デミアン
H・ヘッセ 著

『デミアン』が第一次世界大戦直後の1919年に出版されたとき、
廃墟と化したドイツで途方に暮れていた青年たちに熱狂的に迎えられたというが、
アプラクサス神を導きの星として語られるエソテリックな物語と思想は
時代の闇が深まるにつれ、いよいよ輝きをましているようにみえる。

物語の発端はささいな嘘だった。
シンクレール少年が年上の小悪党クローマーの前でついた他愛のない嘘が
それまでの両親の愛に庇護された明るく無邪気な楽園時代をあっけなく終わらせた。
クローマーに弱みを握られ、彼の言うがまま盗みや使い走りをさせられる屈辱的な日々が続いた。
そんなある日、憔悴したシンクレールのもとに
デミアンという神秘的な少年が現れ、彼を苦境から救い出してくれる。
彼との出会いを機にシンクレールは「自分自身へ至る」困難な道を歩み始める。

作者のヘルマン・ヘッセはプロテスタントの牧師の息子として生まれた。
幼少時のヘッセは両親が真剣に施設へ送ることを考えたほど
腕白で手におえない子供だったという。
通常、こうした「問題児」に対して正統キリスト教は、
彼を内奥から突き動かす過剰な生命力を「躾」の名の下に
意識の彼岸へ悪魔払いすることしか考えない。
それでもしばらくは内なるデーモンは息を潜めているだろう。
ラテン語学校に通っていた14才のとき訪れた最初の精神的危機を
なんとか乗り越え(このあたりの事情は『車輪の下』に詳述されている)、
その後作家としての地位と名声を獲得したわけだが、
大戦中に二度目の精神的危機にみまわれたとき、
もはや古い倫理的処方箋が通用しない地点にまで追いつめられていた。
そもそも日常生活を破綻させる過剰な生命力は端的に「悪」である。
キリスト教神学は悪は善の欠如
である(絶対善である神による無からの創造という教義から必然的に導かれる倫理的帰結)と
教えてきたが、幼い頃からデモーニッシュな力に翻弄されてきたヘッセには
そのような教説にリアリティを認めることは困難だった
(さらに第一次世界大戦の経験がキリスト教的言説への疑念を深めたのではないか。
目前の大量死と大破局がヘッセの心に悪の実在をあらためて強く印象づけたはずだ)。
まぎれもなく「悪」は実在する。
悪の存在を認めた上でそれにどう向き合うか、その答えをキリスト教はもっていなかった。
もはやキリスト教的価値観のなかにはヘッセが生きられる場所はなかった。
生きるためにはキリスト教に代わる新しい思想(宗教性)がどうしても必要だった。
このような状況下で『デミアン』は誕生した。

1917年に『デミアン』を起草した当時、
度重なる家庭内の悲劇と戦争によって深刻な精神的危機に陥っていたヘッセは、
起草までの1年半の間にC・G・ユングの弟子のラングという精神分析医に
70回をこえる分析を受けていたという。
その頃ユングは精神分析学の始祖にして盟友だったフロイトと別れ、
彼独自の分析理論に基づいたクライスを形成しつつあった。
フロイト派の場合、治療におけるテロスは自我機能を強化して
日常的現実への適応能力を高める点にあるのに対して、
ユング派では意識と無意識を統合することで一面的な自我(Ich)を全体的な霊我(Selbst)へ
拡張することを求める。この違いは両派の現実観にもはっきりと反映している。
フロイトにとってはこの現実が唯一にして至高の現実であったのとは対照的に
ユングにとっては今ある現実は越えられるべき「ひとつの」現実にすぎなかった。
強引に図式化するなら、
フロイトが現実の大きさに合わせて魂を縮小しようとしたのに対して、
ユングは魂の大きさに合わせて現実を拡大しようとしたといえるだろう。
日常生活を根底から破壊しかねない過剰な力を抱えた
魂が丸ごと入る現実を求めていたヘッセが
ユング(派)に親近感をもったのは当然だったというべきだろう。

さて話を『デミアン』にもどすと、
その後シンクレールはデミアンと別れ、孤独でよるべない心情を
酒と乱痴気騒ぎで紛らわす不本意な生活がしばらく続いたが、
たまたま目にした理想的な少女の姿を頼りに内なる形象に意識を集中することによって、
再び聖なるものへの憧れと神秘な予感に満ちた日々をとりもどした彼は
敬愛する友デミアンを想い
一枚の生まれでようとする鳥の絵を彼のもとへ描き送った。
しばらくして届いた返事にはこう書かれていた。

「鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。
卵は世界だ。
生まれようと欲するものは、
一つの世界を破壊しなければならない。
鳥は神に向かって飛ぶ。
神の名はアプラクサスという」

それはデミアンと出会って以来シンクレールの胸の奥に芽生え、
運命そのものにまで生長したアモルファスな衝動が言葉を獲得した瞬間だった。

実は1916年にユングはグノーシス派の代表的思想家バジリデスの名で
『死者への七つの語らい』という小冊子を著している。
そこには神と悪魔を包摂したわれわれには前代未聞の神である
アプラクサスについて驚くべき内容が記されていた。
当初、この異端の書は私家版として上梓されたためごく限られた人間しか
目にすることができなかったのだが、おそらくラングの手を介して
ヘッセのもとへも届いたものと思われる。
内的危機(メランコリー)と第一次世界大戦によってリアル化した
「神の死」(前世紀のうちにニーチェが予見していた)という二重の衝撃に
心底打ちのめされ崖っぷちにあったヘッセに
アプラクサスの存在が再生を促す啓示として作用したであろうことは想像に難くない。
アプラクサスはなによりも統合する神であり、<全体性>のシンボルである。
さらに、この神は普遍でありながら自らに固有の神でもある。
明るい世界と暗い世界、善と悪、生と死、霊性と肉体、男性原理と女性原理、
パトスとロゴス、エロスとタナトス、崇高と下劣、魅惑と戦慄、
あらゆる対立がせめぎ合う不吉な鳥=自我はアプラクサス=霊我へ向かって、
一面性に偏向することで自由な生を阻む枷となった卵=意識・社会を
打ち破って飛び立とうとする。

その後シンクレールは
地上に降りたアプラクサスともいうべき、
男を誘惑する妖婦でありながら清らかな聖母でもある
デミアンの母・エヴァ婦人との運命的な出会いを経験する。
彼女はシンクレールに、すでにヨーロッパのいたるところに衰滅の徴が刻まれており
破局は必至だが新しい世界が生まれるためには避けて通れない試練であることを教える。
卵のなかから生まれでようとする鳥の胎動を胸の奥に感じていた彼は、
いまや自らの運命とヨーロッパ全体の運命が分かちがたく一体化していることを悟り、
まもなく勃発した戦争に出兵するというかたちで運命を受け入れる。
それが「自分自身へ至る道」であるならあえて拒否する理由はなかった。

最終的にシンクレールがどこにたどり着いたのか、
芸術家になったのか狂人になったのか、
名声を勝ち得たのか孤独のうちに野垂れ死んだのか、なにも記されていない。
しかしそんなことはたいしたことじゃないのかもしれない。
ただひたすら「自分の中からひとりで出てこようとしたところのものを生きてみようと欲した」、
そのことだけが語るに値するのだから。

『デミアン』の作者や主人公だけではない。
ぼくらの内にも夜は静かに満ちてくる。
祝福でもあり呪いでもあるアプラクサスの夜。
そのなかでぼくらはもう一度生まれるだろう。
二度生まれる鳥のように。