カピスタの沁み入る精 ――密林弾道三〇〇ヤード(上)――


   1

 新大陸の金砂湾を扼する岩場の岬。着々と建設が進む石造りのガドリール要塞の中を、わたしは手書きの地図を見ながら足早に歩く。
「おっ、セリさま」
「セリさま、こんちわ」
「お急ぎでどちらへ?」
「今日も船首像みたいに綺麗だな」
「そうかね、おれァ苦手だな、ツンツンしすぎてて」
「ばかやろ、そこがいいんだろうが」
「若い割りにおっぱいもお尻も……だしな!」
 前半は男たちのすれ違いざまの挨拶、後半はちょっと離れたところから聞こえたささやき声だ。わたしは無視して手にした地図を見続ける。船乗り、人足、軍人たちで、要塞はごった返している。槌音と鑿音が絶えず響き、広場から練兵の号令が聞こえる。
 この地は暑く、騒々しい。黒ラシャの軍服めいた制服の下に汗がこもる。下が短いワンピースなのは助かるけれど、足を締め付けるタイツも肌に張りついて不快だった。おまけにどこへ行っても男たちの視線が絡みついてきた。
 それが途絶えたのは、迷路のように複雑な要塞のすみ、武器倉庫の裏へ回ったときだった。そこに、そびえる建物と外壁にはさまれた日陰の狭い通路があった。奥まで行くとさらに角があって、そこを回ると車軸の折れた荷車が立てかけてあり、前方はめくら壁で行き止まりにしてあった。
 その、荷車の陰を覗きこむと、わたしと同じ皿型帽をかぶり、制圧弾道官の制服を来た女の子が待っていた。
「セリ、来てくれたのね」
「ええ」
「ありがとう。座って、あまりいいところじゃないけど」
 そう言って、わたしの主人であり恋人であるヒオリが、地面に敷いた古毛布を押さえた。わたしは「ん」と靴を脱いで、彼女の隣に腰を下ろした。
 四方を壁に囲まれた殺風景な空間だ。そこは大きな施設でごくたまに見つかる、誰からも忘れられたような場所だった。四六時中浴びせられていた他人の視線が、ここにだけは存在しない。わたしはほっとして、思わずため息を漏らしてしまった。
 それを聞いてヒオリが「ごめんね」と言った。
「もっといいところを探したんだけど、見つからなくて。どこへ行っても人がいるの。それで、ここは見晴らしも何もないんだけど、人だけはこないと思うから……」
「いいわよ」
「場所、すぐわかった?」
「ええ。ここでいいわ、本当に気に入った。ここなら落ち着けそう」
「ほんとに?」
 穏やかにわたしはうなずいた。ヒオリはようやく顔をほころばせて、「よかった」と言った。
 久しぶりに彼女の笑顔を見られて、わたしは胸がきゅっとうずいてしまった。
 南海の孤島で助けられたわたしたち二人は、新大陸にあるこの要塞へ連れてこられた。そして新たな任務を待って、司令官のもとで客分として過ごしていた。
 しかし任官を受けた正式な制圧弾道官であるヒオリと、その付き人であるわたしは、身分が違うため部屋を分けられてしまった。彼女には個室が与えられ、わたしは司令部付きの侍女たちが暮らす大部屋に入れられた。それで、なかなか二人きりになれなくなったのだ。
 わたしたちの場合、ただ顔を合わせれば済むというものではない。ヒオリはいっけん普通の娘だが、実はカピスタなのだ。先祖返りで現れる古い多情な種族で、男女両方の性を備えている。そしてわたしは彼女に身をささげた。見た目は女同士でも、もう男女の仲にある二人なのだ。
 けれども、わたしたちのネリド共和国にはそんなことを認める習慣はない。女同士で姦通していることが他人に知られたら、ひどい醜聞になってしまう。
 それでわたしたちは、二人がしたいと思うことができず、悶々としてしまっていた。
 そんなある日に、ヒオリがこの場所を見つけたと手紙でこっそり知らせてくれた。それでわたしはここへやってきたのだ。 
「二人きりになるの、久しぶりね」
「うん……」
「あの島以来、かしら」
「そうね」
「そうだわ、時間はいつまでいいの?」
「いつまででも。予定はないもの。セリは?」
「わたしも……」
「あ、よかったらこの後は、一緒に夕食にしよう。ね?」
「ええ」
 しばらくは、肩を並べたまま、そんな取りとめのないことを話していた。お互いに何週間も離れていたから、距離の詰め方を忘れてしまっていた。
 じきにヒオリが口を閉ざして、肩をすり寄せてきた。「セリ……」ともの言いたげな目をしてこちらを見る。目元がほんのりと赤く染まっていた。そろえた膝をもじもじとすり合わせる。彼女の襟元や袖口から立ち昇る、果物に似た甘い体臭が、ふわりと一段濃くなる。
 カピスタが昂ぶり始めているのがわかった。
「ヒオリ……」
 それに合わせてわたしも鼓動が高まる。半分はカピスタの妖しい魅力のせいだが、半分はわたしみずからが望んでいたからだ。彼女ともう一度、そして何度もつながることを。
 けれども欲情に身を任せる前に、ひとつだけ言っておきたいことがあった。わたしは彼女の腕に触れて、言おうとした。
「ヒオリ、あのね――」
「セリ、赤ちゃん大丈夫?」
 わたしは軽く息を呑んだ。それこそわたしが尋ねたかったことだからだ。
 わたしはもう孕んでしまったのだけど、それでもまだ抱く気になれるの、と。
 急いで答える。
「……ええ、大丈夫みたいよ。まだおなかはなんともない――けれど、月のものもやっぱりないの。おとなしく準備をしているみたい」
「そう、よかった。だったら、その……」目を伏せて少し申し訳なさそうに、「もう、前みたいなことは、できない? したくない?」
「どうして?」わたしは驚いて聞き返した。
「どうしてって、それは」ヒオリも戸惑ったように言った。「セリ、あなたのおなかはもういっぱいになっちゃったんだもの。これ以上は必要ない……なんて思ったりしない?」
「まさか」わたしは噴き出しそうになった。「わたし、子作りのためだけにあなたとしていたわけじゃないわ。というよりも、ずっと子作りなんて考えていなかったじゃない。これはただの結果。……もちろん結果は結果で大事にするけど、あなたとのことが終わったなんて考えたことはないわ。それとこれとは別」
「そうなの? じゃあ――」まだ少しの躊躇を見せながら、ヒオリは小声で言った。「私はまだあなたと、していいの?」
「ん」照れくさくて、ほんの小さくうなずいたけれど、この子にははっきり言ったほうがいいということを思い出した。彼女はデリケートで、ちょっとした行き違いで役立たずになってしまったこともある。
「していいわ。ヒオリ――まだわたしは、カピスタのあなたのものよ。これからも、いつでも、ね」
 ぞわっ、とヒオリが軽く震え上がったように見えたのは、気のせいだろうか。
 彼女が震える腕をわたしの首に回して抱きつき、粘っこくささやいた。
「セリ……今の、だめ」
「え?」
「あんなこと絶対よそで言わないで。……ガチガチになっちゃう」
 彼女にそっと手を引かれてスカートの中に入れると、その股間に、焼けた石のように熱く硬くなったものがあった。
 指先にショーツ越しの熱さを感じて、頭がくらりとするような衝撃を受ける。忘れかけていたけれど、これがヒオリだ。昼は野生のシカのように陽気で躍動的に駆ける娘。夜は獲物をがっちり抱えこんで力尽きるまで貫き続ける捕食者。
 もっとも捕食者の顔はめったに見せなくて、普段はその手前どまりなのだけど、始末の悪いことに、この子はその姿が一番可愛らしく、わたし好みなのだった。
「セリ……セリ、わかったわよね? お願い……」
 目を潤ませて、ふ、ふ、ふと少しずつ息を荒くしながら、ヒオリがわたしにしがみついてくる。その情けないねだりっぷりに、わたしもぞくぞくと愉悦を覚えてしまう。このやり取りが始まると、わたしが圧倒的な富者になって、貧しく飢え切ったヒオリにたっぷりと施しを与えることができる。その優越感はほかに比べるものがないほどだ。
「ええ、ヒオリ……」
 返事をして、やさしく彼女の前髪を横へ撫でてやりながら、わたしは始まった楽しみに浸っていく。
「わかったわ、してあげる。どうしてほしいのか、言ってみて」
「こ、これ……」
 こくんとうなずくと、ヒオリは尻を浮かせてスカートの腰に両手を入れ、下着を脱ぎかけた。そこでふと手を止めて、周囲をうかがった。
 わたしも周りを見回した。相変わらず遠くからの喧騒は聞こえるが、こちらに近づく気配はない。わたしはヒオリの背中をゆっくりと撫でて、耳元で言った。
「だいじょうぶ、誰も来ないわ」
「うん……!」
 親に見てもらっている子供のようにほっとした顔になって、ヒオリは下着を下げ、赤いパイピングで縁取られた短めのスカートをつまみあげた。隠さなければいけないところが、あらわになった。
 すらりとした太腿と、肉の薄い細身の下腹。その真ん中に、よそから持ってきて付けたような、場違いな勃起があった。
 恥ずかしそうにヒオリが訴えた。
「見て……」
「ほんと、がちがちね」
 わたしは二度も唾を呑みこんでしまった。彼女のものを見るのは初めてではないのに、見るたびにそこに新鮮な魅力というか、魔力を感じてしまうのだった。
 股間からへその高さまで、血管を浮かせた肉の弓がすらりと勃ち上がっている。ヒオリの地の肌は健康的なバター色だけれど、それがここでは付け根から血の気を帯びて暗い色に染まっている。くびれの先端は鮮やかな紅色。つるつるに輝いて、見るからにぱんぱんという感じだ。
 根元にはごく淡い茂みがあるけれど、それは大事な部分を守っているというよりも、充血して突き出したものの立派さを、逆に引き立てている。幹の太さは一定で、生えたばかりの若枝のようにすらりと反っている。そのせいで、ものとしては雄臭い生殖器なのに、年下の少年みたいな清潔感もある。
 わたしは息がかかるぐらいまで顔を寄せて、うるさく垂れかかる銀の髪をしばしば払いのけながら、肥大化したヒオリの秘所を眺め回した。
「これ……いつもより大きいわよね。もしかして、自分でもしてない?」
「あ、当たり前でしょ、私の部屋、将軍夫人の続き部屋なんだもの。一人でする機会なんか……ひっ」
「あら、ごめん。痛かった?」
「痛くっ、はないけど、ぞわわって……ひんっ……!」
 わたしは髪の量が無駄に多いので、手で押さえてもすぐ髪房が垂れてしまう。それが亀頭をはらりとくすぐるたびに、ヒオリは声を詰まらせて腰を震わせるのだった。
 見つめるわたしは喉がからからに渇いて、頬が熱くなる。他の男のものなど見たことはないけれど、ヒオリのきばりきった男性器からは、あふれんばかりの熱気と精力を感じる。何度か前髪が触れた先端の口からは、透明なしずくがこぷこぷとあふれ始めている。見ている前でその液体がたらたらっと垂れ落ち、ぷんと生臭い花の香りが漂った。
 頭のくらくらがひどくなっていく。ものが考えられない。ヒオリが持つ、この乙女らしからぬ猛々しいものの中身を、思い切り注がれたい、飲まされたい、浴びせかけられたいという、はしたない衝動がわたしの体の奥をじわじわ浸していく。
 もう今にもむしゃぶりつきたい。そんな思いを、息を止めて全力でねじ伏せて、わたしは冷ややかなまなざしをヒオリに向けた。それこそがもっとも楽しいことだと、わたしはよく知っていた。
 そうして、細い指先を彼女の陰部に当てた。
「ここ……この、くびれのとこ」
「ひっ……さ、触らないで……」
「ここ、とてもきれいじゃない? つやつやしてるし、まだ臭くなってない……」
「あっ、洗ったから。お昼のあと、水場できれいに洗ったから!」
「こんな時間に? それは、わたしとしたかったからね? わたしに見られてもいいようにって考えて、わざわざおちんちんを洗ったのね?」
「そ、そおっ……!」
「いやらしい子……」
 そんなやり取りが自然に口から出てきた。わたしたちの関係が学院に戻ったみたいに錯覚した。
