カピスタの艶めく眼差し  ――密林弾道三〇〇ヤード(中)――


 ……わたしはまた、寝込んでいる。

 浅い水の中のような、浅い眠りの中だ。
 ときおり水面から顔が出るように、ぽかりと意識が戻る。薄目が開いてぼんやりと周りが見える。木漏れ日の差す木の葉葺きの小屋の中、乾いて暖かい草の寝床に、わたしは横たえられている。
 肌触りのいい、裾の短い衣装を着せられて、仰向けで。腕や脚は、寝床にゆったりと延べられている。腿の間を、肩を、前髪を、そよ風がさらさらとなでる。
 心地いい。ほんのりと微笑みが浮かぶ。
 くつろげる居間というには少し広いその部屋の、向こう半分には、入れ替わり立ち代わり人が入ってくる。男たちのようだけれど、ぼんやりとして誰だかよくわからない。でも気にすることはない。その人たちは部屋のこちら側へは来ないから。
 ただ遠目にわたしを見守るだけ。
 こちら側へ来るのは、おんなのこばかりだ。 
 なめし皮を思わせる褐色の肌の娘たち。銀の髪を豊かに波打たせたり、後ろに高く結い上げたり、思い切りよくぱっつりと切り揃えたり。でもみんな若くて、胸もおしりも男に食欲を催させそうなほどたっぷりと育っていて。その体を隠す気もないような布、というか紐や木の皮しかまとっておらず。
 一様に、発情していて。
 目を潤ませ桃色の舌を湿らせて、はっはっと熱く速い吐息を漏らすおんなのこたちが、わたしのまわりに来る。みんなわたしに飢えたような目を向ける。
 ううん? 飢えではないかもしれない。こういう目は学院で見たことがある。年上のすてきな上級生に下級生の子たちが向ける目……慕情、憧憬といったもの。
 褐色の子の一人が、ひと目を盗んでさっとわたしの唇を奪う。
 別の子は、小屋に誰もいなくなった短いひと時、わたしの手を取って狂おしく頬ずりする。
 欲されているみたい……だけど、よくわからない。同じおんなのこどうしなのに。それにわたしはもうおとめですらないのに。
 わたしの下腹は、亀の甲みたいにうっすらともりあがっている。
 でもそれすら女の子たちの憧れの的らしく、たいていみんな、撫でさすっていく。
 とても大切そうに。まるで自分の孕み児に触れるみたいにふわりと。
 そしてそばに来たおんなのこたちは、嘴のかたちの椀でわたしにスープや水を飲ませ、肌を念入りに拭き、髪をくしけずり、顔をきれいにぬぐって、色泥でくっきりと目鼻を描いてくれる。わたしのすがたを、彼女たちの考える神秘的な域にまで、高めてくれる。
 それから、壊れ物を扱うていねいさで、そっと半身を抱き起こす。部屋の向こうの男たちがざわめき、うやうやしくひれ伏す。
 わたしは抜け殻の従順さで、微笑みながら、くったりと身を任せる。
 疑問しない。意欲もない。そういったことをどこかに置き忘れてしまった。
 ひたひたと、波のように眠気が押し寄せる。
 わたしは爪ひとかきの抵抗もなく、ゆらゆらと眠りへ沈む。

 夜にまた朦朧と目覚める。密林の闇と獣の声が、小屋の中にまで染みてくる。
 濃密な闇を、鋭い光が突き戻している。頭の横の皿に立てられた太い木の枝。ヂリヂリと音を立て一等星よりもまばゆい光を放って燃えている。照明にされるために育ったみたいな木だ。
 大きな葉を折り重ねた天井へ、青い細い煙がまっすぐ上がっている。
 光がわたしの横に座る人を照らす。厚手の黒い衣服をまとったおんなのこ。白い艶やかな頬をほんのりと情愛の血色に染めて。他のどの子よりも熱っぽい瞳でわたしを見下ろして、スカートの裾の下から、爽やかな甘酸っぱい汗の香りを漂わせている。
 膝立ちでにじりよって、スカートの下をまさぐった――と思うと、ずろん、と膨れ上がった肉の槍を取り出し、わたしの顔へ押し下げる。
 それは、ほかの誰にもないグロテスクで妖艶な目印。
 おんなのこの慎ましくくぼんだ股間を、攻め手の切っ先に変えてしまう凶暴な器官。
 それでいて、その子のほっそりした肢体や軽やかな動作と、まるで違和感なく調和している。そのおんなのこが、獲物のおんなのこにぴたりと狙いを定めて、その中へ溶け込んで自分の匂いをつけたいんだなということが、ごく自然なことのように思えてしまう。
 ごく平らかに言うのなら――男というよりも少年っぽくすらりと反り返った、いかにも女の子らしい優美なおちんちん。
 ひたひた、ぴた、とその性器の裏筋が鼻や唇を軽やかにノックする。くびれのところにねっとりとこびりついた臭いを嗅いだとたん、ほんのちょっぴりのおぞましさを皮切りに、震えるほどの愛しさ、なつかしさ、情け心、食欲みたいな欲情が、どっと心に湧き返る。ざわざわっ……と全身の血が逆流して、鼻の奥がツンとなる。
 わたしはヒオリの勃起をくんくんと熱心に嗅ぎたてる。
 たとえ水の中を漂うような半睡眠にあっても、わたしは決してヒオリのそれを間違えたりしない。何よりも大事で、何よりも大好きなものなんだから。
 彼女の黒髪や肩は、明るく軽やかな日の匂いを発散している。でも彼女の陰りはまるで異なる匂いがする。湿った粘膜の谷間で醸成された、ねばつくような発酵臭。
 もちろんそんな匂いがするのはごく一部。たとえば、血が詰まってぐんと背伸びした肉棒のくびれのところ。そこにわたしは薄口を開けて、はっはっと鼻をこすりつけてしまう。
 目覚めていなくても。目覚めていないから。卑猥な欲を素直に出せる。においが好き。鼻で食べてしまいたい。
「おいしい? セリ。いいのよ、はい……」
 優しく、心底嬉しそうな声がして、満足に体の動かないわたしの鼻下に、こってりと肉棒がこすりつけられる。わたしは頭の中が匂いで満たされるまで、何度も胸いっぱい吸い込む。求めに反応してヒオリはますますコチコチに硬く怒張していく。わたしは深く満足し、熱く欲情していく。
 指先がじんわりと温かくなる。欲情して体の端のほうに血が巡る。――誰にも見えない股の中心でちっちゃな芽が尖り、ひだのあいだがくちくちとぬめり始める。
 ガサッ、と黒タイツの膝が寝床を踏む。ヒオリがさらに寄る。
「はい、濡らして……」
 覆いかぶさって股間のものを突きつけるヒオリの姿は、その姿勢だけでも絵のように美しいはずだと思う。それを見られる角度にいたことなんかないのに、腰の後ろの反りや、見下ろす彼女のこめかみにかかる髪の垂れ方まで頭に浮かぶ。
 目の前にはつやつやと赤く張った彼女の先端。
 とろりと唇で吸い付く。
 舌に乗る熱い重み。溶け出す濃厚な分泌物の味。海の潮に似て、地下倉で朽ちかけているチーズにも似て。
 口の中をみちみちと押し広げる存在感。んくんくと頬をくぼませて吸いたてる。ていねいに、心ゆくまで呑む。
「あふ……セリの、食いしん坊さん……」
 心地よさでふわふわと漂うみたいなささやきと、髪の中へ虫のように入り込む十指、手のひら。わたしの頭をしっかりと包みこみ、ゆっくりと前後させ、奥へ硬いものを届かせる。
 ずろろろっ……ずろろろっ……。舌の先から喉の奥まで、熱塊がじっくりと貫き広げてくれる。くむっ、くむっ、と鼻先を彼女の恥骨がそっと押す。鼻に叩き付けるような無理な挿入は間違ってもしない。細心の注意を払った、口奥愛撫。
 何もかもがわたしに幸せしか与えない。
「ふぁ……んふぅ……んん……」
 ヒオリのあえぎが甘く溶け、最大に怒張した肉杭の先口が、こぷこぷと前兆の露をこぼす。勢いまかせに突っ走りたいという気持ちが彼女の全身から伝わり、そのようにしてほしいという願いでわたしは反り返りそうになる。
 けれども走り出す手前でヒオリはあごを上げて唇を噛み、
「……ん……ふ……」
 引き返せない手前ギリギリの興奮を保ったまま、そろそろと、器から水がこぼさないよう気をつけるのに似て、慎重に腰を引く。
 そこでやめてしまうわけでも、焦らすわけでもない。
 実はこの寝床の二歩隣に、褐色の肌の娘が座っている。
 おそろしく気の入った美粧の娘だ。昼間に訪れた何人ものおんなのこたちが競って身づくろいをし、一番美しくできたものが一人だけここへ来ている。その目当ては一目瞭然。艶が出るまで洗い抜いて油を塗った肌。さんご色の乳首まで透けて見える薄い紗。腰周りを飾るだけで股間むき出しの蓑。
 ヒオリに抱かれに来ている。
 そしてヒオリに抱かれずにいる。
 わたしの口からぬるぬると抜け出したヒオリの勃起が、ふるん、と長い竿のように揺れる。そのときこそチャンスだと見て取って、娘がにじり寄ってくる。見覚えがある。その子は、パシニアだ。顔も名も知っている、わたしたちの協力者――それどころか、一度ヒオリに抱かれたことまである、ウカニヤ族の娘。
 渦巻く豊かな銀髪にふちどられた、幼くも美しい顔を、欲情で紅に染めて、ヒオリの前にうずくまった。申しわけ程度の紗に包まれた、かたく盛り上がった乳房に、ツンと乳首を立てている。腰に巻かれた幾重もの黄金の鎖が、その青いほどの細さを際立たせる。気の強そうな顔を切なく歪めて、ふぁん、あん、と甘えるような鼻声を漏らして、スカートに包まれたヒオリの腰骨に頬ずりする。
 その瞬間、ヒオリには二つの選択肢が与えられた。――朦朧としてほぼ手ごたえのない、しかもすでに孕んで腹の出たわたしという肉塊のそばに留まるか、それとも、全身で服従を表して懇願する、異族の美しい娘を組み敷きにいくか。
 並の男なら迷わずパシニアに手を出すだろう。
 両性のカピスタは違った。
 ただしわずかな迷いとためらいはあった。甘い肉壷と化して誘うパシニアを見つめ、一呼吸、二呼吸――隆々と反り返った肉棒を、ひくん、とかすかに揺らし、小さく唾を飲んだ。
 でもすぐに、にっこりと優しく、申しわけなさそうに微笑んで。
「素敵よ、パシニア。――セリが目覚めた日には、いちばんにしてあげる」
 そう言って背を向けわたしに覆いかぶさった。
「ヒオリィ……」
 切なげに叫ぶパシニアの声を、それきりすっかり無視して。
「セリ、愛してる」
 臆面もなくまっすぐに告げると、わたしの額にキス。
 唇を離さずに、鼻へ口へとなぞり降りていき、顎の下に粘つくほど濃厚なキスを食い込ませつつさらに下へ。心臓側の乳房へ寄り道していただきへ登り、布ごとねっとりと深く乳首をしゃぶりあげてから、あふれる乳肉を顔全体でふっかりとこね回し、引き続き下へ。
 みぞおちから始まる子宮の盛り上がりには、特段にやさしく頬と鼻をすり寄せ、「あったかい……」と目を細めて嬉しげにささやき、へそ下にもキスした上で終点へ。
 裾の短い薄布……ネリド共和国の仕立て屋風に言えば、股下まであるかないかの肩の出たワンピースの尽きたところで、露出しているわたしの股間。文明的な清潔な下着なんてもの、この地には存在しないようで。でも剃毛されてかろうじて清潔そうに見えているそこ――といっても剃ってくれたのもヒオリ自身だったけれど――腹の肉と、みっちりとした両腿の肉がひしぎ合うそこに、ヒオリは顔を埋めなかった。
「セリ……♪」
 右の膝、左の膝。双方に手を差し込んで、重い両脚をうんと持ち上げ、わたしの真っ白な分厚い内腿を、左右一文字になるように押し広げた。
 くちゅ……と音を立てて花開く、濡れそぼった外くちびると内くちびる。緋の粒はすでにぷっくりと莢から飛び出し、穴の口まで露出して、燃木の光に充血した肉洞をてらてらと輝かせる。
 わたしは、動かない。
 喜びもせず、羞恥もしない。見えてはいるけど感情が湧かなくて、反応できない。
 ううん、ひとつだけ感情がある。今のわたしでもヒオリに喜ばせてあげられるという、安堵。それがあるから、この曖昧な半覚醒状態に漂っていられる。
 壊れた肉人形のままで。
「セリ」
 ヒオリが少し悲しげに言う。
「まだ私を見てくれないのね」
 ううん、見ている、そして喜んでる。わたしを犯すのが他でもないあなたであることを。
 それは伝わっていない。
「早く目を覚まして……信じてるから、きっと治ってくれるって」
 でも伝わっている。
「それまでは、私、あなたを使うよ。パシニアや、他の子に手を出さない。あなたにしかしない」
 動かない体と心の一番奥底で、わたしはゆったりとうなずく。わたしはそれでもいい。あなたはそれこそがいいはず。
 だから、わたしを――寝ているわたしを思いのまま犯して。
「じゃあ、セリ」
 まるで免罪の祈りでも済ませたかのように苦く笑って、ヒオリは腰を寄せる。
「今夜もさせてね――してあげるね」
 膝裏を押し上げてわたしの尻を浮かせると、先端をもたげた性器でぬらぬらと入り口を探して、「んっ……」とヒオリは力をこめた。白いあごが上がる。
 ぐりゅっ、とうずく肉穴を半分貫かれた。びくん、と人形のわたしは震える。
 目覚めていなくても、火をつけられた体のほてりは感じていた。わたしのあそこは、指でひだの一つ一つをねぶりまわしたいような、もどかしいうずきに焙られていた。
 ヒオリが息を詰めて目を閉じて、熱杭でぬちゅ、ずちゅ、ぐりゅ、と少しずつ角度を変えてえぐり、ひだのうずきを根こそぎ掻き潰してくれる。
「んっ、セリ、おまんこぴくぴくって、んっ、んんっ」
 ヒオリが鼻を鳴らし、目を閉じ、結合部に集中してぬちゅぬちゅとこね回す。それが心地よいところをえぐるたびに、わたしの体がひくひくと反応する。反応すると、ヒオリが気づいてそこを熱心にえぐる。
「ふあ、あっあ、セリ、セリ」
 何度も繰り返してきた、何度やっても心地よく温かい、高めあいの儀式。腿裏をつかむヒオリの手にグッとこもる力。ずりゅぐりゅと浅瀬をねとねとにかき回しながら、少しずつ奥へ侵略してくる先端。ぞくぞくとすくみ上がる彼女の細い肩。至福にとろける口の端。
 それでもまだ彼女は焦らしていた。
「セリっ、セリぃ――……んんんんっ!」
 その焦らしが、伸び切ったロープのように、ぷつんと音を立てて切れた。 
 浅ごねしていた性器を、とうとうまっすぐ一番奥までずっぷりと貫いて、がばっと前に伏せて、わたしの上半身に抱きついた。
 ただし、下腹のふくらみをよけて体を丸め。
 それでも隙間ができないようにぴったりと。
 わたしのたっぷりした二の腕ごと体をすっかり抱きしめ、片手を頭に回し、頬に頬を押し付けて、これ以上ないほど密着した。
 膣奥に膨れ上がった亀頭をひくひくと押し当て、二人にだけしかわからないサインを伝えながら、耳たぶに唇を押し当てて。
「……セリ好きよ、いちばん好きよ、いい匂いだし、お肉たゆたゆだし、キスするとおまんこぬるぬるになって、奥までぬっぷり受け入れてくれて、最高、気持ちいい、私のお嫁さんっ――」
 お嫁さんお嫁さん、とこめかみを濡らすキスを五回も六回も繰り返して。
 それからべっとりと重なり合った股間部分を、ぬりゅぬりゅと擦り動かしながら。
「だから早く起きて、起きてまたしゃべって、怒って、にっこりして。そんなに石像みたいにぼんやり笑っていないで。モノみたいにぐったり寝てないでよぉ……」
 唇にキス。そこでようやく。それでも、欲情した深い舌のキスではなく、あくまでも好きな子を呼び覚ますための、軽くついばむようなキスを。
 るちゅるちゅるちゅ、とたっぷりの粘液に恵まれた派手な突き入れに移っていく。広げた膝と寝床に着いた両手でしっかり体重を支えて、折りたたんだ雌の尻を太腿で挟むように固定して。肌と肌の暗い隙間で、普段は見せない恥所を汁まみれにしてからめ合う。耳のすぐそばを「ふっふっくっくっんっふっ」とリズミカルな鼻息がくすぐる。その息にわたしは胸を締め付けられない。うすぼんやりした笑顔で、陵辱に身を任せているだけ。
 彼女のこの努力と渇望を、もっと受け止めたり叩き返したりしてやらなくちゃいけないのに。
 わたしの乳房がゆさゆさと揺れて、乗っているヒオリの胸をもさわさわと揺さぶる。ヒオリは股間を除いて弾道官の制服姿だから、あの生気に満ちたバター色の肌を露出していない。わたしだけが薄物、無防備で、むさぼられる役。それでもいいけれど、二人ではだかになりたい、とも思う。
 ぢゅくぢゅくぢゅく、とつやつやの亀頭で胎内の天井をこすりたてるような小刻みな刺激が続いて、わたしの肉体だけはどうしようもなく沸騰し赤く上気し、はぁはぁと息を速まらせ、ありありと興奮の兆候を見せる。ヒオリは苦しげに眉根を寄せて、ときどき反り返りを、びくっ、びくん、と不規則にひくつかせて、我慢を感じさせるようになる。
「セリ、気持ちいい、私きもちいい。いっいく精子出そう、セリは? セリは?」
 ヒオリはくううぅ、はぁぁ、んくっ、と切なさもあらわに唇を噛み、右と左の頬を交互に押し付け、どんどん高まっていく。そのかたわらでは、放置されたパシニアが羨望と渇望に顔をゆがめながら、開いた股を指でかき混ぜて、狂おしく自慰している。二人だけが高まっていく。
 そしてすっかり興奮を上り詰めて、ギリギリいっぱい、はじける寸前というときに、全身を帯電したみたいにチリチリと微小に震わせながら、ゆっくり、とてもゆっくりと勃起をぬるぬるとわたしに出し入れしつつ、うっすらと潤んだ瞳を開けて、わたしの曇った目に視線を注ぐ。
「イクね、セリ。……だから、感じて……」
 そして引き金となる数こすり。根元近くまで埋め込んだ男性器での、行き止まりでの立て続けのノック。ぐっぐっぐ、と動いた直後、ヒオリの全身からぶわっと閃光みたいな芳香の波が広がり、黒髪が大きくざわめく。
「んっんっんっンッンッンううぅーっ! んぐっ! んっ! っぅ!」
 ずっしりと股をこじ開けている硬筒が、ぶくん! ぶくっ! ぶくっ! とはっきり膨張する。腹奥の行き止まりに、びゅうっ、びゅうっ、と粘液の小さな滝が噴き上がる。それは、はっきりと熱くわかる。多情のカピスタが他の誘惑を断ち切って、十分に興奮を高め切って注いでくれる射精が、ただの雌のわたしに感じ取れないわけがない、決して無視できない。
 ぞくぞくぞくっ、ぐんっ、とわたしの肉体は勝手に震え上がり、勝手に絶頂してあごを上げ、膝頭をガクッ、ガクッ、と躍らせる。熱くぬかるんだ雌穴を叫ぶみたいにきゅきゅうっと引きつらせて、ヒオリの射精器官を締め上げる。
 全身で、愛された喜びを表す。
 ただわたしの心だけは。表情は。それを感じられない。
 場違いな薄笑いのまま、がくがくと揺さぶられるだけ。
「……! ……」
 激しく体液を受け入れて、溶け合うほどぴったりと抱き合う、数分間。
 やがてヒオリが息を吐いて抱擁を解く。汗と汁まみれの肉人形となって、わたしはぐんにゃりと横たわる。幅広の太腿の付け根からヒオリが腰を離すと、ほじくり返された粘膜の穴から、半透明のかき回された濁液が、ごぷっ……こぷっ……と大泡混じりにこぼれ落ちる。
 ざわざわと風が密林の木々を揺さぶる。体をのけぞらせる大絶頂にあったパシニアが、かくっと脱力して尻を落とす。
 わたしの隣にどさり横たわって、ヒオリがつぶやく。
「セリ……」
 わたしは、答えない。ヒオリにも、尻もちをついて肩で息をしているパシニアにも、意味のあるまなざしを投げない。
 ただ心の奥底では、こうなった経緯を、おぼろげに思い出していた。

