奇跡の夜

作者 Grace


「…………うん、うん。そう、そこから……バスわかる? そう、大丈夫? ……うん、わかった。じゃあ晩御飯作って待ってるからね。…………うん、わからなくなったらすぐに電話するのよ?」
 私、蓼科柚希は大学一年生だ。
 この春、家から少し遠い大学に入学が決まって、両親から一人暮らしの許可をもらってる。いろいろ条件はつけられたし、初めての一人暮らしで不安も多かったけど、今はそれなりに慣れて充実した日々を送れてると思う。
「はーい、それじゃあ……うん、待ってるからね」
 携帯を閉じて料理の続きに戻る。今さっきまで話してたのは、残念だけど彼氏とかじゃない。相手は私の妹の美由。
 美由は小学6年生、来年の春に中学生になる歳の離れた妹。昔から私によくなついてて、私が一人暮らしをはじめるときも一番渋ってたのは美由だったりする。そんな妹を出迎えるために、私はいつもより少しだけ気合いを入れた夕食を作ってるわけだ。
「今駅だと……着くのは6時ぐらいかな?」
 時計を見ながらつぶやき、鍋の加減をチェック。たぶんちょうど出来上がるころに到着するかな? 美由の好みが変わってないといいけど……。
 鍋はひとまず置いておいて、部屋のほうをチェックしてみることにする。うちは古い間取りの2kで、バスルームとトイレ、キッチンだけリフォームされてる。和室二間っていうのは人気がないらしくて、綺麗なわりに家賃が安かったから即決した物件だった。
 お父さんは築年数が……とか、一階は防犯が……なんて渋ってたけど、私とお母さんの説得で納得してくれた。もっとも、お母さんと美由は別のとこで渋ってたんだけど。
「えっと、ごみはもう捨ててあるし……、洗濯も全部済んで畳んであるし……」
 部屋のあちこちを指差し確認しながらうろうろ。二間なんだけど、仕切りの襖は取り外して押入れにしまってある。こうすれば6畳二間も10畳ぐらいの使い方が出来る。
「これでよしっ。あとは到着を待つだけかな……」
 身内の私が言うのも変だけど、美由はかわいい。利口だし気も利いてる。時々生意気なことも言うけど、歳が離れすぎてるせいか、そんなに気にならない。というかそんな所もかわいいなって思うぐらい。昔から私によく懐いてて、家ではいつも一緒に過ごしてたっけ。
 私が高校生になったころに、母から別々の部屋を用意しようか? って言われたことがあったけど、二人そろって拒否したのは今も鮮明に覚えてたりする。客間を寝室にすれば、一部屋空くから遠慮はしなくていいなんて言われたけど、あの時は美由の「お姉ちゃんと一緒じゃなきゃやだっ!」っていう一言で話がついちゃったのよね。

  ピンポーン

 いけない、回想に耽ってる場合じゃなかった。あわててインターホンをとると、聞きなれた声がする。小走りに玄関に向かい、鍵を開けると。
「おねーちゃん、ひさしぶりー」
「いらっしゃい、美由。迷わなかった?」
 満面の笑みを浮かべる美由に、私も笑顔で答える。少しだけ茶のかかった、肩口あたりまでの髪、うらやましいぐらいに肌理細やかな色白の肌、大きな瞳に整った顔立ちは、夏に会ったときと変わらず可愛いままだった。グレーのダッフルコートにベージュのマフラー。コートから覗くオレンジのスカートは前からお気に入りのやつかな? 好みもあまり変わってないみたい。
「うん、へーきへーき。だって夏にお母さんたちと一緒に着たじゃん。あ、おじゃましまーす」
「それはそうだけど……、一人は初めてだし、それに駅から遠いからちょっと心配したのよ」
 妹と母が渋った理由はこれ。駅からバスで20分ぐらいかかるし、大学にも自転車で15分ぐらいという微妙な立地条件なのだ。気軽に遊びに行けないのは、特に美由には不評だった。
 でも近くに商店街も病院もあるし、バス停も程近い。暮らす分には申し分のない場所で、私にとってこんな良い場所は他の不動産屋でも見当たらなかった。
「おねーちゃん」
「はいっ」
 デイバッグを置いた美由が腰に手を当て、携帯をまるで印籠でも見せるかのように突き出してきた。きりっとした表情に思わず衣を正して答える。
「私だって来年から中学生だし、今年から携帯も持ちました」
「はい」
「もうお子様じゃないんです」
「はい」
 携帯をポケットにしまって、コートを脱ぐ。コートの下は白いパーカー。去年の冬に私が買ってあげたやつだ。着てる服の趣味がまるで変わってないのを見て、ちょっと笑ってしまいそう。でもここはぐっと我慢して頷いてみせる。
「バスぐらい一人で乗れますし、いくらお姉ちゃんの家が駅から遠い辺鄙なところでも、迷子になって泣くなんてことはありません」
「そ、そうね……携帯あるんだもんね」
「わかっていただけましたか?」
「はい」
「よろしいっ」
 満足したようでコートとデイバッグを持ってコタツへ向かう。玄関から入ってくる空気が冷たかったし、外はかなり寒いみたいだった。消してあったファンヒーターを入れて、コタツの温度を少し上げてあげる。
「コート、かけといてあげる」
「あ、うん。おねがいー」
 グレーのコートはハンガーにかけて部屋の隅へ。持ってきたデイバッグも一緒に置いておくことにする。
「あ、おねーちゃん。これこれ……」
「ん、なーに?」
「お母さんから、私の分の食費とかだってさ」
 茶封筒をおなかのポケットから取り出して私に差し出す。中身はそこそこのお金と商品券が数枚。そんなに気を使わなくても、美由の分ぐらい余裕あるのに。
 受け取ってそんなことを考えてると、美由は既に電話をしていた。
「もしもし、お母さん? あ、うん。今着いたとこ。え? …………ああ、うん。今渡したよー。……うん、じゃあ変わるねー」
 相手はお母さんかな? たぶん無事に着いたよっていう連絡。我が家は家族仲が良好で、反抗期みたいなことも殆どない。
 妹が生まれたとき、私が反抗期になるんじゃないかって母は心配したみたいだけど、杞憂だったらしい。あの頃から私は、美由のことが大好きだったみたい。
「お母さん?」
「うん、変わってって言ってる」
 差し出された携帯を受け取り、コタツに入って耳に当てる。受話器のむこうからテレビの音っぽいのが聞こえるってことは、家にいるみたい。
「もしもし、柚希です」
『もしもし、美由に預けたやつ、中身見た?』
 いきなり挨拶もなく直球勝負。母らしい。普段から何度か電話をしてるから、元気かどうかの前置きなんていらないんだろうけど。
「うん、見た見た。そんなに気を使わなくても大丈夫なのにー」
『いつもあんまり渡してないし、美由がお正月いっぱいは居たいなんていうからね』
「これでも家庭教師は好調で、結構稼げてるんだよ?」
『あら、だったら毎月の仕送り減らしても大丈夫かしら』
「わわ、それはご勘弁くださいお母様」
 向かい側に座る美由がにやにや笑ってこっちを見てる。会話の内容は推察されてるのかな……? ちょっとだけ悔しいかも。
『冗談よ。それより、美由のことよろしくね。昔からお姉ちゃんの言うことはよく聞く子だから、大丈夫だとは思うけど』
「うん、困ったことがあったら電話するから。それより、お金ありがとうね」
『無駄遣いしちゃ駄目よ? あ、お湯沸いてるから切るわね。それじゃ』
「うん、お母さんたちも体に気をつけてね」
『わかってるわよ。それじゃね』
「はーい」
 携帯を閉じて美由に返す。受け取るときに意味深な笑いをされたのがちょっと恥ずかしかった。ごまかしついでに気になったことを聞いておくことに。
「そういえば、お母さんたちは年末年始どうするか聞いてる?」
「んーと、年明けの適当な日にこっちに来るって言ってたよ。お姉ちゃんは家で待ってていいってさ」
「そっか。じゃあお出迎えのお節でも買っておかないと……ってごめん。お茶出すの忘れてたね」
「ん、いいよー。それよりおなか減っちゃった。晩御飯にしない?」
 慌てて席を立つ私に声をかけながら、美由もコタツから立ち上がった。どうやら何か手伝いをするつもりみたい。しかし、身内とはいえお客様。それに久しぶりに会ったときぐらいは出来る姉をアピールしたいというささやかな自尊心がうずく。
「もう作ってあるからすぐに食べられるの。美由はゆっくりテレビでも見てて」
「んー、でもおちつかないよ。何かさせて」
 予想通りの返事。ここで突っぱねてもかわいそうなので、私は予定通りのお手伝いを頼むことにする。
「じゃあそこのフランスパンを切って、トースターで焼いておいてくれる?」
「いえっさー! ところで今晩のメニューは何?」
「匂いでわかってるんじゃないの?」
「えへへ、まぁね。でも一応確認を取っておきたいかなーって」
 トースターを持ちながら期待に満ちたまなざしを向けてくる。食べ物の好みも変わってないみたい。
「ホワイトシチューよ。じゃがいもとチキンたっぷりのやつ」
「やった、さすがおねーちゃんだ! 愛してるー!」
 シチュー一つでつれる愛ってのも、なんだか安っぽいなぁ。でも悪い気分はしない。美由のうれしそうな笑顔は本当にかわいいし、思わず抱きしめたくなる。でも、そんなことをしたらシスコン街道まっしぐらなので自重することに。
 昔から私はかわいいものをぎゅーってするのが大好きで、家には大きなぬいぐるみがいくつかある。引っ越したあとも、実は押入れにこっそり大きな抱き枕を隠してあったりする。
 この歳でさすがにぬいぐるみは恥ずかしいので、代用人の抱き枕。これなら万が一誰かにばれても言い訳がつく。本当は枕じゃ不満なんだけど、そのあたりは体裁と金銭的理由で我慢我慢……。
「とりあえず4枚ぐらいでいいかな?」
「そうね。足りなかったらまた焼きましょう」
 シチューをお皿にとって、彩りのインゲンをぱらり。ふと、これだけじゃ寂しいことに気がついて冷蔵庫を開けてみる。
「んーと…………、何かなかったっけ……」
 一人暮らしだといろいろ何種類も作るのが億劫で、いつも一品作って済ませちゃったりする。常備菜はいくつかあるけど、さすがにパンに煮物はよろしくない。悩んでいると目に留まったのは、チルド室にある昨日買った烏賊だった。
「うん、これにしましょ。美由、ちょっと待っててね」
 取り出した烏賊をさっとさばいてフライパンを暖める。トマトとニンニクをみじん切りにして、オリーブオイルで烏賊と一緒にさっと炒める。味付けはさっぱりと塩で。
「いいにおーい。なにそれ?」
「うーん、なんだろう。烏賊のトマト炒めガーリック風味……いやいや、トマトと烏賊のガーリック炒めかな?」
「名前が決まってないってことは、思いつきで作ったわけね?」
 さすがに鋭い突っ込みが飛んでくる。こんなことならシチュー以外の料理も用意しておけばよかったかな。
「やっぱりばれた?」
「何年妹やってると思ってるの〜? っていうか、そんなに気を使わなくても、シチューだけでもいいよ?」
 既にスープボウルに移したシチューを美由がテーブルへ運んでくれる。気が回るのはお母さんのしつけの賜物。身内ながら良い母だと感心してしまう。
「お客様が来てるのにシチューだけっていうのも……ね?」
 出来上がったトマトと烏賊のガーリック炒めを皿に取り、私もテーブルへ向かう。トースターからはフランスパンの焦げる香ばしい匂いが漂ってた。
「私ってお客様だったの? じゃあもうちょっと偉そうにしてれば良かったー。これ主人、茶をもていー」
「調子に乗るんじゃありません。冷蔵庫に入ってるから、好きなの飲んで良いわよ」
「ちぇ、そういう時はノリツッコミにしようよー」
 グラスを受け取った美由が不満そうにちょっと口を尖らせた。ごめんね、ユーモアセンスのないお姉ちゃんで。
「えっと、一番大きいのが麦茶、青い蓋が紅茶、赤い蓋がアップルティ、黄色い蓋がウーロン茶」
「ねぇ、おねーちゃん……」
 冷蔵庫を開けた美由がぼそりとつぶやく。何か神妙な口調……。特に変なものは入ってなかったと思うけど……。
「なに? どうかしたの?」
「いや、おねーちゃんらしいなって思うんだけど……女子大生の冷蔵庫にタッパ詰めの煮物とお漬物はどうかなって……」
「うっ……」
 ものすごく痛いところを突かれた。たしかに私の冷蔵庫は、どちらかというと主婦っぽいというか、生活臭がするレパートリーだ。
「で、でもでも……、やりくり考えるとこういうのは重要だし。それにほら……、アルバイトと課題に追われたときなんかささっと……」
 慌てて弁解してみる。理由は思いつきの言い訳なんかじゃなくて、本当のこと。野菜が安いときに少し多めに買って作っておいたり、シチューやカレーを小分けのパックで冷凍しておけば、疲れて何も作る気がないときでも食べ物に事欠かない。朝ご飯なんか電子レンジ使うだけできちんと食べられるものがそろうのは本当にありがたい。
「まぁいいんじゃない? 料理とやりくりの上手い女の子って、もてるんでしょ?」
 アイスティのポットとグラスを持って美由がテーブルに戻る。美由、残念ながらそれはある程度の仲にならないとわかってもらえない事柄なのよ……。
「それに、私はおねーちゃんもおねーちゃんの料理大好きだよ。わかってもらえないのは、きっとみんな見る目がないんだよ」
 ポットを置いた美由が振り返りながら笑う。その表情を見た瞬間、ドキッとした自分がいた。頬が赤くなり、鼓動が早まる。でも、それと同時に血縁の、しかも妹にときめきを覚えるなんて、自分はどれだけシスコンなんだっていう嫌悪感も出てくる。そして、きっとこの感情が美由にばれたら、美由はきっと私から逃げてしまう……。
「姉をからかわないの。冷める前にご飯にしましょ」
 慌てて言葉を搾り出し、なんとかごまかす。ごまかしたのは美由の方か、それとも自分の心か……どっちだかわからなくなってくる。
「結構本心なんだけどなー。まぁいいや、いっただっきまーす」

