本作はフィクションです

 ザントベルクの娘里  前編



 プロローグ


 篝火が揺れている。
 風はない。音で揺れている。城壁の下から押し寄せる地鳴りのような音が、炎を揺らしているのだ。
 八万六千人の叫喚である。
 町はおびただしい敵軍に囲まれていた。林立する旗指物の紋章は、恐ろしい覇権国であるゾグ王朝のものだ。戦意に湧き立つ彼らが嘲りの声を上げている。
 町に守兵はない。おびき出され、山ふたつ向こうの野へ出て行ってしまった。今すぐ呼び寄せても、戻るまで丸一日かかるだろう。そもそも呼ぶ手立てがない。
 町のあちこちから、絶望した人々の泣き声が聞こえる。彼らの運命はきわまった。あと半刻もたたないうちに敵の総攻撃が始まり、滅ぼされてしまうのだ。
 誰もがそう思っていた。
 城壁の上に立つ一握りのひとびとを除けば。
「やれるのか?」
 尋ねたのは堂々たる体躯の男だ。美々しい戦衣に、分厚い甲冑。この町の留守居役の将軍である。戦意にかげりはないが、手勢はわずか数百。藁にもすがる思いで尋ねている。
 訊かれたのは、小柄な人影だ。無地の長いマントと、頭をすっぽり覆うフード。
 右手に、寒々しい白色の杖を握っている。
 その人影は、できるともできないとも言わずに、ただ杖を上げた。
「――」
 短い詠唱に次いで、それが起こった。
  ざざざ ざざざざざざざ
 突如、ゾグ軍の足元から無数の槍が突き立った。兵士たちの足裏を股を腿を、鋭い先端がいっせいに突き刺す、貫く、引きちぎる。まるで埋めてあった罠が発動したようだ。だが罠ではない。一帯は何の変哲もない地面で、罠など仕掛けようがない。
 悲鳴が上がる。それまでの威嚇の声に倍増す、苦痛と驚きの絶叫だ。千、二千、いや何千もの兵が、殺戮されている。
 悲鳴に押されて、城壁の炎が揺れる。
 続いて、穴が開いた。数百、数千の、象でも楽に入ってしまいそうな落とし穴が、一斉に口を開けた。兵士が、攻城兵器が、糧車が、悲鳴と轟音を上げて落下する。穴底に落ちた者がぐしゃりと音を立てて潰れ、火薬が爆発する。
 さらに、煙が流れた。どこからともなく、黄色い煙が。
「なんだ、これは」
「前が見えん――」
「息が、息が!」
 その煙は陣営全体を音もなく巻き込み、兵士に入り込み、目を侵す。ざりざりとやすりのように削る。肺を満たし、毒煙のように呼吸を奪う。
 いまや兵士の群れは、恐慌を来たしていた。威嚇の声に代わって、怨霊の声のようなおどろおどろしい苦鳴を立ち昇らせるばかりだ。
 おお……おお……おおおおお……
 城壁の炎が、一段と激しく揺れた。
 が――それも、半刻ほどのことだった。叫び声に動揺するように揺れていた篝火は、じきに静まり、暗夜にパチパチと火の粉を飛ばすだけになった。
 声は消えた。聞こえるのは、遠ざかる敵兵の泣き声と罵声ばかりだ。
 東の空が白む。夜が明け始めた。
 城壁の武将が、驚愕にかすれた声でつぶやく。
「これは……なんと……」
 死屍、累々。
 晴れていく朝霧の下、おびただしい死体が野を覆っていた。その数は万を越えるのではなかろうか。目に入る限り、動く者の姿はない。
 獰猛で名高い、八万を越えるゾグの軍が、あらかた退却したらしかった。 
 将軍は、畏怖に震える喉からかろうじて声を絞り出す。
「凄まじい……いや、素晴らしい戦果だ。貴君、初陣であろう。それで、これか?」 
「……相性がよかったのでしょう。敵にも法術の使い手がいたのなら、こうは行かなかったはず」
 答えるフードの人影の声も、かすれていた。
 町を守り抜いた歓喜に、ではない。思いがけぬ結果に対する驚きと、恐れにだ。
 次のひとことには、濃厚な後悔がにじみ出ていた。
「これほどとは思いませんでした。これは……いけません。許されることではない」
「何を言う。貴君は守ったのだぞ」
 町を、と将軍は背後に手を広げる。町はまだ静まり返っている。寄せ手が来ないのを不思議に思っているようだ。あれだけの敵が退却したなどということは、にわかには信じられないのだろう。だが、知れば叫ぶはずだ。
 万歳、と。
「見ろ、じきに人々も知る。彼らは貴君を称えるだろう。栄誉を受けられよ。その資格はある」
 しかし、フードの人影は、悲しげに首を振って歩き出した。
「それでも、です。私は過ちを犯しました」
「どこへ行かれる?」
 人影は、答えなかった。日の光に照らされる資格はないとでも言うかのように、城壁を降り、死者の横たわる野の彼方へと去っていった。



 第一章 清め手の乙女


 細く冷たい指が、くるりと小さな亀頭の皮を剥いた。
 ――?
 もっとも敏感な部分を襲ったその刺激に、少年は意識を取り戻した。
 だが、声は出なかった。声帯が乾いて貼りついている。身動きもできない。酷使されすぎた筋肉が麻痺している。
 目も見えない。しかしそれは、体の不調ではなく、何かでふさがれているからだった。布を巻かれているようだ。ただ、光の加減は分かる。ガラス越しと思しき薄明かりが感じられる。屋内のようだ。
 鼻は問題ない。たっぷりと湿った蒸気の気配に、何かの香りが混ざっているのが嗅ぎ取れる。甘く静かな香のような香り――花か、それとも他の何かか?
 体には何も身に着けていない。衣服の代わりに、ゆらめく温かさが体を包んでいる。
 お湯だ。温かい水に、自分は浮いているのだ。
 浮かべられてるというほうが正しいだろう。自分で湯に入ったわけではないのだから。
 誰かが自分を湯に浮かべ、そうして触っている。
 指で。
 繊細な、宝飾品を扱う職人のように注意深く丁寧な指が、少年の体にふれている。まさぐっている。拭き清めている――。
 いや? これは少し違う。確かに丁寧だが、ある要素が欠けている。
 優しさがない。
 慈しみや気配りがない。ただ壊さないようにしているだけだ。その温かさにもかかわらず、ひどく冷たいと感じられる指使い。
 その指使いで、少年の体が洗われている。今は性器だ。小さくちぢこまった幹を、親指と人差し指でつまみ、皮を剥いて中を拭いている。この感触は、目の細かい綿か、ひょっとすると海綿だ。石鹸も使っている。粘膜の薄いくびれのところを、ぬるぬると細かく洗い抜いている。
 そんなに細かく洗うのだから、きっと触れそうなほど目を近づけていることだろう。
 若い女だということは、どういうわけか最初から分かっていた。なんのためかはわからない。いや、匂いだ。香りだ。先ほどから鼻をくすぐる、日陰の花を思わせる、甘く落ち着いた体臭でそれとわかるのだ。若く美しく、手際のいい娘が、湯の中で少年の頭を膝に乗せて、うつむきながら洗っているのだ。
 くびれの白い垢をかき出すように洗いぬくと、先端に移った。肉の半球を親指が撫でる。くるくる、くるくると。おそろしく直接的な刺激だ。股間から脊髄に針金を突っ込まれたような冷感が走る。
 が、すぐに指は離れた。性器は倒れない。刺激を受けて血が溜まり、くんなりと半勃ちに立っている。
 少年は、興奮を感じ始めている。生まれてから一度も人目に触れたことのない性器を、娘に触れられているということに、興奮している。
 ただ、完全に覚醒していないために、猛り狂うほどにはならない。
 ぼんやりと、温められたバターのように、たゆたっている。
 じきに、また鋭い刺激が訪れた。
 性器の根元が包まれたのだ。ぬるりとした指に。石鹸をたっぷり泡立てたのだろう。肌の上で少しの抵抗もなく滑り、たとえようもなく心地よい。
 どくん、と心臓が鳴る。どくん、どくんと。
 血を流しこまれた性器が、本格的に勃起し始める。
 巨大というにはほど遠いが、しっかりした芯を備え、赤と青の血管を浮かせて、すらりと素直に反り返る立派な性器だ。ゆっくりと自然に剥けた皮の中から木の実のような亀頭が顔を出して、つやりと張り詰める。まだ黒ずむ気配もない。初々しい、濃い血の色。
 その根元を、娘の指がまるく握っている。
 不意に、ふ、という刺激がかかった。
 息だ。
 娘の息がかかったのだ。少年は思わず、ひくんと足を伸ばす。いや、伸ばすというよりも、勝手に足が伸びた。股間から体内に、快感の根が走った。
 はふ、はふ、と続けて息がかかる。多分、本人の意識していない呼吸の漏れだ。目の前で見ているから、自然に当たってしまっているのだ。当てているつもりなら、もっと鋭く来るだろう。
 そわそわと腰の裏側がくすぐったくなるような快感。だが、物足りない。
 勃起した性器が、恥じらいもなく粘膜を脈打たせているが、暴発してしまうほどではない。
 それから、手のひらが袋を包んだ。反り返った幹の下の、ふにゃりとゆるんだ薄皮の袋を。何か目的があったのかもしれない。だが、軽く握って中のこりこりした玉を感じ取ると、手のひらは驚いたようにさっと離れて戻ってこなかった。
 少年は、またしばらく放置される。こわばった股間が、ゆっくりひくひくと萎えていくままに。
 やがて清拭が始まった。 
 海綿を手にした娘の手が、体中を這っていく。今度は気を使った愛撫ではなく、力のこもった摩擦だ。垢を落とし、肌を清めている。だが、それもまた心地よい。娘の細腕らしく、もともと腕力が足りない印象がある。ごしごしと懸命にこすられると、ちょうど肌に血行が戻る感じがした。
 包皮の中を拭いたぐらいだから、娘は遠慮しない。少年のういういしい乳首も腋も、細い首も上気したうなじも、無駄な肉のない若々しい腹や背中も、まだ発毛していないつややかな太腿や脛も、すべて余さず洗った。ごしごしと丁寧に、事務的だが献身的にこすった。柔らかな草のような金髪も念入りに泡立て、耳や鼻に湯が入らないようにすすいだ。
 少年にとって、体どころか魂まで溶けてしまいそうなほどの快楽だった。ここ数ヵ月なかったほどくつろげた。
 そうだ。こんなに心安らげたことは、絶えて久しくなかった――。
 ごろり、とうつ伏せにされた。お湯に顔がつかって溺れてしまう、と思ったが、うまく上半身を水辺に上げられて、息が続いた。水辺は石造りだ。滑らかなタイルなどではなく、ざらついた岩。普通の浴室ではないらしい。
 下半身は、まだ膝立ちで湯に浸かっている。腹の下で性器がひくひくと萎えつつある。
 いきなり、全身の毛が逆立つような感じに襲われた。
 尻に。
 尻のすぼまりを、娘の指が突いているのだ。くむくむ、くむくむと。少年は本能的に体を固くする。肛門がぎゅっと締まる。
 すると娘は、噛んだ。
 少年の、薄い筋肉がついた滑らかな尻の肉を、力を入れずに甘く噛んだ。
 あむっ……と。
「ふぁ」
 意識したものではなかったが、声が漏れた。全身がゆるんだ。その一瞬に侵入された。
 ぬるん、と細い指が入ってきた。冷たく滑らかな、魚のような指だ。何か塗ってあるらしく、摩擦はまったく感じない。痛みも恐怖もない。
 ただ、柔らかく敏感な体の中に、指の形がくむくむと直接感じられて、ぞっとするほど無防備になった気がした。
 根元まで入りこんだ指が慎重に何かを探し、やがて動きを止めた。
 コリッ。
 ――ぁんっ!?
 腰の奥の、純粋な快感の塊のようなものを掻かれて、少年は指先まで震え上がった。その反応で娘も確信したらしく、別の手をするりと股間に忍ばせてきた。半勃ちだった性器を、再び手でつかむ。
 そして、中と外から射精の仕組みをあやつり始めた。
 性器をしごく手つき自体はおぼつかなかったが、内側の袋を攻められるのは強烈すぎた。少年はあっという間にこらえられなくなって、すでにほとんどゆるみかけていた股間の力を、放出に向けて一気に絞った。
 性器がいななくように膨れ、粘液をほとばしらせる。
 ぶびゅぅうぅっ、びゅぅぅぅっ、びゅるんんっ、びゅくぅっ……。
 細い喉をさらし、爪先をぶざまにクイクイと縮めて、少年は射精し尽くした。娘の指が中の腺をくどいほど押し、一滴残らず放出するのを助けた。
「はぁ……はぁ……」
 快感の炸裂が過ぎ、暗くなっていく意識の隅で、性器にからんでいた手が離れるのがわかった。
 ザバッ、とかたわらで娘が湯から上がった。すでに周囲に充満していた、静かな甘い香りが、ふと遠くなった。
 娘は何かを大切そうに溜めた手のひらを掲げて、足早に離れていった。

 ベッドの上で目覚めたとき、記憶が夢でないことを少年は確信していた。あの暗い花の香りが、うっすらとだが、今も感じ取れたからだ。
 首を横に向けると、香りの主が椅子に座っていた。
 思ったとおり、娘だった。見たところ少年と同年代、つまり十七歳ぐらいのようだ。若く、美しく、切れ長の沈んだ目をしている。鼻筋は涼しく、頬も病的に感じられる寸前まで白い。ただ唇だけは、かすかに血が通って、ほんのりとした柔らかみがある。
 髪はつややかな銀髪で、肩の下まで滝のようにまっすぐ流している。額には金のサークレットを、両耳には小さなイヤリングを下げているが、それらの装身具は顔立ちに比べてむしろ地味だ。服装は黒衣。体の線に沿った、薄い一枚もの長衣だ。首元は控えめなレースで縁取られ、乳房のなだらかな盛り上がりと腰のくびれを経て、美しい丸みを見せる腰から足へと流れている。裾はひざ下まであるだろう。
 ひとくちに形容するなら、白黒の陰影のみの影。
 そんな感じの娘が、分厚い古書を膝の上において読みふけっている。
 少年は声をかけてみた。
「あの」
 娘が顔を上げた。銀青の氷河のような瞳が、感情を交えずに少年を見た。
「起きたのね」
「うん。君は……」
「クリスタよ。クリスタ・カラクーム。あなたの名は?」
「ヴィトリアス・ガドリッジ。トリーでいい。君は……恩人なんだろう?」
「ブランゲリ山を身一つで越えてきたのは、あなたが始めてよ」
 娘は古書をかたわらの台に置いて、話を聞きたい、というように身を乗り出した。だが、その顔は相変わらず表情に乏しい。
「あの山を越えようとする人は十中八九死ぬの。あの山に限らず、ザントベルクの周りの山と尾根は、普通の旅人には越えられないほど険しいわ。客人など、三十年に一度あるかないか。だから、もし生きて森まで降りてくる人がいたなら助けるの。身を挺してでも、ね」
「失礼、ザント?」
「ザントベルク。この村の名前。聞いたことがないのね」
「あまり……」
「そうでしょうね。だってここは、どこの領主の土地でもないもの」
「どこでもない、ってどういう意味だい?」
「あなたが普通の旅人なら、アウレア南方の地図を見たことがあると思う」
「あるね」
「ブランゲリ山の西側に、山ばかりで図のはっきりしないところがある。知らない?」
「そういえばあったような気がする。ああ、つまりその奥が……?」
「そう、ここ。あなたはどこへ行こうとしていたの?」
「どこへも」
 娘――クリスタが、わずかに眉をひそめた。
 少年――トリーは、うつむき加減に言った。
「故郷をなくして、ね。戦争で。あてもなく、旅をしていたところ……」
「あなたを探す人は、いる?」
 トリーは首を横に振った。実際にはいないこともないが、探し当てられたいとは思わない。誰ともつながりがないことにしておきたかった。
「そう……身寄りがなく、帰るところもなく、行き場所もないのね」
 クリスタが何かを確かめたのだ、と気づいたのは、うなずいてからだった。
「あなた、ここに住まない?」
 トリーはゆっくりと顔を上げた。最初に出たのは自嘲の表情だった。
「僕は、そんな風に誘われるほど立派な人間じゃないよ」
「少なくとも無害だということは、十分に調べさせてもらった」
 クリスタの静謐な美貌は、無表情のまま変わらない。トリーは薄く口を開ける。
「調べた、って……」
「この清堂の『贖罪のカスケード』で」
 あのお湯の温かさ、穏やかさ、そして娘の、つまりクリスタの香りと、えげつないほど露骨だった指使いを、トリーは一気に思い出した。頬を赤らめる彼の前で、クリスタは淡々と続ける。
「罪人は烙印を押されている。でもあなたにそれはなかった。ならず者は傷跡がある。でもあなたにそれはなかった。流行り病の主は、ただれやかさぶたがある。でもあなたにそれはなかった。つまりあなたは罪人ではなく、荒くれでもなく、健康だということ」
「あれはなんだったの?」
 頬の熱さを意識しながら、忘れたふりはできず、トリーは思い切って訊いた。
「その、カスケードでの、君の仕業は? 何の意味が?」
「体の中に武器や薬を隠す者もいる。あなたがそうでないことを確かめたの」
 それは、肯定だった。
 私はあなたの肛門をまさぐった、という。
 羞恥に襲われて口もきけずにいるトリーの前で、クリスタは始めて、かすかに目を伏せた。
「――そして最後のは、精を調べた」
「え」
「精。子種。女を孕ませられるかどうか、を」
 言い終えて、クリスタが目を上げた。長いまつげに縁取られた氷河の瞳が、あるかなきかの恥じらいを含んで、トリーを見つめた。
 何度か口を開閉させてから、トリーはようやく言葉をしぼり出す。
「それは……君が子作りを望んでいる、ということ?」
 すると、クリスタは顔をそらし、そっけなく言った。
「子をほしがっているのは私ではないの。村長よ。あの人の言い方を借りれば、村全体が、ということになる」
「……どういうこと?」
「それを教える前に、もう一度聞くわ。――あなた、この村に住まない?」
 そう言ったクリスタの表情は、簡単には読めないほど複雑なものだった。住んでほしいと言っているようであり、気が進まないようでもあり、さらに、もっと深い何かの訴えを含んでいるようにも見える。
 どの道、トリーにとって選択肢はなかった。行き場がないというのは本当なのだ。
 小さくあごを引いて、言った。
「……うん」
「そう、ありがとう」
 ほ、と安堵と取れないこともないため息を漏らして、クリスタは立ち上がった。部屋を出る彼女に、トリーは思わず訊く。
「どこへ?」
「ヒーゼ村長を呼ぶわ。あなたと話したがっているの」
 そう答えてから、クリスタは微妙に表情を変えた。――何を言うにも、かすかにしか感情を出さない娘らしい。
「見捨てはしないわよ、住むといってくれたのだもの」
 彼女が微笑んだのかどうか、トリーは確信をもてなかった。

 四十代の実娘に背負われてやってきたヒーゼ村長は、山に閉ざされた小村の主、という印象からトリーが想像したのよりも、さらに二周りほど年老いた男性だった。頭髪とあごひげが雪のように白く、腰は深々と曲がっている。まだ耳と頭がはっきりしているらしいのが救いだ。
「はあ、村に住んでくださるか。それはよかった。ほんによかった」
 椅子に腰掛けた村長が、ベッドのトリーを深々と拝んで言った。
「実は、このザントベルクは昔からひどく男手に恵まれんでな。水のせいか土のせいか、女の子ばかり生まれよるのじゃ。そのせいで、何をするにも不便しておる」
「はあ」
「それでも、農事や普請はなんとかなるわな。女手でも、数が集まればたいていのことはこなせる。したが、子作りはそうもゆかん。女だけでは、なんとしても子は作れん。それでここ数年、やきもきしておったんじゃよ」
「村の男性は少ないんですか?」
「いちばん若いのが、大工のボッツじゃな。七十一か」
「七十五だよ、爺様」
「おお、もうそんなになるか。ともかく、ちょっと前からあっちのほうは勃たんようになったと聞いた」
 実娘に訂正されたヒーゼ村長が、しきりにうなずく。話の流れが読めたので、トリーは先回りした。
「わかりました。それで僕に、どこかの家へ婿入りしろとおっしゃるんですね」
「いやいやいや……家ではない、村にじゃ。クリスタは言うておらんかったか? クリスタ、クーリースタ!」
「ここにいます、ちゃんと伝えました」
 すぐ隣で、クリスタが澄ました顔で答える。
 おう伝えたか、とうなずくと、ヒーゼ村長はトリーに向き直り、しわだけでできているような顔を寄せた。
「すでに聞いたなら話は早い。それでいいんじゃな?」
「はあ」
 いったんうなずいてから、眉をひそめてトリーは訊き直した。
「すみません、まだちょっと、よく飲み込めないんですが……」
「あんた若いのに鈍いな。頭悪いんか」
「でもないですけど」
「この村にな、三百かそこいらの村人がおる。うち八割が女じゃ。男のほうはもう爺いしか残っとらんが、みんな頑張って、つい十何年か前までは子を作っておった。つまりな、女のほうは、まだまだ子を産める若い娘が残っておるんじゃ。まあ何十人とは言わんが、それでも一人や二人ということもない。それ全部、あんたに任せたいと言っとるんじゃ」
「僕に……」
 いきなり事情が呑み込めて、トリーはクッションから体を起こしそうになった。
「僕に、何人もの女の人を抱けと言うんですか!?」
「やっとわかったか」
「そんなことは許されないでしょう!」
「許されないとは、誰にじゃね? 何に、でもいいが」
 トリーが絶句すると、ヒーゼ村長は訥々とした口調で言って聞かせた。
「あたら花の盛りの若い娘が、男を知らずに枯れていくのを、あんた、ほっとけと言うのかね。よだれも止まらんような爺いの慰みにされてもいいと言うんかね? かわいそうじゃあないか。わしぁ、村の娘たちをそんな目にあわせとうはない」
「そんなこと言って、本当は村人が絶えたら困るからでしょう?」
「それはもう、当たり前じゃないかね」
 悪びれず、真顔で村長は言う。トリーは逃げ道を探すように言い返す。
「外へお嫁に出せばいいじゃありませんか」
 それを聞くと老人はまたクリスタを呼ぶ。
「クリスタ! クーリー……!」
「聞いています、ちゃんと伝えました。トリー、言ったでしょ。周りの山は越えられないって」
「……なんだって」
 冷たいまなざしを向けるクリスタに、トリーは思わず聞き返した。
「じゃあ、なんだ、僕は、うんと言おうが言うまいが、この村から出られないってことか!」
「来たときと同じだけの苦労をすれば別だけど。山の向こうに助けてくれる村人がいるといいわね」
 トリーは沈黙した。
 その沈黙がじゅうぶん長引くのを待ってから、ヒーゼ村長が、いっそ残酷なほどの優しさをこめて言った。
「さ、どうするね。わしの言うとおりにするか、発奮して出て行くか」
「……選べないんでしょう?」
「あんたの口から聞いておきたい」
 トリーは肩を落としながらも、きっぱりと答えた。
「わかりました。……ここに、いさせていただきます」
「そうか、そうか」
 嬉しそうに何度もうなずくと、ふと村長は首をかしげて、宙を見ながら言った。
「言い忘れたが……うむ、言ったかな? まあとにかく、村の娘たちは器量よしばかりじゃから、心配せぬがよいぞ。ふむ、先に見せてから聞くべきじゃったかな」
「もうどっちでもいいですよ、好きにしてください。ついでに村人入りの儀式でもやってもらえますかね」
 ふてくされて投げやりにトリーが言うと、村長は驚くべきことを言った。
「なに、儀式なんか要るものかね。この村では昔っからやってきたことだ。布令の一つも回すだけのことさ。あんたはそこら辺でいい子を見繕って声をかけちまえばいい」
「そんな適当でいいんですか!?」
「遠慮はいらんよ、女たちだって男を待っとるんじゃからな。まあ気兼ねなくやっておくれ」
 はははは、と村長は嫌味のない笑い声を上げた。
 やがて彼が娘に負ぶわれて立ち去ると、残されたトリーは呆然とつぶやいた。
「そこら辺で見繕えだって?」
「身も蓋もなさすぎなのよ、あの人」
「うん――」
 はっ、とトリーは動きを止めた。
 おそるおそる、といった感じで首を回す。
 銀髪の美しい娘が、少しだけ困ったように首を傾げつつ、トリーを見つめていた。
「ええと、あのう……」
 意味もなく片手をひらひらと振り回してから、トリーはちょいと指を曲げてクリスタを差した。
「君も、含むのかな」
「含んでいてほしい?」
 クリスタは静かに見つめる。トリーは口ごもる
 やがて、かすかに息を漏らして、クリスタは立ち上がった。
「その話をする前に、知っておいてほしいことがあるわ」
 クリスタはトリーに肩を借して、部屋から連れ出した。戸口の外は石造りの廊下で、他にもいくつかの部屋があったが、そう大きな建物ではないようだった。廊下の一番奥に、彫刻の施された分厚い鉄の扉があり、クリスタはそこを押し開けた。
「ここは……」
 高窓から斜めに差しこむ光が、くっきりとした輪郭をもって空間を貫いている。
 湯気に満たされた部屋だった。汗ばむほど温かい。奥へ進むと、玄武岩らしい黒い床の先に、こぽこぽと水音がしていた。
「……段泉(カスケード)か」
 名前の通り、階段状になった泉だった。左手に、床よりやや高く作られた、小さな部屋ほどの湯船。そこからあふれた湯が、正面の湯船に流れこんでいる。そこからあふれた湯は、向かって右の、床より低く掘り込まれた湯船へ流れ落ちていた。その先は建物の外へ捨てられているようだ。
 三つの湯船。
 クリスタが淡々と言う。
「左の高い湯が『誕生の段』、赤子の産湯に使う湯。真ん中が『生者の段』、病人や怪我人に使う湯。あなたが入ったのが、そこ」
「うん、覚えてる……」
「右の湯は、何かわかる?」
 誕生、生者とくれば、次は想像がついた。
「『死者の段』?」
「その通りよ。村で死人が出たら、あそこで洗うの」
 そうか――とうなずきかけたトリーは、ある恐ろしいことに気づいた。ぞっとして、クリスタの顔を見直す。
「それは君がやるのか」
「そうよ。村の人々が死者との別れを済ませたら、私があそこで洗い、ひつぎに収めるの。墓穴はみんなに掘ってもらうけど、土をかけるまでが私の仕事」
「まるで坊さん……いや、尼さんみたいだ」
「みたいじゃなくて、そうなのよ。よその村のような僧侶はこの村にはいない。私が、命を司っている」
 三日月のような玲瓏たる美貌に、暗い微笑を浮かべて、クリスタは自分の胸にふわりと手を当てた。
「妊婦の腹から命を取り上げ、傷つき疲れた命を癒し、眠りについた命を送り出す。……清め手なの、私は」
 するするとクリスタの肩から滑り落ち、トリーは床にどさりとへたりこんだ。聞きたくなかったが、口は勝手に動いていた。
「今までに、何人洗ったんだ?」
「生者は五十九人。死者は十八人洗ったわ。――赤ん坊は、まだ一人も触れたことがないけれど」
 十八体も死体洗った湯に、自分も浸けられたのか。そう考えるとにわかにおぞましさが湧いて、トリーは全身の肌をこすりたくなった。
 自分の体を見回すトリーの様子を見て、クリスタがふと笑みを漏らした。
「落ち着いて。お湯の流れは一方通行。あなたに死者の穢れは毛ほどもついていない。……それに、ブランゲリの熱で清められた鉱泉よ。飲んでも害がないどころか、かえって病毒を落としてくれる」
「そう言われても……!」
「でしょうね。それで、聞くけれど」
 膝を折って、トリーの目の前にしゃがんだ。一瞬だが、生白い太腿の奥の暗がりに、狭い布が見えたような気がした。
「まだ私に、ふれたい?」
 死体洗いの娘。
 そんな穢れた人間に触れたくないという気持ちと、こんな美しい娘を穢れていると思いたくないという気持ちが、トリーの胸の中でぶつかった。
 つかの間の逡巡。
「……ふれたい、よ」
 勝ったのは後者だった。
「ふれたいとも。さわりたい。君は穢れてなんかいないさ。死者の穢れなんて、迷信だ」
「本当に?」
 す、とクリスタが手を差し出した。レースのあしらわれた黒い袖から、月光のような白さの手先が伸びている。爪だけが肌の色だ。トリーは後ろに飛びのきたいという衝動を、とっさに抑えようとした。
 どうしたわけか、それは成功した。後にわかったが、それができた男は今までいなかった。
 頬に触れた手は、思いのほか温かかった。クリスタが唇を開け、わずかに瞳を見開いた。しっとりとした柔らかい指で、不思議そうにトリーの頬を撫で回す。
「逃げないの」
「そう言ったよ」
「死んだ肌に触れた手よ?」
 トリーの尻の中まで知っている手。
 指は頬を撫で、耳にふれ、うなじに回り、いつまでも離れなかった。顔の前に戻り、唇にふれる。娘の親指が、つむ、と少年の唇を剥いた。クリスタの口が、さらに少し開いた。
「まだ逃げない」
 銀髪黒衣の娘が、しきりにトリーに触れながら少しずつ近づいてきた。いまや膝立ちになり、両手でトリーの頬を挟んでいる。首をつかみ、肩を撫で、腕にも触れる。トリーは、眠っている間に着せられたらしいガウン一枚だ。クリスタの手つきがはっきり感じられる。
 トリーを洗っていたときの、あの手つきではない。事務的だが丁寧だったあれとは、違う。
 欲がこもっている。
「本当に、逃げないのね……」
 驚きの底に抑えた歓喜がこもっている。手は、トリーの腋に入る。ずぶっ、と奥深くまで入った腕が、左右ともに、くの字に曲がった。少年の薄い胸が、娘に抱き寄せられる。
 肩に顔を乗せる形で、二人は抱き合った。
「あ……」
 トリーの胸に、クリスタのツンと張った乳房が当たる。互いに薄着だ。乳首がクイと潰れた感触までわかった。乳房そのものはまだほとんど崩れていない。若い肉が、生硬なほどみっちり詰まっている。
 その同じ時、クリスタは少年特有の薄くのびやかな胸筋を感じ取っていたらしかった。その証拠に、はぁ、と熱い息がトリーの耳にかかった。
 あの日陰の花のような香りが、いやに濃い。
「なぜ?」
 半ば操られるように、腕を上げて抱きしめ返しながら、トリーは尋ねていた。
「なぜ、こんなことをする?」
「さあ、わからない」
 ちゅく、ちゅく、と首筋に濡れたものが吸い付いた。唇だ。クリスタがキスしている。目を閉じて、長く欲していたものを与えられたように、熱心に。
「欲しいんだもの」
「なぜ?」
「こんな肌は初めてだから、かも」
 クリスタが腕を下げ、トリーのガウンの裾から中に入れた。トリーはびくっと震える。少年の肌をじかに細い手が這っている。
「老いた肌や、冷たい肌しか知らないの。なのに、あなたは」
 手が滑り込んだ。
 左手が後ろから尻に、右手が前から股に。
 ほの白く熱い手の娘が、少年のもっとも恥ずかしい幹とすぼまりを、露骨にまさぐり犯す。
「熱くて、はじけそうに生きてる」
「ふ……あぁ」
 トリーは、とうに勃起を始めていた。クリスタの香りと熱を感じた時からそれは決まっていた。ぐぐぐ、と膨れ上がった肉の幹が、クリスタの手のひらを埋める。その指の輪をを押し開く。押し広げる。手から飛び出すほど張り詰める。
 クリスタが、まぎれもない情欲に燃える声で、鷲のように深々とこわばりを握りしめる。
「こんなに勃ってくれる……!」
「だ、だって、君は……すごく、熱くて」
 トリーは声を上ずらせる。クリスタが指に力をこめるたびに、じぃん、じぃん、と快感の羽音が耳の奥に響く。ますますどくどくと血が送り込まれ、勃起が激しくなる。
 クリスタが耳を噛む。
 ……あぐあぐ、くちゅくちゅ……
 トリーを唾液まみれにして、舐めている。
 娘の情欲が、熱波のように染みてくる。それは信じられないほど強い。抗弁や反抗しようにも、できない。異性に欲情されるということ自体が初めてで、魅了される。めまいがする。体を支えられなくなる。
 どさっ、と横ざまにトリーは倒れる。波のように滑らかにクリスタが乗ってくる。熱い身体を貼り付けて離れようとしない。トリーの股間に入れた手は一本の指もあまさずに、くねくねと愛撫している。
「村のみなは、いったん病めば、頼ってくるのに」
 のしかかったクリスタの銀髪とサークレットが、彼女の情欲そのもののように顔に絡んでくる。
「治れば避けるの。拝むの。触れてくれないの」
 見上げると、目があった。先ほどまで冷静そのものに見えた銀青の瞳が、潤みきってとっぷりと濡れていた。
 ぐりぃぃ、ぐりぐり……。
 トリーの膝に、柔らかな肉の谷間が押し付けられる。見ることができないが、わかる。クリスタが長衣越しに股間を押し付けているのだ。布の底でぬるぬると湿り始めているひだがわかるほどの、露骨なこすりつけだ。
 娘の全身から発散される発情の香りに、トリーも理性を失って、獣のように犯してやりたくなる。手を上げて、クリスタの肩を撫で、背を抱こうとする。だが、姿勢がよくない。クリスタに前後から愛撫されているので、手が動かせない。
 その間にも、白く可憐な指が丸い輪を作って、ぎちぎちに膨れた性器をしごいている。きれいに爪を切りそろえた指先が、ひくつく穴をつむつむと突いている。
 欲情しすぎてかすれた声で、クリスタがささやく。
「こんなに生き生きして、こんなにガチガチな人間って、初めてよ。あのビクビク、もう一度してみせて? ここに溜めたトロトロの種、出してみせて? ね……?」
 ふにぅぅ――と、玉の入った袋が絶妙の甘痛さで握られた。
 トリーは混乱する。頭の九割は甘美な快感に占められていたが、残り一割が抵抗を命じた。これは正しくない。男と女がただ流されているだけだ。まともな人間として、なんとか止めなければいけない――。
「き、君よりも僕が汚れているから! そっ、そんなところ、君が汚れるっ!」
「汚れ……る?」
 ふっ、とクリスタが顔を上げた。
 花を埋めた銀雪のような、紅潮した頬をゆがめ、んふ、と小さく嘲笑を漏らした。
「あなた程度が、汚いですって?」
 そういうと、トリーの肩をつかんで、ぐいとうつ伏せにした。「あっ!」と叫んだトリーは、腰が持ち上げられたことに気づく。ガウンが跳ね上げられる。
 かあっと顔が熱くなった。むき出しの尻を同じ年頃の娘に見られている。
「……こんなの、汚いうちに入らない」
 くむっ、と袋の下のところに何かを当てられた。鼻だ。充血した性器の根元のこぶが浮き出している辺りに、クリスタは顔を埋めていた。敬虔にうっすらと目を細めながら、美貌をトリーの尻に埋めて、舌を伸ばしながら嗅いでいるのだった。
 すんすん、すぅぅ、と。
「むしろ、こんなの、いい匂いのうちに入るわ。いい匂いすぎる……♪」
 ……ねろり……ねと、ねと……つむぅぅッ……。
「ひああア!」
 舌が入った。筒のように丸めた舌先を、じゅうぶんに濡らしながらトリーの肛門に入れる。もちろん指は止まっていない。そろえた指と手のひらの形作る生暖かい管が、休むことなくトリーの性器をしごいている。
 股間から滝のように流れこんでくる快感に、トリーは脊髄を焼かれて、白くはじけた。股の内側でじくじくとうずいていた何かが、一瞬で痙攣を思い出して、びゅくッ! びゅくッ! と力いっぱい中身を搾り出した。
「んゃぁぁあんっ!!」
 トリーは、自分がどんな顔になっているかもわからぬまま、恍惚と唾液をこぼしながら絶頂した。
 少年の初々しい性器が、腰全体のガクンガクンという突きこみに合わせて、弾丸のように粘液を撃ち出した。熱っぽく動いていた娘の指の中から、それは一直線に飛び出して床をびちびちと汚した。
「あー――、ああァ――!」
 その瞬間、クリスタもトリーの尻に頬ずりしながら、両の膝をきつくきつくすり合わせた。ぴったりと閉じ合わせた太腿の間に、じわっと熱いものを漏らしながら、下半身全体を、さざなみのようにふるるっと震わせていた。

