永遠の贈り物
作者 Grace


「ルアー、おーい、ルアー?」
 夕闇迫る人気の無い岩礁に、少年の声が響き渡る。
 少年は16、7才だろうか、くたびれたシャツにカーキ色のズボン。まくった腕や頬には所々機械油の汚れが見える。
「今日はまだ来て無いのかな……」
 海のほうを見つめながら少年はつぶやく。夕日を受けて朱に染まる海と、オレンジの光を反射する雲が少年の目に写る 。
人を待つには不便な場所だし、何より、少年は海のほうしか見ていなかった。

「ラグスー!」
 水音と共に海のほうから声が聞こえた。瑞々しく響く美しい声が、岩礁に鈴の様に響き渡る。
「ルア、こっちこっち!」
 少年は声の主に手を振り、岩礁を駆け下りて海のほうへと向かった。海から現れた声の主は、少年と同じぐらいの年の
少女に見える。
「おまたせ、ラグス。ちょっと遅くなっちゃった」
「大丈夫。僕も今来たところさ」
 お互いが触れ合えるほどの距離まで来て、二人は笑いあった。夕闇と岸壁が二人の姿を人の目から遠ざける。
 二人が人目を忍んで会うのには理由があった。少女は人間ではなかったのだ。岸壁へ腰掛けた少女の足は人間のそ
れではなく、青く輝く魚の尾だった。衣服も、腰から巻いて胸を隠し、首の後ろで結んだ薄絹を一枚纏っているだけである 。
ともすれば扇情的な服装だが、少女の明るさと若干の幼さが健康的な美に見せていた。
「昨日ルアが食べたがってたパンと干し肉買って来たけど、そんなに美味しいものじゃないよ?」
「いいのいいの。一度食べてみたかったんだ〜。わざわざありがとうね♪」
 少女は嬉しそうにはにかみ、少年の差し出した袋を受け取る。人魚と人間という種族の違いは、二人の間にはごく些細
なことのようだった。少女は紙袋からパンと、数切れの干し肉を取り出し、珍しそうに眺めたり触ったりしている。
「結構堅いのね。食べていい?」
「どうぞ。そのために買って来たんだから」
 少年にとっては食べなれたものを、少女は物珍しそうにしながら口に運ぶ。町ではありふれた食事でも、海の中では見
た事も無い食べ物なのだろう。本来なら小さく噛み千切って口に運ぶ干し肉を、少女は大きな口で咥えてしまった。噛み
切れずにもごもごとする様がたまらなくおかしくて、少年は思わず吹き出してしまった。
「あははっ、そんなに一気に食べたらしょっぱいし噛み切れないよ」
「んぐ……もぉ! それなら早く言ってよね」
 少し不満を漏らしながら、干し肉をなんとか食いちぎり、パンを口に運ぶ。初めての食感に、少女は先程までの不満顔
をすぐに忘れ、思わず笑みをこぼした。
「そっちは気に入ったみたいだね」
「こっちの堅いのも好きよ。いっぱい食べたらしょっぱかったけど、この丸いのと一緒だとおいしいのね」
 パンを食べながら、少女は青い瞳で少年を見つめた。その表情が何故かとてもいとおしくて、少年は少女の頭をそっと
撫でる。潮に濡れた翡翠色の髪が、少年の指先に僅かに絡む。
「本当はもっとおいしいものもあるんだけど、僕の給料じゃなかなか買えないから……ごめんな」
「そんなこと言わないで。私のほうこそ、我侭言っちゃってごめんね」
 それだけ言うと二人は無言になり、どちらからともなく静かに唇を寄せた。夕闇はいつしか宵闇へと変わり、二人の姿を
照らすものは夕日から月明かりへと変わりつつあった。
「……ねぇ、ラグス……私とこんなことしてていいの……?」
「どうしたの? 改まって」
 唇を離した少女は、伏目がちになりながら呟いた。いつも明るい少女がふと見せた暗い表情に、少年は心配そうに顔を
覗き込む。
「だって、町にはきっと私より可愛い娘だって居るでしょう……? それに、住む世界だって違うし……」
 少女は決して豊かとは言えない胸元を両手で隠し、目を伏せる。未だ水を湛えた薄絹から、海水が涙のように零れ落ち
た。
 たしかに二人の住む世界が交わる事はなかった。人魚は海の中でしか生きられず、海の傍を離れては生きてゆけない 。
