M108.アスマン通風乾湿計に学ぶ熱交換

著者:近藤純正
湿度の観測の準基準器とされているアスマン通風乾湿計の湿球の熱収支を調べてみると、 これは意外にも広域水面の強風時の熱収支、あるいは暴風雨日の濡れた森林で 起きている蒸発(遮断蒸発)の熱収支に対応している。これらに共通するのは、 湿球や広域湿潤面の温度が気温より低くなり、その温度差で地表面に輸送される 顕熱のエネルギーによって蒸発が起きている。なお、 日本の森林における雨天日の蒸発量は年蒸発散量(晴天日の蒸散量+ 雨天日の濡れた樹体からの蒸発量+林床の土壌や下草からの蒸発散量) の約40%を占めている。

アスマン通風乾湿計の乾球・湿球温度差から湿度を求めるときに用いる乾湿計定数 0.667 hPa/℃は、気温=20℃、気圧=1013.3hPa、通風の風速=2.5m/s のときの値であり、気温10℃の上昇に対して2%大きくなる。また、 風速が2.5m/sから1m/sに弱くなれば5.5%大きくなり、逆に10m/sに強くなれば 5.5%小さくなる。通常の観測では、この程度の誤差は許容できる上限値としてよいが、 気候変動問題では、月平均・年平均湿度の観測精度は0.5%以内であることが望ましい。 (完成:2023年2月19日)

本稿は自然をより正しく深く理解するための一般向け新刊書「身近な気象のふしぎ」 (東京大学出版会)の 第8章「蒸発・蒸発散と気温の関係」 について、補足の資料も加えた概要解説である。 より詳しい内容は新刊書をご覧下さい。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新記録
2023年2月18日:素案の作成


   目次
         8.1 はしがき
         8.2 熱収支を決めるパラメータ(交換速度、蒸発効率、有効入力放射量)
                水蒸気量と気温の関係
                広さと単位面積当たりの蒸発量の関係
                有効入力放射量
        8.3 湿った面の熱収支の特徴
            アスマン通風乾湿計
            エクセルでの計算方法
                湿った小物体の熱収支
                湿度観測の歴史
                アスマン通風乾湿計による観測誤差
         8.4 広域における熱収支量の特徴
            晴天日の広域における熱収支の特徴
            降雨日の森林の蒸発量(遮断蒸発量)
         まとめ
         文献

      謝辞
          本稿の作成にあたり名古屋大学の山澤弘実教授にご協力いただいた。
          ここに厚く御礼申し上げる。           

8.1 はしがき

大気中での諸現象を支配している熱収支の基本的な特徴を理解することにしよう。
地表面に入射する放射量は太陽からの短波放射量(波長0.15~3μmの範囲に その99%のエネルギーを含む)と、大気からの長波放射量(波長3~100μmの範囲に 99%のエネルギーを含む)は、地表面温度を上昇させて、 地表面はその温度に相当する長波放射量を放出する。同時に、 地表面から大気へ顕熱と水蒸気(潜熱)が、また地中へ伝導熱が運ばれる。 これら各熱輸送量への配分比は地上気象(風速、気温、湿度、放射量)と地表面の条件 (交換速度、蒸発効率)に依存する。ここに顕熱とは、温度差で生じる熱のことで、 おもに風の乱れ「乱流」によって輸送され、温度変化を起こす。 また、水が蒸発するとき気化の潜熱(ι=2.453×106 J/kg、20℃)をもらって 液体の水から気体の水蒸気に変化し、その水蒸気が凝結するとき潜熱を放出して 周囲の温度を上げる。それゆえ、水蒸気の輸送を潜熱輸送という。

本稿では、1970年代以前に湿度の観測に利用されていた乾湿計の湿球の熱収支を 取り上げるが、これは強風条件下の広域湿潤面の熱収支と同じである。 なお、読者が具体的な熱収支の計算ができるように、 数式や数値表を多めに記載した。


8.2 熱収支を決めるパラメータ(交換速度と蒸発効率と有効入力放射量)

