リチャード様に頂いた小説 「Eraser」 |
それは人を狂わせるのだ。 いつの頃からか、曹植は兄のために破滅してゆく己を感じていた。 同じ父母の血を引く兄弟でありながら、微妙なずれは年を経るごとに亀裂を深め、何もかもが正反対になってしまった。兄は歌妓であった母親の血を濃く引いていた。均整の取れた冷たい美貌で、誰に対しどのような表情を作れば良いかを知っていた。 曹植にはそれが媚態に見えた。時と場合で人格を作り替える兄が、ひどく腹立だしく醜く映った。 兄のためにいつか狂ってしまうと、不安だが甘美な予兆を感じ取ったのは、曹植が女体を知ってからだった。 そして、曹植は一線を越えた。後は、行き着く所まで行くだけだ。 曹植は人差し指で、ゆっくりと曹丕の唇の輪郭をなぞっていく。 「今日の朝議で……末席の武官が兄上に見蕩れていた」 「そんなことを言うために……呼び出したのか?」 曹丕は苛ただしげに曹植を睨みつけた。曹植は指をその頬、首と伝わせ、体の線を確かめながら、唇を歪めた。 「戦に行かれたおりは、あの者と寝るのがよろしかろう」 「何が、言いたい?」 「私は、明日の父上の召集には応じぬということですよ」 そう言って、曹植は荒々しく曹丕の体を寝台に突き倒した。倒れざまに卓の上の花瓶が揺れ、豪快な音をたてて床の上で砕けて四散した。 曹丕は自分が割れた陶器そのもののように、せつなげに眉根を寄せた。曹植はいつでも、兄のそういった表情の変化が好きだった。冷酷なまでに相手を拒絶する、感情のない瞳の中に、諦めや罪悪感や密やかな期待が交錯する。 「……私のためか?」 「自惚れの強い方だ。私は戦に行くのが面倒なだけですよ。父上には申し訳ないが、子孝殿を助けたくば、私より適任者がいるはずだ」 そう言って、寝台の上を後退りする曹丕を壁際に追いつめ、壁に体を押しつける。そのまま曹植が口付けようと鼻先を近づけると、首を背けて唇を咬んで抵抗された。 曹植はそんな兄の姿を見下ろしながら、庭や戦の幕府やあるいは玉座の上でもこの人は寝るのだろうかと考えてしまう。名も知らない兵士と寝ても、数人の女と交わったとしても、曹植はその姿を容易に想像できた。 曹丕の睫毛が、瞳に影を落とす。抗い切れないと観念している時の表情だった。初めて曹丕を抱いた時泣き叫んで抗った後の曹丕はそんな目をしていたことを思い出す。 快楽の中で、自己の矜持や地位をかなぐり捨てて溺れ込んでゆく時、曹丕の中に流れる母親の血を感じずにいられなかった。まったく同じものを、受け継いでいるはずだが、曹植はそんな境地にたどり着いたことはなく、欲望の中で明瞭に嫌悪を感じている。肉体としての充足はあるが、心だけは急速に冷めてしまうのだ。 「兄上は、母上よりも淫蕩だ」 曹丕がゆっくり、曹植へと視線を戻した。薄明かりの中で、瞳が驚愕に揺れていた。 「誰とでも、交わるのでしょう?そうして、太子になった」 「……な、に……?」 曹丕の腕に力がこもった。視線が凍りついて、曹植に突き刺さる。曹植は笑いたくなる衝動を抑えて、曹丕の唇を軽く噛みながら口付けた。舌で歯列をなぞり、戯れめいた接吻を繰り返した。 曹丕はその合間に荒く息をつき、必死に体を捩らせて抗っている。曹植は曹丕の手首を解放し、両手で頬を挟み、引き寄せてその唇を貪った。曹丕は曹植を押しのけようと、上体を起こしてもがき、着物の襟を握り締めた。 「……ちが……う!」 「では、張将軍も違うとでも?」 曹丕は口惜しげに目を伏せた。言い返せないだけのことを、曹植は知っている。