知れた。
 もう一人が、あの子。――川原で助けた、銀の髪と赤い袴の白狼天狗だった。
 幽々子様にお借りした白玉楼の客間で、ぴしりときれいに正座した烏天狗が自己紹介する。
「射命丸文です。山で出している、さる新聞の主筆を務めています。こちらが犬走椛」
「いぬばしり、もみじですっ」
 ぺこりと頭を下げる白狼天狗。初々しさがあふれんばかりだ。狼というより、まるで幼いわんこのよう。
 目礼していた烏天狗が目を上げる。
「お話というのは、こちらの椛にあなたから剣の稽古をつけてやっていただきたいんです」
「剣を?」
「この子は今年で百三十ですが、天狗としてはまだまだ駆け出し。先だっても九天瀑の崖上で戯れに仲間と枝をわたって、足を滑らせ落ちました。これではどうも先が思いやられます。その点、聞けばあなたはそのお若さでかなりの腕前だとか」
「私など、まだまだですが」
「ふふ、うわさどおり謙虚な方。でも私は先代殿を存じあげていますよ。ここの敷居もまたがせていただけなかった」
 軽薄な瓦版屋風情がとね、と烏天狗は涼しい笑みを浮かべる。
「あの妖忌殿が後事を託した庭師があなた。まだまだということはないでしょう」
「おもはゆいですね。しかし私の一存で決めるわけにはまいりません。それに仕事もありますし……」
「そこはご心配なく。失礼ながら、先にそちらのご主人のお許しをいただきました。天狗の山の夏の幸、たっぷり四梱お届けします。というより、西行寺さまがそうおっしゃってきたので、引き換えにこちをお願いをしようと思いついたんですけどね」
 幽々子さまってば、私の知らないうちにまたお腹の足しを買いこんで!
 頬がほんのり赤らんだ。
 その間に烏天狗はどんどん話を進める。
「教えは基礎でかまいません。庭仕事の合間の手すさびでもけっこうですし、お忙しければどんどん使ってやってください。掃除洗濯の雑用やお使いも言いつけて下さってけっこうです。何しろ本人の希望なので」
「本人の?」
 目を移すと、かちんと緊張して座っていた犬走さんが、はい希望です、と若干妙な言い方でうなずいた。
「前々から、魂魄さまのお名前は、お聞きしているので、んっん、その、お山の見張りとして、ぜひともお教えいただきたいな、っと!」
「んっん」は鼻を鳴らした音だ。かわいい小鼻を、しきりにひくひくと動かしている。
 これは……まさか……。
 くん、と鼻を動かした犬走さんが、ぴたっと私に目を据えた。
「よろしくご指導ご弁当お願いしまっす!」
 深々と頭を下げて礼をした。噛んだのは可愛いけど、この際それはどうでもいい。問題はあの鼻だ。
 きっとあの時の相手だと見破られただろう。いや、かぎ破られたか。どちらでもいいけど、何だかくすぐったい。背中の下がぞわぞわしてくる。
「よろしいですか?」
 烏天狗が念を押した。断る気持ちは薄かった。匂いのことは気になるけれど、性格のほうは悪い子じゃないみたいだ。それに、桜の咲く春ほどではないけれど、秋も庭仕事は多い。
「及ばずながら、お受けさせていただきます」
「それでは、さっそくお願いしますね」
「ええ。――あの、今から?」
 ざあッ! と落ち葉まじりの旋風が起こって、私の言葉をかき消した。思わず、顔をかばってしまう。
 目を開けると、座布団の上にはくるくると舞うひと掃きの枯葉が残るのみ。
 開け放った障子の外とおくから、楽しげな笑い声が聞こえた気がした。
「天狗つむじ……」
 目くらましで隙を作って逃げるなんて姑息だ。でも、確かに速かった。目を明けていても見えなかったかもしれない。さすがは烏天狗。
 そういえば、幻想郷最速を自称するそんな天狗がいると聞いていた。
 私の中の荒ぶる心が、軽くうずいた。
 つんつん、とスカートの裾を引かれた。振り向けば、白い耳をやや立て気味にした犬走さんが、ためらいがちに見上げている。
「あの……」
「はい」
「前にお会いしたこと……ありません?」
 やっぱりこの子は覚えていた。でも、確信はないみたいだ。
 滝から落っこちたのは、天狗にとって恥らしいから、知らないふりをしてあげたほうがいいだろう。
 それに女の子なら、裸を見られたなんて、知りたくないに決まっている。
「いえ、ないわ。誰かと間違えてるんじゃないの」
 期待していた様子の犬走さんが、目に見えてしょげた。耳のぺたんとした垂れっぷりはおかしいぐらい。
 ほんとに素直。笑うのは苦手だけど――私はがんばって、微笑もうとしてみた。
「初めてではだめなの? 私は気にならない。よかったら妖夢と呼んで」
「えっ、あはい! 妖夢さま!」
「様はダメ。それはここでは幽々子様にだけ」
「はい、じゃあ妖夢さん! わたしも椛って呼んでください!」
「わかった、椛……ちゃん」
 椛さん、と呼ぶべきだとわかっていたけれど、椛ちゃんと呼んでみた。なんだかそう呼んでほしそうな顔していたから。
「はいっ!」
 椛ちゃんはきらきらと瞳を輝かせた。その背でふわふわの尻尾が忙しく揺れた。


 椛ちゃんが白玉楼に通い始めた、それがいきさつだ。
 さすがに即日で働かせはしなかったけど、せっかくなので次の日からは遠慮なくこき使わせてもらった。けれども、当初の予想は少し外れた。
 椛ちゃんは「ほんとに素直」じゃなかった。
「馬鹿みたいに素直」だった。

「椛ちゃん、ここからあの木まで道を掃いといてくれる?」
「はいっ!」
「椛ちゃん、そこの薪、百把ぐらい割っといてもらえる?」
「はいっ!」
「椛ちゃん、この松を植え替えたいんだけど」
「はいぃぃぃっ!!!」

 ありとあらゆる雑用を喜んでやってくれたすえに、なんと松一本ごっそり抜いて運んでくれた。怪力が売りの鬼ほどではないけれど、天狗もなかなかのものだ。
 昔の天狗は旅人に相撲を挑んだり、おとぎ話の英雄と力比べをやったという話もある。中でも白狼天狗はけっこうな馬鹿力だったという。椛ちゃんもその血を引いているんだろう。
 彼女のおかげで、庭師の仕事が八割ぐらい済んでしまった。
 それだけやってもらうと、私のほうも手は抜けないわけで。

「それでは、修練に入ります。――まずは運足から、はぁーっ!」
「はぁーっ!」
「次は型練。てぇっ! てぇっ!」
「てぇっ! てぇっ!」
「次に巻藁! 的撃ち! 跳竹!」
「えゃー! たぁーっ! とぉーっ!」

 ついつい自分のペースで、本格的にしごいてしまった。

 稽古を終えた私たちは、屋敷の北へ回った。日の当たる玉砂利山水の南側とはちがって、焼けぼっくいと藁縄で区切られた植え込みの間を小道が走る、涼しい一角。
 武具を置いて冷たいこけの上に足を投げ出し、木立をくぐってきた風が髪をなぶるに任せる。
「お疲れさま、椛ちゃん」
「いえっ、どうも、ありがとうございましたっ」
 椛ちゃんは笑顔で答える。でもその顔はほてって汗びっしょりだ。
 体力はあるけれど、まだまだ体の動かし方がおぼつかない。
「もうへとへと?」
「いえっ、だいじょうぶです! わたし、体力だけは自信あるのでっ」
「なら安心だ」
「でも妖夢さんはすごいです。あんなに動いたのに、涼しい顔してて」
「そんなでもないけど」
 そう言って、手ぬぐいで首を拭いた。半人半霊の私だけど、汗はそれなりにかく。
 銀水の髪を持ちあげて、湿った白い首筋からうなじをこすり、おとがいから頬へとぬぐう。
 そうやって手ぬぐいを動かしていたら、椛ちゃんの視線に気づいた。
 見てる。見ている。尻尾をぴんと立てて、食い入るように見ている。小鼻が心なしか開いてる。
 ひょっとして、と私は思った。この子……嗅ぎたいのかな?
 好奇心、というにはちょっとおかしな気持ちが湧いた。
 それがなんなのか考えるより早く、私は手ぬぐいを差し出していた。
「使って」
「わうっ?」
「汗。かいたでしょう。私のでよければ……」
「わ……はいっ、つかわせてもらいます!」
 そーっと手ぬぐいを受け取る椛ちゃん。その手が細かくぷるぷる震えている。
 期待するような顔。ううん、戸惑っているのか?
 私は見るともなしに、その様子を横目でうかがう。
「妖夢さんの手ぬぐい……お借り、しますっ」
 立会いを始めるみたいに勢いよく言って、椛ちゃんはパッと手ぬぐいに顔をうずめた。

  すぅーーっっっ……。

 吸った。思いっきり吸った。やっぱりそうだ。
 この子、私の匂いが目当てだ。
 そうと知ると、かぁっと頬が熱くなった。
 吸って吸って、ごしごし顔を押しつけてから、ふわっと離して仰向いた。
「……くふぅんっ……」
 ――酔って、る?
 一瞬、そう錯覚したぐらい、椛ちゃんの顔は真っ赤になっていた。
 目は半眼でとろんとして、口元がだらしなくゆるんで。
「す、て、き……」
 うわごとのようにつぶやくと、再び手ぬぐいを両手で顔に押しつけ、ぐるりと嗅ぎ回した。
 ゆっくりと、円を描いて、ねぶるように。
 くんくんすんすんと鼻を鳴らす。尻尾が忙しくパタパタと揺れる。
 そして、あれが――袴の前のところが、少しずつ目立ち始めた。
「うっ……」
 盛ってる。この子、私に欲情してる。
 はんぶん男の子だからだ。男の子は好きな女の子に対してそうなる、って主人に聞いた(あの人は酔うとしょっちゅう、きわどいことを言う)。
「妖夢さんのあせ……妖夢さんのにおい……ようむさんっ……」
 うわごとのようなつぶやきが長々と続く。私は思い切り顔を背けた。恥ずかしくて、見ていられない。
「ち、ちょっと……椛ちゃん、椛ちゃんっ!」
「わひっ?」
「手ぬぐい、返して」
「はわ……ああっ、そっ、ええと――」
 我に返ったらしい。
「洗ってきますぅ!」
 叫びを聞いて振り向くと、大急ぎで走っていくあの子の背中が見えた。


 あの子に少しでも邪心があれば、拒んだと思う。邪心がなくても、差し出がましければ。そういう人は、幻想郷には本当に多い。頼んでもいないのにやってきて、屋敷の平穏を乱す。
 そういう相手が、私は苦手だ。――まだまだ、幽々子様のように大らかにさばけない。
 でも椛ちゃんには、そんな差し出がましさはかけらもなかった。
 椛ちゃんは私を侵さなかった。私を見て、私を聞いて、一から十まで私に合わせてくれた。
 私がするなと言ったことはせず、しろと言ったことをし、してほしいと思うことをしてくれた。私が庭師として、剣士として教えることを、柔らかくてふわふわの雲のようにすべて受け止め、飲みこんでいった。
 ほんとに、どうして烏天狗が私に預けていったのか、不思議なほどの物覚えのよさだった。
 そんなにもおとなしい椛ちゃんだから、私も慣れていったのかもしれない。
 椛ちゃんが、私を欲しがることに。
 私の目、私のにおい、私の味を求めることに。
 椛ちゃんはいつも私を追っていた。目で追う以上に、鼻で、舌で追っていた。

 最初は、私の手ぬぐいを文句も言わずに使った。
 じきに、私の手ぬぐいを使いたがるようになった。
 最初は、稽古で叱られてもけなげに耐えていた。
 じきに、稽古で叱られると喜ぶようになった。
 最初は、庭師の質素な食事でも文句を言わずに食べた。
 じきに、私の残り物を食べたがるようになった。

 朝からの仕事が一段落した昼過ぎ。幽々子様のお昼餉をお支度したあと、裏に下がって椛ちゃんと二人で昼食をいただく。
「椛ちゃん、今日はよく頑張った」
「はいっ、ありがとうございます!」
「でも、花壇のコスモスを踏んでしまったのはいただけなかったかな」
「はい……もうしわけありませんです」
「そんなにひどく踏まなかったから、立ち直ると思うけれど」
「はい……」
「罰として、お昼はこれ」
 あらかじめ少し多めに盛っておいたご飯を、半分ほど自分でいただいてから、少し口をつけただけのおみおつけをたっぷりかけて、正座した椛ちゃんの前に置いてあげた。
「わ……わうんわうんっ!」
 目を輝かせて、よだれを流さんばかりにして、椛ちゃんは食べる。

 そう、椛ちゃんは私の虜になっているみたいだった。
 虜の椛ちゃんの願いだから。
 私は――だんだん――

「妖夢さん、汗、おふきしますっ!」
「私、そんなに汗かいてる?」
「その、なんていうか、はい。妖夢さんも、やっぱり、動いたから」
「……そう? じゃあ……頼んでみる」
 