 テレビを見ながら食事をして、最近のこととか、他愛無い世間話をする。お互いの学校でのこと、お母さんとお父さんのこと、友達のこと、一人暮らしのこと……。話が尽きることはなくて、後片付けをしながらも続けた。
 たった8ヶ月離れて暮らすだけで、こんなに話すことっていっぱいあるのね。いつも一緒にいても、なかなか話題なんて無かったのに。
「ここの家って、結構お風呂大きいよね」
 不意に、美由がお風呂場を覗きながらそんなことを呟いた。ここはリフォームの際に、もともとは風呂釜とセットになっていた浴槽を、暖めなおしができない代わりに蛇口から直接お湯が出るタイプにしたみたいで、かなり広いスペースが確保されてる。便利なんだけど、私としてはお湯が少しもったいない気分。
「そうね、最近の浴槽にリフォームしてこうなったみたいよ」
「ねーねーおねーちゃん。たまには一緒にお風呂入ろうよ」
「ええっ!?」
 拭いてたスープボウルを思わず取り落としそうになる。心臓が口から飛び出るかと思った。
「昔はよく一緒に入ってたじゃん。これだけ広いなら大丈夫だから入ろうよー」
「う、うーん…………」
 言えない。抱きしめて撫でてキスしてしまいそうだからダメなんて言えない。理性が危ないかもだから強く断りたいけど、欲望のほうが勝っててそれも出来ない。わー、どうしよう私! どうするのよー!
「ね、一緒にはいろ?」
 腕を絡めて擦り寄るようにして、美由が私の顔を見上げてくる。髪がさらりと揺れて、美由の綺麗な瞳がこっちを見つめてる。うう、その表情は反則だよ……。
「う、うん」
「やった! おねーちゃんと一緒だー」
 結局承諾してしまった……。男の人の気持ちが、少しだけ解った気がする。あんな表情で見つめられたら、しかも一緒にお風呂なんて……断れるわけないじゃない。
 私の悩みなんかまるで知らない美由は、うれしそうにバッグから着替えを出してる。どうやらお気に入りのパジャマも持ってきてるみたい。せっかくだから私も美由とおそろいのパジャマをタンスから取り出す。
「美由、お湯入れておいてくれる?」
「もうやってるー」
 お風呂場から声が聞こえてきた。既にいろいろ準備しちゃってるみたい。素早いなぁ……。
 バスタオルやフェイスタオルを出して、あとで面倒にならないように、布団も敷いておいてっと……。
「あとはお湯が溜まればおっけーだよ」
「ん、ありがとう。美由」
 台所もテーブルも片付いた。湯船は大きいけど30分もあれば溜まるかな。
「それにしても、どうして急に一緒に入りたいなんて思ったの?」
「ん、んー…………」
「もしかして、離れて暮らすのが寂しかった?」
「………………ちょっとだけ」
 小さな声で呟いて、私に遠慮がちにしがみついてくる。大人ぶったり、明るく振舞ってたけど、家での寂しさの反動なのかなって思うと、一人暮らしを選んだことにちょっぴり罪悪感を感じた。
 本当はこんなに私にべったりじゃいけないんだろうし、こんな風にしちゃったのは多分私のせい。親離れできないよりはましなのかなって思うけど、それでもやっぱり良くないのかな……、でもね。
「私も、ちょっとだけ寂しかったのよ」
 そっと抱き寄せて、頭を撫でてあげる。美由は同年代でもちょっと小さめな子で、ちょうど顔が私の胸の辺りにくる。だからそのまま顔をうずめさせ、髪を撫でる。セーター越しに感じる美由の吐息が心地良い。
「お姉ちゃん……」
「美由…………」
 視線が重なる。鼓動が早まり、頬が熱くなるのが解る。指先が震えて、視界は美由の顔でいっぱい。もう、何も考えられなくなって……。
「……はっくしゅ!」
「…………うっ」
「ご、ごめ……なんか、セーターの毛が……鼻に……くしゅっ!」
「くしゃみするならするって言いなさいよね……」
「らって、もう気がついたときは……」
 慌ててティッシュを探す。顔中にいろいろ飛び散ってるし、緊張感も雰囲気も台無しだし……、っていうか、変な期待してたの私だけかな……。
「はぁ……、はい、ティッシュ」
 いろいろと疲れた私はため息をつきながらティッシュを渡し、布団の上に座り込んだ。
「ありがとー。ね、そろそろお風呂いこっか。体洗ってるうちにお湯溜まるんじゃない?」
 顔を拭きながら美由がそんなことを言い出す。あれからまだ10分ぐらいしかたってないと思うけど……。
「んー……まだ早い気もするけど……?」
「へーきへーき」
 勢いに乗せられてお風呂へ。さっきまでの雰囲気がまるでうそみたいで、私はなんとも言えない脱力感に襲われてる。たしかに、こういう日はさっさとお風呂入って寝ちゃったほうが良いのかも……あ、でもその前に確認しておかなきゃ。
「美由、宿題はどうするのー?」
「んー? こっちに全部持ってきちゃった。おねーちゃんに教えてもらおうと思って」
「それはかまわないけど……いつからやるの?」
「う、痛いところを……。クリスマス終わったらじゃ、ダメ?」
 既にパーカーを脱ぎ捨てて、スカートに手をかけながら振り返る。マンガ的表現をするなら、額に汗が浮いてるんじゃないかな。私はそんな表情を見て、思わずふきだしてしまった。
「ぷっ……あはは。そのかわり、ちゃんとやるのよ?」
「うー、お姉ちゃんだって課題とかあるんじゃないのー?」
「お姉ちゃんは優等生なので、もう終わらせましたー」
 今までのお返しとばかりに勝ち誇ってVサインまで出してみせる。大学の休みは講義のとり方によっては12月の初めぐらいから始まっちゃうし、真面目に単位を修得していればそんなに大きなものは、少なくとも1年では出ない。
 ま、本音を言うと美由が泊まりに来るって聞いて、慌てて全部の課題を終わらせたんだけど。
「や、優しいお姉ちゃんはいろいろ教えてくれるよね?」
「そうね、ヒントぐらい出してあげる」
「お、お手柔らかにお願いします……」
 それだけ言うとスカートも下着も脱いでお風呂場に逃げてしまった。別に美由は成績が悪いわけでもないし、学校の宿題ぐらい、教わらなくても出来ると思うんだけど……。
「何か、難しい宿題があるの?」
「自由研究ー。休み明けに発表するんだってー。人前で何かするの苦手なのになー」
 お風呂場から声が聞こえてくる。頭を洗いながら答えてるみたい。そう言えば私も似たようなことやらされたっけ
……。教壇で何か発表するのはものすごく緊張したのを良く覚えてる。あの自由研究、まだやってるんだ……。懐かしいなぁ。
「お姉ちゃんの頃も同じ宿題あった?」
「あったわよ。私もすごく緊張したの覚えてる。じゃあそのためにも、時間が空いたら問題集は少しづつ手をつけないとね」
 美由の服を畳んで、私も服を脱ぎながら答える。いつもの部屋着は、トレーナーの上下とか、ジャージだったりするんだけど、今日は美由が来るからセーターとジーンズにした。スリムジーンズがちょっと窮屈だったから、下着の線やジーンズの線がついてないかちょっと心配……。
「お姉ちゃん、どしたの?」
「な、なんでもないわよ」
 適当にごまかしてお風呂場へ向かう。美由はちょうど頭を洗い終わったところだった。幸いそんな恥ずかしいラインはついていなかったようで、一安心。ドアを閉めて、タオルにボディソープを泡立ててる美由に声をかける。
「たまには背中流してあげようか?」
「えへへ、実はお願いしようと思ってたの」
 タオルを手渡してくる。改めて見た美由の裸は、12歳にしてはちょっと幼いかも。アンダーもほとんど無いみたい
……。まぁ、これから先に期待すれば良いのかしら。美由は美人に育ってくれると良いな……。
「本当に甘えん坊なんだから」
 文句を言いつつも内心はちょっとうれしい。頬が緩みっぱなしのままで、美由の背中をやさしく洗う。
「痛くない? 我慢しないでね」
「うん、だいじょーぶ、気持ち良いよ」
 実は私もちょっと気持ち良いし、どきどきしてる。時々触れる肌がすべすべでやわらかくて、うらやましさと感触の心地よさが半々っていう感じ。ちょっとでも長く味わっていたいから、腕も洗ってあげることにする。
「サービス満点だね。お姉ちゃんやさしーい」
「美由にはいつもやさしいつもりだけど?」
「言われてみればそうかも。お姉ちゃんありがとー」
 洗い終わってタオルを手渡し、私は自分の髪を洗うことにする。ちなみに私は背中ぐらいまで伸ばしたストレートロング。姉妹そろって癖のないストレートだけど、美由は洗うのが面倒だって、いつも肩までのショートにしてる。姉の私としては、美由の髪で遊べないのでいささか不満。
「ふー、先に湯船入ってるね。あ、椅子すぐ後ろにあるからー」
「ん、ありがとう」
 コンディショナーをつけてると、後ろから声がする。広い風呂といっても、やっぱり洗い場に二人はちょっと厳しかったかも。そういえば湯船のほうはお湯溜まったのかしら。
「美由、お湯やっぱり少なかったんじゃない?」
「んー……ちょっと早かったかな……えへへ」
 湯船を覗くと、まだ半分も入っていなかった。手桶でかけながら浸かってるみたいだけど、さすがに寒そう。
「だから言ったのに……大丈夫? 風邪引かないでね?」
「ん、良いこと思いついたから大丈夫。おねーちゃん、早く体洗っちゃって」
「え? う、うん……、わかったわ」
 コンディショナーを流し、急いで体を洗う。本当は美由に背中流して欲しかったんだけど、我慢我慢。さっさとシャワーで泡を流す。
「洗い終わった? じゃあ入って入って」
 美由が湯船から出てくる。何がなんだかわからないままに、私は湯船の中へ。
「足伸ばして……っていうか、背中後ろにくっつけてね」
「こう……?」
「そうそう、お邪魔しまーす」
 言うなり美由は私に背を向けたまま、私のひざの上に乗るような形で湯船に入ってきた。
「わ、ちょっと……美由?」
 膝の上、太ももあたりにやわらかいのが触れるのは……これは美由のお尻? わ、わ……、体重かけてきた!? 抱きつくよりも密着してる! っていうかこの体勢はエッチだよー!
「やっぱり、これならお湯もちょうど良いねー。あ、もしかして重かったりする?」
「そ、そんなことは無いけど……」
 たしかに少なかったお湯はちょうど良くなって、私の胸ぐらいまではぎりぎり浸かるようにはなった。でも、違う意味で暑くてのぼせてしまいそう……。不安定な膝の上に乗られてるから、美由の体を支えるためにもお腹に手を回してるんだけど……その肌触りがまた心地良い……。
「よかった。最近体重増えてるんだよね」
「そ、そうなの……? 太ったようには見えないけど……服のサイズ変わった?」
「ぜーんぜん。夏来たときと一緒だよ。あーあ……、お姉ちゃんみたいな大きな胸が欲しいなー」
 体を預けて、胸の谷間から顔を覗き込んでくる。美由が少し動くたびに、肌が擦れあって気持ち良い……ちょっと感じてしまいそうになる。
「私もそんなに大きいほうじゃないんだけど……」
「えー、サイズいくつ?」
「C……とDの間ぐらいかな?」
 下着はメーカーやカップの形状でちょっと違う。同じCでもきつかったり緩かったりといろいろ。最近はDを買って寄せるようにしてる。この方が胸の形が崩れないって、同じゼミの友達から聞いたから。
「十分大きいよー。いいなぁ」
「美由はたぶんこれからよ。お母さんもそこそこ大きいんだし」
「お姉ちゃんは私ぐらいのときどうだった? もうちゃんとしたブラしてた?」
「んー……」
 小学生のとき……そういえば私はどうだっただろう。ゆっくり思い返してみると、小学校の教室でブラの見せっこをした記憶がうっすらとある。
「一応、してたのかな? あんまり良く覚えてないわ」
「やっぱりねぇ……。大きい人はスタートから大きいんだよ、きっと」
 自分の胸を揉みながら、美由は大きくため息をついた。たしかに、その胸ではまだブラは必要なさそう……。落胆する美由を慰めるように、私はそっと頭を撫でる。
「おねーちゃん、男の人に揉まれると大きくなるってほんと?」
「えええっ!? た、たしかにそんな話は聞いたことあるけど……私はそういう経験がないから……」
「……お姉ちゃん、もしかしてまだ彼氏出来ないの……?」
「お、お恥ずかしながら……」
 今度は私がため息をついてしまった。高校時代は時々ラブレターみたいなものも貰ったけど、全然興味がなくて断っているうちに見向きもされなくなっちゃって、大学ではまだそこまで仲の良い男の人はいない。……もしかしたら、私は男の人にはあんまり興味ないのかもしれない。でも、だからって女の子のほうに気が向くのかって言われるとそれも違う。
 結局のところ、私は色恋沙汰とかにあんまり興味がないみたい。もしかしたら、高校の頃も教科書が恋人だなんて揶揄されてたのかも。
「えー!? もったいなさ過ぎるよ。お姉ちゃんの大学の男って、みんな目が腐ってるんじゃないの?」
「そ、そんなことないわよ。私より綺麗な人だっていっぱい居るし……」
「身内ひいきを抜きにしても、おねーちゃんはきれいだと思うよ。もうちょっと自信持てば良いのに」
「う、うーん……」
 自信といわれても、どうすれば良いのか困ってしまう。まさか男に興味がないなんて言う訳にいかないし、今の自分には授業に遅れないようにすることと、家庭教師のアルバイトで手一杯。
 ちなみに、年末から年始にかけては美由のために家庭教師は入れなかった。アルバイト先のご家庭も年末年始は忙しいし、ゆっくりさせてあげたいということで、年明けの5日まではお休みになってる。
 私が受け持ってる生徒はまだ受験前のとかじゃなくて、学校の授業のサポートがメインだから、これで良いみたい。受験生を抱えてると、きっと今が一番忙しいんだろうなぁ。
「そんなんじゃこの胸がもったいないお化けになるよっ」
「っきゃぁ!」
 いつの間にか美由がこっちを向いてて、しかも胸をつかんでる! い、今さっきまでいろいろ我慢して、ようやく落ち着いてきたのに、そんなことしちゃだめっ!
「ほらほらぁ、こんなにふかふかでやわらかいのに、無駄にするのはもったいないよー」
「んやっ……! ちょ、み……美由。やめ……そんなに……きゃうっ!」
 手が細くて小さい分食い込んで、しかも何気に敏感なところに触れてて……へ、変な声……でちゃう……。
「いいないいなー、こんなのあったら選び放題だよね、きっと」
「んひゃっ……!」
「わ、おねーちゃ……動いちゃだめっ……わぷっ!」
 我慢できずに身をよじると、美由がバランスを崩してこっちに倒れこんでくる。胸を揉んでいた手が滑って、ちょうど美由の顔が胸にうずまる格好に。
「ほら……調子乗るから……大丈夫?」
「ん……うん……。ご、ごめんね、お姉ちゃん……」
 いつになく神妙な答えを返す。私は美由を受け止めたその体勢のままで、そっと抱きしめて頭を撫でていた。
「お、おねーちゃん……ちょっと恥ずかしい……」
「だーめ。少しぐらい仕返しさせなさい」
「これ……仕返しなの……?」
「そうよ? 私だって恥ずかしかったんだから」
 自分でも解るぐらい無理やりで厳しい理屈をつけて、私は美由の頭を撫でた。胸元にかかる吐息が心地よくて、いつまでもこうしていたい気分になる。
「やわらかくて……気持ち良いな……」
 いつの間にか美由も背中に手を回して、抱きついてきてた。静かな風呂場に、小さな水音と、二人の鼓動だけが響いてる……そんな錯覚に陥ってしまう。
「美由、今日は一緒の布団で寝る……?」
「ん…………、いいの?」
「どうせ部屋はそんなに広くないしね……」
 解り易い嘘だったかな……。隣同士に並べた布団には隙間を空ける余裕だってあったし、テーブルを片付けたからスペースは十分なのも解ってる筈……。でも、何か理由が欲しかった。言い訳があれば許される、そんな気がしたの。
「うん……一緒が良いな……ほんとは、私からそうおねだりしようと思ってたの……」
 美由が小さくそう呟いて、立ち上がる。体を離す直前に、美由の唇が胸の谷間に触れた気がして、心臓が爆発しそうになった。