 かと思うと、ヒオリがぐっとわたしの肩をつかんだ。その意外な力強さに、びく、とわたしは身を硬くしてしまう。彼女が懸命な目つきで訴えた。
「いじわる、しないで。ほんとにつらいの。出したい、出させて、おねがい……」
 どきんと胸打たれる。そうだった、もうわたしたちは以前の二人じゃない――。
 結ばれたのだから。
 頭の中を切り替える。遊びはもう終わり。ヒオリを喜ばせてあげる。焦らさずに、本当に喜ばせてあげる。
 そうやってつながりを深めるんだ。
 皿型帽を脱ぎ、その中に自分の眼鏡を外して入れた。荷車の車軸にはさむ。
 座る姿勢を変えて彼女の腰にかがみこみ、事務的に伝えた。
「わかったわ、搾ってあげる。我慢できない分だけ、出してしまって。でもその後にも取っておいてね」
「はぁ、はぁ、ん……えっ?」
 意味をよく呑み込めずにいたヒオリが戸惑い声を上げたとき、わたしは目を閉じて、口の中にくちゅくちゅとたっぷり湿り気を溜めた。
 それから勃起をすっぽりと口に含んだ。
「うは……ぁんっ……♪」
 ぞくぞくぞくっとヒオリが震えて、おかしな声を上げながら毛布にずるずると滑り落ちた。彼女の帽子が脱げて転がり、スカートがだらしなく尻までめくれてしまう。
 わたしの唇から喉まで、ヒオリが詰まっていた。手で握ったときにちょうどつかめる太さで、ちょうどしごきやすい長さのそれは、わたしの口に入れるには多少の無理があった。無理を呑みこむために、舌で導き、あごを動かし、喉をくねらせる。それにまとわりついている粘つきとしずくが唾液に溶け出して、口と鼻がヒオリの味と匂いでいっぱいになった。「ふぉ、んふ」と鼻から押されるようにして息が漏れた。動物みたいな声だと思った。
「セリ……そんな、いきなりっ……すごいっ……!」
 ヒオリが、かふかふとせっぱ詰まった息を漏らしながら、わたしの頭を手でかかえる。わたしは片手でヒオリの空いた手を探して、指を絡めてしっかりと握り締めた。ヒオリもきゅっと握り返してくれる。お互いにまともな言葉を出せなくても、これで通じるようになった。
 わたしは頭全体をゆっくりと上下させる。みっちりと中身の詰まった肉筒が唇を出入りする。ぬるぬるとした滑りが、いやでも交合を連想させる。そう、口で交合している。
 酒に浸した果実みたいにつやつやに膨れ上がった先端が、口蓋をこすって喉にまで届く。ぬぷり、ぬぷり、ぬぷりと何度も喉にはまり込む。切れ込みがひくついて、ひっきりなしにしずくを漏らしていることまでわかる。
「セリ……セリ……っ! 気持ちいい、気持ちいいのぉ!」
 ヒオリが細い声を漏らしながら、何度も何度もわたしの手をぎゅっぎゅっと握り締める。それでなくても背を反らせて、お尻をびくびくと浮かせている。ちらりと顔を見上げると、目がうつろに泳いで、口の端がわなわなと痙攣してしまっている。快感のまっただなかにあるのがひと目でわかる。
 わたしのその一瞥が、また新たな刺激になってしまったらしい。ふと目を合わせると、なんとも嬉しそうに顔を歪めて、切れ切れにささやきを漏らした。
「私の、なめてるのに……セリ、そんな平気そうな顔してぇ……っ!」
 ぜんぜん平気じゃない。といっても不快なのをこらえているわけではなくて、逆に情欲でとろけそうなのを我慢しているのだけど、ヒオリにはそんな風に見えたみたい。
 そんなことを言う余裕も、くわえ続けるうちにまったくなくなって、とうとうヒオリは体を不自然にこわばらせたまま、絞り出すように言った。
「セリ……もうだめ、来ちゃうっ……いいのっ……!?」
 出したい、けれどわたしを汚したくない、そんな気持ちをこの子はまだ持っているみたいだった。
 わたしは言葉に出さず、ぎゅっ……としっかり手を握り返すことで、それに答えた。
 ヒオリの腰全体を抱きしめるように覆いかぶさって、限界まで膨れた勃起を呑みこむ。そうして、根元の裏側のうねになった部分を、下の歯で二度、コリコリと軽く噛んだ。
「っぐ……!」
 ヒオリの濁ったうめき声とともに、腰がぐんと跳ね上がってわたしの喉を押し上げ、破裂したみたいに射精した。
 どびゅうっ、どびゅうっ、びゅうっ、びゅるる……それぐらいの勢いで、生温かいぬるぬるがいっぱい喉に飛びこんでくる。わたしは十分知っていたから、うんとあごを上げて、喉の奥まで開け放って、おなかに直接放ってもらうぐらいのつもりで、放出を受け止めた。
 それは射精しているヒオリと同じぐらい、無防備に体の奥をさらすということで、そんなふうにして交わっているというのは、正常な姿勢でつながるのと同じぐらい底深い、背筋が寒くなるような快感があった。
 ヒオリの射精はただでも多い。それに加えて今は何週間も溜めこんでしまっていた。「くぅ、ふ、ふぁ」と何度も息を詰まらせて打ち出していたかと思うと、それでもまだ物足りなかったらしく、わたしの頭を腹の上にボールのように抱えこんで、ぎゅっと体を丸めた。
「セリごめん、まだ出るっ……!」
 短くひとこと謝ると、背筋をぐっぐっぐっと何度も縮めて、溜めていた袋をしぼりあげるようにして、さらにたくさんの粘液を打ち出した。
「んっ、くぅっ、ふぐぅんっ……!」
 わたしの口内に、誰も知らないヒオリのもっとも濃い味が塗り重ねられる。わたしはそれが舌の上を流れる感触と、それが染みこませてくる精気を、薄目になって一心に味わう。
「ふぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「んっ……むぐ……むぅ……く……」
 男たちが汗を流して働く要塞の片隅、誰も知らない狭い物陰で、わたしとヒオリは年頃の娘としてはありえない姿勢で体を重ねて、互いの与える心地よさに酔い狂っていた。
 母国よりも空気が暑くて水っぽい。
 髪も腋も尻にも、じっとりと汗がにじんで匂いがこもった。
「くぅぅ……ぅっ……♪」
 わたしは口の中でヒオリの絶頂を受け止めるあいだ、首から下の自分の体に壮絶なうずきを覚えていた。胸がざわつき、乳首がじりじりと焦げる。下腹の子宮まわりが虫の羽音のようにジンジンと鳴って、股間が差し込むようにじぃん、じぃんと切ながる。
 両膝を強く強く押し合わせて、どうにかごまかそうとしたけれど、そんなのは焼け石に水だった。下着の中の敏感な部分が充血してこすれあって、股がお尻のほうまでぐしょぐしょに湿るほど、濡れきっていた。
 そんなふうだから、ヒオリが放出を終えて頭を放してくれても、全身がうずいて重くて、ろくに動けなかった。よろよろと離れると、毛布にどっと横たわって、手で口元を押さえて、熱病にかかったようにぶるぶるとしながら、小刻みに息を漏らしていた。
 口内にどっぷりと溜め込んだヒオリの精液を味わうことで夢中だった。けれども体のほうは、来て当然の刺激がまったく来てくれないので、渇望でおかしくなりかけていた。
 そのまま放っておかれたら、わたしが正気と体調を取り戻すまでに、日が暮れたかもしれない。
 そうはならなかった。ぐったりとしているわたしの横で、ヒオリが身を起こし、肩を揺さぶってささやいたのだ。
「セリ、セリ。天国みたいだったわ。……あなたはもう、満足した?」
 見上げると、白い粘液にまみれた肉棒と目があった。一度放った後だとは思えないぐらい、たくましく反り立っている。スカートからゆらゆらとそれを突き出して、ヒオリが微笑んでいた。
 小作りな顔が美しく上気し、黒い瞳が冴え冴えと潤んでいる。全身から精力に満ちた花の香気が立ち昇っている。
 とうとう、彼女の古い正体が表に出てきたようだった。
 ふるふる、とわたしは髪を揺らして首を振った。そして、もどかしい手つきで自分のスカートをかき上げ、下着をさげようとした。
 ヒオリが一気に私のスカートをめくり上げ、下着をさげ、尻を丸出しにしてくれた。
「すぐ行かせてあげるわね……前からがいい? それとも後ろから?」
 わたしは口を開けて――舌に溜めた精液の上から――声を漏らした。
「あかひゃんがつぶれないほう」
「ん」
 ヒオリがわたしの腰を抱えて引き起こした。わたしはされるがままに、うつぶせで尻だけを彼女に突き出す。腕を組んで顔を伏せて待っていると、背後で姿勢を整えたヒオリが、おもむろに挿入を始めた。
 わたしのひだを指で少し揉んで、左右へ開いて、勃起を真ん中に押し当てる――指よりもずっと熱いから、男のあれだとすぐわかる――くむ、くむ、と何度か力をかけて、入り口を押し広げる。わたしは呼吸を整え、背中をへこませて受け入れの姿勢をとる。
 ぎゅむ……と押し広げられたかと思うと、日向の石みたいに熱くて重いものが、下腹へぬりぬりと入り込んできた。
「セリ」
「んっ……」
 この瞬間は言葉がない。ヒオリの柔らかいものがかたくなって、わたしのかたく締まった肉が柔らかくなって、とろけ合い、からみ合いながら、呑みこむ。奥まで入れてもらうと、股の間、尻の中、下腹の奥に、ずっしりした安らかな圧迫感を覚えて、多幸感がどっと押し寄せる。
 内腿に汁がとろとろ垂れて膝まで濡れる。
「セリ!」
 ヒオリがまたか細い声を上げて、腰のくびれをぎゅっとつかんだ。指に容赦がない。勃起が貪欲に中をえぐる。
 入れるとすぐ出す子だってことは、もうとっくにわかっていた。
 びゅううぅっ、と栓が外れたみたいに噴き出してきた。二度目だけれど、関係ない。ヒオリが疲れるのは七回ごろからだ。
「っきぃ……っ」
 ずるるっ、ずるるっ、と粘っこく挿入を繰り返しながら、奥に当たるたびに、びゅるびゅると粘液を浴びせてくる。そうしながら、ぎゅっ、ぎゅっ、とせわしなく尻を揉み替える。こね回す。思い切り真ん中に寄せて、谷間をぐねぐねと勃起でこねるような真似をする。
 いやらしさがあんまり度を越していたから、わたしも思わず肩越しに叱った。
「あっ、遊ばないで、ヒオっ、リぃっ!」
「だってぇ、私のものなんでしょぉ……?」尻のあちこちに、ぬらぬらした熱いものがこすりつけられる。ヒオリがぬるぬるの男性器を一度すっかり抜き出して、精子を塗りつけている。「セリのお尻、すべすべでお肉たっぷりしてて、ほんと素敵なんだものぉ……このぉっ!」
「ひっ、やはぁっ!?」
 悲鳴が漏れた。興奮したヒオリが股からすくい出した汁を、手でわたしのあちこちに塗りつけたのだ。鳥肌が立つほどおぞましい。同時に寒気がするほど心地よかった。
「セリっ……!」
 すぐにも再度の挿入。今度は力強くて動きが大きい。わたしの腰骨を両手でぐっとつかんで、完全に自分のものとして前後に揺すりたてる。まだまだ硬さを失わない男性器が繰り返し何度も突き刺さり、すでに溶けているわたしの肉穴から、飛沫と泡を派手に飛び散らせた。
「ひっ、ヒオリ、やっ、加減、してっ」
「大丈夫、おなかは守るからっ」
 勢いよく何十回も運動を続けた末に、片手で腰を抱き、片手を前について、わたしの背中にぴったりと覆いかぶさった姿勢で、耳に頬ずりしてきた。
「セリ、好きよ、好き、大好きっ!」
「しながら言わないでよ、んっ、くぅぅぅっ……!」
 抗議の後半は、苦しい息になった。ヒオリが獲物を締め付ける大蛇みたいにぎゅうっと抱きついて、びゅくびゅく膣内射精して、こめかみにキスしてきたから。
「一生放さないっ……!」
「や……もうっ……!」
 下腹から頭の裏へさぁーっと白いものが駆け登って、突風を浴びたみたいに意識が吹っとんだ。自制をすべて捨てて、痙攣しながらこぼせるものを全部こぼした。
「ひあっ……ぁ……ぇっ……へ……」
 意識と記憶があいまいになった。それから延々と続いた交わりのあいだ、わたしは肌と毛布のこすれる手触りと、ひっきりなしに浴びせられるヒオリの愛の言葉と体液だけを感じていた。