人間は海の傍へは行けても海の中で暮らす事はできない。こうして会う事は容易でも、結ばれる事はありえないのだ。
「僕はルアは魅力的な子だと思う。きれいだし、可愛いし、優しくて歌も上手だ」
 少年は視線をそらさず、まっすぐに少女を見つめて言った。若さゆえか、少年の実直さか、その表情には微塵の照れも
存在しなかった。
「僕はルアに出会えてよかったと思ってるし、これからもルアに会いたい。結婚ができないなら、僕はずっと独身だってい
い。海の傍に家を買って、毎日ルアと一緒に過すんだ」
 聞いた事も無いようなまっすぐな思いをぶつけられ、ルアは頬を赤く染めた。聞いている方が気恥ずかしくなるような台
詞に頬が熱くなり、やがてそのまっすぐな思いが心に響き渡ると、ルアは思わず涙をこぼしていた。
「ラグス……私、うれしい……っ」
 嗚咽交じりの言葉が漏れる。少女の視界は、涙とそれを拭おうとする手でさえぎられ、少年の顔を見つめる事が出来な
くなっていた。この人と会えて良かった。そう心で呟いたとき、不意に少女は暖かい感触を感じた。
「ラグス……濡れちゃうよ……」
「いいんだ。服なんか乾かせば済むから……」
 少年はいつしか少女を抱きしめていた。それは泣きじゃくる少女にどうしたら良いのか、人生経験の薄い少年が必死に
考えて出した答えだった。頬を寄せ、優しく髪と背中を撫でる。少女の柔らかな肌に触れて、少年は自分の胸が高鳴り、
早鐘のように打ち鳴らすのを感じていた。
「ラグス……好きよ……」
 少女は潤んだ瞳のまま顔を上げ、そっと少年にキスをした。唇が触れる感触、お互いの体温、吹き抜ける夜風、寄せて
は返す波の音、潮の匂いと二人の鼓動。静かに流れる時の中で、二人はこの一瞬を忘れまいと心に刻み付けた。


 少年と少女は人目を偲びながら何日かおきに会い続けた。少年は町で買った食べ物を、少女は海で取れる食材をお互
いの贈り物としながら、それぞれの世界のことを楽しげに話した。そして、この生活が永遠に続くものと信じていた。
「ルア、今日も地上へ行くの?」
「ええ、お姉様もいらっしゃれば良いのに」
 海底の洞穴を利用して作られた家で、少女は出かける仕度をしているところを呼び止められた。声の主はルアよりも少
し年上の姉。美しい装飾をした服に身を包んでいる。
 少女は海の世界ではそれなりの名家で、そこそこの地位を持っている家柄だった。尤もそれは海の世界での話でしか
ないし、少年と少女が出会うことにはなんら関係がなかった。少女も以前にそのことをそれとなく漏らした事はあるものの 、
少年は関心こそすれ、態度を変えるような事はしなかった。
「私は遠慮しておくわ。それより、気をつけなさいよ?」
「ん、どうして? 彼は凄く優しい人だし、会う場所は気をつけているもの、平気よ?」
 少女は以前にも、姉に少年のことを自慢げに話していた。姉は少女の言葉を黙って聞き、二人が幸せであり続けるよう
にと口にした。そして同時に、人間とは住む世界が違うことや、同じ時を生きる事は出来ないこと、そして別れを悲しみ、
殻に閉じこもってはいけないことを忠告した。
「そうじゃないの、実はね……」
 姉が静かに語った事は、少女にとって非常に衝撃的な内容だった。少女は居ても立ってもいられず家を飛び出して、少
年との邂逅の場へと急いだ。
 姉にとって大事なのは愛する妹である少女だった。地上のことにあまり興味は無いが、妹が幸せで居られるなら、彼の
存在を祝福し、そして二人がなるべく長い時を過せるとこを願っていた。その事は少女も良く知っていたので、姉の言葉に
嘘偽りなど一つも無い事は解っていた。だが、どんなに真実味のある話でも、自分で確かめなければ気が済まなかった 。
そして、できればこの出来事が嘘であることを願った。
「ラグス! ラグスー!」
 いつもの約束には少し早い時間。少女は少年の姿を探して岸辺を見渡す。当然ながら少年の姿は無いのだが、それが