 トリーが正気を取り戻したのは、クリスタよりわずかに遅かった。十秒か、十分かはわからないが、それでその後の数ヵ月が決定した。
 身を起こすと、クリスタは『生者の段』のそばで黒衣の裾をしぼっていた。着たままですでに湯浴みを済ませたらしい。トリーが何かを言おうとすると、それより早く言葉を投げつけられた。
「私は、村長の言う女の中に入ってないわ」
「……なぜ?」
「穢れを扱う役だもの。赤子なんて孕むわけにはいかない。その子に穢れが溜まってしまうから」
「そんなの、迷信――」
「じゃああなたは、自分の父の墓を踏める? 教典に唾を吐ける? 聖姉妹像を叩き壊せる?」
「……いいや。でも、それとこれとは」
「違わないわ。同じことよ」
 そう告げるクリスタの姿には、清め手にふさわしい落ち着きと理知がある。
 彼女がまだ熱に浮かされているうちに押し倒せば、ものにすることができたかもしれない。だが、そんな好機は過ぎてしまったようだ。
 ただ彼女は、ごく控えめな一事を、トリーに許してくれた。
 トリーのそばに膝をつき、部屋に戻るべく助け起こしながら、銀の髪の清め手はさらりと告げた。
「私にできるのは、清めることだけ。いつでも来て、告げればいいわ。清めてくれ、と。――さすれば、私は拒まない」
 笑みかどうかは、わからない。
 しかし確かに、ふ、と唇が緩んだようにトリーには見えた。


 第二章 粉挽きの娘と授けびと


 清堂での静養を終えたトリーは、一軒の小屋を与えられた。細長い谷間にあるザントベルク村の、西の斜面に建つ古い小さな牧童小屋だ。
 春の盛りのある暖かい日、トリーは白い骨の杖とフードつきのマントという着の身着のままの姿で、その小屋に移り住んだ。
 斜面に刻まれた道を登っていくと、板壁と石積み屋根のしっかりした小屋があった。だが、樫の木の戸を開けて中を覗くと、外見ほどまともではないことがわかった。
「これはちょっと……ひどいなあ」
 どこの隙間から吹き込んだのか、床は一面砂だらけ。屋根からはがれた木屑がそこら中に舞い落ち、古びたテーブルと椅子には分厚くほこりが積もっている。続きの寝室に見えるベッドは布が破れ、藁が飛び出している。見上げれば、天井の四隅は何重ものクモの巣の奥に隠れていた。
「ま、空き家だったなら無理もないか」
 床の砂を手ですくい、唾をつけた指でかき回してから、さらさらと流し落とす――つかの間それに見入ってから、外へ投げ捨てた。
 このままではとても住めない。かといって、ただで住まわせてもらうのだから文句を言いに行くのも気が引ける。近くの家で掃除道具を借りてくるのが適当だろう。
 そう思って小屋から出ると、村からの坂を登ってくる人影が目に入った。
「……誰だろ」
 小さめの赤っぽい頭。地味な茶色のロングスカートの上に、洗いざらしたエプロン。何か棒のようなものをかつぎ、片手にバケツを下げている。どうやら若い娘のようだが、歩き方は頼りない。岩がちの坂道を、そこでふらつき、あそこでつまずきながら、えっちらおっちらと登ってくる。
 三十歩ほど先まで来ると、トリーと目が合った。垂れ目気味の目を、にへ、とさらに緩めて笑う。愛嬌があると言えないこともない。トリーは思わず、人違いではないかと後ろを振り返った。――草地に石灰岩が点在する斜面だ。他に人はいないし、民家もない。娘の相手は、間違いなく自分であるようだ。
 前に向き直ると、その娘がコケていた。手に持ったものをあたりに散らかして、前のめりにべったりと倒れている。
 トリーは歩み寄って、手を差し出してやった。
「大丈夫?」
「は、はい。どうもすみませんです……」
 散らかしたのは掃除道具だった。モップやら雑巾やらバケツやらをかき集めると、娘はスカートを払って立ち上がり、あらためて、という様子でぴょこんと頭を下げた。
「初めまして、プティっていいます。村長さんに言われて、今日から、お授けさまのお世話をさせていただきますぅ」
 やや高い声で、舌足らずの子供じみた口調だった。動作や表情も幼い。人を疑ったり、値踏みしたりということを、まだ知らない感じだ。
 といっても、歳はそれほど幼くはないだろう。トリーよりひとつ下か、せいぜい二つ下ぐらいのはずだ。背丈は同じほど。ふわふわした、麻のような頭髪を左右で三つ編みのお下げにしている。その色は赤みがかった茶色で、陽をすかすと飴のように艶っぽく見える。
 顔立ちは成熟した女にはほど遠い、少女のそれだ。形を整えていない、素朴な感じの眉と、大きなとび色の瞳。まだ尖っていない小さな鼻に、わずかにそばかすが乗っている。唇は桜色で小さい。頬はいかにも柔らかそうだが、産毛の手入れをしていない。
 子猫か子犬のように可愛らしい少女だ。
 が、その大きな瞳がふとゆがんだ。気弱そうに目尻を下げる。
「あ、あのぅ……あたし、なんか悪いことしました?」
「え?」
「そんなに、じぃっと見るなんて……」
「いや、別に」
 手を振ってトリーは言った。
「誰だろうと思って。なんだっけ、お授けさま? それは何?」
 やはり、誰か別の人間を尋ねてきたつもりなのだろうと思ったが、プティの答えは意表を突くものだった。
「お授けさまって言ったら、赤ちゃんを授けてくださるお客さまのことですよぉ」
「……」
「その、お授けさまなんですよね?」
 ああ……とトリーは納得した。
 自分に与えられた役を、村人たちはそう呼ぶのだろう。
 にしても、それをこんな少女の口からじかに言われると、居心地が悪い。
「まあ、そういうことになるんだろうね……」
「ああ、よかった。またなんか勘違いしたかと思っちゃいました。あたし、いっつもチョンボばっかりしちゃうもんですからぁ」
 ほっと胸をなでおろすと、プティは上目遣いにじっとトリーを見た。何かを待っているようだ。掃除道具を持っているのだから、掃除をしにきたに違いない。お授けさまうんぬんはともかく、掃除はしてもらいたいので、トリーは頼んでみた。
「じゃあ、掃除をお願いしようか。ああ、僕もやるけど」
「はい!」
「水はどこかな」
 途端に、あっ、とプティが口を押さえた。ガランとバケツを取り落とす。
「お水、忘れてましたぁ!」
 バケツを抱えてこけつまろびつ坂を下っていくプティを、若干の不安とともにトリーは見つめた。
 下の沢から水を汲んでくると、二人は掃除に取りかかった。
 トリーは床のほこりを掃き出すモップ係になった。プティは手ぬぐいで髪を覆って雑巾係となり、あたり一面を拭いていく。彼女はふんふんと鼻歌を歌っている。トリーは声をかけた。
「ずいぶん楽しそうだね。そんなに掃除が好き?」
「お掃除は好きですよぉ、こんなあたしでもできますから。でも、それだけじゃないです」
「うん、なに?」
「お授けさまと住めるなんて、嬉しくって」
 トリーはモップを止めて、振り返った。プティは椅子に乗って、背伸びをして窓の桟を拭いている。
 靴下を履いておらず、細い足首の腱と、すんなりした生のふくらはぎが見えた。スカートの尻の辺りは形よく盛り上がっている。素振りは幼いが、体はじゅうぶん娘として出来ているようだ。
「なんだって?」
「あたし、ここでお世話させてもらいますからぁ」
 振り向いたプティが、大きな目を細めてにこっと笑った。窓明かりを背にした逆光となり、輪郭が光る。
 一瞬だが、天使か何かのようにも見えた。
 言っていることは天使でもなんでもない。トリーは呆然としかけて、気まずくなり、何食わぬ顔でモップかけを再開した。目を逸らしたまま、さりげなく訊いてみる。
「お授けさまと住んじゃって、いいのかな」
「村長さんが、いいって言ってくれましたぁ。あたしも赤ちゃん産めるのかなって思ったら、ほんっと嬉しくって……」
 どうやら想像通りだったらしい。トリーは内心でうろたえる。
 いきなり、据え膳を差し入れられてしまった。それも、こんな警戒心のなさそうな娘。
「あたし、粉屋の娘なんですけど、トンマでアタマ悪いんで、粉引きも帳簿つけもできなくって、いっつも怒られてたんですよぉ。もう、いないほうがいいくらいの役立たずだなぁって、自分でも思ってたんで、こんなことでも役に立てるなら、天の助けっていうか」
「そんな邪魔者だから、よそ者にくれてやってもいいって、村長たちは考えたのかな」
 だとしたら可哀そうな扱いをするものだ、と思ってトリーは言ったのだが、それを聞くとプティは、はっと顔をこわばらせた。雑巾を持った手をおどおどと泳がせて、しゅんとうなだれる。
「そのぉ……ごめんなさい」
「何が?」
「いっえ……あたしみたいな半端もんが、お授けさまのお世話することになっちゃって……」
「そんなこと言うなよ、気にしてない」
 ため息をつくと、トリーはモップを壁に立てかけて手招きした。プティがおずおずと寄ってくる。その頬に手を当てて、窓のほうを向かせた。
「ンっ」
 ぷるっ、と小さく震えて目を閉じる。トリーはその顔を見つめながら、何度も頬を撫でてやった。光の当たったこめかみのあたりがキラキラと小さく光る。さらさらで、化粧のけの字も知らなさそうな肌だ。
 ぷるぷると震えながらプティがつぶやく。
「お授けさまぁ……手、あったかいですぅ」
「ここでは、自分のことを役立たずなんて言わなくていいからな。ううん、言っちゃダメ、だ」
「……」
「それと、僕のことはトリーでいい」
「ンっ、トリーさま……」
 ふわ、と安心したように目を細めて、プティはトリーの手に頬を預けた。

 蜘蛛の巣やら砂やらの大掛かりな掃除が済むと、残りの細かな片づけをプティに任せて、トリーは出かけることにした。
「トリーさま、どこへ?」
「村を一回りしてくる。段泉の清堂からまっすぐここへ来たんで、それ以外の場所を全然知らないからね」
 清堂と聞くと、プティはびくりと肩を震わせた。気がかりそうに訊く。
「あそこのぉ、清め手さまに、何かされませんでした……?」
「何かって、何」
「その、魂を抜かれたりとか……」
 そういう迷信の、クリスタは対象なのだろう。だが、彼女の本心の一端を見たトリーは、清め手がそんなに不吉な存在ではないことを知っている。複雑な気分で、短く言っておいた。
「クリスタは悪い子じゃないよ。僕の命の恩人だ」
「は、はいっ! すみませんでしたぁ……」
 機嫌を損ねたと思ったのか、プティは深々と頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
 小屋の表からは、村内を一望にできた。南北に長い、舟形の谷だ。牧草地と緑の畑がモザイク状に石垣で区切られている。北から南へ流れる川が一本。谷全体を潤しているようだ。
 ぱらぱらと散らばる石板葺き屋根の農家の数は、百戸ほどか。中央に少し繁華な四辻の広場がひとつ。
 東の清堂から、西にあるこの小屋まで、徒歩で三十分。その間にすべてが収まっている。小さな谷間だ。
 坂を下っていくと石垣の向こうから牧草地が始まり、牛や山羊が多く放牧されている。さらに下ると麦や葡萄の畑になる。働いているのは、先ほどのプティと同じように髪を覆った女たちだ。ローブ姿のトリーに気付くと、皆が好奇の目を向けた。手を振ってくる女や、投げキスをしてくる女もいる。――だがその大半は、逞しい腕と立派な腰回りを持つ中年以上の女たちだ。ちょっと恋愛対象にはしたくない。
 トリーは、お愛想笑いだけを残して通り過ぎる。
 村の中央に広場があり、東西南北に道が伸びていた。東と西は知っている。トリーは北へ足を向けた。
 ゆるやかにうねる畑道を行くと、谷間がだんだん狭まってきた。はるか前方には、頂の辺りを雲に巻かれた、とてつもない巨峰がそびえている。その峰にぶつかってこの谷は終わるのだろう。越えることは不可能だと言われた意味がよくわかった。
 畑の尽きるあたりの森の中に、家というには立派すぎる石造りの建物が見えた。尖塔を備え、ステンドグラスの輝きが垣間見える。興味を引かれたので、引き返す前に近づいてみた。
 カンカン、カツン、と薪割りの音が聞こえる。人がいるのだ。木々の間に踏み込んでいくと、建物のかたわらの納屋で、足にぴったりした細身のズボンに、白いシャツとテン革の猟師服を羽織った人影が斧を振るっていた。トリーは落ち葉を踏んで近づき、声をかけてみた。
「こんにちは」
 人影が振り向いた。意外なことに、女だった。女猟師というものがもしあれば――そんな職業の人間は、一度も見たことがないが――こんな格好をしているだろう、といういでたちだ。辺境では珍しいことに、黒ぶちの眼鏡をかけているが、よく見れば端正な卵形の顔の美人だ。歳は二十歳になるかならないかといったところ。長い黒髪を縛って背に流している。
「なに?」
「ここは、なんの建物なんですか」
「というか、誰?」
 声に警戒の響きがある。付近に他の人間の気配はないから、無理もない。トリーは紳士的と思われるだろう距離を置いて足を止め、名乗った。
「ヴィトリアス・ガドリッジと言います。清堂のカラクームさんに助けられた、旅の者です」
「クリスタに助けられた……ああ、授けびとね」
 トリーはちょっとうつむいた。昼間からこんな場所で、年上の美人にそんな風に呼ばれるのは恥ずかしい。
「ヒーゼ村長が、引き止めてくださったので……」
「あの人、年だから見境いがないのよ。旅人なら誰でもいいの。うちに泊まれって言われたでしょ。泊まってる?」
「いえ、西の山の牧童小屋に」
「あら、お粗末ね」
「でも、お手伝いを寄越してくれましたよ。プティって子を」
「プティ? 粉屋のプティ・クランタイレ?」
「家の名は知りませんが、粉屋って言っていましたね。お下げの可愛らしい子です」
「ああ……いちばん言いくるめやすい子を送ったんだわね。あのクソ爺い」
 女は冷たい口調で言う。クリスタに似ている、と感じたのは一瞬だけだった。あの娘よりもずっと人間くさい感情の持ち主のようだ。
 トリーに向かって、好意的とは言いがたい口調でいう。
「あんたは色に目がくらんで、住むことにしたのね。見たとこ、そういうことに夢中になりそうな年だものね」
「別に頼んだわけじゃありません」
 トリーは少しムッとして言い返した。
 女は興味なさそうに背を向けて、また斧を薪に食い込ませた。その薪ごと切り株にコンコンと当ててから、大きく振り上げて、一気に下へ叩きつける。
 カツン、と薪がまっぷたつになった。
 一連の動きの間、トリーは女の体の見事な動線を見ていた。若々しく、鞭のように細くしなやかな動きだった。乳房の膨らみは薄く、女というより少年のようだ。
 どことなく、野生の鹿を連想させる。
「決まりだから、話ぐらいなら聞くけど」
「え?」
「するんでしょ、子作りの話。しなきゃ、村が絶えるしね。必要だと分かってる。でも、あたしが受けるかどうかは別」
 カツン、カツン、と薪割り続けながら女は言う。
「別に斬りつけたりしないから、口説いてみれば。よその村でいきなりそんな話をしたら、変態扱いでしょうけどね」
 自分は村の決まりになど従わない、という拒絶の雰囲気が、全身から放たれているようだ。トリーは反感を覚え、あえて女の話を無視した。
「この建物は、聖堂ですか」
「これ? 神代のころはそうだったかもね。あたしが知る限りでは、学校だった。村に子供がいたころは、ここで教えていた」
「今は?」
「空っぽよ。でも本は残ってる。あたしはそれが目当てで住んでるの」
「本読み?」
「であり、番人であり、貸し出し手続き人ね。もっとも、ザントベルクには本なんか読む人は少ないけれど」
「僕は好きです。今度来ていいですか」
 女は手を止め、額を拭きながら振り向いた。こめかみからあごへ、清冽な汗が滑り落ちた。
「へえ。……何か読みたいものは?」
「アンギルの『ベビオスの塵埃』を、ずっと前から。でなければ日曜大工の本かな」
「残念、聖人伝のたぐいは目録しかないわ。大工本もね。そんなのなくても、この村の人間はやってしまう」
 肩をすくめて、女は道路のほうを指差した。行けという意味だろう。トリーは若干気落ちしたものの、礼儀正しく頭を下げて立ち去ろうとした。
 木立の中ほどまで進んだとき、声をかけられた。
「少年!」
 振り向くと、女が手を振って言った。
「クローマよ。クローマ・ヴァイオル」
 女の名だろう。トリーはもう一度頭を下げ、立ち去った。

 村の広場に戻ると、ちょうど南の通りから飴色の髪の少女がやってくるところだった。プティだ。左手にナフキンをかけたバスケットを提げている。トリーを見ると顔を輝かせ、走ってこようとした。あわててトリーは言った。
「止まって止まって!」
「ふぇ?」
「転んだら大変だろう。無理に走らなくていいから」
 なんとなく、転んで鼻の頭に怪我をしそうに思えたのだ。しかしプティはまたもや誤解したらしく、決まり悪そうに頭をかいた。
「そ、そうですね。転んでご飯をあけちゃったら、大変ですもんねぇ」
「食事なの、それは」
「そうですぅ。晩御飯です。もうこんな時間ですから」
 言われてみれば、足元が見にくくなっている。西の山に日が落ち、辻の家々が明かりをともし始めていた。
「村長さんの決め事で、お授けさまのお食事は、三度三度ピオニー亭から仕出してくれるんです。へへ、あたしがお料理できないもんですから……」
「トリーと呼べよ」
「トリーさまっ」
 言い直しながら、プティは西の通りへ歩いていくので、トリーもそちらへ向かう。どうやらこのまま牧童小屋へ戻って、一緒に食べようということらしい。トリーは重いものを感じる――三度の食事を出されるというのは、とりもなおさず、寄せられた期待の大きさを表している。タダより高いものはない。
 が……子供を作れ、村に住めというのは、要するにそういうことなのだろう。うまいだけの話ではないのだ。
 納屋に入れられたのか、すでに家畜の姿もない牧草地を通って、二人は牧童小屋に戻った。トリーがランプをつける。プティがバスケットの中身をテーブルに出した。皿を見たトリーは、眉をひそめる。
「こっちが僕?」
「はい、そうですぅ」
 プティがにこにこ笑って指し示すのは、湯気の上がる陶器の皿だ。こんがりと焼き色をつけたパリパリの皮が張っている。中身は恐らくミートパイかグラタンだろう。それに野菜のポトフ、手の平ほどのチーズ、焼いたリンゴ、ワインが一瓶。
 プティのほうは、具のない白いシチューらしきものが木皿にひと盛りだった。
「なんなのさ、この差は」
「それはもちろん、おさず……トリーさまは頑張っていただくお体ですから。あたしは、そこら辺のどこにでもいる野良娘なんで」
「座れよ」
 トリーは不機嫌になった。村長の言う、村の決まりなるものが、この食事の差に出ているのだろうが、そういうものが嫌いになってきた。
「食べよう」
 プティがおずおずと向かいに座ると、そう言ってトリーはスプーンを動かし始めたが、横目でプティの食事の進み具合を観察していた。彼女が皿の半分を食べたところで、手を伸ばして奪い取った。
「あ、あのっ?」
「交替だ」
 自分のパイも半分済ませていた。それを押しやり、シチューにスプーンを入れた。一口食べて、顔をしかめた。――塩味だ。というか塩味しかしない。塩と小麦粉だけだろう。要するに粥だ。
「え、えっと、あの……」
 突然突きつけられたいい匂いのする皿と、トリーが奪ってしまったシチューもどきを見比べて、プティが戸惑う。トリーはしかめっ面のままで言った。
「早く食べなよ。冷める」
「でも……」
 そのとき、きゅるるるという可愛らしくも奇妙な音が小屋の中に響いた。プティが真っ赤になった。
「す、すみませぇん……」
「いいから」
 プティは、彼女に可能な限度まで身を縮めてパイを食べ終えた。
 食事が済んでから初めて、トリーはランプを手に奥の寝室に入った。片側にベッド、片側に暖炉の作りつけられた部屋だ。見ると、意外にきちんと片付いていた。昼間のプティの手際の悪さからすれば、一面が灰だらけでもおかしくないと思っていた。
「……普通じゃない」
「はぁ」
「いや、立派だよ。これなら文句ない」
 寝室を見回ってから戸口を振り返ると、プティがさっきの続きのように顔を赤くして、もじもじとスカートの腰紐をもてあそんでいた。
 改めて見回すと、ベッドはひとつだけだった。ソファなどもちろんない。
 トリーは、窓に目をやった。――ランプに照らされた自分の横顔が映っていた。外は真っ暗で、かすかにヒュウヒュウと風の音がした。
 いちばん近い村人の家は、坂の下の農家だ。ここからは見えない。トリーは今、この世の誰からも隔絶した小さな小屋にいる。
 期待に胸を膨らませた少女と一緒に。
 ため息をかろうじてこらえて、窓際のベッドに向かった。ランプを窓際に置き、ローブを脱ぎ始める。
「着替えておいで。……着替えがあれば。なかったら、適当な格好で」
「は、はい……」
 唾を飲む音がかすかに聞こえた。トリーはローブとズボンを脱ぎ、チュニックだけでベッドに入った。シーツの下は藁敷きで、掛け布団はごわごわになった古い綿だったが、埃っぽくはなくて、陽の匂いがした。これもプティが干したのだろうか? だとしたら、きちんとした子じゃないか。
「い、いいですか」
 そばで声がしたので、うんと答えた。藁に敷いたシーツを、ぐっとへこませて、もうひとつの体が布団に入ってきた。
 トリーはランプを消さなかったので、緊張して可哀そうなほど赤面したプティの顔が、よく見えた。堅く目を閉じて震えている。
「ど、どうぞぉ……」
「もちろん、初めてなんだよね」
「はい」
 くふー、くふー、と抑えた息遣いが首筋に当たる。トリーは天井を向いたままで、つぶやいた。
「こういうのって……なんかなあ」
「はひ?」
「いや……普通は、好き合って、誓いを立ててからするものじゃないか」
「えっ、あのぅ……」
 悲しげな声がした。ちらりと見ると、眉根を寄せて泣きそうになっている。
「や、やっぱりあたしじゃだめですか……?」
「そういうことじゃなくて、さ」
「やっぱり……きちんとした家の子と、お祝言を挙げてからしたいですよねぇ……」
 こく、とうなずいてベッドから出て行こうとしたので、トリーは素早く手を伸ばして引き止めた。髪は三つ編みのままだが、肩は裸で、つかむと驚くほど細かった。
「ひっ」
「あのさあ、プティ……ええい、くそっ」
 トリーは面倒くさくなった。思い切って肩に腕を伸ばし、強く抱き締める。驚いたプティが、ぴん、と全身の筋肉をこわばらせる。まるで木の人形のようだ。
「プティ、君さ。初めて会った男とこんなことをするのに、抵抗はないの?」
「そ、そりゃこわいですけどぉ……」
 はふ、はふ、と努力の感じられる深呼吸をして、プティがささやく。
「村長さんが」
「……村長?」
「村長さんが、こわいのは最初だけで、すぐに天にも昇るほどよくなるから、って……」
 トリーの腕の中で顔を上げて、飴色の前髪をさらりと傾け、プティは健気に笑って見せた。
「も、もちろん良くなくっても我慢しますけどぉ、もしそんなにいいんなら……そりゃ、してみたいなぁ、って。へへ」
「プティ……」
「ほんとに、そんなにいいんですかぁ……?」
 少し目を伏せて、上目がちにプティは訊いてきた。――こわばっていた体を、震わせながらそっと押し当ててくる。
 ベッドの中で、発熱したように火照った体がふわりとトリーに触れた。ほそっこい、小娘じみた体を想像していたが、意外にも骨ばってはいなかった。むしろあちこちにむっちりした肉がつき始めている。ただ、へそ周りなどはまだくっきりとくびれず、肉が残っていて、野暮ったい。
 服の上から見てちらりと思ったとおり、大人になるまでもう一息といったころの、辺境の娘の体だった。
 そこに、下穿きだけしかつけていない。思春期の弾力のある肌がむき出しだ。
 指を這わせ続けていると、ふぁぁ、とプティが深い息を漏らした。
「す、すみませんん、トリーさま……」
「なにが?」
「あたし、体ゆるくって……もっと細くて綺麗な人、クローマさんとかみたいだったらよかったんですけどぉ……ふぁ!」
 最後の鼻声は、トリーが乳首に触れたからだった。乳房はほどほどに育っている。素朴な感じの半球がある。握れば、にゅむ、とつかめるほどには肉がある。が、寄せて谷間ができるほどではない。豊かとも貧しいともいえない、いかにもはっきりしない乳房だ。
 ただ、白桃色の小さなざらつきのような乳房は、薄暗い布団の中にあっても美しく見えた。トリーが思わず指で触れ続けると、ふにゃふにゃだったそこに、くっきりとした尖りが現れてきた。
「くぅ……ぅぅ」
 そんな悪戯じみた行為にも、プティは文句一つ言わず耐えている――というよりも、期待している。これがよいことだと、信じきっている。トリーは試しに、ささやいてみた。
「プティ、君……具体的にどんなことをするのか、知ってる?」
 ふるふる、と少女が首を振る。
「なんにも。……お授けさまに、任せればいいって言われたんですぅ」
 トリーが何をしても、それは正しいことになるのだ。
 抑えるのは無理だった。お膳立てが整いすぎていて、自分を押しとどめる理屈を作れなかった。気がつくと、トリーはもう一度プティを抱きしめ直していた。今度は驚かさないように、そっと、ぴったりと。
「はふ……!?」
 腕の中で息を止めた少女が、急に空気が抜けたようにふわふわと柔らかくなっていった。
「あったかぁぃ……トリーさま、これ……」
「いい?」
「はぁい……こんなふうにぎゅーっとされるの、初めて……」
 幸せそうに目を細めて、プティが胸に顔をすりつける。それを見ていると、なんとなく、それほど道に外れたことをしているわけでもないのだ、という気分になった。
 飴色の髪は、甘ったるい汗と土の香りがした。あまり洗っていないだろうことを考えれば上等だ。この娘は体臭が少ない体質なのだろう。不愉快でない――というよりも心が落ちつく気がして、ついトリーは鼻を押し付けてすうすうと嗅いだ。するとプティが手を伸ばして懸命に胸を押し離そうとした。
「だめ、だめですぅ。あたし、あんまり……」
「ちゃんと匂いを確かめなきゃだめだ。体を重ねるんだから」
 この一言はただの思い付きだったが、プティは目を見張ったものの、いともあっさり信じこんだらしかった。トリーに嗅がれるのに耐えながら、自分もトリーの首元に顔を当てて、す、す、と嗅いだ。
「ん、これがトリーさまの匂い……」
 トリーは、ぞくりと背筋に震えを覚える。素直すぎる態度にそそられた。
 しなければいけないはずの愛撫をいくつも思いついたが、トリーはそれらをすべて飛ばした。二人の体の間に腕を入れ、強く閉じられていたむっちりした太腿の間に、直接指を入れた。
「きゃ……?」
「開いて」
「は……はい」
 プティがわずかに足を開く。「もっと」と命じてさらに開かせた。こぶし二つが入るほど。それでいい。
 柔らかな下着の上から、いきなり秘所をふにふにと押してみた。もちろん、トリーはそこに触れるのが初めてだ。薄布越しに耳たぶのようなひだが感じられて、嫌でも耳が熱くなる。股間が勃起してくる。
 だが、プティのほうがはるかに動揺していた。顔を真っ赤にして、まん丸に見開いた目に涙を浮かべ、唇をふるふる震わせて、それでも抵抗することなど思いもよらずに、懸命に股を開いていた。
「と、トリーさま、こ、こんな恥ずかしいことするですか……」
「だって子種を仕込むんだよ?」
 下着をずらして、じかに触れることまでした。生え始めたばかりらしい、しゃりしゃりとした茂みの下に、ぷっくりと脂の乗った丘があり、これまでの心地よさのおかげか、わずかなぬめりを浮かべていた。
 そこにトリーは、前置きもなく指を入れた。
 人差し指を、ぬぷぬぷと。
「ひぁ……!」
「じっとして!」
 反射的に股を閉じようとしたプティが、叱りつけられてビクッと目を閉じる。それを幸いに、トリーは少女をぎゅっと抱きしめる。抱きしめて視覚を塞いだまま、耳元に言葉と息を注ぎ、指だけを細かく動かして、集中させた。
「入ってるね?」
「は……」
「ここに僕が入れるんだ」
「な、なにを?」
「こんなふうに……入れたり、出したり」
「あっ、やぁっ、ああっ」
 くねくねと魚のようにプティがもがく。トリーはしっかり抱き止める。
「狭いな……初めてだものな。広げるよ、我慢して」
「ふぇ」
「ほ……らっ」
 ハの字に開いた股の中心に、トリーが二本目の指をずぶりと差し込むと、少女は「くぁ」と喉を鳴らして、爪先をビクンと曲げた。
「ん、開いた。わかる? ほら……ここ、このぴらぴらしたところ」
「そっ、こ、痛っ……」
「だよね。でも痛いのはこれで終わりだから」
 終わりのはずだ。知識によれば、だが。実際するのは初めてである。しかしそんなことは顔に出さなかった。
 どういう心の働きかわからないが、トリーはこの娘と実際に交わるよりも、指で犯しながら冷静に観察したくなっていた。――トリー自身は気づいていなかったが、それは、段泉の清堂で自分がされたのと、同じ目に他人を合わせてやりたいという心理だったかもしれない。
 指を一本抜いて、再び一本だけに戻し――ただし今度は中指だ――トリーは、まだ処女のプティの胎内を、きめ細かく愛撫し始めた。
「さあ、もう痛くない。安心して、力を抜いて……」
「ふ、んん、く」
「開いて、もっと開いて。そう、股を見せて。そう……いい子だ、あったかい、すごく濡れてきた」
「ふぁ、ふ、ごめん、なさい」
「いいんだよ、たっぷり濡れるといい。その分気持ちよくなる。ね、うんと開いて。ここのことだけを考えて」
「んぁ、トリーさま、んぁふ♪」
 声をかけながらトリーはそっと掛け布団を剥ぎ取っていた。ずらした下着の隙間から、少年の手でいいようにまさぐられている、薄赤いひだがむき出しになる。プティ自身は気づいていない。目は開けているが、トリーの胸にうっとりと顔をこすりつけて、夢中になっている。
「どう、痛い? まだ痛む?」
「んんっ、もう、しびれるだけっ、んはっ」
 手洗いで一人だけのときにしているように、股を開ききり、すっかり力を抜いて、プティはとめどなく蜜を垂れ流している。心から陶酔しきった若い娘にしか出せない、濃くてねばつく、たっぷりした蜜が、指をくわえてつぷつぷと鳴るひだの底から、いくらでも湧いてくる。
「くぁぁ、トリいっ、さっ!」
 不意にプティがトリーの胸に爪を立て、腰ばかりか腹までびくびくと強く痙攣した。トリーはそのとき中指を根元近くまで進めて、天井を撫でていた。内側にざらざらした敏感そうなところがある。直感的にそこが弱いのだとわかって、そこに責めを集中した。
 指先を指紋がつくほど強くあてがって――小刻みに震わせながら、じわじわと前後させる。効果は強烈だった。
「くぁん、くぅぅ、くんんっっ!」
 びくん、びくんと大きく腰を跳ねさせたプティが、きゅぅぅぅっと強く指を締め付けた。奥で確かに、ひくひくと何かが動いた――と思う間もなく、しゃぁぁぁっ、と勢いのいい流れがトリーの手首に当たった。
「う、わ?」
 それはプティのひだのどこかから、なんのためらいも感じられない勢いで噴き出した。一度目の噴出の後も、しゃぁっ、しゃぁっ、と何度も。透明で温かい液体ではあったが、自分の射精にとてもよく似ている、とトリーは感じた。
 だったら、それと同じだけ心地よいのだろう。――胸元で目をうつろにして、忘我となっているプティを見つめて、そう想像した。
 ひくっ、ひくっ、と間を開けて震え続けながら、プティは徐々に緊張を解いていった。それとともに「お漏らし」も収まり、ぐっしょり濡れてぴくぴく痙攣していた太腿も、ゆるゆると弛緩していった。
「はわぁぁ……」
 卑猥な湯気も、こもっていた熱も、何もかもがゆるゆると小屋の中に拡散していく。それとともに、しっかりした普通の空気が戻ってきて、二人の正気を取り戻させた。
 は、と我に返ったプティが、自分の股をまさぐって、ほわぁぁと妙な声をあげる。
「なっ、こっ、あたしっ……」
「漏らしちゃったね」
「うふぁ〜〜っ!」
 あわててベッドから飛び出し、ころんと落ちかけてつんのめったりしながら、プティは泣かんばかりの顔で走っていった。
「ごめんなさいごめんなさい、雑巾雑巾ぞうきーん!」
 それを見送ったトリーは、そっと布団の壁側を持ち上げて、シーツの濡れていない端をつまみあげた。
 まさか、見ているだけでこっちも出してしまうなんて――そう思いながらこっそりズボンの中を拭いたが、戻ってきたプティの前で平然とした顔を保つのには、苦労した。

