ショパンピアノ協奏曲 CD聴きくらべ

1.名盤編

ショパンのピアノ協奏曲はラフマニノフの協奏曲のような壮大さはないものの、ショパン独特のフレーズ・奏法が全編で展開されているためピアノパートの演奏は譜面の見た目以上に難しいのが特徴です。全曲がきちんと演奏されているショパンエチュードの録音が少ないのと同様に、この協奏曲をごまかしなしに、そして情感豊かに演奏できている録音は意外に少ないのです。
クリスティアン・ツィメルマン(ピアノ&指揮!)、ポーランド祝祭管弦楽団(Deutsche Grammophon/1999)<決定盤>
1番・2番を収録した2枚組CDです。作曲されて170年間、ここまで踏み込んで演奏した人は誰もいませんでした。それまでのショパンの協奏曲演奏(特にオーケストラパート)に満足できなかったツィメルマンが弾き振りすることを決心し、この2曲を演奏するためだけにポーランド中からメンバーを募集してオーケストラを組織し、何ヶ月もリハーサルをして練り上げたものがここに結実してます。とことんロマンティックで濃厚なオーケストラの響きには脱帽です。そう、ちょうどツィメルマンのピアノのように、オケパートも徹底的に吟味され磨き上げられており、強力な説得力を持ってリスナーに訴えかけてきます。もちろんピアノ演奏も格別で、細部の微妙な音色やタッチにまで神経が行き届いています。1音1音にこだわりつつも、躍動感を失わない点が素晴らしい。ともかく全編、感嘆のため息をつかせる素晴らしさで、ショパンに対するツィメルマンの思い入れがすべて込められた渾身の演奏と言えます。他のどの演奏とも異なるユニークな解釈ですが、ショパンの魅力が存分に表現されている点がおすすめで、ぜひ皆さんに聴いていただきたいと思います。
エヴァ・クピーク(ピアノ)、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(指揮)(OEHMS/2003)<決定盤その2>
「ショパンのオーケストレーションは最良ではないけれども、交響曲と同レベルの密度が必要である。そして、ピアノとオケは対等であるべきである。」というスクロヴァチェフスキの信念のもと、楽譜選定からアーティキュレーションやフレージングまで徹底的に練り込まれた演奏ですので、悪いはずがありません。漫然と伴奏をする箇所は全く存在しないし、ときどき出てくる対位法的手法を鮮やかに強調するなど、普通の指揮者ではありえない密度の濃さです。特に木管の対旋律の生かし方などは今まで聴いたこともないようなレベルにまで到達しています。クピークは1番は少々弾きにくそうですが、2番の情感豊かさときたら半端でないです。もちろんオケとピアノの息はぴったり。あと、2曲とも第3楽章のリズム処理が非常に見事です。民族的な雰囲気を感じさせつつも絶妙にソフィストケートされた軽さの表現は、まさしくショパンの意図したものでしょう。スクロヴァチェフスキがこんなにショパン好きな人だったとは意外でした。これは私の想像なんですが、同じポーランド出身の若造(ツィメルマン)が好き勝手に演奏してるのを聴いて、「まだまだ若いもんには負けられないぞ!」と思ったのではないでしょうか。いずれにしても、ポーランド人にとってショパンは特別な作曲家であることを再認識させられた次第です。
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、クラウディオ・アバド(指揮)(Deutsche Grammophon/1968)
ショパンのピアノ協奏曲第1番とリストの協奏曲第1番が収録されています。とにかく指がよく回っており、流れるようなフレーズやリズムの持つスピード感はアルゲリッチならではのものがあります。この録音では勢いが感じられるのと同時に、ミスタッチが非常に少なく完成度が高いのが特長です。流れの良さではツィメルマンを上回っています。なおリストの協奏曲はここに収録された演奏が最高といってよく、その意味でも持っていて損のないCDと言えます。アルゲリッチはショパン協奏曲の録音が非常に多く選ぶのは難しいのですが、どれか1枚というのならこれになると思います。
マレイ・ペライア(ピアノ)、ズービン・メータ(指揮)(SONY Classical/1989)<あっぱれ>
密かに技巧系と認識しているペライアのヴィルトゥオジティがよく発揮された録音です。この曲をきちんと弾ける人は少ないのですが、ペライアは本当にきちんと弾いていて、まずそこに感心します。ライヴ録音でオケはイスラエル・フィル。
第1番、第1楽章はまだペライアもかっちり弾いているのですが、曲の進行に伴ってどんどん指が軽やかに回りだし、演奏がノってくると足取りの重いメータ&オケがついていけなくなる箇所が出てきます。そして第3楽章は9分ジャストという驚異的スピードで弾ききってしまうのでした。これはアルゲリッチ以上です。しかも完璧にタッチをコントロールしますからねー。ただ、第一楽章などは淡泊でルバートもなくスルッと流れてしまうので、ややもの足りません。
第2番はこの点が改善されていて、絶妙なルバートと驚異のピアニッシモでショパンらしい詩情を存分に表現します。総じて第1番より演奏が良く、第3楽章の難しいロンド=クラコヴィアクもオケとの息はバッチリです。第1番が普通に完璧な演奏とすると、第2番は単に完璧では済まされないものがあり、高く評価できると思います。ペライアはあんな顔したオッサン(笑)ですが、とても瑞々しい感性を持っていることが想像できるCDです。
ダン・タイ・ソン(ピアノ)、イエジー・マクシミウク(指揮)(Victor/1992)
フレーズの歌わせ方がべらぼうに上手いです。テンポはそれほど動かないので全体的に節度はあるのですが、とても甘い。この人の特徴である美しい音色と相まって、なんともロマンティックです。とろけそうなショパンとはこういう演奏でしょう。オケはシンフォニア・ヴァルソルヴィアですが、このオケってこんなに上手かったの!?とびっくりするほど素晴らしいです。このCDはバブル絶頂期に録音されているのでお金がかけられたようです(日本人エンジニアがわざわざワルシャワにまで出向いて録音している)。当然リハーサルにもたっぷり時間をかけたようで、オケとピアノの細かいニュアンスまでしっかりシンクロしています。 ツィメルマンも、スクロヴァチェフスキのCDもそうですが、やっつけ仕事からは良い演奏は生まれないということを実感させられる録音です。
リッカルド・カストロ(ピアノ)、フォルカー・シュミット=ゲルテンバッハ(指揮)(ALTE NOVA/1998)
カストロのピアノが上手いです。流れのよさ、音色の透明感、節度のある歌いまわしなど、バランスの良い表現が見事だと思います。オケはシンフォニア・ヴァルソルヴィアですが、アンサンブルのまとまりがよくピアノとの絡みもよく練られています。ALTE NOVAは廉価盤レーベルですが、曲による演奏家の選定が上手でハズレがほとんどありません。このCDは協奏曲2曲が1枚に入って500円程度と安く(バラード集なども併録された2枚組みCD1000円程度もあり)、とりあえず聴いてみようか、という人にもおすすめできます。カストロはショパンの主要作品をALTE NOVAに録音しており、5枚組み2500円程度で入手可能です。内容は大変すばらしいので、ショパン初心者の方はぜひどうぞ。

2.おもしろ編

ジャン・マルク・ルイサダ(ピアノ)(FONTEC/1991)<おすすめ:おフランスのサロンの薫り>
