ことばをめぐるひとりごと
その27
漢字は、えらくない!
1997年4月29日、NHK総合テレビで「クイズ漢字はえらい!」という番組が放送されました。これと同じ企画が、同じタイトルで、1996年12月28日に放送されているのですが、2回目はだいぶ趣向を変えてありました。
1回目は一説によると「雨傘番組」として用意されていたものが年末特集で放送されたのだそうですが、その回はとうてい正視に堪えないものでした。テストみたいに漢字の「知識」を試していました。動植物の漢字をよく読める女優さんが得意満面で正答を当てていた一方、漢字を知らない解答者は心底しらけてスネていたように見えました。
ちなみに、その時の問題は「馴鹿・土竜・柳葉魚・孑孑・心太・牡蛎・若布・牛蒡・薯蕷藷・辣韮・菠薐草」などでしたが、お分かりになりますか。分かる人はいいかもしれませんが、分からなければ、テレビを見ていてもちっとも面白くないに違いない。総じて第1回は、漢字を知っている人が知らない人を差別するような、後味の悪い、恥ずかしい印象を与えるものでした。
そういうわけで、僕は第2回の放送も「だいじょうぶかなぁ」と心配しながら見ました。しかし、NHKもだいぶ考えたのでしょう、前回に比べてエンタテインメント性の高い、安心して見られる出来になっていました。たとえば、「束子(たわし)」という漢字の読みを当てさせるにも、その漢字のパネルを持った子役(三倉佳奈・茉奈ちゃん)に大阪の町を歩かせて、現物を探させたりするという凝った趣向が面白かった。
さて、こういう番組を見るとき、僕が気になるのは2点あります。
1つは視聴率。曲がりなりにも日本語を研究している身にとっては、日本語に関するテレビ番組が、つまり日本語というものがどれだけ人々の関心を集めるのか、とても気になります。これについては、この番組が大評判になったといううわさは今のところ聞こえてこないので、視聴率もそれほど高くなかったのかなあ、と思っています。
もう1つは、何といっても番組の姿勢です。制作者の哲学といってもよろしい。作る側が、漢字というものをどう捉えているかということです。この点で、僕はこの番組にちょっと疑問を持ってはいます。
まず「漢字はえらい!」というタイトルが気に入らない。「えらい!」というのは、何か幇間(たいこもち)が軽薄に客をおだてているようだ。僕にとって漢字というのは、「えらい」というよりは、もっと身近な親しみを感じるものです。センスは別として、「漢字はともだち」という感覚で番組を作ってほしいのです。
「漢字はえらい」といって、神棚にたてまつってしまうような感覚は、番組の中にも感じられるのですね。冒頭で司会者(小倉智昭)が「今世界で使われている文字の中で漢字はいちばん歴史が古く、3300年前から使われていたんです」と言っていました。それは確かに過去の歴史も大事なのですが、漢字は今に生きて使われているものだから、もっとそういうところを取り上げてほしかった。
たとえば、街を歩いていると、工事現場で「スレート斫り」などというパネルに出くわします。「はつり」と読み、削ることではないかと思われますが、「斫」という字は工事現場で独特に使われる漢字のようです。クイズとしては「この字は街のどこで見かけるでしょう」などというふうにしてはどうかな。
それから、漢字は海外でも使われています。朝鮮語では敷地のことを「垈(テ)」というようで、あちらでも不動産関係ではひんぱんに使われます。ところがこの「垈」というのは朝鮮で作られた独特の文字らしい。日本で「垈(ぬた)」という字がありますが、偶然の一致でしょう。クイズでは韓国のVTRなんかを駆使して、「さてこの中で朝鮮で作られた文字はどれ?」などというのはいかが。
問題作りにはセンスが必要なので、上のような案ではショウアップできないかもしれませんね。ただ、言いたいのは、漢字の過去の栄光(歴史)だけをクイズにするのではなく、現在の生活に役立つような面を取り上げてほしい、ということです。
(1997.05.05)
|