   1

 ボーフ・ボーフ・ボーォォフゥゥ……と、低くこもった鳥の鳴き声のような音がした。ネリド共和国の風巡り山に住むカレハズクの鳴き声だ。
 大荷物を背負って新大陸の樹林を歩いていたわたしたちは、ハッと顔を上げた。原住民と衝突した植民地開拓軍の応援に向かう途上だ。何の警戒もなく歩いていはしない。旧大陸にしかいない鳥の声は、先発させた斥候の合図だった。
「ヒオリさま」
「ええ」
 水兵の呼びかけに、制圧弾道官・ヒオリがうなずく。差し出した手に、わたしはすかさず鋼の五番を渡す。弾道術に用いられる長棍の中では中程度の飛距離が出るもの。堅木の長棍を渡さないのは、精度を重視したから。言われる前に荷物を降ろす。
「見にいく。セリ」
「はい!」
 弾道官とキャディである二人となるとき、服従は絶対だ。わたしは鋭く答えて彼女と高台へ駆けた。木々のあいだを縫って跳び走りながら、ヒオリが短く訊く。
「大丈夫?」
「もちろん」
 わたしの腹はまだ軽い。――なかなか生まれてくれない、ともいえるが。
 岩の高台にたどりつくと、カレハズクの声のしたほうへ目を凝らした。
「おかしい」
 目のいいヒオリがすぐに言った。三秒遅れて、わたしも眼鏡越しに気づいた。二百歩ほど前方で斥候の水兵が腕を大きくぐるぐる回している。確かにおかしい。そんな大きな動きをしたら、こちらに知らせるより先に敵に見つかってしまう。
「おーい……味方だぁ……」
「味方?」
 斥候の叫びを耳にして、わたしたちは顔を見合わせた。
 やがて前方からぞろぞろと隊列が現れた。目を凝らしたわたしたちはうめく。服装からして、ネリド人だ。それはいいのだが、その服がボロボロだった。シャツもベストもかぎ裂きと血汚れだらけ。上半身裸の男もいれば、布を巻きつけただけの女もいる。
 それを助けてやろうとする前に、ヒオリが、周囲へ油断のない視線を飛ばした。
「陽動かもしれない――私は見てる。セリ、本隊へ知らせて」
「わかった」
 わたしは岩から飛び降りて駆けた。
 幸い、陽動でも奇襲でもなかった。十分後には、わたしたち「絶え間なき西風号」の者たちは、同国人を迎え入れていた。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
「おお、助かった……」
「水をくれ」
 人によっては靴も穿いていない男女を休ませて、傷を診てやる。話を聞くと、確かに植民地開拓軍だった。攻撃的な原住民を追って奥地へ向かったはずの人々。
 わたしたちはその中を走り回り、目当ての人を探した。やがてその人が見つかった。
 だが、予想したような姿ではなかった。
 わたしたちは落胆して、しばらくその人を囲んでいた。
 しばらくすると小柄な人影が木々のあいだから現れた。ひと目で仲間が助けられたと理解したらしく、「ヴィーさま! 弾道官さま!」と叫んで隊列の中を駆け回る。
 スワイニだ。ふさふさした茶の髪の小柄な少女。ざっくりした厚手のワンピースに革鎧をまとって、身軽で凛々しい姿で長棍片手に、別方向へ偵察に出ていた。
 スワイニはわたしたちの姿を見るとすっ飛んできた。そして、担架に横たわる姿に抱きついた。
「マスター!」
「やあ、スワイニ……」
「ヴィーさま、こんなになって! ごめんなさい、ごめんなさい!」
 ネリド王庁弾道術師範、ランドロミア女伯爵ヴィスマート。かつて大陸で長い紺の髪をなびかせてわたしたちの後ろに立ち、弾道官の技と心得を授けてくれた師匠だ。
 しかし今ではその美しい髪にどす黒いものをこびりつかせ、ありあわせの包帯で頭を斜めに巻かれて、青ざめた顔で横たわっていた。しかも右手も止血のためか布で縛ってある。当分、弾道術の長棍は握れそうもない、痛々しい姿だ。
 ひどい怪我をして、開拓軍の人々に運んでこられたのだった。
 スワイニは涙を浮かべて傷に触れる。
「あたし、間に合いませんでした。こんなになるんだったらおそばを離れるんじゃなかった」
 わたしとセリは声もなく見つめる。無理もない。スワイニはヴィスマート教官のパートナーで、守り手だ。弾道官が遠くの的に意識を集中するあいだ、その身を守る務めがある。
 務めを果たせなかったのは悔しいだろう。
 教官は弱々しく笑った。
「いや、いいんだ。私たちみんな、歩き詰めで限界だった。ここで西風号に来てもらわねば大変だった。おまえは間に合ったんだよ」
「ヴィーさま……!」
 もう一度教官の首筋にぎゅっと抱きつくと、スワイニは顔を上げ、ゆっくりとまわりを見回した。
「ヴィーさまをお預けしたのに守り切れなかったのは……だれ?」
 その目に怒りの光が宿っている。無関係の私たちでさえぞっとした。小柄な見た目からはわかりづらいが、彼女の長棍格闘の腕前はかなりのものだ。なみの人間が相手なら、瞬きする間もなく殴り倒してしまうだろう。わたしたちでさえ、二対一でもない限り勝てる気がしない。
 睥睨された人々の中に開拓軍の別の士官がいて、ムッとした顔で言い返した。
「守りきれなかったわけじゃない。その方が適切な場所におられなかったんだ。農場が襲われたから敵を追っていったのに、その方はなかなかついて来られなかった。遅れてきたと思ったら、今度はいきなり退却を命じられるから、かえってわれわれは混乱してしまった。それでうまく陣形を取れないでいるうちに――」
「敵がいきなりたくさん増えて、やられたのね?」冷静そうに言うスワイニ。
「ああ、そうだ」とうなずく士官。
「その敵が木々の向こうに見えていたからヴィーさまが指示したのに、あなたたちがぐずぐすしていて、退きそこなったんですね?」
「見えていた……?」面食らう士官。「見えていたって、そんな馬鹿な」
「見えたんです、弾道官ですもの。そうなるのがわかっていてあたしに伝令を命じたから、追いつくのが遅れたんです。遅れる前に、罠だからてついていくなって言われていましたよね? 柵を越えるなって」
「いや、まさか土民が罠なんて」
「罠を用意してあなた方をおびき寄せたんです。わからなかったんですね?」
「そんなのわかる人間なんかおらんだろう!」と士官。
「わからなかったらこんなに大勢の援軍を頼むと思いますか? ヴィーさまは敵の人数までおわかりでしたよ」と冷ややかにスワイニ。
「わかったからって……われわれは実戦の経験があまりないんだ」と少し弱気になる士官。
「だと思いました、それで全滅しかけたときに、ヴィーさまがしんがりを買って出られたんですね? 後ろを守るから早く逃げろって。で、逃げたんですね?」
「われわれは民間人も逃がさなければならんのだ」士官の声はもう蚊が鳴くようだった。
 反対にスワイニの口調は金槌みたいに堅く重くなった。
「最初からヴィーさまのおっしゃるとおりにしていれば、罠にもはまらず、民間人も逃がせたんです。ヴィーさまなら、防御柵越しに、弾道術で何十人でもやっつけられた」
「弾道術、弾道術って、そんなものだけで開拓地が守れるか!」
 とうとう士官は逆切れして叫んだ。スワイニの目から、すっと感情が消えた。いや、感情がはじけて全身を覆った。
 おそろしい雰囲気をまとって、そばの岩に立てかけてあった長棍を手にとり、ゆらりと立ち上がる――。
 その肩に、わたしはぽんと手を置いた。邪魔するな、言いたげに冷えた目を向けるスワイニに、ささやきかける。
「落ち着いて」
「弾道術、弾道術っていうのは、それがそれだけすごい術だからよ」
 そう言ったのは、ヒオリだ。スワイニと士官のあいだに割って入る。
「あなた、弾道術の実際をろくに見ていなかったんでしょう? ちゃんと目にした?」
「馬鹿にするな! ちゃんと見ていたとも、いつも弾道官どのが撃っておられるところを――」
「教官を見ていただけ? 弾道は?」
「弾……道?」
「見てない、のね」
 弾道術を見るのに、弾道官だけ見ていても仕方ない。撃った弾がどちらへどれだけ飛んだかがわからなければ精度を評価できない。
 そもそも凡人には、あの小さな玉がどこへ行ったかも見極められないものだが。
 ヒオリが振り向き、わたしに目で合図した。
「セリ、ここに立って。この人と手をつないで」
「はい」
 言うなりヒオリは木立の奥へ駆けていった。わたしはため息を押し殺す。確かに、弾の行く先のわからない凡人に弾道術を知らせるには、これしかない。
 士官の片手を握り、促して立ち上がらせた。初めて外歩きする若い恋人たちのように、二人で並んで立つ。
 士官が、薄気味悪そうにわたしの顔と手を見比べた。
「おい、なんのつもりだ? これは一体」
「黙って」汗でべたついた武骨な手のひらが気持ち悪い。ヒオリのしっとりした柔らかい手に比べたら、カエルの腐乱死体だ。「じっとして。うなずきもしないで。動くと鼻の頭がなくなる」
「なん――」
「それと、わたしたちは王庁の法意を受けた制圧弾道官だ。田舎づとめが長引いてわけもわからず言ってるのだろうが、口の利き方に気をつけろ」
 ヴィスマート教官を意識した高飛車な口調が、意識しなくても自然に出た。
 スワイニがかすかに、小気味よさそうな目をした。
 士官がひるんで歯噛みし、こちらへ向いて怒鳴りかけた。
「おま――」
 次の瞬間、木と葉と蔦と湿気が織り成す、密林の深い空間の奥から、赤錆びた鋼球がうなりをあげて飛来した。
 ブンッ!
 わたしと士官の顔の中間を貫いて、弾ははるかに後ろへ流れた。前檣手バスコの背嚢に当たって、カコォン! と斜めに高く跳ねる。
「は……」
 士官が目を剥いてのけぞる。
 その体のまわりを立て続けに弾がかすめ、ブン、シュウッ、ヒュッ、と不気味な音が上がった。士官が滑稽な人形のようにぎくしゃくと避けようとするのを、わたしは強く手を握って、位置を固定し続けた。
 そうしなければ、弾が直撃して、彼の鼻や指を軽く持っていってしまうはずだったから。
 いっそそうしてやりたかったけれど、自制した。
 五発が航過すると、一度打撃が中止した。わたしは一歩離れて、彼の手を跳ね橋のように高く持ち上げた。そっと離す。
「そのまま手のひらをくぼめて。水を汲むように」
「え……」
 士官はぼんやりと手のひらを見上げ、手のひらを少し丸くした。
 バシン! と音を立てて、そこにやや大きめの弾がぴったり収まった。今度は弾力のある護謨だ。衝撃で士官はのけぞり、無様に後ろへ尻もちをついた。
 わたしはスカートのお尻で手を拭きたいのを必死にこらえて、言った。
「生殺自在。ヴィスマート教官はこの一倍半の距離からでも当てます。……あなた方は、至宝のような武器を敵中に放り出して逃げたんです」
 まわりの開拓兵は呆然としている。士官があんぐりと開けた口の端から、よだれが垂れた。
 スワイニが横へ来て、無言で思い切り抱きしめてくれた。