1番を収録(ドヴォルザークのピアノ協奏曲2番が併録)。このCDはオーケストラではなく、弦楽五重奏をバックに従えた演奏です。室内楽編成になったことによりオケパートの和声進行が明確になって、ショパンがどういうことを意図していたのかわかりやすくなっているように思います。何よりルイサダの演奏が大変素晴らしいです。絶対にピアノを叩かずレガートで美しい音色を奏でるのは、まさにショパンが意図したピアニズム。しかし、この人のタッチは本当に素晴らしい。装飾音の美しさなどはたまらないものがあります。ジャケット写真もすごく格好良くて好きです。
エマニュエル・アックス(ピアノ)、チャールズ・マッケラス(指揮)(SONY/1997-1998)<オリジナル楽器版>
1851年エラール製ピアノを使用し、オケもその時代の楽器と編成で、ショパンの協奏曲2曲+他の協奏作品(アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ、ポーランド民謡による大幻想曲、ドン・ジョヴァンニ「お手をどうぞ」変奏曲)をやってしまったという、壮大なタイムスリップ企画。違うのはショパンの2倍以上と思われるアックスの体重だけではないかと(この言われよう)。しかし内容は、アックスさんオリジナル楽器に転向した方がいいんでないの?と思わずにはいられない素晴らしさ。150年も前のピアノで大変な美音を奏でます。昔のピアノは鍵盤が軽くてストロークも浅いので、細かく速いフレーズが散りばめられたショパンの初期作品を演奏するのに適していると思いますが、それにしても見事です。オケの演奏も大変緻密で、アゴーギク・デュナーミクがしっかりとピアノに追随して、めったに聴けない濃厚なアンサンブルになってます。特に木管や金管がすごく上手くて、たまにしか鳴らないだけに(笑)いっそう印象に残ります。それもそのはず、イギリス古楽界の名演奏家がずらり勢揃い。こりゃすげえや。
アックスのショパン協奏曲はずいぶん昔に録音されたオーマンディとの共演盤が有名なのですが、さすがにまだ若く機械的な印象が払拭できないピアニズムで、要するにこのページに載せるほどのものでもないと思っていたのです。しかしこのCDでの演奏は、久々に感動しました。現代ピアノとの音色の違いが気になる人もいるかもしれませんが、おすすめです。
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、グルツェゴルツ・ノワーク(指揮)(RECORDS WARSAW/1992)<姐さん、やっちまったねぇ>
1番のライブ録音。ポーランドのレーベルで発売されたもので、入手困難かもしれません。と思ったら、CD ACCORDからルービンシュタインの2番とのカップリングで発売されました。オケはワルシャワ響です。例によってものすごい熱演。この人ってライヴになるとどうしてこんなに燃えちゃうでしょう。憑依度(笑)では1968年のアバド盤以上のものがあり、完全に逝っちゃってるとしか思えません。生演奏らしい荒さはあるのですが、それを上回る天才的な閃きと感性が爆発してます。第一楽章から飛ばしまくりで、あの独特なピアノの音色がキラキラ&くるくるします。おそらくほとんど即興的なんだろうけど、高速フレーズの中での音色の変化が凄いんです。第三楽章もめっちゃテンポ速くて目が回りそう。最後はアルゲリッチの演奏に熱狂した聴衆がオーケストラのラストフレーズを待ちきれず大拍手しちゃいます(笑)。この曲でこれほどの生理的カタルシスを生み出すことができるピアニストは彼女以外にいないでしょう。フレデリック・ショパン本人は絶対にこんな弾き方しなかっただろうと思いつつもどうしようもなく惹かれてしまうんです。生でこの演奏を聴いた人がうらやましい!!
マリア=ジョアン・ピリス(ピアノ)、アルミン・ジョーダン(指揮)(ERATO/1977)<無惨・・・>
1番・2番を収録。モンテカルロ王立オケが伴奏してるのですが、もう悲惨なほどボロボロなの。特に1番がひどい。まずフルートが素人さんかしら?と思うほどミス連発。出だしの全然無関係なところで「ピーッ」とか妙な音を鳴らすんだから、聴いてる方もズッコケます。オーボエのピッチも明らかに変だし、当然、ホルンは音を外しまくる。そしてアンサンブルが揃わずに乱れるかと思えば、突然大音響のTUTTIが響き渡るという、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図の中で懸命に合わせる努力を続けるけなげなピアノが印象的。当然フレーズは流れないし、これじゃもう音楽になりません。演奏しやすい2番の方が多少マシなんだけど、クラコヴィアク調の第3楽章はこのオケには理解不能らしく、リズムが全然弾まない。それにしても、まだ若かったピリスは最後までよく頑張ったと思います、ほんとに。
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、アレクサンドル・ラビノヴィチ(指揮)(CD ACCORD/1999)<姐さん、やりすぎです>
1番、リストの1番を収録したライブ録音。「熱く激しく燃え上がるリストと、叙情的な魅力に満ちあふれたショパン」という宣伝文句が付いていますが、これは間違い。正しくは「熱く激しく燃え上がるリストとショパン」です(笑)。方向性としては1992年のライヴと同様。しっかり憑依してます。ただ、このCDでは荒さが目に付く箇所が多く、リストの協奏曲の方がデキはよい感じ。例によってフレーズごとにテンポが違ったりするわけですが、それがうまくはまってます。
リ・ユンディ(ピアノ)、カジミェシ・コルド(指揮)(Hitachi-Maxell/2000)
ピアノ音楽ファンの間で話題騒然となった2000年ショパン国際ピアノコンクール優勝のリ・ユンディが、そのコンクールで演奏した時の1番協奏曲のCDです。音だけ聞いてしまうとアガッていたのかヒヤリとする場面もあったりして、さして凄いとも思わないです。ピアニズムという点ではこの前回に1位なし2位になったスルタノフが示した桁外れのスケールにはとても及ばない感じ。でも正統派だし清潔・溌剌という感じのすこぶる好印象。あとはルックスに尽きますね。中村紘子先生などは中国のピアノコンクールで彼を見つけて以来ユンディ萌え萌えらしく今回も「まさに20世紀最後の逸材。うまい人はいっぱいいるけど、ステージに出ただけでワッキャッ!という気持ちになれる人は本当に一握り。彼はそういう魅力、オーラを持っている。」と手放しの褒めよう。日本でもコンクール映像の放映を見ただけで彼のファンになってしまったミーハーが大量発生したらしいです。ショパンコンクールの彼の演奏はソロのCDも出てるんですが、はっきり言えばそっちの方が良いです(笑)。とりあえず今後に期待ということで。

3.その他

ヴァン・クライバーン(ピアノ)、ユージン・オーマンディ(指揮)(RCA VICTOR/1969)
1番を収録。かなり無味乾燥気味で、聴き終わっても「それで?」というような感じです。クライバーンって、チャイコフスキーコンクールで優勝をして一躍ヒーローになってしまって、その後とにかく協奏曲の録音を急かされたようなので、どうしても粗製濫造になってしまったんです。これはおそらくそういった中で録音された1枚でしょう。さすがの技巧でまとめてはいるものの、チャイコフスキーやラフマニノフのコンチェルトのように「この人の演奏をもう一度聴きたい!」と思わせるような吸引力がほとんど感じられません。クライバーンの資質からしてショパンに向いていないとは思えないので、惜しいなあと思います。併録されているラフマニノフの「パガニーニの主題によるラプソディ」の方がずっと良いです。