少女の心にあせりと不安をもたらすのは言うまでも無いことだった。
 少女は少年を待つ間に様々な考えをめぐらせた。いくつかの考えや案が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。その度に 、
少女の心は不安と恐怖に締め付けられる。どうしようもない絶望に包まれ、思いに涙をこぼしかけた頃、岸辺から声が
響いた。
「あれ、ルア! 今日は早いねー!」
「ラグス……っ!」
 少年の姿を見るなり、少女は涙をあふれさせながら少年の下へと向かって泳いだ。たいした距離でも無いのに、少年に
手を取られたときには、少女は既に泣きじゃくってしまっていた。
「ラグス……ラグス……よかった、もう会えないのかと思った……」
「ルア、どうしたの……? 何か悲しい事があったの?」
 少女がなぜこんなに悲しげな涙を流しているのか、今の少年には知る由もなかった。とにかく少女を落ち着かせようと、
優しく抱きしめ、そっと頭を撫でることが精一杯だった。
 幾度の潮騒が響いた頃だろうか、少女はようやく落ち着きを取り戻し、涙を拭って少年の顔を見つめた。
「ラグス……、もうすぐ、隣国と戦争になるって本当……?」
 いまだ嗚咽の混じる声で、少女は少年に聞いた。それが、先刻姉から聞いた信じがたい出来事だった。
 姉の話では、少年の住む国は隣国との小競り合いをずっと続けていたらしかった。だが少年の住む町は国境や戦場か
らは程遠く、このままなら戦渦に巻き込まれる事は無かった筈だった。しかし、国王はこの状態に痺れを切らし、近々大
々的な徴兵を行い、一気に隣国へ攻め込もうと考えているらしい。
 姉の話は噂などではなく、確かな筋からの情報であることは間違いない。本来なら少年に事実を確かめること自体が
無意味な行動なのだが、少女には姉の言葉をそのまま受け入れる事が出来なかったのだ。
「その話、海の中まで伝わってたんだ……」
 少年はうつむき、そして寂しそうに笑いながら、答えと共に話を続けた。
「前々から大規模な戦争になるかもしれないって事は言われてたんだ……。でも正式に勅令が出始めたのは一昨日ぐら
いからだった。15歳以上で健康な男子なら全員徴兵対象で、戦闘訓練を受けさせられるんだってさ。当然僕も近いうちに
召集されると思う」
 大方の予想はしていたものの、目の前が真っ暗になるほどの衝撃があった。少女は半ば茫然自失で少年の言葉を受
け止め、言葉が途切れると同時に涙があふれていた。
「そんな……じゃあ、もう会う事はできないの……?」
「そんな事は無いよ。戦争が終われば平和になる。そうしたらまた今までのように会えるさ」
 少年は少女を安心させようと、優しく声をかける。紡いだ言葉は、少なくとも少年にとっては嘘ではなかった。いずれ戦
争は終わる。そしてそのときはまたこの町に帰って来ると、心のそこから信じていた。だからその言葉にも瞳にも迷いは
なかった。
「本当に……? 信じていいの?」
「こんな時に嘘を言えるほど、僕は器用じゃないよ」
 たとえそれが嘘でも、少女にはどうでもいい事だった。目の前の少年がくれた優しい言葉が、今まで少女の心包んでい
た暗闇を取り払ってくれた。それがたまらなく嬉しかった。
「ラグス……っ!」
 止まっていた涙があふれ出し、衝動に突き動かされるように少女は少年に抱きついていた。嗚咽を漏らしながら頬を寄
せる少女を、少年は黙って受け止める。
 少女は声を上げて泣き続けた。潮騒が泣き声をかき消し、夕闇はいつしか宵闇へと姿を変える。少年はただひたすらに
、黙って少女の髪を、背中を撫で続けた。愚直で人生経験の少ない少年には、気の効いた言葉も、少女を安心させる行
為も思いつかなかったからだ。
 だが、そのなんのひねりも無い行為が少女にはたまらなく嬉しかった。素直に自分の涙を受け止めてくれたこと、黙っ