「ねえヒオリ」
「ん?」
「あなた」
「なあに?」
「……なんでもない」
「ん、なんなの?」
 ヒオリが不思議そうに見下ろす。わたしは首を振って、狭い建物裏から見える狭い空に目をやった。さすがに、「あなた」にこめた意味までは説明する気になれなかった。
 口元も乳房もあそこも精液まみれだ。タイツだけの裸にされて、身を起こす気にもなれないほど徹底的に犯された。ヒオリのことをしつこいとか絶倫すぎるとか思うよりも、カピスタってすごいな、という単純な敗北の念が、わたしを浸していた。
 何度も思ったことだけど、わたしはもう、この先の人生でヒオリ以外のパートナーとは付き合えないだろう。
 でもカピスタはそうじゃないはずだ。多情の伝説が残るほどの種族なんだから。げんに、今までに何度も他の女の子に手を出した。この先もきっと手を出すに違いない。
 わたしはどこまでこの子についていけるだろうか。
 それがここ最近のわたしの、ひそかな心配だった。
 よその国と同じで、ネリド共和国の海軍でも、女同士の恋愛など許していない。軍艦に孕み女が乗ることも許していない。まわりにばれれば、わたしたちは引き裂かれる。
 そうなったらわたしはきっと生きていけない。
「セリ、そろそろ引き揚げの用意をしようね。大丈夫、こうなると思って用意しておいたから。綺麗にしてあげる……」
 水筒三本と手ぬぐい数枚が出てきた。いつぞやの島でしていたように、慣れた手つきでわたしの体を拭き始めるヒオリに、わたしは気だるくささやきかけた。
「ねえ、ヒオリ。開拓軍のことだけど」
「ん」
「何かあてはできた?」
「そうね……」
 ヒオリの手拭が肌をすべる。ふるふると肉を揺さぶるようにして丁寧に。
「頑張ってはいるんだけどね。将軍婦人や奥様方にお願いしたり」
「うまくいっていないのね?」
「ごめん……」
 ヒオリの顔が曇った。乳房を拭かれる。情欲の消えたヒオリの手つきは繊細で、安心できる心地よさがあった。彼女の表情には不安が浮かんでいたけれど。
 ガドリール要塞の対岸の町、サッコ・グロルには、植民地開拓軍がある。町を守り、ネリド共和国の版図を広げるための、有志たちの軍だ。そこは海軍よりもずっと規律やしきたりが大らかだ。女二人で暮らす方法も、あるかもしれない。
 わたしたちの教官であるヴィスマート弾道官がそう言っていた。その後、こちらへ到着してから、わたしたち自身もそんな話が事実に近いことを確かめた。
 でも、二人が開拓軍に入るには大きな問題が二つあった。ひとつは、わたしたちが制圧弾道官で、勝手に務めを放棄するのは許されないこと。もうひとつは、ヒオリ自身の気性だ。
 カピスタのヒオリは、じっとしていられない。わたしと同居して一戸を構えて子育てするなんてことは、できない。彼女はそうしてもいいと言ってくれているけど、それが可能だなんてわたしは信じていないし、そんなふうに守りに入ってしまうヒオリを見たくもなかった。
 処罰、追放、離別、流浪……わたしたちの前には不幸な未来がいくらでも広がっている。
 わたしたちの前に、幸運な未来などまるで見えない。
 今はそれを忘れて、二人でむさぼりあった。それだからこそ、狂おしくつながりあった。
 お互い、それがわかっていた。
 ヒオリがわたしのへその下へ手を進める。その外にいやというほど吐き出した白濁を拭き取り、さらに下の入り組んだ谷間の露まで、尖らせた指に巻いた布で丁寧にすくい出す。それが済むと、罪滅ぼしが済んだとでも言うようにほっとした様子で、まだふくらんでいない白い下腹に顔を寄せて、ふわりと口づけした。
「セリ……」
 それを見たわたしは、思わず本心と反対のことを口にしてしまった。
「無理しなくていいのよ、ヒオリ」
 彼女が振り向いた。わたしは発作のように言葉を連ねた。
「あなたはカピスタ。精力が有り余っているし、ひとところにじっとしてなどいられない。わたしなんかに縛られなくていいの。いざなったら好きにすれば――」
 片手を伸ばして、ヒオリが言葉を遮った。くすりと笑って、首を振る。
「弱気になっちゃったの? セリ。だめよ、そんなのじゃ」
 弱気?
 そうだ、わたし、気が弱くなっている。ヒオリに指摘されて、頬が熱くなってしまった。
 そんなわたしを見て、ヒオリがほがらかに笑った。
「大丈夫だって! 今はただの居候だけど、いまに住む場所も任務も見つかる。きっとなんとかなるわ! 学院でも、銀葉林でも、あの島でも、二人でがんばり抜いたじゃない!」
 ヒオリのその態度は、少しだけ、空元気が透けて見えていた。
 けれどもわたしには、そんな勇気のあることはとても言えないから、思わず彼女の手を取って言ってしまった。
「ヒオリ、ありがとう。本当に」
「なに、もう。湿っぽいんだから」
 笑うヒオリに髪をかき回された。

   2

 わたしたち、旧大陸のネリド共和国からやってきた人間にとって、新大陸は未知の土地だ。サッコ・グロルはネリドが新大陸に築いた最大の拠点だけれど、それでも町の中心の望楼から見える範囲の開墾地しか、知り尽くしたとはいえない。海に背を向けて半日も歩けば鬱蒼とした密林に行き当たる。その先は、道はおろかまだ地図も作られていない異境だ。誰も見たことのない財宝や奇観が待っており、これまでに片手で余る冒険家や探検隊が、偉大な成果を持ち帰っていた。
 だが、密林に踏み込んだが最後、何が起こるかわからないのも確かだ。これまでに消息を絶った探検隊は、実のところ生きて戻った隊よりも多いのだった。
 密林に踏み込まなくても、怪異は訪れる。
 そう話してくれたのはバスコという男だ。そう、わたしたちの古巣である、「絶え間なき西風号」の前檣当直員で、以前の旅の最中に親しくなった、実直な船乗りだ。
 西風号はわたしたちが落水した後しばらく探していたが、見つからなかったのでじきにあきらめ、サッコ・グロルへやってきた。そこで沿岸水測の任務を受けて短期の航海に出かけ、わたしたちが入港したのとちょうど同じ日に、戻ってきたのだった。バスコを始めとする乗組員の半分あまりが、泣いて喜んでくれた。
 そのバスコが、弾道術の訓練中に、わたしの後ろで言った。
「伐採場に毛むくじゃらが出るんだそうで」
「毛むくじゃら?」
 聞き返したわたしの目の前で、長棍が雄偉な弧を描いて、スパン! と支杖の天をさらった。鋼球がしゅうっ……と空気を裂いて飛んでいく。ヒオリが細い腰をひねり切って立ち、髪の毛がばさばさとなびいた。
「よう候!」
 合いの手を入れて弾の飛ぶ先へよく目を凝らしていると、前方の三角旗が、かすかに揺れたのが見えた。
「的ー中ーう!」
 わたしは節回しを付けて景気よく声を上げた。ヒオリは難しい顔をして「かすっただけ、次」と命じる。わたしは支杖の天に次の弾を乗せて、バスコを振り返った。
「毛むくじゃらがどうしたんですって?」
「へえ、その……」
「何かしら?」
 スパン! とヒオリが次弾を放つ。バスコは手元と前方の旗を見比べていたが、首を振って言った。
「サッコ・グロルの連中と酒盛りをして聞いた話でやす。開拓地の南西の伐採場に、夜な夜な怪しいものが出るそうで。毛むくじゃらで、恐ろしい吊り目の顔をしており、気味の悪い声を上げて飛びかかってくる」
「へえ、面白そうね」ヒオリが振り向く。「そいつは何をするの? 人を襲う? 家畜を盗む? ものを壊す?」
「人をさらいます。男も女も」それを聞いてわたしは身を硬くしたが、続きを聞いて息を吐いた。「しかし、何日かすると放してくれるそうで。わけのわからない呪文をむやみと浴びせられるが、ひどい乱暴はしないと。妙な話でしょ?」
「妙な話ね!」
「ヒオリ、次」
 訓練中だ。目を輝かせるヒオリにわたしは続きを促す。ヒオリは構え、撃つ。的中。また構え、撃つ。的中。
 バスコが話し続けている。
「人死にや、けが人が出ていれば開拓軍が動くんですが、まだそういう人間は出ていねえ。それでなくても開拓軍は今、北の川沿いに出る二本足の狼どもを追い払うので手一杯だ。『コバシリオオカミ』どもは呪文や奇声をあげねえが、一人でいる人間を噛み殺しちまうこともある、油断のならねえ動物です。それで毛むくじゃらどもが後回しになっている」
「命ー中ーう!」
 ヒオリの打球で、前方の三角旗を止める紐の片方が、とうとうちぎれた。くしゃくしゃと垂れ下がる旗を見て、わたしは声を張り上げた。
 バスコが眉間にしわを寄せて言った。
「あのう、セリさま、ヒオリさま。二百ヤード先の旗に当てるお二方の腕前には、恐れ入って頭もあがらねえんですが、三角旗を落としちまうのは、ちょいとまずいんじゃねえですかね……」
「え?」
 バスコは足場の端まで行って、眼下を指差した。
 そこはガドリール要塞の湾内に面した防御塔の上で、目の下には船溜まりがあって共和国海軍の軍艦が何隻も投錨している。その中の、「絶え間なき西風号」のメインマストのてっぺんに翻る三角旗を、わたしたちは狙っていたのだ。
 バスコが指差す西風号の艦尾楼で、黒い紳士服姿の小太りの男が、激しく腕を振り回して何やらわめいていた。あんな体型であんな服装をしている人物は、共和国海軍にも一人しかいない。西風号副長のダスティン卿だ。
 バスコが言いにくそうに言葉をひねり出す。
「三角旗ってえのはですね、その……軍艦にとってかなり大事な旗なんで……」
「そうなの?」 
「たとえばその、失礼な話なんでやすが、弾道官さまの皿型帽をあっしが払い飛ばしたら、セリさまやヒオリさまは、どう思われやすかね……いや、もちろんこれはたとえ話で、あっしは決して、お二方に手を出したりするつもりはねえです、はあ」
「わかったわ、バスコ! 三角旗を撃つのはやめるわ。ごめんなさいね」
 ヒオリがすっぱりと言って、長棍を腋に手挟み、バスコの手を取った。このたくましい体をした中年の船乗りは、今でもやはり女に慣れていない様らしくて、花の香りをほのかに漂わせるヒオリに握手されて、整った顔を寄せられると、真っ赤になって腰を引いていた。
「とんでもねえ、誰でも知ってることを言っただけで……」
 わたしは、さっきからのバスコの話の一部が気になっていた。
「ねえバスコ」
「へい」
「あなたさっき、恐ろしい吊り目の顔をした毛むくじゃらが、気味の悪い声を上げて飛びかかってくると言ったわね。もしかして……わたしたちはそいつらを、知ってるんじゃないの?」
「さすがセリさま。気づかれやしたか」
 嬉しそうな笑みを浮かべて、バスコは言った。
「町のやつらから話を聞いて、おれたちは思ったんでやす。その毛むくじゃらってのは、ウカニヤ族なんじゃないか、それもおれたちが銀葉林で出会った、あの部族そのものなんじゃないかってね」
「そこまで言い切るのは早すぎないかしら? ウカニヤ族が何千人いるかもわからないのに」
「何万人かもね。でも伐採所に出たやつらは、こう言っていたそうでやすよ。カッフォ ヒオリ エンルカッフォ カピスタ ヒオリ」
 わたしたちは驚きの目を彼に向けた。
 照れ性の船乗りが、日に焼けた顔をほころばせた。