 拒めなくなっていく。


 □-------□-------□-------□-------□-------□-------□-------□
 

 農具小屋の奥、光の届かない暗がり。やわらかな藁束にうずくまる私たち。
 はたらいた後の私たちは、人目を避けてここへ来るようになった。
「じゃあ、わたし、ちょっとためしてみますね……」
 耳をぴんぴんに立てて、目をらんらんと光らせて、椛ちゃんは私を味わい始める。
 最初は手の甲にキスするように。二の腕からだんだんと肩の上へ。そして首から上へ。
「くんくん……ふんふん……すぅすぅ……」
 首筋、こめかみ、それから頭へ。人肌のにおいがたっぷり宿るところ。
 椛ちゃんは鼻の頭ですりすりとおかっぱの髪をかきわけながら、かわいらしい顔に陶然とした熱をうかべて、ささやく。
「だめ、だめです、妖夢さん……すっごく、ほわほわ、匂いがします。甘くて、甘ずっぱい、お花の匂いです。お花と草の、おんなのひとの髪のにおいです……っ!」
「そ……うそ、そんなに、しない……」
「してます。妖夢さん、動くからたっぷり……」
 声がとろとろだ。手に至っては、もう拭くとか調べるとかの建前も忘れて、私の肩をしっかり抱きしめている。私の頭骨のまるみに沿って、しきりに上下に鼻を滑らす。
 椛ちゃんはけなげで可愛い犬みたいに、ふんふんすんすんと私の匂いを嗅ぎつくす。
 あの日、助けられた、恩人の香りを求めて。
 いや、もうそれだけじゃない。川原の記憶はきっかけに過ぎない。
 本能だからだ。この子のはんぶんを占める男の子が、私の、処女のにおいを求めてる。
 仕方ない。
 そういう子って、そういうものだから――。

「ようむさん、ようむさん、ようむさんん
  ふんふんふんふん……わふ……ふむふむ、くむくむくむ、くふん……
 ようむさん……ようむさぁんん……
  ふすふすふすふす、くふぅん、くぅぅん…………」

 椛ちゃんが顔を下へ動かす。私は押し倒されるままに横たわり、片手をくったりと上にあげる。
 今日も、嗅がれるんだ。――そう思いながら身を任せていると、椛ちゃんはちょっと予想外のことをはじめた。
 私の袖口を広げて、無理やり肩へめくりあげたのだ。湿ったわきの下に空気が入ってひやりとする。とたんに椛ちゃんがひたりと鼻面を押し付けて、くぷっと小さく鼻を鳴らした。
「よ、ようむさん、ここ、すごっ……!」 
 思わずそちらを見てしまい、酔った椛ちゃんと目が合った。わきにこれでもかと顔を押し当てて、焦点の跳んだくらくらの目をしていた。
 ちろちろっ、と舌が動く。汗腺に富んだ、とてもうすくて敏感な皮膚の上で。
 その上さらに、ぢゅうっと音を立てて吸われた。中身がじわりと染み出したような錯覚。

「……ひ……ひょっぱ……あむむむぅ……♪」
「く……うっ……!」

 歯の根が震えるほどの恥ずかしさに襲われ、私はきつくきつく目を閉じた。

 その恥ずかしさが――猛烈に心地いい。背筋がぞくぞく震える。
 頭のてっぺんから脳の中へ、まっしろな愉悦がしたたる。
 鼓動が高まって耳の奥がどきどき鳴る。
 これが、私がこの子に許す理由。
 ほしがられるのが、気持ちよくなってしまったから。

「ようむ、さんっ♪ ようむ、さぁぁん……♪」

 椛ちゃんが嗅ぎながら私にしがみつく。天狗の怪力で胴に腕を回し、足に両足を絡ませる。
 そこにあるのは純粋な欲求。
 どれだけこの子は私を好きなんだろう。想像すると、頭がぼうっとしてしまう。
 私だったら、ちょっとやそっと好きなだけじゃ、きっとこんなに嗅げない。
 
「くん、くん、くふ、くふ、くふ、くふぅ」

 びくっと小さく震えた。椛ちゃんが腰を進めて、私のももにまたがったから。
 袴と下着の布越しに、はっきりとあれの感触がする。
 そうだろうと予想はしたし、知識で知ってはいたけれど、こんなにもかたくなるとは思わなかった。
 耳たぶや唇とはぜんぜん違う。杭みたいに硬くて、じんわり熱い。
 たっぷり中身が詰まってる。
 ぞくっ、ぞくっ、と鳥肌が立った。椛ちゃんのしたいことがはっきりわかったから。
 私とまぐわいたがってる――飼い物の牛や、鶏みたいに。

 ――椛ちゃんになら、させてあげたい。 
 ――まだまだ、そんな間柄じゃない。

 二つの思いがぶつかって、心が激しく波立った。混乱して叫んでしまいそうだった。
 体をひねって逃げようとして、椛ちゃんに背を向ける形になった。スカートがはだけて、太ももを半分覆うドロワーズが外に出た。そこに股間が当たったとたん、椛ちゃんが別人みたいな力強さで、腰骨をがっしりつかんだ。
 ぐいぐいぐいっ、とお尻にあれを食い込ませてくる。お尻の肉を揉みあげられる。私は自分の失敗にきづく。わんこがいちばん得意な姿勢に入ってしまった。

「ふぁ、なんか、ようむさん、なんかこれっ、なんかっ」
「だめ、椛ちゃん、まだそれはだめっ……!」

 わきに鼻を突っこんでくる椛ちゃんを、振り向いて押しのけようともみ合った。
 すると、椛ちゃんが急にえびみたいにぐいっとのけぞった。

「あっだめ、ごめんなさっ……」

 ふるるる、ふるるるっ、ふるるるっ……!
 お尻にぎゅうっと食いこんだまま、椛ちゃんのあれが膨れて震えた。腰骨をつかむ手に、ぎゅっ、ぎゅっ、と規則的に力がこもった。
 本能的に、わかってしまった。――椛ちゃんが、溜まってうずいてたもの、たっぷり出したんだって。
 
「あっあっ、あっ、ああーっ……」

 椛ちゃんの鼻声が、甘く、やわらかく消えていく。
 胸のどきどきは痛いほど。頭に血がのぼりすぎて目の前が赤い。

 ――私、いま、乙女じゃなくなっちゃったな。

 そんな風に思った。
 
 それから数分、指一本も動かせなかった。思いきり叩かれた鐘みたいに、全身の肌がぴりぴりして、体の芯がじんじんうずいていたから。動けば、即、手をスカートの中にやってしまいそうだった。
 見なくても感じでわかる。下着の中がすっかりほぐれて、とろりと漏れてしまっていた。
 そのうちに、ずっと抱きついていた椛ちゃんがもそりと身を起こして、背中のほうにどたりと倒れた。なんだかおかしな動きだった。椛ちゃんはそんなに鈍重じゃない。
 どうしたんだろう。まさか、興奮しすぎて、どこかおかしくなった?
「椛ちゃん?」
 身を起こしてそちらを見た私は、ぎょっとした。
 椛ちゃんがひゅーひゅーと細い息をしている。顔中汗まみれで、目がうつろだ。それどころか白い付け袖まで汗に濡れて色が変わっているぐらい。まるでいきなり四十度の熱を出した病人みたいだ。
「椛ちゃん、しっかりして」
 肩をつかんで揺さぶると、うっすらと目を開けてこちらを見た。
 あ。
 笑った……。
「妖夢さん、わたし」
 んくっ、と唾を飲む。
「わたし、ときどき、こんなふうになっちゃうんです」
「こんな風?」
「いい匂いがすると、なんだかどきどきして、夢中になっちゃって。自分でも何してるか、わかんなくなるんです。妖夢さん」
「え?」
「わたし、ようむさんに、ひどいことしなかったですか」

 多分ここで、したと言えば、二度とやらないでくれただろう。
 でも私は、首を横に振った。
「別に……大丈夫だった」
 やめさせたくなかった。
 もっと、もっともっと、椛ちゃんに欲しがってほしかった。
「そぉですか……よかったあ」
 椛ちゃんはふんわりとした綿毛のような笑みを浮かべた。


 少し休んで気持ちが落ち着くと、農具を担いで外へ向かった。これから午後のお仕事だ。
 小屋から出て小道を曲がると、黒い翼の天狗が木の幹にもたれていた。
 もう少しで、二剣を取り出すところだった。それほどそのときの私は無防備で、心にやましいところがあった。
 かろうじて平静を保ったまま、驚いたような顔で彼女を見つめた。
 椛ちゃんがぽかんと口を空けて言う。
「あやさま……」
「ちゃんとやっているかと思って見に来たのだけど」
 烏天狗はふわりと木陰を離れて小道へ出てくる。黒と金襴の華麗なスカートから伸びる素足が、女の私でも見とれるほどすらりとしてきれいだ。切れ長の目で意味ありげに私を見る。
「思った以上に、しっかり面倒を見てくださっているようですね」
 見られたか?
「それは、もう」
 動揺しかける心を、梵字を想起して鎮める。
 烏天狗はじっと私を見る。つま先から頭のリボンまで。彼女に椛ちゃんのような嗅覚はないはず。
 きゅっ、とスカートが小さく引かれた。
 前方からは見えない背後で、椛ちゃんがスカートをつかんでいた。
 私はその手に、後ろ手に触れてから、なんとか表情を作ろうとした。
「これから、東の生垣の剪定です。よければ射命丸さんも手伝ってもらえますか」
 大丈夫、軽い笑みが浮かんだ。
「剪定ね」
 同じように笑い返すと、烏天狗は首を振った。
「ごめんなさい、私はこれからすぐ霧の湖です。ここへはちょっと寄っただけ。お手伝いはまたの機会にやらせてもらえますか」
「残念ですね」
「では――椛、あとで」
 彼女の一瞥を受けると、椛ちゃんがぴくんと小さくはねた。
「失礼します」
 膝を軽くたわめると、ひゅんと音を立てて烏天狗は跳ねた。見上げた空を黒い弾丸のようなものが飛んでいき、羽根が一枚ひらひらと落ちてきた。
「本当に速いわ、あの人……」
 つぶやくと、椛ちゃんがこくりとうなずいた。
「文さまは本当にすごいひとなんです」


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「お酒ー! お酒はまだですか!」
「飲むかうどんげ! まだまだあるぞぉ、たーんと飲めっ!」
「ちょっと萃香、出しすぎじゃない?」
「いえ、出してくださいっ。まだぜんぜん常識のはんいないですっ!」
「早苗、早苗、その辺にしとき」
「妖夢〜、おつまみ切れちゃったわよぉ」
「もう少しです!」 
 座敷へ答えて、私は包丁を振るう。夏の終わりの納涼大宴会ということで、大勢のお客様がいらしている。宴会自体は私も好きだ。でも白玉楼でやるのはやめてほしい。お台所が二重の意味で大変だ。
「妖夢〜、まだぁ?」
「はーい、ただいま! よし椛ちゃん、これお願い」
「がってんですっ!」
 三枚に下ろした土佐直送の夏ガツオ(差し入れ・紫様)が、炭火の上でヂリヂリ焦げる。ころあいを見て火から下ろし、さくさくさくーっと切って横へ流す。待ちかまえていた椛ちゃんが薬味と二杯酢をかけてトントコ叩き、手早くお皿にまとめていった。
「はいはいはい、叩きが出ますよー!」
 椛ちゃんが両手に五段ずつのお盆をかついで出て行くと、おーっと座敷が湧くのが聞こえた。
 飲みまくる人たちとお酒を出しまくる人たちが来ているので半端では終わらない。
 夕方に始まった宴会はえんえんと続いた。まだ子供の椛ちゃんが途中でつらそうにし始めたので、先に部屋へ帰して、私だけでがんばったのでさらに長引いた。おかげで、私が座敷に出られたのは日付が変わってからだった。
 出てみると、明かりが消えていた。代わりに縁側が開かれて星明かりが入っている。まだ生き残っている人たちはそこで和やかに飲んでいて、座敷の隅のほうでは何人ものいびきが聞こえた。
 縁側組に幽々子様がいて、私に気づくと手を上げられた。
「妖夢、いらっしゃい。ごくろうさま、みんなとっても喜んでたわよ」
 手ずから座布団に座らせて、お酌してくださる。横には紫様もいて、あなたの分よ、と料理を出してくださった。
 お酒をいただいて、みんなの満足した顔を見ると、疲れがゆっくり抜けていった。愚痴も出るけど、やはり私には下働きがあっているみたいだ。
 幽々子様が、だいぶ聞こし召したらしく、ぽわんぽわんに赤らんだお顔で聞かれた。
「妖夢はほんとにお料理が上手よねえ」
「ありがとうございます」
「いいお嫁さんになると思うわ」
「お嫁に出してくださるんですか?」
「そりゃあいつかは出してあげるわよぉ、あなたに好きな人ができれば」
「でもそうするとお勝手を見る人がいなくなりますよ」
「まあまあ、今はそういう話じゃないの」
「どういう話なんですか?」
 乱れたり失礼があったりしないように、きちんと正座したままでお猪口をいただく私の耳元で、幽々子様がぽそっと言った。
「えっちな話」
「んぐぷ」
 噴きだしかけて、なんとか飲みこんだ。危なかった、正面は幽々子様がお連れしてきた、八坂の神奈子様という神様だ。神様にお酒なんか吹きかけたらどんな祟りがあるか、わかったものじゃない。
「妖夢もいっしょに話しましょ」
 幽々子様は服装のほうもだいぶ緩まってしまわれて、ふっくらした柔らかそうな胸元が半分近く覗いている。やけに親切だったのはどうも尋問のためらしい。私は真っ赤になって、言い返す。
「お慎みください! 旅行中の女子学生ではあるまいし、ここの主人ともあろう方が、わ、猥談など! はしたない!」
「あのねえ、妖夢。そういう話はねえ、していけないときと、していいときがあるの。で、今はどっちだと思う?」
 ほわんほわん、と幽々子様は一座を手で示される。見回した私は、うっとうめく。
 ほろ酔いの紫様。ほろ酔いの神奈子様。ほろ酔いの永琳博士。へべれけの萃香。
「今は、いいときなのよぉ」
 そして幽々子様が片目を閉じられる。
 最悪の面子だ。
「なー、ようむぅ。おかたい剣士のようむぅ」
 とっくり片手の角鬼幼女が、蛇のようにでろーんと首に巻きついて、酒くっさい息を吐きかける。
「ちゅっちゅしたことあるか? んんー?」
「あ……あるわけがないでしょうっ!」
「ないのかー? おまえ、そんなんじゃだめだろー? 戦士たるもの、あらゆる経験をー、積んでおかなっきゃあ。んんー」
「しないでください、やめてください」
 唇突き出して、んーと迫ってきた萃香を、必死に押し返した。すると萃香は不満げな顔になってぶーたれた。
「んだよもう、よーむだって、たまにはえっちなこと考えたりするだろぉー? ほんとたまには。年に一回ぐらいはぁ、あるだろー? うずうずっと来たり、むらむらっとすることが」
「恥ずかしいことじゃないよ。年ごろの女の子なら当たり前。ねえ、八意の」
「ええ、健康である証拠よ。妖夢はとても健康そうだしね。半分死んでいることを除けば」
 神奈子様と永琳博士までもがうなずきあう。いかにも頼れる優しい年上という感じのわけしり顔だけど、そんなの上っ面だけのことだ。頭の中では想像もできないほど邪悪でいやらしいことを考えていらっしゃるに違いない。
 いきなり、後ろからするりと脇に入ってきた腕が、左右の胸をむにっとつかんだ。
「きゃあっ!」
「んん? 前よりだいぶ育ったわね。これやっぱり、えっちしてるでしょ?」
 紫様だ。スキマ使いなので警戒してはいたけど、普通に歩いて回り込まれたので隙を突かれた。さらしの上から私の胸を、やけにねちっこい手つきで揉みまわす。
「んむぅ、この生意気な弾力が、実にまったく若々しくて小憎らしい……」
「え、えっちと胸とどう関係あるんですかっ!」
「あるわよ。えっちをすると育つのよ。ほらホルモンの関係で。どうなのよ、してるでしょ?」
「ひゃああああ」
 くりくりくり、と白手袋の手で先っぽをいじられた。思わず変な声を漏らしてしまう。私はカッとなって楼観剣を半霊から取り出し、鞘のままで背後へ振った。
「おやめください、いやらしい!」
「おおっと」
 紫さまはスルッと床に落ちて避けられた。天井から元の席へストンと降り立って、肩をすくめておっしゃる。
「ハズレか。相変わらずおぼこね、この子」
「んもぉ、ようむってばぁ。ちょっとは素直になってくれたっていいじゃない〜」
 幽々子様がくねくねと身をくねらせる。私はお猪口を一息であけて、席を立ち一礼した。
「そういうお話なら、ご遠慮させていただきます。失礼!」
 ため息が輪になるのが聞こえた。


