グロテスクなセレナード

1.総論
習作を除き、現存するラヴェルの最初のピアノ曲である。パリ音楽院在学中の1893年頃に作曲された。自筆譜には単に「セレナード」とだけ記しているが、後に【自伝的素描】(口述筆記によるラヴェルのインタビュー記録)のなかでラヴェル自身により「グロテスクな」という形容詞が付けられ、これが出版時のタイトルとなった。なお、ラヴェルは自伝的素描の中でこの曲にはシャブリエの影響があると告白している。これはおそらく、シャブリエの「ブーレ・ファンタスク」における多彩な非和声音の使い方を示していると思われる。
この曲も習作っぽさを残しているが、重要なのは「道化師の朝の歌」の習作としての位置づけである。そもそも「セレナード=夜の歌」に対する「朝の歌」であり、ラヴェルが「道化師」を作曲する際にこの曲を意識していたことは確実である。音楽的にも、2度音程が激しくぶつかるリズミカルな導入部(スペイン舞曲のリズムを引用している)、随所に見られるスパニッシュ風ギター奏法の模倣などは、そのまま「道化師」に引き継がれ、より洗練された形で開花することに注目したい。

2.構成
導入部X−A−x−B−x−A'−x−B'−x−coda
新たな展開の前に必ずブリッジ(x)が入っており、意図的に曲想を分断してスムーズな流れを作らないように工夫されている。この分断状況が感覚的に気持ち悪いことと、導入部のフレーズの響きの印象が、まさにグロテスクである。

3.ききどころ
印象的な導入部のパッセージは和音の平行移動で成り立っている。

このパッセージは形としてはギター(特にスペイン風)の模倣である。アルペジョや平行移動はいずれもギターならではの奏法であり、冒頭からこのようなパッセージを打ち出してくるところにラヴェルのスペイン嗜好が如実に表れていると言ってよい。和声的には、構成音がすべて全音音階で動いていることにより内声を含めて全音音階となり、特定の調性が感じられない不安定な効果をもたらす。これがグロテスクな響きの本質である。
なお冒頭に書かれた演奏指示の意味は以下の通り> Tres rude:きわめて粗く pizzicatissimo:激しく爪弾くように 

4.演奏について
パッセージの書き方からピアノ曲というよりもギター曲といった方が適切であるため、スペイン風のリズムを含めスパニッシュ・ギターをイメージすることで、おのずと弾き方は見えてくる。また、本作のように作曲家が若く未熟な時期に作られた曲を演奏するときには、円熟期の類似作品を勉強すると役に立つ。すなわち「道化師の朝の歌」を勉強することで、この曲の演奏のヒントが得られるはずである。
良い演奏をしているのは、ジャン=フィリップ・コラールである。ラヴェルのピアノ曲の模範演奏としては、ルイ・ロルティを聴いておけばほとんどはずれないと言ってもよいが、残念なことにロルティは初期の小品の演奏があまり良くなく、単にグロテスクな曲に仕上がってしまった。コラールはこの曲の導入部にデュナーミク指示が少ないことを逆手にとり、書かれていないデュナーミクを勝手に補完し、他の誰にも真似できない雰囲気を作り上げている。この段階で、ラヴェルとの勝負はコラールの勝ちである。

<改訂履歴>
2009/03/08 初稿掲載。

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