   3

 ウカニヤ族のパシニアが近くまで来ている。ありえないとはいえない。銀葉林からこの金砂湾までは、陸続きで七、八十マイル。足のよいものなら十日もかからない距離だ。
 銀の髪と褐色の肌の美しい娘。彼女との別れは心残りなものだった。ぜひ会いたい、とヒオリは言った。わたしも同感だった。
 だが思ったからといって、すぐ出かけるわけにはいかなかった。わたしたちは以前西風号から落水したときに、軍籍を失ってしまったのだ。生還したら元に戻りそうなものだが、西風号艦長も、要塞司令のベケット総督も、いったん抹消した軍籍は復活できないと唱えて、戻してくれなかった。ことによると、そういう口実で、扱いづらい小娘たちを飼い殺しにしておこうという腹なのかもしれない。
 それでも一応、ここぞとばかりに身分を盾にして、権力者であるベケット総督に願い出てみた。
「伐採場で新大陸の怪しい者どもが狼藉に及んでいるという話を耳にしました。なにとぞ、わたくしたち制圧弾道官に、この件を調べさせてください」
 海軍軍服をりゅうと着こなして、見晴らしと風通しのいい要塞司令室に居座っている、壮年のベケット総督はこう言っていた。
「小娘のきみたち二人が制圧弾道官? ハハハハきみそりゃお飾りというやつだよ。王庁のお歴々のもったいぶりだ。軍艦のマストに見栄えのするペナントを掲げ、艦尾楼にはきみたちの古式ゆかしき皿型帽を乗っけておく――これだけでネリド海軍の格式が一段あがるという寸法だ。悪いことは言わんから、そのつもりでおとなしく突っ立っとりなさい。意気込んで勝手な真似をしたりせんでよろしい」
 まるきり子供扱いだった。
 仕方がないので、植民地開拓軍に加わったはずのヴィスマート教官に、助力を請う手紙を書いた。返事を待つあいだは待機するほかなかった。
 待つあいだに、ウカニヤ族のことに思いをはせた。
 数ヶ月前、わたしたちがナルカルベナ川の源流を目指していたときに、森の中で襲い掛かってきた原住民たちがいた。それがウカニヤ族で、わたしたちはその中の一人だったパシニアを捕らえて、行く手に待つはずの謎について尋問をした。
 そのとき初めて、本当に発情したカピスタがどれほど危険な存在なのかを、わたしは目の当たりにした。それまで女たらしめいたところのまったくなかったヒオリが(外向きには女として暮らしていたのだから当たり前かもしれないが)、パシニアと名乗った現住の少女を相手にしたとき、妖艶な手管を発揮して相手を手篭めにした。
 それは、いま遠く離れた金砂湾で思い出してさえ、頭がぼうっとしてしまうような光景だった。ふつうの女は、恋人がまぐわっているところを隣で眺めることは一生ない。しかしわたしはその機会を持ってしまった。
 ヒオリが女に種付けるときどう動いてどんなに恍惚とするのか。ヒオリにとらわれた女がどれほどたやすくとろけて、どれほど嬉しげに股を開くのか。それを正気のままで(とは言い難かったけれど)まざまざと見せられてしまった。
 それはうらやましくなる眺めだった。すでにヒオリとしたことがあったにもかかわらず、この人に抱かれたい、貫かれたい、という欲望が狂おしく湧き上がってくるほどの。
 しかしこれはおかしなことだ。ほんとうならあるべき感情が伴っていない。改めて考えたわたしは、疑問を抱いた。
 なぜわたしは、パシニアに嫉妬しなかったんだろう? 
 嫉妬とはどういうものか、いくら感情の表し方の下手なわたしでも知っている。好きな人が自分より他人のほうを大事にする様子があれば、身もだえするほど苦しいものだ。
 大事にしたわけではないからか。ヒオリはあのとき、土族の娘を完全にただの獲物、ただの牝として扱っていた。
 数日後、要塞の外壁沿いでまた弾道術の訓練をしているさなか――そういう名目なら、わたしたちは毎日でも会うことができる――わたしは遠巻きに見ている兵士や奉公人の娘たちに目をやりながら、小声でヒオリに尋ねた。
「ねえ、ヒオリ。聞きたいのだけど……パシニアにあれをしてしまったこと、あなたはどう考えているの?」
 それを聞くと、ヒオリは困ったような顔で言った。
「こういうとなんだけど、わたしはあの時、あなたにそそのかされてしたんじゃなかった? セリ」
「それは……そうだけど」
 言われてみればあのときは、わたしが場を支配していた。ヒオリはパシニアを責め立てるための道具の一つだった。
 道具だったから嫉妬しなかったのか? ……それも奇妙な気がする。まだ腑に落ちない。
 長棍を担いだヒオリが、気になる様子で尋ねる。
「もしかして、あのことを怒ってる? わたし、あのときパシニアを拒めばよかったの?」
「いいえ。別にあれでよかったわ」
 そっけなく言ってやると、ヒオリはちょっと寂しそうな顔をした。妬いてほしがっているのはお互い様、らしい。わたしは内心で笑ってしまった。
 それにしてもわからない……わたしはヒオリがいなくなることを恐れているのに、なぜヒオリの浮気は心配しないのか。単に危機感が足りていないのだろうか?
 その疑問への手がかりは、間もなく、とんでもない形でもたらされた。

 ある日の午後。練兵場での訓練を終えて、水でも浴びようと要塞の建物へ入ると、廊下の角で、わたしたちと同じ年頃の、質素な身なりをした可愛らしい娘が待っていた。
 要塞に何人かいる提督夫人の小間使いの一人だ。名前はフィアナという。わたしたちとは顔見知りで、ついさっきも近くで訓練を見物していた。
 先を行くヒオリが声をかけて彼女とすれ違った。そのあとにわたしも続いた。
「じゃあね、フィアナ」「あまりサボってると、奥様に叱られるわよ」
「あのっ、セリさま!」
 わたしが袖をつかまれた。足を止めると、金髪をお下げにした娘がヒオリとわたしを交互に見比べた。すうっと大きく息を吸って、緊張でかたかた震えながらささやきかける。
「セ、セリさま、お願いがあるんです。あたし……」
「何かしら?」
「あ、あたしも、セリさまみたいに、ヒオリま、ヒオリさまに、触れていただきたいですっ!」
 フィアナは顔を真っ赤にして、必死な様子でそう言った。
 このときわたしが、少しも驚いたり、動揺したりしなかったのは、後から考えれば相当おかしなことだった。なぜって、フィアナの言葉は、誰にも明かしていないわたしとヒオリの関係を、言い当てたものだったから。
 しかしわたしはそのとき、フィアナとヒオリを見比べて、なぜか深い自信と安堵を覚えてしまった。
 おかしなことをしているという自覚がまったくないまま、わたしはフィアナに微笑みかけて、その腕を引いてヒオリに引き合わせていた。
「いい子ね、フィアナ。よくわたしに話してくれたわ。――ヒオリ、いいかしら? この子」
「え? ええと、なに?」
 当のヒオリが一番わけがわかっておらず、一番まともだった。それを見たわたしは、こういうことになるとヒオリは頼りないんだから、と思いながらフィアナの肩を抱いて、ヒオリの前に立たせた。
「聞いていたでしょ? 触れてほしいんだって。物事の順序のわかってる子よ。身体のほうも――」
 わたしはワンピースと前掛けに包まれた彼女の身体つきを眺め、首もとと胸を手でなぞり、腰、尻をゆっくりと撫でた。わたしほどではないけれど胸はふっくらと育っているし、腰周りにもだいぶ肉がついている。小間使いは膝を震わせ、あごを上げて、切なそうに唇を噛んだ。
「――よさそうよ。たぶん、もう支度ができてる。さ、フィアナ。自分でお願いしてみたら」
 フィアナが一歩前に出た。口が渇いて声が出ないみたいで、こくっ、と唾を飲みながら訴える。
「ヒ、ヒオリ、さま。わた、あたし、何日も見てました。す……お……お慕いしてます。どうか、どうか……あ、あたしに……」
 そういうと、ブラウスのボタンを首からぷち、ぷちと外していき、止めようとする何かに抗うように細かく手を震わせながら、胸元を大きく開いて乳房を見せた。
 普段、大勢の人が行きかう廊下だ。今入ってきたばかりの入り口の向こうで、休憩中の兵士たちが談笑している。明り取りの窓から真っ白な日差しが注ぎ、石壁の角についたこすれ痕や、わたしたちの衣服の織目をまぶしく照らしている。
 それと同じだけ明瞭に、フィアナの少しほくろの散った初々しい鎖骨と、輪郭のくっきりしたまるい乳房と、つんと上を向いた硬そうな赤茶の乳首もさらけ出されていた。
 ヒオリはその胸に目を釘付けにされている。フィアナがその手をとりあげ、自分の乳房にふわりと置いた。
「して、ください。ください。ヒオリさまの……を……」
 その先を言わなかったのは、羞恥のためか、それとも具体的な行為をまだ知らないためなのか、わからない。
 でも、彼女がこみ上げる衝動のままに、若い心身のすべてをヒオリに捧げようとしているのは、誰が見ても明らかだった。
「……え……なに……」
 ヒオリは手を引くこともできずに、息を詰めている。言い切ったフィアナは、それだけで達成感に飲まれたらしくて、濡れた目でハッハッと息を荒くしている。わたしはいつもと同じことをしているつもりで悠然と見守っていた。
 つられたように、ヒオリがおずおずフィアナの背に腕を回した。ヒオリのほうが指二本分背が高い。フィアナは許婚の青年にでも抱かれるように、うっとりと身を任せている。わたしは後ろからそのあご下に指を入れて、そばかすの残る頬を撫でた。
「目を閉じて、フィアナ。力を抜いて。唇を開いて。ヒオリが入れてくれるわ。あなたの知らないものだけど、怖がらないでいいの、拒むことはないのよ。たっぷりと満たしてくれるものだから――」
「か……は……」
 娘が目を閉じ、桜色のやわらかな唇をうっすらと開いた。耳元でささやいてやる。
「キスは初めて?」
「は……い……」
「ですって、ヒオリ」
 わたしはぞくぞくとした喜びを覚えながら、ヒオリに笑いかけていた。
 共犯者の喜びというものだったと思う。
 ヒオリも、ふるふると震え始めていた。顔に上った血の具合で、わたしには彼女の興奮が手に取るようにわかった。舵を切りかけている。スカートの前がふくらみ始めている。彼女の瞳がさえざえと濡れて、後戻りできない行為に突っこもうとしている――。
 急にヒオリはフィアナの両肩をつかむと、「ごめん、またね」と硬い声で言って、身を翻して駆け去った。朦朧とした顔で突っ立っているフィアナを置いて、わたしはヒオリを追った。
「ヒオリ、待って!」
 なんて奥手なんだろう、わたしが許しているのだから手を出せばいいのに、と思っていた。
 だが、走って風を浴びていると、その考えがじょじょに消えてまともな思考が戻ってきた。
 わたしは今、何をやっていた? 何を考えていたんだ?
 通路の角を三つほど曲がって、人気のなさそうな螺旋階段にヒオリが飛びこんだところで、ようやく追いついた。「待って」と手を引いて足を止める。
 はぁはぁと息を切らせて、ヒオリが振り向いた。
「どういうつもりなの、セリ? 私を試す気?」
「待って」
 わたしも同じように息を切らせていたが、首を振って手のひらをつきだした。
「先に言わせて。ごめんなさい。おかしかったわ、わたし。いま走ってる最中に気がついた」
「おかしかった、ですって? あんなことされたら、私――」
「ええ、わかってる、だからごめんってば。あなた、その気になったら止まらないものね。それなのにギリギリで我慢してくれた。えらいと思うわ」
 そう言って、わたしはヒオリの手を握った。
「でも聞いて。今のは、わたしが仕組んだり、引っ掛けたりしたわけじゃないの。まったくの偶然。ただ、あの子がそばに来て、ヒオリが好きなんだなって察した瞬間に、なぜだか手伝ってやらなきゃって思ってしまったの。そうしたくなったの」
「引っ掛けじゃないですって? どういうこと?」
 一時高まりかけた情欲もさすがに醒めたらしく、ヒオリはいぶかしげに尋ねた。
「わからない……」
 わたしは首を振るしかなかった。
 そのあとヒオリと別れてから、別の場所でフィアナを見かけた。気まずかったが、わたしは彼女が一人であるのを確かめて、話しかけた。
「フィアナ、ちょっと。さっきのことだけど」
「あっ、セリさま?」
 彼女はうろたえて立ち去ろうとしたけれど、手を取って引き止めた。物陰へ連れこむと泣きそうな顔で首を振り続けたので、悪いようにしないとなだめすかして話を聞いた。
「どうして胸なんか見せたの?」
「あたし、あんなことするつもりじゃありませんでした。ごめんなさい、あんなこと二度としません」
「ヒオリが好きだっていうのは嘘だったの? いつも見てたでしょ」
「す、好きなのは好きですけど、ああいう意味じゃないんです。あたし普通の女です。同じ女に、あんなことしません」
「わかった、わかったわ、あなたはちゃんとした、まともな子よ。でもそれならなぜ……」
「わかりません。ただ、セリさまがそばを通ったら、すごく気持ちが高まって、抑えられなくなって。セリさまみたいになりたい、ヒオリさまのそばを歩きたいって思ったんです」
「わたしみたいって、どんなふう?」
「ええと……」
 問い詰めると、困惑してうつむいてしまった。どう言ったらいいのかわからないようなので、放してやった。
 その後しばらく、似たようなことが何度か起こった。少し前までごく普通の知り合いだった女性が、わたしとヒオリがいるところで急に発情したようになり、わたしもそれを止めるどころか、手伝うようなことをしてしまうのだ。その相手も年の近い娘だけに限らず、二、三歳下の小間使いや令嬢から、上は二十代の仕立て女や艦長夫人まで、年も身分も関係なく寄ってくるようになった。
 ヒオリは限界まで辛抱をしてくれた。植民地いちの美女だと名高い、グラガンス艦長の二十二歳の若妻、コリーナ夫人が迫ってきたときも、彼女を押し倒したりせず、どうにか取り繕って、その場を離れてくれた。
 その代わり、人目のない廊下に来ると、やにわにわたしを抱きしめて抵抗も許さず濃厚に唇を重ね、ひとしきり身体の谷間をまさぐってから、泣き言を漏らした。
「ごめん、セリ、身代わりにしちゃったわ。コリーナ夫人、あんまり可愛かったから。綺麗だったから。むらむらして、我慢できなかったの。今でも頭から離れないの。わかってくれる? あの人を断るの、どんなにつらかったか」
 わからないが、カピスタのその種のつらさを想像することはできる。まして、ついさっき夫人と同席していたときには、わたし自身が手を出せ手を出せとけしかけていたのだから、怒れるわけがない。逆に手を取って謝った。
「わたしこそごめんなさい、あなたがこらえてくれるのがわかってるのに、どうしてあんなこと言ってしまうのか……わたしにもわからないの。あなたの伴侶なのに」
 二人で涙ながらに謝りあったけれど、許せる許せないということよりも、こんなことが続けば先行きどうなるか、という考えがわたしたちをますます困らせた。
 どうもこうもない。いずれヒオリは我慢の限界を越え、近寄ってきた女たちを手当たり次第に犯し、責任を取るどころか説明もできない孕み女たちを、植民地じゅうにばらまいてしまうだろう。
 ぞっとする想像だった。
 解消できない欲望ばかりを煽られたヒオリは、徐々にやつれ始めた。わたしは気を遣って、ヒオリが少しでも求めるそぶりをしたときには、以前のように焦らしたりせず、できるだけの優しさで相手をしてやるようにした。しかし事態は快方に向かわなかった。わたしがヒオリといるときに別の女がそばに来ると、よほどの幼女か高齢でない限り、そわそわし始めてしまうのだ。
 ひとつわかったのは、ヒオリが一人でいるときにも誘惑はあるが、さほど強いものではなく「わたし・セリが一人でいるときのほうが、むしろ寄ってきた女がそわそわしやすい」ということだった。といって、わたしに懸想するのではない。わたしに影響されて、ヒオリに惚れていくのだ。
 わけがわからない。
 ヒオリはとうとう寝込んでしまった。わたしは看病をするから個室をくれと、ベケット総督に直訴した。まず医者に診せろというのが総督の答えだった。それは圧倒的に正しく、断ることもできないまま医者を呼ぶ話が進んでしまった。その流れで、わたしたちが無人島から助け出された際に、検疫を受けていなかったことが発覚し、わたしまで調べられることになった。とんだやぶ蛇だ。医者にかかったら、わたしの腹に父親のいない子がいることまで見抜かれてしまうかもしれない。そうなったら、軍務など二度と与えてもらえないだろう。
 わたしたちは真っ青になった。
 どうすることもできないまま、わたしたち二人は要塞内の病室に押しこめられた。ひょんなことで個室がもらえたわけだが、もはや喜べるわけがない。総督付きの個人医が開墾地に出て留守だとかで、代わりの医者が来るまで待たされた。わたしたちは重苦しい気持ちで、将来を誓い合った。
「セリ、忘れないでね。何があってもわたしはあなたの伴侶、必ずあなたのそばに戻るから」
「ありがとう。わたしもよ。たとえ本国に送り返されることになっても、絶対あなたのことを忘れない」
 寝込んだヒオリのそばに座って手を握り合っていると、ノックの音がして、扉が開いた。
「よろしいかな? ご無沙汰だね、セリ、ヒオリ」
 擦り切れたねずみ色の立て襟外套をはおって、むやみと大きな医療器具箱をぶら下げた、初老の男が入ってきた。どことなくユーモラスな禿頭を振り立て、口元には白いちょび髭と含み笑いをたたえている。
「ドクター・シフラン……」
 わたしは声を上げた。