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
20世紀最大のピアニストと言えるルービンシュタインはショパン演奏家として特に有名です。エチュード以外のほとんどの曲を録音していて、協奏曲の録音もいろいろありますが、1番よりも2番の方がいい感じがします。演奏はとにかく正統派。デビュー当時はさんざんな評価をされていましたが、まず楽譜に忠実で、構成力がしっかりしており破綻がない点など、20世紀におけるピアノ演奏のお手本になりました。1975年にロンドン響&プレヴィンと録音したものはビデオにもなっていて、80歳過ぎでこの曲を弾いちゃうルービンシュタインを見ることができます。背筋をシャキッと伸ばして、上半身を微動だにせず弾く姿はまさに巨匠と呼ぶにふさわしい。かっこよすぎです。
ショパンでは定番の人なので、RCAから出ているショパン全集を買うのが一番手っ取り早いでしょう。
エフゲニー・キーシン(ピアノ)、ドミトリー・キタエンコ(指揮)(RCA/1984)
1番、2番を収録。キーシンわずか12歳のときの録音で、しかもライヴなんですよね。ちゃんと弾けているだけでなく、ショパンらしい甘い詩情の表現が素晴らしいんです。まさに神童。すべての音を鳴らしきるしっかりした打鍵や芯のあるピアノの音色は今も変わりませんが、ロシア臭さがなかったこの頃の演奏の方が好き・・・という人がいるのもなんとなくわかります。
ロジーナ・レヴィン(ピアノ)、ジョン・バーネット(指揮)(Vanguard Classics/1961)
1番を収録。ヴァン・クライバーンや中村紘子の先生として有名なロジーナ・レヴィンのCDが入手できました。というか、「20世紀の偉大なるピアニスト」にも入っているのですが。内容は非常に素晴らしく、名盤と呼べるのでは。さすがに第三楽章はけっこう苦しそうですが、まったく無理のない奏法ということがわかる美しい音色です。これを録音した当時レヴィン女史はすでに81歳だからさらに驚きます。テンポも速くて、おばあちゃんなのにどうしてこんなに指が動くのか謎です(^^;)。さすがに力強さには欠ける面がありますが、十分に響く低音がそれを補っています。そもそもショパンの協奏曲は力強さが要求されるタイプの曲ではありませんし、全体を支配する高貴な雰囲気がとても良いのです。レヴィンもそうですが、ルービンシュタインやゼルキンなど、ユダヤ系のピアニストって、どうしてこんなに長生きなのでしょう。レヴィンはこの後さらに15年間も元気にピアノ教師を続けられたのでした。
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、シャルル・デュトワ(指揮)(EMI/1999) 
1番・2番を収録。評論家の先生方は誉めていらしたのですが、一般リスナーの評価は「アルゲリッチも丸くなっちゃったよね」「天才の爆発を期待したのにつまんない」と惨憺たる有様でした。僕の評価はもっと低くて、特に第1番はアルゲリッチの録音の中でも最低の部類だと思います。とにかく流れが悪い。時おり例のゾッとするような音色で弾くのですが、全体としてアンバランスですし、最後まで乗り切れないまま終わってしまった感じです。第2番はまだマシなものの、ほぼ同様な印象。憑依度・シャーマン度は皆無。やたらとホールの響きが強調された録音もよくわかんないし(音質そのものは良いです)、同じ年に発売されたツィメルマン盤に完敗といったところ。
中村紘子(ピアノ)、アナトール・フィストラーリ(指揮)(SONY/1984)
1番を収録。意外に、といったら失礼かもしれないけれど、これが良いのです。ただときおりガツン、ゴツン、という感じに入る左手(低音部)が雰囲気を崩していて惜しいなあと思います。右手のコントロールは良くて多彩な音色を聴かせてくれます。第3楽章に入ると左手がいい具合に低音部を強調する場面と、逆に全体の流れを阻害するところの両面が出てきて、流れがちぐはぐなものになっていきます。美しい右手弱音フレーズがあるのに、本当に惜しい。左手ガツンは彼女の得意技のようですが、チャイコフスキーやラフマニノフの協奏曲ならまだしも、ショパンでここまで繰り返してやられちゃうと、ちょっと違うんじゃないの?と思います。身体の小さい日本人が腕力に頼っても(アルゲリッチほどではないが、中村紘子も腕が太い)、良い音色はなかなか出せないものですね。しかし全体に華やかで、聴き映えのする演奏になっていると思います。
(後日記)左手ガツンについて「今まで誰も言わなかったけど、俺もそう思ってたんだよ」というご意見を複数いただきいました。最近の中村さんはさらにこの傾向が強まってしまいソロでもガッツンガッツン弾いてしまうので、みなさん嘆いているようです。
クリスティアン・ツィメルマン(ピアノ)、カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)(Deutsche Grammophon/1978-79)<あっぱれ>
1番・2番を収録。決定盤としてとり上げた20年前の演奏で、ツィメルマンはわずか21歳。しかし、これも素晴らしいのです。デリケートなニュアンスを大切にしているところはこの頃から変わっていなくて、大変美しい音色で奏でています。やはり近年の方が表現の深みが増しているのですが、青年らしい溌剌とした演奏は若きショパンが作曲したこの曲の雰囲気によく合っていると思います。ジュリーニを希望したのもツィメルマン本人と言うことです。でも意地悪く聴くと、「品行方正な優等生」なんですよね。この演奏内容には感心するし感動も得られるけど、熱狂させられるものはないんです。彼がショパンの協奏曲で人々を虜にしてしまうには、この後20年という時間が必要だったのです。
(後日記)腰を据えて聴くと、やはりこの演奏はかなり凄いですなあ。「品行方正」なんて書いたけど、ここまで弾ける優等生はほとんどいないでしょう。溌剌としつつも、身悶えるようなロマンティシズムが感じられます。歴史的名盤に入れても良いかも。
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)、ポール・クレスキー(指揮)(EMI/1960)
1番を収録。ポリーニ18歳、ショパンコンクール優勝直後の演奏です。まあルービンシュタインが絶賛したのはわかる。ルービンシュタインが何十年かかっても得られなかったテクニックを、18歳にして身につけているんだから。ちゃんと弾けてるんだけど、やはり優等生的で例のメカニカルな演奏になっちゃってて、あんまり良くないです。ポリーニはこれを録音したあと10年近くも表舞台から姿を消して(死亡説まで流れたらしい)、ピアノの勉強をしたり指揮をやってみたり、遊びまくったりもするんだけど、それがよかったんだろうなあ。あのショパンエチュード集を録音する前、68年に小曲集を録音してるですがこの協奏曲を弾いたのと同一人物とは思えないんですよね。メカニカルな正確さの上になんとも言えない艶っぽさが乗ってきて、ああポリーニってやっぱりラテン系なのねセニョール!!(ふめい)と思えるわけよ。