「んふっ……んふっ……ようむさん、おつかれさまですっ……♪」
「ん……く……ふ……」
 明かりを消した私の部屋。ざわめく葉むらの月影が障子に映り、収まりの悪い白銀の髪から飛び出た犬の耳がひくつく。
 椛ちゃんは宴会のお手伝いのために、泊まりの許可をもらってきた。お客様方はみなお座敷。私たちは今、誰に呼ばれることもなく、二人きりだった。
「妖夢さん、ほんとに、ほんとにおつかれさまでした。……あんなにいっぱいのお客さんに、ぶっ通しでお料理お出しして……ずっと立ちっぱなしで……」
 くんくんっ、と首筋を嗅がれる気配。
「たいへんだったでしょう?」
 匂いがしますよ? というのと同義。恥じらいの中で私はうなずく。半日厨房にいれば、服は貼りつくし髪もべとつくというものだ。
「うん……だいぶ……」
「ちから、抜いてくださいね。きれいにしてあげます……」
 そう言って椛ちゃんはぺろぺろと舐め出した。
 肘の内側、脇、首。こめかみをたどって、耳。
「んむ……んふ……」
「んっ」
「ちゅ、ちゅ、ちゅむ……」
「くっ ひっ」
「るる……えるるるぅ……」
「ひぃぃぃん……」
 耳は、自分でもびっくりするほど敏感だった。そんなこと、知らなかった。
 椛ちゃんのぬらついた舌でそこを舐められると、ぬるり、ぬるりと温かい音が、頭骨を通って脳まで響いた。私は疲れ切っていたうえ、すすんで無防備にしていたから、あっという間に溶かされてしまった。
「ん……こっちの耳、いいです。つぎ、反対いきますね……」
 位置を変えて、耳に舌を入れてくる。まるでそれが客を相手にするマッサージであるかのように、上手に丁寧に、椛ちゃんは舐める。
 体の芯がまたうずき出して、ぞくんぞくんと波打った。股間のひだに、じわりと気持ち悪い湿りが生まれて、私はもぞもぞと両膝をこすり合わせた。
 すると椛ちゃんが、くんっと鼻を鳴らした。くんくんくん、と音を立てて、ちらちらと私の下半身のほうをうかがう。
 あっ――と私は悟る。
 嗅ぎつけられた。濡れたのを。
 それからも椛ちゃんは私の指や反対のわきを嗅いでいたけれど、微妙に気が散った様子で、しきりに腹のほうを見ているのが、私にはなんとなくわかった。
 強烈な衝動が湧いてくる――触りたい、見られたい、触られたい。
 恥じらいと罪の意識にのしかかられながら、私はひりつく喉から声をしぼりだす。
「椛……ちゃん……」
「はいっ?」
「し。……しずかに」
「……はい」
「椛ちゃんは、私の匂い、好きよね」
「は……はい」
「どれぐらい?」
「すごく……とってもです」
「汗くさくても? 頭くさくても?」
「ちがっ、違くて!」
 わたわたと両手を振る気配。しっ、と私は叱る。椛ちゃんがうなずいて顔を寄せ、ぼそぼそと言う。
「妖夢さん、くさいんじゃないんです、いい匂いなんです、ほんとです。
 ちょっと土っぽいけど透明な草みたいな感じで、すーっとして、目にも来て。
 それでとっても甘くって、あまずっぱくて……でもちょっとこってりっていうか」
「こってり……なんだ?」
「あのっ、それもっ! ……それもほんとに悪いいみじゃなくて、わたし大好きで……。
 なんていうか、言葉でうまく言えませんけど、わうう……」
 ふるふる首を振った椛ちゃんが、思いつめた感じで言った。
「妖夢さんにいやなにおいなんてないです……ちがう、いい匂いしかないんですっ」
「なら」
 私は、胸が震えるぐらいどきどきしながら、椛ちゃんを抱き寄せてささやいた。
「下も、すき?」
 椛ちゃんが、石みたいに体を固くした。
 私は手を下ろし、スカートをたくしあげて、ふんわりしたドロワーズに手をかけた。
 最初に明かりを消しておいてよかった。ついていたら、こんなことできなかった。
 片足ずつ足を折って、下着からつま先を引き抜いた。
 それから、両膝を手で抱えて、大きく開いた。
 大事なところが、ひんやりした。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
 頬に当たったまま凍りついている椛ちゃんに、言ってやる。
「くんくん……する?」
 椛ちゃんの頭が、こくん、と動いた。
 暗闇の中で影がごそごそと動いて、足元にうずくまった。拝むように伏せて、近づいてくる。
 ふっと柔毛に息を感じてすぐ――舌が触れた。
 くんっ、と私は跳ねてしまった。それぐらいくっきりと、電気が走った。
 ちょん、ちょん、と舌が触れる、そのたびに私は、くん、くんっと跳ねる。
 くんくんくんくん、ふすんふすんふすん、と鼻音が始まる。近づいたり遠ざかったり、周りをなぞったり息をかけたり。とても熱心に嗅いでいる。私はのどが詰まって、もう声も出せない。
 座敷ではあんなにかっちり座って、皆さんに怒ってみせたのに。
 こちらでは大股を開いて、股の奥まで嗅がせてしまってる。
 いけないことをしているという罪悪感で身が縮み、顔が歪んでしまう。
 その罪悪感が、ふるえるほど心地よかった。罪を感じたくてますます股を開いた。あそこがひりひりうずいて、ひだの間から際限なく汁が出ていった。
 不意に、しゅんっ! と椛ちゃんがクシャミした。「え」と私がつぶやくと、言い訳するような声がした。
「濃くて」
「な」
 首筋までぼうっと熱くなった。
 恥らう間もなく、べったりと吸いついてきた。
 まともに指で触ったこともないところに、自分のものじゃない柔らかな固体がかぶさり、まさぐり、すくい始めた。反射的に身を守ろうと足を閉じると、強い両手ががっしりとそれを押さえて、逆に押し開いてしまった。
「くふ ふ ふ」と鼻息が聞こえる。椛ちゃんが私の股に吸いついている。ご不浄に。平気で。すすんで。嬉しそうに。熱心に。
 舌がえぐって、すくう。えぐって、すくう。うんと奥までぬるぅぅぅりとえぐってすくう。
 きもちいい神経が痛いほどひっかき回される。ぬるるるるぅ。ぬるるるるぅ。耳をなめられるのと同じ種類の、千倍もとがった気持ちよさが、股から背骨にあふれるほど流しこまれる。
 頭の皮が引きつって、体を搾られたみたいなとんでもない悲鳴が出た。
「んみゅううぅ!!」
 ぎゅっ、と腿をつかむ手に力がこもる。ますます股を広げられる。これ以上見せるところなんかない。
 すくってすくって飲み続けていた相手が、ぷはっと息を吐いて、かんだかく震える声を漏らす。
「生の、なまのようむさん、おいしぃ、おいしひっ……!」
 舌がひだにもぐりこむ。真ん中じゃない、その周り。ちろちろと細かくまさぐって、偏執狂じみた熱心さで洗い抜いていく。そこに溜まっているもの、そこの味と匂いが大好きなんだろう。そういうことされるの、死ぬほど恥ずかしい。お願いだから、言葉にだけは絶対しないでほしい。
 そしてものすごく嬉しかった。心の底から楽になれた。
「ひぃ、くぅ、いぃん、んぅっ」
 私は悲鳴をまき散らしていた。椛ちゃんの口付けは、今まで椛ちゃんに感じていたもやもやしたものを、きれいに晴らしてくれる威力があった。
 今、わかった。――初めて会ったときに感じたおかしなうずきは、これをしてほしかったんだ。
 自分で股間に両手を差し入れて、指先で広げた。ぬちっ……と剥ける感触。隠れて湿っていたものが椛ちゃんの鼻先に突き出る。ふさふさの頭に両手をかけて、ぐっと引き寄せる。
「嗅いで……好きでしょ……?」
「くぅん! くぅんっ!」
 椛ちゃんが、がくがくと何度もうなずいて、鼻の頭をこすりつけた。
 椛ちゃんの舌が、剥けた核の根元をこすった。私はぎゅうっと肩を縮めて叱った。
「椛ちゃ……そこ、そこッ!」
「ん、ん、はぁい、妖夢ひゃん……♪」
 つぷ、と舌と唇が包んでくれた。何か信じられないような仕掛けがそこにあるみたいで、針先みたいに細くて鋭い気持ちよさが、全身にびりびりと走った。
 私は椛ちゃんの髪をぎゅうぎゅう握り締めた。椛ちゃんの舌がめちゃくちゃに動く。目の端に、自分のつま先が踊り子みたいにくんくんと勝手に曲がっているのが見えた。
「そのままっ……おねがい、その……まま……」
 そんなことは初めてだったけれど、何かが間近に迫っているのがわかった。針の気持ちよさが体中をくまなく満たして、頭の中身がきゅーっと引きつって小さくなっていった。
 いきなり、床が抜けた。
「はぁっ……!」
 すうん、と私は奈落に落ちた。自分の体が消えて、感じられなくなった。真っ白な気持ちよさの空間。意識のはしだけで、何かがちろちろと震えている。
 その真っ白は、何分も続いた気がした。でも本当はもっと短かったのかもしれない。私はその間ずっと、椛ちゃんを力いっぱい股に押しつけ、椛ちゃんは逃げようともせずそれに耐えていた。 
 じきに、その真っ白が消えてゆっくりと意識が戻ってきた。いつの間にか全身がずくずくの汗まみれで、布団に触れている側がひどく熱くて、表側がひんやりとしていた。
 その奇妙に沈んだ空気の中で、私はとんでもないことに気づいた。
 力、ぜんぶ抜いていた。
 ゆるめちゃいけないところまで。
 さっきから感じていたちろちろという感じは、私から出ていく水の感触だった。愕然として手を離したけれど、途中では止められない。私は、なすすべもなく、吸い付いたままの椛ちゃんの口にそれをそそぎ続けた。
 やがて流れが止まると――椛ちゃんはぷはっと顔を上げて、離れていった。ごそごそと紙をさがす気配と、口元を拭く音。私は思わず、荒い息の下から尋ねる。
「もみ……ちゃん……ごめんなさい……」
 すると、あっ、と声がした。ふるふるっと頭を振る気配。
「違うんです、これ」
「なにが?」
「妖夢さんのを拭いたんじゃ、ないんです。ちょっと髪まで来ちゃったんで拭いただけで、いただいたものは、全部きちんと」
 そう言って、喉から胸のあたりを嬉しそうになでるのがかすかに見えた。
 いただいた、なんて言うべきもの? 私が漏らしてしまったものが?
 頭がぼんやりしすぎて、もうよく意味がわからない。
 椛ちゃんはもぞもぞとまた足元に戻ってくると、礼をするように、また私の股に顔を進めた。湿って少し冷えたあそこに、愛しそうに頬を押し付ける。
「もっとして、いいですか」
「もっと……って」
「好きなんです。させてください。もっと……くんくんして、ぺろぺろしたい……」
 椛ちゃん自身は、と私は回らない頭で不思議に思う。自分にさわらなくても我慢できるんだろうか。切なくないんだろうか。
 でも、もう一度ひだのあいだに舌を入れられると、そんな疑問も消えた。
「続けて」
 私は、ふわふわの白銀の髪をつかんで、股に押しつけた。


