カピスタの靭き針


 セリの腕をつかみ、放り投げるようにしてベッドへ倒した。どさり、と柔らかなクッションに柔らかな体が沈む。間をあけずに馬乗りになる。おおきな胸をわしづかみにする。
 制服の下に、ふわりとした肉の感触。セリは下着をつけていない。
 細かい震えのような波が、指先から背筋へぞっと走る。
 そのまま、波は腰へ。腰の奥へ。
「はっ、はっ、はぁっ」
 私は夢中になって、せわしなくセリの体をまさぐる。胸の上の重たげな乳房を、細く引き締まった腰を、しっとりとして冷たい首筋を。
 セリは抵抗しない。呼吸に合わせて、かすかに胸を上下させている。私の下で、静かに待ち受けるだけの肉になっている。
 ううん。
 肉に、なったつもりでいる。
「はぁ、はぁ、は……っく」
 這わせた手を首からあごへやり、ふっくらした下唇を親指でキュッと引いたところで、目があった。
 セリの青い目が、眼鏡越しにじっとこちらを見ていた。
「う……く……」
 途端に、私はすくんだ。腕がすくむ、肩が縮む。今まで彼女に浴びせられた、数限りない冷笑と軽蔑の言葉が脳裏をよぎった。消え入りたいような恥ずかしさが背中を滑り降りた。
 おなかの底に湧き始めていた熱いものが、水をかけられた小さな火のように、跡形もなく消えてしまった。
 私はセリの頬に手を手を当てたまま、凍りつく。
 その瞬間、私はよっぽどひどい顔色をしていたんだろう。しばらくして、セリがそっと腕をあげ、私のこめかみに伸ばした。ぽっ、と熱い指先が触れる。
「ひどい汗」
「……」
「これでもだめなの?」
 セリはいつもほとんど表情を変えないから、感情が読めない。でも、セリの体はいくらか正直だ。彼女の指がこんなに熱いのは、彼女の心が本当に熱いときだけ。
 多分、セリは本気で私を受け入れてくれるつもりなんだろう。
 でも私は、それが演技かもしれないというわずかな可能性を、頭から消せなかった。
 セリがさりげなく、私の股間に手を伸ばす。さわさわと控えめな感触。私はキュッと目を閉じる。――でも、以前のように快感に溺れられない。
 指が怖い。
 私は腰を引いた。セリも手を引いて、つぶやいた。
「本当だわ。……あなた、本当に勃たなくなってしまったのね」
 そのひとことで、私は体重が倍になったような気がして、ベッドに手を突いた。
「そんなにわたしが信用できない? あらがわない、見下さないと言っても?」
「そんなこと言って、何度私をだましたと思ってるの? 私がその気になって、我慢できなくなって、はしたなくおねだりをした途端――虫でも見るような目であざ笑うのがあなたじゃない!」
「そんなの、あのことの前からじゃない」
 セリはこともなげに言い放つ。途端に私は、自分が愚かなことを言ったような気分にさせられて、首をすくめる。
「そ、そうよね……馬鹿にされてるのは前から、か。私が気付いてなかっただけ……」
「ヒオリ、そうじゃなくて……もう」
 セリはため息をついて、言う。
「どいて」
「う、うん」
 私ははじかれたようにセリの体から降りる。もともと、彼女を押し倒したのも、彼女がしていいと言ったからだ。そうでもなければ、今の私には、とてもそんなことをする勇気なんかない。
 ところが、私がわきにどいてもセリは身を起こさず、ぐるりと体をこちらに回して、猫のような姿勢で顔を近づけてきた。私の腰に両手を回して――口を、うっすらと開ける。
「舐めてあげる、と言ってもだめ?」
 うすい艶の光る、湿った唇を開ける。中に白い歯が隠れている。唇よりも、その歯が私の目に入った。ハマンズダート学院の裏山で知った、唇の甘美な感触よりも、その歯の硬さが怖かった。
 私は、迫るセリの顔を押し戻した。
「だめ……こわい」
「なんてこと」
 セリが体を起こした。その顔は苛立っているように見える。彼女を不愉快にさせたということが怖くて私はさらに身を縮める。顔を覗きこむようにして言う。
「ご、ごめんなさい。セリが悪いんじゃないから。私がだめなだけ、ね、気にしないで?」
「ヒオリ、やめて。卑屈よ」
 視線が刺さる。私は息を呑む。
「ごめん……なさい……」
 思うように自分を出せずに責められ、責められたことでさらに萎縮する。いまの私には、この繰り返しから逃れる方法がわからなかった。
 セリは、そんな私をじっと見ていた。それから立ち上がって、シーチェストに近づいた。乗せてあった小さな茶色の瓶を手に取り、ためつすがめつ眺めながら言う。
「これがシフラン船医からもらったお薬?」
「ええ……睡眠薬」
「飲んでるの? よく効く?」
「だいぶね。飲むと五分もたたずにぐっすり。翌朝少し頭が痛むけど、それをもらうまでは一晩ぜんぜん眠れないこともあったから、まだまし……」
「制圧弾道官が、ひと一人処刑しただけで不眠症になるなんて、いい恥さらしよね。――おまけに、不能にまで」
「……」
「弾道官失格だわ」
 言葉もない。恥ずかしい。顔が火のように熱くなる。
 だけど、そう言われても、どうにかなるものじゃなかった。この心細さ、孤立感……。
「でも、わたしの責任でもある」
「……え」
 私は顔を上げた。セリが薬瓶を胸に抱いて、ひとりごとのように言った。