 そして百五十ヤード向こうから戻ってきたヒオリはしかし、話に戻る前にわたしの手を取って離れたところへ引っ張った。
「え、なに? ヒオリ。わたし何かミスをした?」
「いいから」
 木陰に入ると、ヒオリはわたしの手を取り、いきなり舌を伸ばして舐め始めた。その唐突さと、何よりとろりと濡れた感触に驚いて、わたしは立ちすくむ。
「ちょっ、ヒオリ……!」
「んっ、んむぷ、ごめんね、セリ。あんなやつに触れさせて。わたしのものなのに、汚れさせて。ちゅむ、くむ、んぷぅ」
「そんなこと、やっ、あぁ……ま、股」
「危ない目にも合わせた。これで許して? わたしもこの味、我慢する。指、わたしの味にする。んむっ……はふ……」
「んっ、わかった、わかったから、ヒオリィ……」
 美しく艶めく唇が、ぬらぬらと溶けそうな舌が、わたしの手のひらをねぶり、指の股を這い回り、敏感な人差し指と中指の先を、ちゅぽっ、ちゅぽっ、と音を立てて吸う。ヒオリの甘いねとつきで、汚れが洗われていく。
 親指をつるりと飲み込んだ彼女が、媚びた上目遣いをしながらちゅくちゅくと吸い立てると、まるでわたしが男になって、淫らなものをしゃぶらせているような錯覚が起きた。「ヒ、オリ……」と思わず頬を握り、ギュッと親指を押し込むと、ヒオリは「んんっ……」と切なく鼻を鳴らして、頬の内側をくちゅくちゅとこねられるのに甘んじてくれた。
 すっかり手の味を塗り替えると、仕上げにヒオリは水筒からわたしの手に水を注ぎ、自分の五本の指をしっかりと絡めて、ちゅくちゅくとすすぎあげ、ぎゅう……と握り締めてくれた。
「ん……セリ、これでいい?」
「ええ、ヒオリ……んっ」
 ごく短時間、見つめ合う。――絡み合う指と指が心地よくてたまらない。それは両足を根元まで絡めているのと同じぐらいに神経を刺激したし、そうでなくてもひどく暗喩的だった。
 お互い鼓動が高まり、息が早くなっているのに気づいた。でも今はまったくそんな場合じゃない。
 キュッとひときわ強く手を握ってから、思い切って離した。手を振って水気を飛ばす。
「――戻りましょう、ヒオリ。気持ち、切り替えて!」
「んっ……うん、そうね!」
 ごくりと唾を飲んできつく目を閉じてから、ヒオリはうなずいて顔を上げた。

「で、疑問なのは誰が教官を助けてくれたのか、です」
 ヴィスマート教官のもとへ戻るなり、ヒオリがそう言ってくれたので、いま何をしていたのかなどの言い訳をする手間が省けた。
 それは、教官が健在ならとっくに説明されていてしかるべきことだったが、彼女はスワイニと再会したことで気が緩んだのか、意識を失ってしまっていた。
 すると、代わりに先ほどの士官が口を開いた。
「土民の一派だ」
「土民の……?」
「実は、おれも見ていたことがある。いや、ありました」
 口調を改めて、士官は言った。
「ヴィスマート殿がいったん敵の中に飲み込まれた後、連中の一部がそれを止めたんです。仲間割れかもしれない。そいつらがヴィスマート殿を運んできて、われわれに引き渡した。われわれもかなりやられていたから、そのまま退却してきました。でも彼らは――」
「そこまでついてきている」
 ヒオリが空気の匂いを嗅ぐように顔を上に向けて言った。わかるんですか、と士官が力なく訊く。
「さっきから、微妙にそんな気がするの。――ううん、人には見えないと思う。ほんとに目を凝らしても姿がわからないから。ただ、目の端でこう、ちらちらっと……」
 人には見えない、なんて意識せずに言ってしまうところ、この子もたいがいだと思う。けれども、それだけの実力はある。
「ついてきたということは、送り狼?」
 わたしが長棍を握って言うと、ヒオリは首を振った。
「そんな雰囲気じゃないわ。これはひょっとすると……」
 ヒオリは隊列に顔を向けると、呼びかけた。
「バスコ! バスコ、ちょっと来て!」
「へいへい、どうしました」
 顔なじみの朴訥な水兵が、待ってましたとばかりにやってきた。彼はもうすっかりわたしたち専属の世話係になっていて、周りもそれをうらやんでいるぐらいだ。
 ヒオリは彼にていねいに頼む。
「いつもこき使ってごめんなさいね、またお願いしたいことがあるんだけど」
「なんなりとどうぞ。歌ったり踊ったりってのは苦手でやすが……」
「あら、じゃあそっちは今度教えてあげる。いえね、頼みたいのはあなたが得意なことのほう」
「木登りですかい?」
「おしゃべりよ、ついてきて。――多分、ウカニヤ族が来ていると思うの」
 ヒュウ、と口笛を吹いて、ひげ面の船乗りは言った。
「そいつは大変だ。じゃ、ちょっと副長に報告してきます」

 あえて援護を頼まず、三人だけで森へ踏み込むこと五分。方角のわからなくなったバスコが不安できょろきょろし、わたしですら帰還の道筋が怪しくなったあたりで、ヒオリが声を上げた。
「カピスタのヒオリはここよ! 用があるなら出てきなさい、ウカニヤ族の人たち!」
 声は樹皮を覆うこけに吸われて響かない。
「ウカニヤ族! 聞こえているんでしょう、出てきて!」
 二度、三度と呼ばわって、しばらく待った。
 気づいたのはわたしが一番だった。ヒオリは目がいいが体の感覚ではほんのわずかわたしが勝る。そのおかげだろう。
 スウッ……と空を切って降ってきた何者かに向けて、わたしは犬足昆を跳ね上げ、その重心からわずかに逸れたところに、捻りながら突き込んだ。まだ、相手が誰かもわからないうちにだ。
「フキャウ!」
 甲高い叫びとともにそいつがぐるんと姿勢を崩して、頭から落ちた。尖った石に後頭部が直撃しかける。とっさに回し蹴りで右へ引っさらい、湿った落ち葉の堆積の上に叩き付けた。頭の大きな異形の影だ。
 長い蔦が頭上でひらりと通り過ぎるとともに、そいつがどしんと落ちる。その腋だか膝だかの関節めがけて犬足を突っ込み、こじるかたちで極めて乗った。「あぎぃぃぃ!」とあがった苦痛の声には、もう聞き覚えがあった。
 そいつの目は三角に切れあがり、上下二段に四つも並んでいる。ねじまがった髪が噴泉のようにぼうぼうと噴き上げるその顔を、ヒオリが覗きこんで言った。
「やっぱり、パシニア……。久しぶりね」
「カピスタ、ヒオリ、セリイタイ!」
「普通に出てきてよ、いちいち迎え撃つのはこっちも大変なんだから……」言いかけて、ヒオリは眉根を寄せた。「いま、痛いって言った?」
「イタイ!」
 コロリとそいつの巨大な木造面が外れた。銀髪の、幼くも美しい不思議な雰囲気の顔立ちが現れた。
「セリ、放してあげて」
 記憶によれば、パシニアはそこらの水兵よりも強い。素手でもだ。わたしは十分警戒しながら、「動かないで。フィフ?」と声をかけて犬足昆の先を外した。「いい?」の意だ。
 関節が自由になると、パシニアは手足を引き寄せてあぐらをかき、しぶしぶという様子で「フィフ」とうなずいた。
 そして驚いたことに、ネリドの言葉を口にした。
「パシニアハナス。パシニアトッタコトバ、ネリド」
「あらぁ……」
 雨の森の香り。以前、パシニアの髪にこもる湿った匂いをそう感じた。青々しい葉をすべって滴る水の、澄んだツンとする香り――それを嗅いだとたん、わたしの中で何かが音もなく切り替わった。
 また、だ。
 また――目の前の未婚の娘が、えも言われず魅力的な獲物に変わる。同時に、濃い砂糖水のような甘い淫心がじわじわと頭の中を浸す。すぐそばにいるヒオリへの、強烈で純粋な忠誠が掻き立てられる。ほかのことが考えられなくなる。
「あなた、言葉を覚えたのね。それならヒオリともぐっと話しやすくなったじゃない。可愛がってもらうといいわ。ねえ……?」
 自分の変化にも気づかないまま、わたしは適当な言葉を並べてパシニアの手を引き頬のそばでささやきかける。わたしとヒオリの顔を見比べたパシニアが、何かにハッとなるが、すぐにとろんと瞳を潤ませて、いっそ初々しいほどおとなしく、こくりとうなずいた。わたしと彼女のあいだに、一瞬で新しい連帯ができあがっていた。
 わたしは新妻をヒオリに向かって押し出す。パシニアもうっとりとヒオリのほうへにじりよる。二人とも、とても自然なことをしているつもりだった。
 その異変に気づいて、驚いたのはヒオリと――。
「な、ちょっと、セリ!? あなたまた、こんなところで!」
 木々の向こうで聞いていた、密林の異族たちだった。
 ビュッと飛んで来た槍が、ヒオリとパシニアの間の地面にザクリと刺さった。わたしたちは驚いて振り向いた。
「誰!?」
「ヌシート タクンダル ネ・ウカニヤ シッカ シッカ」
 そう言いながら下草をかき分けて現れたのは、身の丈三ヤードもある、蛇腹の長い鼻を持つ五体の怪物たち――。
 というのが見せかけの姿だとわかっていたが、巨大面を外した彼らの素顔もまた、息を呑むのに十分だった。
 以前、南の銀葉林で彼らが見せた姿は、巨怪のそばで争うことを避けるために、わざとみすぼらしくしていたに違いない。
 いまウカニヤ族はその真の姿――黒光りする肌に赤と緑の鱗鎧を身につけて、革帯に金の小柄を指し、精巧な貝細工の見事な刀剣を提げた、堂々たるいでたちを見せ付けた。
 その五人の中から、がっしりした体つきの目つきの鋭い男が進み出て、地に刺さった槍を引き抜いた。
「ウカニヤ族長 タクンダル。 少し話せ 孕ませる前に おれの娘」
 彼が、わたしをにらんでいる。パシニアを、ヒオリと番わせようとしていた女を。
「あっ……これ、あの」
 うろたえてわたしが手を離すと、異族の男は重々しくうなずいた。
「知っている。 力だそれが ネ・カピスタの」
「ネ・カピスタ……?」
 わたしたちは、新たに現れたこの不思議な人々の話に聞き入った。