 翌朝起きると、布団には私一人だった。着替えてお勝手へ出ると椛ちゃんがとっくに起きて、ご飯を作っていた。私に気づいて振り向く。
「あ、妖夢さん。おはようございまっす!」
「おはよう。ごめんなさい、寝坊して……」
「いいんです、わたしが早すぎただけです。がんばって全部つくってみました」
 椛ちゃんは快活に笑って、つけていた割烹着を外した。
 格子窓から差すまっしろな光が、炊き上がるお釜の湯気を斜めに横切っている。調理台に並んだ、まだ使われていないぴかぴかの食器がまぶしい。空気には食欲をそそるお米とおみその香りが満ちている。小鳥たちのにぎやかな声がする。
 清潔な朝の光景だ。
 でも私はそこに立つ椛ちゃんに得体の知れない気持ちを抱いた。
 ふらふらと突っかけで土間に下りて、包丁をしまう椛ちゃんに近づき、背後に立った。振り向いた彼女に、ぼんやりと声をかける。
「椛ちゃん……」
「はい?」 
「おしっこ出る」 
 言葉の半分ぐらいで、完全に頭がさめた。
 さっと顔を背けた。非常識さにパニックになった。何を言ってるんだ私! 屋敷の奥からは昨夜泊まっていかれたお客様の声が聞こえる。いつ誰が来てもおかしくない。それに昨夜のことは何かの間違いかもしれないのに――。
 そっ、と椛ちゃんがすぐそばに寄ってきた。
「ここでですか?」
 聞こえるか聞こえないかの一言。おそるおそる振り向く。純真きわまりない黒目がちの瞳が、静かに私を見ている。
「いいんですか?」
 目の前で椛ちゃんの瞳が潤んでいった。私の熱が伝染したみたいに。
 夢じゃ、なかった。
 椛ちゃんがその場で、物陰に隠れもせず、しゃがんだ。問いかけるように見上げたまま私のスカートめくりあげ、中を覗き、またちょっと顔を出して、ごくりと唾を飲んで言った。
「いただきますね」
 椛ちゃんが完全にスカートの中に入ってしまって、ごそごそとドロワーズを下げてくれるのを、私はでくのぼうみたいに突っ立ったまま見下ろしていた。
 やがて、昨夜と同じ、柔らかくて温かい受け皿が、はむっと股間に吸いついた。小作りな十本の指が私のお尻を右と左からつかんだ。
 現実感がぐにゃりと失せた。耳鳴りがして、屋敷の物音と鳥の声がすうっと遠くなった。私の股間に、静かに私を待っている可愛い相手がいて、私は与えるものを持っていた。
 スカートの上から頭を押さえて、呼吸をととのえ力を抜いた。
 しょおおおぉ…… と水が下り始めた。一晩寝たあとだからそれなりに長い。それに多分、薄くもない。
 でも匂いも湯気も立ち昇ってこない。
「ん……」
 音も消えた。私が感じるのは、おなかが軽くなっていく心地よさと、腿の間にやさしく吸いついたものが、くっ、くっ、と規則的に揺れる気配だけになった。
 うなじの毛が、ふんわりと逆立つ。征服感? こんなに自然で、こんなに愉しい朝の用足しは、生まれて初めてだ。
 やがて、済んだ。吸い付いたものの中で、柔軟なへらがぬるぬると動いて、当たり前のように拭き清めてくれた。
 指が離れ、つぷ、とかすかな感触を残して股間がさらりと晴れた。ドロワーズが引き上げられる。痕跡はそれでなくなった。
 椛ちゃんが後ずさりして現れ、懐から出した懐紙でつつましく口元を押さえてから、立ち上がって深々と一礼した。
「ごちそう、さまでした」
 上げた顔には、はればれとした笑顔があった。
 私は心地よさのあまりぽーっとしてしまって、半眼の真っ赤な顔でかろうじて立っていた。
 私と椛ちゃん、向き合う二人の周りに、ちゅんちゅんちち、と鳥の音が戻る。妖夢、妖夢と呼びながら幽々子様が廊下をやって来られて、土間の手前の上がりかまちで立ち止まられた。
「妖夢〜、そろそろみんなお腹がすいたって……あら、どうしたのその顔」
「え、いえ、ちょっといま火を見ていたので」
 うろたえながら流しへ行って顔を洗っていると、背後で椛ちゃんが礼儀正しく言った。
「おはようございます、西行寺さま。妖夢さんと、お朝を作らせていただいたので、よければめし上がってくださいね。わたしは、失礼させていただきます」
「あら、食べていかないの?」
「文さまに言われてるんです。長居しちゃダメよって」
 そう言って、私が振り向くより早く、出て行ってしまった。
 何かから逃げるみたいな急な帰り方に、私は自己嫌悪に苛まれた。きっと、あんなものを飲ませたから幽々子様のお顔が見られなかったんだ。私が朝っぱらから変なことを言ったばかりに、椛ちゃんを困らせてしまった。もっと考えて言わなければ。
 その後悔は、次の日に椛ちゃんがまた笑顔でやってくるまで続いた。


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 私と椛ちゃんの関係は、おかしな距離のまま安定してしまった。
 椛ちゃんがおねだりするような上目遣いで、
「妖夢さん、あの……」
 と言って来たら、それはくんくんしたいという意味だ。
 私は、それが忙しい仕事のさなかか、稽古の真っ最中でない限り、無言で物陰に入って、椛ちゃんに身を任せてあげた。
 椛ちゃんは遠慮深く、つつましげに、私のわきをくんくんし、服の上から胸に顔をうずめ、スカートに頭を突っこんで股間をちゅっちゅした。
 それがいやらしいことだというのを私はまだ自覚していたけれど、人目を忍んだ木陰や物置で、この可愛いわんこの天狗さんの顔をまたいで、太ももでしっかり締めつけてあげて、彼女がしっぽを振って喜び狂いながら鼻と舌を動かしてくれるのを感じていると、もう、嗅がれる喜びの他はどうでもよくなって、何度でも同じことをしてしまうのだった。
 そんな風になってもまだ、椛ちゃんはたまに聞いた。
「妖夢さん、夏の前、ほんとに妖怪の山に来ませんでした?」
 そう聞かれると、私は微笑んで首を振った。
「そんなの、どうでもいいじゃない」
 こうなってしまったからには、そんな前のことは気にしなくていい。私はそう思っていたのだけれど、その答えを聞くたびに、椛ちゃんは少し寂しそうな顔をするのだった。

 夏が過ぎ去り、秋が来て、深まった。山々に秋の幸が実り、動物たちが肥え太り、木々が色づいていった。
 冬が近づくにつれ、私は気がかりになってきた。冬場は庭師の仕事が減るし、雪が積もれば野稽古の機会も減る。
 椛ちゃんも、あまり来なくなるだろう。
 ううん、間違えた。来られなくなる、だ。来なくなるじゃない。
 椛ちゃんが白玉楼に来るのは、あくまでも彼女と烏天狗の希望だ。私が望んで呼んだわけじゃない。
 強いて自分に、そう言い聞かせていたけれど――ある日私は気がついた。それは十月、夕べの稽古の最中のことだ。
「うりゃりゃりゃ、りゃーっ!」
 盾を構えた猪突してきた椛ちゃんが、私の剣をはじき飛ばした。白楼がくるくる回って飛んでいく。私が下がって間合いを取ると、ぱちぱち瞬きした椛ちゃんが、嬉しげに叫んだ。
「いゃっほ、やったあ! よーし、今日こそ勝ちますよ、妖夢さん!」
 それを聞いた私は、はっと胸を突かれる。
 椛ちゃんが勝つ? そうしたら、椛ちゃんはここへ来られなくなる。
 今まで定かでなかったその未来が、急にはっきりした現実のものとして想像されて、私は思いがけない衝撃を受けた。
 椛ちゃんが来なくなる。椛ちゃんが私をくんくんできなくなる。
 そんなかわいそうなことを、見過ごしていいの?
「妖夢さん、あと剣は一本だけですよ」
「やらせでか」 
 つぶやくとともに私は身を低めて加速した。玉砂利を蹴立てて航跡を残し、一瞬で間合いを詰めて彼女の眼前に立つ。
「うわわわ」
 椛ちゃんはあわてて盾を構える。けれどそれは思うつぼだ。円盾の端に楼観剣をカッと突き立て、足をふん張って思い切り手前に引いた。
 切れぬものなどあんまりないこの剣ならではの手だ。盾は重いし、引っ張られるようにできていない。たまらず前方へ躍り出た椛ちゃんを、盾ごとぐるんと振り回して地面に叩きつける。
 どっと倒れたところで、首の横の地面にザンと剣を突き刺して、そっけなく言い捨てた。
「椛ちゃん、盾に頼りすぎ。今のは勇気を出して踏みこむところ」
「ふひぃん、なまいき言ってすみませんー」
 椛ちゃんがおびえて耳を伏せたので、手を貸して立ち上がらせてあげた。
「やっぱり妖夢さんは強いです……」
 涙目の椛ちゃんが、私をじっと見つめる。その目にただの尊敬以上のものがあるような気がするのは――私の願望?
 いや、そうではない、と思う。
「椛ちゃん」
「はい」
 アドバイスを待つ彼女の耳に、私は不埒な一言を入れる。
「また来て」
「えっ?」
 明日も明後日も、ずーっと――という意味のつもりだったけれど、椛ちゃんはしゅんと耳を伏せて、うなずいた。
「わ……わかりました。今日はこれで帰ります」
「え? あっ、違う。そういう意味じゃなくて」
 言い方がまずかった。帰れという風にも聞こえただろう。私は言い直した。
「もう師弟の関係、やめたいの」
「えっ――!」
 頭の上に岩でも落っこちてきたような顔で、わなわな震える椛ちゃん。わずかに遅れて、私も気づいた。縁切り宣言にしか聞こえないじゃないか。何言ってるんだ私。
「その、そうじゃなくて、私――もう、椛ちゃんを剣士として見られない!」
「えええーっ!」
 へたへたーっ、と地面に突っ伏してしまう椛ちゃん。じわああと瞳が潤んでいく。
 あ――あーあー、そうか、今の。
 とどめになっちゃったか……。
「あああー……」
 私もどよーんと来て、椛ちゃんの前に突っ伏した。
 えぐえぐしていた椛ちゃんが、いぶかしげに顔を上げて、こちらを見る。私は脱力したまま、ぼそぼそと言った。
「ごめん椛ちゃん、私、不器用で、なんと言ったらいいかわからなくて……」
「いいんです、きっぱり言っていただけて。……見込みがないんですね、わたし」
「違うの」
 顔をあげて、もうなんかいろいろダメすぎる顔をしているのはわかっていたけど、私は言った。
「椛ちゃんが好きなの」
「ほひっ?」
 じゅるっ、と鼻をすすり上げて椛ちゃんがまばたきする。
 私は胸の高鳴りに耐えて懸命に呼吸を整えながら、繰り返した。
「椛ちゃんが好き。だから、来てほしい。お稽古、終わっても」
 ……芸がないにもほどがある。これじゃ子供の告白だ。でも他の言い方を思いつかない。
 目を見ていられず、視線を落とした。
「……女の妖夢さんが、わたしを? それって……」
 さーっと顔を赤らめた椛ちゃんが、ぱっと袴の上から股間を押さえた。私はうなずく。
「椛ちゃん、そこ男の子よね。……女の人、好きでしょう」
「い……いつからばれてたんですか?」
 最初からだけど、それを言うと期待してたみたいに聞こえてしまうだろうと思って、首を振った。
「この間、ごりごりされたから」
「あ……あのとき? わ、わたしごりごりしちゃってたんだ。すみません、その」
「大丈夫だったわ」
「あ、そう。そうですか、すみません」
 うつむいて照れ照れしていた椛ちゃんが、やがて、つぶやいた。
「そっかー、妖夢さんがわたしを……なんだぁ……」
 戸惑う声。ううん、喜びを含んだ声だ。これは、きっと――きっと――。
「うれしいです……」
 私は顔を上げた。
 椛ちゃんが、夕方に咲く花みたいにうっすらと、やわらかな笑みを浮かべていた。
「わたしなんかを――あの妖夢さんが、好きになってくださって」
「……椛ちゃん」
「わたしも……妖夢さんを……」
 そう言って椛ちゃんは手を伸ばした。私も、その手を取った。
 引き寄せる。抱きしめる。目の前に顔がある。どきりとする。
 いろいろなことをしたけれど、初めてこんなに近くで顔を見た。ぽてっとした眉と優しそうな目、つやつやのほっぺと期待に震える小さな唇。
 唇を――重ねた。
「よう……んむっ……」
 椛ちゃんの言葉を奪って、キスをした。ほわりと小さな吐息が来る。柔らかみがつぶれて熱が染みる。ちろっ、と椛ちゃんの舌が歯に触れた。
 舌を、入れたい。
「ん……んんんっ!」
 椛ちゃんが私の肩をつかんで、押し離した。「あ……」と惜しそうな声が漏れてしまう。椛ちゃんのキス、もっとほしい。
「んふ……どうしたの……?」
「待って……ください……」
 椛ちゃんはうつむいてふるふると肩を震わせていた。顔のはしが真っ赤だ。とても興奮したみたい。
「今されると、その、たぶん、ガーッと最後までいっちゃいそうで」
「……いいのに」
「…………くぅんっ!」
 ぶんぶんぶんっとすごい勢いで頭を振って、椛ちゃんは顔を上げた。無理やり作ったような笑顔で言う。
「もうすぐ帰る時間ですからっ。急いで、バタバタッとしちゃっちゃら、やじゃないですか」
「延ばせない?」
「文さまが待ってるので……」
 ちりっと胸が痛んだけれど、こらえた。主人持ちなのはお互い様だ。私だって椛ちゃんより幽々子様のご都合を優先してる。
「明日。明日ゆっくり……お願いしますっ」
「ん、わかった」
 私は、そっと椛ちゃんを離した。椛ちゃんも、にこっと微笑んだ。
 もう少し抱き合っていたかったけれど、椛ちゃんはそこでするりと立ち上がった。
「ありがとう、ございましたっ。魂魄妖夢さまっ」
 やけに改まってぺこりと頭を下げる椛ちゃんが、可愛らしかった。
 その晩、私の部屋の雨戸がバラバラと鳴った。用心しながら出てみると、がらんとした庭に人の姿はなく、拳ほどの石だけがたくさん落ちていた。
 珍しいが、幻想郷にたまにある不思議現象のひとつだ。
「……天狗礫」
 礫の中に、折って結んだ紙縒りがあった。開いてみると、活字のようにかっちりした名筆で、古色蒼然とした文章が書かれていた。
「魂魄妖夢様御許 明朝九天滝奥天狗森霊木乞御出座 犬走椛拝」
 私は、椛ちゃんの書く字を知らないことに気づいた。
「椛ちゃん?」
 見上げた空をごうごうと風が流れていた。