まず、水面からの蒸発について考える。蒸発量の計算では、水蒸気量を表わす比湿 qを用いる。ここに比湿qとは、空気中に含まれる水蒸気の密度ρW の湿潤空気の密度ρに対する比(ρW/ρ)である。単位はkg/kg またはg/kgで表わす。空気中で水蒸気が凝結しない限り、 湿潤空気を上昇または下降させて気圧を変えても、あるいは加熱・冷却しても 比湿は不変である。

水蒸気量と気温の関係
水蒸気圧e(単位:hPa)と比湿q (単位:kg/kg)の関係は、 p(単位:hPa)を気圧として、次式で表わされる。

   q=(0.622×e )/(p-0.378e) ・・・・・・・・・・(8.1)

飽和水蒸気圧eSAT(hPa)と温度T(℃)の関係は次のティーテンス (Tetens)の近似式で表わされる。

   eSAT=6.1078×10A  ・・・・・・・・・・・・(8.2)

A=aT/(b+T)
水面上: a=7.5, b=237.3
氷面上: a=9.5, b=265.3

また、絶対湿度は単位体積の空気中に含まれている水蒸気の質量であり、 水蒸気の密度でもある。表8.1は気温と飽和水蒸気圧、飽和絶対湿度、 飽和比湿の表である。例えば、20℃の部屋(4m×4m×2m=32m3) が飽和湿度になっていれば、17.27g/m3×32m3≒553g の水が部屋内の空気に含まれていることになる。

表8.1 気温Tと飽和水蒸気圧eSAT、飽和絶対湿度aSAT、 飽和比湿qSAT、蒸発の潜熱 ι、および氷の融解の潜熱 ιF の関係。飽和比湿qSATは気圧が1013.25hPaのときである。 いずれも水面上に対する値で、氷点下は過冷却の状態の場合である。 なお、氷が気化する場合には昇華の潜熱(ιS=ι+ιF) を必要とする(近藤、1994、表2.3より抜粋;水面上および氷面上に対する eSATの0.1℃間隔の表は同書の付録Aに掲載)。 

  気温(℃) eSAT(hPa) aSAT(g/m3) qSAT(g/kg) ι(J/g) ιF(J/g)    -20 1.25 1.07 0.77 2549 289    -10 2.86 2.36 1.76 2524 312     0 6.11 4.84 3.76 2500 334 10 12.27 9.39 7.57 2477 20 23.37 17.27 14.47 2453 30 42.43 30.33 26.47 2430 40 73.78 51.05 46.57 2406 50 123.40 82.74 79.41 2382



広さと単位面積当たりの蒸発量の関係
図8.1の模式図では、左方から乾燥空気が水面上に吹いてきたとき、 蒸発量は水面の最先端で多いが、風下ほど少なくなることを示している。 水面からの蒸発量は、水面温度Tに対する飽和比湿 qSAT(T)とその直上(mm単位)の空気の比湿の差 に比例する。風が最初に当たる水面の最先端で蒸発量は多く、風下になるほど、 蒸発した水蒸気によって水面直上の比湿が大きくなるため、 単位面積当たりの蒸発量は小さくなる。

蒸発の模式図
図8.1 乾燥空気が水面上に吹いてきたときの蒸発の模式図。 


このことから、小面積ほど、単位面積当たりの蒸発量が大きくなることがわかる。 これを表わすパラメータとして、水蒸気の「交換速度」CEU(単位:m/s)、 あるいは水蒸気の「バルク係数」CE (無次元)を用いる (後述の式8.7を参照)。

水面のほか、半乾燥の地表面、あるいは植物葉面のように散在する気孔 (水蒸気、二酸化炭素、酸素を交換する10μm=0.01mm程度の穴) を通じて水蒸気(つまり潜熱)が交換される場合もある。 この場合は、パラメータとして「蒸発効率」βを用いる。 全面が十分に濡れていればβ≒1、乾燥気味であれば0<β<1、 完全に乾いていればβ=0として取り扱う。なお、完全に乾いた面であっても、 その温度が低くなり、その温度に対する飽和比湿が空気の比湿に比べて小さくなれば 凝結(氷点下のときは昇華)が起きる。この状態はβ≒1である。

