K.D.Lang (May 30,1996, Nakano Sun Plaza, Tokyo)
すごい人、人、人。けさの新聞には当日券ありと出ていたので、売れていないのかなと思ったんですが、とんでもない。私の位置からは2階席は見えなかったんですが、1階は超満員。客層もさまざま。渋谷系の女の子がいるかと思えば、インテリタイプの中年女性・男性もいて、母娘連れもいれば、男同士で来てるのもいる。でも、やはり圧倒的に女性客が多かったです。k.d.もステージ上で「女の子たちが多くて幸せだわ」って冗談混じりに2回も言ってたくらい。
意外というか、新鮮な感じがしたのは、客入れの音楽が徹底して癖のないインストだったこと。考えてみれば、これから才能にあふれた歌手の歌を聴くのだから、よけいな雑音は欲しくないものね。ふだん行ってるロック系コンサートでは、他のバンドの曲をガンガン流すのが当たり前だったから、なにやら感動してしまいました。
さて、客電が落ち、歓声が上がると、銅鑼の音が聞こえてきました。そうか、あのアルバムジャケットに合わせてるのね。
そして、「か〜〜ぁもん」と"SEXUALITY" が流れ出し、ステージを覆った幕の上に、ゆるやかに体を揺すりながら歌っているk.d.の大きなシルエットが浮かび上がります。
最初の1〜2小節で幕がスパッと切って落とされると、ステージの上は一面赤い世界。ドレープを寄せた布が高い天井からたくさん下がっているだけのシンプルなステージには、正面に一段高くなった所があり、そこにドラムス、ピアノ、ベース、バイオリン、ギターのバックメンバーが立っています。その下にk.d.とコーラスの黒人女性2人、それにすっご〜く奇妙なギタリスト。 なにが奇妙って、プラチナブロンドのおかっぱ頭に黒い長袖Tシャツ、それに銀色のビニールパンツ(しかし、これがぴったりしてなくてシワだらけ)といういでたちで、スローな曲だというのに頭をぶんぶん振りながらギターを弾いているの(^^;)。 あとになってk.d.が彼を紹介したとき、「この人は昔オジー・オズボーンのバンドにいたのよ」って言ったもので(このとき"CRAZY TRAIN" のリフを弾いた)、2度びっくり。「鶏の首にあきて、もっと親切で穏やかなバンドでやりたくなったというわけ」(^^;)ソリャチョットマズイノデハ。
曲名あまり覚えていないので、セットリストは書けませんが、緩急をうまく織り混ぜて、実に上手に聴衆をのせてくれるステージ運びでした。最初の頃、客席は全員座って、じっくりと彼女の曲を聴いていたんですが、途中でアップテンポの曲になったとき、k.d.がステージから飛び降りて、通路で踊り出したからもう大変。みんな立ち上がっちゃって手拍子するやら一緒に踊るやら。立ちたくなかった人も、k.d.が下に降りちゃうと何も見えないから、しぶしぶ立ち上がったりして、あれは「技」だと思いました。
2〜3曲やって最初のMCがあったんですが、そのときに「通訳なしで私のジョークを理解してもらえるかどうか、きょうはとても不安だわ」と彼女が言ったもので、こちらも急に不安になってしまいました。
ここんとこ仕事が忙しくて疲労困憊モード。きょうだって聴いてるうちに寝ちゃったらどうしよう、なんて心配しながら来たくらいなのに、必死でMCの英語を理解しようとしたりしたら、余計に疲れちゃうじゃない。
しかし、心配は無用でした。日本人が英語に弱いということを意識してか、ものすごくゆっくり、しかもはっきり喋ってくれたし、それに第一、ほんとに面白い!
