ショパン スケルツォ CD聴きくらべ 

シプリアン・カツァリス(TELDEC/1984) <決定盤>
これぞ、スケルツォ。ショパンのスケルツォに潜む諧謔性を理解したうえで4曲の性格の違いを的確に描き分けているほぼ唯一の録音です。内声えぐりだしなどの小技は第1番において掛留音の強調に用いられますし、第2番では得意とする跳躍を生かして圧倒的なスピード感をもたらす演奏になっています。そして第3番ではデモーニッシュな中に諧謔性とロマンティシズムを織り込んだ複雑な曲想を見事に表現します。難しい第4番は特に素晴らしく、主部の洒脱さは他のピアニストの追随を許しませんし、トリオでは一転してメランコリックな情感を出しつつポリフォニーを立体的に聞かせます。全体的にテンポが速めで弾かれるので指がまわることに感心しますが、音色の使い分けやピアニッシモの美しさなどカツァリスの個性も十分に反映されています。というよりも、カツァリスの個性がショパンのスケルツォにうまく一致したのだと思います。バラード全曲+スケルツォ全曲の廉価版が出ていますので、お買い得です。
ジョナサン・シナール(IMP CLASSICS/1995) <おすすめ>
シリアスに弾かれたスケルツォではこの録音が最高だと思われます。第4番以外は諧謔性を強調せず、バラードのように雄弁な純音楽として解釈して弾いていると思います。そのため、強弱の起伏が大きくドラマティックな表現が随所に見られます。音色も非常に美しく、ショパンをじっくり聴きたい人に特におすすめしたい1枚ですが、なかなか入手困難なようです(ピアニストのアルファベット表記はJonathan Shin'ar、輸入盤ショップ等で見かけたら即ゲットをおすすめします)。バラード全曲と一緒に収録されており、そちらも名演です。
マウリツィオ・ポリーニ(DG/1990)
全体的にペダルを踏みすぎる傾向にあるようで、ピアノの響きはゴージャスなのですが、細かなアーティキュレーションがスポイルされがちです。そのため、諧謔性が表現されにくく、デモーニッシュな雰囲気が全面に出てきます。それが男性的な迫力に繋がっており、ショパンもそういう力強さを求めていたことは確かなので、全く的外れというわけではありません。特に第1番や第2番などはなかなか良いと思います。ただ、この録音の欠点はやはりトリオの演奏構築の平板さにあると思います。この人ほどポリフォニーの表現を省略するピアニストは珍しいと思うのですが、ショパンのスケルツォのトリオからポリフォニーを取り去ると非常に平凡な音楽になってしまうのです。重厚長大系の表現ばかりが印象に残ってしまうのはそのためだと思います。
アレクセイ・スルタノフ(TELDEC/1991)
1995年のショパンコンクール最高位(1位なしの2位)のスルタノフは1969年生まれなので、このCDはまだ22歳の時の録音ということになります。しかし演奏解釈にはすでに個性が十分に反映されていることがわかります。不協和音や和声の解決をことさら強調したり、アゴーギクとアーティキュレーションが独特だったり、一聴すると思いつきか気まぐれに弾いているような感じなのですが、実際には相当に練られたもののようです。はっきり言ってしまうと、ホロヴィッツのように弾こうとしているのだと思います。それがはっきりわかるのが第1番で、ごつごつしたタッチの音色やオクターブ下げて出す左手の爆音、最後の半音階をリスト風のオクターブ奏法で弾くなど、ホロヴィッツの演奏をしっかりコピーしています。スルタノフは相当なホロヴィッツのマニアだったようで、その点でこの演奏は立派な「冗談」になっています(笑)。なおデモーニッシュな箇所だけでなく、トリオにおける美しい歌いまわしも魅力的です。
リ・ユンディ(DG/2004)
表現の幅が広く、聴き栄えのする演奏です。微妙なニュアンスの表現があまり上手くないことを逆手にとって、デモーニッシュなところは極端にデモーニッシュに、柔らかな箇所はとことん柔和にすることで対比をはっきりさせるという方針でまとめられています。ただ、どの曲も同じような方針のため、4曲の性格の違いが不明確になってしまったと思います。多くのピアニストが苦労する第4番などは彼に合っている曲でとても素敵な演奏ですが、やはりトリオは少々掘り下げ不足だと思います。このあたりは若さということで、今後のさらなる成長に期待しましょう。なおこのCDには即興曲も収録されており、それも良い演奏です。ユンディのCDとしてはこれが一番完成度が高く、お勧めできます。