有効入力放射量
有効入力放射量(effective radiation: 略して有効放射量)は、 (R-σT4)で表わされる。 ここに、T は気温(単位は絶対温度K)、 σ(=5.67×10-8W m-2K-4) はステファン-ボルツマン定数である。Rは反射光を除いた 入力放射量で、次式によって定義する。

  R=(1-ref)S+L  ・・・・・・・・・・・・(8.3)

ここに、refは物体(地表面)のアルベド、Sは物体(地表面) に入る短波放射量(日射量)、Lは大気から地表面に入る長波放射量 (大気放射量)である。ここに、アルベドとは入射光に対する反射光の比である。

もっとも単純な「有効入力放射量(R-σT4)=0」 の条件では、物体温度は物体が乾いていれば気温 T に等しくなるが、 湿っていれば気温 T より低くなる。

野外では、下向き長波放射量は低温・高温地域や季節で異なり 230~500W/m2程度(昼夜で大きな差はない)、 晴天日中の短波放射量は500~1000W/m2程度で、有効入力放射量 (R-σT4)は300~800W/m2程度になる。 夜間は短波放射量がゼロとなるので、(R-σT4) はマイナスとなり、-100 W/m2前後である。 低くて厚い雲で覆われたとき、(R-σT4)≒0である。

注意:エネルギーの単位
エネルギーの単位として、特に断わらない限り、 1秒間当たりの仕事率のワット (W=J/s)で表わすことにする。 その理由は、気象関係分野では、 例えば日射量について、日射1時間量とか、 日射1日量とか明記してあれば分かるが、 そうでない場合1時間量か半日量か月量か不明のことがあり、 比較できないからである。Wなら、1秒間当たりを表わし明確である。

注意:有効入力放射量と正味放射量の違い
正味放射量=「下向き放射量-上向き放射量」である。地表面温度をTsとしたとき、 上向きの長波放射量はσTs4で表わされるので、 正味放射量と有効入力放射量には(σTs4-σT4) の違いがある。したがって、陸面で1m離れた地点でも50~100W/m2 ほど異なる場合が多い。それゆえ、ごく近傍でも、 例えば裸地と植物葉面の温度について理論的に取り扱う場合は、 正味放射量(net radiation)ではなく、有効入力放射量(effective radiation) を用いるほうが合理的である。 有効入力放射量、つまり入力放射量と気温は広い地域を代表する値である。


8.3 湿った面の熱収支の特徴

熱収支の基本を理解するために、湿度観測用のアスマン通風乾湿計について 調べてみよう。

アスマン通風乾湿計
昔の湿度の観測方法は、温度計2本を使って、一方の受感部 (球部:球形や円筒形の水銀だまり)にガーゼを巻き水で濡らしたときの湿球温度と、 温度計の温度(乾球温度)の差から、湿度を求めていた。これら2本の組み合わせを 乾湿計と呼ぶ。湿球温度計の温度は空気が乾燥しているときほど低くなる。 図8.2はアスマン通風乾湿計の写真であり、最下端の二股に見える2つの吸気口の中に 乾球温度計と湿球温度計の受感部がある。 最上端に内蔵されているファンモータによって最下端から吸引された外気が 乾球と湿球に当たるようになっている。 アスマン通風乾湿計は安定した準基準器であり、観測が容易で精度もよく、 現在でも気象観測所の電気式湿度計のチェックに利用されている。

アスマン通風乾湿計
図8.2 アスマン通風乾湿計の写真(全長は上部の吊り具を含めて約0.46m)。 最下端の2つの吸気口から吸引された外気が乾球温度計と湿球温度計の受感部 (球部)に当たる。  


湿った小物体の熱収支
気温および周囲の物体温度も気温Tに等しい空間に、湿った物体(湿球) があるとする。湿球に入る放射量は周囲からの長波放射量R= σTである(T は絶対温度、単位はK)。これは、もっとも単純な、 「有効入力放射量(R-σT4)=0」の条件である。

湿球の熱収支式は次のように表わされる。

 R-σT4=(σTWET4 -σT4)+H+ιE+G ・・・・・(8.4)