私、彼女のことは"CONSTANT CRAVING"のビデオクリップで憧れちゃったというミーハーですので、彼女ってなんかもう凄くスノッブでかっこつけて歌う人だと思ってたんですね。ところがギッチョンチョン。←ふ、ふ、古い(^^;)
初めのほうこそ、赤いサテンのブラウスに黒いパンツ、そして黒くて長いジャケットで、ハンサムボーイを気取っていたけれど、曲が進み、MCが進むにつれてすっかりふざけんぼのやんちゃ坊主みたいになっていきました。「ALL YOU CAN EAT」のアルバムジャケットを見たとき、「なにこれ、ダサ〜い!」って思ったんですが、きょうの彼女を見て納得してしまった。あれが彼女の地なのね。ほんとに冗談好きで気取らなくて、フレンドリーな女性なんです。
服装に関しても、ダサかったです。もっとお洒落な人かと思ってたんですが、裏切られたわあ。 途中で黒い上着をスパンコールギラギラの闘牛士みたいな短い上着に替えて出てきたときは、目が点になってしまいました。
さらに、"MISS CHATELAINE" ではドピンクの紙みたいに安っぽい生地のジャンパーをはおってきたりして。もうひとつ意外だったのが、踊りが下手なこと。体が大き過ぎるせいだと思うんですが、なんか動きが不器用でかっちょ悪い。でも、そうしたことすべてが、ずっと見てるうちに欠点じゃなくて、愛すべき特性に思えてくるのは人徳ですね。
そうそう、"MISS CHATELAINE" に入る前に、彼女が指揮棒を持ってバンドのメンバーのほうに向き直るんですが、そのとき、その指揮棒を自分の髪に横から刺して、まるで頭に突き刺したみたいに見せる、というおふざけもありました。で、指揮棒を振り始めると、ステージにシャボン玉がいっぱいふわふわと漂い出して、とてもキュートな演出。アコーディオンはピアノのおじさんが弾くんですが、この音色がなんとも言えず懐かしい雰囲気を出してて、アルバムで聴くよりほのぼのとした"MISS CHATELAINE"だったなあ。
そうそう、このおじさんを紹介するときも、ほんとはピアニストなのにわざと「彼はナンバーワンのアコーディオン弾きなのよ」と言って、客席が???となって静まりかえっていたら、「このステージの上だけではね」と落とします。
彼女の冗談語録は全部書いてたらキリがないんですが、受けたのは最前列の人たちが差し出す手とさんざん握手したあとで、「私の手を返してくれてありがとう」。
「みんな前に出てきて踊って。ステージに上がってもいいのよ」と言ったとき、そうしようとした人を警備員が押し戻したらしく、それを見た彼女が「おやまあ、日本ではまだ”規則”がまかり通っているのね」(^_^)サイコー。
あと、「ミュージックビジネスの世界にいると、得することがけっこうあるのよ。スイミングプール(がある家に住める)とか、映画スター(に会える)とか、ごくたまにデートもできたりとかね」と笑わせておいて、「光栄なことにロイ・オービソンと仕事ができたことも、そのひとつ」と言って始まった曲は、私は初めて聴いたんですが、ものすごく感動的なヴォーカルでした。まだこのときは客席は座った状態だったんですが、曲が終わったとたんにものすごい拍手が巻き起こり、中にはスタンディング・オベイションをする人までいて、まるでコンサートの最後であるかのような騒ぎになってしまいました。
なりやまぬ拍手に何度もお辞儀をしていたk.d.は、最後には、「もうやめてぇ」とでも言うように客席に向かって手を振り、マイクに向かうと「どうもありがとう。それじゃあおやすみなさい」と言って手を振り、引っ込むフリまでしたという。
そろそろ歌のことを書かなくてはいけませんね。でも、なんと形容したらいいのかわからないのが正直なところ。私がふだん聴いているのはバンドの音楽がメインなもので、こういうソロヴォーカリストのコンサートってめったに聴かないんですね。だからよけいに感じたのかもしれないけれど、やっぱり違う。力が違う。バンドで歌ってる人は、どんなに上手なヴォーカリストでも、やはり他の楽器の音の中に入ってこそ映える声なんですよね。でも、きょう聴いたk.d.の声は、それそのものがひとつの世界を構成していて、バックの演奏はその世界の端っこでちょっとだけお手伝いしてるというだけの存在でした。
魅力的な低音からハスキーな中音域、そして色っぽい裏声まで、そのバラエティに富んだ声の質も驚異的でしたけど、それが最初から最後までまったく乱れず、しっかり1本芯の通った力強い声だったのにはほんと感動しました。アルバムで聴くと、ちょっと単調かなと思える曲もあったんですが、生で聴くと全然違います。
個人的にいちばんうれしかったのは、映画「サーモンベリーズ」の主題歌"BAREFOOT"が聴けたこと。これ、大好きなんですよね。あの「あ〜う〜〜〜」という北極狼の遠吠えみたいな部分では、背筋がゾクゾクッとしてしまいました。
そういえば、この曲に入る前のMCで、k.d.がこんなことを言ってました。
「何年か前に映画に出たの。それは私にとってはひとつのチャレンジだったんだけど、もうひとつチャレンジがあったのね。私、この映画の中でヌードになったのよ」
「なに故に裸にならなければならないのか、って納得できる理由をずいぶん考えたのよ。で、最後に達した結論は、古臭いハリウッドの女性像を打破してやろうじゃないかってこと。その結果、撮影現場ではクールでいられたし、なんの問題もなかったの。ただし、ビデオが届くまでだけどね」
本編の最後を"CONSTANT CRAVING"で締めて、アンコールは2曲ずつ2回。2回目のアンコールの1曲目がなんと"WHAT'S NEW PUSSYCAT?"だったのには驚きました。これ、昔トム・ジョーンズが「何かいいことないか子猫ちゃん」というタイトルで大ヒットさせたエッチソングなんですよね。途中の「うぉ〜ぅうぉぅ」ってところを、客席にマイクを向けて歌わせようとしていたけれど、これはちょっと無理でした。
結局、「ALL YOU CAN EAT」 からの曲はほとんどやったと思います。アンコールに入ってからは客席も総立ちで拍手も大きく、k.d.は「東京での最初のコンサートをこんなに素晴らしいものにしてくださってありがとう!」と心から喜んでいました。
ところで、入口で配られた印刷物の中に、k.d.のオフィシャル・ファンクラブのパンフが入ってたんですが、これが超立派。キャラクターグッズもたくさんあって、k.d.ってアメリカではカリスマ的人気のあるスターなんだなあと、改めて感じました。
なにやら支離滅裂なレポートになってしまいましたが、とにかく彼女の才能に圧倒された夜でした。