エリソ・ヴィルサラーゼ(Live Classics/1998)
ライヴ一発録音ということが信じられない完成度の高さです。4番は少々弾きにくそう(スタミナ切れ?)ですが、1〜3番はキズらしいキズもなく、しっかりと弾ききっています。この人はもともと音楽を非常にシリアスに捉えて演奏するタイプだと思われ、スケルツォにはあまり向いていないかと予想していたのですが、良い意味で裏切ってくれました。2番の快活なフレーズなどもとても軽やかに弾いています。4曲通してペダルは少なめ、薄めになっているのがポイントだと思います。これにより、速いフレーズがコロコロ転がる面白さとか、スピード感がよく表現されています。
スヴャトスラフ・リヒテル(Regis Records/1977)
録音があまり良くないのですが、それでも多彩な音色を使い分けて曲調の移り変わりを演出していることが伝わってくる演奏です。ヴィルサラーゼの精度をぐっと上げたような感じです。ヴィルサラーゼはリヒテルの弟子なので似ていて当然なのですが(笑)。全体に非常に丁寧に弾かれていてさすがはリヒテルと思いますが、丁寧を通り越してネチネチした粘着性を感じさせる場面もあり、ちょっとやりすぎという感じもします。スケルツォ部も生き生きしたリズム表現よりも、横方向のフレーズの流れを重視している感じで、もうちょっと快活さが欲しいかなと思いました。あとリヒテルというと、すぐ弱音ペダルを踏み込むので音色が引っ込んでいってしまう印象があるのですが、この録音もそういう場面が多くフラストレーションが溜まります。凄いとは思いますが好きになれないピアニストなので、厳しい評になってしまいました。
ピオトル・パレチニ(Pony Canyon Classics/1990)
2005年ショパンコンクール副審査委員長のパレチニ氏の録音です。ショパン研究家らしく楽譜の読みが非常に深く、参考になると思います。氏のマスタークラスを聞いたことがあり、そのときも思ったのですが、かなりのヴィルチュオーゾです。分厚い掌の重みを生かし安定したタッチ、大柄な体格から生まれるフォルテシモなど、イエフィム・ブロンフマンによく似たピアニズムです。なのでこのCDは一言で表現すると「すさまじい演奏」です。非常に指がよく回る人で、デモーニッシュな箇所では暴風が巻き起こるような激しさを感じさせます。速いテンポでも和声が濁らないなどペダルワークもすごく上手いですし、音色そのものが良いので何をやっても破綻しない強さを持っています。一方で沈静した繊細な表現も上手いのですが、この録音ではスケルツォの主部はできるだけ速く、逆にトリオは非常に遅く弾くという方針のようで、アゴーギクに差を付けすぎているのが気になりました。随所でブレーキがかかったようなルバートが入るので聴いているのが辛いです。非常に上手いので感心するのですが、感動につながりにくい要因はそこにあると思います。併せて収録された幻想曲と英雄ポロネーズも重量級の演奏です。
アルトゥール・ルービンシュタイン(RCA/1959)
少し遅めのテンポですが、攻めるところは果敢に攻めていますしフォルテが力強く男性的な解釈の演奏をしています。バスを豊かに響かせる場面が多く、これが安定感と力強さの演出につながっていると思います。ただ諧謔性はほとんど感じられません。全体的に生真面目さが支配していて、もう少しおどけた雰囲気の強調などがあってもよいのではないかと思います。それほど速くないにもかかわらず、麗しさやスピード感を実感させるフレージングはさすがに上手いです。
セシル・ウーセ(EMI Classics/1987)
全体として節度を持って弾いていて、過度にデモーニッシュにならないように気を遣っているようです。しかし、流れがスムーズでない箇所があったり、どこか不自然に感じるフレーズがあったりと、どうもスケルツォ自体が苦手っぽい雰囲気がします。1番はうまく掛留音を強調していて面白いのですが、2番や4番はテンポが遅く弾きにくそうです。3番も主部を機械的に処理しているのであまり良くありません。とても実力のあるピアニストなのですが、スケルツォとの相性はあまり良くなかったようです。
イーヴォ・ポゴレリッチ(DG/1995)