仲道郁代(ピアノ)、カジミエシュ・コルト(指揮)(RCA/1990)
協奏曲1番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ(←長い)を収録。よくいる日本人女性ピアニストの典型で、仲道さんもショパン萌え萌えらしいです(笑)。大好きなショパンの協奏曲を弾ける嬉しさが伝わってくる好演になってます。20代の録音なので、音色の幅が狭かったり若干の音の堅さがある点などは否めませんが、和音のテクスチュアをしっかり聴かせてくれるので(内声まできちんとコントロールしている)、とてもしっかりした演奏になっています。ともすれば華麗なフレーズだけが突出しがちなショパンの協奏曲でこれだけ地に足をつけた表現ができるのは素晴らしいです。オケはこの曲を世界一たくさん演奏してきたワルシャワ・フィル。他のオケとは違う充実した演奏です。それと、通常ピアノ独奏で演奏される「アンダンテ・スピアナートと〜」がオリジナル通りにオーケストラ伴奏が付いていることが特筆されます。オケ付きバージョンの録音は非常に少ないのでこれは貴重です。仲道さんの演奏もすごく魅力的で、協奏曲より良いかもしれません(笑)。ホールの響きや録音もいいし、お買い得なCDっすよ。
スタニスラフ・ブーニン(ピアノ)、外山雄三(指揮)(KNIGA/1986)
ショパン1番、モーツァルト23番協奏曲を収録。オケはNHK交響楽団で、人見記念講堂でのライヴ録音です。正確な日付は1986年8月8日。ショパンコンクール優勝の翌年ということで、確かにこの演奏は凄いっす。男版のアルゲリッチって感じで、とにかく弾きまくる。いわゆるロシアのピアニズムで、重厚長大路線のフォルテ+麗しいピアニッシモのレガートでメロディを奏でるというスタイルを基調としつつも、若々しい感性が炸裂してます。部分的に荒さ(特にフォルテの破綻)が目に付くのは、たぶんライヴだったからでしょう。全体にもう一歩リズムの軽やかさが欲しいところで、ショパンの協奏曲に対するワシのイメージとはかなり乖離している印象です。重厚&華麗な演奏を好む人が多いのでウケるのは当然かと思いました。
ビクトリア・ポスチニコワ(ピアノ)、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキ(指揮)(?/1986)
ショパン1番、プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第5番を収録。オケはモスクワ放送響。ソ連時代の録音。ちゃんと弾けてるのにメリハリに乏しく全然面白くないです。オケパートがかなり改変されていて、オリジナルにはない木管の対旋律が出てきたり、随所で派手なトランペットやトロンボーンが鳴るのもいただけない。ショパンが聴いたら憤死しそうなトンデモ盤。ロジェストヴェンスキってこんな指揮者ではなかったと思うのですが・・・。
エルダー・ネボルシン(ピアノ)、ウラディーミル・アシュケナージ(指揮)(DECCA/1996) <おすすめ>
ウズベキスタンの若手ピアニスト、ネボルシンがアシュケナージとやった1枚。ピアノ協奏曲1番ほかを収録。基本的にはロシアン・ピアニズムだけど、フォルテシモのタッチがごつくなく、どんなフレーズも流麗です。もう少しアゴーギク・デュナーミクの振幅を大きく取った方が良いようにも思いますが。たぶんもっと速く弾けるはずだけど、コントロールを優先してこの速度設定なのでしょう。その証拠に難しい第3楽章とかも文句の付けようがない完璧な演奏です。全体としてはベルベットのような質感の美音がひたすら続く世界で、ショパンの世界にたっぷりと酔うことができます。「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」、それと珍しい「モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』より『お手をどうぞ』による変奏曲」がオケ付きで収録されているところも特筆されます。いずれも名演で、ツィマーマン盤、アルゲリッチ盤とともに持っていて損のない1枚。
クリスティアン・ツィメルマン(ピアノ)、キリル・コンドラシン(指揮)(Deutsche Grammophon/1986)
協奏曲1番、「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」、「華麗なる大ワルツ」を収録した編集盤。オケはコンセルトヘボウで、ライヴ収録。正式に発売されたツィメルマンのショパン協奏曲は3種類で、これはジュリーニより後に収録されたもの。やっぱり美音なんだけど、ちょうど上のネボルシンのアゴーギク・デュナーミクの振幅を大きくしたような演奏で、ところどころで抑えられずに迸る情熱が感じられます。いったいどーしちゃったの?と思うほど熱い。「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」、「華麗なる大ワルツ」はもっと古い1977年の録音で、レコードでしか発売になっていませんでした。ツィメルマン自身がCD化をOKしない状態らしく、今回の編集盤でかろうじて収録されたんです。録音状態は悪く(残響ゼロ。どこで録ったのよ?)、勢いだけが先走った演奏でフォルテシモも破綻気味。理知的なものをよしとする彼のスタンスから考えると記憶から抹消したい録音と思われます。
ベラ・ダヴィドヴィッチ(ピアノ)、サー・ネヴィル・マリナー(指揮)(PHILIPS/1980<1番> 1982<2番>)
モノトーン的です。よく聴いてみるととても丁寧な表情付けがされているのですが、あまり効果的でない感じ。2曲とも、終楽章での弾むようなリズムが弱く、大人しすぎ。ショパン20歳の曲なのですから、もっと若々しい演奏を期待したいのです。ロンドン響というのは拍子感や躍動感を表現するのが苦手なオケらしく、いつ聴いてもベタっとした印象があるのですがそれを実感させられました。あと、もう少しルバートを効かせても良いと思うのですが、テンポが遅めのまま進行して変化に乏しく、もっさりした感じが常に抜けません。ピアノも左手でフォルテで弾く時の音色が重くて、右手のタッチも深いのでベートーヴェンみたいな感じになってしまいました。これで下手なら「ダメじゃん!」で済むのですが、上手いので困るわけ(笑)。もっと大きなフレーズでとらえて流れるように弾いてくれないと、聴き手は疲れてしまいます。
フリードリッヒ・グルダ(ピアノ)、エイドリアン・ボルト(指揮)(London/1954)
24歳のグルダが弾いた協奏曲第1番。ピアノは文句なく上手いです。ただ、ロンドンフィルの演奏するオケパートが改変されまくりなのがどうにも。第一楽章・第二楽章はまだ控えめなのですが、第三楽章になると第一バイオリンのフレーズ末尾をオクターブ上げている箇所が多く、かなり耳ざわり。極めつけは二十小節以上にわたる展開部の削除。ピアノパートも一緒にばっさりカットされています。これはもう万死に値する改悪かと。ショパンの管弦楽が弱いのは事実なので改変行為そのものが悪とは思っていないのですが、実際にはまともな改変版を聴いたことがほとんどありません(決定盤として上げたツィメルマン盤は幸運な例外)。主題ともピアノパートとも全く関係のない新たな対旋律を入れるような改変をされた演奏は、もはや再現芸術とは呼べないです。