ここに、TWETは湿球温度、Hは湿球から空気中への顕熱輸送量、 ιEは蒸発に伴う潜熱輸送量、Gは湿球内へ入る熱量であるが、 定常状態を想定しG=0とする。上式の左辺は0であるので、書き直せば、

   (σT4-σTWET4)-H-ιE=0  ・・・・・・・(8.5)

HとιEは次の式によって表わされる。

    H=CPρCHU(TWET-T)  ・・・・・・・・・・・(8.6)

     ιE=ιρCU [ qSAT(TWET)-q ]   ・・・・・・(8.7)

ただし、CPρは空気の体積熱容量(1気圧、20℃で 1.2×103J K-1m-3)、ρは空気密度 (1気圧、20℃で1.20 kg m-3)、qSAT(TWET) は湿球温度TWETに対する飽和比湿である。これら2式は バルク式と呼ばれている。「有効入力放射量(R-σT4) =0」の条件では、(TWET-T)<0となるので、顕熱はH<0となる。 すなわち顕熱が空気から湿球へ入る。これら3式を解き、3つの未知数 (TWET、H、 ιE)を求めることができる。 与える条件は気温T, 比湿q(または相対湿度rh), 顕熱の交換速度CHU と水蒸気(潜熱)の交換速度CUである。ここで、CU =βCHUと表わし、小物体を対象としておりβ=1.10とする。

エクセルでの計算方法
上記3式の解き方として、近似式で置き換え、解析解を求めれば解の定性的な特徴を 知ることができる。一方、厳密解は逐次近似法によって解くことができる (近藤、1994、p.134~p.135)。最近では、「エクセル」によって、 まず(TWET-T)=0、-0.1、-0.2、・・・を上式に代入し、 式(8.5)≒0になるときの(TWET-T)を見いだす。次いで、 その近傍で(TWET-T)を0.01℃刻みに変えて式(8.5)=0を見いだす。 そのときのHとιEが厳密解である。具体的には、例えば気温T=20℃のとき、 解の予想値としてTWET=20.0、19.9、19.8℃、・・・を第1列に並べ、 それらのσTWET4の数値を第2列に、 qSAT(TWET)の数値を第3列に、(TWET-T)= 0.0、-0.1、-0.2、・・・・を第4列に並べる。そうして、第5列目に、 例えば相対湿度がrh=0.9の場合について式(8.5)の左辺を計算してその数値を並べる。 この数値が0になるTWETが解である。

参考:CHと Cの違い
顕熱のバルク係数CHと蒸発(潜熱)のバルク係数Cは、 厳密には等しくない。それは物体表面に接する薄層で分子拡散が行なわれ、 熱に対しては分子温度拡散係数a(=2.12×10-5m2s-1、 20℃)、水蒸気に対しては水蒸気の分子拡散係数D (=2.54×10-5m2s-1、20℃)、 摩擦に対しては動粘性係数ν(=1.51×10-5m2s-1、 20℃)が働くからである。ν/aとν/Dの違いによってCHと C に差ができる。広い水面の場合はCE/CH=1.02~1.03であり (Kondo, 1975)、近似的に1としてよい。しかし、湿球温度計のように小物体では、 CE/CH=1.10となる(近藤、1994、p.172)。

図8.3は式(8.5)~(8.7)を解いた結果であり、空気中の相対湿度をrhとしたとき、 横軸を(1―rh)で表わしてある。縦軸は乾球・湿球の温度差(T -TWET) である。なお、rhの単位は%ではなく、0~1の単位で表わしてある。 横座標のゼロは湿度が飽和のときであり、温度差はゼロになるが、 空気が乾燥するほど湿球温度は低下し、(T -TWET)が大きくなる。 また、気温が高いときほど、湿球の低下は急激で(T -TWET) が急激に大きくなる。この特徴は表8.1に示したように、 飽和水蒸気量が温度とともに急激に増える性質が現れたものである。

未飽和度と温度差
図8.3 相対湿度の未飽和度(1-rh)と乾球・湿球温度差(T -TWET) との関係、パラメータは気温Tである。乾湿計を想定しCU =0.06m/s、β=1.10(CU=0.91 CEU)の場合。  