精妙なタッチと、ピアノを響かせすぎない微妙なペダリングを駆使することによって諧謔性を作り出した個性的な演奏解釈です。速いフレーズほどアーティキュレーションを明瞭に表現し、トリオなどメロディアスな箇所はしっかり歌っているのでメリハリもあります。スケルツォ主部はポゴレリッチに特有な刺々しさがありますが、それがトリオでガラッと変わる面白さが演出されていると思います。あと瞬間、瞬間におけるピアノの響きの透明感が非常に美しく、ポゴレリッチらしいデリカシーを満喫できるCDだと思います。
アール・ワイルド(Ivory Classics/1990)
75歳とは思えない演奏です。90歳を過ぎても現役ピアニストとして活動していることから想像できるように、これを録音したときはまだまだ絶好調という雰囲気が伺えます。ワイルドは若い頃からヴィルトゥオーゾとして名を広めた人ですが、この録音は至って普通です。極端な解釈や技巧のひけらかしは全く見られません。抑制されたトーンを基調に、過度に深刻になるのを防ぎつつ、曲全体の表現のバランスを重視した演奏です。さすがにテンポは速めで、1つ1つの音をきちんと打鍵しつつも流麗なフレージングになっています。他のピアニストが粘っこく聞かせたがる箇所も、機械的にならない範囲でインテンポで弾いています。要するに、スケルツォらしい拍子感やテンポ感を損なわないように、不要なテンポ操作は極力行わないという方針が貫かれています。例えば3番などは徹頭徹尾インテンポで弾いています。この曲の第二主題コラールをゆっくり弾くピアニストが非常に多いのですが、インテンポを貫くことでスピード感が持続し、緊張感を保つことに成功していると思います。
タマーシュ・ヴァーシャリー(DG/1963)
4曲ともテンポは少々遅めで、フレージングを明瞭に表現することに注力した様子が伺えます。1番はペダルを使いすぎないようにして掛留音を強調しながらコロコロとしたフレーズの流れを表現しています。過度にデモーニッシュに弾かれがちな主部を絶妙にコケティッシュな表情でまとめるセンスはさすがです。またトリオの歌の上手さもこの人ならではでしょう。2番は主部において重厚な和音と軽く速いフレーズの対比をはっきり打ち出しています。この曲もトリオはあまり攻めず、主部との関連性を重視してまとめています。3番は遅めながら1曲を通してインテンポが貫かれていて、ワイルドと同じように緊張感を演出しています。和声の変化につれて刻々と音色も変えているのが面白いです。4番は落ち着いたニュアンスでまとめています。この曲はせかせかしたニュアンスで弾く人が多いので、ちょっと異色です。細かなフレーズは流すように弾いて、大きい単位で歌っているため忙しくならないのが良いです。またトリオのメランコリックな表現の作り方は、この人の独擅場です。
ジャンルカ・カシオーリ(DECCA/2004) <超個性派>
非常に個性的な演奏です。いつのまにこんなピアニストになってしまったんだろう?と思いましたが、カシオーリ自身が書いた長い解説を読んで納得。解釈から始まって現代におけるショパン演奏のありかたなどの苦悩を素直に語っており、とても興味深かったのです。個性の強烈さからいうと、プレトニョフやポゴレリッチを上回ってる部分もあると思います。しかも、どこをとっても美しい。1番の主部は細かいフレーズを追わず大きな音符だけを繋いでいきます。デモーニッシュな感覚は皆無で、むしろ愉悦に満ちています。こんな1番は初めて。2番は全編変化球という感じで、まともに弾いているところはほとんどありませんが、やはり音色などは非常に美しいです。3番は2種の主題対比に工夫が見られます。躍動的で刺々しい第一主題に対し、第二主題を柔和に表現するため和音をすべてアルペジョにしています。4番も気まぐれな曲調を掌中に納めて弾いており、トリオにおける彫りの深い演奏構築なども素晴らしいです。
ミハイル・プレトニョフ(DG/2000)
カーネギーホールにおけるライブ録音。これまた個性的で、めちゃくちゃ上手い演奏です。好き嫌いは分かれると思いますが、プレトニョフの持つピアノ演奏技術のすごさが最もよくわかるCDではないかと思います。1番は軽妙洒脱に始まります。ホロヴィッツみたいなデモーニッシュな展開をしないので「あれれ?」と思って聴いていると、再現部からコーダにかけて一気に大爆発してホロヴィッツの物まねをしてくれます(笑)。2番は浅いタッチを多用して軽さを演出しています。トリオもあまり濃厚にせず、重厚な表現を意識的に避けているようです。3番は音色の使い分けが秀逸で、万華鏡のようにきらめいたり、バスが朗々と歌ったり、かと思えばトッカータのような主部が鋭く切れ込んできます。4番は「ロマンティックな悪ふざけ」とでも呼びたくなる気まぐれな表現で、速いフレーズにおける1つ1つの音のタッチ制御などあまりに完璧で笑ってしまいます。プレトニョフの場合、ライブの方がスタジオ録音よりも表現の幅が広くなるようで、自由自在なデュナーミクや音色表現など、彼の魅力が存分に発揮されていると思います。