併録されているウェーバーの小協奏曲名演なのが救い。ウィーンフィル上手すぎ。グルダの明るく、洒落っ気たっぷりのピアノも良いです。
ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(ピアノ)、ワクラウ・スメターチェク(指揮)(Supraphon/1955)
その昔、ショパンコンクールで優勝したステファンスカの録音。オケはチェコ・フィルなのですが、1955年なのでたぶん社会主義体制でいろいろ厳しかったのではないかと推測。演奏は正統派。めずらしくオケのサポートも良く、ちゃんとピアノと対話してます。「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」も、しっかりとオケ付きで収録。それにしても、ステファンスカ上手すぎ。こんなに素晴らしいピアニストが先生として東京芸大にいたのですから、日本人は感謝しなくてはいけません。
というわけで大変素晴らしい演奏なのですが、このCDは偽リパッティ事件で有名なのです。以前ディヌ・リパッティという夭折のピアニストの人気があり(いまでもありますが)、未亡人が「夫の演奏に違いない」と言ったとかで、演奏者不明のこの録音が彼の演奏と言うことで売り出され、「さすがリパッティだけあって名演奏だ!」と評判になったのです。その後ステファンスカがスプラフォンに録音した演奏と同一であることが判明したのですが、偽リパッティ盤を推薦していたお偉い方々のうち、ただひとり宇野コーホー先生だけが、「演奏者が誰だろうと良いものは良い」 を貫き、レコード芸術の企画・名曲名盤300で一人チェルニー=ステファンスカ盤を推したのでした。私もご多分に漏れずコーホー先生の評論は嫌いなのですが、彼の誉めてる演奏は結構好きなものが多かったりします。しかし、あの人と感性が近いという事実がすごくイヤ(この言われよう)。
エリザベト・レオンスカヤ(ピアノ)、ウラディーミル・アシュケナージ(指揮)(TELDEC/1998)
オケはチェコフィル。レオンスカヤは美しい音色とよくまわる指でたいへん見事な演奏を聴かせてくれるのですが、肝心なところでフレーズが突っ込み気味になったりするのが惜しいです。あと、もうすこし左手の低音を出しても良いと思います。右手の演奏がたいへん素晴らしいだけに、大人しい左手はバランスが良くない。それとオケの伴奏がどうも変です。アシュケナージがずいぶんと腐心した様子はわかるのですが、違和感をもたらす表情付けが多くあまり効果的でないと思います。
マリア=ジョアン・ピリス(ピアノ)、アンドレ・プレヴィン(指揮)(DG/1992)
2番のみ収録(併録はプレリュード集)。1995年ショパンコンクールにおいてディスク・グランプリを受賞した録音です。ピリスのピアノも良いですが、プレヴィン指揮ロイヤル・ハーモニア響の伴奏が抜群に上手いです。丁寧で細やかな表現で、しっとりとした味わいのある演奏になったと思います。若い瑞々しさよりも甘いロマンティシズムを重視しており、この方向の解釈としては出色の出来でしょう。ピリスはよく考え抜いた上で歌っている点が優れています。第1楽章などはだらだら歌うだけの演奏が少ないのですが、フレーズの処理がうまくて飽きさせません。プレリュード集も内容が濃密な演奏です。名盤だと思います。
ニコライ・デミデンコ(ピアノ)、ハインリッヒ・シフ(指揮)(Helios/1993)
デミデンコはとにかくフォルテが弱いです。和音などをガツンと弾くことを極力避けていて、フォルテシモで弾くのはほんの数カ所だけですが、これは力強さよりも優美さや響きの美しさを追求した結果のようです。レガートなタッチを生かしたフレージングが抜群に上手く、2番の第1楽章のように単音フレーズが長く続く箇所でもだらけず、しっかりした展開と盛り上がりを演出していきます。派手さがないので最初は物足りないのですが、聞いていくうちにどんどん引き込まれてしまいます。また2曲とも終楽章のスピード感が素晴らしい。オケはフィルハーモニア響ですが録音が悪く音色が抜けません。随所でピアノを上手に引き立てているだけに惜しいと思います。
津田理子(ピアノ)、ダニエル・シュバイツァー(指揮)(Cypies/1999)
オケはチューリッヒ交響楽団。スタジオでの収録なのに非常に音が悪く、オケもピアノもくぐもった音質になってしまっています。でも津田さんの演奏が大変な美音であることは間違いなさそう。ただテンポやリズムの扱いがあまりにも平板で、ほとんど聴くに耐えない状況です。全体的にテンポの揺れが少ないだけでなく、次のフレーズに入るときの呼吸や間といったものも異様に少なくて、インテンポで機械的に進んでいくのが不気味です。第三楽章などで技巧的なところになっても平然と同じテンポでダダダダーッと流れていきますので、さすがに指がよく回るなあとか感心はするのですが、ここまで全く感動を生まない演奏も珍しいというくらい機械的なピアノ演奏に唖然とします。音質を含めて、どういう背景でこの収録がされたのか、疑問点の多い録音です。
マルティノ・ティリモ(ピアノ)、フョードル・グルシェンコ(指揮)(Conifer Classics/1995)
オケはフィルハーモニア交響楽団。録音がイマイチなのか、音色が抜けません。この聴き比べをやっている中で判明しましたが、フィルハーモニア響の録音はどれも抜けが悪いのでよほど良い演奏でなければおすすめできないのです。しかしこのCDは非常に良い演奏なので、多少の音の悪さには目をつぶっておすすめできます。まずテンポをゆったり取って、ピアノとオケのフレージングの呼吸をよく一致させた点がすばらしいと思います。管楽器の対旋律とピアノの絡みなどもよく考慮されており、リハーサルで十分に練り上げたことをうかがわせます。オケもピアノも微妙なニュアンスを大切にしていて、聴けば聴くほど味わい深いアンサンブルです。全体に丁寧で柔らかく優しい雰囲気の演奏を心がけた様子です。ショパンの協奏曲でここまでオーケストラが丁寧に歌っている録音は少ないと思います。
クリスティアン・ツァハリス(ピアノ・指揮)(MDG/2003-2004)
弾きぶり。ピアノもオケも非常に丁寧です。しっとりと落ち着いた質感のピアノなので、オケもそれを生かす方向で、とても大人の演奏だと思います。ピアノに派手さは少ないですが音色は大変美しく表情も多彩です。フレーズの歌いまわしもうまく、平面的に弾くことがありません。すべての音符に意味を持たせている感じです。もう少し輝かしい元気があっても良いと思いますが、もともとヴィルトゥオーゾ・コンチェルトというわけでもありませんし、この方向性でよいと思います。弾きぶりのおかげだと思いますが、ピアノとオケのアゴーギク、デュナーミクがよく一致しており、気持ちよいです。
アンネローズ・シュミット(ピアノ)クルト・マズア(指揮)(Deutsche Schall Platten/1番:1984、2番:1982)
オケはライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団です。シュミットは硬質な音が主体で、ブレスの欲しいところをどんどんインテンポで弾いていってしまうなど先走ることが多く、アゴーギクにもっと柔軟性が欲しいと思いました。難しい箇所でも難なくインテンポなので指は非常によく動く人だと思いますが、即物的な印象を与えます。あとファンタジーを持たすに楽譜そのままに弾いちゃったんだろうなと思われる部分も多いです。オケはこの顔ぶれから推測されるほど重厚でなく、バランスよくまとめていると思います。ピアノもオケもテキパキと演奏を進めていく雰囲気で、それがさっぱり感につながっているのですが、甘いロマンティシズムなどは希薄です。きびきびとした若々しさのある演奏ですが、ガチガチにドイツ流な解釈といえるでしょう。ロマンティックで柔らかなニュアンスとスラブっぽい民族性の同居がこの曲の魅力なのですが、この人たちにそれを求めても無理という感じです。