て髪を撫でてくれる手の暖かさ、そして頬に伝わってくる少年の体温が、少女の心に深く染み渡っていった。
「ラグス……あのね……」
 ひとしきり泣いた後で少女は落ち着きを取り戻し、少年に僅かな決意を込めた言葉を投げかける。
「ルア……どうしたの?」
 僅かな声の変化を感じ取り、少年は少女に問いかける。だが、少女は答えるよりも早く、少年から僅かに身を離してい
た。
「ラグス……ラグスに私のすべてを……もらってほしいの……」
 少女はいつも腰に下げている小さな巾着から、赤い液体の入った小瓶を取り出した。
「ラグスは、私の一番大切な人だから……」
 少年に微笑みながら、少女は小瓶の中身を一気に飲み干す。程なくして少女の身体は薄く輝きを放ち、その姿を変え
てゆく。
「ルア……何を……?」
「これ以上……女の子に説明させないで……」
 胸を覆う薄絹も脱ぎ捨て、少女は一糸纏わぬ姿となった。そして輝きが消えると、魚の尾の姿だった少女の下半身は人
間のそれへと変化していた。華奢な足腰と白い太腿が露になり、少年は慌てて目を逸らした。
「こんなことを自分から言う女の子は……嫌い……?」
 朱に染まった顔をうつむかせたまま、少女は少年の傍へ座り込む。少年はその答えのかわりに、少女をきつく抱きしめ
た。これまで幾度となく繰り返された行為なのに、少年は心臓が早鐘のように鳴り響くのを感じていた。
「ルア……愛してるよ……」
「ラグス……私も……」
 顔を出した満月が見つめる中、二人は深く口付けを交わした。少年と少女が初めて体験する大人の口付けは、どこか
ぎこちなく、それでいて激しかった。息をつくタイミングも重ねる舌もたどたどしく、だが、それでいて深い愛情に満ちた口
付けだった。
 少女には、少年を海の世界へと連れ去る方法も、海の中で暮らすための手段も持ち合わせていた。だが、それを少年
が拒む事は、聞かなくても解っていた。少年は心優しく、そして祖国と陸上の生活も、少女と同等に愛していたのだ。そん
な少年に祖国を捨て、地上を捨てて欲しいなど、言えるはずもなかった。
「ん……ぁ……私ね……こんなこと、初めてだけど……」
 静かに唇を離した少女は、うつむきながらそっと呟いた。そして、少年の服のボタンに手をかけながら続ける。
 だから少女は全てを少年に捧げ、そして共に生きた証を刻もうと決意をした。
「だけど……どうしたらいいかぐらい……解ってる……から…………」
 消え入りそうな声で呟きながら少年の服をはだけ、そっとその胸板に触れる。これから自分が行なう行為に緊張し、僅
かに指先を震えさせながら、少女は言葉を紡いだ。
「嫌だったら……言ってね……」
 少女は静かに、少年の胸元へと口付けを落とす。暖かい肌と唇から伝わった心臓の鼓動が、たまらなくいとおしかった 。
少年の命の源、鼓動の中心に口付けることで、少女は特別な何かを感じていた。そして躊躇いがちにもう一度キスを落
とし、少年の服を脱がせ、素肌に触れる。
「ルア……っ、こ、これは……その……えっと……」
 不意に少女の手が少年の股間に触れる。ズボンの中で大きくなっているものに触れられると、少年はまるでいたずらを
見つけられた子供のように、慌てて身を引き、その部分を手で隠そうとした。
 少女は何事かと少年の顔を見つめたが、すぐにそれを理解した。そして、その少年の慌てようが少しおかしくて、そして
同時に、少女に秘められていた母性をくすぐり、思わず笑みを零した。
「くすす……♪ 大丈夫よ……解ってるから……」
 こういう行為では、少女の方が僅かばかり落ち着いているようだった。少年は今まで少女に悟られまいと虚勢を張って
いたのだ。それは自尊心からではなく、未知の行為に震える少女を少しでも安心させようという、彼なりの気遣いから来る
ものだった。
「それにね……これは私を感じてくれたからだもの……だから、平気……」
 少女はもう一度彼の胸元にキスをして、それから少年のズボンを脱がせ、初めて見る男性のそれにそっと触れる。想像