「古い産みおとされた。おれたちは カピスタに」
 そんな驚くべきことを、ウカニヤ族長タクンダルは、大部分が理解できるネリドの言葉で話した。
 その昔、天の女神を地の男神がいきり立つ男根で鋭く貫き(これが山の誕生だそうだ)、女神は怒りながらも悦んで、愛液と生き物を滝のように産みこぼした(これが雨と川の誕生だそうだ)。数え切れないまぐわいが繰り返され、そのうち天の女神が言った。いわく、このような交わりは気持ちいいが疲れる。そろそろ別のものに出産を任せて、少し休みたい。
 そこで女神はカピスタを産み、地にカピスタが立った。
 両性のカピスタは多情で四六時中まぐわい、どんどん子供を増やしていった。生まれた子らもカピスタであり、互いにまぐわってさらに増えた。これを見た男神が驚いて言った。いわく、このままでは大地がカピスタで埋まってしまう。
 そこで男神は、生まれた子供たちの半分から男根をもぐことにした。これで人間は神々と同じように男と女となった。男と女はカピスタほどには多情ではなく、その子供もめったにカピスタとはならなくなった。そのおかげで、釣り合いが取れたのだった。
 それはわたしたちが初めて聞く話だったが、すでに知っていることとよく符合していた。わたしたちは興奮してささやき合った。
「聞いた? ヒオリ。彼らのカピスタも、わたしたちネリド人のいうカピスタと一緒のものみたいよ。やっぱり新大陸にもカピスタがいたのよ」
「うん、というか、聞く限りではカピスタはこちらで生まれたんじゃないの? これは教官が言っていた、カピスタの生まれに関わる話なのかも」
「ヒオリ ネリドの。 カピスタだ おまえは」
 タクンダルの口調は断定のそれではなかった。疑問形をまだ身につけていないだけだろう。
 ヒオリが唾を飲み込み、彼にしっかりと向き合った。
「そうよ。――私はカピスタ。あなたたちが知るとおりの、男でも女でもない生き物よ」
 きっぱりと認めながらも、その口調には緊張がにじんでいた。それは当然だ。彼の娘を相手に、ヒオリは自分の正体を明かしてしまっているのだから。
 わたしも緊張に息を呑んだ。彼らの持つ槍の穂先――あれは黒曜石だ――の鋭い輝きがいやでも目に入る。男神がやったように、彼らもカピスタの男根を切り落とそうとするのだろうか。
 だとしてもそんなことはさせない。
 犬足棍を握り締めるわたしに、タクンダルはちらりと目をくれる。この上なく手ごわそうだ。しかし彼はわたしに槍を向ける代わりに――。
 それを地に倒し、やにわに地面に膝をつくと、頭を右へ大きく傾けて、筋肉の浮き出した喉首を見せた。
「ネ・カピスタ。 待っていた おまえ おれたちは。 なってもらう 仲間に」
 喉をさらすのは、無抵抗の印だろう。わたしたちネリド人が敵に降参したとき、手を合わせたり足に口付けしたりするのと同じだ。
「仲間ですって!?」
 ヒオリもバスコも息を呑んだ。
 わたしも驚きつつ、聞き返した。
「タクンダル、ウカニヤ族はカピスタを忌み嫌ってはいないの?」
 タクンダルはしばらく動かなかったが、やがてガクンと前へ頭を戻すと、不機嫌そうな目をわたしに向けた。
「ものだ、大事な。 カピスタは」
 そして、先ほどの話の続きを始めた。
 カピスタしかいなかったころは、その増えすぎが問題になった。彼女らは天の女神の血を色濃く引いた生き物だから、その多情はやむを得ない。しかしそうでなくても、人にとってカピスタが欠かせない理由がある。
 人は病や飢えなどで大勢が死に、子孫の絶えることがある。そのときカピスタがいれば、その絶大な精力と生命力のおかげで、一族は必ず生きながらえることができる。そしてカピスタは健やかな赤ん坊がたくさん作る。見目良く賢く立派な男女へと育つ子供を。一族の次の世代の栄えは強力に保証される。
 それなのにカピスタは数が少ない。神々の時代からはるかに時が下った今では、人の子はすっかり人として生まれるようになってしまった。カピスタは本当に珍しくなった。
 だからたまに先祖がえりでカピスタが現れたら、手厚く保護せねばならないのだ。その甲斐は十分にある。
「忌み嫌わない ウカニヤは。 カピスタ」
 そう語って、タクンダルはふんと鼻息を噴いた。
 ――どうもなぜか、わたしだけ特に厳しい目で見られている気がする。
 ヒオリのほうは、嫌われていないと知ってほっとしたらしく、少し肩の力を抜いて尋ねた。
「じゃあ、私を仲間にするために、伐採場でカピスタを探していたのね? あれはあなたたちでしょう」
「探したヒオリ。 探した言葉。 習いに聞き出した、ネリド人」
「ああ、伐採場で人をさらっていた蛮族って、やっぱり……」
「おれたちだ」
 タクンダルはうなずいた。
 ヒオリがなおも聞く。
「そこまでして私を仲間にしたいということは、ウカニヤ族は危機にあるの? 一体どんな……?」
「その話で」タクンダルは一段と難しい顔になる。「フク……複雑だ、これが。聞く、先に。ヒオリは味方か、ウカニヤの? 敵か?」
「話によるわ」ヒオリも表情を引き締めて答える。「ネリドのみんなと戦うことになるのなら、あなたたちにはつけない」
「戦わない、ネリドと」タクンダルは首を振って言った。「戦う、ニャンダと。 ベシンガトの」
「ニャンダ?」「ベシンガト?」
 わたしはバスコのつぶやきが重なった。
「ニャンダがいる この北に ベシンガト族をつれて」
 槍の先で背後の方角を示してから、タクンダルは言った。
「カピスタだ、ニャンダは。 落とす ネリド人を 海に」

 タクンダルの話は長く、途中で一度、心配した本隊から偵察隊がきたぐらいだった。ヒオリは彼らに、デリケートな交渉の最中だからもうちょっと待ってほしいと話して、帰らせた。
 そして森の中での立ち話を続けた。
 ニャンダがやっかいなのだ、とタクンダルは力をこめて語った。
 ニャンダはベシンガト族という有力で大きな部族のカピスタだ。族長ではないが、もう族長より強い力を持つようになった。彼女が川を曲げろと言えば曲げ、蛇を立てろと言えば立てるように、部族の数千人が動いた(修辞だろう)。また女という女を侍らせ、その絶大な精力で何人も孕ませた。
 だがベシンガトはもともとそれほど強い部族ではなかった。新大陸の森を遊動する十八の諸族のうち、奥地のほうに住まう一部族でしかなかった。
 しかしそこにニャンダが出た。
 カピスタはめったに出ないが、その精力は一種の伝説になっており、女たちはみな日ごろからそれにあこがれている。だから、いざカピスタが出るとその噂はすみやかによその部族にまで知れ渡る。女たちはこぞって自分たちの部族を離れてそのもとへ向かう。その女を好いていた男がいれば、これも女を追ってカピスタのもとへ向かう。
 それらの男女が加わったため、ベシンガト族は一挙に強くなった。
 そしてとうとう、増えすぎた人間を養うために、周辺の部族の果樹や獣を奪い始めたのだった。
「ニャンダがひどいのだ。 塩のアレエネ泉 壁の雲の山 銀の葉の森 虹の針の曲がる道 テケツ豚谷 縄の地面 取ってしまった みんな。 ウカニヤ族 アエレエ族 タンワ族 ディナ族 ロウトト族 困っているがたくさんだ」
 タクンダルは悲憤慷慨して語った。
「事情はよくわかったわ」とヒオリがうなずき、「銀葉林の他にも興味深い土地があるのね。壁の雲に、虹の針の……?」とどこか遠い響きでつぶやいた。
 しかしすぐに首を振って、現実的な口調を取り戻した。
「でもあなたたちはカピスタをあがめる伝説を持っているぐらいなのだから、カピスタが出たときの取り扱いも心得ているんじゃないの? こういう場合はいつもどうしているの?」
「それとも、いつもどうにもならずに争ってきたのか」
 わたしが横から付け加えると、タクンダルは不愉快そうに言った。
「ちょうどよくやさしい いつものカピスタは。 悪くなく 奪いなく 賢い。 争いはしない。 だがニャンダは奪う 孕ませる 心 気持ち 曲がり――スネリタロ ガ ラグサラト スン デ セゲト!」
 後半は意味不明になったが、言いたいことはよくわかった。タクンダルは地団太を踏んで罵倒する。供回りや娘のパシニアが、父をなだめにかかる。
 わたしは、ヒオリに目をやる。彼女はタクンダルを冷静に見つめて形のいいあごをつまんでいる。きっと真剣に、他人のはずの彼らの問題について考えているのだ。いつもの前向きな意志と理知でもって。
 わたしはその横顔に、何か嬉しくて誇らしいものを覚えずにはいられなかった。
 ヒオリが言う。
「ニャンダは普通のカピスタとは違うから、どう扱っていいのかわからないわけね。ううん、もう戦うと決めたのか。それでネリド人の……西風号の力を借りたいというの? だから教官たちの開拓軍を助けたと」
「正しい それと 違う」タクンダルは小さな砂山を左右にかきわけるような仕草をして、違うと唱えたほうの軽く叩く真似をした。「ニシカゼ ニヤ ヒオリを借りたい」
「カピスタだから?」
「フィフ そうだ」
「私をウカニヤ族のカピスタに仕立て上げて、ベシンガト族に対抗させようってわけ?」
 ヒオリのその言葉は、ウカニヤ族に若干の混乱をもたらしたようだった。内輪で何事かささやき合ってから、慎重な口調で言う。
「友好だろう ヒオリがパシニアを犯した カピスタがウカニヤに子をもたらす……つもりだった でないか?」
 ヒオリが身を固くした。口をぱくぱくさせて、かすれた声で言う。
「パシニア……あ、赤ちゃん、できた?」
「デキナイ」
 暗い肌の少女は不満そうに首を振った。どっとヒオリが安堵したのがわかった。
 それを見るとタクンダルが改まった口調で言った。
「カピスタは支配されない カピスタは支配する。 支配すると言ってくれ ヒオリ ネ・カピスタの」
 なぜこの場にウカニヤ族が現れたのか、ようやくわかったような気がした。
 強力な同族の崇める異質なカピスタに対抗するため、「普通の」カピスタが必要だからだ。
 それは彼らの事情であってわたしたちの事情ではない。合わせる義理はさらさらない……と言いたいが、考えてみれば、実際には義理も必要もいくらでもありそうだった。
 それでも、いきなりそんな突拍子もない話に乗るわけにはいかない。ヴィスマート教官や開拓軍、西風号、それに植民地そのもの。背負っているものがたくさんありすぎる。
 考えこんでいたヒオリが、時間稼ぎのつもりか、ふとあることを尋ねた。
「ネ・カピスタってなんなの? なぜ私がそれだと?」
「ネ・カピスタが本当のカピスタだ。 そのカピスタは 妻が女たちを呼ぶ。 ニャンダはそれがない だからおかしいカピスタだ」
 タクンダルの言葉はこみ入っており、最初は理解できなかった。
 その意味はじっくりと染み込んできて、わたしたちを深く驚かせた。
「セリ」「ヒオリ……」
 