 それから後は、二人とも口数少なに体を拭いてパジャマに着替えた。濡れた髪をドライヤーで乾かし、布団をくっつけて敷きなおす。その間、私も美由もお互いの顔をまともに見れなかった。たぶん自分の顔が赤いのが解るからだと思う……。
「電気消すよ?」
「うん」
 布団にもぐりこんだ美由が小さく返事をする。消す前に台所とコンセントを確認するのは私のいつもの癖。ちらりと視線を向けて、火の元も大丈夫なのを確認してから部屋の明かりを消して、布団にもぐりこんだ。
「お姉ちゃん」
「なぁに……?」
「ん……えと……、その……ね」
「ん? どうしたの……? トイレ行き忘れた?」
「そうじゃなくて……、んーいいや。許可取るのやめたっ」
 それだけ言うと、美由は私に抱きついてきた。そっか、恥ずかしくて言えなかったのね……。
「遠慮しなくてもいいのに……。ほら、布団ちゃんとしないと寒いよ?」
「うん……、あとね……。もう一つあるんだ……」
 暗がりで美由がこちらに視線を向けるのが解る。顔が近づいてて、目を見つめられてるのも。
「なあに……? 何かお願い事?」
「うん……、お姉ちゃんは、キスしたことある……?」
「ん……ない、けど……?」
 幼稚園のころ母にされた事とかはノーカウントとするならば、間違いなく無い。男の人と付き合ったことも無いんだから、当然あるわけが無いんだけど……。
「お姉ちゃん……」
「どうしたの……?」
「…………んっ!」
「んんっ!?」
 ふと顔を向けた瞬間に唇にやわらかいものが触れた。本当に一瞬だったけど、それは確かに美由の唇だった。
「ん……、おやすみっ」
 美由は逃げるように身を丸め、私の胸元に顔を寄せた。私はそんな美由を抱きしめたまま、何が起こったのかの整理がつかずに呆然としていた。