 それからというもの、新婚生活の真似事のようなプティとの暮らしが始まった。
 トリーは昼の間、村をよく知るために外を出歩いた。プティは洗濯や掃除をし、夕食時になると牧草地の石垣で待ち合わせて小屋に帰るようになった。
 事情を知らないものが見たら、大人になりきれていない子供たちが、ままごとのような暮らしをしているのかと思っただろう。しかし二人の間柄はそうではなかった。
 トリーはプティを調教していた。最初の晩、指で彼女をとろかすことを覚えたトリーは、なかばおもちゃのように彼女で遊ぶことを面白く感じてしまったのだ。もともと好きあって連れ添ったのではないせいもあった。
 夕方、小屋への帰り、石垣のそばで出会う。日は長くなりつつあるが、太陽は尾根に隠れてしまい、すでに暗い。道の先にはトリーの小屋しかないので、誰も通らない。そこで密会のように二人きりで会う。
 バスケットを抱えた三つ編みの少女が、どことなく期待するように頬を染めて立っている。トリーはたいてい、軽く手を上げただけでそのそばを通り過ぎる。目に見えてしょんぼりと肩を落とし、プティはついてくる。トリーは背中でそれを見て、笑みを押し殺している。
 十歩ほど言ってから、何食わぬ顔で振り向くのだ。
「ああ……今日のプティは、よくなってきたかな?」
 暗い中でも、彼女が顔を輝かせるのがわかる。
 何も言わずにプティは石垣に両手をつく。トリーは背後から体を重ねる。野暮ったい長いスカートに覆われた、田舎臭い後姿。だが、それをめくり上げると、ほのかに匂うような青白い太腿と下着があらわになる。他に何の愛撫もせず、トリーは下着をかきわけ、直接秘所に指を入れる。
 まだほとんど濡れていない生温かい肉を、くち、きちゅ、と分け広げて。
 少女が十数年、大切に隠してきた部分を、調べる。
「痛い?」
「んん……いぃえ……」
「気持ちいい?」
「むずむず、ってぇ……」
「濡れていいよ。濡れたいよね。ほら、力抜いて」
 ふんわりした腹を手で支えてやりながら、尻の下のじっとりした暗がりをまさぐってやると、プティはその飴色の髪のように、甘く艶のある声で喜ぶ。
「と、トリーさまぁ」
 そんな秘められたところに触れたことはなかったし、知らなかった。自慰を覚えたばかりの少年のようなものだった。抑えがきかない。すればしただけ喜ぶ。
「このお豆さんもいいんだよね……?」
 くりっ、と指先でつまんでやると、頭のてっぺんに抜けるような声をあげて跳ねる。
「んひっ♪」
 五、六分も続けると、うなじにぞくぞくと鳥肌を立てて感じ狂いながら、他愛もなくいき果てる。
「んくぅぅ……ん!」
 背伸びするように爪先立ちになり、むっちりした太腿とふくらはぎをピンと伸ばして、潮を吹く。その後ぐったり崩れてしまうので、トリーは尻の下を丁寧に拭いてやって、スカートで隠し、起きるのを待つ。
 昼間に手を出すこともある。
 小屋の窓から差す光の中で、プティが椅子にかけて繕い物をしている。その手際は村の女たちに比べればずっと下手なのだろうが、長く旅をしてきたトリーには十分なように見える。だが、チクリと針を刺して指をくわえる時がある。
「つっ」
「貸して」
 トリーは近づき、プティの人差し指をくわえる。驚いて目を見張る彼女の前で、ねっとりと指をしゃぶってやる。すぐに娘が顔を火照らせる。舌でこすると、何を連想したのか、もぞり、とスカートの中の膝頭をこすり合わせたりする。
「舐めておけば、大丈夫」
 そういって指を離してから、今度は自分の指をプティの唇に持っていく。何の要求もしない。だがプティは当然のようにその手を舐める。
「ぷは、くふぁ、んむ……」
 舌を出し、舌で引き込み、洗い清めるように、てろてろ、ぺろぺろと舐めまわす。それは奉仕ですらない。主人の大事な体にふれること、それだけで喜んでいる。
 適当なところで、惜しそうな顔をしているプティから指を引いて、今度は下にやる。両膝の間に潜らせる。ぴったり押し合っているような太腿の肉を割り広げて、座り仕事でじんわりと熱くなった股間に指を届かせる。椅子の背に片手を置いて見守るトリーの前で、少女の耳が、かぁっと素晴らしい感度で赤くなる。
 そしてまた、ベッドや石垣でするのと同じように、慈愛のある夫のような態度を取りながら、子作りとはまるで関係ない指遊びに溺れさせてやる。
 朝、昼、夕、晩、あらゆる時と場合に、前触れなく体を開かせて、トリーはプティの恥じらいの形を変形させ尽くした。トリーの前ではどんな時にも拒まない、性人形のように。
 だが、色狂いの淫魔のようには、したくなかったし、しなかった。ことが済むたび、言い聞かせた。
「いい? プティ。こういうことは、僕と君の間だから許されるんだからね。他の人間の前でやっちゃいけない。誰でもそうやって、隠しているんだ。僕が許してもいないのに、人前で盛ったりしちゃいけないよ」
「は、はぁい。わかりましたっ。だいじょぶですぅ」
 プティは生真面目にうなずく。

 毎日プティが来たわけではない。実家の用や村の務めで、週に二、三日は顔を見せなかった。トリーにとってもいい気休めだった。惚れているわけでもないのに四六時中顔をつき合わせていたら息が詰まる。
 そんな日は、トリーも小屋に戻らなかった。村の外れの森で野宿することがあったし、湯浴みがしたくなれば清堂へ向かった。いつかの言葉どおり、クリスタはすべて心得た様子で迎えてくれた。
 村についてから半月ほどたったある日、トリーが目覚めると、前夜に供寝したはずのプティがいなかった。テーブルに丸っこい字のメモがあった。
 ――家を手つだってきます。夕しょくはピオニーていでもらってください。夜、来たら来ます。
 日が西に傾くと、トリーはピオニー亭に向かった。それは村の四辻を南へ向かったところにある、橋のたもとの店で、この村で唯一、金を取って食事を出しているところだ。木骨作りの三階建ての立派な構えで、中原風に形象彫りの鉄看板を軒に下げている。ボタンの花をかたどった典雅なものだ。煙突から煙をあげ、窓からあかあかと明かりを落とす店に、トリーは足を踏み入れた。
「いらっしゃい、今日も来たわね」
 七、八卓のテーブルがある室内は、常連客の老人で半分程度が埋まっている。入ってすぐの横手から始まるカウンターに、女主人がいて、フード姿のトリーを見るたびに、こぼれるような優しい笑みを向けてくれるのが常だった。
「こんばんは、おかみさん」
「こら、それはダメって言ってるでしょ、トリー」
 ナオ・アンゲルスンというのが女主人の名前だ。
 豊かな明るい緋色の髪をアップにまとめている。店の名はそこからとったのだろうか。今年で三十歳だそうで、背丈も肩幅もトリーよりわずかに大きい。この村の誰とも同じような長袖で裾の長いカートルを着ているが、その上のエプロン越しにでも、胸や腰の豊かな肉付きがひときわ目立つ。顔立ちは派手といえるかもしれない。ふっくらした赤い唇がいつも濡れている。紫の瞳もこころなしか輝いているようだ。ここが酒場だったら、酔っ払いたちが放っておかないだろう。
 だがピオニー亭は年寄りばかりの集う食事どころで、彼女の態度もそれにふさわしい健全なものだ。淫靡ではない。
「はい、ナオさん」
「よろしい」
 にこりと首を傾けて、食事のバスケットを渡してくれようとする。と、カウンターの奥から現れた小さな姿が、ナオの足元にまとわりついた。
「ママ、ママ! 晩ごはんまだ?」
「はいはい、これが済んだらね」
 子持ちなのだ。六歳と七歳の女の子がいる。村長の説明と食い違うので理由を聞いてみたら、夫が事故で亡くなったと言った。
「はい、トリー。たくさん食べて、精をつけてね」
 ぱちりとウインクするので、受け取ったトリーは、どうも、と顔を赤らめてしまう。彼女も当然、トリーが村に住み着いたわけを知っていた。
 店から出るとき、トリーはいつもナオの眼差しを背中に感じている。
 一見、すっかり所帯じみているような彼女だが、どうもその色気はまだ摩滅していないような気がするのだった。

 なんとなく気が向いたので、いつものように四つ辻を通らず、川沿いの帰り道を選んだ。 すでに日が暮れて足元がわかりづらい。気をつけながら歩いていると、ゴロゴロと石臼の音がした。目を凝らすと、大きな水車を備えた川沿いの民家があった。粉屋だろう。
 粉屋といえば――と思い出したとき、当人の声がした。
「だいじょぶ、いい人だからぁ、きっと……」
 ここがプティの家なのだ。ちょうどいいから連れて帰ろう、とトリーは戸口に近づきかけた。
 その瞬間、バンと音がして扉が外に開いた。蹴り開けたらしい。部屋明かりがさっと伸びた路上に、何かが暴力的な勢いでザザッと投げ出された。砂ぼこりを立てながら一回転半もして、うずくまる。
 トリーは目を疑った。――叩き出されたのは、プティだった。
 戸口からずかずかと出てきた女が、プティのわき腹を無造作に一度蹴り上げて、苛立った声で吐き捨てた。
「大丈夫じゃないよ、このマヌケが! 子供を作りにいった女が、遊ばれててどうするんだね! やることやってから帰ってきな!」
 唾を吐き掛けんばかりに叫ぶと、家に入って戸を閉めた。
 やがて、ぼろくずのように倒れていた人影が起き上がり、ぱたぱたと力なく裾を払った。のったりと歩き出す。行く先は牧草地の石垣――トリーとの待ち合わせ場所だ。
「プティ」
 トリーは足早に追いついた。びくり、と身を縮めた少女が、振り返って、にへっと笑った。
「やだぁ……見てたんですか」
「今のは、お母さん?」
「叔母さんです。やり手なんですよぉ、とっても仕事が速いの」
「そんなことはどうでもいい。なぜあんなことを?」
「それは……」
 目を伏せたプティが、寂しそうに言った。
「ちゃんとお授けしてもらったかって言われまして……それで、教えられちゃいました。男がほんとはどんなことするのか」
 トリーは軽く息を呑む。するとそれを感じ取ったかのように、プティがあわてて言った。
「いえぇ、トリーさまのしたことは言ってません、言ってませんっ! ただぁ……あたし、一度も種付けしてもらってなかったんだなぁって、わかっちゃって……」
 とぼとぼと歩き出しかけて、急に足を止め、プティは振り向いた。
 無理やり作った不自然な笑顔を、涙が流れ落ちていた。
「あっ、もう行かなくってもいいですね? トリーさま、半端もんのあたしに、無理に合わせててくれたんですよね。ありがとぉ……ござい……」
 言いかけで耐えられなくなったらしく、少女は目頭をごしごしこすって嗚咽し始めた。
「うく……んぁぁ……」
「プティ、来い」
 腕をつかんでトリーは引こうとした。プティが意外な頑固さで足を踏ん張る。
「やです、おもちゃは嫌」
「プティ!」
 顔を両手で押さえて、無理やり口付けた。
「ト……」
 プティが硬直する。キスと言えるほど唇がほぐれない。硬いままの口付け。
 しばらく唇を押し当ててから、顔を離して、トリーは言った。
「してやるよ」
「……えっ?」
「悪かった。君にそんな事情があったなんて知らなかったから……」
 そっと手を引いて歩き出すと、プティは魅入られたようにふらふらとついてきた。
 少しして、一度だけ訊いた。
「あたしで……いいんですかぁ」
「嫌いじゃなかったよ、ずっと」
 ぎぅ、とすがるような強さでトリーは手を握りしめられた。

 食事の間、ひとことも交わさなかったのは初めてだった。プティが、あの最初の夜のようにガチガチに緊張していたのでなかったら、トリーも緊張しているということが見抜かれてしまっただろう。
 トリーも初めてだ。恐怖心はある。何をどうすればいいのか実際に試したことはない。もし失敗したら、相手に馬鹿にされるのではないか、と思うと怖い。
 だが、強いて自分を励ました。知識ならある。おそらく、この村の誰よりもある。それに、相手はプティだ。連日さんざんもてあそんで、絶対的な主導権を握ってきた。少しぐらいわからなかったり間違えたりしても、ごまかしてしまえばいい――。
「始めるか」
 スプーンを置いて立ち上がると、目でわかるほど向かいの少女がびくりと震えた。
 寝室で、また前のようにズボンを脱いでチュニック一枚になり、先にベッドに入ろうとしたところで、思い直した。手招きしてプティを呼び寄せ、抱きしめる。
「あ、の」
「力を抜いて」
 はふ、と目を閉じた彼女に、口付けした。
 トリーは正しかった。ベッドに入ってしまわず、立ったままプティの愛撫を始めたのは。キス自体ほとんどしたことがなかったが、うんと濃厚なそれを続けることで、目に見えてプティがほぐれてきた。胸を弾ませ、首筋を赤らめる。ボタンを外して胸元を広げ、例の、かろうじて乳房といえる程度のふくらみに、じっくり指を沈めた。ほのかに産毛の残る白い肌が、だんだん汗ばみ、溶けたように柔らかくなってくる。
 ひざまずいて腰を抱きしめ、たっぷりと乳首を吸った。吸いながら、声をかけた。
「プティ、窓を見て。見るんだ。何をしてる?」
「お、おっぱいを……トリーさまに吸われてますぅ……」
 ランプに照らされた二人の姿が、暗い窓ガラスに映っていた。プティは目を閉じることが多いので、そうやって痴態をじかに見ると、ことのほか恥ずかしがる。
 そうさせるつもりだった。とことんまで恥らわせて、余裕をなくさせる。
 スカートの腰帯に締めつけられている、うっすらと脂肪の乗った腹に、深々と顔を押し当てた。体温と、甘い乳に似た体臭が染み出してくる。へその下のそこに、プティの小部屋が隠れている。
 そこに直接聞かせるように言った。
「これから、プティのここを、しっかり孕ませてあげる」
「あ……はいぃ……♪」
 トリーの髪をつかんで、ぐぐぅっと背筋を丸め、嬉しさのにじみ出すような笑みを見せた。
 優しくベッドに押しやり、押し倒した。その横に乗り、下着を脱ぐ。すでに十分硬直していた性器を、プティの顔に突きつけた。
「これだよ」
「あ……お、おちんちん、ですかぁ……」
「違う、それはただの先っぽ。君を孕ませるのは、これ……」
 手を取って、下の袋に触れさせた。他人に触られるのは初めてではない。クリスタのことがあったので、抵抗なく触れさせられた。プティは、用心深くそっと袋をつまむ。
「ここ?」
「握って。中に入ってる」
 きゅむ、きゅむ、と指が握り、慎重な手つきで中のふたつの玉を確かめた。むずがゆいような快感に、トリーは眉をひそめて性器をさらにこわばらせる。ふと見ると、プティがまじまじと目を見張って、トリーのそこを見詰めていた。
「か、かわいいです、トリーさまのここぉ……」
 体を起こしてじわじわと顔を近づけてくる。残った手も添えて、十本の指で袋を揉もうとする。トリーは力を入れてこらえながら言う。
「子種が入ってる……これを君に……」
「し、搾ったら出てくるですか?」
 きゅぅっと、牛にしてやるように指を並べて、プティが搾り出した。ぞわぞわとした心地よさがトリーの股間から這い上がってくるが、これで出してしまったらみっともないし、後が続かない。わざと強引にプティの手を引き剥がした。
「やめろ、子作りをするんだろ」
「あ、はいぃ……」
「あそこを見せて」
 そう言うと、プティが、はっと口を開けた。
「あ……そっか、そういうことですかぁ……」
「何が?」
「あたしのあそこ、これを入れてもらうところだったんだぁ……」
 何か納得してしまったような顔で、プティはそろそろとスカートを引き上げて、下着に手をかけた。ふと見上げて、トリーの視線に気付き、また恥ずかしそうにあごを引きながら、片足ずつ不器用に下着を抜いていく。
 それが済むと、大きな花弁のようにスカートをめくり上げて、両足をしっかりと胸まで抱き寄せ、秘所をむき出しにした。
「お願いしまぁす……」
 トリーは初めて、反り返った性器を表に出したまま、プティのそこを見つめた。
 ぽってりとした太腿が、引き伸ばされて扁平につぶれている。触れると、産毛のせいかさらさらした手触りで、つかむと柔らかい筋肉の弾力がある。根元には潤んだひだがかすかに開いている。そこまではミルク色で、ひだの中が喉の粘膜のような生々しい紅色だ。薄い茂みの下の莢から、小さな肉の粒がゆっくりと顔を出していた。見ている前で、プティは高まりつつある。
 中心に、縦長の小さな穴が息づいていた。そのままではトリーのものは入りそうにない。だが、入れれば入るはずだ。トリーは腰を寄せ、声をかけた。
「息を吸って」
「はぁ……」
「吐いて」
「くふぅ…………んぅんっ!」
 トリーが性器を当て、突きおろした。
 入り口の、唇のような厚い肉の輪を通って、ぬめる管を押し広げていく。薄く柔らかい粘膜の奥で、くぷ、ごりゅ、と硬いものが抵抗する。想像したよりもずっと狭い。だが無理な貫通で裂けているという風でもない。どうにかほぐれて受け入れている。健気に飲み込んでいるような感じだ。
「トリー……さ……ま……」
 トリーはそこをすでに知っていた。指で何度もきたことのある場所だ。だが、長く勃起した敏感な性器で入っていくのは、全然別のことだった。
 甘く熔かすような熱が、ほとんど性器から直接脊髄へ走りこんで、ずきずきと焼き焦がした。根元が勝手にひくひくと暴れ、暴発しそうになった。
「うぐ……」
 こらえられずに、トリーはプティの膝を押し広げて、胸の上に倒れこんだ。
「トリーさまっ?」
「いい……プティ……」
「トリー、さま……?」
「だめだ、僕……くそっ、溶け……」
 ずりゅっ、と腰を引き、ずちゅんと打ち込んだ。頭のてっぺんまで快感が走り、自分が性器そのものになったような気がした。たまらず、夢中になって何度も突き入れだした。
「プティの中……やわらかくて……ぐりゅぐりゅ締めつけて……僕……」
「あっあっ、トリーさま、あっ、トリー、さまっ」
 少年が瞳の焦点を失い、犬のようにがくがくと腰を動かし、かちかちに強張った性器を体の奥まで突き入れてくる。受け止める少女は、本能的に理解した。少年の頭を抱いて、呼びかける。
「いいんですねっ? あたしみたいにっ、トリーさまも気持ちぃんですね?」
「いいっ……すごく、いいっ……!」
「あっあ、あたしも、あたしもいいれすよぉ……♪」
 指でさんざん慣らしていたおかげだろう。プティは何の痛みもなく、トリーを受け入れることができていた。飲み込んだそれが、指より奥まで届き、指より懸命な様子でしきりと突き上げてくる。その訴えがわかったような気がして、プティは心まで溶けたような気持ちになる。
「こっ、これ、これが本物ぉ♪ トリーさま、本物ぉくれるんですねっ……!」
 歓喜の色に顔を染めて、プティは限界まで股を開き、トリーができるだけ入りやすいようにと腰を持ち上げて、しがみついた。
「あたし、あたし嬉しいですぅ……んぅぅふ♪」
 温かく包み込むように抱きつかれた瞬間、トリーも圧力の限界に達した。
「プティ……!」
 ――どびゅるるるっ、びゅるるるっ、びゅくびゅく、びぅぅぅっ……。
 びくびくと縮み上がる腺から、敏感な管を真っ白に焼いて、溜まっていた濃厚な精液が飛び出していく。その一瞬、押し当てた先端に、固い何かがあるのをトリーは意識していた。それが、熱く可愛らしい体のもっとも大切なところだということを。
 ――染めてる、注いでる、ものにして、孕ませてる、僕がこの子を。
「くぅぅぅんん……」
 同時に、プティも全身を続けざまにこわばらせていた。幸せそうに緩んだ口の端から唾液を垂らしながら、少女は夢うつつのようにつぶやいた。
「あり……と……ざいますぅ……」

「誰が育てるの?」
 立ち上がって着替えながらトリーが訊くと、ベッドの上でぼんやりと弛緩していたプティが、え? と顔を向けた。
「赤んぼ。生まれたら。君が育てるの?」
「あ、いいえぇ。みんなで育てるんですよぉ。もちろん母親がやるですけど、赤ちゃん産んだら、手伝ってもらえるしきたりなんです」
「村長も言ってたね」
 手早く着替えを終えると、ベッドに腰掛けて飴色の頭をぽんぽんと叩いてやった。
「着替え」
「あっ、はいっ」
 あわてて身づくろいを始めるプティを尻目に、トリーは言う。
「そんなら、僕ももう少し子作りしていいかな」
「え」
「他の人と」
 プティが悲しげに振り返ったが、トリーが見ていると知るとすぐに顔を背けて、つぶやいた。
「そ、そですよね。トリーさまはお授けさまなんだから、村のみんなにしていただかないと……」
 そう言いつつ、独占欲にさいなまれているのがありありとわかる。
 縛られるのは好きではなかったが、トリーはひとこと、言ってやった。
「僕も、初めてだったから」
「……え!? って、あのっ?」
「女の子と、するのはさ」
 それを聞くと、プティの顔に浮いていた悔しさが、ゆっくりと薄れていった。
 代わりに浮いてきたのは、誇りを含んだ喜びの色。
「それって……あた、あたしが、トリーさまをおとなにしてあげたってこと……?」
「そうなるな」
「そんなぁ……あたしなんかで……」
「だから、覚えときなよ。僕の初めての子は、君だけだ」
 驚いていたプティが、ふわりと顔をほころばせた。
「はいぃ……♪」
 トリーはローブを羽織り、白い杖を持った。戸口に向かう。
「トリーさま、どこへ?」
「ちょっとけじめをつけに、ね」
 振り返らずに言って、部屋を出た。


 第三章  緋の花は夜に開く


 出て行けるということは、入って来れるということでもある。
 ザントベルク村を潤した川は、当然村から出て行く。それは谷間の南で岸壁にぶつかり、暗い洞窟に呑み込まれる。洞窟の天井よりも水面のほうが高く、一見して通れる場所ではない。
 しかし、そこから巨大な銀の泡のようなものがぷかりと浮かび上がり、水面を割って姿を現した。
 ザバッ……。
 泡から出てきたのは奇妙な細長い船だ。革やむしろで覆った荷を多く乗せている。舳先には一人の老婆。髪はなかば抜けはて、腰が曲がってはいるが、手にしているゴツゴツした杖は垂直に立っている。それは淡水最深のゴルドン湖にのみ棲息する、青銅カマスの脊柱だ。
 午前三時半。行商人グゼナは明るくなる前に村に来る。
 ゆるゆると川をさかのぼり、橋のたもとにたどりつくと、石段に杭に舳先を結びつけて、陸に上がった。すぐ上がピオニー亭だ。ランプをかかげて裏口を叩く。
「おはよう、グゼナ」
 女将のナオが寝惚け眼で顔を出す。グゼナは前掛けを首に結びながら無愛想に言う。
「さっさと始めるよ」
 船いっぱいの荷物を料理屋の倉庫に運び込むのが仕事だ。女手二人、強くはないが、慣れている。どんな時でも五時は越えない。家々に朝餉の煙が上がる前に、荷役は終わる。
 しらじら明けの中で帳簿を合わせる。村人は外の人間に支払えるような金を持っていない。あらかじめ村で樽に詰めた酒を川に流してある。前払いのそれが、代金だ。
「砂糖が二梱、銀の指輪一つ、靴の革二張り、青のビロウド二反、その他もろもろ……妙だね、今回は。男でもいるみたいだ。これは男に渡すものだろ」
「来たのよ、久しぶりに」
「男が?」
 いぶかしむグゼナに、ナオは話す。現れたフードの少年、授けびとのことを。
 それを聞いたグゼナが、目やにの溜まった片目をふと見開く。
「ガドリッジ……その男、『エッサ』を名乗らんだか?」
「エッサ? 違うわよ、トリーっていうの。とても礼儀正しくて、可愛い子よ」
「ふむ、そうか……」
 老婆は首を傾げたが、そのとき近くで扉の音がした。逃げるように建物の影に隠れて、つぶやく。
「わしゃ行くぞ。見つかったらかなわん」
「ごめんなさいね、みんなは神経質だから……」
 ナオ以外の村人のほとんどが、グゼナの品には混ぜ物がしてあるだとか、目減りしているなどと思っている。それでも頼らざるを得ないから、よけい気持ちが荒れる。老婆を好いている者はいない。
 老婆は船に乗り、もやいを解く。細く涼しい流れが、船を下流に押し流していく。
 泡を編み上げて洞窟に潜る前、老婆はひとりつぶやく。
「ガドリッジだと? 馬鹿な、ガドリッジが二人もいるものか……」

