英語教師の日記

2006年3月29日(水)
頭のよい子に育てるためには

 毎年たくさんの生徒が入学してきますが、ちょっと話をしただけで、その子の成績がどのぐらいかはほぼ想像がつきます。
いわゆる「よくできる子」は人の話をよく聞くことができるからです。
今まで本校に入ってきて、成績でも上位をしめている子どもたちをみていると、みんなこの「人の話をよく聞く」という集中力があります。そこで、そういった家庭のお母様に尋ねてみると、とても話がうまくて、おかあさんと子どもが幼いころから「会話」が成立しているのです。
つまり、ちょっとしたことでもお母さんは子どもの話に耳をかたむけ、また子どもも自分の日常について保護者に話をする、というコミュニケーションができているのです。
つまり、頭のよい子にしたかったら、家族のなかでちょっとしたことでよいので会話のキャッチボールをすることが大切なのです。「会話のキャッチボール」は成長すると書き言葉に変化します。つまり、国語、英語といった言語能力のもととなり、相手の気持ちや思考を想像する力になってきます。
 しかし、実際に家庭ではじっくり親子で話し合いのチャンスというのをあらたまって持つというのも気恥ずかしいという方もいらっしゃるでしょう。
けれども、テレビの番組やニュースを見て
「おかあさんはこう思うけどな」といって意見をきいてあげて、
「ふうん、なるほどね」と聞いてあげることも対話になるのではないでしょうか。
それにしても、テレビゲームに集中して会話もない、という家庭は、時間を即座に制限してしまうべきだ、とわたしは思います。実際、わが家にはゲーム機は1つもありません。そのかわり、ひまになると本屋へでかけています。本を読むことは集中力を高めますから、ひとつのことを継続しておこなう忍耐力もつきます。
このごろの生徒のなかには、ひとつの教科を10分もやるとあきてしまって席を立つような生徒が見られます。そういった生徒が少しでも書物に触れられるように、貸し出し文庫を作っていますが、けっこうたくさんの子どもたちが借りてくれています。中にはお母さまが「これ借りますね」といって持っていかれます。

 
言語を自由に操れる子どもは、やはり書物に長く触れている子なのです



2006年3月30日(木)
両立できる子
ひところ女性週刊誌で、「家事と育児の両立」なんて記事がよく特集されていましたが、きょうの話はそれとは関係なくて、テスト勉強の話です。
英検講習や英会話の授業の時に、電話がかかってきます。それはだいたい「明日テストですから勉強のために休みます」という電話です。でも1週間で1度しかない授業なのに、そのぐらいスケジュールの中に組み込めないのでしょうか?
大人になって就職して、一人前の仕事をまかされるようになったらいくつもの作業を並行して行う力が必要になります。そういう練習となる経験をを今からでもつんでおかなければなりません。二宮尊徳さんでなくても肩に荷物を運びながら勉強ぐらいできなればいっぱしの大人にはなれないでしょう。
特に女の子。これからは男女の機会は均等です。まさか、お子さんを大きくなったらどこかに嫁にやれさえすればいい、と考えていらっしゃる保護者の方はほとんどいらっしゃらないと思います。
わが子は弁護士に、薬剤師に…いろいろとイメージを思い描いていらっしゃると思います。しかし、家事、育児などまだまだ女性が受け持つ部分が多いのが現実。家事、育児、仕事の3つをバランスよくこなせないと、せっかく手に入れた仕事をみすみすやめてしまうことになるのです。

  
部活と習い事、勉強の3つぐらいは同時にこなせるようにしたいものです。
2006年3月31日(金)
ノートがもったいないの?

 よく女の子で見られるのですが、ノートをきれいに書きすぎる子がいます。そういった子はノートをかわいく書き上げることだけに集中してしまい、思考のプロセスを記録するという意図をつかんでいません。
このやり方でもっとも悪影響が出てくるのは数学です。計算をすみっこにこちょこちょこと書いて、その計算のあとを消しゴムであとかたもなく消してしまい、あとでどこでまちがえたのか教師がフォローできないことが多いのです。また、考え方など のメモをしないで、「きれいに」答えを書くことのみに注意を集中するので、どうやって考えたのがまちがいのもとだったか、わかりません。
ノートは自分の頭の中で行った思考を書き留めるところで、きれいにかけばいいというのではないのです。しかし、黒板に書いたことを全く書き写さないというのも困りますが。「ノートがもったいない。お母さんがもったいない、というからつめて使ってるんだ」と真顔で言う子もいます。(ほんとにそうおっしゃているとは思えませんが)
 お習字などやっている子はとても字がきれいでよいのですが、たまに字をきれいに書こうとしすぎて、答案つくりのメモの字を何度もきれいに書こうとして書き直している子がいます。こういった面も「なぜ書くのか」という意識ができていないために起こることです。
 
今やっていることは何のための活動や行動なのか、自覚して活動することが大切です.

2006年4月5日(水)
ごはん、食べてますか?