ダン・タイ・ソン(Victor/1994)
全体的に軽やかなニュアンスでまとめており、ユニークだがこの人のピアニズムには良く合っているCDです。1番から軽く柔らかなニュアンスが主体のテーマに驚きます。デモーニッシュなイメージはなく、音と戯れるような表現です。中間部は美しい弱音で瞑想的にまとめています。2番も流麗なレガート感を演出していますが、少しアゴーギクを動かしすぎでアーティキュレーションやフレージングがはっきりしない箇所もあり惜しいと思いました。3番は第一主題のポリフォニックな展開がやや甘いのですが、第二主題は非常によく考えられています。音色の使い分けを工夫して、単調になりがちな箇所もうまく弾いています。4番は特に素晴らしいです。せわしなく弾く人が多いのですが、落ち着きを感じさせるフレージングをしつつ、絶妙な音色を駆使して軽さを表現します。頻出するfz(フォルツァート)の弾きかたも正しいです。これを正しく弾いているのはダン・タイ・ソンとカツァリスだけです。
ハラシェビッチ(DECCA/1959-1962)
第1番、主部は流麗に始まり、デモーニッシュさはほとんど感じさせません。トリオは丁寧に歌っているものの表現自体はあっさりめです。主部とトリオの対比を打ち出すのではなく、全体的なまとまりを優先したような演奏解釈になっています。もう少し主観的な表現があってもよいと思いますが、このピアニストは基本的にはそういうことはしない人なのでこれで普通かと。第2番、なぜか主部で長調になる箇所でテンポを落としてネチネチ歌ったりする、ハラシェビッチらしくない演奏です。細かなアルペジョなどは流麗に弾いているのですが。スケルツォの主部で1・2・3・1・2・3という速い拍子の流れが途切れると違和感が出てきます。第3番、全体でテンポが速く、第一主題もどんどん攻めていくタイプの演奏です。フォルテになっても流麗さが残っているところが良いと思います。第二主題になってもほとんどテンポを落とさず、最初からの流れを引き継いだままコラール+高速アルペジョを弾き分けます。このアルペジョが素晴らしく、思わず息を飲むような麗しさ美しさがあります。必要以上にアゴーギクを動かさないハラシェビッチのよさが生きています。第4番、主部はずっとインテンポなのですが、各フレーズの特徴(アーティキュレーション)の表現がないので少し機械的に聞こえてしまいます。しかし速いアルペジョがとても美しいのは3番と同じ。中間部は必要以上にメランコリックにせずまとめています。
仲道郁代(RCA/1993)
第1番:主部は適度にデモーニッシュ、トリオはとことん甘く、という解釈。第2番:重厚長大系の演奏で、正統派的ニュアンスがあります。ちょっとシリアスに弾きすぎかな、という気もしますが。第3番:序奏は遅め&弱めで忍び寄るように始まします。序奏から飛ばす人が多い中では個性的で面白いです。第一主題の両手オクターブフレーズのアーティキュレーションのとり方(どこをレガートに弾いて、どこをスタカートに切るか)をよく検討してあり、スピード感のあるフレージングに成功しています。第4番:主部が非常に速いのですが、弾き急いでる感じがしないのがよいです。この曲は弾き急いだようなニュアンスになるピアニストがとても多いので、「速いのに慌てていない」という特質は貴重です。ただ、少々流れが良すぎる部分もあるので、もう少しアクセントなどをつけて溌剌としたニュアンスを表してもよいと思いました。対する中間部はこの人らしくロマンティック&メランコリックにまとめています。
アンナ・ゴーラリ(koch classics/2001)