   2

 すでに話は十分すぎるほど長引いていた。わたしたちはあと二、三点の重要な質問を手早く済ませてから、明日の再会を約束して、いったん会談を打ち切った。引き返すあいだ、抱えこんだ大きな宿題で頭がいっぱいだった。そのせいで、同行していた水兵が遠慮がちに口を開いたときも、まったく予想していなかった。
 まさかここで一番大きな問題が噴き出すなんて。
「あのう、ヒオリさま、セリさま……」バスコは決まり悪そうにわたしたちを見比べた。「ヒオリさまは、カピスタだったんで?」
 ヒオリが何か言いかけて、恥じらいで真っ赤になった。わたしは天を仰いだ。彼がいるのをすっかり忘れていた。
 ネリド共和国では、男か女かわからない存在は一般に受け入れられていない。巨怪・異人と同種、つまり見世物にしてもいいような奇異な代物の扱いである。水兵たちにもずっと隠してきた。それが知れ渡ったら、捕まって裸に剥かれて吊るされてもおかしくはない。
「えっと、その、それは……」
 ヒオリはうろたえて、脂汗をかいている。わたしはひそかに犬足棍を強く握りなおした。彼女のためならなんでもやる。もしバスコが秘密をばらすつもりだったら、実力で止めてやる。
「バスコ」ヒオリが涙声になった。「ごめんなさい、だますつもりはなかったの! ただ、こんなこと誰にも話せないから、隠すしかなくて……。お願い、艦のみんなには黙っていて! わたしたち、今まできちんと務めを果たしてきたでしょう? それに免じて……」
「まあ、ねえ。ヒオリさまがそういうのだって知っても、急なことで、あっしとしても別には……」
 ちらちらとヒオリを見つめて、バスコは首を捻った。
「正直、違いがよくわからねえんですけどね。だってヒオリさまは、普通にしてれば、普通の女の子にしか見えねえんで……あっ、子供扱いしてるんじゃありませんぜ。お二人は学院出の弾道官さまですしね」
「それは、つまり……」
「まあ、黙ってまさ」バスコは肩をすくめてフウと息を吐いた。「困らせたくはねえですからね」
「バスコ!」ヒオリが顔を輝かせて彼の手を取る。「ありがとう、そうしてくれると、ほんとに助かるわ!」
「へえ、はあ」純朴な船乗りはひげ面を赤らめてはにかむ。「その顔に弱いんだ、こちとらは」
 彼のことはそれで済んだ。でも艦のほうはそれでは済まない。困ったことになった。
 西風号の二百人の男たちが駆けつけたのは、植民地開拓軍の救援のためだ。ウカニヤ族に加勢するためではない。ヒオリがウカニヤ族に手を貸すつもりになっても、賛成してくれるわけがないし、まず、ヒオリがなぜそんなことをするのか、理由を尋ねるだろう。
 だが、カピスタであることを隠したまま説明するのは、とても難しい。
 一応、男たちを動かす切り札をひとつ、手に入れてはいた。もしやと思ってウカニヤ族に尋ねたのがそれだ。
 副長ダスティン卿の待つ本隊に戻ると、わたしたちはあえて、その話から切り出した。
「金鉱ですと? 土族たちが?」
「ええ」わたしはさもそれが一番大事なことであるかのように、興奮した様子で話す。「彼らはこの近くの川の上流に、砂金がたくさん取れる場所があると言っていました」
「正確には金鉱というより露頭ですね」とヒオリが付け加える。
「それは本当か? 何か証拠は?」
 一挙に膨れ上がった水兵たちの期待を背に負って、ダスティン卿が身を乗り出す。
 ヒオリがその前に拳を差し出した。開いた指の中から現れたのは――純金特有の、鈍く深い輝き。手細工で整えられた四つほどの金の輪。
 タクンダルの小柄から外してもらったものだ。
「彼らはこれを、こんなものがほしいのか、と不思議がりながら譲ってくれました。小剣を飛ばすための錘としか思っていないんです。確かに金は重くて柔らかく、刃物や道具にするには向いていません。……以前、『猪突する壮士』号も、船が沈みそうなほどの金を持ち帰りましたよね?」
 おお……と水兵たちが嘆声を漏らした。ダスティン卿が苦々しく言った。
「で、土族たちの要求は? まさかただではありますまい」
「森に住む、ある邪悪な女を一人、倒すのを手伝ってほしいということです」
 ダスティン卿はだまされなかった。
「女一人倒すだけのことに、馴染みのない異族の手を借りようとするわけがない。まさか内紛への介入要請ではないでしょうな? 弾道官」
「そういうことでは、ないと思います」
 口舌にかけてはわたしもヒオリもさほど達者ではない。社交経験豊かな貴族でもある、老練な海軍士官の疑いを、ぬぐい去ることはできなかった。もともと彼はあまりわたしたちに好意的ではない。
 彼は乗り気になっている水兵たちを横目で見てから、舌打ちしかねない口調で言った。
「開拓軍の救援が終わったら、本艦は金砂湾での訓練に戻ることになっております。以降の行動方針は、要塞司令のベケット総督のご命令次第ですな」
「制圧弾道官の言は王庁の法意に基づきます。ご承知ください」
 わたしはそう言ったが、もし法廷沙汰になった場合、この種の権威はその場に賛同者がいなければ何の役にも立たない。ダスティン卿は軽く鼻を鳴らしただけだった。
 異族側の事情でウカニヤ族が開拓軍を助けたという説明自体は、あっさり通った。あとの解釈は向こうに任せるしかない。
 日が暮れようとしていた。森の生き物たちの鳴き声が周囲に響き、何万羽もの鳥が頭上を交錯する。夜と昼の役者の交代だ。
 サッコ・グロルの町まではやや遠いので、野営の準備が始まった。
 わたしは士官見習いに場所を聞いて弾道官用の天幕へ向かおうとしたが、途中でヒオリが、ちょっと一人にさせてと言って歩いていった。わたしが天幕につくと、そこにはヴィスマート教官とスワイニが入っていたので、森の中での長い立ち話のことを説明した。教官はやや容態がよくなっており、熱心に話を聞いてくれた。
 その途中で、ヒオリが戻ってきた。何をしてきたのかと聞くと、「けが人がたくさんいたでしょ。ざっと見回ってきた」と話し、そんなに重傷の人はいないみたい、と小さく微笑んだ。
 組み立て式の簡易ベッドの上で横顔にランプの光を浴びて、ヴィスマート教官がそんなヒオリをじっと見ていた。やがてぽつりと言った。
「……ヒオリ、君はずいぶん大きくなったな」
「え、私がですか? そうでしょうか」
 ヒオリが戸惑って頭の上をなでたりする。背丈のことだと思ったのか。ヴィスマート教官は力を入れて体を起こした。スワイニがすかさずその背中に枕を入れた。
「いま、セリから聞いた。ウカニヤ族の、タクンダルという男の話を。彼らは私たちを知っているようだね」
「そうです、教官!」
 ヒオリがベッドに腰掛けて、教官の手を握った。
「ウカニヤ族はカピスタの伝説を持っていました! ネリド人がとっくに失ってしまった伝説……カピスタの来歴を。それによれば、やっぱりカピスタは人間にとって必要なものだったんです。人間の社会の子供が減って、途絶えそうなときに、勢いを盛り返すための切り札なんだって……」
「ああ、聞いた。彼らにとってそういうことになっているし、実際にそんな考えに基づいて社会を動かしているらしいな。言うなればカピスタは、船に備え付けてある非常筏のようなものだというわけか」
「なくてはならないが、普段は片隅にしまわれている存在、ということですね」
 とわたし。そのあとに、付け加える。
「彼らによれば、カピスタは新大陸で生まれたらしい。けれどもカピスタはネリドにもいる。ということは、はるか昔に新大陸のカピスタが大洋を渡ってネリドについたことになります。ここが大きな問題だとは思いますが」
「小さな問題さ」教官はこともなげに言う。「ずっと昔には、今よりも優れた船があったのかもしれない。でなくても、われわれがまだ知らない、素晴らしく便利な海流があるのかもしれない。でなくても、そもそも新大陸とネリドは、北か南のどこかできわめて接近しているのかもしれない。なんにせよ、カピスタは海を渡ったのだ。そう考えて何の不思議もない」
「なんのために?」とわたし。
 ヒオリとヴィスマート教官が目を合わせ、どういうことか、くすりと笑った。
「私たちみたいな理由だったりして……」
 なんなの、それは……。
 わたしがいささかあきれて彼女たちから視線を外すと、教官の枕もとのスワイニが、やや醒めた目で二人を見ていた。不意に、彼女の苦労が良くわかった。 
「笑ってる場合じゃありません、教官」わたしは椅子を取りに歩きながら言う。「教官たちの開拓軍をニギンの谷へ誘い込んで攻めたのは、ベシンガト族のカピスタです。わたしたちはそいつと対決させられかけています」
「これは逃げるわけにはいかないようだな。私やヒオリの存在意義に関わる問題だし、でなくても私は開拓軍を見捨てたくない。彼らは私たちを暖かく受け入れてくれていた」
「あの士官以外が、ですよね?」
「ティンカー少尉は悪い男じゃないよ」
 やんわりと教官がたしなめた。
「しかし彼は開拓民を守るのを唯一無二の任務だと心得ているから、セリが話してくれたような、新大陸人の片方に加勢して片方と戦うというような、複雑な任務には賛成してくれないだろう。開拓軍の力はあてにできない」
「私たちはどうしたらいいと思いますか? 教官」
「その質問、そっくりそのまま返そう」教官はヒオリに微笑みかける。「君はどうしたい? 感情で答えてみたまえ」
 私は二脚の折り畳み椅子をスワイニのそばへ運んでやり、並んで腰掛けた。そして、考えこむヒオリを見つめた。彼女は言った。
「率直に言って、一度会ってみたいです。その、ベシンガトのニャンダに」
「なぜ? てごわい敵だという話だが」
「でも同じカピスタです」ヒオリはきっぱり言う。「カピスタの気持ちなら私たちはよく知っている。そして彼女のまわりには他にカピスタがいない。話す価値はあると思いませんか? カピスタの生き方について」
「かもしれない。しかし会えばまず戦いになるだろう。その心構えは?」
「それは――」
 息を吸ったヒオリが、ふと言葉を切った。理由はわかる。わたしは横から厳粛に口を挟んだ。
「お守りします。弾道官ヒオリ」
「……ええ、お願い。セリとの二人なら負けはしないわ」
 ヒオリは教官を見たまま言った。彼女はわたしを危険にさらしたくないのだ。でもここまできたらもう一蓮托生だ。わたしは後ろで心配しながら待っていたくはないし、それをヒオリもわかってくれている。
「そうか」教官は大きく息を吐き、包帯の巻かれた右腕を上げる。「手伝いたいが、この傷だ。こうなるとわかっていればもう少し自重したんだが……」
「また治ったらお力をお借りします」
 ヒオリが優しく教官の腕に触れた。
 そのとき、ずっと黙っていたスワイニが口を開いた。
「あの、先ほどセリから聞いた話のことを考えていたのですが……」
「言ってみなさい」
「はい。『本当のカピスタは、妻が女たちを呼ぶ』という、ウカニヤ族長の言葉についてです。これって、ヴィーさま……」
「心当たりがあるね、私たちには」
 教官とスワイニの目がこちらに向いた。わたしたちもうなずいた。
「最近の私たちは、要塞でそういう体験をしていたんです。教官も?」
「何度か」ヴィスマート教官は、やれやれと言いたげだ。「私が頼んでもいないのに、スワイニが開拓地の娘や人妻を連れて来た。切り抜けるのが大変だったよ」
「そうなんですか……」
 スワイニは苦い顔でうつむいている。わたしはとうとう彼女の手を取った。
「自分の意志でもないのに、なぜか無関係な女をマスターのところへ連れて行きたくて、仕方なくなるんでしょう? わかるわ、スワイニ。困るわよね」
「セリ……あたしも、これ、なんなんだろうって」不意に小柄な少女は、スンッと鼻をすすりあげた。「困ってました。ヴィーさまをいたずらに苦しめるようなことをしてしまうなんて。我慢してくださっているからいいのだけど、周りには不審がられるし」
 そのとき、天幕の外からゴホンと咳払いが聞こえた。
「誰?」
 ヒオリが鋭い声をかけると、男の声で遠慮がちな返事が聞こえた。
「私だ。夜分申しわけない」
「……シフラン先生?」
 顔見知りの船医だ。この地にいる人々の中では、かなり信頼が置ける一人だ。わたしが立って入り口から顔を出した。
「なんの御用でしょうか?」
