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ロゴ:古希老散歩人誠之亮
中国にて酒を「竹華」と称したことにより日本にて「ささ」としたという。「笹の実会」を「酒(ささ)飲み会」としゃれて「一合升に「笹を入れ、「実」を浮かべた
笹の実会は1954年に旧長野市立川端中学校(現櫻ヶ岡中学校)を卒業した3年3組の同級会である。
笹は60年で実を結ぶため、卒業後60年後に再会しようという目的をもって名付けられた。1954年に60を足せば2014年がその記念日となる。
川端中学は戦後1947年の創立である。笹の実会のメンバーが卒業した時は創立7年であった。創立21年後の1968年には南部中学校を統合し、桜並木が立派だったので櫻ヶ岡中学校となった。2007年には通算して創立60周年になったはずで ある。戦前からあった校舎は打ち壊されてグランドになり、コンクリート製の校舎がかってのグランドに新築され、桜は老木となり見る影もない。
旧校舎
川端の名は灌漑用水の南八幡川が前を流れていたから付けられた名前であろう。この用水は今だ健在だ。ただコンクリート製のカルバートになってしまった。後身の櫻ヶ岡の名前はかってこの南八幡川を渡って正門に至る道の両側にあった見事な桜並木に由来すると思われ る。新たな正門は校舎のある北側に作られ、桜は打ち捨てられて老木となって見る影もない。かっての正門の門柱は風化して打ち捨てられてい るが、いまだ壊されもせず残っている。
裾花川から取水した灌漑用水は長野県庁の南にある大口分水橋で3つに分水する。市街地はほとんど暗渠の中を流れるが、信濃毎日新聞社南で北八幡川とに南八幡川に別れる。北八幡川は鍋屋田小学校や市役所の南を流れて水田地帯を灌漑している。南八幡川は川端中学校前で暗渠から姿を現して味気ない開渠の中をわずかに残った 高田の水田地帯にむかって流れてゆく。江戸時代は裾花川はまっすぐ南八幡川の当たりを流れていたのを県庁の南で強引に南に付け替えたという。
アルバム 2000-2001ウスケボ、恵比寿ガーデンピレース、渋谷東急文化村、志賀高原、発哺温泉
最新改訂日:2018年7月11日