図8.3において、相対湿度rh=0.5(50%)のときの各熱収支量を表8.2に示した。 湿球温度が気温より低くなることで、放射量(σTWET4 -σT4)と顕熱 H が湿球へ入り、それが潜熱 ιE に変換されて 蒸発 E が生じている。なお、表の右端の列にボーエン比(H/ιE)≒-1を示した。 これは「有効入力放射量=0」の条件に対する値であり、 広い浅い水面・湿潤地の強風時(CUが非常に大のとき) の極限状態を表わす特徴である。近藤(1994)の図6.3は有効入力放射量= 700W/m2の場合であるが、その横軸の最大値よりさらに右方で H/ιE は 1 に漸近している。具体的に極限状態とは、雲量の多い (有効入力放射量が小さい)広い水面・湿潤地に猛烈な強風が吹くときである。

表8.2 相対湿度rh=0.5(50%)のときの熱収支量、湿球から放出される場合を プラス、入る場合をマイナスで表わした。放射量=σTWET4 -σT4、蒸発量 E は潜熱 ιE の換算値である。 

 気温   放射量 顕熱H 潜熱ιE 蒸発量E  H/ιE   ℃   W/m2 W/m2 W/m2 mm/d   10 -22  -311   333   11.8 -0.934   20   -34  -404   438   15.5 -0.922   30   -48  -544   544  19.2 -0.911



図8.4は、「乾球・湿球温度差」(横軸)と「湿球温度に対する飽和水蒸気圧と 空気の水蒸気圧の差」(縦軸)に直線的な関係があることを示している。 この図は気温T=10℃、気圧=1013.3hPaの場合であるが、直線の勾配は B=0.67hPa/℃となり、気温によらずほぼ一定である。 この特徴を使って水蒸気の量(湿度)を測るようにした測器が、 アスマン通風乾湿計である。

乾球・湿球温度差と水蒸気圧差
図8.4 「乾球・湿球温度差」と「湿球温度に対する飽和水蒸気圧と 空気の水蒸気圧の差」との関係、ただし、気温T=10℃、気圧p=1013.3hPaのとき。 


湿度観測の歴史
湿度の観測方法として、1950年以前には、温度計に風を当てない非通風式の乾湿計 が用いられてきた。百葉箱の中では風通しがよく、 乾湿計に当たる風速がゼロにならないこともあり、湿度の観測値に誤差が生じる。 こうしたこともあり、1950年1月から1970年代までは乾湿計の受感部に外気を当てる 「アスマン通風乾湿計」が使われるようになった.その変更時に, 乾球温度と湿球温度の差から湿度を求めるときに用いる「乾湿計定数」が変わった。 乾湿計定数は,通風速度と湿球温度計の球部の大きさによって変わる。 1950年の新機種の更新にともない相対湿度の観測値に5%程度の誤差、 月平均値で比較したとき、相対湿度に±2%の誤差がある(Kondo, 1967)。

気象庁では,1971年以降は順次,地上気象観測装置が導入され, おおむね15年ごとに測器は更新されている.地上気象観測装置「JMA-95型」 の前には,塩化リチウム露点計(隔測湿度計と呼ばれる)が使用されてきた. 現在の電気式湿度計(静電容量式)は「JMA-95型」への更新に伴い, 1996年3月以降更新した官署より順次使用するようになった. 電気式湿度計(静電容量式)は高分子膜のセンサに含まれる水分の量 (空気中の湿度による)によって誘電率が変わることを利用したものである. 前記したように、アスマン通風乾湿計は観測が容易で精度もよく、 現在でも気象観測所の電気式湿度計のチェックに利用されている。

アスマン通風乾湿計による観測誤差
図8.4から、アスマン通風乾湿計の原理がわかったので、より詳しく調べてみよう。 アスマン式の水銀温度計の細長い水銀球部の大きさは長さ=20mm, 直径=6mmであり、 いずれもガラスを含む寸法である。水蒸気圧e(hPa)は、気圧をp(hPa)、 気温(乾球温度)をT(℃)、湿球温度をTWET(℃)、湿球温度に対する 飽和水蒸気圧をeSAT(TWET)(hPa)とすれば、 次式で計算される。

e= eSAT(TWET) -0.667(p/1013.3)(T-TWET)  ・・・・・(8.8)