   4

 シフラン博士は「絶え間なき西風号」の船医だ。医者であると同時に博物学者でもあり、ナルカルベナ川遡行の旅に同行した。道中では自然科学の好きなヒオリと気があって、何に付け議論を交わしていた。銀葉林でウカニヤ族との争いが起こったとき、流血を避けるためにわたしたちが一芝居うったところ、彼は特に打ち合わせもしていなかったのに調子を合わせてくれた。おかげで事態は丸く収まった。
 最近では、わたしたちが無人島から生還したとき、水夫たちが歓迎の宴を開いてくれて、そのとき彼もちょっと顔を見せていた。人垣が厚くて話すことはできなかったのだが……。
 ベケット総督が呼んだ代わりの医者とは、彼のことだったらしい。
「寝込んじまったそうだね、ヒオリ。どれ、ちょっと心当たりを話してみなさい」
 器具箱を床に置いて上着を脱ぎながら、博士がヒオリを見下ろす。わたしは彼の上着を受け取りながら、どうしようか考えていた。万事休したと思っていたが、この人なら、あるいは――。
 ヒオリと目を合わせると、彼女もうなずいていた。
 そして、驚いたことに、自分から秘密を告げてしまった。
「シフラン先生、先生を信用してお話します。私、実はカピスタなんです」
 わたしは息を呑んだ。同じカピスタであるヴィスマート教官とキャディのスワイニを除けば、彼女がそれを他人に明かしたことはない。
 どんなに驚くだろうかと博士に目をやった。彼はしごくあっさりとうなずいた。
「うん、知っていたよ」
 わたしたちはぽかんと口をあけてしまった。
「知ってらしたんですか……どうして。いつから?」
「いつだったかなあ。あのね、これは決して覗きや立ち聞きをしたわけじゃないんだが……西風号で本国からこちらへ来るときに、きみたちの声が聞こえたことがあったんだね。私の医務室は、きみたちの部屋の真下だったから」
 そう言ってから、博士はいたずらっぽくにやりと笑った。
「きみたちというか、ヒオリ、きみ一人だけの声が聞こえたんだ。セリはとてもよく寝ていたようでね」
 わたしとヒオリは顔を見合わせ、たちまち耳まで赤くなってしまった。
 こんなふうに言われるような機会は、一度しかなかった。ヒオリに自信を付けてやるため、わたしが眠り薬を飲んで彼女に身体を捧げた晩だ。わたしは処女で、しかもまったく意識がなかったのに、ヒオリは七度もわたしの体を貪ったのだった。
「あの翌日からきみたちはとても仲良く、元気になったね。いい関係を築いたんだろう。よいことだと思うよ。もちろん船長やダスティン卿には言っていないから、心配しなくていい。今回もこれが要るかね?」
 そう言って彼がポケットから取り出したのは、小さな茶色の瓶だった。あの眠り薬だ。
 わたしは頬が熱くてまともに顔を見られず、うつむいて首を振った。
「いえ、そうじゃないんです、わたしたちの関係は良好です。――あなたのせいよっ」
 言いながらヒオリの肩を小突かずにいられなかった。下の階にまで聞かれたなんて、どれだけ大声を上げていたんだろう。
 ごめん、とヒオリは脂汗をかいていたけれど、やがて思い切ったように顔をあげて言った。
「ご存知だったんなら、先生。やっぱり先生も……不潔だと思われますか。私たちが、女同士で一緒にいるのを……」
「不潔? 不潔か清潔か、そいつを調べるのが医者の仕事のひとつだね。見た目だけではわからない」
「そういう意味じゃなくて……」
「いやいや、わかっとるよ」手を上げてヒオリの言葉を遮ると、博士は目を閉じて腕を組み、ゆったりとした口調で言った。「きみらは迫害を恐れておるんだろう。少数者というものは、常に無知なものたちの偏見にさらされるからな。しかし知者はこういうことも知っている。王庁草創の功将である女軍師ザーディラは、男に組み敷かれることを良しとせず、双剣を振るう女闘士を幕屋に置いていた。またくだって近年では、大陸沿岸三千海里を精測した偉大な航海者シュヴァルスレーが、愛船黒あざらし号にひとりの見目麗しい少年をおいて、これを愛でたという」
「あのシュヴァルスレーが……?」
「誤伝だという人もいるがね。私は、情緒のある、よい話だと思う。そして今またここに――」博士は片目を開けて面白そうに言った。「蛮夷制圧の全権を行使する王庁の制圧弾道官が、秘めたる仲の片割れを連れて、新大陸に足跡を記したというわけだ。われらネリドに連綿と続く伝統なのだろうかね。いや、語り伝えたくなる話じゃないか」
「伝えないでください!」
 わたしとヒオリが口を揃えて言うと、はっはっはわかってるわかってると初老の医師は膝をたたいた。
「さて! そろそろ本題にかかろうか。きみらは自分から医者に見せずに我慢していたと聞いたが、それは関係を隠したかったからかな。それともヒオリがカピスタだからかな? どっちにしろ、今そんな心配はしなくていい。話してみなさい」
 ヒオリがほっとしたようにこちらを見た。わたしもうなずいた。この人なら信用してもよさそうだ。もとより選択肢などないのだが、ずっと気が楽になった。
「ヒオリ、あなたが話す?」
「ええ。……いえ、ううん、やっぱりセリが話してくれない?」
 ヒオリは気弱そうにベッドに体をうずめる。不調なのは彼女のほうなのだから仕方ない。わたしはシフラン博士に向き直った。
「実はカピスタというのは、とても精力の強い種族なんです。毎晩何度もせい、その、事をなせるほど強精で、しないと体調が悪くなってしまうんです。
「ふむ、男の若者と似ているのかな。それとももっと強いのか」博士は器具箱から大判の帳面を取り出して書付を始める。「常にそうなのかね。以前はどうしていた?」
「どう、というと」
「つまり、男ならマスターベーションをする。おのれの手でするわけだな。でなくても夜寝ているあいだにひとりでに出る。そういうのは、せんのかね」
「ひとりでに出ることもあります」
「なんで知ってるの!?」
 ヒオリが跳ね起きたので、しまった、と思った。ナルカルベナ川での行軍中に、下着から精液が飛び出すほどすごいヒオリの夢精を見てしまったのだが、本人には言っていなかった。
「まあいいじゃない……それぐらいわかるわよ、長い付き合いなんだから」
「私、セリに知られてないことがないような気がしてきた……」
「うむ、それで、今はそういうことがないのかね。あれば鬱屈も晴れると思うのだが」
 博士が巧みに話を戻す。この人の恬然とした、からっとした態度のせいで、わたしもだんだん、他人事を話しているような落ち着いた気分になってきた。
 今はないの? とヒオリに聞く。
 ヒオリはまた横たわって、目を逸らしながら「あるけど……収まらないの」と小声で言った。
「こちらへ来てから、より激しくなったということかね。強精料理や薬膳を食べたとか?」
「他の人と同じものです。いえ、こうなったのは理由があって……女の人たちがむやみやたらと誘惑してくるので、刺激されてこうなってしまったんです」
 ここまで話したら、最後まで打ち明けないと伝わらないだろう。わたしはフィアナやコリーナ夫人のことを、名前だけ伏せて話した。
 医者に解決できることではないと思ったが、事情を聞くと博士はいやに真剣な顔になって、目を光らせ始めた。
「なになに、ヒオリが一人でいるときはさほどでもないが、セリがいるとおかしなことになる? ふうむ、それは実に興味深い……」
 彼はしばらく考えこみ、器具箱から携帯用の医学事典を取り出してページを繰ったりしていたが、あるところで手を止めて食い入るように読み込んだ。
「ふむ……そうか……なるほど……」
 やがて彼は顔を上げて言った。
「セリ。きみはヒオリの子を腹に宿しておるな?」
 わたしは凍りついた。できればそれは言わないで済ませようと思っていたのだ。
 けれどもヒオリが答えてしまった。
「そうです。セリは私の赤ちゃんがいます。でも、どうしてそれを?」
「うむ、ちょっとね。思い当たることがあったので……」事典を手の甲で叩いて博士は言い、すぐ首を振った。「なぜセリが女性をひきつけるのか、もうちょっと考えてさせてくれ。今はこの場のことに立ち返ろう。新たな問題が起きたわけだからね。一にヒオリの体調について。二に、セリ。きみの体調もみなければならないわけだ。つまり、母体としての」
「……はい」
 来るべきものが来た、という気がした。いずれ誰かにばれることだ。博士がこちらへ向き直る。
「いつできたかわかるかね?」
「それは、はい。きっと銀葉林でです」
「ということは、今日が十五日だから、二ヵ月、三ヵ月……」指折り数えた博士が眉をひそめる。「もうだいぶたっているな。その割にはまだ腹が出ていないようだが」
「カピスタの子は、普通の赤ちゃんよりも育ちがゆっくりなんだそうです。別のカピスタのつがいから聞きました」
「なに、別のカピスタがいるのか!?」博士が驚愕して言った。「一時代に二人もか! これは奇なことだ。どこの誰かね?」
「すみません、今は話せません。その人にも暮らしがありますから」
「そうか。残念だな……」 
 そう言ったものの、すぐに気持ちを切り替えて博士は言った。
「ということは、人間の胎児の暦はあてにならんわけだ。母体の様子だけから、育ち具合を見きわめねばならん。うむ、きみは運がいいぞ。海軍には婦人の内診ができる医者なんぞ、私を含めて三人とおらんからな」
 そう言うと、博士は器具箱から薬瓶や銀色に光るヘラや、小型のバーナーランプなどを取り出し始めた。よく意味がわからないまま、「見ていただけるんですか」とわたしは訊いた。
「ああ、きみの心の準備ができたならね。それともヒオリを先にするかね? この子の不調も、直接見なければわからん」
「心の準備……というと」
「医者といえども服を着た患者は診られない、ということだ。しかるべき部分をこの目と手で診察するから、きみたちにはその部分を出してもらわねばならない」
 博士は口にマスクをかけ、ガラス瓶から自分の手に液体を垂らして、よく揉み合せる。ぷんと酢の匂いがした。
「こうして手を清浄にすると局部を傷めずに済む。つい昨年発表のあった最新手法だ。きみたち、心配は要らんぞ」
「自分の手で……?」
 意味がわかると、顔から血の気が引いた。そんなこと予想もしなかった。
「シ、シフラン先生。それはちょっと……」
「うん、待ってもいい。嫌だろうからな」小机に器具を並べてすっかり支度を整えると、博士はしんぼう強く言った。「よく想像してみるんだ。何ヵ月か先には、きみは股のあいだから、酒瓶よりも大きなものをひり出すことになる。そのとき、十分な備えと人助けがほしいかね。それとも、何も知らないままぶっつけでやりたいかね」
 わたしは自分のスカートに覆われた下腹を見下ろして、貧血を起こしそうになった。博士の言葉は不躾の極みだったけれど、それは確かに、わたしたちがこれまで考えないようにしてきた、現実そのものだった。
 すると、ヒオリが手を伸ばしてわたしの腕をやさしくつかんだ。
「セリ、がんばろ。あなたも私も、痛いことつらいこと、いっぱい乗り越えてきたじゃない。これぐらい平気よ」
 彼女の手の甲には、とげに貫かれた痕の星型のひきつれがいくつもある。ソックスに包まれた足の裏にもだ。そしてわたしは左足の骨を折った。医者も薬もない無人島でのことだったから、二人とも高熱を出して死線をさまよった。
 それから思えば、確かにヒオリの言うとおり、医者に診てもらえるというのはこの上にない福音に違いなかった。
「……わかったわ、シフラン先生、お願いします」
「よろしい、きみからだね。手洗いはいいかな、いい? ではヒオリ、ちょっと向こうを向いていてくれたまえ」
「いえ」わたしは博士の言葉を遮った。「この先もなにがあるかわからない。ヒオリ、博士と一緒に見て。そして万が一のときは助けて」
「う、うん……」
 ヒオリがうなずき、おずおずとそばにやってきた。