 翌朝、幽々子様にお断りして屋敷を出た。髪にも服にも気を使い、剣は念入りに研いだ。
 椛ちゃんのお友達に紹介されるかもしれないのに、失礼があってはいけない。
 ふわりと晴れた空の下、川をさかのぼり、滝の元へ。山は見事な赤と金に色づいていた。以前通ったのは、ちょっとした気まぐれで遠回りをしたからだった。あの寄り道がなければ、椛ちゃんとも出会わなかっただろう。ほんとに縁は異なもの、だ。
「やっ……」
 跳躍して、川を渡る。絶壁に点々と生えている松から松へと飛び移り、滝をさかのぼった。
 滝の上では空気が一段冷えた。森の木がみっしりと重なりあい視界をふさぐ。さすがは天狗の住む深山、ただよう霊気はふもととは比較にならない。
 枝から枝へ――時に跳躍し、時にぶらさがって渡っていくと、じきに周囲に剣気が生まれた。
 ひゅっ、ひゅっと音を立ててつぶてが飛んでくる。片剣を握って造作もなく弾いた。鞘から抜き出すまでもない。ただの挨拶だ。
「白玉楼庭師、魂魄妖夢! 犬走椛殿の招きにより参上した。案内せよ!」
 気を入れて叫ぶと、応えて三人が現れた。いずれも銀髪赤袴、白狼天狗の子だ。
「魂魄さま?」「椛ちゃんのおともだちですね」「お待ちしてました!」
 顔を合わせてみると、どの子も幼く愛くるしい。人なつっこく寄ってくる。
「ご案内しますっ!」
 いっぺんに和やかな空気になって、森の奥へと連れて行かれた。
 たどりついたのはひときわ大きな霊木だ。見上げんばかりの幹の中ほどに、二本の大枝にまたがるような形で小屋がかけられていた。
「椛ちゃんはあそこです」「射命丸さまのお堂なんですよ」
「それじゃあわたしたちはここで!」
 三人そろってぺこりと頭を下げ、すばやく去っていった。実に行儀がいい。
 私は一息に跳んで、大きな鳥小屋のようなお堂の戸口に舞い降りた。
 秋の深山とはいえ今日は風もなく、あたりには木漏れ日がたっぷりと降って、小春のような暖かさだ。胸の中まで温まったような気持ちで、お堂に入った。
「ごめんください!」
 入ってすぐの部屋には大机があり、新聞を刷るのに使うのか、古びた印刷機やインク缶、紙束がたくさん置かれていた。奥で何かが動いているようだったので歩を進めると、次の部屋で椛ちゃんが犯されていた。
「ふぁっ♪ はんっ♪ はぁ♪ はん、くぁんっ♪」
「どう? 椛。いい?」
「くふぁ、やめっ、あぁあ、文さま、文さまぁ♪」
 椛ちゃんは長机に仰向けにされて、四肢を縛られ、袴をかきあげ下半身を剥き出しにされていた。すんなりした細い足の間にある反り返ったものを、弾力のある寒天かなにかでできた筒で根元まですっぽり包まれて、頭の上、枕元から逆さに覆いかぶさった半裸の烏天狗が、その寒天の筒を手で握って、激しく上下させていた。
「いいでしょ? 気持ちいいでしょ? いい匂いでしょ? おいしいでしょ?」
「だめっ、だめぇ、あやさま、やぁんっ♪」
 烏天狗は、はだけた上着の胸元からつやつやした豊かな乳房をこぼして、椛ちゃんの顔をのっしりと挟み込んでいた。あの鼻の利く椛ちゃんが、女の肌をそんな風に押し付けられて正気でいられるわけがない。周りのことが目に入らず、聞こえもしないんだろう。だから、部屋の戸口で石像みたいに立ちすくんでいる私にも、気づいていないみたいだった。
 石像というよりも、私はつららになった気分だった。
 目の前の光景が理解できない。頭がずうんと冷えて、膝の力が抜ける。
 ――何、これは。
 それに答えるべき烏天狗は、私が見えているはずなのに、声はおろか視線も向けてこない。
 それどころか、平然と椛ちゃんのあれをしごきながら、乳房の下の椛ちゃんの顔に向かってささやいた。
「私、どんな匂い? どんな味? 椛」
「はぁ、はぁ、あ、文さまはぁ……」
「どうなの?」
「……花の蜜みたいな、とろける甘いお乳みたいな、とっても甘くっていやらしい匂いがしてぇ……ブドウみたいな味がして、おにくがたゆたゆで、ぷにっぷにですぅ!」
「じゃあ、あの庭師はどうだったの?」
「くうんっ……妖夢さんは、妖夢さんは、土みたいで、しーんとしてて……」
「私と、どっちがおいしいの?」
「……やぁんっ! あやさま、やぁんっ!」
「どっち、なの?」
 烏天狗はぴたりと手を止めた。筒型にした指の輪の頂上から、寒天を貫いたあれが顔を出し、小魚の口みたいな小さな穴を、切なそうにぱくぱくと開くさまが、いやでも私の目に焼きついた。
「ああああ、あやさま、ひどいぃ!」
「言えばいいのよ」
 くん、と烏天狗は一度だけ手首を動かす。びくん! と椛ちゃんの腰がブリッジになって浮く。全身が細かくふるふると震えている。その震えを私は知っている。あれは、高まったいやらしい気持ちをあの子ががんばって抑えているときの震えだ。
 くん、ともう一度しごかれると、椛ちゃんはもろくも崩れた。
「ああ、あやさまっ! あやさまですっ! あやさまのほうがおいしくていい匂いなのっ! だかっ、だからおねがいれすからいじわるしないれぇ!」
「よく出来ました」
 烏天狗が身を乗り出して、紅い卑猥な唇から透明な唾液をつぅと浴びせながら、椛ちゃんのおちんちんを、とてもねっとりした手つきでくちゅくちゅと繰り返ししごいた。
「ぷぁ、ああっ、ふぁーーーっ!」
 真っ赤に腫れ上がったそれの先から、びゅうっとものすごい勢いで白いひもが飛び出した。ひも? ちがう、それはひもと見間違えるぐらい濃くてねっとりした、太い精汁の筋だった。
「ふぁんっ、ふぁううう、くふぁあぁんんっ♪」
 椛ちゃんは烏天狗が握る筒に向かって、ぐちゅんぐちゅんと何度も腰を打ち付ける。いちど突き上げるたびに粘液のひもが、びゅるっ、びゅるっと天井まで飛んで落ちる。
 そのうちいくらかは烏天狗の整った半面をびちゃびちゃと汚し、残りは二人の体と机と周りの床をどろどろの液溜まりにしてしまう。嗅いだことのない、頭がくらくらするような青臭い男の子の匂いが、むわっと部屋に立ちこめた。
 ものすごく激しい光景だ。こんなに激しいこと、椛ちゃんは私の前で見せたことがなかった。ううん、隠していたんだ。私にぶつけないように。
 この女に受け取ってもらうために。
 しぼり続けて勢いが弱まると、烏天狗は寒天を離して床に降り立った。自分の腰に手をやって何かをまさぐる。椛ちゃんの頭は長机の向こうへ逆さに垂れている。その前で、天狗はするりと黒の下着をおろした。
 私は赤面する。でも目が離せない。烏天狗の下半身は、同性から見ても美しすぎた。むっちりと肉の付いた完璧なほどまるい尻と、長くしなやかな白い足。
 その足を軽く開いて、二本の指で股間を分けた。柔らかな体毛の下にある、見ているだけでよだれが出そうなほど生々しい肉色のひだを、くっぱりと広げてみせる。
「椛」
 薄く上気した顔で、烏天狗は放尿した。
「わぷっ……んく……む……」
 椛ちゃんの戸惑いの声はすぐ消えて、ちょぼちょぼという水音が続いた。注がれるものを、椛ちゃんが懸命に飲んでいる。でも姿勢が苦しいせいだろう、じきにぼたぼたと床にまでこぼれて湯気が上がった。
 初めて烏天狗がこちらを見た。客人を迎える優しい顔だ。
 それはつまり、完勝した者の、このうえない余裕にあふれた顔だった。
 冷え切った私の胸に、砂漠の砂のような乾いた重みがずっしりと満ちていった。
 そういうことか。
 物覚えが悪いわけでもない椛ちゃんをわざわざよそへ修行に出したのも。
 長居せず帰れと命じたのも。
 勝手が違う、よその水を椛ちゃんに味わわせて、自分のよさを引き立てるためか。
 最初に部屋に入ったときの衝撃と、そのあとのみだらな行為を見たための混乱と興奮が、寂しい喪失感と悲しみに上塗りされていった。だまされて裏切られたという恥辱と怒りもあったけれど、それよりも寂寥のほうが強かった。
 凝然と立ちすくむ私の前で、烏天狗は行為をすませて下着を履き、椛ちゃんの縄を外して、おそるべきことにそのままの流れで、椛ちゃんを抱き起こしてこちらを向かせた。
「さあ椛、お客様よ」
「ふぇ……よ、妖夢さん!?」
 椛ちゃんは、大きな机をガタンと鳴らすほど激しい動揺を見せたけど、それも今の私にはしらじらしい小芝居にしか見えなかった。
「妖夢さん、なんでここに……いっ、いまの見たんですか!?」
 このあわてぶりからすると、手紙は烏天狗の勝手な仕込みか。椛ちゃんは無様なほどあわてて服を着なおし、こちらへ寄ってこようとしたが、私は背後の半霊から必要なものを受け取って抜いた。
 すらん、と二剣が冷光を湛える。
「寄るな」
 びくっ、と白狼天狗が立ち止まった。ざわざわと白銀の髪をざわつかせ、尻尾の先まで毛を逆立てておびえたかと思うと、へたりとその場に腰を抜かした。
 しょおおお……と音を立てて床に水たまりを作っていく。
「あ……ようむ、さ……」
「呼ぶな」
 もう、声も聞きたくなかった。
 つらすぎるから。
 白狼天狗は口をぱくぱくと動かして、必死な様子で声をしぼり出した。
「ちが……です……わた……ほんと、は……」
「もういい」
 何が違う? 命令で虜になったふりをしていたとでも? ならばさっきの痴態はなんだ?
 詰問の言葉が次々と浮かび、どれもこれも高ぶる感情に押しのけられた。怒鳴って済むような気持ちでは、到底なかった。
 いっそ、斬るか。
 私は大上段に剣を振りかぶる。白狼天狗はまなじりが裂けそうなほど目を見開いて、ぶるぶると見ている。烏天狗は羽扇を手に持った――だが二剣の前ではいかにもちゃちだ。私を止められるような武器では、とうていない。
 そのまま振り下ろしてしまえばよかった。
「うっ……うっ……」
 でも。
 私の腕は動かなかった。
 どうしても、抜いた得物を、振り下ろせなかった。
 甘いとわかっていても、無様で不器用だとわかっていても、この子を憎めなかった。
 私は、本当に、椛ちゃんを好きだったんだ。
 急激に鼻の奥が痛んできて、私はきつく顔をしかめた。白狼天狗がひっと身を縮める。
 次の一瞬、さっと背を向け、私はお堂の出口から飛び出した。