 朝の日差しが私の瞼を射す。ふと寒さに襲われて、布団を掴んで小さくまるまる。
「んん……」
 柔らかく暖かく身体を包む心地よさに、もう一度睡魔が訪れる。今日はお休み、このまま寝ててもかまわないと思うと、睡眠への欲求はさらに強くなった。

ちーん

 電子レンジの音がする。……あれ? 私何か暖めてたっけ?
「お姉ちゃん、起きたー?」
 身じろぎする私の耳元に響く声が、私を少しづつ微睡みの世界から、現実に引き戻す。
「そろそろ起きないと、朝ご飯できちゃうよ?」
「ん…………おはよう、美由」
 布団から起きて美由を見上げる。パジャマの上にエプロンを付け、菜箸を持った妹が目に映る。
 そこで私は、前日の出来事がゆっくりと蘇り始める。
「おはよう。早く顔洗っておいでー」
「う、うん」
 あんな出来事があったのに、美由はまるで何事もなかったかのようなそぶりだ。まさか夢だったのかな……。
 とにかく、今は顔を洗おう。冷たい水を浴びたら、夢か現実かはっきりするような気がする。
 布団から起きあがり、洗面台へ向かう。それから、冬の身を切るような冷水で顔を洗って、鏡を覗き込む。
「うーん……」
 映ったのは寝癖のついたいつもと変わらない私の顔。そして、鏡に映りこんだお風呂場のドア。
 そう、確かに私は美由と一緒にお風呂に入った。そして一緒の布団で寝て、唇にキスをされた。
 でも、美由はまるで何事もなかったかのようにしてる。
「夢?」
 鏡の自分に小さく問いかける。当然返事は帰ってこない。
「妄想?」
 もう一度。でも、それが本当なら私はとんでもない変態さんだ。
 いくら考えても答えが出るわけがなかった。まさか美由に聞くわけにもいかないし。
 もう一度冷水を浴びて考えを頭の奥に追いやり、私はテーブルに戻ることにした。
「目が覚めたら座って座って。私おなか空いちゃったよ」
「朝ご飯、美由が作ってくれたの?」
「作ったのは味噌汁と卵焼きだけ。お姉ちゃんの作りおきがあったからねー。あ、でもでも、卵焼きは自信作だよ!」
 ご飯と味噌汁をよそいながら、元気に返事をしている美由を見ていたら、さっきまでの悩みがバカらしく思えた。夢だって現実だって、今美由が笑ってるんだからそれでいいじゃない。
「よーし、じゃあお姉ちゃんが採点してあげましょう」
 テーブルに並んだ朝のメニューはじゃがいものそぼろ煮、漬け物、ほうれん草のおひたし、ひじきの煮物、卵焼きにほうれん草と豆腐の味噌汁。ちゃんと小鉢やお皿に盛りつけてあって、手を抜いていないのが解る。
「じゃ、いただきます」
 お箸をとってまずは味噌汁を一口。
「どうどう? おいしい?」
 間髪入れず聞いてくる美由に返事をせず、ご飯を一口。
「……なんか緊張する」
 最後に自信作の卵焼きを一つ。
「先生、いかがですか?」
 いつのまにかお姉ちゃんから先生になってる。これは私も一芝居打って答えて上げなきゃ。
「うむ」
 お箸をお椀の上に置き、美由を見据えてしばらく押し黙る。有名なクイズ番組みたいな、息の詰まる静寂が食卓を支配する。たっぷり5秒の沈黙の後、私は静かに口を開いた。
「80点」
「うっ……、喜びたいけど、減点の20点分が気になる」
「味だけなら100点だったけど、惜しかったわね」
 私がマイナスしたのは、卵焼きの焼きむらと、お味噌汁の豆腐の崩れ。といっても、甘い卵焼きは焦げやすいから難しいし、豆腐はたぶん切り方の問題じゃないかな。
「見た目ってことは……やっぱり味噌汁と卵焼き?」
「ご名答。味噌汁はお母さんのまねをして、手の上で豆腐切ろうとしたんでしょ?」
「すごーい、よくわかったね」
「美由の手はまだ小さいから無理よ。私だって一丁乗り切らないもの」
 がっくりとうなだれる美由。自己評価では満点の出来だったのかな? 私もちょっと厳しく採点し過ぎたかもしれない。
「でも味は本当に満点よ。卵焼きも私好みの味だし」
「えへへ、それはお母さんに分量を教わったんだ」
 お母さんなら私の好みをばっちり把握してて当然。私は控えめに甘い卵焼きが好きで、いつもお弁当に入れてってねだってたっけ。
「ん、でも美由はもう少し甘い方が好きだったんじゃないの?」
 一緒に思い出したのは、美由がお母さんにもっと甘い卵焼きがいいってねだってた記憶。それからお母さんは私好みと美由好みの卵焼きを交互に作るようになったんだっけ。
「お姉ちゃんに喜んで欲しくて、自分好みの分量聞くの忘れちゃったんだよね」
 照れくさそうに笑って、味噌汁をすする美由。私のために覚えてくれたっていうのがジーンと胸に染み渡る。
「ありがとう。その言葉だけで200点はあげたいぐらい」
「な、何くさいこと言ってるの、もう」
 目を合わせないまま、そぼろ煮に手を伸ばす美由。顔なんか見なくても、耳まで真っ赤になってるからすぐに解っちゃう。
 それから私たちは、言葉少なにご飯を食べ進めた。静かに食器の音が響いてて、なんだか私にはそれがたまらなく幸せだった。新婚家庭ってこんななのかしら? って、相手は妹なのにその発想もおかしいわよね……。
 殆どの皿が空っぽになった頃、美由がふとこんなことを聞いた。
「おねーちゃん、そう言えばクリスマスの予定はないの?」
 それは私も聞きたかったことだった。でも、とりあえず質問には答えてあげないと。
「特にないわよ?」
「合コンとかコンパとかは?」
「いくつか誘われたけど、断っちゃった」
 同じ学部の人に何度か誘われたけど、それはすべて断った。理由は二つ。
「それって、もしかして私が来るから?」
「それもあるけど、私はあまり騒がしい席が得意じゃないから」
 美由が来るって聞いたのはコンパに誘われた後。もともと乗り気じゃなくて渋ってたところへ遊びに来るって言われて、曖昧にしていた返事をお断りにしたのだ。お酒もカラオケも得意じゃないし、私みたいな地味な女が行っても、しょうがないしね。
「うわー、罪悪感だよー。私のせいでおねーちゃんの婚期が遅れたらどうしよう」
「関係ないから安心しなさい。それに、私が合コンなんかでお付き合いの相手を見つけられると思う?」
 食後のお茶を飲み干して、食器を片づけるべく立ち上がる。私には一目惚れやナンパから結婚なんてことがこの世に存在することがが信じられない。人生の伴侶はお互いを深く知り合ってこそ見つかるもので、一朝一夕の関係で出来上がるものじゃない。
 まぁ、出会いの一つとしてそういうのが皮切りになるって言うのは解るんだけど。
「それにね、お姉ちゃんみたいな地味な女がそう言うところへ行っても、壁の花で終わるだけよ」
「……お姉ちゃん、それは人によっては嫌味に取られるから、あんまり言わない方がいいよ?」
「んん? どうして?」
「はぁ……、自覚無いんだこの人……」
 あきれたと言わんばかりに肩をすくめる美由。私がきれいだとでも言ってるのかしら? だったらその間違った美的感覚はなるべく早く正すべきだと思うけど。
「それよりも、美由やお母さんたちの予定は」
「私はそんなのがあったら休み明けに来てるよー。お姉ちゃんがクリスマス前に来てもいいって言うから、お母さんたちには気を利かせたの。たまには夫婦水入らずで過ごして貰おうと思って」
 我が妹ながら恐ろしいまでの気の回しぶり。確かに、私の記憶にある限りのクリスマスは、毎年家族で過ごしていた気がする。19年もそういう時間を取れてなかったのだと思うと、少々申し訳ない。
「そっか。じゃあクリスマスイブはごちそう作ってお祝いしようか」
「うんっ! 大賛成!」
 大喜びの美由を見てると、こっちまで幸せ気分になれる。これは気合いを入れて料理に取り組まないと。
「お友達も呼ぶ? 大勢は難しいけど、4人ぐらいなら……」
「ううん! お姉ちゃんと二人っきりがいい」
 二人きり。その言葉にどきりと胸が高鳴った。頭の隅によぎったのは昨日のお風呂での出来事と、美由の唇。薄く暖かく、柔らかい感触が鮮明に蘇ってくる気がする。
「……? おねーちゃん、どしたの?」
 後ろから声をかけられてふと我に返る。いけないいけない、またよからぬ妄想へ飛んで行ってしまうところだった。
「なんでもないのよ。ご馳走は何を作ろうかなって考えてただけ」
「チキンとケーキは忘れちゃダメだよ? あとは、うーん……」
 洗い場へ食器を運びながら、何を食べようかって悩んでる美由。既に頭は作ることから食べることへ行ってるみたいね……。フランス料理のフルコースなんて言われない限り、大概のものは作れるけど……。
「そうだ、お姉ちゃん! 大事なことを忘れてたよ」
「冬休みの宿題?」
「う、それも忘れてたけど……。そうじゃなくて、プレゼントだよプレゼント。プレゼント交換しよ?」
 クリスマスといえばプレゼント。実は私は、美由に上げるプレゼントをお買い物のついでにこっそり買ってこようと思ってた。
「いいけど……美由、お小遣いは大丈夫なの?」
「へへーん、こんなときのために残してあるんだもんねー」
 私が洗い物をしている横で、美由が食器を拭きながら答える。私のためにお小遣い残してくれたってことなのかな……? なんていい妹なんだろう……。
「すごくうれしいけど、無理してない? 欲しいものとか、予定してたものとか我慢したり……」
「もー、心配しすぎっ! お姉ちゃんこそ、一人暮らしでお金ないんじゃないの?」
「ふふ、実は私もこんなときのために少しとって置いてあるのよ」
 洗い物を終えて、手を拭いてから美由の頭をそっと撫でる。今年は楽しいクリスマスになりそう。思わず口元が緩んじゃう。
「じゃあ午前中は宿題をやって、午後からお買い物に行きましょうか」
「おっけー。お姉ちゃんも手伝ってくれるよね?」
「解らないところはね」
「よっし、さくっと終わらせるぞー!」
 片づけを終えて、美由は宿題を広げた。自由研究はクリスマス後に回して、先に問題集を片付けちゃうことに。美由は学校の成績も悪くないし、この手の問題集は私が教えることは殆ど無かったりする。なので、様子を見ながらお茶を出したり午後に出かける準備をしたり、家事を済ませたりすることに。
「一人暮らしって結構大変そうだねー。あこがれてたんだけど、そんなに良いものでもないかも」
「そうね、炊事洗濯掃除にゴミ出し、全部自分でやらないといけないから、意外と自由な時間は少ないわよ」
「しっかりもののお姉ちゃんだから出来ることなのかなぁ。あ、そうか。一人暮らしじゃなくてお姉ちゃんと住めばいいんだー」
「何言ってるの、一緒に住んだら家事は分担にするんだからね」
「えへへ、やっぱりそっか」
 美由との二人暮し。そんなのも悪くないかもしれないなって思った。美由が高校生になるころには私は社会人。お弁当を作ってあげて、毎朝一緒に家を出て……結構幸せかも。
「そういえばお昼はどうするのー? 私は作りおきとか、残ってたシチューとかでもいいけど」
「うーん、せっかくだから外で食べましょっか。シチューは冷凍したから、いつでも食べられるし、二人で食べるにはちょっと少ないかもだし」
「おっけー。じゃあちょっと早めに切り上げて行こうね」
「ふふっ、はいはい」

 お昼前に家を出て、二人そろってバスに乗る。お互いプレゼントを買ったら相手の携帯電話にメールをすると決めて、私たちはデパートの前へ。
「それじゃあお姉ちゃん、またあとでねー」
 美由と別れて、私はエスカレーターを上りながら考える。中学生のころ、自分は何が欲しかっただろう。あの頃はちょっと背伸びをした、大人なアイテムに憧れてたような気がする。
「バッグ……、財布……、ブーツ……は、ちょっとサイズが難しいか……」
 ついつい独り言を言ってしまった。エスカレーターを降りて売り場一覧を眺めてみる。ふと目に留まったのは『時計』の二文字。予算的には厳しいかもだけど、とりあえず行ってみよう。
 時計売り場は4階、移動しながらイメージを膨らませる。可愛い美由にはピンクゴールドとかも似合うけど、やっぱりシックなシルバーや、落ち着いたゴールドを選んであげたい。私から見ればまだまだ子供な美由でも、中学生になるって言うのはあの歳では大人への大きな一歩なんだから。
「いらっしゃいませ」
 さすがにデパートの時計コーナー……、ブランド物が並んでるし、店員もびしっとしてて緊張しちゃう。私の予算で買える物が無かったらどうしよう……。
「どういったものをお探しですか?」
 ショーケースを眺めながらうろうろしていたら、そっと声を掛けられて振り返る。立っていたのは品の良さそうな初老の男性店員だった。
「あ、あの……、クリスマスプレゼントを……」
「然様でございますか、男性用でしたらこちらに……」
「あ、いえ……妹になんです。来年中学に入学するんで、そのお祝いもかねて」
「それは大変失礼いたしました……。ではこちらのほうに……」
 案内された先は小さめの女性向けコーナー。可愛らしい時計から、シックな大人向けまで取り揃えてある。私はその中からいくつかを出してもらい、手にとって見る。
「いかがですか? バンドの調節は出来ますし、自動巻きなら長く使えると思いますが」
 私が気に入ったのはシックなシルバーの時計。文字盤もシンプルだけど使いやすそう。機械式の自動巻きで、防水加工だから実用面でも申し分なかった。予算面でちょっと厳しいけど……。
「本日はクリスマスセールですので、表示価格から10%引かせていただいております」
「これにします。包装していただけますか?」
 最後の一言が殺し文句だった。予算はちょっとオーバーだけど、これぐらいなら問題ない範囲。何よりこの時計なら美由に絶対似合うと思う。
 プレゼント用に包装してもらってる間に、私はメールを打つ。

件名:プレゼント決まったよ
本文:今包装してもらってるところ。終わったら1Fのコーヒーショップで待ってるね。

 コーヒー一杯飲み終わるぐらいに、美由は小走りに私の元へやってきた。プレゼントはバッグに隠して見せず、私たちは夕食の買い物をして帰ることに。
 今日は22日、明日は料理の買出しをして、24日は朝からクリスマスの準備。今から心が躍って仕方が無い。
「お姉ちゃん、当日はラザニア作ってね」
 どうやら美由は料理のプランまで考えてるらしい。これは私も気合入れて作らなきゃ。