していた以上にそれは硬く熱く、そして大きかった。
「ルア……無理しないで……」
「大丈夫……私がしたいの……」
 これからこれを受け止めるのだと思うと、少女は躊躇いを覚えた。だが、意を決してそれをやわらかく握り、手のひらで
包み込む。すると先ほど胸に触れたときよりも、はっきりと鼓動が伝わる気がした。
「気持ちよくなかったら……ごめんね……」
 少女は恐る恐る少年のそれに口付け、静かに舌で愛撫する。舌に伝わる熱と、唇に伝わる鼓動が、不思議といとおしか
った。
「ルア……んっ……」
 少年は少女の舌が動くたびに、唇が動くたびに、吐息を漏らしていた。少女の動きはお世辞にも巧いと言えるものでは
なかっただろう。だが、少年が初めてであったこと、そして行為の相手が他ならぬ最愛の少女であった事が、少年の快感
をより一層高める結果となっていた。
「ん……っは……ラグス……気持ちいい……?」
「うん……すごく……」
「よかった……ん……っ」
 もう一度、今度は深く少年のそれを口に含み、舌を這わせる。少年の反応を見ながら、少女は少しづつコツを掴みつつ
あった。そしてその成果は、すぐに形になって現れた。
「ルア……ん……ごめん……っ!」
「んっ……!? んんっ、……ん、んふっ……げほ、ごほ……っ」
 少年は急に高まりを感じて、思わず少女の喉の奥へと精を注ぎ込んでしまう。少女はその熱く粘りのある液体を受け止
めきれず、思わずむせ返ってしまった。
「ごめん! きゅ、急に……でそうになっちゃって」
 少年は慌てて少女の背をさする。だが、少女は涙を浮かべた瞳で微笑み、その口の中の熱いものをゆっくりと飲み干し
た。
「大丈夫……ちょっとびっくりしただけだし……、それにね……うれしかったから……」
「ルア……」
「ラグスが、私で感じてくれたんだって……だから、平気よ……」
 少年は黙ったままで、少女を強く抱きしめた。ただそうすることしか、少女にこの感謝を伝える術を、少年は知らなかっ
た。自分をここまで想い、そしてこれだけのことをしてくれる少女がたまらなく愛しかった。少年は少女を抱きしめて頬を寄
せた。だが、少女を抱きしめてすぐに、少年は気がついた。あれだけ思いのたけをぶちまけたはずのものが、未だに満足
せず、自己主張を続けていることに。
「ラグス……まだ……」
「いや……これは、その……時間がたてば収まるだろうし……」
 少女は少年の言葉を遮るように、その硬いままのものに手を伸ばし、そっと握った。
「ラグス……私、ラグスと一つになりたいな……」
「ルア……」
 少年は自分の服を脱ぎ捨て、岩の上に敷き詰めた。せめて少女が傷つかないようにという少年の気遣いだった。
 少年にもう少し経験があれば、あるいは少女にもう少し知識があれば、少女が上になれば問題ない事に気がついたか
もしれない。だが、彼らにそれ程の経験も知識も余裕もなかった。
「ルア、痛くない……?」
「大丈夫……平気よ。ありがとう……ラグス……」
 少女は少年の服の上に寝そべり、身を任せた。少年の肩越しに見える月に、全てを見られているような気がして、それ
が少しだけ気恥ずかしくて、少女は赤い頬をさらに赤く上気させていた。
「ルア……優しくするけど……痛かったら言って……」
 少年は恐る恐る、少女の控えめな胸に手を伸ばした。少女の胸は片手で包んでも余るような、そんな乳房だったが、少

年にとっては世界のどんな美女よりも、どんなに高級な娼婦よりも、魅力的な身体だった。
「柔らかい……凄く気持ちいいよ……ルア……」
「ん……や……、そんなこと、言わないで……ぁ……」
 そっと胸を揉み、時々その先端に指先で触れる。たどたどしい行為だが、それでも少女は少年の指の動きに敏感に反
応し、吐息を漏らした。
「ルア……ん……っ」
 少年は少女にされたのと同じように、少女の胸に静かに口付けた。唇を通して伝わる鼓動が、相手の全てを感じている