ただし、数値の0.667は気温T=20℃、通風速度U=2.5m/sのときである。 ここにB=0.667(p/1013.3)をアスマン乾湿計定数と呼ぶ(単位:hPa/℃)。

なお、1950年以前に使われていた非通風式の乾湿計(U=0、フース型の球形の湿球) の乾湿計定数は気圧=1013.3hPaのとき0.93 hPa/℃(温度=20℃)であり、 室内ではよいが、百葉箱内でのUのわずかな違いで大きく変わる不安定性がある。

図8.5は実験(プロット)および理論計算(実線、破線、一点鎖線)によって 得られた乾湿計定数と風速の関係である。実験値と理論値はよく一致している。

乾湿計定数の実験値と理論値
図8.5 乾湿計定数Bと風速の関係、ただし気圧=1013.3hPaのとき (Kondo, 1967, Fig.7をもとにBの単位は昔の単位mmHg/℃を 現在の単位hPa/℃に変えてある)。番号1:温度=40℃、2:温度=20℃、 3:温度=0℃(水面)、4:温度=0℃(氷面)、 いずれもアスマン式の細長い水銀球部。5:温度=20℃で湿球が直径11mm の球状のフース式の水銀球部。三角印はフース式の実験値、 四角印と丸印はアスマン式の実験値である。  


図8.5に示されているように、理論計算によれば、Bは水銀球部の形状と 大きさによって変わるほか、気温10℃の上昇に対して2%大きくなる。 Bは湿球に当てる風速によっても変わり、風速Uが1m/s以下の範囲で大きく変わる。 Uが2.5m/sから1m/sに弱くなればB=0.667 hPa/℃が0.704 hPa/℃に5.5%大きくなり、 逆に10m/sに強くなれば、B=0.667 hPa/℃が0.630 hPa/℃に5.5%小さくなる (Kondo, 1967)。

風速Uは2.5m/s前後を保つようにすべきだが、仮にU=1m/sで測った場合、 乾湿計定数Bを変えないで水蒸気圧を計算したときの誤差を見積もってみよう。 気温T=20℃(20℃の飽和水蒸気圧=23.38hPa)とし、次の2例を想定する。
① 水蒸気圧e=13.72hPa(相対湿度rh=0.58=58.7%)
② 水蒸気圧e=5.61hPa(相対湿度rh=0.240=24.0%)

表8.3 アスマン通風乾湿計の通風速度=1m/sで観測したときの誤差 

① e(hPa) rh(%) Tw(℃)   ② e(hPa) rh(%) Tw(℃) 真値  13.72 58.7 15.00 5.61 24.0 10.00 観測 13.89 59.4 15.10 5.97 25.5 10.24 誤差 0.17   0.7 0.10 0.36   1.5 0.24



表8.3に示すように、空気が乾燥しているとき誤差が大きくなり、 条件②の場合の相対湿度rhの誤差は1.5%、水蒸気圧eの誤差は0.36hPaとなる。 通常の日常生活や天気予報においては、これが許容誤差の上限であろう。 しかし、地球温暖化など気候変動問題では、相対湿度の1%の変化が地上における 放射量(日射量と長波放射量)に2W/m2程度の変化をもたらすので、 無視できない。それゆえ、気候変動の監視では、相対湿度の月平均値・ 年平均値の誤差は0.5%以下であることが望ましい。

参考:教科書に注意(正しくは、乾湿計定数は風速や湿球の形状と 大きさによって変わる)
多くの教科書や解説書によれば、湿度を求めるときに用いる乾湿計定数は、

*=pCP/0.622ι=0.653 hPa/℃、(p =1013.3hPaのとき)  ・・・・(8.9)