セケイラ・コスタ(ピアノ)ギルバート・ヴァルガ(指揮)(Membran Music/1995)
オケはロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団です。収録の仕方の問題だと思うのですが、オーケストラから木管楽器(特にオーボエ、クラリネット)が突出して聞こえることが多く気になります。何度もショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールの審査員を勤めているコスタなのでどんな演奏をするか気になっていたのですが、すごくオーソドックスなピアニズムでいささか拍子抜けです。ピアノの収録は高域重視でキラキラした音色がよくわかりますが低域が伸びず気になりました。オケ、ピアノともにリズム表現に切れがなく、ベタッとした雰囲気のまま何となくまとめてしまったという感じが強いです。
白神典子(ピアノ)イグドラシル・カルテット(弦楽五重奏)(BIS/1996)<室内楽バージョンの決定盤>
室内楽版で、1番はキッシュナー版、2番はブライトコップ&ヘルテル版の五重奏編曲の楽譜を用いて、さらに演奏者たちが改変を加えています。ピアノはヤマハのS6(セミコン)を使用していて、弦楽との音量バランスにも配慮しています。ピアノはほとんど弾きっぱなしで、序奏などオーケストラのみで演奏される部分でも積極的にピアノが参加しています。コンチェルトというよりもまさしく室内楽のような濃密なアンサンブルになっていて、とても聴き応えがあります。演奏解釈はとても情熱的で、若いショパンの作ったこの曲に良く合っています。演奏者がこの曲にもつ共感がストレートに表現されていて、室内楽版としてはこれが決定盤だと思います。白神さんはショパン以外にもベートーヴェンとモーツァルトの協奏曲の室内楽版を録音しており、それも素晴らしい演奏です。
ギャーリック・オールソン(ピアノ)カジミエシ・コルド(指揮)(Arabesque Record/1997)
オケはワルシャワフィル。2枚組みで、協奏曲1番と2番のほかにも協奏作品が入っていて、ショパンのオーケストラ&ピアノ曲がすべて揃います。演奏内容はとても丁寧ですが、完成度を高くするために小さくまとまってしまった感じもします。特に2番は弾きなれていないのか、表現が堅いところが多いです。全体として弱音の表現はとても繊細にしていて、フォルテもあまりガツンと弾かず余力を残している感じです。それに比べると1番の方はダイナミクスの幅が大きくドラマティックな演奏になっていると思います。オールソンはショパンコンクールの覇者ということもあり、このCDはショパンの全集録音の一環になっています。
パク・クンウー(ピアノ)アントニ・ヴィット(指揮)(Decca/2003)
オケはワルシャワフィル。やはり2枚組みで、協奏曲1番と2番のほかにも協奏作品が入っていて、ショパンのオーケストラ&ピアノ曲がすべて揃うCDです。1週間ほどで録音している割に丁寧な演奏で、特にオーケストラがとてもよく歌っています。パクは弱音はとても美しいのですがフォルテの時に鍵盤を叩いてしまうようで破綻することが多いです。低音をドスンと弾く癖があるので響きを重くしますし、いつも同じような調子なのでリズムの特徴づけができません。右手は軽やかなので、バランスも悪く感じる場面が多いです。また、ゆっくりとしたフレーズは大変ロマンティックに歌うのですが、速いフレーズは機械的に弾いてしまうのも落差が大きいです。雑誌等で絶賛されるほどの内容とは思えませんでした。
ヤニーナ・フィアルコフスカ(ピアノ)カナダ室内合奏団(弦楽五重奏)(ATMA Classique/2004)
ピアノ六重奏版です。白神さんの録音と違って、ピアノパートはオケ版とほとんど同じ箇所しか弾きません。そのため全体的にアンサンブルが薄く、物足りなさを感じます。ピアノの弾き方自体もオケと共演しているような弾き方で、オケ伴奏+独奏というイメージを貫いているためか、弦楽パートとの室内楽的な対話・対立の表現があまり見られません。それに加えて、弦アンサンブルがなんともお粗末で、稚拙です。フレーズの掘り下げが浅く、まったくアンサンブルになっていません。響きも冷たく、心が感じされません。表現力が低いといってしまえばそれまでですが、基本的な室内楽の奏法がなってないように思いました。だからよけいにピアノが唯我独尊状態になってしまうのでしょう。ピアニストが長い解説を書いていて、「ショパン自身が試演時に弾いたと思われる、最初の室内楽版」へ到達すべく楽譜を探しまくったり、さまざまな検討を重ねてから録音に望んだようですが、この仕上がりでは残念極まりないでしょう。
ターマシュ・ヴァーシャーリ(ピアノ)ジェレミー・セムコフ(指揮・1番)、ヤノーシュ・クルカ(指揮・2番)(DG/1965, 1963)
オケはベルリンフィルです。第1番はピアノもオケもしっとりしたニュアンスで、甘いロマンティシズムを感じさせます。フォルテでも刺激的になりすぎないように気を遣っているようですが、少し地味に聞こえるときもあると思います。音色が少ないようで(録音のため?)、せっかく繊細に弾いているのになかなか伝わってこないもどかしさがあります。第三楽章までまったりした雰囲気になってしまったのは指揮者の問題だと思いますが、クラコヴィアクの生き生きとしたリズム表現がなされていません。第2番も同じような感じですが、ピアノとオケのアンサンブルは第1番より良いと思いました。フィナーレはそれほど速くありませんが、マズルカ調のリズムがうまく表現されています。
ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)アントニ・ヴィット(指揮・1番)(TAKT/2005)
2005年ショパンコンクールの本選における演奏です。フレージングの作り方が上手いのですが、特にすごいのがピアノソロが始まった瞬間の息を呑むような美しさと緊張感で、多くの人が「あ、この人が優勝するな」と直感したのではないかと思います。あと本人も(おそらくは先生も)意識していると思いますが、微妙なフレージングやアーティキュレーションの取り方がツィメルマンに良く似ていて、この録音を予備知識なしで聴いたらちょっと荒っぽいツィメルマンと思ってしまいそうです。「荒っぽい」と書きましたが、コンクール本選の緊張のためか、全体的に強弱の振幅が小さめで、十分歌いきれていない場面もあります。速いフレーズが続く箇所などは機械的に聞こえることもあります。この人はフォルテで弾いても暴力的にならないという、ショパン弾きとしては最高の資質を持っていて、ここが2位以下になった人との最大の違いと言えるかもしれません。
ピオトル・パレチニ(ピアノ)ジェルミ・マクシミウク(指揮)シンフォニア・ヴァルソヴィア(BeArTon/2000) <気合い十分>
