2000/03
★★★★★「青の炎」貴志祐介/角川書店
「ようやく、実感を持って、理解することができた。人を殺すというのは、こういうことなのか。眠っている間は、自分が人を殺したという記憶から目をそむけ、事実を否定することができる。悪夢は、目覚めたときから、始まるのだ。完全に覚醒して、自分が人殺しであることが、けっして夢などではなく、動かしがたい事実であったことを悟ってから・・・。
やってしまったことは取り返しがつかない。
時間は、元には戻らない。
記憶は、けっして忘れ去られることはない。
生涯が終わる、最後の一日まで。
秀一は、目を閉じた。ほんの束の間でも現実を忘れ、夢という、優しい嘘で造り上げられた世界の中に逃避するために。」(p.220)
「この先、人生にどんなに楽しいことがあったとしても、どれほど感動する出来事に出会えたとしても、しばらくたてば必ず、自分が人殺しであるという事実を思い出していることだろう。」(p.318)
「学校と自宅とを往復する際、周囲のものは、何一つ、目に入らなかった。世界は、まるで白黒のフィルムのように、色褪せていた。
それが、今は、なぜ、こんなに美しく見えるのだろうか。前途には、もはや何も待っていないというのに。」(p.381)
少年犯罪がテーマだけれども、謎解きや推理小説の類ではなく、少年の心理描写にテーマの中心をおいている。少年犯罪がテーマの小説の中では、この作品は抜群にいい作品なんじゃないかと思う。それにしても、最初から最後まで読んでいて悲しい感じだった。
★★★★「スプートニクの恋人」村上春樹/講談社
「等身大の鏡の前を通りかかったときになにげなく目をやると、そこにはぼくの顔がうつっていた。その顔はちょっと奇妙な表情を浮かべていた。それはたしかにぼくの顔だったが、そこにあるのはぼくの表情ではなかった。でもわざわざもう一度引き返してくわしく調べてみようという気持ちにはなれなかった。」(p.101)
「わたしにはその時理解できたの。わたしたちは素敵な旅の連れであったけれど、結局はそれぞれの軌道を描く孤独な金属の塊に過ぎなかったんだって。遠くから見ると、それは流星のように美しく見える。でも実際のわたしたちは、ひとりずつそこに閉じ込められたまま、どこに行くこともできない囚人のようなものに過ぎない。」(p.171)
「でもそこでぼくが感じたのはたとえようもなく深い寂寥だった。気がつくといつの間にか、ぼくを取り囲んだ世界からいくつかの色が永遠に失われてしまっていた。そのがらんとした感情の廃墟の、うらぶれた山頂から、自分の人生をはるか先まで見渡すことができた。それは子供の頃に空想科学小説の挿し絵で見た、無人の惑星の荒涼とした風景に似ていた。」(p.260)
「人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか手にすることができないとくべつなものごとがある。それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、松明としてかざして生きていくことができる。でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。」(p.262)
主題は、上に挙げたp.262の文章なのだと思う。よくわからない抽象的な言い回しが多い村上春樹の小説の中、この本はとても意味がはっきりと伝わった。あるとくべつな年代にとくべつなものを手にすることが出来なかった、その絶望感、というものほど深く感じる絶望は人生のうちにほとんどないんじゃないかと、自分もそういう風に思う。
★★★「中原中也の手紙」安原喜弘/青土社
「又或時は彼は裏街の酒場で並居る香具師の会話にいきり立ち、その一つ一つに毒舌を放送して彼らを血相変えて立ち上がらせるのであった。そして彼は、取り巻く香具師の輪の中で何か呪文のようなものを唱え、やがてそこを踊りつつ抜け出すのである。学者達の会話は特に彼の憤激の因となった。誰彼の見境なく彼はからんだ。」(p.31)
★★★「HEAT」3巻池上遼一/小学館
「・・・いま、殴りたい人間ブン殴るのは、極道だけでしょう・・・・・」(p.93)
★★「モオツァルト・無常という事」小林秀雄/新潮文庫
「天賦の才というものが、モオツァルトにはどんな重荷であったかを明示している。才能がある御蔭で仕事が楽なのは凡才に限るのである。十六歳で、既に、創作方法上の限界に達したとは一体どういう事か。『作曲のどんな種類でも、どんな様式でも考えられるし、真似できる』と彼は父親に書く。しかし、そういう次第になったというその事こそ、実は何にも増して辛い事だ、とは書かない。書いても無駄だからである。彼は彼なりに大自意識家であった。若し彼に詩才があったなら、マラルメの様に『すべての書は読まれたり、肉は悲し』と嘆けただろう。」(p.21)
★★「月下の棋士」27巻能條純一/集英社
「氷室・・・おめぇは輝いとる!!いつ、どこにいても・・・輝いとるよ。 その輝き・・・・・努力なんぞじゃとうてい身につかん代物じゃ。」(p.88)
★★「カバチタレ!」2巻青木雄二/講談社
「安心しといてくださいや ワシらはプロじゃ」(p.76)
★「エンド・オブ・ザ・ワールド」岡崎京子/伝祥社
「私はとても疲れている。苦しむには若すぎる、と人は言う。 なんという秩序。 存在するということのほかには、何も私に起こりえない。 賛成だ。異常な倦怠。」(p.114)
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