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 道筋は覚えていない。白玉楼には夕方に帰った。「おかえりなさぁい。ねえ、妖」と出ていらした幽々子様が、そのままの顔で脂汗を流して後ろ向きに戻っていかれた。私はお勝手に向かった。
 夕食を作ろうとした。
 だめだった。
 お勝手に入ったとたん、あの朝そこで笑っていた顔を思い出してしまった。
 奥へ行って、幽々子さまに土下座して、一生のお願いなので今夜はご自分で作ってくださいと申しあげた。なぜか幽々子様は一も二もなく許してくださった。
 いつもこうならいいのに。
「はあ……」
 夕暮れの庭園で庭石に腰を下ろして、ため息をついた。
 そこにいても、あの子のいた数ヵ月を思い出したけれど、屋敷中どこだってそうなのだから仕方がない。
 植木をごっそり持ち上げて得意げな顔だったあの子。
 玉砂利を崩さないよう走っているつもりで、足跡つけまくっていたあの子。
 馬鹿みたいな大刀をかついで、拙いなりに真剣に打ち込んできたあの子。
 ――全部、嘘か。
「はあ」
 空っぽになったような胸からさらにため息をついて頭を抱え、ぽたぽたと涙を落とした。しばらくして顔を上げると、前方の木の枝に烏天狗が座っていた。
 ざわ、と胸の中が波立ったけれど、構う気になれなくて目をそらすと、向こうから話しかけてきた。
「あなたも十分お楽しみになったでしょう」
 振り向いた。烏天狗は笑っている。胸の中に、ぼこりと熱い泡が湧いた。
「楽しんだりなんかしてない」
「隠し立ては無用です。椛から全部聞きました。嗅いであげたら、とても喜んでいらしたって」
 胸の中で羞恥が煮え始めた。顔を赤くして私はにらむ。
「何が言いたい?」
「お礼、かしら。あなたのおかげでとても可愛い椛が見られました。お稽古に出かける都度、尻尾の先まで盛りをつけて帰ってくるんですもの。あなた、椛を全然さわってやらなかったでしょう?」
「そんな下世話なことを口にするな」
「下世話とおっしゃいますけれど、椛がそれを大好きなことは知ってるでしょ」
 私は黙って唇を噛む。烏天狗はほがらかに言う。
「でもね、自分を責めないでください。椛はそれでも喜んでましたからね。それどころかあの子ったら、とっても大事にしてもらいましたって、実に嬉しそうに言ってきました。正直、少し妬けちゃいましたよ。ああこの子、本気になりかけてるな、って」
 つかの間、遠くを見るように烏天狗が言った。私は思わず顔を上げた。
 すると天狗は、フウとため息をついてわざとらしくも肩をすくめた。
「まあ、椛のいちばん可愛いところは、そこからなんですけどね。よそでどれだけ本気になっても、ひん剥いて愛してあげるとコロッとなびいちゃう。あなたも見たでしょう? さんざんキャンキャンわめいた末に、鳴いて喜んで出しちゃうんです。あれがもう、可愛くって可愛くって……特に今回はすごかったです。何しろあなたがね」
 何を言い出すか直感した。羞恥が煮え立って怒りになった。
「言わなくていい」
「椛にね、本気で」
「やめろ」
「告白してくださったそうで。――泣かれましたよ昨日は。今度ばかりは見逃してくれって。もうぞっくぞく来ちゃいまして。それで今朝、あのような仕儀にさせていただきました」
 烏天狗は写真機を手に取った。レンズの縁を指でなぞって、くすりと艶やかな笑みを浮かべる。
「あなたが出て行った後の椛の顔――極上でした」
 私は半霊から二剣を取り出す。心が煮えくり返って腕が震えそうだ。椛ちゃんにあんな態度を取ってしまったことが悔やまれてならない。怒りを向けるべき相手を間違えた。
「ひとつ、聞く」
 私がつぶやくと、烏天狗は首を横に振った。
「いいえ? 聞くのは私です」
「おまえはあの子をまた取り戻した」
「つらいですか?」
「もう私に用はないはずだ」
「今のお気持ちは?」
「なのに、なぜ――ここへ来た?」
「記者にそれを聞くんですか?」
 烏天狗は写真機を顔の前にかざした。ニッ、と口に笑いを浮かべる。
「今朝、あなたの泣き顔を撮れなかったんです」
 怒りのたがが音を立ててはじけた。
「貴っ様あぁぁぁ!!」
 二剣をかまえるが早いか、一直線に私は跳んだ。枝の上の天狗に十文字に叩きつける。
「いい顔!」
 シャッターを切った次の瞬間、天狗はくるんと後ろへ落ちている。そのまま翼を開いて飛行に移る。一瞬遅く、太枝がずぱんと四つに割れて回った。
 私は木の幹を蹴って鋭角に曲がる。玉砂利すれすれの低空を泳ぐように天狗は飛んでいく。上昇しないなんて舐めたやつだ。こちらは着地するが早いか、身をかがめて全速で追撃に入る。
 ぱ、ぱぱ、ぱっ、と一列に飛び散るわずかな小石が、私の足跡だ。弧を描いて縁側二十間ぶんの距離を駆け抜け、天狗の側面に回りこむまで一呼吸と半分。足音が届いたのか相手が振り返る。靴脱ぎの大石を蹴ってその顔へ突きを入れる。
「はっ!」
「Nice!」
 剣尖の一尺先でシャッターを切って、天狗がまたくるりと回って避けた。その手に忽然と羽扇が現れている。彼女はそれを、犬でも追い払うかのようにシッと軽く振った。
 どうっ! と暴風が横から襲った。私もろとも縁側すぐそばから西の大灯篭まで、笑えるほど広範囲の砂利と庭土が、山津波のようになぎ払われる。
 それが遠方の木立にぶちまけられるより早く、私は庭石を蹴って土砂の中から真横へ脱出し、ずっと離れた庭園の最外壁まで跳んで、白塗塀をさらに蹴った。砲弾のように長い跳躍。母屋の上空へ移った天狗へ、視界の外から急迫する。
 がしゃあん! と壮絶な音を立てて割れ散ったのは母屋の本瓦の何十枚かだ。私は空振ったて長々と滑りながら瓦を轢き砕いた。天狗は一体どうして知ったのか直前でまた避けた。「おお、こわいこわい」とふざけた声を漏らしながら、黒い翼を何度も羽ばたいて母屋の上を逃げていく。
「待てェ!」
 瓦にぶつけた肘も膝も痛い。かまわず叫んで、いっさんに走った。怒りで目の前がくらみそうだ。屋根のてっぺんにまっすぐ連なる冠瓦の段々を足場に、限界まで加速して天狗を追う。
 白玉楼は縦横に交差する平屋の迷路だ。その上を天狗はこうるさいハエのように蛇行する。私は棟から棟へと跳躍して追う。着地のたびにぐしゃん、がしゃんと瓦の爆心ができていく。
「まともに立ち会え、烏天狗!」
「報道は中立を旨とするので戦闘に直接関わることはー――」
 後ろ向きに跳びながら間の抜けた御託をぬかそうとした天狗の背後に、素焼きの塔が現れた。洗い場の煙突だ。「おっと」と身をひねった瞬間に隙ができたので「食らえ!」と私は渾身の突きを入れた。
 今度こそ胴を捉えた、と思った瞬間、真上から硬質の一撃を食らった。
 ずがぁん! と遠慮のない破壊音をあげて私は屋内へ着弾する。屋根板と垂木と天井板をへし折って、下の畳にまでめり込んだ。
 その埃が消えないうちに横へ跳んで障子を突き破り、屋外の中庭へ転げ出しているが、全身少なくとも六箇所の骨にびきんと電気が走って、「あっ……つぅ」と思わずうめいた。スカートが裂けたらしく腿が寒い。かまわず顔を上げて仇を探す。
 いた。まだ母屋の上で、私の落ちた穴を覗きこんでいた。写真機をかまえて降りるかどうか思案顔だ。というか私を叩いたのはあの写真機か! 
 なんて硬い代物、きっと舶来品だな――と空中で想像した。とっくに跳んで、突撃している。迫る横顔がハッとこちらを向いた。写真機は右手、羽扇は左手、どちらも構えに入っていない!
「折れろぉ!」
 左腰に溜めた大剣の楼観を、熊でも切るつもりで全力横殴り。間違いなく天狗の小憎い細い胴を捉えた――のは確かだったが、こいつ直前に扇を挟んだ。威力と角度が七割止められる。
 それでも当たりは当たりだった。ブンッ! と空気を裂いてキリキリ舞いしながら天狗は吹っ飛び、五十間も先で大羽根をバッと広げてようやく制動した。頭をくらくらと振っている。くそっ、瓦にも木にもぶつけ損ねた!
 たん、たん、たん! と屋根から屋根を蹴って、大急ぎで追いかける。目を回していた天狗がハッと気づいて、羽扇を大きく振りかぶった。隙が大きい。私は跳ぶ。天狗は叫ぶ。
「逆風『人間禁制の道』!」
 ゴウッと岩混じりの強烈な風が吹いて、瓦を二、三千枚吹き散らした。まるで台風だ。でも私は上空にいた。バラバラと散っていく瓦の嵐と、大技を放った後の隙だらけの天狗を見下ろして、あの子を救った縦切りの大技をぶちかました。
「妄執剣『修羅の血』!」
 斬撃の雨で空間を垂直に裂いた。範囲は天狗の周囲十間。逃げも避けもできない間合い。仕留めたと思った。
 他の相手なら、そうなっていただろう。――こいつほど速い天狗でなければ。
 天狗はこちらに気づくと同時に、その細い体を縦にして雨のあいだを抜けた。追撃のために肉薄した私は、弾雨を抜けた天狗が目の前でぐるんと前転するのを見た。あの長い右足が鎌のように曲がって、私の首をがっしりと引っかける。
 そのまま落雷のように真下へと振り落とされた。
 ずしん、と重い衝撃が私を玉砂利に叩きつけた。自分の体重かける重力加速度、足す天狗の蹴る力、引く半霊のサポート。最後の項がなければ、全身の骨が金槌を食らったせんべいのように砕けていたかもしれない。それがあっても、息が吸えなくなった。「かはっ……」と血混じりのあえぎだけが漏れる。
「あっ! ああー……」
 動けなくなった私のそばに、顔をしかめた天狗が下りてきた。片手で頭をかいて愚痴をもらす。
「しまったなあ……やりすぎちゃいました。これじゃ、自演写真になっちゃう。記事にできませんねえ」
 そう言いながらも写真機をかまえる。好きにしろ、という気分だった。撮らば撮れ、そして幻想郷じゅうの笑いものにすればいい。
 ほんとに……あの子がいないんなら、もうどうなったっていい。
 そのとき、だった。
 横合いから白い塊が突っこんできた。写真機を覗きこんでいた天狗は完全に無防備だった。 
「――文さまあぁぁぁ!」
「え?」
 と振り向く動作の途中で塊が脇腹にめりこんだ。天狗はくの字に折れて吹っ飛んだ。その先にあの子が植え替えた四百歳の老松があった。
 老松の枝が天狗の首を引っかけて、半回転させたあとで地面へ落とした。「ぎはっ」といういやな感じのうめきも聞こえたような気がした。
「文さま、もう、やめてください!」
 盾を抱えてそばで叫んだ白狼天狗を、私はぽかんとして見上げた。
「椛……ちゃん?」
「文さまのいじわる! 文さまのいじわる! 文さまの――」
「もみ、じ、あなた、」
 人間なら間違いなく即死するほどの大打撃を受けて、さすがによろめきながら起き上がる天狗へ向かい、犬走の椛ちゃんが、大上段から大刀かまえて怪力まかせに打ち込んだ。
「ばかあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ずどぉん! と爆発したような土煙が上がった。玉砂利と爆風が八方へ広がった。
「うぷ……」
 顔をかばってこらえた私は、やがて土煙が静まると、当然の――椛ちゃんを知らない者には信じられない――光景を見た。
 玉砂利が飛んで黒土のむき出しになった、差し渡し五間もの大爆心ができていた。
 その中央に削り残しの丘があって、腰を抜かした烏天狗が羽扇を構えている。怒りに燃える椛ちゃんの大刀を、それがかろうじて食い止めていた。華奢な見かけに似合わず丈夫な武器だ。それがあったから、山のお堂でも平然と挑発できたんだろう。
 しかしその羽扇も、六割がたは切り込まれ、もう少しで真っ二つにされそうだった。
 烏天狗が神速ならば、白狼天狗は馬鹿力。――だから馬鹿と叫んで打ち込めば、山をも断ち割る威力を示す。
 ふーっ、ふーっと息を荒げながら、なおも椛ちゃんが刀を押し下げる。みちみちみち、と羽扇が裂けていく。烏天狗の顔色が変わって、もつれる舌で叱りつけた。
「も、椛っ! あなたこんなことをして、帰ったらどうなるか考えなさい!」
「帰りませんっ!」
 椛ちゃんは叩きつけるように言い返す。
「もお、わたし文さまのとこには帰りませんっ! 文さま意地悪ばっかりするんだもの! いやだって言ったのに、うそつきたくないですって言ったのにっ!」
「ぐっ……いつもあんなに喜んでいたくせにっ……」
「それがいちばんいやだって、なんでわかってくれないんですかぁ!」
 ぐぐぐぐっ、とさらに倍の力が掛かって、ついに大刀が羽扇の要に触れた。ぴきり、ぱしっ、と骨組みが割れていく。
 烏天狗が、とうとう本物の恐怖を浮かべた。
「本気なの!?」
「本気ですっ! 文さまなんか、しんじ――」
 椛ちゃんの絶叫の途中で、ぱきん! と羽扇がまっぷたつに割れた。
 ずんっ、と大刀が烏天狗の顔面に降った。
「ひ……」
 マグロ包丁みたいな大刀が、最速自在で鳴らした烏天狗の眉間に触れている。
 それを止めたのは、彼女の眼前に割りこんだ私の、肩に負った楼観剣と白楼剣だった。
「椛ちゃん、そこまで」
「よう……むさん」
「主人を斬っちゃいけない」
 口をきゅっと結んでにらんでいた椛ちゃんが、やがてぶるぶると震え出したかと思うと、くたりと膝を折った。大刀をがろんと取り落として、しゃくり上げる。
「ひっ、ひっ……んわあぁぁぁん!」
 大泣きし始めた椛ちゃんを見て、私は内心ほっとしながら、二剣を収めた。
 背後へ聞く。
「椛ちゃんにこんなにもすごい力があったって、知っていた?」
 返事がない。私が振り向くと、烏天狗はしきりにスカートを広げて地面を隠そうとしていた。私の視線に気づいて、さっと紅潮した顔を背ける。
 じわじわと広がっていく水溜りと、ほのかに立ち昇る湿った匂いが、彼女の失態を明らかにしていた。
 私の前に、彼女の写真機が落ちていた。それを拾い上げると、天狗の顔になんとも言えない情けない表情が浮かんだ。撮られる、と思ったんだろう。
 見損なうな、といいたい気分だった。私は小さく息を吐いて、それを彼女に放った。
「天狗になったな、射命丸」
 写真機を受け取った烏天狗は、キッと唇を噛むと、飛び上がって宵の空に消えた。