エキエル編ナショナル・エディションに基づく録音です。さすがにピアノ、オケとも気合いたっぷり、とても丁寧に演奏された名盤です。ピアノはパレチニ氏なのでまあ上手くて当然という話もあります。気になるのは内声の解決で、一つ一つ強調して聞かせてくれるのですが、毎回やられるとちょっとくどいと思います。しかしどんなに速いフレーズでも歌心を忘れませんし、その場そのときのフレーズを刹那的にロマンティックに弾く場面もあって、この曲の表現にとても合っていると思いました。また、オケもすごいです。ポーランド系ではツィメルマンやクピークのすごいCDがありますが負けていません。弦楽器を中心によく歌い、ピアノとの絡みも十分に練り上げられています。あと1番終楽章のクラコヴィアク、2番終楽章のマズルカ調リズムの表現は見事。オケもピアノも民族的な感覚を理解しているので、独特のエキゾチズムを演出することに成功していると思います。
レーヌ・ジャノリ(ピアノ)ジョルジュ・セバスチャン(指揮)バーデン・バーデン州立オケ(CD ACCORD/1965)
全体にテンポの遅い演奏です。第一番は序奏が特に遅く、どうなることかと思うのですが、ピアノが入るとその遅さがロマンティックな情感の表現によくマッチしていてなかなか良かったりします。第三楽章は遅いだけでなく特にオケの流れがギクシャクした演奏になってしまったのが惜しまれます。第二番も遅いのですが、第一番ほど重さや流れの悪さは感じさせません。丁寧で好感の持てる演奏になっています。とくにしっとりとした雰囲気のピアノは曲想に良くあっています。ジャノリは三拍子系のリズム表現が上手いピアニストで、マズルカ調のフィナーレがとてもユニークなリズム解釈で弾いていますが、オケ(というか指揮者)には理解できなかったようで、ちぐはぐなアンサンブルになってしまったのが惜しまれます。
サンソン・フランソワ(ピアノ)ルイ・フレモー(指揮)モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団(EMI Classics/1965)
序奏などオケのみの部分とピアノが入る部分でテンポが異なっており(ピアノが入るとガクッと遅くなる)、ソリストと指揮者の意見が合わなかったと推測されます。そのくせピアノの後ろに回ったオケの演奏も充実していますので、「ピアノが入ったら主導権はピアニストに渡し、オケはサポートに徹する」という方針が貫かれているように思います。フランソワの演奏はテンポが遅めなこともあり非常に、というか異様なほど丁寧なニュアンスで彩られています。全体的に左手が雄弁なことに加え、細かな装飾音の弾き方がとても粋でカッコよいです。第一番第一楽章の展開部にカットがあるほか、録音状態があまりよくなく、音がダンゴ状態なのがとても惜しいです。音質が良ければとろけるような音色を存分に堪能することができたはずで、残念な1枚といえます。
フー・ツォン(ピアノ)ムハイ・タン(指揮)シンフォニア・ヴァルソヴィア(Collins/1990?)
明るく、よく抜ける音色で弾かれています。右手の旋律だけでなく、左手の低域から湧き上がるようなアルペジョなども雄弁に歌っているのがポイントです。テンポを少し遅くして、十分に演奏表現を聞かせるように弾かれていると思います。全体にタッチが深く、こってりとしたレガート奏法で弾いているのですが、ベッタリした印象はなくむしろ若々しい爽やかなニュアンスがしています。これはフレージングやアーティキュレーションが適切で、だらけた雰囲気にならないように気を遣っているためだと思います。ただし、やや丁寧に弾きすぎの感もあり、1番のフィナーレなどはもう少しスピード感や軽さがあった方がよいようにも思います。2番のフィナーレは適切なテンポで、弾力あるリズム感と丁寧で美しい演奏表現のバランスが良かったです。
ギャーリック・オールソン(ピアノ)ジェルジ・マクシミウク(指揮)ポーランド放送響(EMI/1988)
丁寧に、真摯に弾かれています。まとまりもよく、とても完成度が高いです。表現にも妙な癖がなくすっきりとしていて聴きやすいのですが、逆に「この人の魅力は、これ!」といったアピールに欠ける面もあって、惜しいなあと思いました。EMI時代のオールソンのショパン録音はどれもそんな感じのものがおおく、ソツのなさ=個性のなさ、みたいな雰囲気になってしまっているのが惜しいと思います。全体としてはよく統制されたノーブルな演奏表現になっていますが、もう少し曲への思い入れや情熱の発露があってもいいのではないだろうか、という疑問が残ります。演奏上の細かい点として、トリルを主音から開始するときと補助音から開始するときを意識して使い分けているのが面白いです。あとやはり音質が悪いのも残念なポイントになります。
フジコ・ヘミング(ピアノ)ユーリ・シモノフ(指揮)モスクワフィルハーモニー管弦楽団(DECCA/2004)
第2番のみ収録。単音で(どうかすると)だらだらと歌うだけに終止しがちなこの曲は、フジコにあっています。フレーズの起承転結を見越したアーティキュレーションはかなり計算高く弾いており、曲に対する洞察の深さも感じさせます。フジコは楽曲に対して自分のピアニズムを強引に適用するところがあるのだが、この曲のアプローチは正攻法といえます。ただそれだけに、第三楽章などで指がもつれたりしてテクニックの弱いところが出てしまい、惜しいと思いました。第三楽章は9分58秒で弾いているのですが、この時間以上に遅く感じます。あと、せっかくピアノが柔らかいニュアンスを作り上げているのに、おかまいなしに切り込んでくるオケと指揮者は極悪です。
ジャン・サイモン(ピアノ)ジリ・ベロウラヴェク(指揮)プラハ・フィルハーモニー管弦楽団(Clarton/1997)
ロマンティックで濃厚な解釈で惹かれています。ただフォルテを叩いてしまうときがあり惜しいと思いました。すべての音をしっかりレガートで鳴らそうとするあまり、音楽の流れを失うような場面も見られます。それ以外はオケを含め完成度が高く、十分にリハーサルをしたことをうかがわせてくれます。オケは全体的にとても丁寧で、特に木管やチェロの対旋律の浮かび上がらせ具合がよいです。また、フレージングやデュナーミクがピアノとよく一致しており気持ちよいアンサンブルになっています。スラブ的な情熱の込め方がフィットしたのか、2番の方がより良い演奏になっているように思いました。
エレーナ・マルゴリーナ(ピアノ)ステファン・フラス(指揮)エッセン・フォルクヴァンク室内管弦楽団(Clarton/1997)
室内楽版をもとにした小編成の弦楽オケが伴奏をするバージョンです。このような独自の編成で演奏する人たちなので、当然ながらオケもピアノも非常に丁寧で好感の持てる演奏になっています。特にビオラやチェロの対旋律が絶妙なニュアンスで歌われる場面が多く、素晴らしい効果を上げています。全体としては、アグレッシブに攻めたてるようなことはしないで、語りかけるようなニュアンスで、たおやかな情感に満ちた解釈になっています。ショパンの青春時代の作曲ということを感じさせる瑞々しさを美しく歌い上げています。ピアニストはロシア的な奏法ですが、フレージングがとてもしなやかです。細かく書かれた16分音符のフレーズを機械的にならずに、ニュアンス豊かに奏でています。これだけ素晴らしい演奏なのに、なぜか第1番第一楽章のオケ序奏を大幅カットしているのが残念です。
ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)ジョン・ネルソン(指揮)パリ室内管弦楽団(MIRARE/2007)