「キャディの立場は弾道官を補佐すること。なのにわたしはそれを怠った。正直に言うと、遊んでいたわ。あなたをいじめるのが楽しすぎて、あなたが可愛すぎて」
 何かを決意するように、こくりと一つうなずいて、セリが振り向いた。
「謝るわ、そして務めを果たす。わたしはあなたに信頼されなければ。あなたに実力を出させなければいけない。だから……」
 止める間もなかった。セリは小瓶をあけて、手の平にざらざらと丸薬を出すと、ろくに数も数えずに口に放り込んだ。テーブルの水差しから、じかに水を飲み干す。
「セリ!」
 コトンと瓶をシーチェストに置いて、セリは口元を拭った。
 そして、微笑んだ。
 努力したにしろ、自然に出たにしろ、彼女がそんな風に笑うところはめったに見たことがなかった。驚いて固まる私に、セリは両手を優しく差し出した。
「五分で効くのよね、これ。そして朝まで起きない?」
「え、ええ」
「じゃあ、そういうことよ。わたしは朝まで目覚めない。あなたに身を任せるから、好きにしていい。何をやっても、わたし自身にすら知られることはないわ」
「どうして! なんでそんなことを……?」
「わたしの信頼を示すのに、これ以上の方法を思いつかないもの。いい、もう一度言うけど、何をしてもいいわ。そういう人間が少なくともここに一人いることを、よく考えて」
 そう言って、セリは私の手を取る。
「いじめて、ごめんなさ」
 言葉なかばで、いきなりセリは表情をなくした。とろんと目を泳がせて、床に膝をつく。
「セリ!」
 倒れかかる彼女を、あわてて抱きとめた。口から漏れる息に、かすかにハーブの香りがした。確かにあの薬の匂いだ。それに、この墜落するような唐突な効き方も、間違いなくあの薬のものだ。演技やトリックじゃない。
「セリ……そんな……」
 ぐったりと正体をなくして、穏やかな寝息を立て始めた彼女を、私は困惑したまま支えていた。

 ‡

 舷側から海へ突き出した板の上で、男が喚いている。
「さっさとやりやがれよ、俺が殺ったって言ってんだろ! やらなけりゃあ、逆に俺があんたを殺っちまうぜ? ぶるぶる震えて、可愛いじゃねえか!」
 ネリド共和国海軍のフリゲート艦、絶え間なき西風号が、新大陸の幻鏡湾に向かって出港してから、二十五日。それまで順調だった航海に、初めて陰が差した。船倉で水夫の死体が見つかったのだ。
 海兵隊が調べて回ると、犯人は簡単に見つかった。殺された男の仲間だった水夫だ。動機は賭け事にまつわる口論というくだらないもの。それまでにも喧嘩沙汰を起こしたり、展帆作業の手を抜いてあやうく他人をマストから墜落させかけたりと、問題ばかり起こす男だった。非力な少年水兵を手篭めにして、半死半生の目にあわせたという話もあった。
 艦上裁判での判決は、死刑。もともと海軍の軍紀は厳しい。今まで人手がないとか、処刑の機会がないとかの理由だけで、生き延びてきたような男だったので、艦長だけでなく士官たちも全員一致で処刑に同意した。
 問題は、そこに私たちが乗っていたことだった。
 王庁の法意を体現する制圧弾道官は、ネリドの国威に背くものを征伐する権利を持ち、義務を追う。二百九十八年前に忘れられたはずの法が、私たちの任命にともなって復活させられていた。
 私が罪人を処刑することになったのだ。
 今まで、一度もそんなことをしたことのない私が。
 死刑宣告をされた男が、目隠しの袋を頭にかぶせられて、投身板の先に立ったまま、延々と喚いている。
「まだかよ! えっ、まだなのかよ? 弾道官様はどんな化け物も一撃でやれるんじゃなかったのか! それとも見せかけだけの張りぼてか? 人形か? 無理もねえよな、虫も殺せないって顔だったな!」
 私は鋼の一番を握ったまま振り向く。甲板には、処刑に立ち会うために艦の総員が並んでいる。けれども、水兵も海兵も、押し黙ったままうつむいている。誰一人目を合わせてくれない。やれともやるなとも言ってくれない。罪人とはいえ、仲間だった男の死には関わりたくないのだ。
 セリは硬い無表情のままで、何も言わない。彼女はいつもそうだから、何を考えているのかわからない。
「なあ、艦長さん、副長さん。こりゃあひょっとして恩赦なんですかい? 朝までこうやってしゃべってていいんですかね? それともずっと待ってたら中止になるのかな? 弾道官が処刑しないんだから、俺は無罪ってことに――」
「弾道官! ご決断を!」
 後甲板の舵輪前から、艦長が怒鳴った。私たちのほうが位が上だけど、それは建前だけだ。実際に艦を動かしているのは、艦長を頂点とする士官、海兵、水兵のピラミッドだ。そこに割り込んできた弾道官という異分子に、苛立っている。
 私に逃げ場はなかった。何度も深呼吸して、できる限りの力を腕にこめ、目を閉じて、男の背後に立った。
 そして、長棍を渾身の力で振った。
「つまりこういうことですかね! 弾道官の乗ってる艦では処刑は行われなっ」
 グシャッ、という手ごたえがした。男の声が途絶え、重いものが吹っ飛んでいく気配があった。
 全身の肌が粟立った。こんなにおぞましい打撃ははじめてだった。
 その日から、私は眠れなくなった。
 法に則ったとはいえ、初めて人を殺した。曲がりなりにもひと月あまりをともに暮らしてきた仲間を殺した。それだけでも耐えがたかったけれど、周りの扱いがそれに輪をかけた。