 もうだいぶ以前になりますが、NHKの番組で「なんでひとりで食べるの?」という特集があり、放映ののち、単行本になって出版されたことがありました。
内容は、ある小学校の養護の先生が、朝礼で気分が悪くなって倒れる子が続出しているので、「ちゃんと朝ごはんを食べて来ているのかしら」と疑問をもち、その学校で朝どんな食事いをしているのか調査し、低学年にはごはんを食べている絵をかかせた、ということでした。
調べてみると、驚くべき数の生徒が朝ひとりで食事をしている絵を描いていました。
「お父さんはねている」「きょうだいもねている」「おかあさんはほかの家族のために料理をつくっている」というものでした。
しかし、以前教師をしていたころわたしの担任したクラスでも、朝ごはんがトマト1個という子がいましたし、おにぎり1個という子もいました。
中にはコーヒーとパンだけという子もいました。
このころからいわゆる「個食」の時代が始まっていたのだと思います。家族のそれぞれがコンビニなどで簡単に好きな食品が買えるので、一人一人が別々に食事を買って食べるようになってきているのでしょう。
 ただ、問題なのは、子どもの一人ぼっちの食卓には「教育」とか、「だんらん」といったものは全く存在しないだろうということです。現代は、働く女性の生活時間も大きく変化し、一般的な「家庭のだんらん」のイメージを多様化してきていることは確かですが、はたして親と子はどこでコミュニケーションをとるのだろう、という疑問はもってしまいます。
 また、いわゆる非行に走る子どもたちは、食事の内容がまずしく、菓子パンと甘いドリンクを多く好み、野菜とか和風惣菜などには手をつけないといわれます。カルシウムの不足とかビタミンのバランスの悪さが彼らの行動や、短気な気性の原因になっているという人もあります。
じつはちょっと前授業の中で朝食の絵を描くところがあり、そのときに感じたことです。
中身も大切ですが、いっしょに食卓を囲むということがかえがえのないことに思います。ごはん以外に親はどこで子どもと触れ合うのでしょうか。ちょっと心配です。


 同じ釜の飯を食った仲、という表現もありますが、みんなでごはんを食べることはどんな社会でも親しくなるために必要なことなのです。とりわけ、「ヨコメシ」といって食事しながら英語を話すことはとてもしんどいことですが、こういった食べ物を交えたコミュニケーションは親しくなるためにとても大切な行事です。


2006年5月23日(火)
理系でも英語がいる!

「うちの子は英語が苦手なので、理系に進学させます」という保護者の方がいらっしゃいますが、それは残念ながらむずかしいです。
いま理系の最先端の学問や技術は英語の論文や資料なしでは通用しません。理系でlプロとして通用することを希望するならば大学院への進学が当たり前になってきています。専門性のない学部の就職率が極端に落ち込んでいるためです。その大学院へ入学する試験には英語は必須なのです。
 英語の成績が悪いために希望する大学院へいけなかったという話もあります。
英語の能力は、一昔のような挨拶程度の英会話の力だけでは不足もいいところ。最低英語の論文を読みこなすようになれなければプロとして通用しなくなる時代がすぐそこまで来ています。
「英検が2級だからだいじょうぶ」「外人教師に習ったからだいじょうぶ」まして「児童英検がゴールドまでいったからだいじょうぶ」というものではないのです。語学力はそもそも「〜したからだいじょうぶ」というものではないのです。しかも、語学以上の外国に行ったときのマナーは経験をつまなければわからないもので、それだからこそ海外へ行く意味もあるのです。
そういったことを考えると、若いころに海外へいくjのはとても大切なことです。数年前にマウイへホームステイを実施しましたが、多数のお母様から「ぜひまたホームステイや海外旅行を企画してほしい」という要望を受けており、現在企画を模索中です。お待たせしておりますが、塾部門との絡み、英会話のカリキュラムlとの連携も考えておりますのでお待ちください。

英語の学習は果てがありません。でもやめてしまったら学ぶことはそこでストップしてしまいます。心の成長もそこで止まってしまうものなのです。それはピアノなどの楽器の練習と同じ面があるのではないかと思います。

2006年9月7日(木)
テレビの害

紀子さまに赤ちゃんが生まれて、紀子さまの実家である川島家にテレビがなかったという話がマスコミで再び騒がれています。川島家の教育方針はご結婚のころよく話題にされていました。
お宅ではどの程度テレビをごらんになるでしょうか。わが家では2ヶ月ほど前からちょっとした事情で下宿においてあるようなコンパクトな見づらい小さいテレビlしか置いてないのですが、最近子どもたちがほとんどテレビを見なくなったのです。
画面が見づらいということもあるのでしょうが、その時間をいろいろな自分の時間につかっているようです。」
つまり、テレビがないと自分のための時間が長く持てる、ということがわかってきたらしいのです。そのあいだ音楽を聴いたり、雑誌を読んだりしているようです。
 DVDにしてもひところはよく見ていましたが、このごろぐんと見る時間が減りました。
時間をどんなふうにつかうのは子どもたちの自由でしょうが、テレビは時間どろぼうで、あっという間に1時間ほどはすぎてしまいます。
病気で入院している方や、身体が不自由になられたお年寄りの方には楽しみな娯楽でしょうが、小さなうちから自分の娯楽は自分で考え出すようにさせたいものです。
雑誌やマンがを読むにしても自分の時間をどうつかうかという自主性が養われます。
 先日も新聞の記事で読んだのですが、最近の子どもは「雰囲気」の読み方を「ふいんき」だと思い込んでいる子がたくさんいる、というのです。漢字を習わないこともあるのでしょうが、ひとつには本を読まないので言葉に触れないということが原因だと言っていました。
 それで本校の生徒にも雑談まじりにたずねたところ、「えっ、あれって、ふいんき、じゃないの」とかえって驚かれてしまいました。
 英語ももちろん大切ですが、その根底にあるのは母国語である日本語の感覚です。正しい日本語を身につけるためにも、もっと文字に触れる時間がほしい。そのためにもテレビからちょっと距離を置いた生活をしたいものです。