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 幽々子様のところへうかがって、屋敷を壊したお詫びと明日からの修理を約束して戻ってくると、縁側で待たせていたはずの椛ちゃんが消えていた。
 直感的に理由を察して、私は大門へ走った。白玉楼と下界をつなぐ幽明の階段を見下ろす。
 長い長い階段を、とぼとぼと小さな影が降りていくのが見えた。
「椛ちゃん!」
 私が叫ぶと、影は動きを止めた。体の痛みをこらえて急いで後を追い、腕をつかむと、椛ちゃんは気が抜けたように、くたりと石段に腰を下ろした。私は、横から彼女の顔を覗きこんだ。
「どこへ行くの?」
「……だいじょぶです」
「行くあてなんかないでしょう」
「……」
 椛ちゃんはうつむいて答えない。
 私のところへ来て、主人に刃まで向けてくれたのだから、彼女の気持ちはわかる。
 でも、私にも何かわだかまりのようなものがあって、このまま彼女を素直に呼び戻す気にはなれなかった。
 だから、彼女の隣に腰を下ろした。
 薄明の長い階段に二人きりで――どれだけ時がたったのか。
 やがて、ぽつりと椛ちゃんがつぶやいた。
「ごめんなさい」
 一息入れて、
「悪いのはぜんぶわたしです。わたしが妖夢さんにほんとのことを言わなかったから」
 また一息、
「わたしが文さまにきちんといやだって言わなかったから、こんなことになっちゃいました。妖夢さん」
 深く、ふるえる一息、
「ごめんなさい……」
 椛ちゃんは、重い荷物を背負って一歩ずつ歩くみたいに、そう言った。
「嫌じゃ、なかったんでしょう」
 びく、と震える椛ちゃんに、
「よかったんでしょう。あの人と、するの。椛ちゃん、嬉しそうにしていた」
 私は、ささくれ立ったいやな声で言った。
 ちが……とこちらを向きかけた椛ちゃんが、ぐっと唾を飲んで、さらに重い一歩を踏み出した。
「そう……です。わたし、いやじゃなかったです。文さまにいじめられるの、よろこんでました。文さまに、してもらうの、たのし、かったです……!」
 告白の最後のほうは、身を裂くような細い悲痛な声だった。
 ぎゅう、と私は自分の服の胸をつかむ。 
「だから……?」
「はい」
「だから、出て行くんだ」
「はい。……合わせる顔、ないです……」
 椛ちゃんは顔を覆って、そう言った。
 勇気を出した椛ちゃんの告白を聞いて、私は長い長いため息をついた。それでも、胸の中の黒いいやなわだかまりをほとんど逃せなかった。
 胸が、痛い。
 私は手を伸ばし、椛ちゃんの耳に触れる。ひゅん、と鳴く椛ちゃんの厚くてふわふわした耳を、やわやわと揉む。
 手で覆っている顔に、指を滑りこませる。逃げようとしてもかまわず肌に触れる。目、鼻、小さな唇。
 ここをあの女の匂いが汚した。
 歯をきりきりと噛み締めたくなるほどのうずきが襲って、私はようやく、自覚した。

 虜になっていたのは――私のほうだ。

 黒いわだかまりは嫉妬だ。私は椛ちゃんを独占したかったんだ。だまされた屈辱も怒りもそこから来たもの。だからあんなに天狗を憎んだ。
 乱暴な衝動が抑えられなくなって、私は椛ちゃんの顔を無理やり両手でつかみ、こっちを向かせた。泣き顔に力ずくで口づける。
「椛ちゃん!」
「わう!? う、ぷ――」
「椛ちゃん、椛ちゃん、椛ちゃんっ……!」
 匂い付けされていた唇から鼻の周り、まぶたのすみ、頬のはしまで、くまなく舐めてやった。天狗の大きすぎるほどの淫らな胸に挟まれていたおとがい、首筋まで、口付けしてやった。
「よ、妖夢さん……」
 椛ちゃんが震える手で、私のひじをつかんだ。指を這わせて二の腕にふれ、肉をきゅっと握り締める。
「まさか、妖夢さん……」
「椛ちゃん」
「やいて、くれてるんですか」
 返事の代わりに力いっぱい抱きしめた。
 きゅふうう、と息を吐きながら、椛ちゃんが声を震わせる。
「そんな、だめです、わたし悪い子で」
「いいの」
 袴の上から椛ちゃんの股間に手を入れて、さわったことのないところをさわってあげた。んきゅうう! と椛ちゃんが両肩を縮める。
「わかってる、椛ちゃんは我慢しようとした。泣いて抵抗したってあの人自身から聞いたわ。私はそれで十分。……むしろ、今まで椛ちゃんを満足させてあげなくて、ごめん。椛ちゃん、ごめんなさい」
「妖夢さん……妖夢さん!」
 揉み揉みと動かす手の中で、椛ちゃんのあれがむくむくと硬くなる。すんすん鼻を鳴らす白狼の子の鼻先に、こめかみをこすりつけて自分の匂いをあげながら、私は頼んだ。
「来て、椛ちゃん、して。よそへ行かないで」
 立ち上がって、手を引いた。
「はい!」
 椛ちゃんは、泣きそうな笑顔でついてきた。