 それまで水夫たちからは、親しいとはいえなくても、それなりに敬意のこもった扱いを受けてきた。でも、処刑の翌日から一変した。はっきりとした壁ができた。手を汚す者とそうでない者、裁く者と裁かれる者という区分が生まれた。私が通ると彼らはぴたりとおしゃべりをやめ、私を見るとそっけなく目を逸らすようになった。
 そんな私を、セリは今までとあまり変わらず、つまり、面白半分に誘ったり焦らしたりしながら、からかい続けた。以前なら我慢できたそんな扱いも、耐え難くなっていった。
 そしてどうしようもなくなってから――私がどんな意味でも使い物にならなくなってから、ようやく気付いてもらえたのだった。

 ‡

「セリ……」
 ベッドから身を乗り出した中途半端な姿勢で、私は困惑しながらセリを抱いていた。
 力なく垂れた頭から、銀の髪が流れている。皿型帽は最初に落ちたし、眼鏡もずれて外れそうになっている。とりあえず、それを取ってテーブルに置いた。
 するとセリの横顔が柔らかくなった。
 どきりとした。彼女が眼鏡を外したところはあまり見たことがない。私をいじめる彼女はいつも眼鏡をかけている。その冷たさが私を威圧していたような気さえする。
 いまの彼女は、私を見ていない。目でも、他の感覚でも、私を監視していない。
 ただ受身の肉としてだけ、セリは在る。
「セ……」
 妙に喉が渇いた。私はごくりと唾を飲んだ。
 床に放り出すわけにもいかない。ゆっくりと彼女を持ち上げ、ベッドに横たえる。――それだけのことが、おそろしく刺激的だった。いつもなら、どこに触れるか常に気をつける。おかしなところに触れるとセリが叱る。当然だ。私だって、触られたくないところや恥ずかしいところがある。
 そんなところまで、いまのセリは無防備。
 だんだんこれがどういうことなのかわかってきた。
 セリの頭を支えてベッドに乗せ、場所を入れ替えて腰を持ち上げ、最後に細い足を乗せる。そのどこにも力がこもっていない。私が置けば置いたまま、持ち上げなければ前のまま、セリの体は垂れている。いま、左足の膝から先だけがベッドの横に垂れている。不自然な姿勢。いつものセリならそんな姿は見せない。足はそろえる。裾は直す。髪もきちんとかきあげる。
 下手に触れたら、はねのける。
「セリ」
 私は彼女の膝に手を置いた。そのまま強く引いた。
 がば、とあっけなくセリは股を開いた。つやのある黒タイツに締めつけられた白い太腿が、あらわになってふるっと揺れた。その上の下着まで見えそうになった。
 あまりにもはしたない姿に、私は真っ赤になった。あわてて膝を戻し、目を逸らす。
「私、なんて卑しいことを……」
 心臓が激しく鳴っていた。セリをひどく貶めてしまうところだった。
「頭、冷やしてこないと……」
 セリを置いて、私は廊下に出た。階段を登って、後甲板に出る。
 夜風が吹きつけた。少し強い追い風で、帆がばたつき、索具がひゅうひゅうと鳴っている。見張りの水兵が気付いてちらりとこちらを向いたけど、何も言わずに目をそらした。舵輪周りの士官たちは目もくれない。
 人気のない風下の舷側に行って、手すりにもたれた。そしてぼんやりと考えた。
 ――いくら私に信頼されるためだといっても、あんなことをしなくてもいいのに。私は眠っている女の子に手を出すほど卑劣じゃないし、追い詰められてもいない……。
 そう考えた時、はっと思い出した。これは嘘だ。私は自分に嘘をついた。
 私は眠っている女の子に手を出そうとしたことがある。ハマンズダートでの訓練中に。そうだ、私は隣で眠り込んだサトラの感触に惑わされて、抱きついた。可愛い耳たぶに吸い付いて、後先考えずに自分で慰めようとまでした。
 そして、それを。
「……セリに見られた」
 顔が熱くなる。人に見られたくない姿の中でも極めつけの、自慰をしようとする瞬間を、私はセリに見られている。それも一度だけでなく、それ以前にも。
 セリほど、私の浅ましさを知っている人間はいない。
 だから今回も、私がどう出るか想像したはずだ。わかっていて、身を投げ出した。
 ――これは試練なんだろうか? 私が誘惑に耐え抜いて、セリが目覚めるまで触れなければ、彼女の信頼を得られるんだろうか。彼女はそれを望んでいるのか。
 想像してみる。明け方、セリが目を覚ます。私はそばで寝ずに待っている。自分の体に異常がないことをセリが確かめる。私を見る。なんて言う?
 ――意気地なし。
 それだ。
 セリなら、そう言う。私が我慢したなんて思ってくれはしない。我慢できないほど欲望に弱いことを知っているから。単に逃げたとみなされるだろう。耐えられなくても、逃げる手はある。それは、セリの決意を無にする行為だ。
 じゃあセリは私にどうしてほしいんだろう? 理性を忘れて襲ってしまえばいい?
「……それだ」
 私はつぶやく。手すりに手を置いたまま、へたへたと膝を折る。
 セリは何度も言っていた。
 負ける私を見たくないって。輝いてる私がいいって。
 私は、セリより脆弱でいることを許されない。セリなんか、踏みにじってしまうほど強くなければいけないのだ。近頃の私は、そんなことをすっかり忘れていた。
 セリはそのためにわざわざ、誰でも手折れるほど弱くなってくれた。
 ――誰でも?