 あれ以来、トリーは、きちんとプティの腹に種付けしてやるようになった。
「ん……む」
 まだ夏には早い夜明け時、高台の牧童小屋のひんやりした空気の中で、トリーが目を覚ますと、同じ布団の隣にプティがいる。薄くて裾の短い夜着だけをつけて、ほどいた三つ編みを扇のように広げて、枕にうつぶして可愛らしくすうすうと眠っている。
 飴色の髪の、飾らない汗の香りには、慣れたというより、すっかり魅せられた。寝起きの夢うつつに、その匂いをかぐだけで、トリーは腰の裏がむずむずともよおしてくる。起き抜け特有の、針のように硬い勃起が始まる。
 それをそのまま、プティに挿れる。
 眠る少女のほっかり温かい体に、後ろからそっと寄り添って、ぷりんと張った尻の谷間の熱い肉に、ぬむぬむとひねるように入れていく。慣れない頃は粘膜同士がひきつれて入らなかった。しかし今ではだいぶ慣れてきた。
 指で穴を開き、目も覚めないうちに犯す。
 寝起き特有のぎちぎちに張った先端が、ぬぶぬぶと奥へ飲まれていく。頭の頂上あたりが白くしびれてきて、思考がすっかり消え果る。交尾欲だけの時間。腕を回して抱きしめる。
 薄い夜着だけに包まれた、肉付きかけの乳房をふにふにと持ち上げ、ぽってりと柔らかな腹に五指を沈ませる。濡れてひくつく肉の管を、薄皮が破れそうなほど張り詰めた性器でくちくちと小刻みにえぐる。
 処女を終えたプティの膣は、一晩ごとに柔らかくほぐれていくようだった。今では不自然な硬さは少しも見せない。トリーだと気づいた途端に、吸い付くようにうねって、物欲しげにねだる。
「ふぁ……トリ……ま♪」
 このころにはプティも起きている。若い子宮をじかにこねられているのだから当然だ。拒まないのも当然だが、だからといっていきなり淫らにねだったりもしない。トリーがどんな状態か、察するようになってきた。
 朝から激しい交わりなどしたいわけがない。男はただ、敏感に腫れてしまった性器を埋めたいだけなのだ。埋めて、夜の間にじくじくと溜まった粘液を吐き出したい。それがトリーの望みだ。トリーはうつらうつらと、そのようにしている。
 だからプティも、それに合わせている。汗ばみ始めた尻をほんのわずかに上げて、入れやすいように入り口をトリーに向けただけ。
 幸いにも、それは寝起きのプティ自身にとっても心地よい。ぼんやりと暖かくたゆたっているような目覚めに、気がつくと強い腕に抱かれ、熱く貫かれている。守られたことのないプティにとっては、夢の続きのようなできごとだ。
「んくっ……う、う、ふぅぅ……」
 ある程度動くと、トリーは射精する。撃つというより搾り出す感じで、びゅぷびゅぷびゅぷっ、と粘液を放つ。ろくに我慢もしていないから、たいした量ではない。
 奥に溜まった種は、斜め下の子宮にトロトロと流れこみ、じきにそこをとぷりと満たす。受け止めたプティは、あごを枕に埋めて達している。幸せそうに顔を火照らせ、舌を軽く出してふるふると震えている。
「ひん……ン♪」
 朝の光と鳥の鳴き声がうっすらと入りこむ小屋の中で、腰と尻を愛しそうにすり合わせた少年と少女が、何十度目かの種付けを愉しんでいる。
 長い深呼吸をくりかえしてから、二人は起き上がる。
 事が終わったら慎み深くするよう言いつけてあるので、プティはついたての向こうへ行って着替え始める。
「トリーさまぁ、今日もごめんなさい。夜まで家の手伝いで来られません」
「そう。大事にされてる?」
「はいぃ、ちゃんと授かってきたって言ったら、別人みたいに。もうほとんど殴られないですよぉ」
 椅子に腰掛けて、ついたての陰から爪先だけ伸ばしたプティが、例の野暮なカートルの長スカートを引き上げて、長い紗の白靴下をするすると履く。爪先を覆って隠し、膝の上まで届くそれが、太腿をぴちっと締めつける。妙になまめかしくて、トリーはどきりとする。
「靴下、買ったんだ」
「もらったんですぅ。ナオさんが履いとけって言うもんですから。その……どぉですか?」
 プティがちらりと顔を出す。かきあげたスカートの裾と靴下の間に、ミルク色の太腿が帯状にのぞいている。トリーはさりげなく顔を背ける。プティのくせに、足まで細く見える!
「夜にしなよ」
「それもそうですね。そうしまぁす」
 いったん履いた靴下を脱いできれいに丸めると、プティは立ち上がってきちきちと三つ編みを結い始めた。高く上げた肘だけがついたての上端からはみだして、めまぐるしく動くのが見えた。
「行ってきまぁす」
 彼女が明るく言って出て行くと、トリーは適当に着替えて、表の部屋に出た。テーブルの上に昨夜の食べ残しと、固焼きのパンがある。それで適当に朝食を取った。
 ふと、先ほどのことが気になった。
 あの長靴下は、どう見ても千嶺山脈あたりで産する絹だった。どうやって手に入れたのだろう?
 プティの衣装箱を開けてみる。まだぬくもりの残る布を取り出して頬に当てる。つやつやと滑る。確かに絹だ。
 それからトリーは、ほとんど同居しているとはいえ、女の子の私物を勝手に開けていることに気づいた。少しばかり妙な気になったが、無理に抑えて靴下を箱に戻し、蓋をした。
「……ナオさん、か」
 彼女にもらったと言っていた。もしかして、村から出る方法を知っているのではないだろうか。
 トリーは杖を持ち、ローブを羽織って小屋を出た。

 ピオニー亭の扉は、まだ開いていなかった。黒ずんだ帯金で止めてある分厚い樫の戸の前で少し迷ったが、トリーはそのまま行き過ぎた。村の南のこちらのほうは、まだ歩いたことがなかった。
 橋を渡り、川沿いに下る。南にも沼沢地を挟んで森があった。道はそこで尽き、川だけが暗い森の中へ続いている。北の巨峰ほどではないが、大きな岩峰が彼方に見えた。そこもまた峻険に人を阻んでいるのだろう。
 村から出られないというのは本当のようだ。――では、あの絹はどこから?
 北へ戻り、ピオニー亭の煙突を見上げる。まだ煙が上がっていなかったので、木橋のたもとの柳の木の陰に腰をおろし、足を伸ばした。
 ゆっくりと流れていく雲を眺めた。
 徐々に空気が温もり、二匹の蝶が通り過ぎた。いい午前だった。
 このまますべてを忘れて、休んでしまいたくなるような……。
 ……どこからか言い争うような声が聞こえた気がして、トリーは目を覚ました。いつの間にか、うとうととしてしまった。そよ風に巻かれた土ぼこりが口に入って、ざらざらする。そこらに吐き捨てて立ち上がった。
 声はピオニー亭の裏から聞こえた。川べりの石段にいったん下りてから、店の裏へ回った。
 角から顔を出すと、一組の男女が見えた。一人は女主人のナオ・アンゲルスンだ。庭木に渡したロープに、手際よく洗濯物を干している。
 もう一人は歳のいった白髪の男で、庭木にもたれている。わりと長身で、彫りの深い顔立ちをしている。若いころはけっこう男前だったのだろう。が、それもおそらく五十年は前のことだ。今では頬がたるみ、肩も痩せ、吊るしの干物のような姿になっている。
「ずいぶん多いね。何人分あるんだい」
「せいぜい七、八人分よ。たいしたことはありませんわ」
「手伝おうか」
「まあ、ありがとうございます。でも、けっこうですわ」
 聞くともなしに二人の話を耳にしながら、トリーは不思議に思った。さっき、ぼんやりしていたときは口論のように聞こえたが、二人の様子は和やかなものだ。
 しかし、しばらく聞いていると、それはやはり口論なのだとわかった。
「遠慮するなって。俺にもそれぐらいできるよ」
「ええ、本当にありがとうございます、メルクさん」
「な、貸せよ。……貸せってば。な」
「けっこうです、けっこうですから。見ててくだされば、あっ」
「いいからいいから。ほれ、こっちの高いところなんか、俺が」
 ナオがロープの端に近いところに、背伸びしてシャツをかけようとした。その後ろに、メルクと呼ばれた老人が立つ。覆いかぶさるように手を伸ばしてシャツを取り、ロープにかけた。
 それから、ナオを抱きしめた。
「あの、メルクさん」
「ん、大丈夫。少し」
「いえ、あのっ、ねっ」
「怖くないからな。これだけ、これ」
「だめです、メルクさん、だめっ!」
 メルクは自制心をなくしたようだ。ナオの豊かな体に腕を回し、体を密着させている。ナオはもがいているものの、押し離せないでいる。トリーの観察では、力がないのではなく、下手に強く押してメルクを転ばせでもしたらいけないと、遠慮しているようだ。
 奥ゆかしい人だ、とトリーは思う。すさんだ大都ではほとんど見たことがない。
 しかしメルクは心配されていることがまるでわからないらしく、かえって好都合だとばかりに顔を寄せている。
「なあ、ナオちゃん。いいこと、教えてやるから……」
 耳元でささやく声の生臭さを、自分が嗅がされたような気がして、トリーは不快になった。足を踏み出す。
「おやめなさい、見苦しい」
 さっとナオから離れた老人が、一瞬、ごまかし笑いのような表情を浮かべようとした。
「はは、ちょっとふざけただけだよ……ん?」
 ローブ姿のトリーに気付いて、目つきを険しくする。
「おまえ……新しく来た」
「ヴィトリアス・ガドリッジ。あなたに恨みはありませんが、ナオさんには三食のご恩があります」
 軽く目礼すると、ナオが驚いたように口元に手を当てて後に下がった。入れ替わるように、メルクが前に出てくる。
「ああ、おまえな……村長に何か言われて喜んでるようだが、間違ってもここが自分の村になっただなんて思わんことだな」
「どういうことですか」
「ここは俺の村なんだよ。――俺が、授けびとなんだ。おまえはまだ、いいんだ。どこかでおとなしくしているんだな」
 ゆっくりと上げた指で、自分の胸を突いた。トリーは顔をしかめる。
 先代の授けびとか……同じ男としてその気持ちはわかる。孫のような歳の若者が現れて、ちやほやされているのを見たら、心穏やかではいられないだろう。
 だが、同情こそすれ、ナオにしたようなことを許す気にはなれなかった。白い杖を揺らしながら、わざと冷ややかに言う。
「ちょっと遅かったですね。僕はもうお勤めを始めましたよ」
「なに!? てめえ、誰に手をつけた」
「粉屋のプティは本当にいい子ですね」
 そう言った途端、メルクの顔色が変わった。「あの子はいつか俺が……」とつぶやいたかと思うと、大またに近づいてトリーの胸倉をつかみ上げようとした。が、衰えた腕では軽くトリーを仰向かせるのが精一杯だった。
 トリーは杖を地に突き、ささやきかけようとした。
「ル・ザン・グルプ……」
 そのとき、視界の端にふと、ナオの顔が入った。彼女は何かに気付いたように、必死な表情で激しく首を横に振っていた。
 トリーは言葉を切り、別のひとことを老人にぶつけた。
「あんたが使い物になる男なら、こんなことにはならなかったよ」
 メルクが怒りで真っ赤になった。かと思う間もなく、トリーはやにわに引きずられた。
「生な口を利くんじゃねえ、この若造が!」
 罵声とともにトリーは川に叩き込まれた。

「はっくしゅっ!」
 暖炉の前で毛布にくるまったトリーは、派手なくしゃみをした。後ろで髪を拭いてくれていたナオが覗き込んだ。
「あらあら、大丈夫?」
「ええ、おかげさまで。ぃくしゃっ!」
「大丈夫じゃ、ないじゃない。待ってて、温かいものをあげる」
 ナオは足早に階下へ消えた。トリーは室内を見回す。ピオニー亭の二階、ナオの居間だ。激昂の冷めたメルクがそそくさと去ってから、ナオがトリーを救い上げてくれた。
 毛足の長い絨毯にたくさんのクッションが置かれている。厚いカーテンのかかった大きな窓は、さっきナオが閉めた。手縫いのぬいぐるみや、ままごと用の木皿も散らばっている。
 女一人、子供二人の住む、居心地のよさそうな部屋だ。
 ナオが湯気の立つマグを持ってあがってきた。トリーの横にふわりとスカートを膨らませてひざまずく。酒精の匂いとともに、未亡人らしい控えめな香水の香りが鼻に届いた。
「スモモ酒よ。お酒には当たらない?」
「ありがとう、好みです。すみません、お忙しい時間に。お店の支度があるでしょう」
「いいのよ、昼はありものを温めて出すだけだから」
「お子さんは?」
「ツェニーとチャイーは牧草地へ遊びにいったわ。帰るのはおやつの頃。もうちょっと大きくなったらクローマに勉強を見てもらうつもり。さ、冷めないうちに……っていうより、熱すぎるかしら」
 差し出していたマグをいったん引っこめて、ふ、ふ、とナオは吹いた。
 きれいに結い上げた緋の髪のほつれ毛が、一筋二筋、額にかかっている。睫毛は長く、鼻はすらりと形がよく、肌はみずみずしく潤って見えた。三十路に入ったとはいっても、しわが出るのは数年か、もっと先かもしれない。長く美しい首筋にも、肉のえぐれた様子はない。
 突き出された唇はぽってりと厚く、濡らした紅玉のように透けそうだった。
 はい、とマグを差し出す。
「冷めたと思うけど……あ、ごめんなさい、嫌だった?」
 そうやってあわてた顔をすると、心なしか少女のようにさえ見えた。トリーは微笑んで、マグを受け取った。
「ぜんぜん。嬉しいです」
「よかった……」
 温かい笑顔の前で、トリーはよく味わって酒を飲んだ。甘く甘く、わずかに快い酸味のある熱が、胸郭の中にじんわりと広がった。
 しかしそのすぐあとに、また震えが来て、トリーは三度ほど立て続けにくしゃみをしてしまった。ナオが表情を曇らせる。
「やっぱり濡れた服を着たままじゃだめよ。干してあげるから、脱いで」
「いえ、それぐらいなら小屋へ戻るので……」
「だめよ、歩いている間に風邪を引くわ、ぜったい。遠慮しなくていいから……裏で見たでしょう? いつも近所のお年寄りのを洗ってあげているのよ」
「だから余計に負担を増やしたくないんです」
「まあ……ありがと。でも、気にしなくていいから、ね?」
 いっそう優しげな顔で微笑まれたので、トリーも断りきれなくなった。じゃあ……と毛布の下で体をもぞつかせる。
「はい、これを……」
「上だけ? 下もよ」
「はあ……」
 ローブとチュニック、ズボンに続いて、下着も脱いだ。この人にとっては、自分も子供同然なんだろうな、と思いつつ、それを差し出すときにはつい赤面した。
「はい……すみません、お願いします」
「いい子ね」
 にっこりと笑ってかごに入れると、ナオはクロゼットを開けて替えを選び始めた。
「夫のでいいわよね。ぶかぶかだと思うけど、しばらくのことだし」
「いいんですか? 大事なものじゃ」
「いいのよ、あの人だって役に立って喜ぶわ。それに、もともと私が縫ったものよ」
「どうも、何から何まで……」
「あなたこそ、大事なお授けさまなんだから、体を大切にしなくちゃ」
 ナオは衣服を持ってきて手渡した。トリーが受け取りながら目を伏せると、そっと顔を寄せてきた。
「プティに、してあげたんですって?」
「はい……すみません」
「どうして謝るの? 何も悪いことじゃないわ。私、昨日あの子を見かけたわよ。見違えるように楽しそうだった。あなたはとてもいい授けびとみたいね。その調子で」
「あの、すみません、おかみさ……ナオさん」
「ん?」
「勘弁してください、あなたに言われると、その……意識しちゃって」
 ちらりと目を上げると、ナオは驚いたようだった。すぐにくすくすと笑って、トリーの肩をトンと突いた。
「こら、若いのにおべっかなんか使わないの」
「言いませんよ、そんなこと」
「他の女の子に言うのね」
 濡れ物の入ったかごを小脇に抱えると、しばらくお店の支度をしてくるから、とナオは降りていった。
「ふう……」
 高鳴った胸を押さえて、トリーは呼吸を整える。だいぶ緊張してしまった。
 借りた着替えを身につけながら、漠然と考えた。授けびとはどこまで許されるのだろう。すでに他の男の子を産んだ女にも、種をつけていいのだろうか。
 仮にいいとしても、ナオにその気はなさそうだが。笑って受け流されるのがオチだろう。
 トリーはしばらく、メルク老人がナオを抱きしめたときに見えた、彼女のなまめかしい体の輪郭を思い起こしていた。そして、またため息をついた。
 ふと、手洗いに行きたくなった。体も乾いている。用を足しがてら辞去しようと、立ち上がった。
 急な階段をそっと下りると、ピオニー亭の調理場だった。かまどにかかった銅鍋がクツクツと音を立てているが、人気はない。カウンターから店内を覗くと、まだ表の扉も開けていなかった。納屋に食材でも取りに行っているのだろう。
 手洗いの位置は大体見当がつく。調理場から裏へ回ろうとした。
 手洗いの前の狭い土間で、ナオが下着を嗅いでいた。
 ――!?
 踏み下ろす寸前だった足を、あわてて戻した。気配をうかがう。
 が、気付かれた様子はなかった。小刻みで早い息の音だけが聞こえている。トリーはもともと足音を抑える習慣がある。床の作りがしっかりしていることも幸いした。
 もう一度、そっと覗くと、そこにいるのは確かにナオだったし、その手に握られているのも確かにトリーの下着だった。
 頭の中身をつかまれて引きずりおろされたような、ずぅんという衝撃があって、それが過ぎると、代わりに興奮が襲ってきた。
「トリ……トリー……」
 ナオは椅子に浅く腰かけて、片膝をきつく抱きしめ、そこに胸を預けている。手にした下着をくしゅ、くしゅ、と何度も握り替え、何かを探るように鼻先をこすりつけている。ふ、ふ、ふ、ふ、と鼻息の音をひっきりなしに漏らしている。美しい紫の瞳はトロリと濁ってなかば閉じられ、目の前のものをまったく見ていないとわかる。
「ふぁ、これ、ここ……」
 何かを見つけたらしく、形のいい鼻先を強く強く下着に押しこんだ。すふー、と肩が動くほど深く匂いを吸い込んだかと思うと、ぶるるっと大きく身を震わせる。
「ここに……あの子のぉ、おちんちん……♪」
 我慢できなくなったように、もどかしげな仕草で、ナオは立てた膝の根元までスカートの裾をかき上げた。ほの暗い土間にやんわりした白いものが浮かび上がる。成熟した女のたっぷり肉がついた太腿だ。空いているほうの手を、その付け根に潜り込ませた。テーブルに伏せたカードをつまむような指使いで、奥に隠れたものをなぞり始める。
「トリー、トリー、トリーぃ……」
 押し殺した甘い声。飢えたような嗅ぎ方。みるみる激しくなる自慰の指使い。
 そのうちに目を閉じて唇を押し付け、ちゅくちゅくと味まで貪り始めた。発情した女の熱い香気が匂い立って、狭い土間を満たしてしまいそうな光景だ。
 トリーは金縛りにかかったようにそれを隠れて見つめていた。もちろん、股間はぎちぎちにきばりきってしまっている。
 ――あの人が、こんなことを……。
「あ、と、とりぃ、とっ♪」
 下着に顔を突っ込みながら、ぐ・ぐぅっとナオは背筋を丸めた。股間に深く入った白い指だけが、すごい速さでちゅくちゅくと動いている。
「くぅ……ッ♪」
 伸ばしたほうの足の爪先を、かぎ爪のようにくくっと曲げて、ナオは動きを止める。曲げた足の爪先から、コトンとサンダルが落ちた。
 声をかけたら彼女はどれほどうろたえるだろう。泣き出してしまうかもしれない、怒るかもしれない。そんなところを目にする勇気は、トリーにはなかった。
 だから可能な限り足音を殺して引き返し、二階に戻った。そして昂ぶったままの体で、どうしようもないまま、待った。
 やがてどれほどたった頃か、階段を鳴らしてナオがあがってきた。はればれとして屈託のない笑顔だ。トリーが悶々とした思いを押し隠していることなど知らずに、そばへ来て「もう髪は乾いた?」などと言う。
「ええ、大体」
「そう。じゃ、これからお店開けるから、好きなときに出て行ってね。なんだったらお昼も食べていって」
「服は?」
「明日返してあげるわ。取りに来てね」
 その何事もなかったような顔は、つまり何事にもしたくないという意味なのだろう。彼女は自分の隠れた性癖を、知られたくないと思っているのだ。
 トリーには、それをあえて暴いてしまうことできなかった。短く礼を言って帰ってくるのが精一杯だった。

 それと意識してしまうと、急にナオの人柄が見えてくるようだった。
 翌日、トリーがピオニー亭を尋ねると、前日干しておいた衣服を返されたが、よく見ると下着だけは手縫いで作られた別のものだった。
「これ、僕のですか?」
「き、気付いた? ごめんなさい、お洗濯のときうっかり破いちゃったから、代わりのを作ったの」
 いかにもあらかじめ考えておいた言いわけを口にするような、ぎこちない口調でナオは言った。服を破いたことを黙って隠しているなど、彼女にはふさわしくないのだが、その不自然さにも気付いていないようだ。
 ピオニー亭に何時間か滞在してみると、カウンターの彼女は、実に忙しく動いていた。注文取りから調理と給仕まで一人でやっているうえ、夕方には子供たちの世話もしている。老人たちのテーブルで引き止められて話すこともよくある。しばしば近所の家から仕出しを頼まれる。一人暮らしの年寄りの洗濯物も持ち込まれる。
 それに加えて、トリーの食事も作っている。
 八時過ぎなどの遅い時間に行くと、ナオがカウンターの隅の椅子に腰掛けて、少し猫背でぼんやりとマグカップを抱えていることが、たびたびあった。その疲れた顔が、自分を見るとぱっと輝くのを見るのは、トリーにとってなんとも複雑な気分だった。彼女の仕事を増やしてしまっているのに、そんな顔をされるのは申し訳ない。
 どうやら彼女は、女将然とした外見に反して、全然さばけていないし、たくましくもないらしいことが、トリーにはわかってきた。ただ少しばかり手際がよくて、底抜けに善良なので、頼まれたことを断れず、片っぱしから引き受けてしまうだけなのだ。だから、人には言えない疲れを内々に溜めている。
 そのために、あんな屈折した性癖を持つようになったのだろう。
 トリーは最初こそ驚いたものの、次第に、そんなナオを許してやりたい、認めてやりたいと思うようになった。
 その日が来るまでには、けっこうかかった。――クリスタの湯に通い、プティとともに寝る毎日がしばらく続いた。その間にトリーはピオニー亭に通う時間を増やし、夕食や、時にはナオ親子と四人での朝食にも招かれるまでになった。
 ある晩、例によってプティが家の手伝いで小屋を空けた。
 普段はつけておく小屋のランプを消し、トリーはピオニー亭に向かった。

「いらっしゃい、トリー」
 閉店前のピオニー亭には、いつもの通りひといきれと脂臭い煙が立ち込めていた。バスケットを差し出すナオに、トリーは手を振った。
「今日はここでいただきます」
「そう? じゃあ座って、スープもつけてあげる」
 むしろうきうきと鍋に向かうナオの背を、トリーは胸のざわつきを抑えて見守った。
 食べ始めたのは、客の中でもいちばん遅かった。そのせいで、常連の老人たちが出て行くのを背中で見送ることになった。その中に例のメルクがいて、刺すような視線を向けていったが、その程度のことではなんとも思わなかった。
 他の客がすべて出て行くと、ナオが店内を回ってランプを消し、窓を薄く開けて空気を入れ替えた。カウンターのトリーのそばにはランプがひとつだけ置かれた。ナオは流しに水を汲んで、少し離れたところでトリーが食べているのを見ながら、皿を洗い始めた。
「今日は遅くなっていいの?」
「プティはいません。明日の朝から家の手伝いだそうです。お子さんたちは?」
「さっき、少し手が空いたから寝かせたわ」
 手を止めたナオが二階に聞き耳を立てて、大丈夫、よく寝てると笑った。
 デザートのイチゴの砂糖漬けにスプーンに入れながら、トリーはランプの黄色い光に照らされたナオの顔を見ていた。紅い唇が艶やかに光る。たくさんの人と話す一日が終わったせいか、安らいだ優しそうな顔で皿を洗っている。
 それとも、自分といるからだと思っていいのだろうか。
「ナオさん」
「なあに」
「この間は、ごめん。メルクさんを怒らせてしまって。嫌がらせなんか、されなかった?」
「大丈夫よ、気をつけているから。それよりあなたこそ、あの時よく我慢してくれたわ」
「なにを?」
「なにかを。何かしようとしていたでしょ?」
「別に……」
「そうかしら、そう見えただけかな。でも……」
 持ち上げて汚れを調べていた皿をカチャリと置いて、ナオはすみれ色の瞳を柔らかに細めた。
「こんなこというとメルクさんに悪いけど……嬉しかったわ。怒ってくれて」
 どきり、とトリーは強い鼓動を覚えた。踏ん切りがついた。
「ごちそうさま」
 立ち上がり、皿を持って歩きながら尋ねた。
「ナオさんは、もう結婚はしないの」
「なあに、いきなり」
「子供、一人増えたら大変かな、と思って」
 カウンターの横から調理場に入り、ナオのそばに立った。流しの水に皿を滑り落とす。
「そうね、大変は大変ね」
「産むのはいや? つらかった?」
「それはね、当然よ。とても痛かったわ。でも、好きな人の赤ちゃんならね」
 トリーの皿をつかんで、ナオはキュッと布巾で拭く。斜め後ろから体を寄せて、ナオの柔らかい肩に、トリーは頬を当てた。
「僕、プティが小屋に来ていなかったら、別の人を選んでいたと思う」
「そうなの?」
 少しだけ大きな、大人の女の体が、ゆっくりともたれかかるトリーの体を逃げずに支えてくれている。すりすり、と頬をこすりつけてみても、拒まない。腰に手を回しても、口調が変わらなかった。
「もったいないわ。プティはいい子よ」
「うん、でもね、ナオさん」
「あなたが思ってるような女じゃないわよ」
 私はね、とナオは振り向いて微笑んだ。
 トリーはその両肩に手を置いて、見つめた。
「手を拭いて」
「なあに?」
「お願い、ナオさん」
「なんなの」
 やや戸惑いがちに、しかし穏やかにナオはエプロンで水気を拭う。その肩を、トリーは押し下げた。下へ、下へと力をこめた。ナオが腰をかがめながら、見上げる。
「なあに? トリー」
「あのね、ナオさん」
 それが正しいやり方だと信じてはいたが、あまり極端なので自分でも現実感のないまま、トリーは遠慮がちな小声で言っていた。
「これ、ナオさんにあげたい」
 ズボンを床に落として下着を下げ、反り返った性器を、しゃがんだナオの顔に突きつけた。
 ナオが硬直した。鼻先で脈打つ少年の性器を、まばたきもせず見つめる。それは弓形にすらりと勃起し、へそに届くほど育って、真っ赤に充血した亀頭をつやつやに膨らませている。裏側には汁を通す管がくっきりと浮き上がり、その周りを赤青の血管が巡っている。ナオの顔から、見る間に血の気が引いていく。驚愕と、多分、強すぎる自制のために。
 トリーはその髪に手をやって、ピンを引き抜いた。さわ、と緋色のあでやかな髪が背中に流れた。
 それから待った。やや長すぎるほどの時間を経て、ナオが言った。
「ト……トリー、なんの、真似なの」
 おそろしくかすれて上ずった声だった。そこだけ聞けば、激怒に声も出ないでいると思ったかもしれない。
 だがトリーは、ナオの状態がわかっていた。怒りではない。渇きで声が涸れてしまったのだ。
 意識もかすむほどの飢えが、この年上の美しい女の中で荒れ狂っているはず。
「これを、ナオさんが欲しいと思って」
 腰を突き出し、そっと顔面に押し付けた。真上を向いて硬直している肉の幹を、鼻筋の横に添え、するり、するりとこすりつけた。
 垂れた袋に半開きの唇が当たった。唇は震えていた。少し腰を下げ、幹を唇にこすらせる。息が当たらない。呼吸を止めているのだ。トリーはかがんで、ささやきかけた。
「我慢しないで、嗅いで。ナオさん」
「お願い。やめ」て、と言いかけたナオの頭を両手で押さえて、整った顔の真ん中に、性器の根元に近いコリコリにしこったところを、たっぷりとこすりつけた。
 ぐりぐりぐり、ごりりぃ……
「ナオさん」
 トリーは手を離した。
 顔が退いていかなかった。ぴったりとトリーの性器に張り付いて、す、す、と小さく鼻息を漏らしていた。すみれ色の瞳が欲情でどろりと溶けていた。亀頭で唇の上をすりすりとなぞると、熱い舌をねっとりと突き出してきた。その口が最後に小さくささやいた。
「やめてって、言ったのに」
 トリーの尻に両手を回して、優しく清楚な未亡人が、トリーの性器にむしゃぶりついてきた。
「んぁむむぅぅ、んっ、んぷ、んむ、んむ、んむるるるぅ……くふ、くむ、んっ、んむ、んんぅんぅんぅるるる、んぶ、くぷっ、ぐぶ、ぐぷ、くふ、んふぷぶるぅ、んむぅむ、んむ♪ くぷふ……ぷぁっ。んちゅっ、ちゅく、ちゅふ、ちぷちゅぷふ、ちゅるちゅる、ちゅぷふぁぁあ♪」
 一息に飲みこみ、裏筋を舌で包みこんで揉みまわすようにねぶり、唾液で雄くさい塩からい味を溶かしだし、唾液ごと息を吸って飲みほした。少し戻り、丸い亀頭を厚い唇で丹念に包み、舌先だけ裏に入れて縫い目とくびれをすみずみまで舐め清めた。頬をすぼめてきつく吸いながら、頭を前後に動かして、幹の中ほどまで素早く何度も吸い込み、滑り出し、吸い込み、滑り出し、可愛らしく鼻を鳴らして息をしながら、もう一度喉の奥まで呑みくわえ、根元まで唇を届かせて、最も心地いい管の根元を歯で切るように擦りながら、全体をキュッと口内で締めつけた。そのままじんわりとしばらく温めて、硬さを楽しみ、ぬらつきを教えてから、吸引しつつ引き抜き、ポンと音を立てそうな勢いで口を離した。すぐに亀頭の切れ込みにキスし、切れ込みの中に舌を刺し、敏感な尿道の端を徹底的にくすぐり抜いてから、滑らかな舌先を細かく震わせて亀頭全体を刺激し尽くし、最後に娼婦のようにはしたない性技を見せてしまった淫猥な顔を、大きく口を開いて相手にまざまざと見せた。
 ぐびゅぅうぅぅぅっ! びゅるびゅるびゅぷびゅぶぷぅ、びゅっびゅくんんっ!
「おあぁぁ……ぁぁっ♪」
 トリーは、予想をはるかに超える快感に、股間から脳髄まで一気に焼かれて、我慢しきれずに射精し狂った。最初の長い紐のような液弾を、放尿のようにナオの喉へと放ち、あとの次々に湧き出す液塊は、滑らかな鼻と紅い唇と白い頬と憂いを帯びた睫毛に、幹を上下左右に揺らしながらめちゃくちゃにぶちまけた。
「はぁぁぁあ……!」
 美貌を白汁でてろてろに汚されると、ナオの潤みきった瞳に、歓喜の光があふれた。指で拭い、舐め、指で拭って、舐め、感極まったように射精後の性器に顔を押し付け、ぬちゃぬちゃと音を立てて頬ずりする。
「トリー、うれしぃっ……!」
「ナ、ナオさん……?」
「もう死ぬまで飲めないと思っていたのに……♪」
 ねろねろに潤滑された頬を、左右代わる代わる性器に押し付けて、二度目の勃起を促しながら、ナオが陶然とした顔で訴える。
「してね? トリー。五年も忘れてたのに、あなたが火をつけたのよ。死ぬまでしてくれないと、許さない。今夜ひと晩で種付けるのよ。ううん、まっしろにしてくれるまで帰さないから、覚悟してね?」
 あの日、人目を避けて自慰していた時よりも、何倍も濃厚な発情の香りを、ナオはゆらゆらと立ち昇らせているように見える。そのねっとりと甘い女の香りに、たちまちトリーは下半身の疼きを取り戻し、ごくりと唾を飲む。
「……泣いても知らないよ、ナオさん」
「まあぁ……」
 嬉しそうに期待のため息を漏らして、這い上がるようにトリーの体を登ってきたナオが、豊満な体を押し付けてとっぷりと口付けした。