「お休み前に女伯爵どののご容態を確かめに――と思って来たんだが、先に謝っておこう、話が聞こえてしまった」
「……いつからです?」
「『私が頼んでもいないのに』からだな」ちょび髭の老医師は、艶光る頭を傾けて微笑む。「それで、目的を変更した。私はその話題に、ちょっとした知識を加えて進ぜることができると思うよ」
 わたしは後ろの三人を振り向いてから、この人にはすでに何もかも知られていることを思い出して、「どうぞ」と中へ入れた。
 博士のことを知らないヴィスマート教官は、よそよそしい態度で、「こんな時間に女四人の天幕へいらっしゃるのは、感心しませんが……」などという。そこに割って入って、わたしは言った。
「教官、この人は西風号のドクター・シフランとおっしゃって、きちんとしたお医者様です。そうして……わたしとヒオリの体のことも、関係も、全部お話しました」
「ほう……」
 教官はシフラン先生に目を向けて、それでも油断のない口調で、「教え子がお世話になったそうで、ありがとうございます……」と礼を言った。
 シフラン先生は、例の気取りのない調子で、ざっくばらんに返した。
「女伯爵どの、これはあとでぜひダスティン卿や要塞司令に確かめていただきたいのですが、私は職業柄口は堅いし、同業の中でも信用があると自負しております。そこで、その私を信頼して打ち明けてもらいたい。セリとヒオリは以前、名前は言えないが他にもうひとりカピスタを知っている、と言っていた。それは貴女ですな?」
 ヴィスマート教官はかすかに眉を動かしただけで「さあ? 心当たりがありませんが」と答えた。
 シフラン先生は柔和な顔で、「なるほど、そうですか。じゃ一般論としてカピスタの話をさせていただきたいが、それはお許し願えるかな?」と言った。
「一般論……まあ、雑談としてなら、聞かないでもありません」
「それでけっこうです。では卒時ながら駄弁を弄させていただく」答えるなり先生はやにわに後ろを向き、ポケットから出したものをしばらくごそごそ顔に当てていたが、やがて「こんな姿で失礼」と振り向いた。鼻に何か詰めて、顔の下半分を覆う大きなマスクをしていた。そういえばこの人は以前、こうしてヒオリの誘惑を振り払ったのだった。
 先生はちゃっかりと荷物箱のひとつに腰を下ろすと、一座を見回して、目を細めてうなずいた。「なるほど、これが……当代二人のね」
「お話というのは?」
「生物学の講義になりますな」
 そう言って、先生は手持ちの器具箱から分厚い事典を取り出し、付箋の挟んであるページを開いた。
「野生の生き物の多くは、確実に子孫を残すために、特別な能力を神から授かっております。あるものはにぎにぎしい飾り羽や毛皮の模様を備えて、異性をひきつける。あるものは優美な舞踏を踊り、またあるものは立派な巣を作って、伴侶を呼び寄せる。どんな生き物にも、独特の様式がある。逆に言えば、そのような様式を身につけたものこそが、繁殖の力に恵まれ、脈々と血筋をつないでいる……とも言えますな」
「興味深いですね」
「人間も例外ではありません」
 先生はページの記述を指で追いながら続ける。
「男は女性に花や飾り物を送り、敵から守る。女は身体を着飾り、うまい食事を作り、男を癒す。そのようにして伴侶を引き付けます。が、これはまさに一般論で、男女の間にはもっとはるかに複雑で陰影に富んだ駆け引きがある。もちろんあなた方もいくらかはご存知でしょう。まさにそれがあなた方の人生を振り回してきたのですから……しかしここに、カピスタは、と付け加えると、話はさらに面白くなります」
 調子と抑揚がいいので耳から滑らない。先生はクイッと顔を上げて、薄笑いする。
「カピスタは多情で多くの女を孕ませた、と巷説に言われている。では、どうして、あたかもカピスタ以外の人間にそれが不可能であるかのように、言われているのだと思われますか?」
 先生は言葉を切った。わたしはその質問を反芻して、口を開いた。
「ただの言い回しの問題では?」
「そうとも言えます。ではよりはっきりした質問を立ててみましょう。人間の男が多くの女を孕ませようと思ったら、何が障害になってきますかな?」
 わたしたちは人間の男ではない。想像で答えるしかなく、それは最初、外れた。
「ほかの男?」
「それはありますな。男と男は、女を巡って常に戦う。だが戦いに勝った男は多くの女を手に入れられますか? そうとも限りません」
「お金や食べ物……生活力のあるなし?」とスワイニ。
「それもありますな。端的に言って富者が勝つ。しかし、たとえばサッコ・グロルの町を御覧なさい。一番の富者ともいえる要塞司令ベケット提督は、五人十人の妻を娶っておられますか?」
「単に奥さん一人で満足しているから」と私が言うと、
「そういう篤実な紳士もおられますな。ごくたまに」とあっさりいなされた。
「妻……」ヒオリが、ぽつりと言った。「妻が、障害だって言うの? ほかの妻を娶るための?」
 シフラン先生は、深々とうなずいた。
「男が一人の女を射止めます。女は男と深く結びつく。――そしてその結びつきを維持するために、ほかのあらゆる女を退けようとする。男がほかの女を手に入れようとすれば、まず第一の妻の妨害を、あらゆる方法で無効にせねばなりません。それには少なくとも咄嗟の機転が必要となる。さらに知恵と工夫も、悪くすれば命がけの嘘もね。これぞ、古代の帝王から現代の色男に至るまで、あらゆる人間の男を、多くの女との繁殖から遠ざけてきた障害にほかならないのです」
「それはひどい言いようなんじゃないかしら、愛されたいと思う妻の努力を妨害だなんていうのは……」
 そう口にしたのがヒオリだというのが、わたしをなんとも妖しい気持ちにさせる。英雄めいたところのある教官と違って、ヒオリはまだまだ少女めいたところが濃く、わたしに同性を強く意識させる。
 そのときわたしは、シフラン先生の話の帰着に気がついた。
「でもカピスタの場合は、妻が――!」
「さよう」先生は大きくうなずいた。「カピスタの妻は、他の女を遠ざけるどころか、むしろ狩り集めて主人に捧げる。つまり、人間の男にとって障害であるはずのものが、カピスタでは逆に大きな手助けになっているのです。これこそがカピスタを多情多産であらしめる、真の要因でありましょう。つまり、ヒオリ。そして、この場にいないかもしれない、もうひとりのカピスタのお方。――あなた方の愛するお人は、あなたがたの古い血の力に従って、その望む獲物を捧げようとしているに過ぎないのです」
 雄弁に語り終えた先生は、広げた両手をしばらくして収めると、空咳をして「――仮説ですが」と付け加えた。
 わたしたちは、呆然としてその話の意味を考えていた。
 ヴィスマート教官が「だが」と口を開くまでは。
「そんな突拍子もない現象が、どうやって引き起こされるのです? まるで魅了の魔法か何かだ。あなたが信用できるドクターだと自称されるなら、最低限の科学的な説明をなさる義務があると思いますが」
「ごく簡単に説明できますよ、それは。体臭ですな」先生はあっさりと答える。「カピスタに孕まされた女が、胎内の赤子のなんらかの働きにより、周囲の女の欲情をかき立てるような匂いを一時的に放つ――と考えれば、別段矛盾は生じません。もともとカピスタでなくとも人の香りは体調と感情で大きく変わる。私は具体的な事例を知りませんが、きっとお心当たりがあると思います」
 その仮説は、わたしたちが体験してきたことをきれいに説明していた。
 カピスタが女を孕ませる。その女は第一の妻になる。妻のそばに第二の女が来ると、女はなぜか理性をなくす。そして第一の妻の手で、カピスタに引き合わされる――。
「……じゃあ」とヒオリが言う。どこか安堵しているような口調だ。「私は、カピスタとして、そういう女とも交わらないといけないんですか? セリがいるのに?」
「いや」とシフラン先生。やや挑戦的に、「私は人間精神の自由であることを信じる者でね、ヒオリ。君が何を食べ、何を着て、どこへ行くのかを自分で決めるように、君が誰に触れるかは、あくまでも君自身の理性でもって判断するべきだと思うね。君に表れた血統に惑わされるのではなく」
「血統の命じは強いものです、ドクター・シフラン」ヴィスマート教官が、感慨深げに言った。「私もランドロミア女伯爵という家格にずっと重圧を感じていた。そうでなければできたことを、いろいろあきらめてきた」
「でも貴女は今ここにいる」と先生。「伯爵家の事情は存じませんが、まさか当主が領地を捨てて新大陸へ姿を消すのを、周りの者が歓迎はしますまい。運命に逆らって可能な限りあがいたものとお見受けします。であればカピスタの血にも人の精神が勝てない道理はない」
 わたしたちはシンと静まり返った。スワイニが、主人の毛布の端を、固く握り締めていた。
 シフラン先生はいたずらっぽい目で一座を見回した。そして「ところで、女伯爵殿のお加減は、存外よろしいようですな? では、私はこれで」と言うなり立ち上がって、会釈一つを残しただけで出て行ってしまった。
 あっけに取られるほど見事な退場だった。ややあってヴィスマート教官が「打ち明けてもよかったかもしれないな」とつぶやいたぐらいだ。
「わっ!?」
 教官が声を上げたのは、突然スワイニが、がばっと首に抱きついたからだ。わたしたちの目も省みず、教官の頬にちゅ、ちゅ、と何度もキスをして、頬をこすりつける。「どうしたの、急に……」と教官が困ったように言うと、その首筋にじっと顔を埋めていたが、やがてためらうように教官を見上げた。幼い顔が不安で歪んでいた。
「ヴィーさま、ヴィーさまは今まで、あたしがお連れした女の人、みんな追い払ってくれました。あたしだけだって言ってくれましたね……でもやっぱり、本当はお手を付けられたかったんですよね。ヴィーさま、カピスタですもの。とてもご立派なカピスタですもの」
「その通りだけど」教官が無事な左腕をスワイニの腋に回して、小柄な体をベッドに引き上げる。「嘘は言っていないよ。私は誰よりもおまえに惹かれるから、おまえを愛して、妻にしてやったんだ。それをおまえが引け目に感じることはない」
「違うんです。引け目を感じるんじゃなくて……」
 毛布に覆われた教官の体に身を寄せながら、スワイニがささやいた言葉には――。
 怯えがにじんでいた。
「物足りない、って思ってしまうんです。あたし、ヴィーさまがお一人だと」
「……どういう意味?」
「ヴィーさまにお手を広げていただきたい」顔を上げたスワイニの目つきが妖しい。ふさふさした髪の中から、獣に似た三角の耳がむくりと立ち上がっている。「いまの医者が、そういうものだと教えてくれました。カピスタの妻は、それを望むものだって。ヴィーさまが他の女を征服するところを見たいです。見目良くて腰の肥えた女を、ヴィーさまが押さえつけて、貫いて、泣き喚かせるところを、おそばで見たい。孕ませていただきたい。そのお手伝いをしたい。あたしのヴィーさまに強い強い牡みたいであってほしい……」
「スワイニ、スワイニ!」
 ヴィスマート教官が声を上げて、キャディの頬をパシパシと叩いた。全身からねっとりと湿った雰囲気を立ち上らせかけていたスワイニが、瞬きをして、はっと我に返る。
「あっ……あたし、今」
「ああ、スワイニ」
「これ、これなんです」手のひらを見下ろして、スワイニは顔を覆った。「頭ではいけないとわかってるのに、考え始めたとたんに、反対になるの! ヴィーさま許してください、あたし、これ、抑えられません……!」
「いいんだ、スワイニ。今は誰もいないから。女性に近づかないよう、気をつければ済むことだからね」
 ヴィスマート教官はうんと優しい声で言って、スワイニを抱き寄せ、頭に頬ずりした。
 わたしは複雑な気持ちだった。いまスワイニがたどった墜落的な性格の変化を、自分のこととしてよく知っている。けれども、そこに抱く感情はスワイニのような不安ではなかった。
「教官」とヒオリが場違いに冷静な口調で言った。「もうすぐ消灯時間です。ひとまず、休む支度をしましょう」
「そうだな。こら、スワイニ。しっかりして、水をもらってきてくれ。手足をすすごう」
「はい、ヴィーさま」
 ずる、と濡れた衣服のように重く、スワイニが身を離した。