ようでたまらなくいとおしかった。そして少年はそのまま少女の二つのふくらみへと唇を運び、静かに舌で愛撫を繰り返す 。
胸にキスをし、優しく舌で撫で、時折その先端へと舌を運び、やわらかく吸い付いた。
「ふぁ……らぐ……すっ……それ、きもち……ひ……ぁ……やぅっ……!」
 少女は思わず少年にしがみつき、時折少年の敷いてくれた衣服を握り締めた。行為の一つ一つが、少女の頭に響き渡
り、音の無い花火が破裂するような感覚を与える。少女は既に絶頂に近い部分にまで上り詰めていた。
「ん……ルア……綺麗だ……」
 そっと少年が腰元に手を伸ばし、か細い腰に優しく触れたとき、それは起こった。
「ラグス……ラグス……ふぁぁぁっ!!」
 不意に少女の体が弓なりに反れ、びくりと震える。少女は絶頂に達していた。だが、少年にはそれがなんであるのかを
理解する術がなく、身を離して少女に問いかけた。
「ルア、大丈夫? ルア……?」
「は……はぁ……大丈夫……平気だから…………続けて……」
 荒い息を吐きながら、少女は少年に微笑みかけた。上気した頬に潤んだ瞳、熱い吐息は、今まで少年が見た事も無い
ほどの艶を湛えた魅力的な顔で、思わず唾を飲み込んだ。そして、自分の衝動に押さえが効かなくなりつつある事を、少
年は感じ始めていた。
「ルア……っ!」
 飛びつくように少女を抱きしめ、少年は舌と唇で愛撫を続ける。その間に少年は、少女の腰と太腿を指先で静かに撫で
ていた。
「ラグス……ふぁ……ひゃう……っ!」
 一度絶頂に達してから、少女は少年の愛撫にさらに敏感に反応していた。体が跳ね、腰が震える。その全てが、少年の
欲望を駆り立てた。
 そして少年は、少女の最も敏感な部分へと指を滑り込ませる。指先に触れるその部分は熱く濡れていて、滑らかな蜜を
湛えていた。
「ルア……すごく、濡れてる……」
「や……そんなこと……いっちゃ……ふぁ、やぁ……っ!」
 言葉を紡ぐ暇もなく、少年の指は少女の敏感な部分を愛撫する。時には熱く硬くなり、柔らかい皮膚に包まれが部分に
触れ、時には潤いを湛えた柔らかい入り口を撫でながら、少女に快感を与える。少女が嬌声を上げるたびにその部分は
かすかに蠢き、蜜をあふれさせて少年の指を濡らす。
「ルア……力を抜いて…………」
 少年はそっと少女の足を開き、その大事な部分へ口付ける。あふれた蜜が口元を濡らすが、そんな事は気にならなか
った。
「だ、だめ……ラグス……そんなとこ、きたな……ひゃうっ!!」
 少女は慌てて少年の顔を押しのけようとするが、既に力の入らない腕では抵抗のしようがなかった。指とは違う柔らか
な感触に震え、抵抗の意志は瞬く間に快感の海へと押し流される。
 少年の舌が動くたびに少女は蜜をあふれさせ、少年はその甘い蜜を味わおうと舌を動かし、掬いとって舐める。時折指
先での愛撫も加え、少年の行為は少しづつエスカレートしてゆく。
「らぐ……す……ひぁっ! だ、だめ……! 何か……でちゃ……ひぁぅっ!!!」
 甲高い嬌声と共に、少女はその部分から潮を噴き出させ、少年の顔を汚した。先程の粘りのある蜜とは違うさらりとした
それを受け止め、少年はようやくその部分から顔を離した。
「らぐす……ごめん……なさ……汚しちゃって……」
 涸れた息と若干の嗚咽、羞恥と申し訳なさを入り混じらせ、泣き声にも似た切れ切れの声を漏らす。
「ルア……ん……っ……」
「ふあ、ん……らぐ……ぁ……んんっ……す……」
 少年は泣き出しそうな顔の少女の髪を優しく撫で、そっと唇を重ね、舌を絡めた。今度は深いながらも激しくない、ゆっ
たりとしたキス。やわらかく抱きしめ、頭を撫でながら静かに舌を寄せる。その行為に少女は次第に落ち着きを取り戻し、
少年に抱きつきながらキスに応じた。
「ルア……ルアが言ったように、これも僕を感じてくれた証だから……大丈夫だよ……」
「ラグス……嬉しい……」