4曲の弾き分けがなかなか面白いCDです。第1番、かなり速いテンポで始まりますが弾き流しているわけではなく、きちんとコントロールした中での流れのよさを表現しています。推移部になると一気にテンポを落としてネチネチ弾くタイプのピアニスト(笑)で、個人的にはあまり好きでないパターンなのですが、そこにポリフォニックな表現を盛り込み、バス・内声・旋律を別々の音色で弾いたりするので飽きません。このポリフォニックな音色作りはトリオで最大限に生かされています。第2番、基本的な演奏方針は第1番と同じ。やはりスケルツォ主題は速く、それ以外のフレーズはかなり粘っていろいろな表現を盛り込みつつ弾いていきます。全体としてあまり重厚長大にせず、軽さを重視した表現になっています。第3番、第一主題はかなりデモーニッシュな表現で攻めてきて、第二主題はコラールの和音はしっかり弾き、その後のアルペジョは全くテンポを変えないまま非常に軽く弾いて対比を出しています(ここでコラールとアルペジョのテンポを変えてしまう人が多い中では、きちんと弾いているといえます)。その後のアルペジョ系展開も基本的にインテンポで進行していくなど、1・2番とはあきらかに異なるアゴーギク設定になっており、曲の作り方の違いをきちんと把握した演奏解釈といえるでしょう。第4番は、遅めのテンポでひとつひとつのフレーズの特徴づけをはっきりと打ち出してきます。ごく軽く弾く細かいフレーズ、少し歌うソプラノ、しっかり弾くコラールなど、曲想をしっかり把握して弾き分けつつ、大きな流れを失わないように組み立てている様子がわかります。ただ、あまりにも精緻に弾いているので少し神経質な雰囲気もして惜しいかなと(この曲は神経質になってはいけないので)。トリオは一転して感傷的な幻想性が支配し、二重唱になっているところなど別々の音色で歌い上げており、とてもロマンティックで美しい。精緻で知性的・理性的な主部との対比バランスも優れています。
ステファン・ハフ(hyperion/2003)
麗しい右手のフレーズと、響かせすぎない左手の低音部が特徴です。このため、深刻な曲調のパートにおいてもどこか軽妙な雰囲気が維持される演奏になっています。第1番は、主部をかなり速いテンポで飛ばします。浅めのタッチを多用して、ペダルを薄くすることでデモーニッシュさを少なくして、むしろスピード感と軽さを表現しています。中間部も速めのテンポですっきりした流れを作っていますが、しっかり歌うことで主部との対比を出しています。第2番も、やはりテンポは速め。フレーズの終わりをすっきり切って弾いている(ペダルも上げてしまう)ため、休符があると一瞬無音になります。これが独特な緊張感を生み出していて面白いです。それ以外は王道的な解釈といってよいと思います。第3番は序奏でかなり粘るのですが、あとは一気呵成にインテンポで進んでいきます。もっとも第一主題のテンポ自体はそれほど速くなく、ポリフォニックなフレーズ構成をしっかり聞かせてくれます。ポイントとしては第二主題に入ってもテンポがほとんど変わらないことで、多くのピアニストが重めに弾くコラール部分を含め速い3拍子のビートが失われない面白さがあります。ほとんどインテンポなのですが、コーダ前の短い展開部だけテンポを落として音色も変えて雰囲気を一変させています。ここは印象に残りにくい箇所なので、うまい演出だと思います。第4番は主部はやや遅めのテンポで落ち着いた雰囲気を出しつつ、フレージングの工夫で軽さとスピード感を演出しています。この曲は、速めのテンポではせかせかと忙しい雰囲気になりがちなので、あえてテンポを落として正解だと思います。トリオはとても丁寧に歌っていて、感傷的になりすぎない節度を持った演奏になっています。
ユージン・インディック(Caliope/2006)
4曲を通してアゴーギクや歌いまわしが自然です。作為的な表現もないため、無理なくすんなりと聴けます。また、強弱表現の幅が広いのでドラマティックになっているのもポイントです。第1番、主部は速めのテンポながらレガート奏法によってうねるような流れを作り出しています。その中で1音1音を明瞭に鳴らしているので、すべての音が克明に聞こえて情報量の多い演奏になっています。トリオは粘らず、すっきりとまとめています。第2番は、主部は絢爛豪華にスケール大きくまとめています。トリオはぐっと内面を見据えたような表現となり、曲想や構成を見極めて音色を使い分け、彫りの深い表現を見せています。第3番は多層的なポリフォニックの構造をうまく表現しています。第一主題がデモーニッシュになり過ぎないバランスの取り方などにも工夫の跡が見られます。第二主題もコラールとアルペジョの切り替わりが見事。基本的にインテンポながら、歌うところはしっかり歌っているところもいいと思いました。第4番は意識的にペダルを多くして、潤いのアル響きを作り出しています。この曲をノンペダル気味にパラパラ弾く人も少なくないのですが、ペダルが多くても決してベタベタした雰囲気にならないために嫌味がありません。また、気高いというか、少し気取ったニュアンスもうまく表現されています。しかし刺々しさはなく、絶妙のバランスになっていて、この曲のベスト演奏の1つといってよいでしょう。
