安芸 吉川元春館



お城のデータ
所在地 広島県山県郡北広島町海応寺
遺 構 石垣、土塁、屋敷(復元)、庭園(復元)
形 式 居館 築城者: 吉川元春 築城年代: 天正10年


見 ど こ ろ

 吉川元春館は、居城日野山城の西南の麓にあり、志路原川の河岸段丘に築かれ、川が堀の役目を果たしている。

 居館東正面には高さ約3mの石垣が80mに渡って築かれ、居館の残る三方は芝土塁となっている。 居館の正面虎口の左右に大ぶりの石材を積み上げた様式は、万徳院松本屋敷火野山地土居屋敷今田氏館二宮氏館などにも見られる。

 居館内は良く整備され、台所が復元されているほか、屋敷などの建物の礎石が残り、また貴重な庭園の遺構もあった。 復元(修復)された南側の芝土塁の外は空堀となっていた。 


歴     史

 吉川元春館は、天正10年に吉川元春の隠居所として築かれた。 元春は、毛利元就の次男に生まれ、天正16年に吉川興経の養子となり吉川氏の家督を嗣いだ。 吉川元春は、小早川氏を継承した弟隆景と並んで『毛利両川』と呼ばれる。

 天正10年、毛利氏は備中高松城水攻めに対して羽柴秀吉と和議を結んだが、この和議に異を唱えていた元春は、この秀吉との和議の後、家督を嫡子元長に譲って隠退した。

 元春は、天正14年、豊臣秀吉の九州征伐の際に秀吉から強く出陣要請を受け九州に出陣するが、豊前小倉にて病死した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陽本線広島駅〜バス/千代田IC・道の駅〜バス/海応寺
 車 : 中国道千代田IC〜国道261号線〜国道433号線
駐車場: 吉川元春館の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
毛利両川、吉川元春の隠居所として築かれた居館。

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