 いきなり、ぞっとするほどの恐怖に襲われた。私たちは、一ヵ月以上も禁欲を強いられている二百五十人の男たちの中で、ただ二人だけの女だ。目を合わせる者はいないけれど、背中にはいつも視線を感じていた。艦長にも言われている。水夫たちをいたずらに挑発するようなことはくれぐれも謹んでほしいと。
 それなのに、私は眠ったセリを置いてきた。歩哨のいない、鍵もかかっていない部屋に。
 そこに気付くと、私は急いで階段と廊下を駆け抜けて、自室に飛びこんだ。
「セリ!」
 セリは寝ていた。出て行ったときと変わらず、少し乱れた姿のままで、安らかに。
 ほっとして鍵を閉めながら、私はあらためて、彼女が本当に深く眠っていることを実感した。本当なら、あんな不自然な寝相でじっとしている子じゃない――。
 私はセリの隣に、もう一度腰かけた。
 青く縁取られた制服の合わせ目に両手をかけた。
 そして言った。
「セリ、するわね。――私のしたいこと、する」
 指に力をこめて、合わせ目のボタンをぶちぶちと引きちぎった。

 セリは私のために底まで弱くなってくれた。
 だから私はセリが寝ている間に、考えられる限りの欲望をぶつけなきゃいけない。
 そういう、これはルールだ。
 だけど私は、それでもなかなか「したいことを」定められなかった。
「セリ、セリ、ん、セリ……」
 引き裂いて、左右にはだけた服の間から、白いたっぷりした乳房を掻きだして、私は吸い付いた。そこに顔を押しつけ、口づけを繰り返し、両手の指を食いこませて、脂肪が溶け出してきそうなほど、思うさまこね回した。
 それは、おなかの奥で消えてしまった火をかきたてるのに十分なほど、いやらしい行為だった。セリに何も言われないままそんなことができたのは初めてだ。セリの白いふんわりしたおっぱいをそんな風にしたいと、前からずっと思っていた。充血した乳首を間近で眺めながらくわえたいと思っていた。
 でも、やっているうちに、こんなことはまだまだ全然したいことじゃないという気がしてきた。
 物足りない。おなかの奥で、形のない衝動がぐるぐると渦巻いている。私はもっとセリにしたいことがある。ただ、恥ずかしさに邪魔されて、それを出せていないだけ。
 いまは、そんなためらいを捨てていい――捨てなきゃいけない。
 恥ずかしくて浅ましいことを、動物のようなナマの衝動を、自分の底から搾り出さなきゃいけない。そう、それが多分、弾道官としての自信にもつながる。ヴィスマート教官も言っていた。カピスタであることが、弾道術の才能につながっていると。
 私は、セリをどうしたい?
「はぁ……」
 乳房に埋めていた顔を上げて、セリを見た。色白の整った顔。肌の匂いはミルクというより花の香り。月夜に咲く白い綺麗な花。
 ――この子、汚いところはないの?
「くぅ……」
 そう考えた瞬間、身内にかぁーっと熱いものが突き上げた。胸に触れたときよりもはるかに熱い衝動。
 セリの弱点を探す。それを思いついたとき、その卑猥さに私は息が止まるほどの興奮を覚えた。
「セ……セリ、探すわよ……?」
 鼻を押し付けたまま、私は嗅いだ。
 くんくん……と。
 そのまま、顔を滑らせていった。首筋を這って、口へ、鼻へ……目、こめかみ、耳、髪、うなじ。
 匂いがした。普通なら、いや、互いに愛していたとしてさえ気付かないような匂いが。セリの唾液、セリの睫毛、セリの耳たぶ。粘っこかったり、辛かったり、脂っぽかったりする匂い。セリが知られたくない、セリでなくても誰だって知られたくないはずの、人間の肉としての匂い。
 そう、セリだって、完璧じゃない――その発見が、私の心をぞくぞくと波立てた。体の深いところがそそられた。血の流れが変わる。
 完璧じゃないセリが無性に愛しくなった。愛しさを表さずにはいられなかった。舌を出した。
 私はセリを舐め始めた。髪を口に含み、先までしごく。うなじの産毛に唇を押しつけ、たっぷりと濡らしてから、十分もかけてそこの味を調べる。
「セリ……味がしてるぅ……」
 胸いっぱいにセリの匂いが染みこみ、舌一面にセリの味が溶けた。女の子が普通に持っている甘さの奥に隠れた、生き物としての味……土や雨に似た濃い味。
 制服の前の合わせ目を大きく開かせて、片腕を袖から抜いた。何はともあれ、白く柔らかい二の腕にかぶりつく。何はともあれ? セリという全体がなくなって、コース料理のように部分部分しか見えなくなっている感じ。でも、それがいい。あのセリを分解してしまっているなんて。全能感。ここにはセリなんかいない。セリの体しかない。
 セリの腋。はっきりした汗の匂い。着ていればわからないけれど、鼻を当てればはっきりとわかる。船にはお風呂なんかないから、三十数日の間に四回体を拭いただけ。匂うのは当然といえば当然。私自身も同じだと思う。でも、互いになんとなく、それを口にしない雰囲気を作っていた。言っても詮無いことだから。
 私は、聞いていないセリの胸元でささやく。
「セリ、匂うよぉ……」
 胸がしくしく痛んで、腰の奥のむずむずがどんどん強まってきた。乙女として言っても言われてもいけないことを口にしている。品がない。何も隠していない。
 思わず戸口を振り返って、鍵がかかっていることを確かめた。今頃。
 そうしたことで、自分のしていることが人からどう見えるかが思い浮かんだ。
 眠り込んだ仲間の娘を好き勝手に剥いて、はしたなく体をもぞつかせながら、口にできないようなところまで嗅ぎ回っている娘。
 これは、もう……なんて言ったらいいんだろう。なんとも呼びようがない。年配の迷信深い人だったら、昔話の淫魔とか妖魔だと思うかもしれない。
 それとも、そういった魔物の伝説は、古代にも私と似たような娘がいたことを伝えているのかもしれない。
 淫魔か。私は、そんなのなんだ。
 セリの太腿を片方持ち上げて、一息にタイツとブーツをはいだ。包まれて湿った感じになっていた白い素足がむき出しになる。つま先にあごを乗せ、じっくりと鼻と口で味わっていった。靴底に押し込められていた足先は、うなじや腋よりもはるかに強い汗の匂いが溜まっている。冷えたふくらはぎのたゆたゆした感触は、どれだけ頬擦りしても飽き足らなかった。
 それでも、そのすらりとした滑らかな部分は、嫉妬してしまうほどきれいだった。
「セリ、すべすべよ……」
 その足を肩に担いで、口づけしながら両の手の平を貼り付け、根元へ向かって滑らせた。セリの太腿、しなやかでたっぷりした熱い感触が、手の平に弾む。私が最初にセリに惹かれたのも、このやわらかさのせいだった。セリの、いちばん好きなところ……食欲をそそるほど豊かな肉付き。
 おし進めた手が、セリの下着に触れた。薄水色の頼りない布地に目をやったとき、私はとうとう気付いた。
 処刑の日以来、私を押し縮めていた形のない恐怖が、すっかり消え去っていることに。今の私にあるのは飢え、セリに向けた抑えようのない強烈な飢えだけだ。
 ここまでの愛撫でわかった。誰も見ていない、何をしてもいい、怖がらなくていい。出していい、出していい、見せていい、突き出していい、私を、グロテスクで卑猥な私を。
「セ、リぃィ♪」
 腰の底、お尻の奥でわだかまっていたうずきの使い方を、突然思い出した。
 どくん……どくっ、どくっ、どくっ!
