●第六節:編集部にて〜其の弐〜●

「王基教絡みの醜聞とか?」
「そう、王基教絡みの醜聞とか……何だって?」
 君の一言は明らかに舛村の意表を突いたようだった。
「もし、王基教の、それも教主自身に関わるような醜聞の記事を持ってこれたらどうでしょう、といったんですよ。特別ボーナスくらいはでますかね」
 丁寧ではあるが、どこか伝法な調子の混じった口調で君は答えた。
「教主自身……? 出淵吾尼三郎の? そんな記事があるのかね!? そういった記事ならば大歓迎だョ。王基教の記事は今旬だからねェ、つまらん話題でも王基教というだけで出る部数が違う。まして教主自身の醜聞とくれば一桁販売部数が変わってもおかしくはない。……で、あるのかね?」
「どうでしょうね。――で、ボーナスは出るんですか?」
「本当にあるのなら出しても良かろう。勿論、記事の内容によるが」
「そうですね、教主と奇怪な壷と教団の怪しい動き、ご希望なら欧羅巴人の美少女の危機とかもつけましょう。これならいくらくらいになります?」
「……そうさな、五円(現代でいうと2、3万円くらい)でどうかね」
 君の話に多分に興味をそそられた顔を見せた割にはあまりにも「しわい」金額である。
 君は軽く肩をすくめると、舛村に背を向けて主幹室のドアの方へと向かった。
「――貧民窟の記事を手直ししてきましょう」
「ま、待ちたまえ」
 あたふたと机の上の書類を散らばせながら、舛村が君を制止にかかる。
「十円でどうだ」
 君は無言で主幹室のドアのノブをゆっくりと回す。
「二十円」
 さらにノブが回り続ける。
「ええい、五十円」
 さながら清水の舞台から飛び降りたような顔つきで舛村が絞め殺されるような声を上げる。
 が、無情にもノブは回りきり、ドアがゆっくりと引かれる。
「百円だ、百円。これ以上は出せんぞ」
「必要経費は別に頂けるんですか?」
 君はドアノブに手を掛けたまま振り向いて訊ねる。
「……必要経費は別で百円のボーナスだ……その代わり」
 格下の者に良い様にあしらわれた憤怒に、削岩機を抱えた鉱夫のように全身を震わせながら舛村が応える。
「ご期待に添う記事を取ってきましょう。では善は急げと申しますので、これで」
 舛村に言わせも果てず、君は主幹室を後にした。
「ふうっ、これで上の方は片付いた。次は資料集めと。――さて」

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