「ではセリ、下着を脱いで、そこに腰掛けてもらえるかな。両足を抱えこむようにして。そのまま後ろへ倒れるんだ。ごろんとね」
「は……ひ」
 声がかすれた。決心はしたけれども、それは普段なら決して従えないような指示だった。
 スカートに手を入れて、下着を下ろす。脱いだものを畳んでそばに置くのが、ひどく居心地が悪かった。ベッドに尻を乗せて、膝裏を抱えこむ。横に恋人のヒオリがいるけれど、正面にいるのはあかの他人の男だ。頭では正しいことをしているつもりでも体が納得せず、羞恥で胸がどきどきした。
「そのまま後ろへ」
 ごろりと倒れる。「セリ」とヒオリが片手で支えてくれた。あらためて彼女の存在を嬉しく感じた。
 天井を見つめて待つ。剥き出しにした股の部分が肌寒い。と、やにわにひやりとする濡れ布を局部にべったりと当てられた。
「ひゃっ……!」
「拭いてるだけ」
 耳元でヒオリがすばやく教えてくれる。濡れ布がぐにゃぐにゃとあそこ全体を撫で回し、それから指で尖らせた先が、谷間を何度かぬぐった。粘膜が強くこすられる。いつものヒオリのねっとりした愛撫とはまったく異質で、「ひ、ふぁ……」と情けない声を漏らしてしまった。
「きれいな色と形をしている。セリ、きみのはいいね」
「先生っ……そんなこと!」
 わざわざ言わないでほしい、と思ったが、博士は平静に付け加えた。
「病気の兆候がないということだよ、喜ぶといい。さて、少し奥まで入れるぞ。ヒオリ、こっちへ来なさい」
「あ……はい」
 ヒオリがベッドから降りてシフラン博士に並んだ。わたしは取り残されたような気分になった。
「セリ、深呼吸を繰り返して。痛くはないから力を抜くんだ。いいね……」
 入り口をかきわけて、ぬるりと指が入ってきた。ごつごつしているけれど、何か塗ってあるらしくて引っかかりはない。一瞬、危険なものに感じて、ギュッと下腹をびくつかせた。「力を抜いて……」と博士が繰り返したので、意識して股をゆるくした。
 異物が体内へ進んでくる。太くて強い男の指。触れ方も独特で、ねっとりしたいやらしさはまったくない。鼻や口に触れるのと同じ調子で、無造作に的確に入ってくる。きっとこの人は、自分で言ったとおり、腕のいい医者なんだ。
 けれどもわたしのそこはヒオリのものなのだ。ヒオリの愛撫と挿入ばかり何度も受けてきた。だからそこに触れられるとどうしても、ヒオリの熱くてみっちりしたものを連想して、腹の奥がぞわぞわしてしまった。
 それに内側をこすられると、尿意みたいなうずきが下腹でうごめいた。
「うっく……んっ……」
 声が漏れそうになり、たまらず右手を離して口を押さえた。博士が言った。
「もっと開いて。ヒオリ、足の片方を支えてやりなさい」
「は、はい」
 ヒオリの腕で、ぐいっと太腿を押し広げられる。なぜかそれで羞恥が倍も強まった。親にも見せたことのない場所を、二人がかりで覗きこまれている。涙がにじんだ。
 指がさらに奥へぬるりと入ったかと思うと、同時に別の手が、揃えた指先で強く撫でるようにしてへその下を押さえた。
 ぐっ、と下腹が上下から挟まれる。
「んあっ……!」
 声を押さえられない。ヒオリにしか許したことのない腹のいちばん深いところを、グッ、グッと何度も押しこまれる。差しこむような尿意が何度も襲う。おしっこが飛び出しそう――手洗いにいっておけばよかった。
 コリコリと触れられているのは子宮口だ。そこが子宮の下だとわかるのは、別のときにヒオリにさんざん責められたことがあるから。そこをヒオリのものでこね回されると、おぞましいほど心地がいい。でも今触れられても、よくわからない内部がごそごそするだけでなんの快感も起きず、異様な感じがした。
「先生……先生……」
「痛むかい?」
「痛くはないですけど……怖い」
「普段、こんなところを触られることはないからね。確かに手ごたえがあるよ。そのまま力を抜いていて……」
 指がぬるりと抜けたと思ったら、すぐに冷たく鋭い金属を刺しこまれた。ぱく、とこじ開けられる感触がして、奥に外気が入ってくる。感じたことのない異様な感触。
「ひっ……!?」
「大丈夫、見るだけだよ。息をして……ヒオリ、これをごらん」
「は、はい?」
 ヒオリはさっきから動揺しっぱなしのようだ。というよりも欲情しているのかもしれない。それは十分ありうる。悪いと思うけど、今ぐらいは我慢してほしい。
「もっと明かりが入るように、正面から覗いて……奥が小さく盛り上がっているね?」
「ええ」
「ここが赤ん坊の部屋の入り口だ。ピンクで綺麗なものだろう。これがだいぶ奥にあがって、堅くなっている……このあたりが充血しているね」
「ぼんやりと……赤いような」
「これは妊娠の兆候なんだね。確かにセリは妊娠している。おおよそ第十週から十二週……と言いたいところだが、実際にはその倍以上だから、やはり成長が遅いようだ」
「はい」
 ヒオリが生唾を飲んでいる。やっぱり興奮してるんだ。仕方のない子……。
 圧力がふっと消えて、冷たいものが引き抜かれた。それでも指と器具の圧迫感が粘膜に残っていて、ぐったりとしてしまう。もう抵抗の気力もない。
「セリ、もういいよ」
「は……はふ……」
「セリ」
 博士が手を伸ばして足を引っぱった。ふっと緊張が途切れて、わたしは無様にずるっとベッドの下へ左足を下ろしてしまった。股を開きっぱなしで、はぁはぁと小さく息をつなげる。ヒオリが気を利かせて、放心しているわたしの脚を閉じ、下着を穿かせてくれた。
「セリ、だいじょうぶ? おつかれさま」
「ん……」
 わたしの横に寄り添って手伝う。わたしは心のどこかが麻痺したような気分で、促されるままにお尻を上げて、ショーツを腰まで引き上げてもらった。その足元ではシフラン博士がまた瓶の液体を振り出して、揉み手をしていた。
 わたしはだんだん恥ずかしさを取り戻して、さりげなく膝を横へ向け、スカートを下ろして下着と腿を隠した。
 博士がこちらに目をやって、次はヒオリだぞ、と言った。
 ヒオリはうろたえた。
「えっ……もう少し待ってもらってもいいですか」
「手洗いかい? いっておいで。セリもそうしておくべきだったな」
「そういうわけじゃないんですけど……」
 ぎゅっとスカートの裾をつかむ。わたしは直感した。
「見せられないのね? 今は」
「うん……」
 ヒオリはぎゅっと口を閉じてうなずいた。博士がなおも言った。
「異常があるなら見ておいたほうがいいと思うが」
「そういうことでもないんですけど!」
「ヒオリ、落ち着いて……」わたしは彼女の腕に触れて、起き上がる。「見ていてわかったでしょ。先生に下心はないわ。笑ったりいやらしいことをしたりしないから」
「でも……」
「早い話が勃っちゃってるんでしょ? 構わないわよ、大体先生は男の人だから、自分のもので見慣れているわ。そうでしょう? 先生」
「きみも大胆なことを言う」シフラン博士は苦笑する。「だが確かにそのとおりだ。付け加えれば、海軍では女のものより男のものを見る機会のほうがずっと多い。扱い方はよく知っているよ」
「だそうよ、ヒオリ」
「先生は経験豊富でも、わたし、人に見せたことなんかないのよ……あなたを除けば」
 彼女のその方面の羞恥心は並みの女よりも強いらしかった。うっすらと涙すら浮かべている。可愛らしくて胸が痛んだけれど、いつまでも付き合っているわけにはいかない。ちょっとぐらいは仕返しのつもりもあって、わたしはわざと冷たく命じた。
「下を脱いで、わたしと同じようにして。大丈夫、見ていてあげるから」
「あなたに見られるとだめなんだってば……!」
 ヒオリはなおも言い返したが、わたしが眼鏡越しにじっと視線をぶつけると、おびえたように身をすくめて、スカートに手を入れた。
 やりにくそうにもたもたとショーツを脱いで、自分の後ろへ隠す。顔が汗ばんで光っている。両足を抱える仕草がひどくのろかったので、そばへ行って半ば無理やり寝かせた。
「手伝ってあげる」「待って、まだ、きゃっ」
 わたしはヒオリの股を開かせて、振り向いた。
「先生、お願いします」
「ああ……」
 博士が低い声で答えて、椅子をせり出した。わたしもヒオリの股を覗きこんだ。
 そこを見るのは初めてじゃない。なじみの場所だと言ってもいい。わたしが大好きな、ヒオリの急所。
 それは今、本人が心配していた通り伸び上がって、剥けている。ただ、成り行きが特殊なためか、いっぱいの硬さにはなっていなかった。せいぜい六、七割といったところ。
 それでもシフラン博士は「おお、これは若いな……」と目を細めて、そこに触れた。「ひゅ」とヒオリが息を詰めて身体をびくつかせる前で、引き下げたり軽くひねったり、くびれのところを覗きこんだりした。
 けれどもすぐに「健康な若者と変わらん、よし」と放してしまい、下のほうに移った。
「ヒオリ、もっと脚を開いて、お尻を持ち上げて。セリ、明かりを頼む……ほほーう……」
「ん……くぅぅ……ひぅ……」
 ヒオリの女の子の部分を、博士は男性器よりもよほど熱心に覗きこんだ。まずはわたしにやったように濡れ布で拭いてから、小壷のワセリンを指先に取って、ひだのひとつひとつを指で伸ばすようにして、目を皿のようにして見つめた。
「男と女がどのように同居するのか不思議だったが、こうだったか……セリ、見たまえ」
「は、はい」
「この入り口の左右にな、関節の腱に似た、コリコリした門のようなものがあるだろう。これがペニスの土台になっとるんだね。勃起が起こると、ここが充血して立派な上ものを支えるわけだ。そして……この内側にね」
「んぐぅっ……! は、博士そこだめっ!」
「おお、敏感だな。この陰唇の根元というか、内側のところに、この、ぷっくりとした袋状の部分がある。解剖できんので想像だが、ここが多分、男の陰嚢に当たるものだね。精液はふだんどれぐらい出るね?」
「かなりたくさん出ます」
 言ってからわたしは、はしたないことを口にしてしまったと思ったが、博士は「そうか、たくさん出るか……」とつぶやいて、指二本をそこへ差し込み、中をぐにぐにとまさぐり始めた。
「や……ちょっと……ひぁ、は、はふ……やぁ……」
 最初は純粋に嫌がっていたふうのヒオリが、膝をゆらゆら揺らして、腰をくねらせ始めた。感じ始めてしまったのだろうが、珍しいことに男の子のほうはさほど大きくなっていない。
 その代わりに、下側の隠れたひだを目に見えてぽってりと充血させ、濃厚な液をとろりとこぼし始めた。わたしにもあまり馴染みのない、甘酸っぱくてひどく女くさい香りを漂わせ始める。
「む……これは……すごい……」
 シフラン博士は目を見開いてヒオリの穴に指を出入りさせていたが、突然「んん!?」と声を上げて、立ち上がった。
「いかん。ちょっと失礼する」
 そう言うと部屋を出てバタンと扉を閉めた。