曹植は喉の奥で笑った。 縺れ合いながら、曹植は曹丕の上に重なり、少しずつ寝台の上に縫い止めていく。曹丕の細帯を素早くほどき、その両手首を寝台の柱にきつく結びつけ、着物をはだける。高価な絹衣を、織り筋に沿って裂いた。肌に触れる冷気のせいか、あるいはこれから起こる曹植の行為を想像してか、曹丕の体が僅かに震えている。 曹植は着物を脱がず、曹丕の顎を乱暴に掴み、耳元に唇を寄せた。 「張将軍とは長いのですね。兄上の要求通りに、抱いて下さる方のようだ。司馬仲達は……どうなのです?いつもの無表情で、顔色一つ変えずに腰を振りますか?」 耳朶を甘咬みして、耳の穴に舌を差し入れる。曹丕の唇から、耐え兼ねたように吐息が漏れた。 「はあ……」 強く掴まれて閉じることのできない口の端から飲み込めない唾液が垂れた。 曹植はなおも言葉を継いだ。 「呉季重はどうです?私には官位を要求していましたよ。……卑しい男だ」 曹丕が半開きの瞳をきつく閉じた。曹植は顎から手を離し、首筋を吸った。 「いや……だ。もう、やめ……」 「淫売と同じだ、兄上は」 ゆるゆると舌を這わせる。首筋を通り、鎖骨、乳首と下品に嘗めていく。 矜持をずたずたに切り裂くには、不必要なまでの言葉と、暴力的な情交があればよかった。曹丕は貶められ、恥と愛欲で身悶える。 女のように敏感な乳首を舌先で転がすと、曹丕ぴくりと体を動かした。腕に力を込めるせいで、手首を縛る細帯がきしきしと音を立てる。 「解いてくれ……逃げない、から……」 「この方が、感じるでしょう?」 音を立てて乳首を吸い上げたり、歯を立てて力を加えただけで、曹丕は甘い吐息を吐く。少し痛いくらいの方が、曹丕はいい声を出す。 曹植は曹丕と横に向かい合って、体の窪みに合わせて指を這わせてた。片手を背中から腰へと滑らせながら、けして核心には触れず、また背中へと戻す。 軽い痛みで興奮していた体は愛撫にどんどん敏感になっていた。曹植の舌や指が這い、柔らかな腕の内側や腰骨を刺激するたび、曹丕は瞳を潤ませた。 曹丕の陽根に手を触れると、もう硬く勃起していて、曹植は手を添えると柔らかく握って上下に動かしてやった。 「い……や……っ……」 曹丕は顔を見られまいともがいたが、手首に帯が食い込むだけで、逃げられず、簡単に曹植に押さえ込まれてしまう。 曹植は曹丕の足の上に跨って、刺激の速度を上げてやった。そして、それだけでもう昇りつめてしまいそうな兄を見下ろしながら先のことを考えた。 あと何回、どんな体位で、曹丕をいかせようか。行為は徒労で、むしろ面倒なことであるのに、冷静に嗜虐的な思考のみが膨れ上がっていく。 「だめ……っ、もう、植……いき……そっ……!」 「この後で、もっとあげますよ。さぁ、出して」 笑いをかみ殺しながら、曹植は身を屈めてその肉茎に唇を寄せてやった。ぺろりと嘗めた瞬間、曹丕の喘ぎが引きつって、それは軽く痙攣しながら精液を吐き出した。 『子健様は人を愛したことがおあり?』 「何故、斯様なことを聞く?」 『私という者がおりながら、心は上の空。どなたに対しても、執着しないお方ですから』 「世界の全てをなくしても、手にしていたい相手の存在を言うのであれば、ある。その者を、呼吸一つまで支配したい」 『難しいわ。とにかく、勝手な方ですのね。子健様は』 「そう思われるだろうな。誰も、私の心の内を理解できまい」 女が寂しげに微笑んだ。曹植は女の髪を梳いた。 「あれがこの世に存在することが許せない。その生を私が追いつめる」 女は曹植の胸に凭れて、目を細めていった。 