 わずかな幕間があった。ナオが支度したいと言ったのだ。彼女は三階の寝室に消えた。トリーは二階の絨毯の上で眠り込んでいた幼い姉妹に、きちんと毛布をかけてやった。好きになったナオの娘だから大事にしてやりたいし――真っ最中に起きてこられても困る。
 少し待って階段の手すりを叩くと、いいわよと小声で返事があった。
 寝室に入ったトリーは、息を呑んだ。
「どう……あなたの好みに合う?」
 ベッドの上に料理屋の女将はいなかった。いたのは紗に包まれたあでやかな女神。
 無粋なカートルを脱ぎ捨て、透けるような薄布一枚を身に着けて、ナオはなめらかな肌をこれみよがしにさらしていた。二十代を通じて少しずつ身につけた脂が、二の腕、腰まわり、太腿にたっぷりと乗っている。豊満でありながら、その輪郭は何かの奇跡のように美しく保たれている。
 乳房の量感はどこよりも目を奪う。薄布の下にありながら、布が引きつれるほど大きく張り詰め、二人の子を育てた母性をたっぷりたたえて、上下に息づいている。深い赤の乳首は吸ってほしいとばかりにツンと固くしこり立っている。
 薄布は早い話がただの二枚の紗で、胸と背中を覆っているだけ。両脇を紐で留めているだけで、そこも肌が剥き出しだ。腰骨には下着の紐がかかっていない。何も履いていないと一目でわかる。布は股間のすぐ下までかろうじて覆っている。しかし下腹もはっきりと見える。ナオは股間に影がない。どっしりした左右の太腿の奥に、恥丘の上品な赤みだけがほんのりと透けている。剃ってあるのだ。
 腹はへその上で細くくびれている。だが二度も子を宿した下腹はふっくらと肉を持っている。腰は広く、後ろに回ればどこよりも肉のついた尻が見られそうだ。その辺りはこれ以上ないほど妊娠に適しているように見える。男が刺し貫いて種付けるのを、そのやわらかな輪郭全体が待ち焦がれているようだ。
 見る者の理性を一瞬で溶かすような、そんな艶麗な肢体に、ナオは控えめだがきらびやかな装飾をそこかしこに仕込んでいた。
 二の腕と太腿を赤いリボンがひと巻きして、キュッと引き締め、肉付きを引き立てている。しっかりした足首を、金のアンクが細く際立たせている。首筋には、何かに服従していることを表すような幅広のリボン。そして緋色の髪をはじめとする体のあちこちに、エナメル細工の牡丹(ピオニー)を輝かせていた。
 目元には一抹の妖しさを添える陰、唇は見ただけで奪いたくなるような深い紅玉色。――発情した自分の淫らさを知り尽くしているとしか思えない。事実、そうなのだろう。
 ごくりと息を飲むトリーを手招きしながら、それだけは前と変わらぬ優しい微笑を浮かべて、ナオはささやいた。
「あの人に下の二人を仕込んでもらった時の、晴れ着よ」
「旦那さんは……僕と、とてもよく似ていたのかもしれない」
 トリーも痛いほどそそられている。黙ったまま服を脱ぎ捨てて、勃起をさらしながらベッドに上がった。ナオが薫り高い息を吐いて、両手をさし延べ、股を淫らに開いた。
「あなたのほうが可愛い。私、そそられて狂いそう」
 ナオの瞳が熾火(おきび)のようにちらちらと輝いている。ランプを映しているだけだが、欲情の炎に見えてしかたがない。食い入るようにトリーを見つめて乳を震わせ、爪先をもぞつかせている。少年の顔が少し悔しげだ。ナオは訊く。
「妬いて、くれてる?」
「……もちろん。ここはもう、男を呑んだ後なんだ」
 ひざまずいたトリーが、開かれたナオの下腹や太腿を、薄布の上から揉む。むにぃ……ゆさり……とはちきれんばかりの肉が形を変える。犬のあごを撫でるような手つきで、布ごと股肉を持ち上げる。ふっくりした濃い赤の唇は、さすさすとなぞり上げると、簡単に蜜をこぼした。
 じわぁぁ……と中心から愛液がにじんでくる。はー、はー、と荒くなる息をトリーは抑えられない。股間に二度目の血がじくじくと十分送り込まれ、真っ赤に充血して、ひくん、ひくんといななく。
 それを見つめるナオも興奮に我を忘れている。乳房をかき抱き、ゆるんだ口の端から自分でも気づかないうちに唾液をこぼし、ぎらぎらと病的なほど目を光らせて少年の股間を見つめている。自分でも意識していないうわごとが口から漏れる。
「トリィが、トリィが勃ってる、私にっ、あんなにガチガチっ、おちんちん、入れたがってるっ」
「いい? ――ナオさん」
 くきゅ、と粘液の泉のような中心に指を押しこんだ。
 こくこくこく、とバネじかけのような勢いでナオがうなずいた。薄布の裾をもちあげ、てろてろてろと蜜の糸を引きながら、肉唇から剥がし取る。
 現れた谷間に、トリーが腰を近づける。
「刺し、て」
 ぬぶぅぅぅぅう、と反った幹がえぐり、溶けた肉が呑んだ。
「おぁ……ぁ、あ♪」
 美しい顔をゆがめてナオがのけ反る。筋でも違えたように、ビクッ、ビククッ、と膣内が攣(つ)っている。少年の肘をがっしりとつかんで、片言で喜びを伝えようとする。
「か……かたっ、硬ひっ……♪ わたっ、くずれっ、そ……ぉ♪」
 ゆるんで形を失いかけている自分が、削り取られて、焼かれてしまうほど硬い――完全に期待通りの若さを感じて、ナオは言葉を忘れるほど震える。
 逆にトリーは、眉を強くひそめて、息を殺して耐えていた。入れた途端、ナオの肉はぴっとりと貼りつきながら、うねった。
 ぬちぃっ……と。ゆるいのでも、固いのでもなかった。どこよりも温かく柔らかいくせに、しつこいほどトリーの表面に食いついてくるのだ。突けば、すぼむように。引けば、吸い付くように。どう刺しても、どうひねっても、どうえぐっても、隙間というものができない。快感が薄れない、休めない。ぬぷねぷぐぷと際限なく肉がまとわりつく。
 そのせいでナオ自身、削られるような快感を覚えているのだろう。
 食いつかれているトリーも、その粘液的な快感に、一瞬で放ってしまってもおかしくなかった。出さなかったのは、ついさっきあきれるほど出したばかりだからだ。それでも、性器の根元の腺が、どくどくとすごい勢いで満たされつつあるのがわかった。体が本能的に、孕ませるチャンスだと気付いている。
 さっきのように、わけがわからないうちに射精してしまうのは耐えられなかった。自分で、目一杯その気を高めてから放ちたい。出すと言い聞かせてやりたい。
「ナオっ、ナオさん! 出す、注ぐよっ!」
「ふわ、ふひぁんんっ」
 もう片言も考えたくないらしい。ナオは痴呆のような悦楽の表情で、はくはくと口を開閉させながら、かろうじてうなずく。
 その豊かな甘い体を搾り上げるように力いっぱい抱きしめて、射精前のあがきのつもりで、トリーは猛烈な勢いで性器を突きえぐった。
「ナオさん、ナオさん、ナオさん、ナオさん、ナオさんっ!」
「ふきゃっ、んわ、ふぁ、くは、くぉんっ♪」
 溶け切った肉の入口が、突くたびにぢゅぷぢゅぷと音を立てて、白濁した濃厚な蜜を飛び散らせる。もはやトリーの亀頭の形にぴったりと張り付いてしまったような膣奥で、プティにもあった、牝のあの硬いものが驚くほどはっきりと迫ってくる。コリコリとした入口の感触までわかる。ナオがどれほど本気かわかる。
 最後に、ふっくらした乳房が潰れるほど抱きしめながら、トリーは叫んでいた。
「呑んでね? これっ!」
 言葉と同時に、奥底へ痛いほどこすりつける。完璧に伝わった。さっと腕を伸ばして抱きつき、足をからめたナオが、声にならないかすれたささやきを漏らした。
「……のむ♪」
 びゅぅぅぅぅっ! びゅくるぅぅぅっ! びゅっ、びゅくっ、びぅぅぅっ!
 少年の全身の力をこめた射精が、すっかりほぐれきった未亡人の子宮口から、最奥へと噴水のように叩きつけられた。二人は反射的に頬をすりつけあう。言葉がなくても、体の底で互いの思いが伝わっていた。植えつけたい、つけられたい、という願いが。
 ただの欲望に突き動かされた交わりとは、そこが違った。絶頂の震えに襲われ、やがてそれが静まってからも、トリーは離れなかった。射精後の、どっと汗のふき出した体で、はぁはぁと荒い息をつきつつ、余韻にしびれているナオに顔を寄せて、ささやくように訊く。
「ナオさん……ナオさん」
「ああ……とぃ……ぃ」
「やけちゃった? まっしろになった?」
「ふぁぁ……」
 幸せそうに、ナオがうなずいた。
 それを見届けてからトリーは、ぐ、と腕に力を入れて体を起こし、半分腰が抜けているような下半身を、ぐん! と突き出した。
 だぷだぷの粘液の穴と化しているナオの秘所に、ずちゅん! とトリーの杭が埋まる。
「はひっ!?」
「言ったでしょ……泣かせるって」
「あ……あ……め、やめ」
「だめ」
 ずちゅん! ずちゅん! ずちずち、ぬむぬむ、ぐいぃぃ……と、三度勃起し始めた性器で、続けざまにトリーはえぐった。ナオが口をぱくぱくさせて肩を震わせる。信じられない、というように、弱々しく抵抗のそぶりさえ見せる。
「双子だったら、ごめんね。――三つ子かも?」
 もう一度がっしりとナオを抱きしめ、捕らえた獲物をいたぶるように――本当は、自分も死ぬ気で力を振り絞って――トリーは、美しい年上の女がぴくりとも動かなくなるまで、犯してやった。

 トリーがナオの元に通い始めてからしばらくして、村人たちの態度が変わった。
 メルクを含む、ごく一部の男の老人たちは、トリーを見かけると露骨に顔をしかめたり、逆に目をそむけるようになった。これはわかる。
 意外なのは、女たちの見る目が好意的になったことだ。牛小屋のそばを歩いていると、そこの乳搾りの女に、搾ったばかりの温かい泡の浮いているような牛乳を、持っていってと押し付けられた。食事時の家の前を通ったら、太った婦人と陽気な娘の母子に、お上がりなさいよと声をかけられたこともあった。その辺までは、単に人情に厚いのだろうと思えたが、村の北西に住む若い指物師の夫婦に(これはあとで兄妹だとわかった)、どう見ても誰かの誕生日にでもあげるのがふさわしい、銀の刺繍の手袋を贈られたときには、意味がわからず困惑した。
 経緯がわかったのは、ある日、村の市の前を通りかかったときだ。広場の北に柱と屋根だけの簡単な集会場のようなところがあって、村人が余った産物を交換しあっているのだが、トリーが通ったときは、奥のほうにナオと数人の女たちが集まって、周りの様子も目に入らないほど熱中した感じで、ひそひそとしゃべっていた。
「乱暴にしない? 冷たそうだけど、大丈夫?」
「ううん、とってもいい子よ。優しくて、正義感があるわ」
「あたしは、おとなしいひ弱な子なのかなって思ってた」
「たくましくはないわよ。でも、すごく頑張ってくれるの」
 なんとなく、勘で会話の内容を察してしまい、見つかる前にそこを離れた。
 狭い村だから、すぐ全体に話が広まると思っていた。事実そうなったが、それにしてもクリスタの耳にまで入っているとは意外だった。ある雨の夜、トリーが清堂を訪れると、迎えてくれた黒衣の娘が、いつにも増して冷ややかな目つきで言った。
「アンゲルスンの奥さんと契ったそうね」
「聞いたの?」
「ヒーゼ村長の若奥さんからね」
 若奥さんというのは、例の村長宅を取り仕切っている四十代の婦人のことで、上に大奥さんと呼ばれる村長夫人がいるために、そう呼ばれているに過ぎない。彼女は村でも有数の金棒引きだ。
 トリーの服を甲斐甲斐しく脱がせながら、口調ばかりは冷たく、銀髪の娘が言う。
「年増好みだとは思わなかったわ」
「ナオさんを年増なんて呼ばないでよ」
「まあね、いい人だわ。彼女は」
 いつものようにトリーを裸にすると、まだ男の筋肉がつき始めたばかりの若い肩に手を触れて、クリスタはつぶやいた。
「だから気になるのよ。――皆に好かれている彼女があなたのことを認めれば、今まで様子を見ていた女たちも近づいてくる」
「みんな、様子を見ていたんだ?」
「うっかり気を許して、タチの悪い男に種付けされるのはいやだと思ってるわ。当然でしょ」
「プティならいいんだ」
 村人は彼女を人身御供にして、自分が何者か試そうとしたのか。トリーが不愉快げなつぶやきを漏らすと、クリスタが珍しく気色ばんだ顔で否定した。
「私は止めたわ。あんな、何もわかっていない子をあなたにあてがうべきじゃないって」
 トリーは思わず、彼女の銀青の瞳をまじまじと見た。
「前にも思ったけど……クリスタって優しいね」
 面食らったように目を見張ってから、そっけなく清め手の乙女は顔を逸らした。
「嬉しくないわよ」
 そう言うと、トリーの体を清めるべく、先にたって段泉へと向かった。
 プティもまた、いつの間にか村の噂を耳にしていたが、彼女の反応はクリスタとはまた少し異なった。
 牧童小屋でのある夜、ベッドに横たわってトリーの種付けをたっぷりと受けた後、大きく開いていた股を恥ずかしげにぱたりと閉じて、プティはささやいた。
「今日も、ありがとございましたぁ」
 腹に手のひらを挟んだまま、体をきゅっと丸めて、幸せそうに少女は言う。ありがとうってのも変だろ、とトリーが言うと、プティは首を振って薄目を開ける。
「あたし、こんな気持ちいいこと、今まで全然知らなかったですからぁ……すごくうれしいです。そのうえ赤ちゃんできるかもしれなくて、叔父さんも叔母さんも優しくなってくれたですから、トリーさまには、いっくらお礼を言っても足りないですよぉ」
「そう」
 どさっとベッドに身を投げ出して、眠気をこらえながら、トリーは何の気なしに訊く。
「じゃ、もう一回しようか」
「いいんですか?」
「プティはどうなの」
「あたしはぁ……」
 してほしいです、と言うだろうと思っていたが、そうではなかった。トリーが顔を横に向けると、プティはなぜか遠慮がちな笑みを浮かべて、顔を背けた。
「……も、もういいです。トリーさま、お疲れだろうし」
「どうしたの。遠慮?」
「いえっ、別に」
「あれ、ほんとに遠慮? どうしたの、プティ」
「やっ、いいです別に、あたしはこれだけで、あのっ」
 不器用にごまかそうとするプティを押さえて、顔を覗きこむと、おびえた上目遣いで、つぶやいた。
「ナオさんに、してあげてるでしょ……?」
「まあ、ね」
 それを責める気か、とトリーは思ったが、プティが口にしたのはそんなことではなかった。ますます肩を縮めた彼女が、消え入りそうな声で言った。
「だから、おねだりするの、がまんしときますぅ……」
「……なんで、そうつながるの」
「だって、男の人がそういうことするのは、すごく疲れると思うんです。いっしょうけんめい動いて、いっしょうけんめい出してくれるから。それで、ナオさんにしてきたばっかりのトリーさまに、そゆのお願いすると、困るだろうって思ったです……」
「なんだ、そういうこと。僕はまた、嫌われたのかと思った」
「そっそんなことはないです!」
 あわてて体を起こしたプティが真剣に言った。
「そんな偉そうなこと、とてもあたしには言えませんっ。トリーさまを嫌うなんて、そんな。あたしは中でどくどくされるの、ほんとに好きです。トリーさまさえいいなら、あたしはいつでもいいですからっ、そのほんとに、遠慮なく使ってください。お気づかいとか、いりませんからっ」
 そんなに卑屈になるなと言っても、この子は多分わからないだろう。ずっとこうだったから、これしか頼み方を知らないのだ。そう思って、トリーはプティの肩を抱き寄せて、犬にするように頭を撫でてやった。
「そうだね、これからもできるだけ抱いてあげるよ」
「は、はぁい……♪」
 ナオと関係を持ったことは、トリーにとってさまざまな意味でいいほうに働いたようだった。
 とはいえ、それが本当の幸運だったとわかるのは、もっと後のことになる。

 気温がぐっと上がる本格的な夏の前、村の南西の湿地を踏査していたトリーは、不意の大雨にさらされて風邪を引いてしまった。あいにく冬小麦の収穫が始まって、プティは小屋に来られないほど多忙で、看病する余裕がなかった。代わりにナオの申し出でピオニー亭に泊まらせてもらえることになった。
 三階の、彼女の亡夫のベッドを与えられた。湿気を保つために湯鍋の置かれた、締め切った部屋で、トリーは熱のためにうつらうつらとしながら半日を過ごした。昼食を摂りに階下の店を訪れた村人たちのざわめきが、潮騒か地響きのように耳の奥で鳴り、ナオの娘たちの甲高い笑い声が、何かの悲鳴のようにキンキンと頭に響いた。
 恐ろしい者たちが近づいてくる。トリーは身を守るために骨の杖をかざした。
「ル・ザン・ピエルシュ……」
「トリー、トリー?」
 うっすらと目を開けると、頭の上からナオがさかさまに覗き込んでいた。その手が額に触れると、ひやりと心地よい感触がした。
「すごい汗。悪い夢でも見ていたの?」
「……店は?」
「閉めたわ。いいの、お昼時は過ぎたから。それより大丈夫?」
「うん……」
 返事とは裏腹に、細かい震えがトリーの体を襲っていた。ぶるぶる震える体を押さえようと、トリーは自分の両肩をつかんだ。
「く……」
「寒いの? もう一枚かける?」
「違う……寒さじゃない」
「じゃあ、なに?」
「……」
 トリーは目を逸らそうとしたが、年上の女はそれより早く、何かを読み取ったようだった。ハッと目を見張るとエプロンを外し、ベッドに膝詰めで上ってきて、ぐったりとしているトリーの頭を持ち上げ、その豊かな太腿の上にそっと乗せた。
「怖いのね」
「……」
「何か、思い出しているのね。昔あったことを。そういえば、ここへ来る前のあなたのことは聞いたことがない。……話してみる?」
 トリーは首を横に振った。まだそんなときが来たとは思えなかった。
 しかしナオは目元を和らげ、そっとトリーの頭を撫でた。
「話したくないならいいわ。でも、そばにいてあげたい。どう、トリー。そういうの、邪魔って思う?」
 ささやくナオの声は深い優しさに満ちている。トリーは首をねじ曲げて、スカート越しの腿に頬を押し付けた。んしょ、とトリーがずり落ちないようにナオは姿勢を直す。ナオの両腿と下腹がかたち作るくぼみに、トリーの頭はすっぽりと支えられた。
 思わずトリーは、そのやわらかなくぼみのさらに奥に向かって、顔をふかぶかとこすり付けた。――そこは、布の下からほんのりと温かみの湧いてくる心地よい場所で、小麦粉と石鹸の乾いた甘い匂いがした。一度吸い、二度吸ったトリーは、胸の奥にキュッと刺さるような痛みを感じてしまい、そんな顔をナオに見られたくなくて、さらに顔を強く押し付けた。
 さらさらした布の内側にふわふわの肉が詰まっている。そこに繰り返し顔を当てていると、ナオが愛しげに頭を押さえた。
「……いいのよ」
 とても優しい声とともに、髪と肩を何度も撫でられた。慈愛のこもった手にさらさらとさすられるたびに、夢の残滓が削ぎとられていくような気がする。いつしかトリーはすっかり安心しきって、ナオの膝の上で長く深い息を繰り返していた。
「ナオ……ん……」
「なあに?」
「あり……と……」
「いいのよ。私もうれしいもの」
「そう……?」
 顔を巡らせて見上げたトリーは、ふと気付く。豊かな胸の膨らみの上、こちらを見下ろすナオの顔に浮かんだ、熱っぽい喜びの表情に。
「ええ、うれしいわ。あなたみたいな子を助けてあげられるのは。トリー、とても可愛いもの……」
「かわいいなんて……」
「怒った? 怒っても動けないんでしょ? そこが……可愛い、とっても」
 トリーの手を取ったナオが、自分の頬にそれを押し当てて、とても熱い、とささやいた。トリーにはその腕を引き抜く気力がない。風邪のせいなのか、強いことを言う力が湧いてこない。ただ、何も考えずにこの温かい人に包まれていたい。
「ねえトリー、甘えて。何かしてって言って。なんでもいいのよ、うんと恥ずかしいことでも……私がなんでも、してあげる」
 温かくやさしいだけではなく、甘く艶めいた声――これはただの母性の声じゃない、とトリーは気付く。雌の声だ。求める声だ。けれども、やはり、母のように許してもいる。
 両方なんだ――そう気付くと、トリーは自然に頼んでいた。
「ナオさん、のみたい」
「え?」
「これ……のませて」
 顔の上に、重くゆっさりと張り出している乳房を、トリーは手のひらで下から支えた。ナオの顔が軽い驚きに、ついで羞恥の混じった喜びに彩られて、赤く染まっていった。
「いいわよ……まだ出ればいいけど……」
 カートルの肩紐を下ろし、ぷちぷちと音を立てて胸元のボタンを外すと、合わせ目がはじけるように左右に開いた。中の乳房に、それだけの大きさと張りがある。ナオはまた少し姿勢を変えて、トリーの頭を横抱きにし、枕元からタオルを取って空いた手に構えた。手慣れた母親の仕草だ。
 だが、その後のとろけたような表情は、上気した女のものだった。
「口、あけて……」
 ああん、と口を開けたトリーの前で、ナオが服に手をかけて胸元を開いた。たゆん、と見事な大きさの白い乳房がまろび出る。うすく脂の乗った肌がつやつやと光り、かすかに血管の色が透けている。紅色の乳首はすっかり勃起していた。トリーはそれを、歯を立てないようにそっと口に含んだ。耳たぶよりも硬い、少しざらついた肉の芽が触れた。
「んっ……」
 ぴくっ、と震えてから、ナオがトリーの体を強く抱き寄せた。
「いっぱい吸って、揉んでみて。だんだん出てくると思うから……」
 言われたとおりにトリーは豊かな乳房に指を食い込ませて揉み、音を立てて乳首を吸ってみた。あ、あ、あ、と鼻声を上げたナオが、ますます体を震わせ、じきにとうとう、乳首からちろちちと湿り気を分泌し始めた。
「出てきた……」
「ちゃんと、飲んでね。出始めたら止まらないから……ふあぁ」
 言葉どおりに、髪の毛のように細い乳汁の筋が、ぢゅぅっ、ぢゅぅっ、と何本もトリーの口の中に飛びこんできた。舌の上にその温かみが広がったとたん、トリーはくらくらするような陶酔を覚える。牛乳より薄くて青臭いが、よく味わうと、かすかな甘みが舌の付け根に沁みてくる。ひどく懐かしくて、飲めば飲むほど飢えてしまうような美味。――酔ったような頭の隅で、当然だと思っていた。男の子のために母が出してくれる乳なのだから、美味しくないわけがない。
 弾力のある乳首を唇で強くはさんで、ちゅうちゅうと音を立てて吸う。母乳がどんどん水位を増し、とぷとぷと口内に溜まっていく。トリーはすんすんと鼻を鳴らして飲み下す。
「あっ、ああっ、飲んで、トリー。ふぁ、あぁっ」
 ナオが自分でも手を添えて、乳房の形が変わるほど強く揉みしだき、しきりに注いでくれる。彼女の味と香りに、鼻の奥まで濡らされる。目を開けると、屈みこんだ彼女と目が合う。いや、合わない。緋の髪の美しい未亡人は、快感に瞳をうるませて、よく見ようともせずにトリーに向かって乳を搾り出している。
 なぜとはなしに、トリーは彼女の狂気に近い喜びを察してしまう。自分の体から分泌したものを、人に飲ませる。それは一歩間違えば不潔に近くて、とても淫靡な行為だ。夢中になるのも分かるような気がする。――自分が人にそれをするときも、背筋が寒くなるほど興奮するから。
 トリーは口を開けて、汁っぽい白濁をたたえた喉をナオに見せてやる。
「ナオふぁん……おいひいよ……」
「は……はぁぁ……♪」
 嬉しげに顔をゆがめて、ぞくぞくっと確かにナオが震えた。かと思うとトリーの顔をギュッと強く抱きしめた。濡れた熱い乳房の肉が、ぬるりと顔を包む。
「トリーに……飲ませてるぅ……♪」
 息継ぎを繰り返して、トリーはナオの乳が出てこなくなるまで吸い尽くした。まだ露出していなかった片方の乳房は、布の上まで染み出るほど母乳をあふれさせており、途中からはそちらにも口をつけた。
 すっかり乳を吸い尽くすと、トリーは腹がいっぱいになったような気がした。温かい彼女にずっと抱きしめられていたためか、風邪のつらさはだいぶ和らいでおり、逆に、蒸せ返るほど濃密な女の香りに浸されていたせいで、股間が痛いほどこわばりきっていた。
 ナオは、はあはあと荒い息を吐きながら、溶けたような瞳でトリーを見下ろしていた。ぐっしょり濡れた胸元をタオルで拭くのももどかしく、トリーを抱えなおして、頬に鼻の頭をこすりつけるようなキスをしてきた。
「トリー……」
 熱い唇がこめかみをくすぐり、耳を噛み、あごを舐める。と思うと口付けして、深々と舌を入れてきた。ぬるぬるした舌を口の中のすみずみまで差しこみ、舐め抜いて唾液をすする。その動作に自制が感じられない。攻撃的なほどの欲情が伝わってくる。トリーは弱々しく手で押し返す。それにはとうてい、ナオを押し離すほどの力はなかったが、意思は伝わったらしく、ナオが動きを止めてくれた。
「ナオさん……風邪、うつっちゃうから」
「移せばいいのよ、早く治るわ。あ、もしかして、息ができなかった?」
 ようやく、多少は理性を取り戻した声音で言って、ナオが顔を離した。ただ、その目に宿る情欲は消えていない。かすかに漂う甘酸っぱい花の香りのおかげで、彼女がすっかり発情してしまったとわかった。
「ごめんなさい、ぎゅってしすぎちゃったわね。……暑かったでしょ。汗かいてる」
 トリーの胸に触れて、手のひらを押し付け、乳首をさらさらと撫で回しながら、ナオがささやく。
「体、拭いてあげましょうか? しばらくお風呂、入ってないでしょう……?」
 拭かせて、とその目が言っていた。トリーは彼女の嗜好を思い出す。ナオは年下のトリーのことを、その温和な見かけによらない淫らさで欲している。頼めばどうなるかは明らかだった。
 あまり触れ合っていると風邪がうつってしまう。トリー一人が寝ていても誰も困らないが、ナオが倒れたら何十人もの村人が困る。第一、今は真っ昼間だ。ほどほどのところで切り上げるべきだった。
「――ふいて、ナオさん」
 だが、トリーはそう言っていた。どの道、いまの体調では自分で清めることができない。誰かに頼むしかない。
 ごくり、と音がした。聞き違いかと思ったが、ナオの目の輝きを見ると、彼女が唾を飲んだのだと分かった。
「ええ、拭いてあげる……」
 しかし予想に反して、彼女の行いは最初のうち、とても穏やかなものだった。ぬるま湯を汲んできてタオルを搾り、トリーの顔に当てる。額や頬から、耳の後ろ、あごの下へと丁寧にぬぐって、下へ降りていく。毛布をはいで胸をはだけ、あらわになった少年の胸を、力を込めた細指でたくみにこすっていく――それは意外に、というのも妙だが、寝汗でぬらついた肌をさっぱりさせてくれる、文字通りの清拭だった。
 トリーは次第に安心して身を任せ、目を閉じて体の力を抜いた。キュッキュッ、という濡れ布の響きが心地よい。
「腕、あげて……」
 言われるまま、左腕を上げると、腋の下にぺたりと生温かいものが吸い付いた。
 ――あ。
 見下ろすと、思ったとおり、ナオが唇を押し当てていた。
「んん、んふ、んむ……トリーの汗……♪」
 柔らかな二の腕にほおずりしながら、潤み切った目で腋の下をちゅむちゅむとついばんで、ナオはささやいた。
「寝てていいわよ。すみずみまできれいにしてあげる……♪」
 言いながら未亡人はトリーの横に寄り添って体を押し付けた。
「な、ナオさぁん……」
 動く元気もないまま、トリーはじわじわと生殺しのように、ナオに味わわれていった。タオルが腕を滑り、指の股をこすり、ぽってりした唇が指先をしゃぶる。彼女が動くたびに、弾力のある肉がトリーの体を撫ぜ、かぐわしい香りがふわりと吹き付ける。脇腹、肩口、鎖骨、そして乳首――小さな尖りを唇と舌でちろちろとたっぷり攻められたトリーは、がちがちに反り返った性器から、思いきり射精する寸前まで追い込まれた。
「次、おへそね……ん、ん、おへそもずいぶん洗ってないじゃない。だめよぉ、ここはこうしなきゃ……」
 ナオが乳首を逸れ、さらに下へと滑っていったので、すんでのところでトリーは暴発せずに済んだ。
 へそを舐めながら腰周りを拭いたナオが、ズボンに手をかけた。トリーは今そこに、柔らかい綿のズボンと下着しか履いていない。抵抗する体力はなく、たくみな愛撫のせいで気力も溶かされていた。するするする、と母親のような何気ない手つきで下着を下げるナオに、トリーは赤ん坊になってしまったような甘美な屈辱感の中で、身を任せた。
「はい、ここ……」
 ばちっ、と強い音が上がった。――下着の中から跳ね起きたトリーの男根が、ナオの目の前で勢いよく腹に当たった音だ。
 しかし、トリーが期待した湿った粘膜の愛撫はやってこなかった。代わりに感じたのは、丁重だがそっけない、タオルの清拭。トリーは目を開けた。ナオは頬を真っ赤に上気させてこそいるものの、自制を保った様子でじっと見つめ、トリーの性器を剥き拭いていた。
 使い続けて冷えてきた濡れタオルの感触が、幹のくびれをこしょこしょと巡っていく。
「な……ナオさん」
「なぁに?」
「しないの? ナオさん」
「なにを?」
「そこ……ぺろぺろって」
「してほしいの?」
「ほしいっていうか……」
「今は拭くだけよ」
 信じられないことに、ナオはそのまま幹と袋をこすり清めただけで、股間から離れてしまった。膝へ、つま先へと拭き進めていく。
「うう、ナオさん……」
 やや落胆して、トリーはぐったりと身を沈めた。足元に下りて指の股を拭っていたナオが、じきに作業を終えたのを感じた。確かに体はさっぱりしたから、文句を言う筋合いはない。
 しかしそれからすぐ、ベッドをギシッと鳴らして体の上に大きなものがまたがった。目を開けると、ナオがトリーをまたいで髪をほどいていた。バサッ、と華麗な緋の髪が流れ落ちる。その髪でトリーの頭を包み込もうとするようにかがみこみ、ナオが熱烈にキスした。
 胸も当たっている。布をはだけた裸の乳房がトリーにどっぷりと乗っている。腰も挟まれている。成熟した女のしっかりした太腿が、トリーの腰をしっかりと挟みつけていた。
「拭くの、終わったから」
 キスの息継ぎに、花の香りの息を吐きながら、二児の母がすみれの瞳に慈愛を浮かべる。
 慈愛と欲情の溶け合った熱を。
「こっちのウズウズも、吸い出してあげる」
 ぬちゅり、と煮溶かしたような柔らかさが亀頭をくわえた。間違えようもない、ナオの膣口だ。トリーが苦しいほど勃起していたように、彼女もまた切ないほど濡れ火照っていた。ぬぷぬぷと呑み込む。あの頼りないくせにどこまでも絡みつく、生き物のような粘膜が、またトリーを迎える。トリーのごつごつした性器にぴったりと張り付いて温めようとする――
 いや、違った。
 ぬぷん、と根元まで呑み込んだ次の瞬間、ナオは信じられないほどのしなやかさで、入り口を締め付けてきたのだ。
 ――くきゅぅぅぅっ……。
「んくぅっ?」
「前は、トロットロに溶かされちゃったわね。私」
 厚いスカートの下の暗闇の中で、むっちりと肉の詰まった尻と太腿でトリーの腰を潰し、深々と男根を呑み込んだまま、ナオは余裕に満ちた微笑を浮かべる。
「今度はそうはいかないわよ。可愛がってあげるんだから……♪」
 言いながら、小刻みに腰を上下させた。その動きでトリーは、裏筋の根元の心地よいところを、ぴっちり締め付けた膣口に、くきゅくきゅっと搾られる。指や唇で搾られるのよりもくっきりした快感が、ぞくぞくと走る。トリーは鋭く背を反らせる。
「んくぅ!」
「男の子のどこが一番キモチいいか、ちゃあんとわかってる。あの人の種も、こうやって搾ってあげたんだもの。だから安心して吐き出してね。……いいって言ったら、だけど♪」
 そう言うと、愛しそうに目を細めて口付けを繰り返しながら、未亡人は少年を犯し始めた。
「さあぁ、トリー、硬くしてねぇ。いぃーっぱい、溜めてちょうだいねぇ」
 根元を締め付けたきつい肉の輪が、ぬるぅーっ、ぬるぅーっ、と登っていく。ただ包んでいるのとは、明らかに違う。奥に溜まっている子種を真上に呼び上げるような、淫らきわまりない動きで膣壁をうねらせている。しかし、トリーがほとばしらせようとすると、強い力で裏筋を押しつぶされる。出すに出せない。ジリジリしたうずきだけが高められてゆく。
「ナオさん、ナオさんっ」
 抵抗して自力で腰を動かそうにも、ナオが体重のすべてをかけているのでピクリとも動けない。重い酒袋のような乳房に押され、キスで肺の中の息まで吸われてているので、腰だけでなく手も頭も動かせない。ただひたすら、ナオの甘苦しいしごきあげを、味わっていることしかできない。囚人のようだ。熱と酸欠で思考すらぼやけ、トリーはびくびくと痙攣する。
「た、助けて……ナオさん、苦しい……」
「大丈夫、だいじょうぶよ。じっとして、おちんちんのことだけ考えて。最高に気持ちよくなれるからねぇ……♪」
 そう言いつつ、トリーがびくびくともがいて性器を暴れさせることも、ナオは楽しんでいるようだった。キュッ、ピクッ、と不規則に膣壁が痙攣するのが、その証拠だ。
 だが、トリーが抵抗をあきらめて性器に意識を集中し、ひたすら射精のことだけを考え始めると、彼女も夢中になってきた。幹を飲んだまましごき上げる膣口の動きが、ますます丁寧になり、繊細になって、暴発寸前のトリーを限界ギリギリで注意深く鎮めるような、静かな動きになった。
 やがてそれもゆっくりとなり、ナオは根元までトリーを呑み込んだところで、ぴたりと静止した。そのまま、スカートの中にごそごそと片手を入れて、注意深くトリーの鼠径部に指を当てた。前立腺はくるみのように硬く腫れている。
「んふ、コリコリになってる……♪」
 うっとりとつぶやくと、速い息遣いをくりかえしてギリギリの状態で我慢しているトリーの顔を覗きこみ、ナオはささやきかけた。
「よく我慢できました――ふふ、おちんちんのビクビク、ほんとにすごかったわね。先走りのおつゆだけでも、妊娠しちゃったかもね。でももっと確実にしてね。そしたらもっとミルク飲ませてあげるから……」
 顔を離して、ナオは美貌に慈母のように温かい微笑を浮かべた。
「それじゃあ、出させてあげる。いい、私の動きといっしょに出すのよ? ぎゅぅっ、ぎゅぅって搾ってあげるから、びゅう、びゅうって出すの。そしたら、とっても気持ちよくなれるわ。はい、いち、にの……さん」
 ナオが上半身を起こし、目を閉じて弓のように美しく背を反らせた。同時に豊かな腰をずるりと持ち上げる。
 トリーの性器を包んでいた熱い輪が、ぬるりと根元から先端まで搾り上げた。
「んあぁっ!」
 ぐびゅぅっ!
 肉幹の中をギチギチに埋めていた液塊が、果汁のように噴き出した。すぐさまナオが腰を落とし、根元を締め付けて再び搾る。撃ち出そうとした精液が、根元から勝手に持っていかれる。深くやわらかい腹の底に勢いよく呑み込まれていく。
 精液が尿道を走る感覚が、普通の射精に比べて何倍もくっきりと響く。まるで、性器の芯を甘い火花で立て続けに焼かれているようだ。感じたことのない異様な感覚に、トリーは身をこわばらせ、我を忘れてしまう。緩んだ口から言葉が勝手に漏れる。
「な、ナオさん、すっ、てる、吸ってるぅぅ!」
「出る、出てるぅ、熱い……♪」
 ナオは瞳の焦点を飛ばして、豊かな腰を注意深く丁寧に、おそろしく淫らにうごめかせている。衣服に隠された体の芯で、限界まで硬直した少年の性器が吐き出す、若い濃厚な子種を味わっている。今のこの瞬間誰かが部屋に入ってきたら、たとえ目が見えなくても、どれほど彼女が歓喜しているかわかっただろう。体中の毛穴をぞくぞくと鳥肌立てたナオは、発情の頂点に達した女の放つ甘い潮の香りを、全身から漂わせていた。
 何度放ったかわからないほど痙攣し尽したトリーは、最後のむずがゆさが根元にまだ残っているうちに、かすれたささやき声を聞いた。
「トリー……お尻、つかんで?」
 ふっと抱擁がゆるんだ。ほとんど何も考えないまま、トリーは両手をスカートの中に入れて、ナオの見事な双丘をつかんだ。指の間にぬるりとあふれこむような、汗ばんだ滑らかな尻肉の感触に、欲情を刺激された。反射的にギュッと強く握り締めると、ナオの厚い腰周りが今まで以上に重くのしかかり、射精し続けてたトリーの性器を最奥まで呑み込んだ。
「んぐぅ……刺さった、ね」
 中心のわずかに生硬な感触のする小部屋――そこに鈴口が当たった瞬間、不意に、微笑むナオと目が合い、それまでで一番熱烈な力が膣肉に加わった。
「付くわ」
 きぅぅぅ……ぅっ!
 最後の搾り上げとともに、トリーの残りの一滴までもが尿道から吸いだされ、ぢゅぷっと小さな響きを残して出ていった。ナオの狭い狭い道の奥に、自分の粘りがじわりと沁み入ったのが、ふと感じられた。
「付くね」
 絶頂を味わいつくして完全に脱力したナオが、至福の表情でどさりと体を預けてきた。浅い息を吐きながら、時々思い出したように口付けを繰り返し、トリーも鎮まっていった。

