1999年10月24日

東ティモールは昨日の話ではない


ノーム・チョムスキー

 最近の報告によると、東ティモールにいる国連派遣団は推定85万人のうち、
15万人ほどの所在は確認されているが、26万人は「自分たちの家から逃れ
るか、あるいは強制的に移住させられた後、実質上、国軍統制下で劣悪な環境
の狭い西ティモール難民キャンプで未だ苦しんでいる」うえに10万人はイン
ドネシアの別の場所に移住させられているとのことである。残りの人々は山の
中に隠れていると考えられる。

 オーストラリアの司令官は、移動させられた人々が食糧と医療設備不足の状
態にあることが懸念される旨を表明した。東西ティモールのキャンプを視察し
たアメリカ合衆国副長官ハロルド・コーは難民は「餓死するか、またはテロに
あう危険にさらされており」、「理由なくして彼らが消えてしまうことは日常
的である」と報告した。

 このような惨事の規模を正しく評価するためには、立ち去りつつあるインド
ネシア軍と民兵が実質的に生存に必要な物理的基盤を全て破壊したこと、また、
25年にわたり領土が支配され、カーター政権が必要な外交と軍事的支援を与
えていた間に何十万人もの人々の殺戮が行われた恐怖の統治があったことを我
々は心にに留めておかなければならない。

 その継承者たちは、(全国紙で尊敬されているコメンテータの威光に満ちた
レトリックによると)「輝かしい栄光」を持つところの、1990年代という
外交政策上の「崇高な期間」に、どのように振るまったのであろうか。ひとつ
の方法は殺し屋達、すなわち「我々のような男」への支持を増やすことであっ
た。「我々のような男」という言い回しは、スハルト将軍が統率力を失い、I
MFの厳しい命令を十分、満足いくように実行できなくなったためにその地位
を追われる前に、クリントン大統領が用いたものである。1991年ディリの
大量虐殺後、議会は武器輸出を制限し、アメリカ合衆国によるインドネシア軍
の訓練を禁止した。しかし、クリントンはその禁止をうまくかわす巧妙な手段
を見つけ出した。議会は「怒り」を表わし、「インドネシアの合衆国における
軍事訓練を禁止するのは議会の意思であったし、今も意思であり続けている」
と繰り返した。これはファーイスタン・エコノミック・レビュー誌や他のオー
ルタナティブな出版物の読者なら理解できるであろう。しかし、結局、無駄に
終わった。

 クリントンの計画に関する調査質問には、国務省からの答えは決まりきった
ものだった。つまり、合衆国の軍事訓練は「外国の軍隊に合衆国の有用性を顕
示するという点で積極的な役割を果たした」というものであった。これらの有
用性は、次のような点で誇示された。すなわち、インドネシアに対する軍事援
助が増大し、政府が許可した武器売却が1997年から昨年までに5倍に増え
たというものであった。一ヵ月前(9月19日)、ロンドン・オブザーバー国
際通信社とロンドン・ガーディアン誌は「合衆国に訓練された東ティモールの
肉屋」という見出しの記事を載せた。ふたりの優秀な特派員が書いたこの記事
は、クリントンの「鉄のバランス」計画について述べていた。その計画では1
998年まで、議会による禁止に反してインドネシア軍を訓練し続けたという
ものだった。その中には、コパスス(インドネシア陸軍特殊部隊)、すなわち、
「民兵」を組織・指導し、残虐行為に直接参加した殺人部隊が含まれていた。
長期にわたる合衆国の訓練の恩恵は「彼らの残忍さの伝説」となり、東ティモ
ールにおいては「あらゆる種類の残虐行為の先駆的役割を果たし、見本となっ
た」ということにワシントンは気が付いていたし、また、よく知っていたので
ある。」(ベネディクト・アーダンソン:インドネシアに関する優れた専門家
の一人)

 クリントンの「鉄のバランス」計画では、効果的で即座に利用できる対ゲリ
ラ戦と「心理作戦」の訓練を、インドネシア軍人達に提供していた。彼らとそ
の手先たちは9月に首都ディリを焼き尽くし、殺戮と暴力行為を継続していた
とき合衆国国防総省は「インドネシア・合衆国合同軍事訓練は人道的で、惨事
をなくす行動に焦点を当てて行われ、8月25日に終了した」と発表した。そ
れは犯罪の著しい増加を生み出した直接投票の5日前だった。ワシントンの政
治的指導者がもし、少なくとも自分たちの諜報局の報告を読んでいたら、こう
した犯罪の増加はまさに予期していたことであった。

 これらすべてのことは、この一年の他の様々な事件と同様のメディアでの扱
い(すなわち全く扱われないこと)によって、合衆国が残虐行為を支持したと
いう決定的な過去の記録を閉じこめている「忘却の穴」へと送られた。一例と
して、6月30日、上院が満場一致で東ティモールでのインドネシアの軍事行
動を「インドネシアに対する借款、あるいは経済支援」と結び付けることをク
リントン政権に要求したということがある。これについて読者は(米国の新聞
ではなく)アイリシュ・タイムズから知ることになる。
 