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(Forlane/1997-2000)
4曲とも遅めのテンポで弾いています(遅すぎるわけではないのですが)。また、意識的に低音を薄くして、響きやフレーズの軽さを出す場面が多いのが特徴です。第1番は主部が遅く、ペダルも多めで滑らかなレガート演奏に驚きます。高速で怒涛のように弾いてしまう演奏とは完全に一線を画した解釈です。攻めたてないのでデモーニッシュさがなく、優美にすら感じます(この曲で優美さを感じさせる人はほとんどいないのでは)。なお、トリオは主部と同テンポなので逆に速く感じます。第2番はやはり抑えたテンポで丁寧に表現されます。フォルテもかなりしっかり弾いていますが、重厚長大になり過ぎないようにうまくフレージングを工夫しています。第3番も第一主題はかなりしっかり弾いており、第二主題と変化をつけて美しい効果を上げています。第4番は全く慌てない落ち着いたニュアンスでまとめています。1つ1つのフレーズが丁寧に演奏されていて、高貴な優しさとでもいうべき感性が表現されています。この曲はせかせかしたり、刺々しくなりやすいのですが、どこまでもおだやかで麗しいエル=バシャの表現は素晴らしいです。
ギャーリック・オールソン(Arabesque Recordings/1992)
この人も4曲ともテンポが遅い独特な演奏です。第1番は、主部は予想通り軽めですっきりとしたニュアンスにまとめて、デモーニッシュな雰囲気になるのを抑えています。中間部はオールソンにしてはアゴーギクを大きく動かしてよく歌っていると思います。テンポが遅いことから丁寧にまとめていることがよくわかりますが、もう少しスピード感が欲しかったです。第2番は主部は1番以上に遅いです。ものすごく丁寧なのですが、ここまで遅いと曲の雰囲気が変わってしまいます。中間部は消え入りそうなピアニッシモで始まりますがやはりテンポは遅いまま。決して流れが悪いわけではないのですが、妙な重さがあってあまりよくありません。第3番は第一主題でノンペダルで弾く部分を多くして、鋭いタッチを多用することで攻撃的なニュアンスにまとめ、第二主題は十分にペダルを使うことで対比効果を出しています。おもしろい方法ですが、やはり第二主題のテンポが遅すぎるため、曲を一貫する流れが分断されてしまいます。第4版も同様に遅いテンポでとてもシリアスに弾いています。それそれで一つのスタイルだとは思いますが、やはりこの曲の解釈としては違和感が残ります。
ルイ・ロルティ(Chandos/2009)
作曲時期の近いノクターン+スケルツォが4セット並びます。1番は早いのに1音1音はくっきりという、ロルティのよさが引き立つ演奏。この曲集全体がそうなのだが、弱音を重視した演奏解釈で、弾きだしたかと思うとすぐ弱くなってボソボソ弾くという感じで、欲求不満です。2番も同様な傾向で、最初の第一主題とかもうっとこうガツって来て欲しいのに微妙にはぐらされる感じ。第二主題ですでに究極の弱音世界というのが(笑)。デュナーミクのレベルそのものが低いというか、弱音が小さい分フォルテもちょっと弱くしました、みたいな状況です。3番も同様ですが、こちらは曲調的にそういったデュナーミク操作がマッチしています。速いパッセージの流れが<>こういう具合にうねる様子をうまく引いています。4番は軽さとピアニッシモが曲調によくマッチしていて、愉悦感を際立たせています。ソナタ2番も入っています。ファツィオリで録音したとのこと。低音の響きが豊かです。
  

<改訂履歴>
2005/12/18 初稿掲載。
2005/12/25 リヒテル、ヴィルサラーゼ、パレチニ追加。
2006/01/09 ルービンシュタイン追加
2006/03/18 ウーセ、ポゴレリッチ、ワイルド追加
2006/07/08 ヴァーシャリー追加
2006/10/08 カシオーリ、プレトニョフを追加
2007/07/21 ダン・タイ・ソンを追加
2007/12/23 ハラシェビッチ、仲道郁代、ゴーラリを追加
2008/03/16 ハフ、インディック、エル=バシャを追加
2008/11/23 オールソンを追加
2011/09/06 ロルティを追加

→ ショパン スケルツォのINDEXへ戻る

→ 音楽図鑑CLASSICのINDEXへ戻る