「ふぁ……なに……?」「さあ……」
 朦朧として胸を大きく上下させているヒオリに、わたしは首を振ってみせた。
 やがて扉が小さく開いたかと思うと、外から博士が手招きした。
「セリ、ちょっと出てくれないか」
「どうしたんですか?」
 何か悪い病気のきざしでも見つかったのだろうか。不安に思って外へ出て扉を閉めると、博士がため息をついて言った。
「すまん、欲情した」
「欲情って……」
「慣れているつもりだったのだがね。ヒオリに触れていたら興奮して、何年ぶりかに催してしまった。何しろ初めて見る種族なのでね」
「いえ……先生、それは」わたしには心当たりがあった。「先生のせいじゃなくて、カピスタのせいなんじゃありませんか? ヒオリの香りには、慣れているわたしでもあてられて、平気じゃいられなくなるんです」
「そうなのかね? でもきみは今平然としているな」
「それはたぶん、今のヒオリは女の子として発情いるからじゃないでしょうか。男を誘うようになってるんです。わたしは男のものはありませんから……」
「ほうほう……ほう! 女が相手のときは女を誘い、男が相手のときは男を誘うのか。筋は通っているな。非常に面白い。以前にもこういうことがあったかね?」
 学者だけに、何につけ例証がほしくなるらしい。わたしは首を振った。
「ヒオリはまだ処女です。男性と愛を交わしたことがない、という意味では。だから、今の考えはただの想像です」
「きみ一筋というわけか?」
「そういうわけでは……」ためらったが、言うことにした。「ほかに一人、女を犯したことがあります。最後まで至らなかったことなら、なお数回」
「つまりヒオリは、女としての経験が少なく、男としての経験が多いわけだな?」
「そう……いうことになりますね」
「なるほど。では、反復によって特質が伸びていると考えられないかな? きみと付き合うことで、雄としての能力が高まっているのだ」
「そうかもしれませんね。でも」わたしはさりげなく話題を戻した。「ひとまず、ヒオリの診察に戻ってもらえませんか? もうこれで終わりなんですか?」
「いや、まだだ。考るのは後にするか。しかしあの香りはなあ。無上の香気だが、学問にとっては敵だと言わざるをえんな……」
 博士は少し考えこんでいたが、後ろを向いてなにやらもぞもぞやった後、マスクを盛り上がらせて、「多分、これでいい」と言った。鼻紙でも詰めたらしかった。
 部屋に戻ると、博士はほぼ調子を取り戻して内診と問診を進め、ヒオリのあそこを調べつくして診察を終えた。
「二人とも、喜んでいいよ。婦人の病気や熱帯の悪疫の兆候は一切なかったからな」
「悪疫も、ですか?」
 さっきのわたしと同じようにぐったりしてしまったヒオリに、毛布をかけてやりながら、わたしは聞いた。博士はうなずいた。
「水兵たちが何人か、かかっている。こちらの陸地にはネリド人にとって危険な病気がいくつかあるらしい。それに引き換え、きみたちは無人島で大怪我までしたのに、ピンピンしておる。よくよく運がよかったな」
「それはどうも、ありがとうございます」
 わたしは礼を言ったが、気がかりは残っていた。
「それで結局、ヒオリの病気にはどうしたらいいんでしょう?」
「それが残っていたか。原因がカピスタの特質であり、女と交わることで男の能力が高まったためなら、解決法はいくつか考えられる。ひとつは、男と交わることで女の体質を取り戻すというものだ」
「それは……ちょっと」
「うむ、きみは大いに気にいらんだろうな。では二つめ、気が済むまで女と交わって発散する」
「それも難しいですね」
「だろうね。すると三つ目しかないことになる。女のいない環境へ移って、刺激をなくすのだ」
「それしかないか……」
 わたしは唇をかんだ。結局、振り出しに戻ったことになる。わたしとヒオリ二人で逃げるのが一番だというところに。だが、その暮らしではわたし自身が重荷になる。
 一体どうしたらいいんだろう?
「わたしたち、植民地開拓軍に移れるよう、総督にお願いしているんです。そこなら少しは解放的だろうし、蛮夷制圧という任も果たせるだろうと思って」
「悪い考えではないが、集団で動く軍人には喜ばれないだろうね。ことに、弾道術の実際を見たことがない者には」
 それを聞いてわたしは肩を落とした。博士は慰めるように言った。
「当座は、他の人間とあまり出会わないようにしていれば、ヒオリの鬱屈も減るだろう。いま君たちはどこで寝起きしているんだね?」
「別々です。ヒオリは総督夫人のところに間借りしています。わたしは大部屋で」
「いかんね。せめて二人一緒に住むべきだ。総督に一筆書いてあげよう」
 それはこの日もっともありがたい一言だった。わたしは思わず博士の手を取った。
「助かります……! ありがとうございました、先生」
「いやいや、わたしのほうこそ頼りにしてもらって嬉しいよ。それじゃ、また何かあったらいつでも呼んでおくれ」
 そう言うと、シフラン博士は道具を片付けて、あっさり帰っていった。
「はあ……」
 あとに残されたわたしは、一仕事終えた気分で息をついた。
 考えてみれば、こちらへ来てから初めて、腹を割って誰かと話したのだ。すっきりするのも当然だった。
「セリ」とベッドのヒオリがわたしの手を取った。見れば、わたしよりも疲れたような弱った目つきになっている。わたしはその頬を撫でてやる。
「つらかった? さっきの」
「つらかった……なんだかいつもと違ったの。違うところがむずむずしちゃって……うう」
「わたしもちょっと……かな」
 つぶやきながらわたしは扉へ目をやった。ここは総督付きの医師の部屋だけど、その医師は今、外出している。いきなり帰ってくることはないだろう。
「ねえ、ヒオリ」
 わたしは毛布に入って彼女の隣に仲良く並んだ。スカートに手を入れて、あそこへ持っていく。ショーツの中に入れ、秘密のものに軽く触れる。
 ヒオリの男のものは柔らかく縮こまっていた。彼女が戸惑ったように身動きした。
「待って……今は、そういう感じじゃ」
「わたしたち二人とも、触られちゃったわね」
 男のものではなく、その下に谷間へと指を進めてやった。「あ」とヒオリが喜びの声を上げた。
「こっちなんでしょ? 今してほしいのは」
「ん……うん……」
「わかるわ。わたしもだから」
 わたしはヒオリの手を取って、自分の股へ誘った。意図がわかると、ヒオリは自分から手を伸ばして、わたしのそこに指を入れてくれた。
 つぷ、くちゅ……と細いしなやかな指が食いこんでくる。小さな粒を挟む。丘全体をやわやわと揉む。「あは」とわたしもヒオリと同じ声を上げる。博士の指は感情がなさすぎた。わたしたち二人とも、これぐらい淫らな指のほうがいい。
 毛布の中、並んでまさぐりあう。じきに下着を下げ、向かい合った。ヒオリがわたしの眼鏡を外す。口付け、頬の撫であい、交差させた手であそこの奥の探りあい。
 いやに胸がどきどきした。いつもと違う。していることと、されていることがすっかり同じ。わたしが二本指でかき回せばヒオリもくちゅくちゅとかき回してくれる。ヒオリが立てた指で引っかいてくれば、わたしも立てた指でくりくりといじってやれる。
 とても奇妙な気持ちになってきた。このひと、わたしに注いでくれる雄でも伴侶でもない。弾道院で一緒に学んだ同級生の女の子だ。同性だ。
 わたし、してはいけない相手としている。
 違う。自分と同じ子に、よさを教えてあげてるんだ。
「ここぐりぐりされると、とてもいいのよ……」
 猫のあごを撫でてやるような手つきで、差し入れた二本指をやわやわと動かした。ヒオリの穴の内側はわたしと違って、天井にぎっちりと張り詰めた熱いものが居座っていた。さっき博士が言ってた、男の子のものだ。
 ヒオリの女性器を愛撫してやるということは、同時に男性器を根元の内側からなぞってやるということだった。ぞくっ、ぞくっとヒオリが派手に震えて、わたしの耳元で声を垂れ流した。
「セリっそこぉっ……!」
「わたしも続けて……」
 沸き起こる快感をぶつけるみたいにして、ヒオリがわたしの中を激しくまさぐる。わたしはそれを同じ仕草でヒオリに返す。増幅に増幅を重ねる循環。たちまちわたしたちは二本の丸太みたいに体をこわばらせていった。毛布の中に汗と粘液の甘酸っぱい熱気が充満する。肩を動かすと甘い津波みたいに首もとからあふれ出してくる。
 じわじわと高まり続けた快感が、急角度で跳ね上がる寸前、わたしたちは同時にささやいた。
「セリだめっ……」「ヒオリ、だめっ!」
 手を止める。キスしたままの舌も止める。はじけて飛び散る寸前の身体二つを、ふるふる痙攣しながら押し当てている。
「出ちゃうから……中べとべとになっちゃうから……待って……」
「わたしも……お……出ちゃうからっ……!」
 なんてまずいことになったんだろう、とわたしたちは思った。支度をしてから始めればよかった。このままだと中を汚してしまうから、ここで切り上げて、身体を冷まさなければならない。
 でも。
 互いの一番心地いいところに指を突っこんでいるのに、引き返せるわけがなかった。
 何かのはずみにヒオリが指先で粘膜を撫でた。じんっ! とすごい波が下腹に広がった。わたしも同じようにして応えた。指先をほんのかすかに動かしただけでヒオリがびくっと暴れる。楽しい。嬉しい。すてき。
 後先なんか考えていられない。
 なし崩しに激しいまさぐりあいに突っこんでしまった。ヒオリの前のこわばりを握り締めながら、伸ばした指で内側をまさぐる。ヒオリがわたしの中をぐちゅぐちゅとかき回しながら、母指球で恥骨の上のぱんぱんなところをぎゅっぎゅっと揉みこむ。
 言葉を掛け合う余裕もなかった。
 唾液の音を立てて舌を吸いあいながら、わたしはヒオリの指任せに絶頂へ突っこんだ。股と下腹をぶるるっ、ぶるるっと心地よく震わせて、我慢していたものを思う存分注ぎこぼした。
 ヒオリも、達した。それはもうよくわかった。いやいやをするように身をもがかせながら、わたしの指を飲み込んだ管をきゅうっ、きゅうっと派手に締め付けていた。
 その締め付けで搾り出されたらしい、彼女自身の白濁が、わたしの手首から腕の内側をびるびると濡らすのを感じた。ヒオリの瞳は涙まみれにとろけて、泣いているみたいだった。
「やぁぁ、もおぉ、だめって言ったのにぃ……」
「ヒオリ……少しはすっきりした?」
「どろどろよぉ、セリぃ……」
「ごめん、ごめんね、わたしも今、下びしょびしょ……」
「うん、うん、出てる……」
 ヒオリの手は、流れを止めようとするみたいに、べったりとわたしの股間にかぶせられている。
 そんなものではもちろん止められない。わたしは彼女の手のひらに、熱い水を音を立てて注ぎかけ、その感触を楽しんでしまった。