『子健様は、その方が欲しくてたまらないの?』 「手に入れたら、消してしまいたい。そのために欲している」 『勿体ないお話。せっかく手にするのに、消してしまいたいなんて』 「では……そなたにとって、愛とは何だ?」 女の頭を抱き締めて、曹植は聞き返した。 『愛って……何かしら?あら、答えられないわ』 「きっと、初めから誰も答えられないように、仕組まれているのだよ」 『……幻想……かしら』 「幻想か。いい言葉だな……」 『愛なんて、分からなくてもいい』 女は曹植の胸に頬をすり寄せて、幸せそうに笑んだ。 『今、ここに……子健様がいらっしゃるから』 曹植は曹丕を四つん這いにして、尻を高く持ち上げさせた。背筋が猫のようにしなやかで、情欲をそそった。 初めの射精の余韻が冷めやらない中、曹丕はされるがままになっている。 曹植が肉壁に燭台の油を塗り込んで、指を出し入れし始めれると、細い声で喘ぎ始めた。 曹植は苦笑して、中指と人差し指でゆっくりと穴の中を掻き回した。二本の指にほぐされて曹丕は目尻にうっすらと涙を溜めている。恥ずかしいのか、痛みのためか、快感のためか、聞こうとは思わなかった。その全てが混ざりあって、どうしようもないだけだと見当がつく。 くぐもった喘ぎ声と直接的な肉の弾力が、曹植の性欲を高めていた。曹丕も刺激が足りずに自ら腰を動かして、奥まで指を受け入れようとしている。 「……これが……欲しい?」 頃合いを見計らって、曹植は着物の裾を捲りあげて、曹丕の肛門に肉塊をあてがった。先の方だけ僅かに侵入させると、曹丕は擦り付けるように腰を上げた。 「口で言って下さい、兄上」 曹丕はためらって言葉を切った。だが、曹植がじらせて腰を引くと、曹丕はかぶりを振った。 「止め……ないで」 「まだだ……」 「入れて……奥まで、入れて……」 切羽詰まった、甘い声で曹丕が呟いた。曹植は鼻で笑って腰を進めた。深く突き刺すと曹丕の背がしなり、震えた。 恥を捨て切って快楽を追う姿が愛しくてたまらないと同時に、苛立つ。曹丕に対して曹植が抱く感情は、いつも裏腹だった。何度抱いても、苛立ちや憎しみが消えなかった、ひどい責め方をしても、曹丕はそれをも快楽へと変えて貪っている、傷ついているのは常に自分だと、錯覚するほどに。 「し……植……」 「何?」 曹丕が首を捩って曹植を見上げる。捲れた唇からのぞく赤い舌が、曹植の舌を求めているように見えた。 背中を抱き込むように重なって、曹植はその舌を吸った。 「……墜ちて……しまう。このまま……だと……私は……」 蕩けていく表情に、曹植は触発された。 「そうですよ。このまま……墜ちるんだ」 もう一度深く唇を貪り合うと、曹植は曹丕の腰を掴んで激しく打ちつけた。 油で湿ったそこが、くちゅくちゅと音を立て、曹丕は快感に自制を忘れて声を上げる、何を口走っているのかも、きっと覚えていないだろう。擦れる痛みと奥まで貫かれる快感で、曹丕の意識は澱んでいる。 「いい、しょ……く、気持ち……いいっ……」 突き刺す動きに合わせて、曹丕の腰がうねった。背中の窪みに汗が溜まっていく。曹植は背筋を嘗めた。つるりとした肌に浮いた汗は官能的だった。 「もっと……っ、嘗めて、いい、……あぁ」 曹植は言う通りに犯していった。 言い切れぬ徒労感が体を包み込んで、やけになっていた。自身にも絶頂は近付きつつあったが、曹丕に比べて冷めきっていた。抱けば抱くほど、深く犯せば犯すほど、滑稽だった。