 準備の期間はあっという間に過ぎて、24日当日。美由とは毎晩一緒に寝てるけど、最初の日みたいに抱き合って寝るなんてことは無くなったし、お風呂も別々に入ってる。
 やっぱりあの出来事は私の夢だったのかな……。
「お姉ちゃん、みじん切りできたよー」
「ありがとう。じゃあこれに入れて混ぜちゃって」
 過ぎたことよりも、今は楽しいクリスマスパーティーへ向けての準備。今日のメニューは鳥腿の香草焼き、ラザニア、チーズフォンデュ、コールスローサラダにケーキとクレームタンジェ。品数が多い分一個一個の量は控えめに……したつもりだったんだけど。
「ちょっと……、材料買い込みすぎたね……」
「そーかもね……」
 出来た料理を並べていくうちにテーブルは埋め尽くされて、デザートは冷蔵庫で出番を待つことになった。小さなクリスマスツリーも用意して、ゆっくりと日は傾き、やがて夜。

「これで準備終わりっと」
「うん、お疲れ様」
 二人とも雰囲気を盛り上げるために、自分の一番お気に入りの服に着替えていた。私はロング丈のカットソーにゆったり目のスカートをアイボリーホワイトで揃えた。ワンポイントに赤いブローチをつけて、クリスマスっぽさを出してみる。本当はこの上にコートやマフラーなんかを着て決める服だから、単体だとちょっと間延びして見えちゃうかも……。でも気が着いたのはぎりぎりになってだから後の祭り。ちょっと後悔かな……。
 美由のほうはVネックニットに黒のキャミソール。ニットは首の後ろの紐と背中のボタンで留まってて、大きく背中が見えるような服だった。やっぱりちょっと背伸びしたい年頃みたい。ボトムは黒のスリムジーンズ。活動的な感じが出て可愛い着こなしだと思う。
 冷蔵庫からスパークリングワインを取り出し、グラスを用意。クリスマスだし、ちょっとぐらいなら良いわよね?
「美由も少し飲む?」
「んー、うん。じゃあちょっとだけ」
 お互いのグラスにワインを少し注ぎ、ジュースも用意。ツリーのライトを点灯して、テーブルについて。
「それじゃ」
「うん」
『めりーくりすまーす!』
 グラスを鳴らしてワインを一口。お酒は苦手だけど、少しぐらいなら大丈夫。何より大好きな美由と一緒のクリスマス。それだけで酔ってしまいそうだった。
「いただきまーすっ」
「美由、ラザニアとってあげる」
 皿にラザニアを取り分けて、美由に差し出す。あつあつのラザニアはチーズとソースがとろけあって会心の出来だ。
「うわ、おいしそーう」
「材料も奮発したし、美味しいわよー」
 お皿を手渡し、私も取り分けて早速一口。赤ワインの香りのミートソースと、濃厚なベシャメルソースが絡み合ってすごく美味しい。もっちりとしたモツァレラチーズの食感がまた快感だった。
「んんーっ! ほっぺたとろけそう」
 ラザニアを食べながら身悶え、鶏肉にかぶりついては幸せを噛みしめてるみたい。なんともほほえましい光景で、思わず笑いがこぼれちゃう。
「うふふ、なんか今日だけで体重が恐ろしいことになっちゃいそうね」
「明日からお正月まで質素に行こうね。じゃないとお餅でまた太っちゃう……」
 暴飲暴食は乙女の敵。まして今日の料理は炭水化物と油のオンパレードに、糖分まで控えてる。でも、一日ぐらいそんなことは忘れて楽しまないともったいない。私も鶏肉にかぶりつき、口の中を幸せで満たすことにする。

