『航路』一問一答(コニー・ウィリス)

Q:とうとう新作が完成したんですね! いいかげん、できてもいいころでしょう。

A:はいはい、そうです。どうせわたしは世界一の遅筆作家ですよ。言われなくてもわかってますからほっといてください。
 今度の新作『航路』は臨死体験がテーマなんですが、この長編を書くこと自体が臨死体験のようなもので、トンネルの向こうの光は迫りくる列車のライトなんじゃないかって何度も考えたものです。4年近くかかりましたけど、やっと完成しました。

Q:臨死体験? 患者が手術台の上で死んだあと息を吹き返して、トンネルや光や天使を見たといいはる、アレのことですか?


A:そうです。

Q:ほんとうに? どうしてまたそんな本を書こうと?


A:友人から臨死体験本をひと山押しつけられたんです。『死んで私が体験したこと―主の光に抱かれた至福の四時間』(ベティー・イーディ/同朋社出版←もう存在しない出版社なので、「絶版」としますか??  本文にもあります)とか、『光に向かって― 子どもの臨死体験に学ぶこと』(メルヴィン・モース/未訳)とか、そういう本。読んだほうがいいって言って――いえ、正確に引用すると、「ぜったいに読まなくちゃだめよ!  とってもすばらしいんだから。きっと気に入るわ」って。だから読んだんですけど気に入るどころか、もう最低でした。だから、臨死体験に関する本を手に入るかぎり集めて、かたっぱしから読んでみたんです。どれもこれもひどかった!  死に対する不安とか、愛する人にもう一度会いたいと願う気持ちを食いものにしてるっていうだけじゃなくて、ほんとうは最悪の種類のニセ科学なのに、科学を装っていたんです。

Q:すると、臨死体験はインチキだと?


A:そうは言っていません。人間がなんらかの体験をすることは事実でしょう。でも、それが死後の世界を垣間見る経験なのか、死にゆく脳の中で起きる現象なのかについては大いに議論の余地がありますね。この問題こそ、『航路』の登場人物たちが解明しようとしている問題なんです。認知心理学者のジョアンナ・ランダーは、臨死体験したおおぜいの患者に面接して、話を聞きます。神経科医のドクター・ライトは、臨死体験の実体と働きを解き明かそうとするプロジェクトを立ち上げます。ドクター・ライトは、臨死体験を人為的にシミュレートすると思われる実験方法を考案したんです。

Q:映画『フラットライナーズ』みたいに、そこで人を殺して、生き返らせようとするのですか?


A:いいえ、幻覚誘発薬を使った単なるシミュレーションです。実際に死ぬ危険はありませんよ。まあ、たぶん。

Q:たぶん? 『ドゥームズデイ・ブック』みたいに、作中で大量に人を殺すんじゃないでしょうね。


A:言っときますけど、ひとりも人を死なせずに臨死体験の話を書くのはたいへんなんですよ。でも、『ドゥームズデイ・ブック』と違って、ヨーロッパの人口の半数を殺したりはしていません。だいたいわたしだって、『Bellwether』や『To SayNothing of the Dog』の中では、だれひとり殺してないんですよ。何回も死んで当然だったあの猫でさえ殺さなかったくらいですから。

Q:今回の作品で、猫は死にますか?


A:猫? いいえ、たぶん死にません。ほんと言うと、あんまり自信がないんですけど。ヒンデンブルクに猫は乗ってたかしら。

Q:ヒンデンブルク?


A:ルシタニア号には乗ってなかったと思うんだけど……でもセントへレンズ山に猫が何匹かいたような気が……。

Q:セントへレンズ山? 臨死体験の話じゃないんですか?


A:臨死体験の話ですよ。でも、ハートフォードのサーカス火事とか、ポンペイの大噴火とか、真珠湾攻撃とか、糖蜜大洪水とか、イサドラ・ダンカンとかも出てきますけど。

Q:イザドラ・ダンカン?


A:舞踊家です。彼女がロードスターに乗って、首のスカーフを翻しながら「アデュー、わが友!  天国(グローリー)へ行ってくるわ!」と(フランス語で)言ったのを知っていますか?  不幸なことに、この言葉は現実になりました。スカーフがロードスターの車輪のスポークにからまって、車が動き出したとき、彼女は首を絞められて死んだんです。

Q:それはいい話ですね。ほかにもそういう愉快なエピソードは出てくるんですか?


A:たくさん。『航路』は、臨終の言葉にまつわる小説でもありますから。トマス・エジソンの最期の言葉を知っていますか?

Q:なんですか?


A:「向こうは美しい」。どういう意味だかわかります?

Q:いいえ。あなたはどう思いますか?


A:言えません。本を読んでください。『航路』というタイトルで出版されます。

Q:イサドラ・ダンカンや糖蜜大洪水が臨死体験とどんな関係があるんでしょう?


A:言えません。本を読んでください。『航路』というタイトルで出版されます。

Q:せめて、その臨死体験のシミュレーションでなにが起こるのか、教えていただけませんか?


A:だめです、ごめんなさい。本を読んでください。『航路』というタイトルで出版されます。

Q:でも、猫や犬は死なないんでしょう?


A:犬? 犬のことなんか知りませんよ。それに子供のことも。

Q:え? 子供が死ぬんですか?


A:言えません。本を読んでください。『航路』というタイトルで出版されます。



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