「んふぁあア……!」
 私のあれが、存在も忘れていた男のモノが、ものすごい勢いで膨れ上がった。薄い下着を引きちぎらんばかりに成長して、スカートを高々と持ち上げる。
 丸く腫れた先端に何かが触れる感触を、ずっと忘れていた。意識を蝕むあの甘いしびれがジンジンと伝わってきて、ただでさえ過熱していた私の理性を一気に焼き融かした。本能のささやきが虫の羽音のように全身に染みていく。このうずく熱い棒に触れたい触れたい、当てたい押し付けたいこすりつけたい、ねじ込みたい。
 吹き上がった欲望が、目の前のセリに焦点を合わせた瞬間、私は跳びついて一息に犯してしまいそうになった。
 そのときの私は、血の匂いを嗅いだ肉食獣みたいな顔をしていたと思う。
「ぐ……!」
 寸前で、思いとどまった。
 このまま暴走したら、それこそセリを壊してしまうとわかっていた。無理やり犯すだけならまだしも、噛み裂いて、食いちぎってしまうかもしれない。そんな欲望が確かにある。セリがそれだけおいしそうに見える。
 抑えた。
 何度か深呼吸をして、人間でいようと努めた。それでどうにか、自分を制御できるようになった。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…………ハァッ♪」
 それでもまだ、目をギラつかせて、口の端に泡を浮かべ、獣のような形相だったと思うけれど。
 自分の股間には手を伸ばさなかった。伸ばしたらその瞬間に自慰してしまうと思ったから。腫れて脈打つそれを、あえてそれを無視して、私は震えながら顔を下げた。
 目当ては、セリの股間。
 たっぷりと張り詰めた左右の太腿に挟まれた、縦長の薄布。うすい茂みのおかげで少し盛り上がって、真ん中に小さな縦じわができている。セリのいちばん大事な場所。
 下着を見たことは、わりとよくある――セリは見せるだけ見せて焦らすのが大好きだから。でも布の下を見たことはない。もちろん触れたこともない。
 そこを、私は初めて嗅いだ。
 ふっくりと鼻面を押し付けて。――濡れた干潟の匂いがした。生き物が出す潮の味。布の下に耳たぶに似た柔らかなつくりがあって、鼻の頭でそこをこね回すと、いくらでも味と匂いが漏れてきた。
「し、しょっぱいよ、セリ……」
 興奮で目が見えなくなることって、本当にある。一つの刺激が頭の中でふくれあがって、その他のものを全部ぬりつぶしてしまうことが。
 私はそういう状態になった。セリの潮の香味だけがぐるぐると頭の中で回っていた。それがものすごく心地いい。嗅ぐだけで気持ちよくなるなんて変だけど、これだけはそういう種類の匂いみたいだった。鼻の奥から頭のてっぺんへ、じぃんと染みて痺れさせる。
 いや、私の中にはもうひとつの衝動があった。下半身のほう。潮の最初の香りを感じたときから、そこが別の生き物みたいに物凄く尖っていた。キンキンと張り詰めて、痛いぐらい。
 この匂いがいちばん好みだと、体が勝手に訴えてる――自分が半分男のカピスタなんだって、しみじみと感じた。
 それから下着を脱がせた。いちど両足をそろえて小さな布をくるくると下げ、つま先から抜いてポケットに入れる。改めてセリの足の間に座りなおして、太腿を左右に大きく開げ、大事なところを清めにかかった。
 はやる気持ちを抑えて、よく濡らした舌を沈める。味のするところを舐め取っていく。――最初は目を閉じてしていたけど、じきに目を開けてよく見た。セリのそこは私よりもふっくらして、行儀よく隠れている感じだった。外からでは色づいたところがほんの少ししか見えない。開くと紅色のきれいな艶が光る。舌で丁寧に調べていくと、隅のほうから小さな赤い粒がゆっくりと顔を出した。これは、私にはない。――大きな男性のものに変わってしまっているから。女の子の証。歯を立てないように大事に吸った。
 そこまでしてもセリがまったく反応しない、というのは少し寂しかったけれど。
 どこも自分の唾液の味しかしなくなるぐらい舐めてから、私は身を起こした。さっきから心臓は高鳴りっぱなしで、股間ががちがちに強張って、腰が落ち着かずにぶるぶる震えてしまうぐらいだったけれど、とにかく一息ついて、気持ちを静めようとした。
 最後の一線。
 まだ踏みとどまれる。足を動かして、自分を無理やり部屋から連れ出せば、犯さずにいられる。お酒でも飲んで酔い潰れてしまえばいい。
 ――本当に、してしまってもいい?