「ふっはー…………、もうだめ。もう入らない」
「さすがにちょっと多かったわね……」
 ラザニアと鳥腿肉を片付けたあたりで二人は完全に手が止まってしまった。コールスローとチーズフォンデュは半分ほど残っているが、さすがにこれ以上は無理。
「まぁ、とりあえずラップを掛けておきましょ。ケーキは暫くすれば……ね?」
「うん、ちょっと休憩……」
 その場に倒れこむ美由。私はとりあえず残ったものにラップを掛けておくことに。フォンデュにしちゃった後のチーズって、何かに使えないかしら……。
「あ、そうだ。プレゼント!」
「ん、そうね……ケーキ食べるまでの間に交換する?」
「うん、そうしよーよ。その間にお腹も落ち着くかもしれないし」
「ん、それじゃ……」
 クローゼットの隅の引き出しに入れておいたプレゼントを取り出し、美由の前に座る。美由も綺麗にラッピングされた小さな包みを持っていた。なんだろう……文房具かしら?
「お姉ちゃん、準備はおっけー?」
「うん」
「それじゃ、もう一度……せーの」
『メリークリスマス』
 掛け声とともにお互いのプレゼントを交換する。私の時計、気に入ってくれるかな……。
「中身楽しみ〜。開けてもいい?」
「ええ、どうぞ」
 私のほうは美由の反応を見てから開けることにする。丁寧に包装をはずす美由を見守りながら、期待と不安で胸が高鳴っていくのがわかる。
「わ……、もしかして時計?」
「うん。来年から中学生だし、こういうのが良いかなって」
 腫れ物でも扱うみたいに慎重にケースから取り出してる。私としてはデザインが気に入ったかが気になっちゃうな
……。
「すっごい……機械式の自動巻き……。これ、高かったでしょ……?」
「んー……。そうね、ちょっとだけ」
 嘘。結構な額がした。少なくとも美由のお小遣いでは買えない位の金額。でも本当のことを言うと怒られそうだから、内緒。
「すっごいうれしい……。やばい、感動で涙でちゃいそう……」
 潤む目で時計を腕にはめ、静かに腕を振って耳元へ運ぶ。機械式の時を刻む音が聞こえたかな……?
「どう? 気に入ってくれた」
「うん。デザインも素敵。一生の宝物にするね」
 今にもこぼれそうな潤んだ瞳で見つめられてしまった。ちょっと奮発して良いものを買ってよかった……。あの店員さんにも感謝しなきゃ。美由にやさしく微笑み、頭をそっと撫でる。照れくさそうに目をそらして顔を擦るのがまた可愛い。
「それじゃあ、私も開けてみていい?」
「うん、気に入ってくれると良いな……」
 手のひらに乗るぐらいの小さな包み。万年筆にしては小さいかな……。包装をそっとはずして、中を覗く。これはもしかして……。
「口紅……?」
「うん、リキッドルージュって言うんだって。お姉ちゃん化粧っ気がないから、せめて口紅ぐらい良いかなって思って」
「でも、私に似合うかしら……」
「お姉ちゃんは可愛いよ。クラスの女の子にもあんな綺麗なお姉さんが居てうらやましいって言われるもん」
 まっすぐに私を見つめてくる。その瞳に嘘は無いけど……、いまいち自信がもてない。マンガのように眼鏡を取ったらとか、紅を引いたら可愛く変身したなんていうことはたぶんない。そんな平凡な顔立ちだから。
「ん……んー……、そうなのかな……。でも、美由の気持ちはうれしい。これだってけっこうするんでしょ……?」
「ん、ぎりぎりなんとか買える位の値段だった。お年玉貰うまでは節約しなきゃいけないかな」
「そんなに……。ありがとう。大切に使うね」
 胸元に抱きしめるようにぎゅっと握り締める。私のことを考えて選んでくれた一本だもの、無駄にしないようにしなきゃ……。
「お礼よりも……、つけてみて欲しいかな」
「え……、今?」
「うん、今」
 急に言われて戸惑ってしまう。色つきリップと同じつけ方で良いのかしら……。そもそも口紅なんてつけたことないし、リキッドルージュなんて、学部の友達が使ってるのしか見たことないし……。
「上手く塗れるかしら……やってみるね」
 鏡を置いて、ルージュの蓋をそっと開ける。中には小さな筆みたいなものがついてる。これで塗ればいいのね……。
「ん……緊張するね……」
 震えそうな手を押さえて、そっと唇にルージュを乗せる。たしか、口角から外側をなぞるように……ふち塗りをして
……、それから、下は控えめに乗せて……。
「こう……かな……?」
 最後は、唇でなじませるように……だったかしら……。これであってれば良いんだけど……。
「お姉ちゃん、上手……」
 ルージュの蓋を閉じて、顔を引いてみる。鏡に映った自分の唇は、そんなに違和感無く引けてるみたいで少し安心した。ティッシュで軽く口の端を押さえて、それから美由に振り返る。
「どうかしら……、似合う?」
「うん……、すごく。想像以上に似合ってて、綺麗」
「おだてたって何も出ないわよ?」
「お世辞じゃないよ。ほんとに……、ほんとに素敵だよ」
 私の両手を握って、視線をそらさぬままに顔を近づけてくる。少し上気した頬と潤んだ瞳に、私の心は吸い込まれそうになった。
「ありがとう……、美由」
「ん……、お姉ちゃん……。もうひとつ、お願いしてもいい……?」
「ん……なあに? 私に出来ること……?」
「うん……あのね……」
 フラッシュバックしたのは以前の夜の出来事。そう、美由に唇を奪われたあの日。あの日あの時の表情が重なって見える。そして。
「お姉ちゃん……キス……したい」
「え……っ?」
 心臓が高鳴る。早鐘のように鳴り響いて、今にも口から飛び出しそう。
「お願い……今度は不意打ちじゃなくて、ちゃんとしたいの……」
 美由は今にも泣きそうな顔で見つめてる。思いつめたような表情が、冗談や嘘ではないことを物語ってる……。
 本当は私も美由とキスがしたい。でも、ちゃんとしたキスは本当に好きな人のために取っておいて欲しい。美由のことを愛しているからこそ、超えてはいけない……そんな気がしてならない。
 それに、キスをしたらキスだけでは済まなくなってしまいそうな自分も怖かった……。
「美由……初めてのキスは、大切な、一番好きな人と……」
「お姉ちゃんが好きなのっ!」
 私の言葉をさえぎる、消え入りそうな、それでいて叫びにも似た言葉。でも、私には俄かに信じられなかった。美由が? 妹が? 私を好き? そんな……。
「離れて暮らして解ったの……私はおねえちゃんが好き……世界で一番好きなの……」
「美由……。私も……、本当は美由のことが……」
 言ってしまった。美由の本心を聞いてしまった以上、もう止まらなかった。押し殺してたものがあふれ出し、堰を切ったように涙があふれた。そして、美由もいつの間にか泣いていた。
 部屋は音もなく静かで、外はいつの間にか真っ暗。視界の隅でゆれるのは、クリスマスツリーの照明。時折聞こえるのは、涙をすする音だけ……。
「お姉ちゃん……」
 どちらからともなく抱き合い、静かに唇を寄せる。細い肩、華奢な腕が震えているのがわかる。美由をやさしく抱きしめ、静かに唇を重ね合わせる。
「美由……んっ…………」
 触れた唇はみずみずしく柔らかく、時折唇から漏れる吐息は熱を帯びて熱いほど。私は何度か啄ばむ様に唇にキスを繰り返し、静かに背中に手を回して抱きしめる。美由もそれに答えるかのように、私にしがみついてきた。
 頭の奥で理性が吹き飛びそうになり、フラッシュでも焚かれたみたいに目の前が白くなる。
「おねえちゃ……ん……んんっ……」
 薄く唇が開き、わずかに舌が覗く。もしかしたら、息苦しくてそうしたのかもしれない。でもそれは、私の理性を吹き飛ばすには十分な刺激だった。
「みゆ……っ」
 深く唇を重ね、美由の舌に自分の舌を重ねる。高校時代に面白半分で友達と見たエッチなビデオで、何をどうするのかぐらいのことは知ってる。でも、実践は初めて。でもあってるか間違ってるかなんて、そんなことはどうでも良かった。美由のことをもっと深く知りたい、もっと深く味わいたい、美由と一つになりたい、そんな感情が吹き上がって、私を支配してた。
「おねえちゃ……んっ、んんぅっ……!」
 美由が私の服をぎゅっと掴む。少しづつ美由が私の舌に舌を重ね、深いキスに慣れてゆくのがわかる。
「はふ……んっ……ぁ……、美由……」
 ゆっくり唇を離す。荒い息とともに唇を離すと、お互いの唇を唾液の糸が結ぶ。
「ふぁ……は……、おねえちゃ……」
 赤くなった頬に潤んだ瞳。唇の周りには、かすかに私の口紅がついていた。薄く開かれた唇が、なんというか……、とても扇情的だった。
「美由……大丈夫……?」
「おねえちゃ……初めての女の子相手に、激しすぎだよ……」
「ご、ごめんなさい……。なんか、止まらなくなっちゃって……」
「いいよ……止まらなくても……」
 美由が私の首に腕をかけ、うつ伏せに引き倒してくる。自然と、私は美由を組み敷くような形になっていた。
「好きな人とは……こういうことするんでしょ……? 私、もう子供じゃないから……、わかってるつもりだから……」
 震える声、決意を秘めたまなざしが私の心を射る。この先は、全てを私に捧げる行為。超えてしまったら、もう後戻りは出来ない。……美由は最初からそのつもりだった……? そう考えると、今までのことも納得がいく気がする……。一緒にお風呂なんて言い出した事も、夜中のキスも……ううん、そもそも冬休みに一人で遊びに来たことが……。
「本当にいいの……? 私は女だから、物の数には入らないのかもしれないけど……」
「初めてこういうことするのは……、お姉ちゃんがいいって、決めてたから……」
 首の後ろで結ばれたニットの紐を、美由がそっと解く。美由は本気だった。もしかしたら、家に着てからずっとそのつもりだったのかもしれない。そして、はぐらかし続けていたのは、私のほうなのかもしれない。
「もぉ……、お姉ちゃんまで泣きそうな顔しないで……」
 気がつけば、私の瞳からは涙があふれかけていた。嬉しさ、自責、悔恨、罪悪感、愛おしさ、緊張……、並べ立てれば切がないぐらいの感情がわきあがっては渦巻いて、そして溢れだす。私は今どんな顔をしているんだろう。みっともなく、泣き出す寸前の子供のような顔? それとも、嬉しさで笑ってしまっているのかな……。少なくとも、人前に出せるような顔じゃないと思う。こぼれそうな涙をちょっと乱暴にぬぐって、私は精一杯の笑顔を作ることにする。
「ごめんね……、ちょっと、嬉しくなっちゃって……」
「お姉ちゃん……」
「私も美由が好き……。愛してる……」
 人生初めての告白。それが妹なんて、他人が聞いたらなんて言うだろう。ううん……、他人なんかどうだっていい。許されないことぐらい、誰だってわかることだもの。
 でも、それでもいい。背徳の道だと、先のない茨の道だと、揶揄されたってかまわない。
 私は美由が好き。
 世界で一番愛しくて、大切な存在。
 今の私には、これだけで十分だった。
「私も……、こんなこと初めてだから……。嫌な事があったら、ちゃんと教えてね……」
 そっと頬を撫でながらささやく。知っているのと実践はまったく違う。まして相手は小さな女の子。普通のエッチすら経験がない私には、ハードルが高すぎるかもしれない。傷つけないように、慎重に……。
「そんなに硬くならないで……。私、お姉ちゃんになら……」