その全てが苛立ちの象徴でしかなかったのに、曹丕は曹植との行為を受け入れて、心のどこかで愛を信じていると思うと、涙が出そうだった。 「……はぁ……、も、我慢……できな、いっ」 「私がいく前にいったら……あとで、ひどいですよ。いいですね」 曹植は、動きを速めた。曹丕は髪を振り乱して、縛られた手で破れた着物の端を握り締めていた。 「早く、植……っ、はやく!」 「まだ、いけない」 「はっ……ああっ、あぁ……!」 曹丕の背が弾かれたようにそり返った。 均衡を失った曹丕の体を抱き締めると、その精液でぬめった腹部の感触に眩暈がした。きつくくわえ込まれて動きが取れない曹植は、濡れた指先で尖った乳首を揉んでやった。別の種のゆるい快感に、曹丕の体から力が抜けて、ぴくぴくと内壁が動く。 曹植の肌が泡立った。最高の娼婦の体だと思わずにいられなかった。 「中で……出しますよ」 ぐったりと返事もしない曹丕の中で何度か動くと、曹植も果てた。 その後、曹植は曹丕を二度、どちらも焦らせに焦らせていかせてやった。 両手の拘束を解かれても、曹丕は曹植に背を向け、身じろぎもせずにいた、いつもと変わらない、情事のあとの姿。ゆっくりと覚醒する中で、自分の狂態を恥じているのか、緩やかな呼吸の中で、満ちたりてまどろんでいるのか、曹植は知らない。 曹植が感じるのは、重苦しい疲れだった。曹丕を犯して、満足したのは初めだけだった。これで兄を支配したのだと勘違いした、初めの夜だけだ。 曹植は寝台を下りて、部屋の隅の衣装箱から美しい刺繍の入った女物の着物を出して、曹丕に投げ掛けた。 「前の妻のものですが、兄上に差し上げますよ。着る物がなければ、帰れますまい」 「……崔家の娘……か?」 消え入るような声で、曹丕が言った。曹植は乱れた衣を直しながら頷いた。 「縫取りのある着物を着ているのを父上に見咎められ、家に帰されて死を命じられたことは、兄上も御存じでしょう。それを着ていたのですよ。私が命じて作らせたものです。良く、似合っていた」 曹丕に背を向けたまま、曹植は爵に酒を注いだ。 「いい女でしたよ。情熱的な女だった。死ぬ時でさえ……涙一つ見せなかったそうです」 曹植は注いだ酒を一気に呷り、自嘲した。冷たい液体は水のように喉を滑り落ちていった。 眩暈がした。酒の冷たさ、曹丕を犯す時の苛立ち、思い出の中の女の微笑みまで、いろんな光景が肌に纏わり付いて不快だった。 「私は隣の室で酒を飲んでいます。お好きな時にお帰り下さい。見送りはしませんので、他の者に見つからないよう、お帰りはご用心を」 爵を持ったまま、曹植は恭しく拝拱した。 曹丕は上体を起こして、裸体に綾衣を引き寄せてぼんやりとしている。腕からこぼれた刺繍の模様は、理性の欠片をかき集めたようで、曹丕によく似合っていた。 その曹丕が手を伸ばして、出ていこうとした曹植の袖を掴んだ。手首は赤く擦り切れて鬱血し、力を込めると痛い筈だが、意外にしっかりと捕まえられ、その力に曹植はぎょっとした。 「……私は、そなたにとって……何だ?」 寄る辺のない瞳の中に、燭台の炎が淡く揺らめいている。 「ただの慰み者なのか?それとも……憎んでいるのか?」 「『そうではない、愛している』と、優しく囁いて、大切に抱き締めれば、この行為を納得できるとでも?」 面倒だった。言葉にして説明しなければならないほど、曹丕が打ちのめされていることが信じられない気持ちもあった。もっとも、体力が落ちている時は誰であれ弱気になるのだが。 曹植は根気強く不快感を押さえつけて曹丕の側によった。足下に転がる花瓶の破片が、いやな音を立てた。 