「そういえば」
「ん?」
 もう一度、全身を拭きなおしてもらって、すっかり落ち着いたトリーが尋ねる。服装を整え終わって、髪を結い直していたナオが、新婦のように親しげに目を向ける。
「プティが靴下をもらったんだってね。ありがとう」
「ああ、あれ。いいのよ、あたしには細すぎたから」
 ナオは微笑む。トリーはさりげなく尋ねる。
「あれはどこで手に入れたの。いい品だったけど」
 千嶺山脈の絹。あれが手に入るなら外への道があるはず。禁忌に触れる覚悟でトリーは言ったが、返事はあっさりしたものだった。
「そうでしょう、あれは村の外のものだからね。南のほうの品だと思うわ」
「ここ、出られないんじゃなかったの?」
 驚いてトリーが身を起こすと、肩を押さえられた。
「こらこら、あんなに頑張ったのに無理しちゃダメよ」
「僕のことはいいよ、外への道があるの?」
「もちろん、あるわよ。じゃなかったらそもそも、私たちのご先祖様はどうやってここへ来たと思うの」
「じゃあ……!」
「でも、出られないわよ」
 トリーは動きを止めて、まじまじとナオを見た。ナオはこともなげに言う。
「その道っていうのは、地底の川なのよ。村の南の山を貫いて流れているの。通り抜けるのに半刻もかかるから、潜っていくのは無理。ご先祖様はそれができたんでしょうね。今できるのは一人だけ。水の魔法を使うお婆ちゃん。彼女が外の品物を運んできてくれるのよ」
「その使い手の名は?」
「グゼナ」
「グゼナ・ギルデンツュング?」
「あら、当たり。知り合いなの?」
 ナオが目を丸くし、じきに不安そうに眉をひそめた。
 トリーは、彼女のことなど忘れたように、険しい顔で天井を見つめていた。



 第四章  森の女狩人



 大きく股を開いたナオを、真上から何度も貫いてトリーは射精した。豊かな乳房に頬をすり付けながら、女の肉の底に精液を注いでいく。
 快感が炸裂して、ゆっくりと引いていく最中、彼女の声が聞こえた。
「できたわよ、トリー……」
 トリーは乳房の谷間で目を上げた。ナオが汗に濡れた顔に微笑を浮かべていた。
 窓からまぶしい光と白い風が入る、夏の朝だ。
 泊まった翌朝、寝起きの床で夫婦のように睦まじく交わったあと、トリーは服を着替えて、ナオに確かめた。
「さっきのことだけど」
「ん?」
 下着をつけ、シャツに腕を通していたナオが振り向く。ショーツの下に、たっぷりと肉のついた太腿が伸びている。半裸のナオは全裸より悩ましい。したばかりだというのに、ついつい見惚れそうになって、トリーは無理に顔を背ける。
「できたって、なにが?」
「決まってるじゃない。赤ちゃんよ」
 トリーは、また振り向いた。シャツを着て、ロングスカートのカートルを履いたナオが、腹に手を当ててこちらを見た。
「トリーの」
「……本当?」
「まあ、私が浮気をしたっていうの? こんなに可愛いトリーをおいて?」
 ナオは何かを待つようにトリーを見ている。その手の置かれた腹は、まだ膨らんでいるようには見えない。トリーは近づいて、実感のないまま、そっとその腹に触れてみる。
 布越しに、ふわりとしたなだらかな腹の肉が感じ取れる。やはりまだ膨らんではないようだ。戸惑って、ナオの顔を見上げる。
「本当に、赤ん坊が?」
「女はわかるのよ。来るはずのものが来なくなるから」
「そ、そうなんだ」
「多分、あなたと初めてしたときにできたのよ」
「初めてしたとき……」
 それはトリーがナオにとんでもないものを付きつけ、ナオがそれを受け入れてしまった、あの夜のことだろう。初めての交わりに興奮して、ナオがぐったりするまで徹底的に攻め立ててしまった。言われてみれば、あれだけ激しくしたのだから、子供ができてもおかしくはない。
 トリーはそれを思い出し、何かくすぐったいような感動を覚えた。
 それを見て、ナオが言う。
「トリー、笑ってる」
「うん……そうか、ナオさんに僕の子供が」
「喜んでくれて嬉しいわ」
 ナオの顔にも、笑みが広がった。
 その笑みが、途中でふと変わった。
「そういえば、プティはまだなの?」
「え? いや、まだだと思うけど」
「おかしいわ、私より先にトリーとしているのに、まだできないなんて」
「体質によるんじゃないかな」
「それだって、トリーの種はこんなに元気なのに、若いプティのほうが遅いなんて変だわ。最近、ちゃんとしているの?」
「してるよ」それを別の女に告げることをおかしく思いつつ、トリーは言う。「その、ナオさんと同じぐらいには」
「まあ、それじゃとっくに着いててもおかしくないわ……」
 そう言ったナオが、何かに気付いたように目を見張った。
「まさか、できてるのに気付いていないんじゃない?」
「ええ? できたらわかるって言ったのはナオさんじゃないか」
「それは、産んだことがあるからよ。プティは初めてだから、わかっていないのかもしれない」
 ナオは真剣な顔になって、トリーの肩をつかんだ。
「ちょっとプティを連れてきてちょうだい。確かめなきゃ」
 言われるまま、トリーはピオニー亭を出て、プティの実家である粉引き小屋に向かった。
「なんですかぁ? こんな朝早くに」
 前例のないことだけに、プティはひどく不安がった。
「いいから」
 先入観を与えまいと、トリーは事情を話さずにプティを連れてきて、ナオに引き渡した。
 ナオはプティを部屋の隅へ引っ張っていき、耳打ちした。プティはうなずいたり、首を振ったり、天井を見上げて指折り数を数えたりした。
 やがてナオに肩を抱かれるようにして戻ってくると、ふわふわした頼りない様子でトリーに言った。
「あのぉ、トリーさま、あたし……赤んぼできたみたいです」
「ええ!?」
 さすがにトリーが仰天すると、プティは自信のない様子でちらちらとナオを見上げながら続けた。
「えっと、確かにナオさんの言うとおり月の物がないですし、おなか痛いし体だるいしロウソクの匂いが急に苦手になっちゃったり……いろいろ変になってるんで、風邪かと思ったんですけどぉ」
「実は孕んでた?」
「らしいです、はぁ」
 こく、とうなずくと、プティは頬を赤く染めて、すがるように言った。
「あのぉ、あたし……ほんとにトリーさまの赤ちゃん、産んでいいですかぁ?」
「いや、だって、そのためにしてたんだろ」
「ふぇ……じゃあ、あたしはお母ちゃんになるです?」
「私と一緒にね」
 横からナオが耳打ちして、優しく肩を抱きしめた。
 毒食らわば皿までという気分になって、トリーは何度もうなずいた。
「ああ、産みなよ、二人とも僕の子供だよ。おめでとう」
「はぁぁ……」
 みるみるプティの顔が明るくなった。胸の前でぎゅうっと手を握り合わせる。
「あたしが……できそこないのあたしが、お母ちゃんになれるんだぁ……」
「いや、プティ、そういうことは言わなくていいから」
 トリーは苦笑してたしなめた。
「じゃあ、さっそくうちの叔母さんに話してきますぅ。これでもう、叔母さんにもおこごと言われないんだ」
「あ、ちょっと待ちなさいな、プティ」
 行きかけたプティの手を、ナオが引っ張って、顔を寄せた。
「もう言っちゃうの? 一晩ぐらい待ったら?」
「ふぇ、どうしてですか」
「だって、みんなに言ってしまったら、あなたはトリーの小屋にいられなくなるわよ」
「そうなんですか?」
 プティとトリー、二人の声が重なった。ナオがうなずく。
「この赤ちゃんは、村のみんなの赤ちゃんだもの。できてしまったら、お授けさまの役割はおしまい」
「そんなぁ、あたし、これからもトリーさまといたいです……」
「だぁめ、これは決まりなんだから。トリーもわかるでしょ?」
「そう……ですね」
 ただで食い扶持をあてがわれている身分だ。そういう制限があっても文句は言えない。トリーは小さくうなずいた。
「だから、ね」
 ナオが意味ありげに笑って、ささやいた。
「おなかが大きくなって、みんなに分かってしまうまでは、黙っていましょ。その間、せいぜいトリーと仲良くするのよ」
「は、はい♪」
 うなずくと、プティはトリーにすり寄って、熱っぽく言った。
「じゃ、トリーさま、今日からはもっと頑張ってトリーさまの好きなことしますからぁ。赤んぼくれて、ありがとうございます!」
「無理するなよ、子供に悪いだろ」
 まだよくわかっていなさそうなプティを心配しつつ、トリーは言った。

 ひと月ほど経つと、二人の腹はゆっくりとせり出してきた。すると村長から呼び出しが来た。女たちの誰かが報告したらしい。二人は面談され、秘密を打ち明けた。
 それで、とうとう二人の懐妊が人々に知れ渡った。
 このことは女に喜ばれ、男からは嫉妬されるだろう、とトリーは予想していた。その通りになった。「種あり」だとわかったトリーは、前にも増して女たちから親切にされるようになり、通りすがりにからかわれたり、泊まっていけと言われることが増えた。反対に老人ばかりの男たちはぶつぶつ言い、陰湿な横目でにらんだ。ザントベルクが女ばかりの村でなかったら、男たちに袋叩きにされたことだろう。
 腹の膨れたプティはトリーの小屋を出ることになった。実際のところ、あの岩場の斜面を毎日上り下りさせるのは危険なので、トリーもそうするよう勧めた。プティは名残惜しげに何度も振り返りながら坂を下りていった。ただ、大事な赤ん坊のために仕事を免除されることになり、ピオニー亭で寝起きし始めたので、暮らし向きはむしろ楽になった。
 トリーは一人暮らしに戻り、食事時はピオニー亭に向かった。表向き、プティとナオとの関係は終わったわけだが、二人とももちろんまだトリーのことを好いており、トリーが求めれば(しばしば求めなくても)、すすんで相手をしてくれた。
 しかし、事が終わるといつも、ナオはこう言ってトリーを諭した。
「私たちを愛してくれるのは嬉しいけど、もっと他の女の子にも声をかけないとダメよ。赤ちゃんは一人や二人じゃ足りないんだから」
 そう言われたものの、トリーはプティとナオ二人だけでも十分だという気がして、積極的に女たちに近づこうとはしなかった。唯一、清堂のクリスタのことは気になっているが、彼女は子供を作れない身分だと自称して、頑なにトリーとは交わろうとしない。
 このまま誰とも触れ合わなくともいい、と思い始めたころ。
 またトリーの暮らしが変わった。


「狩りの手伝い?」
「そうじゃ」
 トリーの言葉に、ヒーゼ村長がうなずいた。
 村長の自宅である。トリーの知る大都の邸宅にはほど遠いが、村でもっとも大きな家だ。室内には村長とトリーと、それにもう一人の人間がいる。黒い髪をもつ細身の女だ。
 その女――北の神殿跡に住むクローマ・ヴァイオルに目をやってから、トリーは村長に目を戻した。
「なぜ僕がそんなことをやらなければいけないんです?」
「あんた、男じゃろうが。若い男がまいにち食っちゃ寝してばかりでは、体も性根もくさってしまうぞ」
「男なら他にもいるでしょう」
「年寄りに無理を押しつける気か。不人情なことを言うでない。わしらみんな、あんたに期待しとるんじゃ」
 ひひひ、と村長は含むところの有りそうな笑い方をした。
 これは策略だな、とトリーは気付く。メルクを始めとする老人たちが、トリーを困らせるために難題を持ち込んだに違いない。
 トリーはヒーゼの顔を覗いて言った。
「僕を授け人にしたのはあなたです。ちょっとはかばってもらえませんか」
「わしゃどっちにも義理があるでな。ひひ」
 こちらに肩入れしてくれる気はないらしい。トリーは憮然となった。
 部屋の隅の椅子のクローマに目を向ける。彼女はトリーが来た時からそこにいて、ずっと黙っている。
「クローマ、あなたはなぜいるんです。見物人?」
「当事者だからよ」
 そう言うと、驚いたことに、クローマは椅子の背からぞろりと長弓を取り出した。
「狩をするのはあたしだもの。いてもいいでしょ」
「あなたは本読みなんだと思っていた」
「それは趣味。仕事は猟師よ」
「女の猟師なんて初めて見ますよ」
「村に男がいないんだから仕方ないじゃない。女が猟師で悪いの?」
 クローマは目つきを険しくした。トリーは首を横に振る。
「全然。猟師は初めてですが、女剣士や女導師はよく見ました。別にいいと思いますよ」
 トリーがそう言うと、クローマは面食らったように瞬きした。
「……そっか、あんたは外から来たんだっけね。理解あるんだ」
 そう言って目つきを和らげた。
 今までクローマとは、町ですれ違った時に目礼をする程度の仲だった。差し向かいで話したことはない。トリーは、改めてクローマの姿を観察する。
 年のころはトリーよりも二、三歳上らしい。立った時の背丈も、こぶし一つ分高い。いつぞやは珍しい眼鏡をかけて、革の上着とシャツ、長いズボンをまとっていたが、今日は眼鏡をかけず、シャツの上に半身を覆う胸当てをつけ、膝までのぴったりしたスパッツを履いている。動きやすそうな姿だ。手甲や膝当てをつけているところを見ると、こちらが仕事着なのだろう。
 手足はすらりと長く、体幹に近いところには優美に筋肉が盛り上がっている。前にも思ったが、見ていると野の素早い動物を連想する。胸や尻の膨らみは、筋肉の輪郭に溶け込んでいて、重そうな感じはしない。その点、同じぐらいの背丈のナオとは対照的だ。
 もし抱いたら、ばねのように跳ね飛ばされてしまうかもしれない。
 顔立ちは、野生美というのか、眉が濃くて目鼻立ちがくっきりしている。ふわふわと幼い感じのプティとは別の種族のようだ。唇はいつもしっかり結ばれている。
 今日はサラリとした長い黒髪を、臙脂色のリボンで二条の房にして耳の前に下げ、残りを後ろで軽く縛って背に流している。瞳は髪と同じ黒だ。深い輝きがあり、なんでも見通してしまいそうだ。
 そうやってじっと見ていると、視線に気付いたクローマが目もとを赤くして、咎めるように言った。
「……何をじろじろ見てるの。初めて会ったわけじゃないでしょ」
 トリーは軽く両手を挙げて、謝る素振りをした。
「ところで、狩りをするって何を狩るんです」
「何をですって。ああ……」
 照れ隠しなのか、こほんと空咳をしてから、クローマは説明した。
「北の森にやってくる動物たちよ。若芽や若木を食べにシカやサルが山を越えてくる。放っといたら森が荒れてしまう。あそこは水源地だから荒らされては困る」
「それを手伝えと?」
「それだけならたいした手伝いもいらないけどね。たまに猛獣も出るから」
「猛獣?」
「シンビヒョウとかクビトリザルがね。獣を追って谷に入ってくるのよ」
「本当に?」
 クローマは薄笑いを浮かべている。と、村長が口を挟んだ。
「クビトリザルはわしの親父の代に二、三匹捕まえたことがあるな。シンビヒョウにいたっては、十年前に一度だけ北の沼で出たきりじゃ」
 余計なことを、というようにクローマが老人をにらむ。あまり彼のことを好いてはいないようだ。
「猛獣はともかく、山奥で一人で行動するのは危険だしね。前から手伝いはほしかったのよ」
「でも、僕は狩りなんかしたことはありませんよ」
「つべこべうるさいわね、黙って手伝ってくれればいいのよ! それとも怖いの?」
 とうとうクローマは我慢できなくなったように叫んだ。
 トリーはむっとした。臆病だと思われるのは構わないが、役立たずだと思われるのは癪だ。もともと怠けるたちではない。
「わかりましたよ、手伝えばいいんでしょう。その代わりそっちこそ、猛獣を見て逃げないで下さいよ」
「誰が逃げるもんですか。あんたが逃げてもあたしは絶対逃げない。せいぜい木の上にでも登って見ているがいいわ」
 クローマが腕組みをして形のいい胸を張った。
 それを見たトリーは、どうもこの女は見かけほど大人ではないんじゃないか、と思い始めた。

 夏の盛りに、例の神殿跡を拠点としてトリーたちは北の森へと踏み入った。
 そこはこのザントベルクの谷でもっとも自然の豊かな土地で、動物たちが大勢いた。草の葉や木の皮を食うシカやサルだけではなく、獏やクズリなどの虫食い、肉食いの動物もいた。トリーが見たことも聞いたこともない、二足の素早い動物や、高い梢の上でじっとしている毛玉のような生き物もいた。
「ここはすごいですね。珍しい動物の宝庫だ。なぜこんな狭い谷に……」
「狭いからじゃない? 周りの山が険しいから、いったん入ったら出られない。罠みたいなものよ。仕方なくこの土地に合わせて生きていくことを覚える」
「面白い考え方だ。学者みたいですね」
「あんた、馬鹿にしてるの? こんなのはただの素人考えよ、誉められるほどのことじゃないわ」
 トリーが何か言うたびに、クローマはそうやってつっけんどんに一蹴した。愛想の悪い女だと、最初のうちトリーは思った。
 その考えを変えたのは、一週間ほどしてクローマがこう言ってからだった。
「あんたね、そのかしこまった話し方、いつまで続ける気?」
「いや、いつまでと言われても……」
「やりにくいのよ、背中がむずむずしてくる。普通に話して」
 責めるような目で見られて、トリーは努力して呼び方を変えてみた。
「じゃあ普通に話すよ、クローマ。……こんなふうでいいの?」
「そう、それでいいわ、トリー」
 むすっとした顔のままクローマはうなずいた。
 少ししてから、彼女なりの好意の表現なのかもしれないとトリーは気付いた。
 猟師としての彼女の腕前は、中の下というところだった。警戒心の薄い動物や、年をとって動きの鈍ったシカぐらいなら、どうにか致命傷を与えられる。だが、動きのすばやいサルを仕留めたことはまだない。
 トリーは主に勢子をやらされた。わざと大きな音を上げて騒ぎ立て、動物を驚かし、追い立てる役だ。肝を潰した動物が見境いをなくして逃げる。その先に弓矢を構えたクローマが潜んでいて、じゅうぶんに狙いをつけた一射を浴びせた。
 ある時、いつものようにオオジカの親子連れを挟み撃ちにしようとしたところ、クローマが誤って枯れ木を押し倒してしまった。バキバキと音が上がり、驚いたシカたちはトリーの方へ走ってきて、その大きな角で突き飛ばした。
 トリーは地面に叩きつけられた。
「トリー!」
 クローマが急いで走ってきて、トリーを抱き起こした。幸いトリーは肩を強く打った程度で、大けがはしていなかった。少し休んだだけで狩りを続けようとしたが、クローマのほうが引き止めた。
「あんた、無理に平気なふりをしていない? 医者に行ってもいいのよ? せめてもうちょっと休んでなさいよ」
「どうしたんだ、クローマ。大丈夫だよ」
「自分でそう思っていても、そうとは限らないの!」
 動揺しすぎのように思えたので、トリーは腰を据えてわけを聞いてみた。そのうちに、クローマが告白した。
「うちの爺さまは、そうやって亡くなったのよ」
 四年前のことだったという。クローマは、育ての親の老人と二人で狩をしていた。そのころはまだクローマが勢子の役だった。ある日、熊の親子を見つけた二人は、今日のクローマとトリーのように挟み撃ちにかけようとした。ところが老人がまだ準備を整えないうちに、クローマが追い立てを始めてしまい、驚いた熊が老人を突き飛ばして逃げた。
 老人はケロッとしていたが、晩になって頭痛を訴え始め、二日後あっけなく死んでしまった。頭を打っていたのだ。
「あんたまで、あんな風に殺しちゃったら、爺さまに申し訳が立たないわよ……」
 クローマは少女のようにうろたえた顔でそう言った。
 だが、三日たってもトリーが頭痛ひとつなくぴんぴんしているのを見ると、前にも増して怒ったような顔で言った。
「あんなに青い顔して倒れていたくせに全然なんともないの? どういう頭してるのよ、単純すぎるんじゃない」
 もうちょっと言い方があるだろうとトリーは思ったが、怒る気にもなれず、苦笑した。
 夏の森、草いきれが満ちる蜘蛛の巣の張り渡された下草の中を、身をかがめ、肩を並べてにじり進んだ。むき出しの二の腕やこめかみに汗をにじませたクローマが、少年じみた爽やかな体臭をまとってトリーに顔を寄せ、わくわくするような期待を含んだアルトの声でささやき掛けた。
「いる。あそこ。違うわよどこ見てるの、右の倒木の。うん二頭。子連れだから沢に降りようとするよ。トリーが止めて」
 打ち合わせが済むとすぐ、クローマは背を丸めたまま駆け出す。膝上までのスパッツに包まれた、形のいい丸い尻が、左右交互にむちむちと動いて遠ざかる。するすると物陰を伝い、低い姿勢のまま足をあげて木の根を飛び越える。ひと房の黒髪がふわりと後を追う。そのさまが優雅にさえ見えることをトリーは最近知った。彼女は猟師としては駆け出しかもしれないが、足はとても速い。
 やがて、打ち合わせどおり遠くの木の陰から拳が素早く現れる。それを見たトリーは立ち上がり、そばの木の幹を思い切り杖で叩いて、喚きたてる。
 驚愕、逃亡、追跡。獣が左右に跳ねながら、狙い通りの場所へ逃げていく。
 ビン! と弦の跳ねる音。
 獣が倒れる。木の陰から、緊張して白っぽい顔のクローマが目を輝かせて現れる。
 獲物を見下ろすその顔に、ゆっくりと勝利の微笑が広がっていく。
 トリーはいつしか、その顔に見とれるようになった。