だと説明されている。ここに、pは気圧、CP (=1005 J kg-1K-1)は乾燥空気の定圧比熱、 ι(=2.453×106 J/kg、20℃)は水の単位質量当たりの 蒸発の潜熱である。式(8.9)は、湿球温度が蒸発の潜熱を失うことで 下がるという単純な考え方で導出されており正しくない。実際は、 熱移動の過程を考慮しなければならない。前記したように風洞内で行なった実験、 および伝熱工学の理論に基づく計算によれば、実際の乾湿計定数Bは強風になるほど 小さくなる。また形状によっても変わる(山本義一・山本牧,1948;Kondo, 1967)。 このことは、日常の経験からも明らかである。すなわち、 指先を濡らして風に当てると、強風になるほど指先が低温になり冷たく感じる。 そのとき空気の水蒸気圧は同じであるので、指先の乾湿計定数が強風になるほど 小さくなることを意味している。

このことを乾湿計定数の解析解から理解しよう。解析解は、 以下のように求めることができる。(T-TWET)が小さいとき 式(8.5)にて

σTWET4≒σT4-4σT3 (T-TWET

と近似する。また、比湿の式(8.1)において

eSAT(TWET) <20hPaとして
(p-0.378 eSAT)≒p
(p-0.378 e)≒p

と近似すれば、乾湿計定数Bはp=1013.3hPaのとき、

  B ≒B*×[(4σT3/ρCPCEU)+(1/β)]  ・・・・・・(8.10)

で表わされる。ただし、β=CEU/CHUである。 式(8.10)からわかることは、CEU が風速とともに大きくなるので、 Bは風速とともに小さくなる。多くの教科書に掲載されているB*は、 式(8.10)の[ ] 内に表わされている熱移動の過程を無視して1としたとき、 偶然にも、気温T=20℃、通風速度U=2.5m/sのときのアスマン通風乾湿計の 乾湿計定数と2%の違いで一致したに過ぎない。

熱移動の過程は次の通りである。式(8.10)の[ ] 内第1項の分子は長波放射の 移動過程を表わし風速に依存しないが、分母は水蒸気の移動過程を表わし 風速の関数である。第2項は、小物体では無視できないファクターであり、 顕熱移動(温度拡散係数)と水蒸気移動(水蒸気拡散係数)の違いを 表わしたものである。解析解は近似であるが、これを用いて考察すると、 面白いことがわかった。


8.4 広域における熱収支量の特徴

晴天日の広域における熱収支の特徴
前節では、代表的な条件「有効入力放射量(R-σT4) =0」について考えた。本節では、広い地域の日中の代表的な条件として 「有効入力放射量(R-σT4)=700W/m2」 について検討する。地表面が湿潤面と半乾燥面の2例とし、 その温度をTsで表わすことにする。

図8.6は、気温T=20℃、相対湿度rh=0.5(50%)とし、 交換速度はCU=0.005(弱風時)と0.05m/s(強風時)、 蒸発効率はβ=1(湿潤面)と0.1(半乾燥面)の場合を示した。 上右図は半乾燥面の弱風のときで、地表面温度の上昇を大きくすることにより、 上向きの長波放射量Lを多く放出し、バランスが保たれている。 一方、下左図は湿潤面の強風のときを表わし、Ts<T で顕熱H<0となっている。 これは、強風で蒸発が促進され、その潜熱(ιE)を補うように顕熱(H) が生じている。その他、図からわかる特徴を表8.4にまとめた。

エネルギー配分
図8.6 広域における熱エネルギーの配分、入力の放射エネルギー(反射エネルギーを除く) =700W/m2、気温T=20℃、相対湿度rh=0.5(50%)の場合 (Kondo and Watanabe, 1992;近藤、1994、の図6.3をもとに作成)。
上左:弱風でβ=1(湿潤面)、上右:弱風でβ=0.1(半乾燥面),
下左:強風でβ=1(湿潤面),下右:強風でβ=0.1(半乾燥面)の場合である。 




表8.4 広域における熱エネルギーの配分、弱風(CU=0.005)と強風(CU=0.05m/s)、 湿潤面と半乾燥面の条件における特徴の比較。 

       湿潤面(β=1)       半乾燥面(β=0.1)  弱風   ιEがやや多い      表面温度Tsの上昇が大       Ts=26.7℃ Ts=38.8℃       H/ιE=0.20 H/ιE=2.16 L=σTs4=537W/m2が特に大  強風   Ts<T、 H<0    Hの風速依存性が弱い Ts=15.8℃ Ts=22.5℃       H/ιE=-0.46 H/ιE=0.96(風速依存性大)       ιE=560W/m2が特に大 L=σTs4=396W/m2が特に小