「私にとって兄上は、自身と全く正反対の存在なのですよ。永遠に一つになり得ない……分かり合うこともない」 曹丕の髪を鷲掴みにして視線を絡める。押し寄せる感情の波に揉まれて、その瞳は悲しげだった。 「……植、そなたが……分からぬ」 曹丕が呟いた。悲痛な声だった。 「兄上は私を単純に理解したいのでしょう?この行為に意味をつけて、割り切りたい。意味は憎しみや怒りといったものより、愛情故のものとした方が、ご自身の中で都合が良いわけですよね。そんなに単純ではないのですよ。私が欲しいのは、兄上、あなたそのものだ。人格としての『曹子桓』を支配するために肉体を介在させているのに過ぎない」 「……では、何故本気で太子になろうとしなかった?私を肉欲で縛りつけ……焚き付けて……勝手気ままな行動で父上の気持ちをも裏切って……。そなたがしていることは、破滅的で……終わりのない堕落があるだけではないか……!」 曹丕が語気を荒くした。その目尻から涙があふれ、頬を伝った。 「何の得がある?私は昇り詰めれば詰めるほど罪の意識に苦しみ、そなたは地位も名誉も失って破滅する……!」 「それが破滅だと考えるのは、兄上の価値観だ。私は一向に構いませんよ。地位や名誉などよりも、私には欲しいものがあり、それを手に入れる方法も分かっている!兄上と違うのはそこですよ。兄上はご自身が欲っするものが分かっているのですか?」 吐き捨てて、曹植は曹丕を突き放した。乱れた髪に覆われて、曹丕の表情は分からない。涙をこらえているのか、肩が震えていた。 「慰めていただくといい。私が分からぬと、泣きながら、誰かにすがって答えを捜すといい!女でも、兵卒でも、将軍でも、父上でも、私より優しく、温かな言葉と行為を与えてくれる人間は山といるでしょう?単純な、目先の慰めはどこにでも転がっている。その媚びた目で、軽く微笑むだけで十分ではありませんか、兄上!」 何か言いかける曹丕をよそに、曹植は踵を返し部屋を出た。 曹丕が欲しがっているものは、愛なのだと、曹植は考えていた。何不自由なく育てられ、文武を兼ね備え、周囲からの尊敬を集め、母親譲りの冷たい美貌があり、欲しいものは何でも手に入る兄が、たった一つの愛を捜している姿。それがあの媚態であったことに気付いた時、曹植は曹丕を支配したいと思ったのだ。そんなものは手に入らないと教え、自分だけのものにして、時を止めてしまいたかった。 一人飲む酒は妙に舌をひりつかせた。空になった瓶が何本目か、数えるのを止めた。酔いが思いのほか早く回り始めていて、目を閉じると、曹丕の泣き顔が脳裏によみがえった。 支配しようと全てを傾けながら、それは逆に曹丕という存在に自分が縛られているのだと、可笑しくなって笑いが漏れた。お互いがこんなにも求めているのに、これから先、どんなに抱き合っても、けして結ばれることはないのだ。傷つけあい、踏みつけにしようと躍起にならなければ、存在し得ない。どんなに考えぬいても、曹植は兄に正確な気持ちを伝えられない。持ち合わせた感情に対して、正確な言葉はなかった。 壊して、粉々に砕いて、消してしまえれば。存在を消し合えれば、終わるのだ。 『……幻想……かしら』 「本当に……良い、答えだ……」 空が白んでいるのか、薄い膜が張ったように部屋中が白っぽく感じた。 曹丕が帰る気配を感じる前に、酔い潰れることにほっとしながら、曹植は机上につっ伏した。白い膜が徐々に暗やみに吸い込まれ、緩やかに回り始めた世界の中で、赤紫の輪が二つ、静かに点滅しながら消えた。 |