 クローマとの狩りを始めてからも、トリーは牧童小屋に住んでいる。しかしプティが食事を持ってきてくれなくなったので、ピオニー亭へ向かう回数は増えた。
 そんな夕方の往復時に、少し遠回りして四辻の北側を回ってくると、しばしばクローマを見かけることをトリーは知った。
 人の住まなくなった屋敷があって、庭が解放されている。椅子とテーブルがおかれ、楡の木にブランコがかけてある。そこで二人の幼女、ツェニーとチャイーが、きらきら輝く人形のように駆け回っていれば、近くにクローマがいることが多い。買出しの帰りに寄っていくらしい。幼女たちが叫ぶのですぐわかる。
「クローマ、クローマ! 鳥になって!」
 楡の木の枝で、しなやかな肢体が、くるりくるりと回る。のびやかな動きで長い手を伸ばして、枝から枝へいとも簡単に移っていく。すらりとした美しい足が宙を蹴る。くるりくるりと十回も回るころには梢の半ば以上まで登っている。うんと高い枝の端にたどりつくと、ロープを握って飛び降りる。
 ぐうーん、と庭の端から端まで届くようなとてつもない弧を描いて、クローマは大胆に降下する。幼女たちがきゃあきゃあと凄まじい金切り声を上げる。弧が地面に接する地点でクローマはぱっとロープを手放す。そのかなりの勢いのまま、地に着いた手足から土を蹴立てて、三べんほど地上でとんぼを切る。そして最後にトンと体を縮め、勢いを殺して静かに曲芸を終える。
 ぞっとするような軽業だ。見ているとトリーは尻の辺りがむずむずしてくる。幼女たちは猛烈に興奮してクローマに体当たりする。それを受け止めるクローマも上気した輝くような顔をしている。三人でくすぐりあいながら芝生の上をごろごろと転がる。
 曲芸そのものももちろん好きなのだろうが、子供たちのことが本当に好きなのだろう。別の日には屋敷のテラスで三匹の猫のように絡まりあい、寝ていることもあったし、また別の日には、神殿跡から持ってきたらしい本を読み聞かせているところも見た。
 この谷では必要とされていない、ある職業のことをトリーは思い出した。
 後日、トリーは彼女に言ってみた。
「クローマ、君は子供が好きなんだね」
「はあ!? 子供?」
 クローマはぎょっとしたように目を見張った。なぜそんなに驚くんだろうといぶかしみながらトリーは言った。
「ツェニーやチャイーととても仲良くしてるじゃないか」
「ああ、あの子たちのこと。ええ、それは好きよ」
「……あの子たちじゃなかったら、どの子供のことだと思ったんだい?」
「べ、別にどの子供でもいいでしょう、あんたには関係ないわよ」
 クローマがトリーは首をかしげたものの、話を続けた。
「君は子供が好きなようだし、読み聞かせもうまいみたいだから、先生になれたらよかったのにな」
「先生?」
「子供たちに物を教える仕事だよ。外の世界の都には女の教師がいる」
「教師か……」
 トリーが見つめる前で、クローマは鼻の頭にしわをよせて考えこんだ。じきにぽつりと言った。
「子供がもっと増えれば、そういう仕事も成り立つかもね。今はツェニーとチャイーしかいないけれど」
「そうだなあ、二人だけじゃ仕方ない」
 トリーはうなずいたが、そのときクローマにちらりと向けられた視線の意味には、まだ気付かなかった。


 九月に入ると、プティが受胎してから五ヵ月、ナオも四ヵ月ほどになり、腹の膨らみが誰の目にも明らかになってきた。古くからの習いなのか、村人たちは同じ男に孕まされた二人の妊婦に対しても、寛容で好意的だった。人々は二人に声をかけ、労わった。子供が生まれたら、きっと大切にされるのだろう。
 彼女たちのもとにほぼ毎日顔を出しつつ、トリーはクローマとの狩りを続けていた。
 月が替わってから一週間ほど、クローマは口数が少なく、不機嫌だった。彼女が気難しい、というか素直でないのはもうトリーにもわかっていたので、怒らせないよう、当たり障りのない受け答えをした。
 彼女がその間何を考えていたのかわかったのは、ある日の狩りで、朝一番に獲物のイノシシの家族を見つけたまさにその時である。
「ト、トリー。頼みがあるんだけど」
 茂みの向こうに獲物を見透かす位置でしゃがみこみ、どうやって追い立てるか、という相談を始めようとした途端に、クローマがつっかえながら言った。顔がこわばっていて、普通の話しではないとひと目でわかった。
「なに?」
 トリーは警戒して言った。忘れ物を取ってこいとか、ものすごく大回りをして後ろへ回り込めなどという命令はしょっちゅうだったので、またその類かと思った。
「あたしと子作りして」
「は?」
 クローマは、見る間に顔を紅潮させながら、くっきりした眉を寄せて恐ろしく真剣な顔で言った。
「赤ちゃんがほしいの。だから、あたしとして」
「ちょっ、あの、クロ、ええと」
「いい!? だめ!? まずそれだけ教えて!」
 クローマの顔は赤すぎ、声は必死すぎで大きすぎた。ブキッ! と茂みの向こうで鳴き声が上がり、イノシシの一家が一目散に逃げていくのが見えた。
 しかしトリーはせっかくの獲物を追うことも忘れて聞き返していた。
「一体どういうことだよ。君、子作りなんか死んでもしないんじゃなかったの?」
「そんなことを言った覚えはないわ」
「言ってなくても、あからさまにそういう態度をしていたじゃないか。村の決まりなんか知ったことじゃないし、村長なんて大嫌いだって」
「それは確かに、どっちもその通りだけど」
「僕と一緒にいるのも、狩りの手伝いがいるからだろう? そうじゃなかったの?」
「それは違うわよ、あんたを指定したのはあたしよ。そのために村長のところに頼みに行ったのよ。狩りっていうことにすれば、ずっと側にいられるでしょ」
「そうだったの?」
「ええ」
 クローマはこくりとうなずいた。依然として、真剣に息を詰めてトリーを見ている。
 そう思って見るならば、クローマは魅力的な相手だ。豊かな長い黒髪、情熱的で凛々しい感じの顔立ちに、すらりとした美しい体。ここが開けた外の世界だったら、二十歳に近いこんな年齢になるずっと前に、男たちに求婚されていただろう。トリーだってそうしたかもしれない。
 だがあいにく、トリーは今まで、極力クローマをそういう目で見ないようにしてきたのだ。
「そんなこと、急に言われても困るんだけど」
「そ……そう。だめか、あたしじゃ」
 クローマがきゅっと唇を噛み、顔を背けた。何か誤解したらしい。トリーはあわてて手を伸ばし、クローマの肩をつかむ。
「いや、だめなんて言うなよ。そういう意味じゃないから」
「じゃあどういう意味? あんた、気に入った子は抱くんでしょ? 現に二人も抱いたじゃない。そうでないなら、興味ないってことじゃないの?」
 クローマがとげとげしく言う。トリーは困惑し、どうしたらいいのか急いで考えた。
 答えはじきに出た。クローマは子作りをしろといい、村の決まりもそれを薦めている。言ってはなんだが、問題はそこであり、そこだけでしかない。付き合えとか結婚しろなどと求められているわけではない。することはしごく簡単なのだ。
 恋や愛が芽生える前からそんなことを口にするのは、相当奇妙な気がしたが、二ヶ月ほど行動をともにして、好感の持てる相手だと感じていた。トリーは意を決して、首を縦に振った。
「よし――うん――作るよ」
「……え? 何?」
「子供。君と作る。それでいいだろ?」
「え? ……ええと、いいの? 本当に?」
「うん。君はいい子だと思うから」
「ああ……いいんだ。そう、よかった」
 はーっとため息をついて、クローマはくたくたとその場に座り込んだ。そのそばに体を寄せて、トリーは疑問の解消に取り掛かった。
「で、約束したところで聞きたいんだけど、急に気が変わった理由は何? 村の決まりには従わないはずだったんじゃないの」
「急に気を変えたわけじゃないわ、あたしは元から子供がほしかったのよ。結婚して、ナオさんみたいに可愛い赤ちゃんを産みたかった」
「でも、初めて会ったときは」
「どこの馬の骨かわからないごろつきに、無理やり孕まされると思ったら、誰だってああいう返事をするわよ!」
「そりゃまあ、そうか」
 トリーは顔をしかめ、付け加えた。
「確かに僕は、馬の骨どころか、何の骨かもわからない流れ者だけどね」
「最初だけはそう思ったわ」
 言ってから、クローマは首を振った。
「でも、プティやナオさんの扱いを見ているうちに、大丈夫だってわかったのよ。あんたはあの二人をとても大事にしてくれてる。あんたなら、と思って……」
「大事にされたい?」
 トリーが顔を覗きこんで言うと、クローマが吸い付けられたようにトリーを見つめて、ぶるっと身を震わせた。
「だ……大事にして、くれる?」
 遠慮がちにそう言ったクローマが可愛らしく思えたので、トリーはくすりと微笑んだ。
「するよ」
 するとクローマはまた、ぽうっと頬を赤くして、やにわにトリーを押し離した。
「ちょっと、それ……やめて」
「なんだよ」
「いえ、何か、その……息ができない」
 四つんばいのまま、泳ぐようにぎこちなくその場を離れて、クローマは数歩先で振り返った。胸を押さえて動揺している。
「お、男って緊張するわ……」
「何を今さら。ずっと二人だけだったじゃないか」
 トリーが呆れて言うと、クローマが何かを思い出すかのように目を泳がせて、頬を押さえた。
「そ……そういえばそうだった。つい、お爺のときと同じつもりで……」
「全然警戒してなかった?」
 顔を上げたクローマが、綱渡りをしていたことにあとから気付いでぞっとしたような顔で、こくこくとうなずいた。
 トリーはますます確信した。やはりこの女は、見かけよりずっと子供だ。
「まあ、そういうことなら、もう狩りはしなくていいのかな」
 トリーは骨の杖をついて立ち上がり、周囲を見回した。木立のあちこちから、鳥や獣の鳴き声が聞こえてくるが、目の届く範囲に獲物はいない。先ほどから声をひそめもせずに喚きあっているから当然だが。
「そうじゃないわ、口実にはしたけれど、狩りをしなくてはいないのは、本当よ」
 クローマが後ろで立ち上がる。トリーは振り向いて言った。
「じゃあこれから続けるの?」
「続けないの?」
「子作りするんじゃなかったのか」
「子作り……ってこんなところで出来るの?」
 自分より背が高くて体つきもいい女が、そんなことで驚くのは、なかなかに面白い。それにクローマの驚き方もおかしい気がして、トリーはからかいたくなった。
「もちろん出来るよ。出来ないと思った?」
「そ……そうよね、考えてみれば、男と女がいればできるんだ」
「する?」
 内心では、こんな時間にこんな流れで子作りをする気などなかったが、クローマの反応がいちいち面白くて、トリーは聞いた。
 クローマが答えに詰まり、目を泳がせてうつむいた。自分の体を抱きしめるようにしてしばらくためらっている様子だったが、じきに棒立ちになったまま、ひとつ小さくうなずいた。
 トリーは近づく。
「ああ、作っていいんだ?」
「……いい。け、決心した」
「じゃ、作るよ?」
 トリーは腕を伸ばして、突っ立ったままのクローマを抱きしめた。手が触れた瞬間、まるで細身の体に芯が入ったように、びくんと硬くなった。
「怖がらないでよ」
「怖がってなんか!」
「もっと力を抜いてくれないと、何もできない。深呼吸して」
「こ、こう……?」
 すう、はあと息を吐いてクローマが弛緩した瞬間に、トリーは手のひらを、引き締まった背中から尻へ、さらりと滑らせた。弾力のある丸い丘に、指が埋まりかけた瞬間――
「きゃあっ!?」
 クローマが甲高い悲鳴を上げて、思い切りトリーを突き飛ばした。トリーは土の上に尻もちを突く。
「なっ、なんてとこ触るのよ! あんたどういうつもりなの!」
 涙目で体をかばうその態度で、彼女がさっきから見せている妙な態度の原因が、トリーにははっきりわかった。尻を払って立ち上がりながら言う。
「クローマ、君……」
「なによ」
「子作りの手順を知らないだろう」
 クローマがぴたりと口を閉ざした。
 図星か、と思ったが、クローマは喚きたてた。
「ば、馬鹿にしないでよ、それぐらい知ってるわ! 男の子種を女の腹に入れればできるんでしょう?」
「理屈はそうだけど、じゃあどうやって種を仕込むか知ってるの」
「……」
 クローマは真っ赤になって再び言葉に詰まる。トリーはあえて近づかずに、クローマの周りで円を描くように歩き出す。
「こうやって近くにいれば、種が飛んでいくのかな」
「そんなわけ……ないでしょう」
「ないね。じゃあ手を握ればいいのかな」
「そう……なの?」
「え?」
「その、種を、手で取って、女に渡して……」
 今まで聞いたこともない斬新な解釈に、トリーは危うく噴き出しそうになった。
 そうしなかったのは、クローマが真剣な顔で恨めしそうににらんだからだ。考えてみれば、彼女は祖父に育てられたあと、ずっと一人で暮らしてきた。おそらく本当にわかっていないのだと、トリーは気付いた。
 何度か唾を飲みこんで、トリーは厳粛な顔をすることに成功した。クローマの前に立っておごそかに告げる。
「クローマ、種を注ぐには、男が女の股に根を入れなければいけないんだよ」
「根?」
「そう、男の根だよ。ここに子種が入ってる」
 トリーはいい、自分の股間に手を当てた。クローマが目を丸くしてそれを見つめた。
「と、トリー、そっそんなところ」
「隠していたら説明できない。この根を君の股に入れる」
「そ、それじゃあ獣と一緒じゃない!」
「一緒だよ。獣と同じだよ。世の男と女はみんなそうするんだよ。どうして違うと思ったの?」
 クローマが追い詰められたように口を閉ざした。その顔に、理解の色が広がっていった。
 トリーは、そっと言った。
「だから、クローマ、脱いで。子供がほしいなら」
 クローマが呆然としたように小刻みに震えながら、両手を腰に持っていった。
 スパッツに指をかけ、下げようとする。
 だが、その手が止まった。腰骨の上から下へ降りようとしない。
 ぎゅっと唇を噛んで、クローマが蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「だめ……やっぱり無理、恥ずかしい」
「そうか、じゃあもうちょっと簡単な方法にしよう」
 トリーがわざとため息をつきながら言うと、クローマははっと目を向けた。
「簡単な方法? そんなのがあるの?」
 あっさり食いついてきたクローマを、内心でおかしく思いながら、トリーはもっともらしくうなずいた。
「明かりを消すことさ。――クローマ、君の部屋へ行こう」

 クローマは神殿跡の宿舎の一室を自分のものにしていた。石造りのその部屋に入ると、ありがたいことに暑気が薄れて、ひんやりした涼しさに包まれた。
 室内には低い書架と火皿、藁を詰めた木製のベッドが一台。簡素で整った調度だ。部屋の空気に含まれる、クローマのスッとするような爽やかな汗の香りが鼻をくすぐった。
「いい部屋だね」
 トリーが言うと、背後のクローマが「そう」とそっけなくつぶやいた。森から帰ってくる間、彼女は緊張してひとことも口を利かなかった。今もどうしたらよいかわからないようで、まるで彼女らしくなく棒立ちになっている。
「窓を閉めよう。よろい戸はある?」
「あるわ」
 クローマが窓に向かったので、トリーは戸口を閉めた。
 バタバタと音がして、部屋が真っ暗になる。「トリー?」と不安そうな声がしたので、「ここにいるよ」とトリーは答えた。近づいてそっと手を取ると、彼女のほうからキュッと握り返してきた。手のひらがじっとりと湿っている。
 密室で二人きりだ。トリーは勃起し始めた。
 黙ってベッドに導き、座らせた。肩を押すと、クローマはぎこちなく従った。トリーは彼女の肩に手を回して、引き寄せた。汗の香りが濃くなり、せわしない息遣いが首筋にかかった。
「クローマ」
「ん」
「怖くないから。プティもナオさんも、大丈夫だった」
「え、ええ、わかってる」
「深呼吸して」
 森でやったようにクローマが深く呼吸した。トリーは手を使うというより体全体で包むように、彼女を抱きしめた。
 脇腹が当たり、胸が当たる。伸びやかな筋肉の詰まった、薄く重たい感じの乳房がトリーの胸で潰れる。だが、まだ硬い。クローマの体は不安を帯びて、ひりひりとこわばっている。
「横になって」
 体重をかけ、トリーはクローマを押し倒した。それから、キスをした。
「んぷ……」
 目を見張って戸惑うのがわかったが、かまわず奪った。唇をこすりつけ、舌で隙間をくすぐる。戸惑いが薄れてクローマが唇を開き始めると、徐々に舌を滑り込ませた。くすぐり、絡ませ、引き入れる。
「んは、ぷふぁ、あふ、ん……んちゅく……」
 クローマの体が目に見えてゆるみ始めた。腕が、足が、ぐったりと伸びる。胸が大きく上下する。
 いったん口を離して、ささやく。
「まだ怖い?」
「んん……何、これ……」
「気持ちいい?」
「変。頭がぼうっとして……」
 どうやら不安が薄れてきたようだ。トリーはまた口付けした。
 彼女のかたわらに横たわって、手で愛撫する。肉の薄い腹にちょっと触れただけで、ひくっと肌が震えた。しっかりした腰周り、引き締まった太腿へ手を進めると、びくびくと震えも移動していく。束ねた縄のように硬かった体が、次第にほどけていく。みっちりと詰まった肉が、はじけるような弾力を返してくる。トリーはようやく楽しくなってきた。
「クローマ、足を開いて。大きく」
「……」
 スパッツに包まれた太腿に手を当てて待つと、ごそり、とクローマが動いた。トリーの命じたとおり、重そうな太腿が大きく開かれた。
「素直になった。いい子だね」
「あう……」
 額に口付けしてやると、涙声のようなものが聞こえた。
 股に触れると、思ったとおり腰が大きく震えたが、それよりも後ろのほうが反応が激しかった。
 トリーの手がクローマの股間を滑り、ふっくらしたひだの谷間を過ぎてその下のすぼまりへと差し掛かった途端、びくびくっ、とクローマの腰全体が跳ねたのだ。
「やぁっ」
 クローマが力のこもらないうめきを漏らして、トリーの手を押し戻そうとした。それを巧みにかわして、トリーはクローマの尻をさすり続けた。びくん、びくん、と大きく腰を跳ねさせて、クローマは反応し続けた。
「くぅっ、くんんっ……ちょっと、いやぁ!」
 おびえたような声を漏らして、クローマが胎児のように体を丸めた。手を伸ばして必死にトリーの手を押しのけようとする。
 トリーはいったん手を離した。はぁはぁはぁ、と二人の息遣いが闇を満たした。
 トリーはクローマの横からのしかかって、動けないように押さえると、今度は背中側からクローマの腰の後ろに触れた。びくっ、とクローマがまた身構える。
 五本の指を広げて、触れるか触れないかというぐらいささやかに、背骨に沿って下ろしていった。尾てい骨の突起を過ぎて、尻の谷間へと中指を勧めていく。
「ふぁ ふぁ 」
 クローマが切れ切れに声を漏らしている。スパッツ越しの、皮膚もへこまないようなかすかな触れ方なのに、すっかりそこに意識を奪われているらしい。
 やがて中指がむっちりした二つの丘の間に達した。まだ谷底には届いていない。少し肉を押し開くようにすると、底にある星型のすぼまりに届いた。
 トリーは指の腹で、クローマの肛門を揉んだ。
「〜〜〜〜っ!?」
 押し殺した声がして、尻から太腿までの肉がびくびくと派手に震えた。思ったより声が小さいので頭の方をまさぐってみると、クローマは枕を思い切り抱きしめて、顔を埋めているらしかった。
「へえ……」
 トリーは物珍しさに声を漏らして、クローマを見下ろした。よろい戸の隙間から漏れるわずかな光が、顔を隠した女の長い黒髪だけをうっすらと照らしている。
 トリーは手を離して、念のためクローマの体のあちこちに触れてみた。首の後ろや、腋の下などに触れると、「ひん」と甘い鼻声がかすかに聞こえたが、それほど派手な反応はなかった。
 もう一度尻に手を回すと、丸い丘に触れただけで、ぶるっと大きな痙攣が走った。そのまま様子を見ていると、クローマは顔を隠したまま、せがむようにくいっと尻を突き出した。
 手刀のような形にそろえた指を尻たぶの間に埋め、前後にゆっくりとさすってやると、女猟師は腰全体を震わせながら、先ほどにも増して激しい声を枕の中から漏らした。
「〜〜〜〜っ! ん〜〜〜〜っ! くぅ〜……っ!」
 太腿の間で潰れている前の谷間に、スパッツ越しにもわかる湿り気が、じんわりとにじんできた。
 もう、トリーにもはっきりとわかった。
 トリーはクローマの枕のそばに顔を寄せて、ささやきかけた。
「お尻、好きなんだ?」
 クローマが枕の中から目だけを出したが、その瞳はすっかり濡れて曇っていた。
 生まれてはじめての快感にとろけきった声がトリーの耳に届く。
「しらない……♪」
 甘い声がトリーの耳からとろとろと脳髄に流れこんだ。勃起が痛いほど激しくなる。
 クローマの後ろへ回り、スパッツを下着ごとくるくると剥いた。
 闇の中に、青白いハート型の塊が浮かび上がり、温かい潮の香りがふわりと立ち昇った。閉じこめられていたクローマの下着の匂いだ。
 光が足りなくて、ぼんやりとしか見えない。だが現れた白いものの中心に、その匂いの源である谷間があるはずだった。
 トリーはその白い丸みに手を置き、撫で回す。しっとり汗ばんだ肌が手のひらに吸い付く。クローマの尻の生肌だ。触られるのを喜んで、ぞくぞくと震えている。
 ツンと突き上げられているその丸い形には、男を引き寄せる魔力があるようだった。魔力に抗えずに、トリーは指を立ててその丸みをこね回した。
 なめらかな肌の下に詰まった肉が、きゅっ、きゅっと思い出したように引きつり、強くつかむと「んぅぅぅ……!」と切なそうな声が聞こえた。
 左右の膨らみをこねると、中心部の谷間が広がって、隠れている暗い部分がうっすらと見えた。
 貫きたい、という強烈な欲求がトリーの後頭部で膨れ上がり、股間がずきずきとうずいた。ただ、そこをそのまま雄の槍で突いても入らないだろうということは、想像がついた。
 それでトリーは人差し指を舐め、さらに気を変えて小指を舐めた。 
 そしてその指先を、すぼまりの中心にじかに当てた。
「――ーッ!!」
 クローマが声にならない声をあげ、きゅっ、ときつく門を閉じた。ぴったりとそろえた膝頭をもじもじと強く擦り合わせる。トリーは小声でささやく。
「クローマ、深呼吸」
「……ぅぅ」
 一拍遅れて、滑り台のように反ったクローマの胴体が、ゆっくりと上下した。わずかに緩んだ入り口に、トリーはじわりと指を潜り込ませた。
 細い指先が、ぬめぬめとした粘膜に包まれる。そこがなんの器官かということを考えると、トリーは興奮で頭がずきずきしてくる。わけのわからない衝動が高まって、手でつかんだ肉をさらにこね回した。入れた小指を、ゆっくりと出し入れして、少しずつ到達点を進めていく。
 ……ぬち……ぬち……
「クローマ……そう、ゆったりして」 
「……ンン……」
 トリーの声に、クローマは従順に従う。きつい肉の輪がゆるみ、少しずつ指を飲み込む。いつの間にか二人とも、何か必要なことをしているかのように息を合わせていた。
 やがて、トリーの小指がすっかり飲み込まれた。指の根元を、きゅくきゅくとひくつく輪が締め付け、中ほどを湿った膜がくるんでいる。先端は、空洞のようなところに突き出して、温かいぬらぬらしたものの中で動かせた。
 トリーは食い入るようにそこを眺めてから、姿勢を変えてクローマの尻全体を片手で抱え込んだ。そして尾てい骨の下あたりにキスしながら、声をかけた。
「クローマ」
「…………」
 返事は、ほとんど聞こえない。クローマは恥ずかしさのあまり、枕の中にきつくきつく顔を埋めて、隠れてしまっている。
 それでも通じているのは間違いないから、トリーは続けて言った。
「うなずいて返事をするんだ。痛い?」
 ぐいぐい、とクローマは横に首を振る。
「嫌な感じ?」
 ぐいぐい、とまた横に振る。
「柔らかくて温かくて、とても気持ちいいよ。クローマは、ぞわぞわして切ない感じ?」
 こくん、と縦に振る。
「ここがいい?」入り口の周りを親指でくるりと撫でる。
 こくこく、と縦に振る。
「ここはどう?」 くちくち、と指全体を前後させる。
 こくんっ、と大きく縦に振る。
「これは?」口を開けて、むっちりした肉の丸みに歯を立て、はぐはぐと甘噛みした。
 ぶるぶるぶる、と縦とも横ともつかない首ふり。
「むずむずするんだね」
 こく、と小さなうなずき。
「もっとやっていい? この辺全体にいろいろ。何倍も気持ちよくなるよ」
 抱きしめた肌が、かあっと火照ってきた。
 こくん、と一度うなずき、しばらくしてから念を押すように、こくこくこく、と何度もうなずいた。
 最後にトリーは悪戯心を起こして、ささやいた。
「窓を開けて、照らしていい?」
「絶対にだめっ!!」
 クローマが振り向いて、牙を剥かんばかりに叫び、またすぐ枕に逃げた。
 トリーはなんだかとても楽しい気分になって、指の作業を再開した。
 クローマの見事な尻は、いまやすっかりトリーのものだった。そこに頬を乗せてむちむちした弾力を楽しみながら、トリーはじっくりと指を動かし続けた。
 まっすぐに伸ばして出入りさせたり、先を曲げて引っかいたり、ぐるりぐるりと回したり、小刻みにぶるぶると震わせたり。
 そのたびにクローマは背筋を震わせ、足をばたつかせて喜んだ。
 途中からは息が熱くなりすぎて我慢できなくなったらしく、顔を横に向けて吐息と甘い声を漏らすようになった。
 じきに穴はすっかり滑らかにほぐれて、小指を自由に出し入れできるようになった。美しい丘の真ん中に開いた小さな穴に誘われて、トリーは我慢できなくなり、そこにキスした。
「ひゃあっ!?」
 クローマが正真正銘の悲鳴を上げて、体を引きつらせた。何をされたのか、一瞬で気付いたらしい。だが、トリーが舌を伸ばし始めると、数秒もがいただけで、すぐおとなしくなった。それどころか、全身を綿のように弛緩させて、今までにない声を漏らし始めた。
「あ……あ……あア……アアア……」
 尻が快感に溶けてゆるみ、完全に開ききっている。トリーもクリスタにされたことがあるからわかる。ここを舌で愛撫されるのは恐ろしく心地いいのだ。クローマはきっと、このさき一生拒めなくなるだろう。
 顔が見られないのが残念だった。
 パン生地のような丘の間に顔を埋め、無抵抗な尻穴を舌でじっくりとろかしてやってから、トリーは人差し指を差し込んだ。クローマはもう声を抑えようともせず、「あア あア」と繰り返しあえいで、魚のようにびくびくと尻を跳ねさせた。
 さらに何十分もかけて、中指、親指を突き込んだのち、ようやくトリーはクローマの腰から顔を上げた。
 頭が重く、股間が痛い。子種が溜まりすぎて、性器の根元がじくじくうずく。もどかしくズボンを脱いで、クローマの背後に膝立ちになった。
 少年の痩せた腹に、勃起が張り付いている。持ち主と同じように細身だがしっかりと剥けて、血管の浮いた性器。がちがちに張り詰めて必死さを感じさせるそれを、トリーは手で押し下げてクローマの穴に当てた。
 そのときふと、自分が子作りとは全然関係ないことをしようとしていると気付いた。
 トリーはクローマの尻肉をつかんだまま、動きを止めた。切迫した二人の呼吸の音だけがしばらく続き、やがてクローマが焦れたようにささやいた。
「トリー、なんとかして……つらい……!」
 その声を聞いた途端、トリーはためらいを捨てた。
 女が目の前で無防備に這いつくばり、一番美しくて弱いところをさらしている。
 する理由はそれだけで十分だった。
 脈打つ性器を、まだ小さく開いたままの穴に当てて、ぐっと腰に力をこめた。
 ずぷんっ! と一息に刺し貫いた。
 潤んだ管の中に飲み込まれて、鳥肌が立った。
「ひゃぁんっ!」
 クローマは貫通の瞬間に背中をびくつかせて、頭のてっぺんから声を放った。その後も肌をぶるぶるとさざなみのように震わせ、硬直している。
 熱い尻を両手の中にすっぽりと握りこんで、じわりと押し離してから、もう一度勢いよく叩きつけた。ぱん! と乾いた音が上がる。
 勃起が肉の奥に埋まり、「やぁんっ!」と再びクローマが鳴いた。
 突き刺したまま思い切り体重をかけ、腰をぐいぐいとうごめかせた。みっちりと張り詰めた尻が骨盤の下で柔らかく扁平につぶれ、ぐねぐねと形を変えた。性器が中でぬらぬらと揉まれて、むずがゆいような快感が伝わってきた。
「やああ、あああぁあ♪」
 クローマは途切れのない鼻声を垂れ流しながら、うねうねと体中をもぞつかせた。身も世もない彼女の喜びが手に取るようにわかる。
 硬く硬く勃起したもので奥を突き回してやると、クローマは際限なく喜んだ。
 トリーは自然に長い吐息を漏らした。
「はあぁぁ……」
 背筋をぞくぞくと寒気が登る。プティやナオのときとはまったく別の快感だ。あの二人との行為はつながりだった。だが、これは狩りに似ている。
 クローマの足を開かせ、尻を高く突き上げさせて、より無防備な姿勢にして、トリーはさらに手加減なく突き荒らした。
「やっやっやっ、やっあっあああっあう、んあああぅんっ」
 勃起しきったトリーの先端は、中指よりもずっと長い。トリーは尻肉をつかんで、その内部を見通すかのように見つめる。尻の膨らみの半ばよりも奥まで貫いてしまっている、ような気がする。前の秘所とは違って、最奥のこりこりした手ごたえはない。この穴はもっと頼りない柔らかな管に続いている。
 勢いよく刺しているうちに、腰の奥のうずきがあっという間に高まってきた。トリーは声をかける余裕もないまま、根元までずっぷりと刺し込んだ瞬間に射精した。
 ずびゅぅぅっ、びゅるるるるっ、びゅくっ、びゅくんっ……!
「うう、くっ……♪」
「やっ、やあぁっ!?」
 驚いたような声がしたところを見ると、クローマもその熱さを感じたのかもしれない。トリーは堰を切ったように多量の精液を噴きこぼした。クローマの腸内にどくどくと濃いとろみを満たしていき、満たしながら腰の動きを続ける。クローマ自身がこぼす粘液と混ざって、白い泡がぬらぬらとあふれ出す。
 最初の波が過ぎ去っても、トリーはまだ、うずきを残していた。つかの間動きを止めて息を整えてから、間を置かず再び動き出した。
「ふゃぁっ、トリー、まだするのぉっ?」
 クローマが酔ったように回らない舌で叫び、ぐったりと力を抜いた。ベッドにうつぶせに倒れ伏してしまう。だがトリーはやめる気になれず、潰れたクローマの体にさらにのしかかった。ぺたりと平らに伏せてしまったクローマの尻を左右に押し開き、勃起したままの性器をねじ込んで、ぐねぐねとかき回す。
「いや? やめる?」
 クローマの背中にしがみついて、トリーは耳元にささやいた。クローマが舌を出してあえぎながら、かすれた声で言う。
「ち、ちから、入んない、もぉ」
「何言ってるの、クローマのほうが力は強いじゃないか」
 言いながらトリーは容赦なくぐいぐいと動き続けている。クローマは降参するようにばさばさと頭を振って、細い悲鳴を漏らした。
「わかんない、わからないわよぉ。ト、トリーの好きなようにして……」 
「ん、んんっ!」
 クローマの言葉半ばで、トリーは二度目の絶頂に達した。獲物に止めを刺すような気持ちで、ぐっと背を丸めてびゅるびゅるとクローマの尻に子種を撃ち込む。目の前が快感で真っ白になる。
 クローマが枕を噛んでうめく。 
「〜〜〜〜っ! ま、またぁ……!」
 喜んでいるとも、苦しんでいるともつかないうめき声を耳にしながら、トリーはクローマの背中を覆う髪に顔を埋めて、その香りに浸りながら、またしばらく休む。
 はぁはぁと息を荒げて、クローマは動こうともしない。長い手足をぐったりと放り出して、肉人形のように横たわっている。絶頂の余韻か、全身から蒸気のように濃い汗の香りを立ち昇らせている。
 その香りに誘われ、トリーはまたむらむらと催してきた。入れたままの性器を再びむくむくと大きくしていく。
 するとクローマもぴくりと体を動かし、のそりと腰を突き出した。
 トリーはその後、さらに二度クローマの中に出してから、ようやく身を離した。