 少し迷った。セリとすることには不満はないけれど、この状況は異常だ。
 でも、これが異常なら、どんな状況で結ばれたいのか。そう考えると、他の情景が思い浮かばなかった。皆に祝福されてから、二人でむつまじく愛を語りつつ体を重ねる? ――ありえない、失笑ものだ。セリと私はそんな関係じゃない。最初から互いの体に惹かれて触れ合った。その後も主従の関係のほうが強い。今回のこれも、主人のはずの私が調子を崩したから、仕方なくセリが思い切ってくれた。
「……セリ、本当にいいの?」
 私は訊く。
 もちろん答えはない。セリは安らかに眠っている。こちらの気が引けてしまうほど無防備なまま。すべてを私に預けて。
 そう、彼女は言っていた――これ以上の方法が思いつかないと。ここで私が拒んだら、セリは二度と私を誘わないだろう。私たちの関係は薄く表面的なもので終わる。そんなのは嫌だった。
 進みたい、つながりたい、決定的なものにしたい。たとえそれがセリを傷つけることになるとしても。
「はふ」
 最後に一息ついて、心を決めた。目を閉じて自分の下着を脱ぎ始める。いままで努力して無視してきたものに、これから使う、と意識を注いだ。
 もう限界と思っていたものが、天井知らずに硬くなる。
 目を開けると、私はセリの膝裏に手を入れて両足を押し広げた。スカートが黒いアサガオのように広がり、その中心にセリの薄紅が咲いた。
「一緒になるね、セリ」
 あまり適当でないような気がしたけど、寝顔にそう声をかけた。他の言葉もぴんと来なかった。
「ンッ……」
 ベッドに突いた両手で体を支えながら、腰を重ねていった。しばらく探ると、中心が見つかる。体重をかけた。狭かった。そのままでは無理なような気がした。
 でも、なぜかそれで合っていることがわかっていた。私は、そもそも誰にもそんなことを教わっていないことに気付いた。喉が渇くときに透明で冷たい液体を自然に求めてしまうように、この尖った飢えが求めているのはここなんだと、不思議にわかっていた。
「ン、ン、セリ……」
 小刻みに動かしてやると、少しずつ道が開く感じがした。ごりっとかたい感触や、ぷちち、と何かが切れる響きも。セリの顔は穏やかなままだ。こんな大事なことを本人の知らない間に進めていると考えると、胸が痛くなった。
 けれども、今となってはとても止める気にはなれなかった。決心したからだけじゃない。
 蜜が。
 甘くねっとりとした快感の蜜が染みてくる。
 潜り込んでいく私の針を、セリが包む。指とも口とも違う隙のない締めつけ、吸いつき、温もり、ぬめり気。それらがこの上のない心地よさとして私に染みてくる。股間がとろけていく。頭の中が一気にその色で塗りつぶされる。
「セリ、セ、あ、あァ、ふぁァ♪」
 包まれたい。入れたい。
 奥まで。
 入れた。
 途中から小刻みな気遣いも忘れて、力任せに、ぐいっと。
 すると半ばまで開いていたセリの道が、そのまま一息に通じて、ぬぶりと私を受け入れた。
「あー……♪」
 私はゆるんだ声を垂らしながら、視界の中のぼんやりしたセリの顔を見つめていた。気持ちよすぎて涙があふれていたんだと思う。
 あれの先端から根元まで飲み込まれるのは、頭からつま先までセリに入ってしまうのと一緒だった。
「かふ」
 どさっ、と私は倒れた。セリの柔らかな乳房が受け止めてくれた。でもそれすら感じていなかった。頭にあるのはセリの中の感触だけだった。どくん、どくん、と脈動する自分のあれの感覚の向こうに、少し異なる鼓動が感じられた。セリの鼓動がセリの体内から私へと伝わっていた。
 私のいちばん敏感な先端を包んでいる、行き止まりの生暖かい壁が、何かの拍子にふるるっと震えた。
「ひっ」
 それだけで私は白く融けた。溜まりに溜まっていた精の暴発。根元の塊が、途中の道を焼きながらびゅるびゅると出ていく。私は爪を立ててセリの腕をつかみ、足の指をくぅくぅと引きつらせる。口から舌が出ていたかもしれない。
 それでもそれは、出したというより出てしまったという感じの射精で、本当にしたいことではなかった。何度かの痙攣の後で、私は力をこめて自分を抑えた。もっと落ち着いて、一生に一度しかないこの儀式を、自分の記憶とセリの体にしっかり焼き付けたい。
 そんな努力は、五秒ももたなかった。
 私が噴きこぼしてしまったせいで反応したのか、それとも薬の効き目がつかのま薄れたのか――セリが、動いた。
「ぁ……ふ……」
 ほんの少しのけぞって、息を漏らしただけ。頬に赤みが差したのも、私の錯覚かもしれない。でも、胎内が確かに、ひくひくと震えた。
 その途端、自分でもこわいほどの心地よさがぞわぞわと背骨を上ってきた。あれを包むセリの奥が、漏らした精のせいでぬらついている。それが、狂いそうなほど気持ちいい。少し動かしただけで、ぞくん、ぞくん、と快感の閃光が走る。とてもじっとしていられない。私は手足を動かしてセリの体をまさぐり、足をこすりつける。それでも足りずに声を漏らす。
「いい、いひぃっ、セリ、いいーっ……!」
 セリに聞かせているわけじゃない。湧き出す快感を口から出さないと耐えられない。頭をじっとさせておくこともできない。セリの胸に、乳房に、ぐりぐりと頬をこすりつけ、髪を押し付ける。腰の下に手を潜り込ませて、セリのお尻をぎゅっと引き付ける。
 いつの間にか――本当に、自分でもまったく意識しないうちに、私は激しく腰を動かしてセリの中をえぐっていた。ぬちぬちぬち、と濡れた粘膜の音がする。何がどう気持ちいいかは、もうわからない。出入りのすべての動きが、一つにつながった快感の流れを頭に流し込んでくる。
 動物みたい、ではなくて、動物そのものになっていた。ただ本能だけに突き動かされた交尾に。見てくれなんか一切考えず、どうすれば一番奥へスムーズに届くかだけに集中して、股を開き、腰をかくかくと動かして、あれを直線的に突き出す。
「ハッハッハッハッ、ハッあ♪」
 高まりに合わせて、今度こそ自分から射精した。ぐいっ、ぐいっ、と腰を勢いよく押し付けながら、あれの根元に溜めきったものを、長々と搾り出していく。
 ――びゅるるるるぅ、びゅるるるぅ、びゅぅぅぅぅぅ……びゅるびゅるっ。
