大村藩

大村家

2万7千石
外様 柳間 城主

大村家は、秀吉の九州征伐時に旧領を安堵され、徳川政権下でもそのまま受け継いでいった、古い地大名である。

藩祖の大村喜前の父、大村純忠はキリシタン大名として知られ、禁令後も領内のキリシタン取締りには苦慮した。
しかし、三代大村純信の相続が末期となったことに幕府から目こぼしを受け、次ぎの大村純長当時勘定奉行を勤めていた伊丹勝長の子を迎えるにあたっても、幕府の周旋で縁組で、公儀に対しての恩を感ずるところが大きかった。
この純長の代にも大規模な隠れキリシタンの発覚があったが、純長は実父を通じて、実情を隠さず報告したため、特に咎めを受けなかった。

その後、大村家のキリシタン取締りは徹底したものになっていく。

純の字を通字としているのは藤原純友の裔という伝承を持つからである。


歴代藩主
 

藩主

官位・通称

出自(実父・嫡出関係)

初代

大村喜前(よしさき)

従五位下 丹後守
大村純忠の子

二代

大村純頼(すみより)

従五位下 民部大輔
大村喜前の次男

三代

大村純信(すみのぶ)

従五位下 丹後守
大村純頼の長男

四代

大村純長(すみなが)

従五位下 因幡守
旗本伊丹勝長の四男

五代

大村純尹(すみまさ)

従五位下 筑後守
大村純長の二男

六代

大村純庸(すみつね)

従五位下 伊勢守
大村純長の四男

七代

大村純富(すみひさ)

従五位下 河内守
大村純庸の二男

八代

大村純保(すみもり)

従五位下 弾正少弼
大村純富の長男

九代

大村純鎮(すみやす)

従五位下 信濃守
大村純保の二男

十代

大村純昌(すみまさ)

従五位下 丹後守
大村純鎮の長男

十一代

大村純顕(すみあき)

従五位下 丹後守
大村純昌の四男

十二代

大村純熈(すみひろ)

従五位下 丹後守
大村純昌の八男

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