 カタン、と鎧戸を開けると、午後の陽が差し込んで、壁のほうを向くクローマを照らした。
 まぶしい光を浴びた尻は真っ白に輝いて見える。だがよく見ると、トリーにさんざんつかまれ、こねられ、噛まれた跡が、うっすらと赤く残っている。中心のすぼまりはすっかり赤く充血して、閉じきらずにわずかに開いたままで、白く濁った体液をとろとろとこぼしている。その液は右の尻たぶの美しい丸みに沿ってシーツへ垂れていた。
 トリーは、太腿まで下げたままだったスパッツを引き上げて、その尻を隠してやってから、クローマの頭に顔を寄せて、重大なことを言った。
「クローマ、ごめん。子作り、忘れてた」
 空ろな目で放心していたクローマが、かすかに口を開いて、つぶやいた。
「……どうしてくれんのよ」
 瞳が動き、トリーをとらえて微笑んだ。
「こんなの忘れられない……」


 そのことがあってからというもの、クローマは別の一面をトリーに見せるようになった。普段は今までどおりに威勢良くふるまうのだが、いったん「子作り」を意識させると、別人のようにしおらしい態度を取った。
 たとえば狩りの最中の休憩の時や、朝待ち合わせて出かける前の時間。いつものようにつっけんどんな態度を取るクローマに体を寄せて、腰に軽く触れると、それだけで顔色が変わる。ハッと緊張の色を浮かべて、ぎこちなく目を逸らす。肩が硬く張り、そわそわと指を握ったり開いたりし始める。
 そんな彼女の尻に触れて、猫のあごでも撫でるような手つきで尻の谷間をさすってやると、もうそれだけでクローマは腰砕けになる。目を潤ませ、湿った吐息をついて、何かにつかまろうとする。それを支えて、体中を徹底的に愛撫してやると、すぐに濡れて喜んだ。
 最初の数回こそ、屋内でなければ嫌がったが、少し慣れてくるともう野外でも抵抗しなくなった。
 クローマはトリーに触れられることを期待して、機会さえあればちらちらと目で訴えてきた。トリーはそのたびにできるだけ応えてやった。
 人気のない夏の森の一角で、女猟師のしなやかで引き締まった下半身を剥き、立ち木につかまらせて後ろから突き上げるように犯した。
 水場で盛ってしまった彼女を、岩のくぼみにもたれさせて、湿った股を満足するまで舐め抜いてやった。
 逆に、夜中に夢を見たとかで、朝出かける前からせがんできた彼女を、足元にしゃがませてたっぷりとしゃぶらせ、それから床に這わせて貫いた。
 場所や時間を決めたりせず、そのときその場の流れで番った。最初の恐れと不安が薄れてくると、クローマは積極的に求めるようになったし、その気のなさそうな時でも、トリーが触れると拒まずに体を開いた。最初にしてから三週間も経たないうちに、二人は新婚の夫婦者よりも頻繁に求め合うようになった。
 ただ、そのくせ、子作りはまったくしていなかった。
 一応建前としては、二人とも「子供作る?」「うん……」というやりとりで始めるのだが、入れる段になるとクローマは必ず後ろで求めたし、トリーも彼女の形のいい尻に引かれて、ついついそちらを貫いてしまうのが常だった。二人ともそれに興奮し、燃え尽きるほど達するのだが、もちろん後ろで交わっても子供は出来ない。
 ことが終わってから、気まずい顔を見合わせて言うのだった。
「またこっちでしちゃったわね」「これじゃまずいよな……」
 これが逆ならまた話は違ったのかもしれない。作ってはいけない子供が出来たら大変だ。だが二人は子供を作っても作らなくてもいい間柄であり、今でなくてもいいと思ってしまうのだった。
 しかし現実はそうではなく、いつでも作れると思っていた子供が突然作れなくなることもある。
 二人はそれを、十月のある曇りの日に思い知った。

 その日もトリーとクローマは連れ立って狩りに出かけた。朝から低く雲が垂れ込め、肌寒い風が吹いていた。快適とは言えず、トリーは自然に気分を引き締めた。こういう日でも獲物はいることはいるが、たいてい不機嫌で手ごわい。人間と同じで、動物も暖かく明るい日のほうが気が緩む。
 谷間を歩いた午前中は実入りがなく、午後には沢沿いの斜面を延々と行き来したが、やはり獲物は見つからなかった。そこで二人で相談して、それまで行ったことのない、うんと東のほうの谷へ足を向けたが、やはり実りのないまま、夕方になってしまった。
「今日は外れだったね」
「急いで帰るわよ、かなり遠くまで来ちゃったわ」
 ところが気が急いている時というのはろくなことがないもので、沢伝いに下っていったところ、まるで見覚えのないくぼ地に出てしまった。薄れ行く残照のもとで、濁った緑色の小さな池が見えた。
「どこよ、ここは……」
 一通り調べた後で、クローマが舌打ちして言った。トリーは冷静につぶやいた。
「どこにもつながっていないみたいだね。行き止まりの谷だ」
「そんなはずはないわ、ザントベルクの川は全部村につながっているのよ。こんな谷、あるはずがないわ!」
「そうだね、クローマ、その考えは正しいと思う。ザントベルクはひとつの水系からなる村だ」
「知らなかったのよ、こんな谷があるなんて……」
「これは多分、断層谷だ。知らなくても君のせいじゃない」
 うろたえて言い訳をするクローマをなだめて、トリーは空を見上げた。雲は晴れず、辺りは刻々と暗くなっていく。今から改めて道を探すのは無理だろう。
「落ち着けクローマ、野営しよう。たった一晩のことだ」
 クローマを励まして、トリーは野営の準備を始めた。太目の枝を持ってきて、適当な岩陰に立てかけ、屋根を作る。クローマには薪を拾いに行かせ、その間に愛用の骨の杖で砂地に線を引いた。
 即席の露営小屋ができると、その中に腰を下ろして、入り口の外に焚き火を熾した。
 トリーの隣に座ったクローマが、膝を抱えてぶつぶつ言った。
「本当におかしいわ、この辺りは昔爺さまと来たことがあるけど、こんな谷はありゃしなかった」
「四年以上前だろ? 覚え違いだってあるよ」
「なんだか、嫌な感じだわ……」
 クローマがトリーの肩に頭を預けてきた。しっとりした黒髪が頬にかかる。トリーはその頭に鼻をこすりつけ、肩を撫でてやった。
 焚き火の向こうにはすっかり闇が落ちた。枝のはじけるパチパチという音に、ホオ、ホオ、とどこかにいる鳥の鳴き声がかぶさる。
 上空は蓋のように分厚い雲に覆われ、ごうごうと山を越える風の音がする。
 人里離れた、寂しい山中だ。この寒々しい自然の中で、仲間と呼べる相手は、隣にいるこの一人しかいない。
 しんしんと押し寄せる山の暗さと静けさの前では、自分たちはほんのちょっと温かいだけの、小さな二つの点でしかないのだ……。
 トリーがそんな風に感じていると、不意に二の腕をぎゅっとつかまれた。
「トリー」
「ん?」
 クローマはうつむいて息を凝らしている。やがて首を振り、布団に潜りこむ子供のように、トリーの胸元に顔を押し付けた。
「なんでもない」
 この子も同じなんだな、とトリーは思った。
「寝なよ。僕が起きてる」
「あんたが寝てよ。武器もないくせに」
「じゃあ、両方起きてよう。そして、朝になったらうちに帰って一緒に寝よう」
「それならいいかな」
 フッ、と以前のように勝気な笑みを浮かべてから、一転して優しい顔になってクローマは言った。
「ねえ、トリー」
「ん?」
「聞いてもいいかな、時間つぶしに」
「何を?」
「あんたのこと」
 クローマは顔を傾け、トリーを見つめる。揺らめく炎が整った顔の半分を照らしている。
「トリーはどういう人なの? どこから来たの?」
「あまり話したくないんだけどな」
「だろうね。そうだと思って、今まで聞かなかった。でも……」
 クローマが、触れあっている肩の辺りを、少し強くぎゅっと押して言った。
「さすがに知りたくなってきた。こんなに何度も、つながっていたら」
「する?」
 トリーが腰の後ろをさすろうとすると、こら、とクローマに手をはじかれた。
「話させてよ。あたしたち、すぐしすぎだわ」
 女猟師は赤い顔で言う。その体を抱きしめて触ってやれば、ものの数分でその気になってしまうことはわかっていたが、この時はどういうわけか、話したい、とトリーは思った。
 村の誰にも真実を打ち明けていないということが、そろそろ重荷になってきていたのかもしれない。
「約束してほしい。質問しないこと、聞いたらすぐ忘れること」
「……うん、約束するわ」
「じゃあ、クローマ、これから一つのたとえ話をする。僕の境遇に似ている話だ」
 手招きして、クローマの革の水袋からひと口もらい、トリーは語った。
「二つの国があったと思ってくれ。片方は大きな国、片方は小さな国。その小さな国に、一人の男がいた。男はある種の術の使い手で、つい先ごろ南方の砂漠に隠されていた古い秘法を見つけ、強い力を手にしていた。それが大変なもので、ちょっと調子に乗っていたんだね。その男が国にいるとき、大きな国が攻めてきた。誰が見ても、大きな国が勝つだろうと思われた。ところが、その男が秘法を使って、大国の軍勢を追っ払ってしまった。これがほとんどありえない勝ち方だったので、負けた大国も含めて、その辺りの国の人々がいっせいに男に注目するようになった。何しろたった一人で大国の軍勢を追っ払ったんだからね。敵に回したら大変だし、味方にすればこれ以上頼もしい用心棒はない。ぜひとも男を手に入れたいと考えた。それがかなわないなら、せめて他国の手に渡らないようにしたい、とも。そして各国の宮廷は密偵を放った。男は後悔したがあとの祭りさ。身を隠し、逃げ回り、そして……」
 トリーは言葉を切り、もう一度水を口にして、隣を見た。
 クローマが驚いたように目を見張っていた。 
「それは……本当?」
「質問しない」
「ああ、そうだったわね……」
 口を閉ざしたものの、クローマはじっとトリーの横顔を見続け、やがて小さな笑いを漏らした。
「あは、それ、冗談なのね? 作り話なのね?」
「そう思う?」
「思う。思うわよ。だって、一人で大軍を追い払ったなんて、あり得ないもの。聞いたことがないわ。神殿にある戦記を読んだけど、そんな戦争の例はなかったと思う。そんなのが載っているのは聖姉妹伝ぐらいじゃない? 伝説の中だけのことよ」
「まあその通りだよね」
 トリーは言い、くすりと笑った。クローマが表情を和らげ、うなずいた。
「何よ、あやうく信じるところだった。それで本当のところはどうなの?」
「本当のところ、僕は今の話の男じゃないよ。地方の村で独学していた学生さ。ただ、ちょっとした術は使えるけどね」
「そうなの? じゃあ、なぜこの村へ?」
「深い理由はないんだ。見聞を広めようと旅をしていただけで」
 それを聞くとクローマは首をかしげた。
「ただ旅をしていただけで、こんな山奥まで迷い込むなんて、よほど方向音痴なのね」
「ゾグという国を避けようとしたんだ。南にあるだろう。圧制で有名な国」
「ああ、そうなの。聞いたことはあるわ、グゼナが言っていた気がする」
 トリーはそれを聞いて尋ねようとしたが、それより先にクローマが首に腕をかけて、抱きついてきた。
「そうだわ、あんたのお父さんとお母さんはどんな人なの?」
「……どうして?」
「聞きたいもの。あんたのお父さんは、あんたに似ていた? どんな女の人と結婚したの? つまり、どんな女が好みなの?」
「そうだね――」つかの間目を上げて、トリーは思い出そうとした。「……あまり覚えてないな、十になる前に戦の巻き添えを食って、二人とも亡くなったから」
「あら、そう……ごめんなさい」
「いや、いいよ、君だっていないだろう。気にしないで」
 そう言ってから、トリーは付け加えた。
「僕の母は君にちょっと似ていた気がするね」
「本当?」
「すらっとしたところとかね」
 本当はほとんど思い出せないままトリーは言ったのだが、クローマはその答えが気に入ったようだった。にっこりと笑って、トリーに額を押し当てる。
「じゃあ、あたしって、結構あんたの好みだったりする?」
「嫌いならそばにいないよ」
「はっきり言って」
「……うん、好きだよ、クローマ」
 クローマが顔を傾け、トリーに口付けした。頭を抱いて、トリーは受け止めてやった。
 やがて顔を離すと、クローマは紗のかかったような目でささやいた。
「ねえ……しない?」
「ん?」
「子供、作りたい……」
「ほしいの?」
「っていうか、トリーの子を産んであげたいの。家族なくて、寂しかったでしょ……」
 クローマが片足を持ち上げ、トリーの膝をまたいだ。スパッツに包まれた股間を軽く押し付ける。
 トリーは自分のうずきを感じ、クローマに触れようとしたが、そのときふとクローマが目を泳がせ、身を離した。
「ごめん、ちょっと待って」
「なんで」
「待ってってば。準備、ね?」
 手を伸ばし始めたトリーを振り切って、クローマは立ち上がった。意味ありげに微笑んで、露営小屋から出て行こうとする。
 そこで立ちすくんだ。
「う……」
「クローマ?」
 焚き火の向こうを彼女は見ている。その視線をトリーは追った。
 一体いつの間に現れたのか、ほんの五歩ほど先で、きらきらと輝く鋭い針玉のような尾をこちらに向けて、四足の獣が地に伏せていた。

 昔、大都で目にした図版をトリーは思い出した。白っぽい滑らかな毛皮、痩せて細い体躯、その体には不釣合いなほどたくましい、太縄を綯ったような筋肉質の尾。
「シンビヒョウ」
 声を出した途端、ヒョウの尾がブンと音を立てて振られた。輝くものが飛来して、トリーの耳をかすめた。熱い痛みが生まれる。
 背後の岩壁に、ガッと骨質の針が突き立った。恐るべき威力だ。機械弓に匹敵するかもしれない。
 ヒョウはこちらを刺すように見つめ、吊り上げた口の端から低い唸りを漏らしている。体をゆるく伏せているのは、あえて体を動かす必要がないからだ。武器である尾を高く立ててゆらゆらと揺らし、はずみをつけている。帆のように大きな二つの耳はぴたりとこちらを向き、ときおりちらちらとクローマの方を向く。
 その姿からは、まぎれもない必殺の気迫が感じられた。単なる好奇心などではありえない。
 彼女(狩をするシンビヒョウはメスだ)が、ただちにその強力な尾針を放たないわけは、盲目だからだ。この生き物は、夜に生きることに徹したためか、針穴を思わせるごく小さな目しかもっていない。そして、その代わりに大きな耳で獲物の音を聞き取って襲い掛かる。
 今この場を支配する音は――焚き火のそれだ。パチパチ、シュウシュウと焼けていく生木が、トリーとクローマの命を救っている。
 それに代わる音を立ててしまったとき、二人の運命は定まるだろう。
 トリーはそういったことを思い出し、同時に、クローマも思い出しているらしいことに気付いて、幸運に感謝した。
 そっと腰を浮かせて、クローマの片手を引く。立ったままではいずれ疲れて姿勢が崩れる。座ることが先決だ。
 クローマがのろのろと振り向いた。その顔はこわばり、青ざめている。トリーが思った以上に脅えているらしい。多分、猛獣と対面するのはこれが初めてなのだろう。なまじ猟師として半端に経験があるために、相手の恐ろしさがわかって、呑まれてしまっているのだ。
 トリーは慎重に、何度も手を引いて、クローマを下がらせた。ふらふらと戻ってきたクローマが、腰を下ろす。砂の浮いた岩に手を突いて音を立てそうになったので、あわてて引き寄せて、自分の膝の上で受け止めた。
 トリーがあぐらをかいて、クローマを横抱きするような姿勢になる。
 クローマが壁際の大弓に目をやって、それを取りたいとトリーに目顔で訴える。
 トリーは首を振る。弓を取って、矢筒から矢を抜いて、つがえて射るのを、まったく無音でやれるとは思えない。
 まったく別の対抗策をトリーは持っているが、それもこのままでは使えなさそうだ。音を発するのである。
 膝の上で、クローマの重みのある体を支えたまま、トリーは懸命に打つ手を考えた。
 その間にも時間は無為に過ぎ、薪が燃え尽きていく。鼻紙を投げても届くような距離で、不気味な野生の狩人が狙っている。火が消えれば、ヒョウは確認しに自ら入ってくるだろう。至近距離でもみ合うようなことになったら勝ち目はない。
 クローマがこわばった顔を近づけ、唇だけを動かして、にげよう、と言った。トリーは首を振って言い返す。おいつかれる。
 ひを、ぶつける?
 ころさなければ、だめだ。
 どうやって。
 かんがえてる。
 あいつはたべるき。こわい。
 だいじょうぶ。
 クローマは小刻みに震え始めた。ぶるぶると太腿の揺れが伝わってくる。シンビヒョウの食事の仕方を思い出したのかもしれない。この生き物は攻撃を尾の針に頼りきっているので、猛獣にしては顎や腕の力が弱い。針で獲物の動きを止めたあと、止めを刺す力すらないぐらいだ。結果として獲物は多大な苦痛を受けることになる。ヒョウの小さな顎とかみそりのような刃で、生きたまま肉を食いちぎられ、だらだらと緩慢に殺されるのだ。
 クローマが恐慌を起こさなければいいが、とトリーは思う。
 周りを見回して、使えるものがないかと考えた。クローマの弓矢、トリーの骨の杖、ローブ、尻に敷く丸い毛皮、炊事に使う小さな鍋、革の水袋、あたりの砂と石と土、屋根代わりに立てかけてある枝。
 この中で、シンビヒョウの針に耐えられるものはどれだ?
 その望みがありそうなのは鍋ぐらいのものだが、これは広げた手のひらほどの大きさしかない。それをかざしたところで、一人の頭か心臓を守るのがせいいっぱいだろう。ヒョウが数本を一度に放ってきたら、もう受けきれない。
 あと一つだ、とトリーは焦りつつ考える。あと一つ、何か盾があればいい。ヒョウはかなり正確に急所を狙ってくる。だからそこだけを守れればいい。
 ふとトリーはあるものに目を留めた。かすかな望みが湧いた。
 これを使えば――。
 そのとき、震えていたクローマがついに恐慌を起こした。いや、それまで抑えていただけで、心のうちはとっくにパニックになっていたのだろう。
 腰から抜いたナイフを頭の上に振りかざし、ヒョウに向かって投げようとしたのだ。
 獲物を裂くための小さなナイフなど投げたところで、猛獣をしとめるのは無理だ。彼女がナイフを振り下ろす寸前、トリーは腕を伸ばして、手首をつかんだ。驚いたクローマが「ひっ」と息を呑み、ナイフを腹の上に取り落とした。
 次の瞬間、ヒョウがブンと音を立てた。とっさにトリーは体を丸めてクローマを抱きしめ、かばった。
 ドッ! と重い一撃がトリーの右肩に刺さった。肩関節のすぐ下に激痛が走る。
「……ッ!」
 トリーは歯を食いしばって声を殺した。内心では、ヒョウの狙いの正確さに改めて感心していた。針は、直前にクローマの喉があった位置へ飛んできたのだ。
 苦痛に耐えながらトリーが顔を上げると、そのクローマが、くっ、くっと懸命に声を飲み込んでいた。目の前のトリーの傷口を、恐怖のあまり血走った目で凝視している。一歩間違えば、自分の喉に風穴が開いていたことがわかったのだろう。
 かすかな水音、というより水流の感触がして、トリーの太腿がじわじわと生温かくなった。彼女が先ほど、用足しに出て行く直前だったことをトリーは思い出した。クローマはうつろな顔で、唇を震わせて失禁した。トリーの膝に当たる彼女の股間から、温かい尿が泉のようにとめどなく湧き出るのが感じられる。やがて匂いのする湯気が立ち昇り、トリーの片足がぐっしょりと濡れた。
 漏れるなら漏らせばいいさ、とトリーは開き直ったように思う。クローマのそれなら舌で味わったことがあるぐらいだから、今さら不快感はない。それにヒョウは耳のよさだけが発達した生き物のようだから、匂いで気付かれることもないだろう。
 出すものを出し切ったクローマが放心してしまったのを見ると、トリーはわずかに体を傾けて、先ほど思いついた試みを慎重に始めた。
 革の水袋の口金を外し、紐を緩めて開く。そこへ、手ですくった足元の砂を、少しずつ、少しずつ入れていく。
 水は砂を飲み込み、やがてあふれ出した。続けると、水より砂のほうが多くなってきた。さらに砂を入れて、口まで湿った砂で満たした。
 ひもを縛り、その袋を指で押してみた。よく湿った砂は指が食い込まないほど固い。想像以上だ。トリーは満足してそのひもを首にかけた。袋は胸の前に来る。
 右の脇には尾針が刺さったままで、ずきずきとうずいている。早めに焼くか酒で洗わないと、化膿してひどいことになるだろう。だが今は構っている余裕はない。トリーは、痛む腕を無理やり伸ばして小鍋を取った。
 そして、クローマの頬を強くつねって、ささやきかけた。
 ひょうをたおす。あとをたのむ。
 ありがたいことに唇の動きが通じたらしい。クローマの目にハッと正気が戻った。
 トリーは左手で骨の杖を取り、右手で鍋を盾のように構えて、詠唱した。
「ル・ザン・ピエルシュ・ゼテ・ラーイーデ・リーネ・ヴィ・メ!」
 最初の一音を発した瞬間から、ヒョウの攻撃が始まった。ガッ! と一撃が鍋に突き刺さり、トリーの鼻先に先端が届いた。一拍遅れて第二撃が飛来し、ガガッ! と鍋が揺れ、さらに胸元にもドッと衝撃があった。明瞭で落ち着いた朗唱が終結する直前、おそらくヒョウの尾の三振りめである、六本もの尾針が、鍋と砂袋とトリーの両腕に続けざまに突き刺さった。
 だが、そのときトリーはまだ意識があり、骨の杖で地面を突く余力もあった。
 ドン! と突いた途端、地面の下にシーソーでも仕掛けてあったかのように、ザッ! と三ヤードもある砂の槍が飛び出した。
 それは砂以外の何ものでもないのに、鋼よりも鋭利に尖っており、トリーが野営する前に地面に描いた線に沿って、鋸刃のようにギザギザに飛び出した。
 シンビヒョウは、その線のちょうど真上で伏せていた。

「トリー、大丈夫? トリー!」
 ひっきりなしに声をかけながら、クローマが尾針を引き抜き、傷を舐め、布を巻いてくれる。見せ掛けの冷たさも忘れて、心から心配する彼女を、トリーはとても愛しく思った。
「なんて無茶なことをするのよ、砂袋なんかで本当に防げると思ったの? たまたま縁に当たったからいいものの、心臓に穴でも開いたらどうするつもりだったのよ……!」
「実は……あっつ、もう一つだけ方法があった」
「あったの!? じゃあ、なんでそうしなかったの」
「君を盾にするっていう方法だったからね」
 クローマが手を止め、呆然と見つめた。トリーは歪んだ笑みを浮かべる。
「それなら確実に唱えきる自信があった。でも、出来なくてね」
「……よくそんなこと考えつくわね」
「僕は自分が善人だなんて言ったことは一度もない」
 クローマはおびえた顔のままで、手当てを再開した。不安そうに何度もトリーの顔をうかがう。
「トリー」
「ん」
「ひょっとして、軍隊を追い払ったっていうのは……」
「ああ」
 トリーは、消えかけてくすぶっている焚き火の向こうに目をやって、言った。
「たとえ話だって言っただろう」
 まるで埋めてあった罠にかかったように、突き刺され、貫かれ、引きちぎられたシンビヒョウの死体が転がっている。
 トリーは少しそれを見つめてから、クローマに目を戻した。
「クローマ、一つ頼みがあるんだけど、いいかな」
「なに」
「あとでズボンを洗って」
 トリーは濡れた片足をつまみあげた。
 クローマが怒ったような顔で言った。
「わかってるわよ、ちゃんときれいにする!」
「前もって言ってくれれば、別に構わないんだがな。あっつつ!」
 言い終わらないうちに、クローマが赤い顔でトリーの肩を叩いた。

 クローマはトリーを背負って神殿跡まで運び、そこで完治するまで世話してくれた。ピオニー亭や村長のところにも出向き、トリーが自分をかばってけがをした、ということを律儀に報告した。
 ただ、トリーが術を使ったということは、伏せてくれた。それは約束に含まれていなかったことだが、彼女なりに黙っているほうがいいと判断したらしい。
 そして三週間ほどたってトリーが回復すると、改まった態度で、赤ちゃんを授けてちょうだい、と言った。
「前まであなたのことは、ちょっと気に入った子ぐらいに思っていたけれど、もう考えを変えたわ。自分の子のお父さんとして、あなたがほしい」
「それは結婚してってことなのかな」
「できればそう頼んでいたかも。結婚は村長の媒酌がいるから、無理だけどね」
「そこまで言われたら、断れないなあ」
「あら、断る気があるの?」
 誘うように微笑む顔は確かに美しく、トリーはそれに惹かれて自然に彼女を抱きしめた。
 そして服を脱ぎ、二人きりで交わった。子種を注いで種つけるという、何の変哲もないごく普通の交わりで、二人とも楽しみ、よく燃えた。
 しかし、二回交わったあとで、ベッドの縁に腰かけて服を身につけようとしたクローマの、尻にトリーが噛み付いたときから、まったく温度の違う情交が始まった。クローマはずっと激しくうねり、震え、飲み込み、漏らした。トリーは押し倒し、かき回し、叩きつけ、浴びた。
 それは儀式の本番が終わったあとの遊びのはずだったのに、四回も続いて、日が暮れてしまった。
 すべて済んでから惰性でだらだらと絡み合いつつ、クローマが自堕落のきわみといった感じのとろけきった顔でささやいた。
「ごめん、トリー、あたし」
「こっちのほうがいい?」
「うん♪ あたしだめだわ、どうしてもこっちが好き。いやらしくてごめんなさい……」
 つるりと丸い、大ぶりな果物のように張り詰めた尻をトリーにこすり付けて、クローマは肩越しに微笑を向けた。
  

 ゾグ王朝の支配するシャブロン村、と言っても他国の人間に通じることは少ないが、水漬け酒の産地だと言えばたいていの酒飲みは目を輝かせる。
 シャブロン村はアウレア山地の南端にあり、山奥からの湧き水で極上の酒を産するのだ。とはいえシャブロンの名産といえばそれぐらいで、今日のように武装した目つきの鋭い男たちが、四十人も集まるのは、前代未聞のことだった。
 村の北のはずれの、つまりそこから先は急峻な山が始まって踏み入ることが出来ない、という辺地にある屋敷に、その男たちは、ばらばらの方角から、ばらばらの日時にやって来た。装備も体格も一人ずつ異なる姿は、金でかき集められた傭兵どもだとひと目で知れた。
 男たちを集めたのは、腰の曲がった醜い魔女、グゼナ・ギルデンツュングである。実はこの老婆、川舟を利用した運び屋というのはほんの表の顔の一つに過ぎず、よこしまな魔道の力を使って南アウレア一帯をひそかに荒らしている、根っからの悪党だった。ザントベルクの村人がこの老婆を嫌うのは、それを本能的に察しているからでもあった。
 呼び出しを受けた傭兵たちが、ほぼ全員集まった秋のこの日、その戦歴の長さから自然に頭領格に収まっていたギャノンという男が、しびれを切らせてグゼナに詰め寄った。
「なあ、グゼナよ。そろそろこの仕事の中身を教えてくれてもいいんじゃねえか」
 ギャノンたちが知らせを受けたのは一ヵ月以上も前である。ゾグの官憲や正規軍の目を避けるためにわざと日にちをずらしてこの屋敷へ集まってきたのだ。そこまでの用心をしながら、雇い主であるグゼナが目当てを明かそうとしていない。
 隠棲している大国の姫か、富豪がひそかに財宝を溜め込んだ洞窟でも見つけたのか。いずれにしろ、グゼナは悪党なりの目利きであるから、大きな獲物を見つけたのは間違いない。ギャノンたちはそれを早く知りたいと思っていた。
 グゼナはグゼナで、いくつかの理由から明かすのをためらっていた。獲物が大きすぎて、どれほどの掛け金を積めばいいのか正直読みきれないでいる、というのが一番の理由だったが、それとは別に、ザントベルク村のこと自体も明かしたくなかった。なんとなれば、シャブロン村で産する高価な水漬け酒というのは、要するにザントベルクから流されてくる樽酒のことなのである。大きな金づるなので、出来ればよそ者には伏せておきたい。
 しかし、何度かピオニー亭のナオに探りを入れた末、ようやく手をつけてもいい、と確信がもてるようになったのだった。
 ギャノンに聞かれたグゼナは、答えた。
「フランクルドの砂使いを知ってるかい」
「あの、滅びた街のか? あれがどうした。あんななあ、砂嵐でケツをまくって逃げたゾグの将軍が、言い訳のためにでっちあげた嘘だろうが。……そうじゃあないとでも?」
「じゃあ、『疫砂(エッサ)』・ガドリッジの名を聞いたことは?」
「そういう名の導師が滅亡前のフランクルドから逃げたというのは知ってる。――おい、まさかその男が例の砂使いだと、本気で信じてるのか」
「ル・ザン・ピエルシュ・ウル・エネマイ。確かにそう言ったそうだよ、その男は」
 グゼナはその灰色に濁った目に、凄絶な欲得の光をぎらぎらと浮かべて、言った。
「おまえたちに教えるよ。わしの大事なザントベルク村と、その男のことを教えてやるよ」


――後編に続く