 濃い粘液の塊が跳びだしていく音だけが、頭に響く。快感がわけのわからない働きをして、体の一部をきゅーっと突っ張らせ、別のところをゆるゆるに溶かす。セリの乳房に私の唾液がつるつると糸を引いて垂れる。口が緩んで止められない。
「せりぃ……」
 腰を押し付けて、押し付けて、押し付けて、放出に放出を重ねて搾り出し終わると、少しだけ落ち着いた。セリの上でいくらか体を弛緩させる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 けれども終わらない。収まらない。あれが全然おとなしくならない。セリの中が相変わらず気持ちいい。ううん、突きまくってほぐして溶かした分、さらに熱く柔らかくなっている。試しに動かす。すると吸い付く。硬さが消えて、ねっとりと優しく、迎えるように、飲み込むように、くむくむと形を変えてくれる。
「こ、こんなのぉ……」
 少し休もう、などという考えがあっという間に溶けて消える。信じられなかったけど、一度目のセリよりも二度目のセリのほうがもっと素敵だった。離れられない。おそろしく強力な魔法をかけられたみたいに、惹き付けられる。
 あれの根元の、出し切って空っぽになったはずの袋に、どくどくと新しい精が溜め込まれていくのがわかる。自分の体の正直さにあきれる。体力を使い果たしてでも、注ぎ尽くすつもりだ。
 でも、わかる、そうしたい。セリが魅力的すぎる。注いだ精でぬらぬらしている奥のところに、さらに注ぎ足してやりたい。一度でこれだけよくなったのだから、二度三度と注げばもっとよくなってくれるに違いない。
 私は体を起こして、セリの白い下腹を撫でる。ありえないとわかっているけど、その腹に隠れている小さな袋をぱんぱんに膨らませてやりたいさえ思う。
「セリぃ、セリぃ♪」
 腰の骨をつかんで、私は再び激しく動き出した。いくらも立たずに切なさが猛烈に強まって、根元が跳ねる、射精。一度目に劣らないほどの量の精がびるびると出ていく。セリの下腹が目で見てわかるほど、びくびくと痙攣する。当人が眠っていても体は反応している。
「セリ、呑んでるぅ……」
 セリに当てていた手の平を離して、私は大きく息を吐いた。顎からぽたぽたと汗が落ちる。これはものすごく消耗する。でも、まだまだ火が消えない。 二度注いだセリの胎内は、きゅぅ、きゅぅ、と柔らかな吸いつきを繰り返している。それが、もっとほしいと言っているように私は思える。
「待ってね……すぐ、次のをあげるから……」
 溶けた胎内は前にも増して、際限ないと思えるほど、心地よくなっている。もういっぱいになったらしくて、入り口まで白いものがあふれて来た。精と、セリの湿りと、空気が混じって、とても滑らかなクリームができている。白いねっとりしたそれが、入り口からお尻のほうまで垂れてシーツに広がっている。
 それを見ると、さらにかき立てられた。またセリに覆いかぶさって、ゆっくりと腰を動かす。
「セリ、まだ呑む? 呑むよね? 私、まだまだ呑ませてあげるからね……」
 じんわりと快感が根元に伝わって、またとくとくと精の溜まる感覚がした。
 私はセリの首筋を噛んで声を抑えながら、四度目の射精へと動き出した。

 ‡

 目覚めの感覚がゆっくりと訪れるとともに、たとえようもない気だるさがわたしの体を満たした。風邪にも、運動した後の筋肉痛にも、月の巡りにも似ているけれど、違う感覚。
「んん……」
 目を開けると船室の天井が目に入った。わたしはベッドに横たえられ、毛布をかぶせられていた。
「あ」
 足元でヒオリが振り向いた。毛布にくるまってベッドの端に腰掛け、うつらうつらとしていたようだ。わたしの声に気付いて、気がかりそうにささやいた。
「大丈夫?」
「何が。薬?」
「薬?」
「あの眠り薬。頭が痛くなるって言ったじゃない。でもこれは頭じゃ……」
 言いながら体を起こそうとしたとき、ずきんと痛んだ。
 下腹が重い。一度も感じたことがないほど。ひりついて、何か挟まっているような感じがする。腿を動かすと鈍く痛む。
 ヒオリが真剣な顔で見ていた。わたしは壁を指差した。
「ちょっとあっちへ行っていて」
 ヒオリが立ち上がって背を向けると、わたしはスカートに手を入れてみた。下着の中に布が当ててある。指を入れて引き抜くと、案の定、粘つく白いものがついてきた。
 それにしても多い。これはだいぶ――いや、凄く、だ。
「んっ……」
 下腹に力をこめると、何かとんでもない量の流動物がどろりとあふれ出してきたので、ぞっとした。あっという間に股間が濡れていく。前もって覚悟したことだ、他でもないヒオリのものだと自分に言い聞かせはしたが、それでも鳥肌が立つほど気味が悪かった。
「うう……」
「セリ? どうしたの、大丈夫?」
「大丈夫よ、ちょっと吐き気がしただけ」
「船医を呼ぶ?」
「そんな必要はないけれど、ヒオリあなた……ちょっと」
 肩越しに、ためらいがちに振り返ったヒオリに、わたしは言った。
「何回したの?」
「ええと……」
 顔を赤らめたヒオリが、消え入りそうな声で言う。
「……七回」
「なんですって」
 さすがにめまいがして、わたしは毛布にうつぶした。予想以上。彼女の欲望の強さは知っていたし、ある程度の覚悟はしていたけれど、七回も……。
「ねえセリ、ほんとに大丈夫?」
「あなたも一度、寝ている間にポット一杯分の何かを腹の中に注がれてみればいいんだわ……」
「ポッ……ト」
「それぐらいある感じよ、これは」
 怒鳴りたかったけれどこらえて、壁を指差した。ヒオリがもう一度そちらを向いている間に、チェストからハンカチと下着をありったけ出して後始末をした。
「いいわよ」
 ヒオリは遠慮がちな顔でやってきて、ベッドに腰を下ろした。ずっと心配そうにわたしの顔を見ているので、言ってやらなければならなかった。
「大丈夫だってば。少し痛むだけ」
「無理しないでね、私が言うのもなんだけど――ちょっと、タガが外れちゃって」
「ちょっとですって?」
「これでも我慢したのよ!」
 わたしの手を取ってまじめに言う。あきれるほかなかった。  
「よかったの?」
「うん、とっても……セリ、すごく素敵で」
「何をしたのか、教えてもらえるかしら」
 わたしが言うと、ヒオリは目を逸らした。相変わらず、気弱な仕草。
 ……いや?