 部屋の障子を開けると同時に、後ろからどむっと抱きつかれた。
「いっ……!」
「妖夢さん!」
 部屋に押しこまれて、布団に投げ出される。全身の芯がびりびり震えて、一瞬、気が遠くなりかけた。
「つー……」
「えっ? あっ、妖夢さん今ぼろぼろなんじゃ……!」
 笑っていた椛ちゃんが、一転しておろおろする。私はなんとか、微笑み返す。
「大丈夫よ、あの程度。それより障子しめて」
「ほ、ほんとですかぁ……?」
 おろおろしたまま、椛ちゃんが戸を閉める。私はその間に呼吸法で鎮痛する。いまだけは何がなんでも椛ちゃんを喜ばせたかった。でなくて一体、いつやるの。
「大丈夫ですか……? ふあっ」
 様子を見に来た椛ちゃんを、片腕引いて布団に倒した。首に抱きついてもう一度キスして、さらに何十回もキスしてあげる。
「ん、ん、んむ、んちゅ、ちゅむ、ちゅぷ、ちゅくぅ……」
「よ、よ、妖夢さぁん! すごい……」
 うっとりする椛ちゃん。私はその耳元にささやきかける。
「椛ちゃん、私、椛ちゃんを気持ちよくさせたい」
「……んきゅぅぅ!」
「どうすればいい? くんくんでいい? 言ってみて」
 顔を離す。椛ちゃんはこくっと唾を飲んで、つぶやいた。
「じゃあ……ぱんつ、もらっていいですか?」
「……ん」
 うなずいて私は頬を赤くした。この子はそういう子だ。それとわかって好きになった。
 スカートの中に手を入れて、ドロワーズを下げた。あれだけの激しい戦いの後だから、きれいにはほど遠い。汗と埃と、それに血までついてくしゃくしゃだ。それを軽く丸めて差し出す――だけでは足りない気がしたから、椛ちゃんの顔にこすりつけて、嗅がせてあげた。
「くひぃ……ん……」
 たちまち椛ちゃんの目の焦点がぼやけて、すはすはと呼吸の音が忙しくなる。いつもながら、この貪欲ぶりにはどきどきしてしまう。
 すると、椛ちゃんが私の手をつかんで、下へ導いた。
「さわって……ください」
 私はうなずいて、椛ちゃんの袴に触れた。股間にうっすらと盛り上がりができて、それがどんどんくっきりして、ついには立派なテントになった。
 袴をかきあげて、じかに見る。椛ちゃんの下は白い素朴なショーツだった。細いそれを、内側から張りつめたものが持ち上げている。てっぺんに赤黒い半球が透けて見えて、ぷつりと露がにじんでいた。
 布ごと握って、やわやわと揉んであげた。コリコリと堅くて脈打っていた。「ふうっ、んんんっ♪」とドロワの下で椛ちゃんが悶える。お尻の下でわさわさと尻尾が騒ぐ。
 顔を寄せると、ふんわりと椛ちゃんの汗の匂いがして、頭の芯がくらりと揺れた。聞くともなしに聞く。
「こういうのって……」
「んん……ふぁひ?」
「こういう、ついてる子って、あなただけ?」
「ふぇ……天狗にはけっこういるみたいで、はぁっ♪」
 そういえば――天狗の性は人間と違うとも、聞いたような気がした。だから人間の女をさらうと。
 さらって、惑わして、犯してしまうのが天狗の性なんだろう。
 椛ちゃんの匂いにも、そんなところがあるみたいだった。嗅ぐとこっちまでいやらしい気分になる。脳の底のふるいけものの部分がうずいてくる。
 椛ちゃんのショーツを下げて、おちんちんを外へ出してあげた。びん、という感じで肉色のてらてらしたものがおへそへ向かって反り返る。ショーツをすっかり脱がせて、足を開かせて、私はよくよく見つめた。「み、見ちゃ……」と椛ちゃんが恥ずかしがって、股を閉じようとした。
 肉のしっぽの裏に、ぷっくりと浮いたうねが一筋。そこに鼻をあて、くにくにとこねてあげた。
「んぷぁっ!」
 椛ちゃんが激しく跳ねる。ここが弱いのは間違いない。天井まで届く汁をためるところだから。その証拠に、ほら、先っぽが見るも切なそうにじとじとと濡れてきた。
 つ、つ、つ……と唇で小さく触れていると、たまらなくなったように、椛ちゃんがささやいた。
「妖夢さん……て、手で、手でして」
「白いの、出したいの?」
 こくこくこく、と椛ちゃんがうなずく。その必死な様がとても可愛い。そんな椛ちゃんが私の下にいるのが、とても嬉しい。そっと、硬いものを握ってあげる。
「こう……?」
「は、も、もうちょっと強く……」
「これぐらい……?」
「そ、そうです、ちょっとずつ上下に」
「ん……いい?」
「あ、ああっ、そうっ、そうっ♪」
 くちくちくちと小刻みに動かすと、目に見えて椛ちゃんの体が引きつった。クワガタみたいに足を内側へ曲げて、つま先にきゅっきゅと力を込める。
 ああ、いっしょだ。私にもわかる。あの真っ白な空白へ、行きたがってるんだ。
「ふぁあ、あ、あへっ、そ、そぉっ、その、そのままっ」
 椛ちゃんがドロワ越しに蒸気みたいに熱い吐息をあげ、内側へ弓なりに折りこまれた足指をひくひく震わせる。コリコリに硬くなったおちんちんの、張りつめた敏感さと気持ちよさが、自分のことみたいに想像できた。
「いって、椛ちゃん……好きなだけいって、ね」
「ぎ、ぎゅうって、ぎゅうってぇ!」
「ん」
 強く握って、しぼったとたん、「ひっ」という声とともに、椛ちゃんがはじけた。
 びゅううっ、びゅううっ、びゅううっ……と精が飛ぶ。私の手の中を駆け抜けて、真上に向かってほとばしる。暗い部屋に半霊みたいに青白い種汁が舞う。
 舞って、私に落ちてくる。
「あ、あは」
 びちゃびちゃびちゃっ、と頭上から髪やリボンに降りかかる液を感じて、私は背筋をぞくぞくさせた。 
 はーっ、はーっ、はーっと椛ちゃんが息を荒げて、ばたんと大の字に両手を広げた。握っていたドロワをはらりと落とす。いったあとの、ゆるやかな余韻の中にいるんだろう。私は優しい目で見守ろうと――。
 いきなり、がばっと椛ちゃんが身を起こした。私の手を離れる直前のあれは、まだ木の根みたいに堅かった。四つん這いになった椛ちゃんが私のスカートに頭を突っこむ。
「椛、ちゃん?」と戸惑いながら、なんでも好きなことをして、と私は思っていた。
 二本の足の間に入りながら、椛ちゃんは私の腰をつかんで、ぐいっとひねる力を加える。「きゃっ」と私はうつぶせになる。むき出しの股間を椛ちゃんが顔面でぐいぐいと突き上げた。「あ、あ、」と私は畳の上をくねくねと押されていく。
 お尻の谷間にべったり顔を押しつけられると、さすがに恥ずかしくて息が止まった。
 ふんふん、ふんと椛ちゃんが嗅ぐ。「何も言わないで」と私は早口に言う。「何をしてもいいから」。そんなところ言葉にされたら死んでしまう。
 椛ちゃんは二度ほどうなずくと、黙ってそこを舐め始めた。
 ぺちゃぺちゃぺちゃ……と音が響く。私は頭を抱えて耳をふさぐ。今までと異なるあやしい心地よさが、ぞわぞわと背筋を這いのぼる。
 前を舐められても気持ちよかったのに、そちらも気持ちいいなんて、私の体には、いったいいくつの秘密があるんだろう。
 椛ちゃんが舌を尖らせた。にちにちにち……と真ん中をつつかれる。何の真ん中かなんて、言えない。神経を剥かれてこすられるみたいな、ざらざらした気持ちよさが絶えず広がって、お尻の肉全体がびくびく波打ち、前がとめどなく濡れこぼれた。
「く、く、んく、くひ……」
 私が声を殺して喜んでいると、ふっと顔を離した椛ちゃんが、興奮に震える声で言った。
「ここ、わたしが初めてですよね」
「ここも、なにも……私、椛ちゃんが、初めて」
「えっ……」
 戸惑ったような声の後で、前の肉ひだの間に、細い指をつぷりと入れられた。
「こ、こっちも……ですか」
「ん」
「く……わう、わううぅ」
 お尻にすりすりと頬をこすりつけた椛ちゃんが、立て膝になって私の腰骨を引っぱった。されるがまま、私はお尻を突き出した。
 今日か、と畳を見ながら思った。
 今日、私は椛ちゃんに、大人にされてしまうんだ。正直、こんな形で通るなんて思わなかったけれど――ちらっと頭に浮かびかけた他のいろんな可能性を打ち消して、すぐに強くうなずいた。いいんだ、これで。椛ちゃんと通る道なら、申しぶんなしだ。
 お尻のほうで、椛ちゃんがごそごそと腰を押しつけたりしている。私は、手の届くところにあった枕を引き寄せて、その上に頭を乗せて少し緊張しながら待った。
 ぐい、と力が加わった。ふー、と私は息を吐く。ぐい、ぐい、ぐいいと強い力で押されて――枕のほうに押し上げられそうになりながら――私は破られた。
「わふぅん……っ♪」
 椛ちゃんの嬉しそうな声とともに、ずしっ、と硬いものがおなかに食いこんできた。来た、と私は知る。自分で触ったことのない、ちょっと怖いほどの奥を、椛ちゃんのあれがずるずる動いている。
 入り口がひりついたけれど、耐えられなくはなかった。
「ようむ……さん……」
「ん」
「だいじょぶ……ですか?」
「気持ちいい?」
「いい、いいれす……わた、わたし、溶けちゃいそう……」
 ぐしっ、ぐしっ、ぐしっと強くこすられて、私は少し顔をしかめた。
「待って……もうちょっと、ゆっくり」
「ふぁ、はいっ! ごめんなさいっ……」
 動きが緩やかになる。椛ちゃんが体を倒して、背中に乗ってきた。ぎゅ、と私の胴を抱きしめる。
 ああ、わんこのやり方だ。やっぱり椛ちゃんはこれがいちばんいいんだ。
 ぐい、ぐい、ぐい……とゆっくり揺すられているうちに、じんわりと、私も溶けてきた。
「ん、大丈夫みたい……」
「いい、です?」
「動かしたいんでしょ? ちょっとずつ……」
「ふぁい」
 ずぷっ、ずぷっ、ずぷっと音が濡れていく。私も管がうずいて、切なくなってきた。
「ん、んん、いい、椛ちゃん……」
「はい、いい、いっ♪」
 椛ちゃんがもっと深く入れたいというみたいに、ぐりぐりと力を加える。私は膝を寄せて少し内股になって、「んっ……」と入れやすそうな角度にしてあげた。はっはっはっ、と椛ちゃんが息を荒くして体重をかける。だんだん自制をなくしていくのがわかる。
 畳にこすれる肘が痛い。顔を埋めていた枕を縦にして肘も乗せた。これを引き寄せておいてよかった。椛ちゃんに止まってもらわないですむ。
「妖夢さん、妖夢さぁんん」
 椛ちゃんが背中に熱っぽく頬ずりして、腕を私の胸に這わせた。ぜんぶ自分のもの、と言ってるみたい。それでもよかった。私はずっと前から椛ちゃんに匂いをあげていた。それは、ずっと前から椛ちゃんに私を取られていたのといっしょだ。
 ひっきりなしに中をえぐりながら、椛ちゃんは背中を這い登って、私の銀水色の髪をかきわけて肩に顔を出した。「んっ♪ んっ♪ んっ♪」と耳を甘噛みしてこめかみをなめる。両手をベストとブラウスの下に入れて、さらしの中に潜らせる。乳房をつかんで、乳首を挟んだ。私の初めてをどんどん持っていく。
 ものすごい抱擁感。人のものになる心地よさで目がくらむ。全身に炭酸みたいな白い心地いい泡が満ちて、椛ちゃんのひと打ちごとにぱちぱちはじける。
「くぁぁん、くぁぁん、くぅぅん、ぅぅん!」
 容赦がなくなってきた。椛ちゃんはがっしりと私を抱きしめて際限なく力をこめる。苦しいけれど、もう言葉も通じないみたい。それに苦しさが気持ちいい。椛ちゃんのあれが前にも増してガチガチだ。私の奥をぐいぐい押してくる。どんな言葉よりもよく伝わる。椛ちゃんは全身で言ってる。
 匂いをつけたい。
 私の匂いと混じりたいって。
「ようむ、さん、ようむ、さん」
「んぁ、は、もみ、ちゃ」
「もう、がま、できっ、ごめ、ごめんな、さっい」
「そと、して、」
「だめ」
「だめ?」
「だめ、むり。そと、むりで」
 ぎゅううう、と最後の抱擁。暴れたって逃がしてくれそうにない。あれは発射寸前でひくんひくんこらえている。出したい、出させて、注がせて、と狂おしいぐらい声が伝わってくる。そんなの、耐えられるわけがない。気持ちよくさせてあげたい、よくなりたい。
 白くなる手前の滝のような落下の中で、私はふるふると小さくうなずいた。
「いい、よ」
「くぅんんんんんっ!」
 ものすごい力で抱きしめて、椛ちゃんが撃ち出した。
 びゅくん、びゅーっ! と奥に感じた。あの激しい射精がおなかに刺さった。体の中のぱちぱちいう白い泡が、全部つながって一度にはじけた。爪で枕をザクッと裂いた。
「ーっ、あーっ!」
「くふぅんん、くぅぅうん、くぅぅうぅんん――!!」
 びゅるる、びゅるる、と突き刺さったものが震え続ける。何度も何度もあきれるほど出す。おへその裏を甘く熱い蜜が焼く。突き飛ばされた私は、真っ白の中につっこんで帰って来られない。椛ちゃんが帰してくれない。
「ああああ、ようむさん、ようむさぁんっ♪」
 ささやいて、まさぐって、キスして。私にいろいろなことをしながら、椛ちゃんは出し続ける。まるでこれまで嗅ぎ続けた私の匂いを、ぜんぶ自分の匂いにしてつけ返すみたいに。濃くて量の多い匂いの汁を、私の中に塗りこみ続ける。
 少し、長すぎる――そう感じたのは、正しかった。
「ようむさん、ようむさん……♪」
 わんこの仲間の椛ちゃんは、誰よりも長く出す子だった。私の中で達した彼女は、それから五分以上もたっぷりと私にそそぎ続けた。
 そんなことを知ったのはずっと後で――そのときの私は、意識が飛んで痙攣したまま、抱きついた椛ちゃんと一緒に、真っ白な気持ちよさにおぼれ続けたのだった。


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 十一月。早い初雪が白玉楼を訪れ、庭木は一晩で綿をかぶった。
「妖夢さーん! ふっかふかですよおー!」
 椛ちゃんは歓喜して庭を駆け回る。私は雪落としの箒を持ってきたけど、喜ぶ椛ちゃんが可愛くて、老松のそばでしばらく彼女を見つめていた。
 不意にどさっと雪が落ちてきた。「おっ……」と避けてから松を見上げると、黒い羽の烏天狗が幹の裏の枝に立っていた。
「射命丸……」
 私は半霊から楼観剣をつかみ出す。袈裟をはおった冬装束の烏天狗は、首を振って素手の両手を見せつけた。
「今日は、やりませんよ。それに撮りません」
「なんの用?」
「眺めるぐらい、いいじゃありませんか」
 幹の陰から、彼女は椛ちゃんを見る。その顔に淡い微笑みが浮いている。
「ほんとに元気そうですね。よくしてくださって、お礼申しあげます」
「……本来、あなたの仕事だった」 
「いじめ過ぎました。当分許してもらえないでしょう」
 でも、と烏天狗は肩をすくめる。
「半人半霊のあなたの生は、せいぜい人間の二倍ていど。それに引き換え私たちは妖怪。――長い目で見れば、謝るチャンスはありますよね」
「今は、私の連れ合いだ」
「今はね。しばらくはお貸ししましょう」
 ふと私は、この相手にも哀れを催した。報道は中立を旨として――とかなんとか言っていたが、それは自分が当事者になれないということだ。
 いつもいつもそんな立場では、人に触れて温もることもできまいに。
「……たまには里帰りするよう、言っておく」
「あら、仏心ですか」
「あって当然。西行寺家は仏家だぞ。仏敵の天狗づれとは違う」
「それはまたずいぶんなおっしゃりよう――」
 そう言うと、烏天狗は袈裟の袖から今風の小さな白い筒を取り出した。カラカラと振っていたずらに笑う。
「お渡ししようと思ったんですけど、仏敵としてはやめるべきですか?」
「それは」
「追跡・魂魄妖夢。カメラは庭師の恥ずかしい瞬間をとらえた!」
「……きさま!」
「おっと――」
 投げつけた剣をひらりとかわして、射命丸文はフィルムケースをしまいこみ、にっこり笑った。
「ペンは剣より強いんです。思い知らせて差し上げましょう」
「待てぇ!」
 叫んだところで、無駄だった。バサリと大きく羽ばたくと、烏天狗は矢のように冬空へ駆け上がって、飛び去っていった。
「あっ……あれは」
 声に振り向くと、椛ちゃんが駆けてきた。空を見上げて、つぶやく。
「……文さま?」
 ほんの少しだけ寂しそうな顔。心にチクリとしたものを感じながら、私は訊く。
「気になる?」
「えっ……いえ、その」
「まだ許してない?」
「……はい」
 うつむく椛ちゃんをじっと見つめて、私は思った。――やっぱりこの子に、こんな複雑な表情は似合わない。
 それで、ひとり言みたいに小さく言ってあげた。
「たまには帰ってあげるといいわ。一人じゃ寂しいだろうし」
 椛ちゃんがまた見上げた。胸の前にぎゅっと手を組み合わせて訊く。
「いいんですか?」
「……ちゃんと一日で帰ってきてね」
 私が言うと、椛ちゃんはにっこりとして大きくうなずいた。
「はいっ! ……わたしの妖夢さんっ」



「妖夢妖夢妖夢! 見てこの新聞、あなた椛ちゃんとお付き合いを始めるより前に、川原で裸にしていたずらしたんですって? そんないけない子だとは思わなかったわ〜!」
「あっの食わせ者、いつの間にっ……」
「よ、妖夢さん、わたし気にしてませんから、ねっ?」



 □---fin---□



 妖夢の剣の鞘についている花は、なんなんだろう。
 ドロワの中にはさらにぱんつ穿いてるのかな。
 もみみんのあれはスカートなのか袴なのか。
 剣の名前はなんだろう。
 アヤチャーンの服の装飾は金襴であってるのかな。
 カメラは銀塩なのかデジタルなのか。
 白玉楼って二階建てじゃないのかな。
 一般人がするする出入りしていいのかな。
 妖怪の山って遠いのかな。
 天狗の住み家はどんなだろう。
 天狗と半妖って孕むのかな。
 疑問ばかり募る執筆でした。


 犯すでも犯されるでもなく、やさしく「犯させる」セックス。
 そういうものがすき。

(2009/10作)






note:
現在は特になし (11/07/08)