オーケストラがかなり濃厚で深い歌いまわしになっているのに対し、ベレゾフスキーのピアノは全体に歌いまわしの呼吸が浅く、やや性急な印象を残しバランスがいまひとつだと思いました。特に、単音の旋律をてきぱきと弾きすぎのように思います。もっとたっぷり歌ってもいいと思うのですが。ロシア物を弾くときのように力まかせに突き進むようなことは皆無ですし、あまり濃厚にしないようにという配慮かもしれません。繊細なニュアンスの音色を多用したとても丁寧な演奏です。ただ、重厚な音色になることを恐れるあまり全体に浅めのタッチになって細かなフレーズがしっかり弾けていなかったり、フォルテが音量不足に思える部分もあります。いつものベレゾフスキーらしさい思い切りの良さや、伸び伸びとしたフレージングなどがほとんど感じられません。ショパンの協奏曲ということを少し考えすぎではないかと思いました。第1番は、物理的にインテンポを貫くのが難しい場面でもできるだけテンポを落とさないようにするあまり、フレーズの流れが不自然になる箇所があちこちあって気になります。間に合わないフレーズはテンポを落としたり、ルバートして弾くほうが自然なニュアンスになると思うのです。終楽章は9分ジャストで弾ききりますが、やはり性急になっていて印象が良くありません。第2番も基本的には第1番と同じ方針で演奏されています。この曲の第二楽章はもっともっとたっぷりロマンティックにやってくれないと、聴いている方としても感情移入できません。
ラン・ラン(ピアノ)ズービン・メータ(指揮)ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(DG/2008)
2番→1番、の順に収録しています。最近のラン・ランらしく、細部まできっちりと作りこまれた演奏になっていて、羽目をはずすところがありません。全体としては弱音を重視した繊細な表現に注力しています。ただ、あまりにも精緻に作りこんだように思えるフレーズが多く、もう少し若々しい勢いのある表現を取ってもよかったのではないかと思います。決してこぢんまりとまとめてしまったわけではないのですが、微細に作りこんだ表情はどこか人工的なよそよそしさを感じます。もちろん指は十分に動いていてテクニック面では問題がありません。それだけに演奏表現における不自然さが気になってしまうと思います。演奏解釈的に、楽譜から読み取れること以上のものを付け加えたい欲求があるのだけれども、バランスを考慮して小出しにしておいた、という雰囲気もします。3〜4年前のラン・ランは自分のやりたいことをどんどん自由に表現していて、アクがあるけれども魅力にもなっていたと思います。ショパンは20歳前後でこの曲を作ったのですから、ラン・ランもあまり老成した演奏をしないで欲しいと思います。
ダン・タイ・ソン(ワルシャワ・ショパン協会/2005-2006)フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ
1849年製エラールと古楽器オケによる演奏です。とても丁寧な演奏なのですが、ダン・タイ・ソンが古楽器に不慣れなようで、ピアニストのよさも楽器のよさもスポイルされてしまうという残念な結果になっています。ちなみにA=440Hzより半音近く低い調律で演奏されているので、現代楽器の演奏に慣れている人にはちょっと違和感があると思います(私はかなり違和感をおぼえました)。エラールを使ったことによるアドバンテージとして、鍵盤が軽いので、もともと繊細なタッチを主体にするダン・タイ・ソンは細かなパッセージも音抜けすることなく速いテンポで流麗に弾いている点が上げられます。一方、緩徐なフレーズにおける歌い方などは、響きの豊かな現代ピアノと同じテクニックは通用しない面があり、思うように弾けていないのではないかと思われました。なお、ブリュッヘンの指揮ということもあり、オーケストラ部分も他の演奏とはかなりバランスなどが異なっています。特に、木管楽器の対旋律をよく聞かせるように演奏していて、ピアノとの掛け合いを重視していることが伺えます。総じて、古楽器を使ったということ以外には訴求力があまりない演奏になってしまっている点が惜しいと思いました。
ヤノーシュ・オレイニチャク(Polish Radio/1995)Grzegorz Nowak(ノヴァークしか読めねーw)指揮シンフォニア・ヴァルソルヴィア<俺たちもやればできました>
2番⇒1番という順に収録。どちらも第一楽章のオケ序奏から圧倒的に素晴らしい。シンフォニア・ヴァルソルヴィアはどうしようもないダメオケで、何度も泣かされているので全然期待しないで聞き始めたら、思わず身を乗り出してしまうくらい切ない演奏っぷりで。たぶん指揮者がすごいというか、そうとう絞り上げたんだな、みたいな(笑)。ピアノは文句なし。っていうかオレイニチャクだし。切々としたカンタービレ、肝心なところでズシンと響く左手の低音など、もう「ショパンの協奏曲はこう弾くと、とてもいいですよ」と優しく語り掛けてくるような気分になります。それにしてもうまいよな〜。わりと機械的に書かれたパッセージに自在にデュナーミクをつけて、音色変化も加えて、巻き上がるような感情の嵐を存分に表現するので、なんというか、すごく激しくてロマンティック。この2曲をどうやって磨き上げるか、磨き上げればこんなにスゴイという、ツィメルマン弾き振りに並ぶ名盤といえます。とにかく絶賛しつづけるしかないので、これ買えない人はかわいそう、ということで。
 

<改訂履歴>
2001/01/08 初稿掲載。
2001/01/14 ツィメルマン(1978)、中村紘子の後日記、および仲道郁代を追加。
2001/02/04 マリア=ジョアン・ピリス、マルタ・アルゲリッチ(1999)を追加。
2001/02/12 ロジーナ・レヴィン、スタニスラフ・ブーニンを追加。
2001/02/25 リ・ユンディを追加。
2002/02/24 ポスチニコワ、ネボルシン、ツィメルマン(1986)を追加。
2002/05/31 ペライアを追加。
2002/12/29 アックス、ダヴィドヴィッチ、グルダ、ステファンスカを追加。
2003/04/29 レオンスカヤを追加
2003/08/10 ピリス(1992)を追加
2004/08/10 クピーク&スクロヴァチェフスキを追加。
2004/10/30 デミデンコを追加。
2004/11/07 津田理子を追加。
2005/01/12 ダン・タイ・ソンを追加。
2005/03/27 カストロ、ティリモを追加。
2005/06/19 ツァハリスを追加
2005/08/28 シュミット、コスタを追加
2006/01/09 白神典子、オールソン、パク、ファルコフスカを追加。
2006/04/15 ヴァーシャーリを追加。
2006/06/04 ブレハッチを追加。
2006/08/20 パレチニ、ジャノリを追加。
2007/01/07 フランソワを追加。
2007/02/04 フー・ツォンを追加。
2007/03/31 オールソンを追加。
2007/07/21 フジコ・ヘミング、ジャン・サイモン、マルゴリーナを追加
2008/03/16 ベレゾフスキーを追加。
2008/11/23 ラン・ランを追加
2011/09/18 オレイニチャク、ダン・タイ・ソンを追加

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