これまでに学んだことから、地表面温度と熱エネルギーの配分を決める 主要なパラメータは交換速度CUと蒸発効率βであることがわかった。 CUの具体的な値、およびβの最大値の目安は近藤(2000) の表5.1と表7.4にそれぞれ示されている。

降雨日の森林の蒸発量(遮断蒸発量)
東京都港区白金台の森林公園「自然教育園」(樹木の平均的な高さは14m) の樹冠上で6年半にわたり、乱流変動の直接観測から求める方法によって、 顕熱・潜熱輸送量が得られた。熱収支解析の結果、 森林の顕熱輸送量に対する交換速度として、次式を得た(近藤・菅原、2016)。 「東京都心部の森林(自然教育園)に おける熱収支解析」

CHU=0.01 + 0.01× U1/2 ・・・・ (8.10)

ただし、U(単位:m/s)は高度35mの風速である。仮にU=20m/sとすれば、 CHU=0.055m/sであり、乾湿計の図8.3と図8.4で用いたCU =0.0546m/sとほぼ同じである。したがって、 アスマン通風乾湿計の湿球の熱収支を調べることは、 暴風雨時における濡れた森林の蒸発量(遮断蒸発量)を調べることになる。 なお、日本各地の森林における年蒸発散量(晴天日の蒸散量と降雨日の遮断蒸発量 の和)は湖面の年蒸発量にほぼ等しくなっているが、 年蒸発散量の約40%が降雨日の遮断蒸発量である (「身近な気象のふしぎ」の第9章)。


まとめ

(1)熱収支の基本的な特徴を理解するために、まず、簡単な「有効入力放射量=0」 の条件について、湿度観測の準基準器とされているアスマン通風乾湿計の湿球の 熱収支を調べ、その特徴を知った。この小湿球の熱収支は、意外にも広域の 水面・湿潤面の強風時の熱収支、あるいは暴風雨日の濡れた森林からの蒸発量 (遮断蒸発量)を調べることに対応している。これらに共通する条件 (蒸発効率β≒1、交換速度が大)では、湿球あるいは広域面の温度が気温より 低くなり、おもに大気から入る顕熱のエネルギーによって蒸発が生じている。

(2)アスマン通風乾湿計の乾湿計定数0.667hPa/℃は、気圧=1013.3hPa、 気温=20℃、通風の風速=2.5m/sのときの値である。乾湿計定数は、 風速が弱くなれば大きくなり、気温が高いときほど大きくなる。 気温10℃の上昇に対して乾湿計定数は2%大きくなる。 Uが2.5m/sから1m/sに弱くなれば5.5%大きくなり、 逆に10m/sに強くなれば5.5%小さくなる。

本稿では取り上げなかった、水面や森林におけるボーエン比 (=顕熱輸送量/潜熱輸送量)と気温の関係、気孔から蒸散が行なわれる 植物の葉面の蒸発効率、その他については、「身近な気象のふしぎ」の 第8章「蒸発・蒸散量と気温の関係」で取り上げる。


文献

近藤純正(編著),1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支-. 朝倉書店,pp.350.

近藤純正,2000,2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会.pp.324.

近藤純正・菅原広史,2016:K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke123.html

山本義一・山本 孜,1948:乾湿計定数に及ぼす風速の影響.気象集誌, 2nd Ser., 26, 特別号,54-58.

Kondo, J., 1967: Psychrometric constant for different sizes of the wet-thermometer. Sic. Rep. Tohoku Univ. Ser. 5, Geophy. , 18, 125-137.

Kondo, J., 1975: Air-sea bulk transfer coefficients in diabatic conditions. Boundary-Layer Meteor., 9, 91-112.

Kondo, J., and T. Watanabe, 1992: Studies on the bulk transfer coefficients over a vegetated surface with a multilayer energy budget model. J. Atmos. Sci., 49, 2183-2199.



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