 1999年の大半を西側のインテリたちは、コソボでの自分たちの素晴しい
行いへの自己追従誇示という、歴史上最も恥べきことに関わってきた。問題に
責任を負う国連機関へのワシントンの資金援助撤回のおかげで、適当なところ
で処理されたこの主要な功績の中には、爆弾投下の後、追い出され、虐殺行為
を受けた非常に多くの難民のほとんどがケアされなかったという事実がある。
国連職員は1998年には15%削減され、1999年にはさらに20%減ら
された。そして今では国連は、米英の爆弾投下の予期された結果であった残虐
行為が起こったときに「行為遂行に問題があった」というトニー・ブレア(も
う一人の聖人)の告発をうけることになった。相互称賛社会が、しかるべく行
動している間に、東ティモールでの残虐行為は増すばかりであった。8月の直
接投票に先だって、およそ3千から5千人の人々が殺されたと信頼できる教会
筋は述べている。この人数は、コソボ(人口は東ティモールの2倍以上である)
への爆弾投下前に殺されたとNATOが発表した人数のおよそ2倍である。9
月に残虐行為が倍増した時、国内外(主としてオーストラリア)の圧力に屈し
て、少なくともジェスチャーを示すまでクリントンは推移を静観していた。そ
のジェスチャーだけで、インドネシア軍の将軍達の振る舞いをかえさせるには
十分であったことは、これまでいつも温存されていた米国の潜在的力を示して
いる。理性的な人であれば、このことから、すぐに誰が有罪であるかについて
の結論を引き出すことができるであろう。

 最近の報告では、米国はInterFETに対して資金供出を行っていない
(これは、長年に亘りインドネシアの最も熱烈な支持者であった日本が、In
terFETに1億ドル提供したのと対照的である)。けれども、米国がコソ
ボで国連の文民活動への資金提供を拒否したことを考えるならば、おそらくこ
れは驚くに値しない。ちなみに、ワシントンは、活動規模を縮小するよう国連
に要請していた。というのも、資金負担を避けたいからである。何十万という
行方不明の人々は山間部で飢えているかもしれないが、文民標的をピンポイン
トで破壊できる優秀な空軍は食料の空中投下をする能力がないし、それ以前に、
基本的な人道援助を提唱する声が、米国政府からはそもそもあがらなかった。
さらに別の何十万という東チモール人はインドネシアで過酷な運命に晒されて
いる。ワシントンがインドネシアに一言言うだけで彼らの状況を改善すること
ができるが、ワシントンからは言葉も、コメントもない。

 コソボでは5月以来、戦争犯罪裁判の準備が続行している。それは米英主導
で行われるものであり、情報機関の情報をこれまでに例がないほど利用するこ
とができる。東ティモールについては、散漫な調査についての話し合いが、イ
ンドネシアの参加のもとで、かつ目前の期限(12月31日)が決められたも
とで行われている。イギリスの報道機関に引用された国連職員によると、それ
は「全くのジョークであり、完全な目くらましである」。アムネスティ・イン
ターナショナルの報道官は計画されたような調査は「東ティモールの人々に以
前にも増してトラウマを引き起こす原因となるであろう。それはこの段階では
非常に屈辱である」と付け加えた。インドネシアの将軍たちは「全く恐ろしが
っているようには見えない」とオーストラリアの報道は報告している。「最も
不利な証拠は合衆国とオーストラリアの高性能の電子傍受器具によって電波か
ら傍受した資料らしい」ということ、そして将軍たちは彼らの昔からの友人た
ちは決して自分たちを裏切らない ーそれが責任の鎖を適切なところで切るこ
とが困難であるという理由によるものだけであってもー と確信している。

 東ティモールの残虐行為の証拠を掘り起こす努力はほとんどされていない。
対照的に、コソボでは、NATOの空爆を正当化できる大規模な残虐行為を見
付け出そうと、合衆国やその他の国々から警察や医療法廷弁論チームが押し寄
せている。けれども、現在わかっているように、虐殺は、ミロセビッチが初め
から、NATOによる爆撃があれば遂行すると計画していたもので、爆撃によ
り虐殺が悪化することは予測されていたのだ。もっとも、空爆の一ヵ月後に、
NATO司令長官ウェスレー・クラースは、申し立てられた計画は「私とは全
く関係なく」、NATOがやったことは「(政治的指導によって)セルビアの
民族浄化を防ぐ手段として計画されたものではない。そのような意図は全くな
かった。それが目的ではなかった」と報告したのではあるが。

 犯罪の犠牲者を助けるなんらかの努力をワシントンが拒否したことに関して
オーストラリアの経験豊富な外交官リチャード・バトラーは次のようにコメン
トした。「同盟関係の実質は、本質的には次のようなものであるということが、
アメリカのアナリストによって明らかになった。すなわち合衆国は自国の関心
と脅威という点を中心に定義された自らの関心に比例した対応をする」。それ
はワシントンを非難するものではなく、むしろ事柄の事実、すなわち他の人々
が負担を負い犠牲を負うということ、を理解していない自分の仲間、オースト
ラリア人を批判するものである。もし、今から数年後に合衆国の企業が、オー
ストラリアの行為に立腹するが、ひどい重荷に関してはほとんど不平を言わな
いインドネシアで、事態を喜んで収拾するとしても、それはけして驚くべきこ
とにはならないであろう。

 自己追従のコーラスは少しは静まった。このような恥ずべきふるまいにもま
して重要なことは、東チモールで起こった、この恐るべき世紀の、最も恐るべ
き悲劇の最後のものを救うためにすぐさまそして決定的に行動することができ
ないことである。