   5

 医者の口ぞえとはありがたいもので、翌日には転地の必要が認められて、わたしたちは二人そろって要塞と開拓地とのあいだにある、金砂湾に面した見張り小屋に移れることになった。わたしはシフラン博士に謝意を伝え、また総督の個人医にも、こっそり処分してしまった毛布の代金を匿名で返しておいた。
 見張り小屋というのは、この地にまだ要塞がなかったごく初期に、夜間、岬の岩場をありかを示す灯火が灯されていた小屋で、今ではその役割は要塞の大灯台に移った。小屋の前には昼も夜も多少の人の往来があるが、みんな通り過ぎるばかりで足を止める者はおらず、わたしたちはすぐに気に入った。
 そして久しぶりに、二人だけで邪魔の入らない数日を過ごした。
 しかし五日もすると、体調の戻ったヒオリがそわそわし始めて、町や要塞にも足を伸ばすようになった。しかしそれでわかったのは、町でも要塞でもやることがないという、以前と変わらぬ事実だった。
 小屋から要塞までは歩いて一時間ほどかかるので、総督へ直訴へ行くのも前ほど簡単ではなくなった。また、許可がなくても町へは行けるが、弾道官として何かを要求することは許されない。船乗りたちや、毎週のように到着する着の身着のままの移住者たちと同じように、自腹を切らなければ水も食べ物も手に入らない。そしてわたしたちの会計は総督の手に握られている。
 なんのことはない、飼い殺しがそのまま続いているのだった。
「セリ、森へ行かない?」
「だめ」
 こればかりは許すわけにはいかなかった。新大陸の密林は、完全装備の探検隊でも苦労する魔境だ。わたしとヒオリの二人だけで入っていったら、三日を生き抜くことができるか怪しいものだ。
 そうすると、あとはもう、行けるところは一ヵ所しかない。
「みんな、元気でやってる?」
「おお、ヒオリさまだ」
「セリさまも」
「相変わらずですぜ! むさくるしくて暑苦しいばかりで!」
「上がってきたら食っちまいますよ?」
 小船をつかまえて、湾内に錨を下ろしている「絶え間なき西風号」に遊びに行くと、水兵たちは歓迎してくれた。じっさい、西風号はここに到着してからずいぶんたつのに、いまだに次の航海に出ておらず、彼らは暇を持て余していたのだった。
「そういえばみんなは、ここで一体何をしているの?」
 主檣前に思い思いに座りこんだ水兵たちに尋ねると、彼らは決まり悪そうに笑みを交わした。あまりおおっぴらに言えない事情があるらしい。バスコがそばへ来て教えてくれた。
「銀葉林を出るときに話したでしょう。おれたち、ここで金を掘ろうと思っていたんすよ」
「そうだったわね、たくさん取れた?」
「それが、掘りに行くどころか、陸にもろくに上がらせてもらえねえ始末で。艦長たちはこのまま沿岸警備の任務につくって言うんだが……おれたち、約束が違うって抗議してるんでさあ」
「みんなで?」わたしは驚いて男たちを見回した。「それは反乱じゃないの。そんなことをが許されるの?」
「しーっ」バスコは口に指を立てる。「反乱じゃねえです、交渉、と言ってくだせえ。向こうもまだすっかりダメだとは言ってねえんだから」
「ああ、反乱ということになると、他艦の兵が入って何もかもぶち壊しになるから――」
 あっけらかんと言おうとしたヒオリの言葉を遮るように、「いやいやいや」「ヒオリさま」と何人もの水兵があわてて声を上げた。
 船乗りは目も耳もいい。すぐ近くに停泊している他の艦を気にしたのだった。
 そのあとでカーマイン艦長や副長のダスティン卿に挨拶すると、同じことを反対側から見た意見を聞かされた。つまり、自分たちは乗組員の指揮に失敗しているわけではない、ただ沿岸警備のための練度と士気を高めるためにここにいるのだ、というような話だ。
 四方山話と、体裁をなんとか取り繕った会食をして、わたしたちは陸に戻った。小船の上でヒオリが言った。
「西風号も私たちと同じみたいね。したいことがあるのに、許されていない……」
「その対比はどうかと思うわ、ヒオリ。彼らはしなければならないことを、我欲で曲げているのよ。わたしたちは王庁の法意に基づいてしなければならないことを、総督の都合で曲げられているんじゃない」
「でもね、セリ。そもそも王庁の法意とは何かしら? ネリドという国が海を渡ってこの地に足を伸ばしたのは、我欲ではないの? ここにあるのは、みんなの我欲だけなのかもしれないわ」
 何か言い返したかったけれど、言葉が出てこなかった。それは、わたしやそのほかの人間たちが、はなから暗黙のうちに認めて、あきらめていることだった。けれども黒髪の細身の娘にだけは当たり前でもなんでもなく、真面目な悩みの種になってしまうのだった。
 純粋な子なのだ。
 こんな子が本当に力を発揮できるのは、それこそ三百年も前の、王庁時代だったのかもしれない。――その夜もまた飢えたヒオリにかき抱かれながら、わたしは漠然とした悲しみを覚えていた。ネリドの大陸探査の先達となって、小勢で山を越えていくのなら、この子は本当に役にたっただろう。しかし今ではダスティン卿やベケット総督、そして共和国議会の支配する強力で大きな人の集まりが、新たな辺土を波のようにひたしてもぎとっていく。
 そこで顔と名前のある弾道官一人が鋼球を飛ばしたとて、どれほどの意味があるのか?
「セリ……セリ……セリ……」
 お互い一糸まとわぬ姿で、向かい合わせに腰掛けて、肌にふれあい、身体の中心をこね回す。ヒオリがわたしの背中をしっかりと抱きしめてうめく。
「いきたい、私いきたい、いきたいよぉ……」
 乳房と腋を無心になめ回しながら、わたしの肉の奥に、針のように鋭い流れを何度も打ち込む。
 熱い息を交わしながらも、どこへ、とわたしは聞き返したくなる。
 どこへ行くの?
 すべて終わると、身体を洗いに行く気力が起こるまでの少しの間、どろどろのまま抱き合う。わたしは、つとめを終えておとなしくなったヒオリのものを口に含んで、舌で包んでやりながら、ささやく。
 あなたはいま何のためにいるの?
 答えはない。
 ひょっとしたらこれから五十年、わたしたちはこの小屋で暮らすのかもしれない。そう思った。


 そんなどろりと爛れたような暮らしが一変したのは、移り住んでから半月ほどたってからのことだった。
 ある朝早くに小屋の扉が激しく叩かれた。ドアをあけたわたしが目にしたのは、以前とは別人のような軽捷な戦士の姿をした、獣の耳の少女の姿だった。
「スワイニ……? どうしたの?」
 小柄な身体をしっかりと皮の防具で覆ったキャディの少女は、担いできた犬足棍を肩に担いで、ぴしりと陸兵式の大敬礼をした。
「ランドロミア女伯爵ヴィスマート卿より正式のご下命です。現在、植民地開拓軍は、攻撃的な原住民五百を追って北西方向ニギンの谷に進撃し、そこで拮抗状態になりました。ついては弾道官ヒオリとキャディのセリに、斥候として大至急参上してもらいたいとのことです」
「ヴィスマート教官が!?」
 開拓軍にうまく入り込んだことは知っていたけれど、だいぶ多忙になったらしくて、ほとんど便りを寄越してくれなかった。わたしたちを孤島から救い出してくれた恩人だから、助けに行くのに否やはないが、とにかく何も知らなかったので、驚いてしまった。
「ヴィスマート教官が!?」
 あとから出てきたヒオリが、わたしの横から顔を出して同じことを言った。
「教官は大丈夫なの? スワイニ、あなたは? もうおなか出てきたんでしょ? ちょっと、それ血じゃない!」
 ヒオリがかがみこんで彼女の頬の赤いしずくを拭こうとすると、スワイニはうるさそうに首を振って払いのけ、必死の形相で言った。
「あたしはぜんぜん大丈夫です、まだこれから要塞へ行って、総督に援軍のお願いをするんです。でも援軍を出すには準備が要るから、出てくれるまでお願いしなければいけないから――」
「それまで教官は大丈夫なの?」
 わたしのひとことは失言だった。不意に、スワイニが幼い顔をくしゃりと歪めて、目に涙を浮かべた。
「大丈夫だって、大丈夫だって、ヴィーさまがおっしゃったんです! だからあたしそれを信じて、急いで走ってきて――でも、やっぱりあれは――」 
 目の端からぼろぼろと滴がこぼれ始めて、スワイニは続けられなくなってしまった。わたしは動揺する。なぜそんなことに? これまでウカニヤ族がちょっかいを出したり、医者が呼ばれたりといったことは聞こえていたが、開拓地の状況はそんなに悪いことになっていたのか?
「ヒオリ……」
 どう思う、と振り向いたわたしは、口をつぐんだ。
 ヒオリの顔つきが、見たこともない厳しいものに変わっていた。
「――スワイニ、総督へのお願いは一度でいいわ。一度でだめなら意味がない。伝えたら、すぐにこの小屋へ戻って、ここで待っていて。わたしたちは西風号へ行ってくる」
「ヒオリ、なんのつもり?」
「西風号のみんなは、やることを探してる。立派な建前があって、大きなご褒美があって、思い切り暴れられることを。それを与えてあげるの」
「水兵たちを連れ出すつもり? そんな、無茶だわ。艦長たちがなんていうか――」
「艦長がなんて言ったって構わない。私が行くって言うの。そしてみんなに来る? って聞くの。それでみんながこないと思うの?」
 さえざえと輝く彼女の瞳に、わたしは飲まれてしまう。
 かと思うとヒオリはにっこりと笑う。明るく、力強く。
「我欲でない王庁の法意なんてものがもしあるなら、それを持ち出せるのは、きっと今の私たちだけよ。わたしたちと、西風号と、みんなで教官のいるところへ行ってみましょ? そして、何ができるのか見てみましょう。スワイニ、いいわね?」
 スワイニは話の途中から目をいっぱいに見開いており、ヒオリが目をやると、一も二もなく、こくこくとうなずいた。
「ヒオリさまはやっぱり、ヴィーさまと同じ……わかりました、大急ぎで行ってきます!」
 そう言うとすごい勢いで要塞への坂を駆けていった。
 呆然としているわたしの肩を、ヒオリがぐっと握る。
「さあ、行こうよ、セリ。それともここに五十年先までいる?」
「――まさか」
 わたしは見張り台へ駆け上がった。西風号の小船を呼び寄せるために。


   ――カピスタの艶めく眼差し 密林弾道三〇〇ヤード(中)へ続く





note:
 これまでの本文中、ヒオリの瞳は黒という表記と青という表記が混在した。
 青が正。
 今回で最終回にするつもりだったが、長引いてしまったので分割。
 次で終わります。
(2012/09/10)