 体を浮かして、美由が抱きついてくる。背中を軽く支えた私は、そっと耳元にキスをする。白い首筋と小さな耳がとても美味しそうで、思わずそっと舌を出してそれに触れた。
「ひゃっ……んんっ」
 甘い嬌声が、美由の口から漏れる。くすぐったそうに身をよじり、私にしがみついてきた。感じてくれてるのかな……。ニットの背中のボタンに手をかけながら、もう一度……今度は少し強く、吸い付くようなキスをする。
「ふぁっ……! おねえちゃ……、なんか、へん……っ」
「ん……いや……?」
「いやじゃ……ない、けど……ぞくぞくして……なんか、変な感じ……」
 声が震えて、息が荒くなってる。たぶん美由はこういう感覚自体が初めてなんだと思う……。初めての感触に少しおびえてるのかな……?
「大丈夫……怖くないから、力を抜いて……」
 ニットを脱がせて、キャミソールの肩紐を解く。動き辛そうなスリムジーンズも緩めてあげる。すべすべの肌が覗き、小さな胸の膨らみも露になった。
「私ばっかり……はずかしいよ……」
「ん……そうね……。ごめんなさい」
 もっと身体中で美由を感じたい。そう思って、私はカットソーもスカートも脱ぎ捨て、下着だけになる。暖房をつけているとはいえ、冬の部屋の冷気が肌を刺す。私は押入れから毛布を取り出し、肩にかけて美由を抱き寄せる。美由も、ジーンズとキャミソールを脱ぎ捨てて、ショーツ一枚の姿になっていた。
「エッチなことすると……暑くなっちゃうって聞いたけど……」
「そのときは毛布を肌蹴れば良いわ……」
 毛布と私の身体で美由を包み込むように抱きしめ、そっと唇を寄せる。今度は美由の方からも舌を絡め、深くお互いを触れ合わせるような甘く激しいキスをする。
「んぅっ……ふ、ぁ……美由……んん、んっ……」
「おねえちゃ……くふ、んぁぅ……んちゅ……」
 舌先が絡むたびに、頭の奥に水音が響き渡った。細い肩を抱きしめ、背筋をやさしく指先で撫でると、美由も私にしがみつくように、背中に腕を回してきた。
「美由……。可愛くて……素敵……」
 耳元でそっとささやき、やさしく胸に触れる。小さなふくらみかけのそれは、マシュマロのようにやわらかくて、私の指に吸い付くようにしっとりとしていた。揉むほどには大きくないその胸を、私は手のひらでそっと撫で、小さくとがった先端に軽く触れる。
「んんっ! ふぁ、ひっ……!」
 こんな小さな身体でも、美由はちゃんと感じていた。乳首は硬くとがって、それに触れるたびに身をよじらせる。息が荒くなり、声が震えて艶を纏う。世の中に居るロリコンっていう趣味の人の気持ち、今なら少し解る気がする……。
「気持ちいい……?」
「うん……っ、なんか……、わかんないけど……すごいの……っ」
 毛布を握り締め、身をよじらせながらあえぐ。額にはうっすらと汗がにじんでるみたい。美由をもっと感じさせてあげたい……。そう思って私は、美由の小さな乳首に軽く吸い付いた。
「ふぁ……おねーちゃ! な、なんか……ひぁぅっっ!!!」
 腰が振るえ、体がぎゅっと縮こまったかと思うと、糸が切れたようにぐったりとした。肩が荒く息をつき、全身が痙攣したように震えてる。もしかして、いっちゃったかな……?
「美由……大丈夫……?」
「…………っ、うん……おねえちゃ……私だけ気持ちよくなっちゃって……、ごめんね……」
 全速力で走った後みたいに、切れ切れの声で答える。それでも、笑顔で私に笑いかける。そんな美由が可愛くて、私はまた強く抱きしめた。
「美由が気持ちよくなってくれたら……、私はそれだけで幸せ……」
「ん……、でもね……、お姉ちゃん……。それは私も一緒なの……」
 美由がそっと手を伸ばし、その小さな手のひらで私の胸を掴む。細い指が食い込んで、私の体に震えるような快感がそっとわきあがる。
「んっ……美由……」
 美由が身体を起こして私の胸元に吸い付き、手のひらでそっと揉む。他人にこんなことをされたのはもちろん初めて。だからすぐに声が溢れてしまう。
「ん、んぁ……、美由……っ……くふっ……」
 崩れ落ちそうになる身体を必死で支え、声を押し殺す。他人に触れられるのが……ううん、愛する美由にされるのが、こんなに気持ちいいなんて思わなかった。
「えへへ……。今度は私の番……」
 いたずらっぽい笑みを浮かべた美由が私の顔を覗き込む。断る理由なんてない。もっと美由に触って欲しい……。私は無言のままうなずいて身体を入れ替え、美由を上にした。
「いっぱい……感じさせてね……」
「うまくできるか……わかんないけど……がんばる」
 そう答えながら、美由はためらいがちに首筋からうなじへと舌を這わせてくる。私には技術なんて関係なかった。もともと初めてのことだし、相手は愛する美由。触れられ、抱きしめられるだけでも、私には十分な快感だった。
「みゆ……きもち……い……んんっ」
 だから、声が漏れてしまうのも早かった。私の声を聞いた美由がそっと背中に手を回してくる。ブラのホックかな
……。そっと背中を浮かせてあげると、美由は案の定ブラのホックに手をかけた。
「ん……あれ、あれっ……」
「……ふふ、ちょっと待ってて」
 なかなかはずせなくて困ってる美由を見かねて、私が身を起こしてブラをはずし、ショーツも脱ぎ捨てる。背中に手を回してはずすには、腕の長さがちょっと厳しかったみたい。
「ぁぅ……ごめんね、お姉ちゃん……」
 そっと首を横に振ってから、美由を思いっきり抱きしめる。顔を胸にうずめさせ、背中を撫でながらそっと額にキスをした。
「私を……、いっぱい感じさせて……」
 もう一度美由を上にして仰向けに寝る。お風呂で裸を見せているとはいえ、やっぱり恥ずかしい……。
「うん……」
 美由がそっとうなずく。今度は直接胸に触れ、乳首に吸い付いてくる。舌で擦られてるのも、吸われてるのも全部見えて、すごくいやらしい。
「ん、んんっ……ちゅ、ちゅく……」
 音を立てて舐められ、胸を揉まれたり乳首をつままれたり。そのたびに私は敏感に反応してしまう。身体が跳ね、毛布を掴む指先に自然と力が入る。漏れる吐息が、嬌声が、私のものじゃないみたいにいやらしい。
「お姉ちゃんが感じてくれてる……。うれしい」
「みゆ……きもち……いいのっ……んぁ、はぅっ……」
「お姉ちゃん……こっちもさわるね……」
 美由の指が、私の敏感な部分にそっと触れる。確かめなくても解る、きっとそこは私のが溢れ、濡れてしまっているだろう。汚いと思われないだろうか……、はしたない女だと、美由に嫌われたらどうしよう……。そんなことが頭をよぎってしまう。
「恥ずかしいし……汚いよ……」
「お姉ちゃんの身体に汚いとこなんてないよ……」
 美由の指が私のあの部分に触れ、静かに動き始める。たどたどしい指使い、遠慮がちに触れる動き。それでも、他人に触れられるのは初めてな私にとっては激しいほどの快感だった。
「んぁぅ……っ……ふぁ、みゆ……っ……」
 指先が動くのが鮮明に解ってしまって、それが余計に気持ちを高揚させる。頭が痺れ、視界が真っ白になる。背筋も勝手にそれてしまうし、何より声を抑え切れなかった。
 途切れ途切れのぎこちない感触。それでも、私は否応無しに高みへ押し上げられていくのが解る。そして、あともう少しで……というところで、不意に美由の指の動きが止まった。
「おねえちゃん……お姉ちゃん見てたら……私も……」
 美由が切なそうに腰をもじもじとさせ、自分であそこに触れていた。白いショーツに小さな染みが出来ているのがわかる。
「ん……それじゃ、一緒に気持ちよくなりましょ……」
 美由のお尻をこちらに向けさせ、ショーツを脱がせる。つるりとした部分に、薄く赤い筋が浮かんで見えて、まさに花のつぼみのよう……。
「綺麗よ……美由のここ……」
 私はそっとそのつぼみの周りにキスをして、溢れた蜜を吸う。甘い香りと汗のにおいが入り混じって、私の理性を毒のように蕩けさせていく。
「ひゃうっ……お、おねえちゃ……きたないよ……」
「ふふ、美由の身体で汚いとこなんて、無いわよ……」
 さっき言われた台詞をそのまま返し、私は薄く開いたその部分へ舌を這わせる。美由の蜜をもっと味わい、美由の中をもっと知りたい。そんな欲望に突き動かされるままに、私は舌を動かした。
「んぁうっ! お、おねーちゃ……わたし……、なにも……んきゅぁ!」
 つぼみの中を舌で探り、小さな突起にそっと触れる。美由が小さく高い声をあげるのが嬉しくて、私は美由の奥へと舌を押し込み、もっと深くを味わう。
「や……おねーちゃ……っ……だめ、なにか……でちゃっ!!!」
「んきゃっ……!」
 びくりと震えた美由のその部分から、さらりとした液体が噴出す。蜜とは違ってぬめりが薄く、量が多い。
「お、おねーちゃ……ごめんなさい……わ、私……おもらし……」
 美由が泣きそうな声を上げて私から離れる。おしっこにしては量も少ないしにおいもない……。ってことは、たぶん……。
「大丈夫よ、美由。これはおしっこなんかじゃないから……」
 顔についたその液体を指ですくって舐める。薄いけど、美由の密の味がする。
「や……汚いよ……ごめんなさい……」
「ううん……美味しいわよ……。それにね、これは美由がいっぱい感じてくれた証拠だから……嬉しいの……」
 泣きそうな顔の美由を抱きしめ、そっと頭を撫でる。震える身体をやさしく包んで、そっと頬にキスをした。
「ほんと……? お姉ちゃん、怒ってない……?」
「うん……大丈夫……」
 言い聞かせるようにして背中を撫でると、美由が不意に私の頬を舐めた。まだ美由の潮がついてるところなのに
……。
「ん……変な味……だね」
 くすくすと笑って、それから美由は何度も頬にキスをしてくる。
「私ばっかりになっちゃったから……今度こそお姉ちゃんも……一緒に……」
「ん……無理しないでいいのよ……?」
「ううん、一緒がいいから。お願い」
 そう言いながら、美由は私の膝の上に乗ってくる。濡れたつぼみが太ももに触れ、蜜を溢れさせているのがわかる。私も美由の足をあそこにあてがって挟み、静かに身を横たえる。
「お姉ちゃんの足に……、あたって……擦れてるの……」
「私のも……美由の足にあたってる……」
 既に何度も寸前まで達しかけていた私は、少しの刺激でもいってしまいそうだった。それでも、美由と一緒に……という気持ちを支えに我慢をして、小さな身体を抱きしめる。
「んん、んっ……おねえちゃ……きす……したい……」
「美由……うんっ……」
 背筋をまげて美由と口付けを交わす。体勢が辛くて深いものにはならないけど、舌を出して絡めあうことは出来た。背筋を曲げたことで空いてしまった二人の隙間を埋めるように、私は美由の胸に触れ、今度は少し強く撫で回し、乳首をつまむ。
「んくっ……ふぁ、ぴちゃ…………おねえちゃ……、そんな、したら……」
「みゆ……わたしも、いきそうなの……。だから……もうっ……」
 視界にはもう何も映っていなかった。真っ白な光景が広がり、その中に美由を感じる。目で見てるんじゃなくて、全身でそれを感じているようだった。そして、そんな幸せな光景と共に……。
「おねえちゃ……いっちゃ……っ!!」
「みゆ……んぁぁっっ!!!」
 私たちはほとんど同時に果て、意識は快感の海に投げ出されてしまった。