 当然、その晩はなるようになった。
 天幕の寝台は並んで二つ、弾道官であるヴィスマート教官とヒオリのものだ。キャディであるわたしとスワイニは、ついたての陰に質素な寝床を作った。しかしスワイニがわたしに向かって言った。
「セリ、すみませんが、ヴィーさまと場所を替わってもらえませんか? あたし、ここで夜中にヴィーさまの傷のお世話をして差し上げたいので」
「世話? え、ああ、いいわよ」
 スワイニはいつものように、こちらを軽く馬鹿にしたような澄まし顔。でもその頬はほんのりと赤らんでいる。意味はうすうすわかった。わたしはちょっとだけ唾を飲み、承知した。
 するとついたての陰からヒオリが顔を出した。
「だったら逆にしましょう。スワイニ、こっちで私のベッドを使って。教官にそっちの狭いベッドを使わせるわけにはいかないわ」
「……ありがとう、ヒオリ。お言葉に甘えます」
 スワイニと教官、わたしとヒオリという順当な並びになって、ランプを消した。
 それから五分もたたないうちに、スワイニが教官のベッドに潜り込んで、愛戯を始めていた。
 ……さま……ンッン……だよ……濡れて……ひゥ!…… 
 暗い天幕の中だし、間についたてがあるから見えはしないと、向こうは思っているのかもしれない。――でも天幕の外の篝火の光が、布を通してぼんやりと差し込んでいる。そしてついたては植民地の大工が間に合わせで作った、目の粗い網のような代物だ。
 オレンジ色の光を背景にした黒い影絵――口づけをむさぼる向き合った顔、絡み合う腕、裸の肩、揺れ動くお尻……端から端までくっきりと見えていた。
 わたしのほうが、ついたてに近い。眼鏡は外しているけれど気になる距離じゃない。眠るどころか目も逸らせずに釘付けになってしまった。すぐに後ろでギシッとベッドがへこんで、これも当然ながら、もう一人が背中に潜りこんできた。
「セリ、見てる? あれ……」
 すごいね……と耳元に熱い言葉がかけられた。
 首に腕を回しての口づけをたっぷりとかわすと、二人は顔を離した。唇をつないだ銀の糸が、つぅと垂れてぷつりと切れる。上になった少女の頭には、もうピンと獣の耳が起立している。ワンピースをさわさわと脱いで裸になると、どうしましょう? と愛らしくささやいた。
 じゃあ、しゃぶって、と甘く低い声が言う。こちらまでどきりとしてしまう。聞き慣れた声だけど、そんないやらしい台詞を聞いたことはない。はい、と少女が体を下げる。ごそごそと動いたかと思うと、いっそう頭を低くして、ぐぐっと奥へ潜りこませた。
 ……さま、グリィです、すごく
 ……そう? グリィなの、嫌い?
 ……ううん、この、これ……好きです……さまの……
「グリィ?」
 背後でヒオリがつぶやく。わからない、という意味でわたしは首を振る。
 三角耳の頭が母猫の乳房を探す子猫のように一心に動き、やがてもっとゆっくりとしたらせん運動に移った。弄うように楽しむように、ちゅぷちゅぷと水音を立てて吸いしゃぶる。
 不意に、二人をつなぐものそのもののシルエットが、ゆらりと立ち上がった。
「うわ……」
 わたしもヒオリも息を飲んだ。直線的で、中太で、先のほうのえらがくっきりと開いて……すごく堂々として印象的な姿。こういうのもなんだけど、あの人の人柄にぴったりの形状。もちろんヒオリのものよりも二割がた大きい。
 そのくびれのところを、すんっと一息嗅いで、少女が耳先をぷるぷると震わせる。……グリィです、すごくグリィ……。低い声がからかうようにささやく。……グリィだね、さあ、きれいにして、スワイニ……。
 そう言うと、ふさふさした頭を手でわしづかみにして、そびえ立つものにぐりぐりと押し付けた。いっそ暴力的なほどの仕打ちだけれど、少女は抵抗しない。ずるっ、ずるん、ぬるぬると顔面にこわばりをなすり付けられるほど、ひっ、ひっと引きつったように鼻を鳴らして、唇で裏筋に吸い付いている。
 ……ふいぃぃ、……さまぁぁ……
 ……可愛いね、おまえは可愛いよ……
 ますますくっきりと張り詰めた棒の先から、つぷつぷとわずかな雫がしぶいて少女の顔にこびりつき、それがまたえらのところで塗り広げられる。少女は口を大きく広げて、舌を伸ばして幹の周りをねぶる。すると低い声がまた命じた。
 ……ひと巡り、スワイニ……
 ……ふぁい、ひとめぐり、しまふ……
 うんと伸ばした舌先で、少女がちろちろと硬いものの輪郭をたどり始めた。這い上がり、笠に張り付き、頭全体を回してじっくりと一周……頂上のひくつきに、唇の先をそっと当てて、ちゅぅ……と敬虔にキスすると、またちろちろと下って笠の裏をぐるり……。
 ……いい、上手だ、とっても上手……いい子だ……!
 ……さまぁ……
 ……うんん、一度……すから……仕上げして……けるっ……
 ……ふぁぁい……!
 大柄な影が両足を大きく広げた。少女はベッドに両肘を突いて姿勢を整える。肩をちょっと叩かれて、細かく位置を合わせる。一言の言葉も交わさない。きっと何度も繰り返したに違いない。
 位置が合うと、こわばりの先端を少女が可憐な唇で包んで、その根元を両手で勢いよくしごき始めた。大柄な影が豊かな胸をさらしてのけぞり、ふぅっ……くぅんっ……と長い髪を振り乱して、激しくあえいだ。
 ……いい、そのまま……いい、いい、スワイニ、スワイニっ……
 ……んっふっふっふ、んーんん、んーん……!
 着実にリズミカルにしごいたかと思うと、少女が見てわかるほど思い切り、剛棒の根元をぎゅっぎゅっと握った。その途端に大柄な影がぐぅっとうめいて、ビクビクッ、と大きく腰を前後に痙攣させた。
 ……んぐっ、んくっ……!
 突き入れの一回目と二回目を滑らかに口で受けると、少女はすかさずぷはっと顔を離して胸を突き出した。うっすらと盛り上がる乳房をこわばりにかぶせる。三発目のいななきで、光ってくねる白い蛇のようなものが飛び出し、びちゃっとふくらみにしぶいた。少女がとろけるような声でうわごとを漏らして、乳房をこすりつける。
 ……出して、出して、かけて……
 ……んふっ、んおおおっ、くうっ……
 大柄な影が悶えながら精を搾り出す。繰り返し飛び出した粘りが、またたくまにびゅちびゅちと少女の体の前面を塗りつぶしていった。
 わたしの首筋にはあはあと息がかかる。
「セリぃ、教官すごい……」
 ヒオリはさっきから興奮しっぱなしだ。背中にぴったりと抱きついて、股間の硬いものをわたしのお尻にごりごりと押し付けている。といっても、わたしに対して欲情しているわけじゃない。これは純粋に、教官とスワイニの交わりをうらやんで、それに移入しているのだ。
 ――二人だけの隠語を交わして、二人だけの取り決め通りに愛撫させて、二人とも至福に違いない絶頂に、いともたやすく昇り詰めた。わたしたちにはまだできない、想像したこともない、仲睦まじい交わりだった。
「ええ、ヒオリ……」
 いつのまにか腋腹から胸に回されていた彼女の手を、わたしはきゅっと握った。指を絡めて握り返してくる。二人ともやすむ前に手を洗った。今のこのじっとりとした湿り気は、純粋にお互いだけの汗。
 こめられた思いは複雑だ――いつもならこのまま二人だけの交わりに没入してしまうところなのに、それをさせないほど蟲惑的な光景に目を奪われている。すごい、すてき、と見たものの感想を交わし合う気持ち。同時に、お互いの肉体的な欲情も、覚えていないわけじゃない。
 教官たちは、とても淫靡だ。うらやましい。
 でもわたしにも、こんなに素敵な相手がいる。負けてなんかいない。
 向こうの二人は一度目の絶頂のあとで、少し離れてくんなりとしおれて、はぁはぁと体を冷ましている様子だった。でもすぐにまた大柄な人影が動いた。身を起こして少女の肩をつかみ、額に唇に胸に、熱く何度も口付けしながら、押し倒す。なめらかに攻守を逆転。
 そして腰をつかんで、ぐい、ぐい、とベッドの中央まで引き戻すと、今度は少女に大股を開かせて、四つんばいで覆いかぶさった。
 これまで何度も、二人の影絵はいやらしい姿勢を示してくれたけど、そのときは最高に刺激的だった。
 長髪を豊かで豪奢な三つ編みにした教官の、長いまつげと形のいい鼻とふっくらした唇、うなじから肩の丸み、腰のくびれ、お尻の大きさ、真下へ向いたベル型の乳房の盛り上がりは、成熟しきった見事な女性のものだ。
 なのに下腹部から斜め下へ向けては、どぎついほどの生殖のオーラを感じさせる男根がずるりと伸びている。
 それに狙われたスワイニの細さ――ほとんどベッドと一体化してみえるほど、体は薄い。仰向けなので、乳房の高さは手のひらを貼り付けた程度しかない。
 それなのに少女は医者に身を任せるときのように無防備に股を開いて、幼げな胸のふくらみを息遣いに上下させて、完全に服従のポーズ。
 ぐい、と開かれたすんなりした脚の根元には、ひとつまみの茂みを乗せた愛らしい丘が、ぷっくりと盛り上がっている。
 それが見えたかと思うと、ヒオリの手がわたしの前から股間にするりと入った。同じ場所を手に収めてむにむにと揉む。……言うまでもなく、わずらわしいほどじゅくじゅくだ。握られると、じゅぅ……とぬめりが染み出した。
 そのときわたしも、尻に張り付くヒオリのものを強く意識していた。この感触、彼女はもう下を脱いで剥き出しにしている。
「待って、ヒオリ」
「セ、セリぃ」
「待ってってば、ばか! 脱ぐから……!」
 振り払ってもしつこく股間をまさぐる手を、なんとか引き剥がすと、わたしはショーツを脱いだ。焦っていた。置いていかれたくはなかったから。
 下半身、裸になって、無言でお尻を差し出して、ヒオリがすかさず脚の間に硬いものを押し込んでくるのを感じながら、目はついたての向こうを追っていた。
 ――二人は?
 ああ、間に合った。大柄な人影が少女の唇と乳首に、口づけを続けている。
 すかさずヒオリがわたしの肌着の裾から手を入れ、胸を手のひらに収める。ふくらみを揉みしだいて先端をぐにぐにとつまむ。それは向こうの人影がそんなふうにしているから。肩越しに焼けるような視線を感じる。
「ひぃ、く……」と影絵の少女が口から漏れるあえぎを手で押さえる。「ひぅ、ん……」とわたしもこぼれかける吐息を枕に押し付ける。
 もうはっきりした。わたしたちは、教官たちに刺激されて交わり始めたんじゃない。
 教官たちになりきって、互いに相手を自慰の道具にしている。
 それはひどく侮蔑的な行為だけど、でもそれが、いい。わたしは、愛されるスワイニの淫らさに染まりきっている。ヒオリは、乱れるスワイニを犯す想像に燃えている。
 そしてわたしたち二人とも、スワイニを心酔させている教官の愛撫に、後ろめたいような憧れを抱き始めている。
 ――。
 大柄な人影が何かささやくと、とうとう腰を進めた。くっきりとえらの張った先端を、少女の股間に押し付けて、くっくっとかき回し――ぷっくりとした恥丘がむにむにと形を変えるのがひどく淫靡だ――くぷ、と泡を割るように柔らかく貫いた。
 それとまったく同時に、背後のヒオリがわたしの尻肉をあいだをぬくぬくとこねると、ぬぷ、と差しこんで来た。
 ふっく、とわたしたちはうめく。四人とも。
 先端のみ浅く入れた態勢で、大柄な人影が前のめりになって、少女の頭を腕で包みこむように抱いて、ぼそぼそとささやく。小声なのに不思議にも聞き分けられた。
 ……スワイニ
 ……はひ
 ……気持ちいいな、ああ、気持ちいいよ 
 ……はひっ
 ……わかる? ギチギチだ、もっと硬く、ほら……
 ……わっ、わかりっ、まふ、ふぅっ
 ……入りたい、おまえに入りたいよ
 ……はひって、ヴィーさま、入って……
 ……こらぁ、だめだ、すぐそんなヒクヒクして…… 締め付けて?
 ……ひゃっ、ごめんあさっ、い……ンンぃ……
 ……クッ……そう、ぎゅっと……い、いやらしい子だ……
 ……ごめんなさ、ごめんなさいっ、ヴィーさま、ヴィーさま
 ……もうすっかり、だ 我慢できない……ぶち抜くよ、スワイニ?
 ……はい、はひいっ
 ……んぐっ……くふぅぅ……
 ……きゅひぃぃぃ……
 全身をほとんど動かさずに、けれどもつながった部分では複雑に豊かに愛し合いながら、二人はじりじりと密着していく。
「かふっ」
 声が漏れた、わたし。本当に下腹部のぬめりの中へ、硬いものがねじ込まれていた。歯噛みして太腿の間にぎゅっと力をこめ、股の奥を引き締めて抗う。けれどそれを意にも介さず、むしろそれを喜ぶような熱さと硬さで、肉の杭がじりじりじり……と押し入ってきた。
 ……ヴィーさま、やっ、いやぁっ
 ……スワイニ、きつい……
 ……入っちゃう、入ってきますぅ……
 ……もっと、もっと刺す んむ……
 ……だめえぇ……
「啼いて」
 耳元で声。わたしの、人の牝のか弱い抵抗など意にも介さずに、ものすごい力でぞぷぞぷと肉に入ってくる。猛り立ったものがわたしの柔らかい肉を貫いて、粘膜をぐじゅぐじゅと押し溶かしていく。――がっしりと組み敷かれる。みっちりと内側を満たされる。