「言うと、セリも恥ずかしいと思うんだけど……」
 笑っている? 自分の黒髪を手でくるくるといじって――。
「だって、ねえ……セリ、あなた自分のここの匂い知ってる?」
 悪戯っぽい目で、ヒオリは指差した。わたしのつま先を。
「……え?」
「私、さ。……知ってるよ」
 くす、と笑ってヒオリがつま先を指でこすった。顔を寄せてささやく。
「セリは、汗の匂いまで素敵だってこと……それにここも……」
 指が足を這い登り、スカートの上から股間をなぞって、わたしの腋まで来た。
「それ、あなた」
「うん」
「嗅いだの?」
「味もね」
 カッ、と頭が熱くなった。ヒオリが、からかうような上目遣いで見ている。この目に全部見られた。嗅がれて、吸われた。
「や……やったわね」
「セリがしていいって言ったもの。させてもらったわ。もう、あなたの体で知らないところなんてない。全部見たから、裸になるたび思い出して」
 熱くなる。頬が、どんどん。羞恥と、歓喜で。
 ヒオリがまぶしい。とても強い。久しく忘れていた。これが、わたしのあこがれた人。
 とどめの一言を耳元でささやかれた。
「そしてあなたと一緒になった。私のものにしてしまったから」
 ぎゅう、ととても強く優しく抱きしめられた。
「何……を!」
 とても耐えられずに顔を逸らした。顔から火が出るほど熱くて、体の芯がぞくぞく震えた。甘く見ていた。こんなに輝きだすなんて思わなかった。今にも溶けてしまいそうなほど嬉しかった。
 必死に取り繕って、言い返した。
「一度、したぐらいで、調子に乗らないで。どうせあなたは、すぐにわたしに泣きついてくるのよ」
「まさか。もうそんなことしない。――捕まえてしまうだけよ」
「ひ……」
 震えながら目を閉じた。後悔した。
 眠るべきじゃなかった。もったいない、起きたまま抱いてもらえばよかった。

 ‡

 凶暴な叫びと爪が、甲板を暴れまわる。カットラスを手にした水夫たちが、次々に切り裂かれ、投げ飛ばされる。
 敵は銀の羽毛を持つ鳥だ。背丈は八フィートもあり、嘴が鎌のように鋭く、目は赤い。名前は不明だ、まだ名づけられていない。望遠鏡に陸地が映ってから間もなく、船へと飛来した。
 新大陸の怪物だ。
「海兵、かかれ!」
 海兵隊長の命令で、ボウガンを構えた海兵がいっせいに矢を放った。一、二本が当たったが、それきりだ。怪物は素早く飛び上がって避け、襲いかかった。ボウガンの装填に手間取っていた海兵は、次々となぎ倒されていく。
 銀の嘴が弧を描き、海兵の目玉を突こうとした。
「ひいっ」
 その瞬間、どぼっと鈍い音が上がり、怪物の左翼が断ち切られた。くるくると回る翼から、銀の羽毛がひらひらと飛び散る。それを手にした水兵の一人がうめく。
「純銀だ。こいつ、体が銀でできてる!」
「倒し甲斐があるわね、それは!」
 張りのある声が響く。水兵と海兵がいっせいにそちらを向く。舵輪のすぐ横に皿型帽と黒い制服の娘が立っている。その手には長大な狙擲棍が握られている。たった今その一撃が、鋼球を飛ばして怪物の羽根を断った。
「水兵ども、下がりなさい! ネリド王庁弾道術師範、ランドロミア女伯爵直伝の一撃を見せてやるわ!」
 言うなり大きく体をひねる。鋼の一番が高々と上がる。膝をついて支杖を握ったキャディが空を見る。バサッ、と帆がはためく。
「四時の風、美式三速、乱れあり!」
「問題ないわ」
 怪物の目が娘を捉える。ひときわ鋭く叫んで飛びかかる。
 娘が悠然と見つめ返す。
「先週来ればよかったのにね」
 スパッ、と光る弧が空気を裂いた。
 一直線に走った鋼球が、怪物の右目を貫いて遠く高く飛んでいく。


(2007/10/08)





















note:
 設定が多かったり雰囲気が重かったりで、なかなか書き出せなかったので、前半はかなり省略した。