「んっ……」
 気がついたのは真夜中。時計の針は12時を回ろうとしていた。
「んんぅ……」
 傍らの美由がしがみつき、私に擦り寄ってくる。体温と毛布の感触が心地良い。幸せすぎて罰が当たってしまいそうだった。
「こんな悪い子の私たちには、サンタクロースは来ないかもね……」
 美由の髪をそっと撫でながら、一人小さく呟く。クリスマスイブは終わり、本当の聖夜はこれから……。
「ん……おねえちゃ……」
「美由……おはよ」
「うん……おはよう……」
 幸せそうに微笑み、私の胸に頬を寄せる。サンタなんか必要なかった……。ううん、これがプレゼントなら、私はこれ以上ないぐらい幸せ。最愛の美由と、ずっと秘めていた思いを遂げられたんだから……。
「お姉ちゃん、窓の外……雪降ってる」
 カーテンの隙間からちらちらとこぼれる雪が見える。ホワイトクリスマスなんて、ずいぶんベタな演出だと思ってた。でも、実際に見るとやっぱり感動する……。この日にデートをするカップルが多いことも、今の私なら理解できる……。
「お姉ちゃん……」
「ん? なぁに?」
「来年のクリスマスも……ううん、春休みも夏休みも、一緒に過ごしたいな……」
「そうね……ずっと一緒がいいわね……」
 夏休みには美由の誕生日がある。その時までに、私はもう少し素敵な姉になっていたほうが良いかな……そんなことが頭の片隅によぎったとき。

ぐぅ〜〜〜〜。

「え、えへへ………………」
 美由が恥ずかしそうに笑い、そっと身体を摺り寄せてくる。今はまだ、この妹にはムードよりも食欲が大事みたい。
「くす……。一緒にケーキ食べましょうか」
「クレームタンジェもだよ、おねーちゃん」
 粉雪が舞う夜、私たちはまるで恋人同士のように、抱き合ってケーキを食べた。明かりを消してキャンドルの火の元で、二人は静かに幸せな時間を過ごす。そのケーキは、今まで食べたどんなケーキよりも甘くて美味しい、幸せの味がした。


fin