 底なしに安らかな被征服感。
「いやあぁぁ……」
 わたしはスワイニそっくりに、大きく口を開けてあえぐ。
 ついたての向こうで、人影が大きくうねるように尻を前後させる。同時にわたしの後ろの誰かも、ずるん、ずるん、ずるぅ……と波打つようにゆったりと、わたしの尻を突いてこね回す。勢いはさほどでもないけれど、奥深くから膣口まで抜いてまた底まで突いて抜いて、とにかく動作が大きい。
 そして抜くときは内側のひだ全部こそげとっていくみたいにねっとりと、突くときは針で刺すように鋭く、いやらしい征服の意図を露骨にこめている。それにやられる。ぱつっ、ぱぷっ、と打ち付けられた尻肉が鳴るたびに、ジンジンと脳髄が焼ける。被虐の甘さで。焦げた飴みたいにどろどろに。
 ……ヴィーさま、ヴィーさま
 影絵の少女の、股の開きっぷりがすごい。膝裏を手で引いて、股間が斜め上を向くように尻を持ち上げて、全身で受け入れを示している。彼女の気持ちが自分のことみたいにわかる。わたしも後ろへ尻をクイと突き上げて、体の芯を相手に預ける。半ばマットに伏せて、秘肉に触れられやすいように太腿を前後にずらして。
「はっ、はっ、はっ……」
 背中に抱きついた相手が、わたしの髪に鼻をくぐらせてたっぷりと香りを吸いながら、目だけは隣の二人に釘付けにされて、熱心に腰を動かしていた。
 かと思ったら、不意に「いつもの」ヒオリの声がした。
「セリだめ、セリ私、いっく、くぅっ」
「ヒオリ?」
 急にヒオリがわたしの乳房を両腕でぎゅうっと抱きしめたかと思うと――ぐっ、とひと突き深く埋め込んで、そのまま先端をびゅるっとはじけさせた。「ひくっ! くっ、くぅぅんっ――」と引きつった鼻声を上げて、びくびくびくっ……こわばりをいななかせる。
「あ、くっふ、んんぅ……」
 わたしはとっさにそれに合わせられなかった。棒のようにピンと硬直した彼女の体、腹奥深くにどぷどぷと注ぎ溜められる精液、絶頂の声と香り、どれも好きでたまらないものだけれど、今回ばかりはもう一組の交わりにすっかり気を取られて、気持ちを重ねられなかった。
 そういえば教官は早いうちに一度、スワイニに欲情を処理させていたけれど、ヒオリはまだだったから――後ろ髪に顔を埋めて、くぅん、くぅんと子犬のように甘えた声を上げながら、ぬかるんだ尻の谷間をぐっぐっと突いて、彼女は射精し続ける。
 ――もっと早く、搾って上げればよかった。
 爆発し損ねた快感の熱の中で彼女を受け止めながら、わたしはじんわりと気持ちを変えていった。
 そのあいだに隣では、二人の交わりが順調に高まりつつあった。少女の上の大柄な影が、口付けをして乳房に乳房を重ね、抱え込んで甘やかすような、自信に満ちたゆったりとした動きで結合を深めていた。
 ……ィーさ、はひゅ、あひ
 ……はぁ、スワイニ、スワイニ
 ……んひ、は、はふぃ
 ううん、違う――よく見ると、少女がもうまともに応答していない。大柄な影の肩にしがみついて、というか、爪を立ててはかない抵抗をしているようにすら見える。
 たぶん、絶頂している。絶頂しっぱなしなんだ、少し前から。
 ……スワイニ、いいね? スワイニ、すまない……
 ……はひぃ、ひぃ、くふぅ
 大柄な人影は、愛しさと申し訳なさが混じったようなあえぎ声をかけて、少女の小さな性器をゆったりと、ねっとりと、えぐり続ける。少女のほうはもう意識が飛んで何もわからなくなっているみたいだけど、きっと本人も受け入れて、喜んでいるんだろう。わたしにはわかる。カピスタへの服従は至福だ。
 うらやましい。わたしも、あんなふうに真っ白になるぐらい、愛されたかっ――
 がぷ、と首を噛まれた。
「――!?」
 思わず振り返ろうとしたが、頭を押さえつけられた。強烈な力だ。振り向けない。
 股の間で少しのあいだ存在感を失っていたものが、むくむくと、ぎちぎちと再び張り詰める。肉管をとっぷりと埋めていた粘液が押し出されて、腿の間にぷぢゅぅ……とあふれ出していく。
「教官っておいくつなのかな、セリ」
 ヒオリが言う。ううん、違う――声の艶と気迫が別人だ。
 倫倫と張りつめている。カピスタの精力が。
 わたしは予感にぞくりと震えて、つぶやく。
「し、知らないけど、三十には届いてないんじゃ?」
「かもしれないし、それにとてもご立派でずっしりしておられるけど――さっきからまだ一度しか、出してないよね」
 楽しそうで、愛しそうで、それでいてまがまがしい軋るような声。
 言いながら、次の曲に備えて楽器の調子を見る演奏家みたいに、わたしの胸をぎゅむりと搾り、下腹を撫でる。それだけでぞわぞわしびれが走る。
「ふぅ……っ」
「わたし何度でも出る、まだいける、今すぐにでもいける。セリとこれをして思い出した、私セリとつながるのが最高、セリの体が一番いやらしくて愛してるの」
「きゃ……ぁ!?」
 大きな声が漏れて、あわてて口を押さえた。一瞬、何をされたのかわからなくて混乱する。
 ヒオリが四肢と舌、それに挿入したままの性器と全身の肌でもって、わたしの体の心地よい場所を全部いっぺんに刺激したんだ、と気づいたのは、それが本格的に始まってからだった。
「セリ……私のお嫁さん、赤ちゃん孕んでくれたセリ……」
「ひっ、ぃぃっ? んやっ、ふっ」
 声、出ちゃう。なに、これ――。
 男性器、一度出したことなんか忘れたみたいにぱんぱんになったおちんちんの、裏側のぷっくりしたうねで、あそこの内側の気持ちいいところを、ぬるりぬるりとぴったり正確にこすってくれているのはわかる。
 わかるけど、そうするために両脚でわたしの太腿を挟んでぎゅっと引っ張って、そこを心地よく圧迫しながら膣内にずっしりおちんちんを食い込ませて、その足先ではふくらはぎを撫でて、かかとを足指でつまんで足の甲を軽く踏んで、片足丸ごとじんわりと心地よくしてくれてるなんて、そのときは見当もつかなかった。
 それどころか左手は腰の骨をひっそりこすりながら指先で谷間の肉粒をくじっていて、右手は内側の腱でわたしの乳首をこそぎながら、首筋とあごと唇をくすぐり始めていて、髪の中にもぐりこんだ顔は舌先でわたしの耳の穴を掘り返し、耳たぶを唇でなぞっていて――そんなこと、全部一度にやろうとしたって、普通ばらばらでめちゃくちゃになる。こっちだって気が散ってしまう。
 でも――。
「んひゃひ、ふぃ、ひゃら、めっ、んやぁ」
「あわてない、怖がらないで、飛ばしてあげるから。ぜんぶ、ぜんぶまかせて、セリ」
 ヒオリはわたしを包む心地よい安心だった。びっくりして、不安で、ぐい、ぐいと身動きしたわたしを、滑らかに追いかけて愛撫を加え続けて、すぐに信じさせてくれた。任せれば任せただけ気持ちいいって。どこもかしこもとろかしてくれるって。
「……そう、セリ、いいこね。赤ちゃん、何度でも孕ませてあげるからね」
 行き届いたマッサージを受けたみたいにくったりとし始めてていたわたしに、ぬるりぬるりと腰を寄せてえぐり続けたかと思うと、「んんくくっ」と軽く鼻を鳴らして一瞬硬直し、ヒオリはまた射精した。
 びゅるるるっ、びゅっびゅっ……とわたしの中の精液の中に追加される精液。薄れかけていた下腹の温かみが、再びぽっと灯る。ジンッ、と身を包む快感の膜が一層増える。「ふぇ」とわたしはさらに一段理性を取り落として、ヒオリのものになる。
「セリ……セリ……私の、かわいい、セリ……」
 体をぴったりと重ねて、もう音も隠さずにちゅうちゅうと耳たぶを吸いたてて、ヒオリは射精し続けながらわたしを犯し揺さぶる。ただの奉仕じゃない。体内でヒクンヒクンと元気に跳ね上がるあれの動きで、彼女自身も体の底から歓んでいるのがわかる。
「んんんっふ、んん……」
 練り上げる途中のたっぷりしたパン生地みたいに、たゆたゆと横たわったわたしの体を押さえつけて、ヒオリは薄目を明けて、ゾクゾクと肩を震わせながら思う存分射精しきった。と、いっても、ほんの一回分を使っただけだった。出したあとで目を閉じてゆったりとわたしの汗ばんだ双丘をなぞりあげ、なでおろす。勃起を引き抜いて、こぼれ出る粘液を尻肉になすりつけ、塗り広げる。
 そうするうちにまたしても、股間のものがころころと太く長くいきり立つ。わたしの肩をつかんで、ごろりと仰向けにさせると、見下ろして、乳房に顔を埋めて、眠りかけているように無心にちゅうちゅうすりすりと吸い、頬ずりし、両手で寄せてこねて、寄せてこねて、ぱ、と離して見下ろして――顔から、膝まで、ほぼ全裸のわたしを、天幕越しのかすかな光で満遍なく眺め回して、上気した頬を両手で覆った。
「これ、私のお嫁さんなんだよね、嬉しい……」
 そして手を伸ばし、仕切りのついたてを無造作に持ち上げてどかした。
「――」
 スワイニとつながって動いていた教官と目を合わせる。
 ヒオリは自慢げな顔のまま、わたしの太腿を持ち上げて大きく開かせると、二回中出ししたわたしの秘部に、「んっ……」と靴でも履くような気軽さで、三度目の挿入をした。教官とは、ちょうど頭の向きが反対なだけで、同じ体位。
 そして勢いよくぱちゅぱちゅぱちゅっと三度ほど突いて、かがんでわたしにねっとりとしたキスをくれると、また教官に向かって、報告するように振り向いた。
 まだかろうじて意識が残っていたわたしは、顔から火が出る思いだった。教官がフンと笑い返すような目をして、スワイニにかがみこみ、一段と濃厚なキス、頬ずり、首の甘噛みをしたとかと思うと、体ごと抱き上げて、座位で長くぎゅうっ……と抱きしめるまでは。
 教官が振り向いて、視線をくれる。
 ヒオリはくすっと笑って、わたしに向き直り、頬ずりした。かぁっ、と口を開けて、白いきれいな歯を見せたかと思うと、はぷ、と首筋の左に噛み付いた。ギリリ……と歯が腱に食いこむ。痛みが不快感に変わるギリギリ手前の、鋭い心地よさがじぃんと染み渡る。
「ふぁ、セリ、セリっ」
 噛み付いたままぶるるっと背中を震わせて、ヒオリはまたどくんと射精をした。一度目とちっとも変わらない、たっぷりの熱い粘りが、今度は体の前から腹奥へとぬるぬる注がれる。勘弁して、と言いたくなるほどの感覚の飽和。とっくにおなかが精液でいっぱい――それどころか、今まで感じたこともないほど上のほうの奥にまで、じんわりと熱が染み込んできた。わたしはぞっとした。
 ――何度でも孕ませるって、本気なのかもしれない。
「ふあぁっ、ひっひゃっんっうっ!」
 とっくに意識をなくしていると思ったスワイニの声まで、もう一度上がり始めた。ヒオリの挑戦を受けた教官が、今まで以上にやる気を出してしまったのだろう。「あっあっあっあ、あーあああ……!」と抑えもしない甲高い声が放たれる。
「あっ……あっ……ひぁ……」と断続するあえぎで、教官があれを打ち出す間隔までわかってしまった。
 その声に刺激されたのか、ヒオリが同じ姿勢のままで、またまた腰を動かし始めた。なんと四度目だ。でもわたしは知ってる。この子にとって七回までは苦労でもなんでもないと。
「ね、セリ。もういけた? 気持ちよくなれた……?」
 やっぱりこの子、気づいていた。わたしがちらりと、物足りないと思ったことに。そんなの考えるんじゃなかった。
 でも今さら思っても、もう遅い。火がついたカピスタは止まらない、仲間と絶倫比べなんか始めてしまったんだからなおさらだ。
 この快感の責め苦から抜け出すにはひとつの方法しかなさそうだった。わたしは残りの気力をかき集めて、額に意識を集中させた。
「ヒオリ、お願い……」
「ん、なに、なぁに? セリ」
「わたしを、思いっきりいかせて。わたしにぴったり合わせて、動いて。いい?」
「うん、いいわ。もちろんよ!」
「キスして、途中まで」
 口づけをもらう。首を抱いてもらう。挿入は浅めで、乱暴にしないでできるだけ軽やかに。そして高まってきたら、首じゃなくて肩にキスして、大きく噛んで、強く抱きしめて――。
「そのまま、そのまま動いてっ、そ、そこっ! それ!」
「んっん、セリ、ここね、ここ気持ちいい?」
「お願い黙って、んっく、く――!」
 四度目のヒオリはとても丁寧に連れていってくれた。白い火が来た。わたしは焚き火に突っこんだ虫みたいに燃え上がり、舞い上がり、灰になった。
 そうやってすっかり、意識を遠くへやってしまった。
 そうするしか、本気のカピスタに付き合う方法なんかないのだ。



 ……わたしはまた、寝込んでいる。

 浅い水の中のような、浅い眠りの中だ。とはいっても、ヒオリと交わりすぎて寝込んでしまったわけではない。これは、幸せだった最後の交わりの記憶。
 わたしを打ち倒して、ぐったりとした肉人形のようにしてしまったのは、その後の事件だ。
 ベシンガトの魔女ニャンダとの戦い。そして、あばかれた彼女の秘密が――わたしをこんなふうにし、ヒオリに犯させ続けているのだった。

 
 


   ――カピスタのはじける滴 密林弾道三〇〇ヤード(下)へ続く




note:
 今年中に終わりませんでした。
 上中下に分割。下の巻は来年!

(2013/12/25)