 唇を離し、二人はそっと微笑みあう。そして少女は無言のまま小さく頷き、少年に身体を任せた。
「ルア……いいの……?」
「平気……私、もっとラグスを感じたいの……」
 少年はおずおずと少女の入り口を指先で探り、そこへ自分の熱く硬いものを押し当てる。触れた先端から伝わる熱が、
少年の興奮をさらに高めた。
「いくよ……あ、あれ……」
 そう言ってゆっくりと腰を落したものの、うまくいかない。何度目かの挑戦の後で、少年はようやく少女の中へともぐりこ
む事が出来た。
「っ……! ぁ……ラグス……っ!!」
 初めて受け入れる男性に、少女は息苦しさにも似た圧迫感と、僅かな痛みを感じていた。人間のような膜は存在しなか
ったものの、初めて使うその部分は、悦楽を感じるには些か敏感すぎた。
「ルア……平気? 痛いんじゃ……」
「大丈夫……すぐに慣れると思うから……少し、このままで……」
 少女うっすらと涙を浮かべたまま、少年を抱きしめた。下腹部に感じる痛みはゆっくりと和らぎ、次第に熱と快楽を伝え
始める。少年のものが硬く脈打ち、自分の中で僅かに動いているのを感じた。
 痛みが引いたのに、少女の涙は止まらなかった。それは苦痛や悲しみではなく、最愛の人とひとつになれたことを感じ
る、嬉しさの涙だった。
「ラグス……もう、大丈夫……動いていいよ……」
「ルア……痛くなったら、遠慮しないで言って……」
「うん……」
 少年は腰を浮かし、ゆっくりと少女の中で動き始める。少年は激しく突き動かしたい衝動を抑え、ゆっくりと少女の中を
擦りあげる。熱い粘膜が絡みつき、包み込まれる感触が伝わって、少年はさらに奥へと突き上げようと腰を突き出す。
「ふぁ……ラグス……っ、熱い……すごいの……っ!」
「ルア……きもちいいよ…………ルア……っ」
 互いの名前を呼び合いながら、二人は夢中で腰を動かしていた。少女は少年の鼓動を、少年は少女の熱を感じて、少
しづつ高みへと押し上げられてゆく。技術や緩急などというものは、そこに存在しなかった。ただ相手を想いつつ、自信の
欲望をぶつける。それだけの行為が続けられていた。
「ラグス……っ! ラグスっ! 好きよ……愛してる……!」
「ルア……好きだ……ルア……!!」
 潮騒の中に肉のぶつかり合う音や、淫靡な水音がかき消され、二人の声も潮風に乗って海の彼方へ運ばれてゆく。宵
闇の中で続けられる愛の営みを、ただ月だけが見つめていた。
「ふぁっ! ひっ! んぁ、や……ひゃぅっ! ラグスっ!」
 少女は少年に突き上げられるたびに嬌声を上げ、少年はにしがみつこうと、その背中に僅かに爪を立てる。血が滲む
ほどではないが、少年の背中にはくっきりとした傷跡が残された。
「ラグスっ! 気持ちいいのっ! 私……私っ! おかしくなっちゃうっ!」
 少女の背にも、岩と服に擦れた傷が出来ているだろう。だが、お互いにそんな事はもうどうでも良くなっていた。この傷
すらも、二人には愛しい人との行為の証として、尊いもののように映るだろう。
「ルア……僕、もう我慢が……っ」
 少年は最早限界が近いことを感じていた。先程感じた切迫感を覚え、ぎりぎりのところで我慢をしながら声を絞り出す。
だが、腰の動きを止める事は本能が許さなかった。
「ラグス……私も、きちゃうの……っ! 私の中に……きてっ……!」
 少女は既に、何度もの軽い絶頂を迎えていた。頭の中で明滅する閃光に意識を奪われそうになりながら、少年をもっと
感じて居たいと思い、踏みとどまっていたのだ。だが、それももう限界に近づいていた。快楽でもやのかかった頭に、少年
の声と潮騒の音が響く。目を開いていても、視界には何も映っていなかった。それほどまでに少女は深く強く、少年を感じ
ていた。
「ルア……っ! う……っ!!」
「ラグス……ふぁ、ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 最後に少女が感じたのは、体内へ注ぎ込まれる熱いもの。深くに注ぎ込まれたそれは、少女の身体中染み渡り、全身
を快楽の渦に巻き込みながら、少女の意識を奪っていた。
 そして、それは少年も同じだった。少女の中へと自らの思いを注ぎ込み終えると、達成感にも似た疲労が全身に広がっ
た。荒い息をつきながら少年は少女の横に寝そべり、月を見上げた。
 満天の星空と、大きく輝く月を見上げながら、少年は少女の頬を撫で、そして急激に襲ってくる睡魔に抗う事が出来な
かった。


 潮騒に混じって聞こえる澄んだ歌声。それはとても聞きなれた最愛の声。
「ルア……?」
「おはよ、ラグス」
 後頭部には柔らかな感触、そして前髪をそっと撫でる優しい手に、少年は意識を取り戻した。少年は少女に膝枕をされ
たまま、眠っていたのだった。シャツは身体を冷やさぬようにと胸にかけられ、ズボンは綺麗に折りたたまれている。恐ら
く眠っている間に少女がやってくれたのだろう。
「ごめん、今……」
「いいから……そのままでいて……」
 起き上がろうとする少年を制し、そっと髪を撫でながら少女は続きを歌い上げる。優しく響くその歌は、愛するものの無
事を願う歌。少年はこの上ない幸せを感じながら、少女の髪をそっと撫でた。少女はそれに答え、少年の額を撫でる。静
かに夜が更け、波音が少女の歌声にあわせて響き続けた。




「────結局、戦争は隣国の勝利。彼が守りたかった祖国も家も荒らされちゃって、彼も帰ってこなかったんだけどね 」
 青く澄んだ空を見上げながら、ルアは手にした果物にかぶりついた。南国の果物特有の香気が鼻をくすぐる。
「では、ルア様は彼と今生の別れに契りを……?」
 ルアの周りに居た何人かの少女のうちの一人が、遠慮がちに声をかける。ルアと同じぐらいの年頃の人魚の少女だっ
た。
「そういうつもりじゃないけど……結局そうなっちゃったかな。もちろん、一回だけじゃなかったし、そのあとも何度かは会え
たけどね……。でも召集令状が来て、結局それっきり」
 砂浜に程近い岩礁に腰かけ、ルアは海を見つめながら呟く。亜熱帯の湿った風が吹き抜け、背後に広がる大きな椰子
の木を揺らす。視線の遥か先には、少年と出会った町があるはずだった。
「あの……ルアさまは……その方との子は…………」
「ううん、出来なかったわ」
 彼の子だったら、すべてを投げ捨てても育てたかもしれない。と、これは口に出さず、心の中で呟いた。ルアの声音は
悲恋にそぐわぬほど、あっさりしていた。もちろん、過去の事と割り切っている部分もある。だが、彼女にはそれ以上の理
由があった。
「ルアさま……思い出して悲しくなったりしませんの……?」
「時々はね。でも、彼と私は住む世界も時間も違ったから、いずれこうなっていたと思うわ……。それにね───」
 手にしていた果物を置き、少女は空を見上げた。大きな白い雲と、美しい青空。そして眩しい太陽の力強い光が、ルア
の目を細めさせた。
(貴方と一緒に……青い空も太陽も見たかった。心残りはそれくらいかな……)
「彼からは、とても大切な、永遠のものを貰ったから」


「────貴方と共に 海に帰ろう♪」
「綺麗な歌だね……。人魚が人を魅了するって本当だったんだ……」
「お世辞を言っても何も出ないわよ」
「そんなつもりじゃないよ。ただ、本当にそう思っただけさ」
「そっか、ありがとう。……ねぇ、ラグス。貴方達の世界には歌は無いの?」
「ん? あるよ。たぶん海の世界に負けないぐらい沢山ね」
「ね、聞かせてよ。貴方の世界の歌を」
「えーっ? 僕はルアみたいに上手くないからだめだよ。それに、リズム感とか無いし……」
「いいじゃない、ちょっとぐらい。私はラグスの歌が聞きたいの」
「ん……ヘタでも、笑わないでよ?」
「あんまりヘタだったら笑っちゃうかも……ふふっ」
「き、緊張するなぁ……ほんとに、笑わないでよ?」


 ルアは息を吸い込み、胸に手を当てて歌い始める。海の世界には無い、彼から貰った大切な歌を。

fin