Jan 2003 No.031
北朝鮮難民救援基金NEWS


        11月27日、国際共同記者会見に出席したNGOの代表たち

           CONTENTS
新年のご挨拶 ………………………………………………………… 中平代表
「壊滅的打撃」からどう立ち直るか ……………………………… 加藤事務局長
事務局長拘禁事件の概要と経過 ……………………………………… 事務局
北朝鮮難民の定住化促進に関する提言 ………………… 北朝鮮難民救援基金
国際共同記者会見と基金の声明 ………………………… 北朝鮮難民救援基金
UNHCRは北朝鮮難民認定と保護活動を推進すべき … 北朝鮮難民救援基金
教育里子になにが起こっているのだろう ……………………………… 渡 高志

新年のご挨拶

代表 中平健吉

 慣例にしたがって、「新年おめでとうございます」と申し上げたいところですが、どうもそういう気持ちになりません。それは、北朝鮮難民の方々にとって、この新年が歴史はじまって以来の最悪の新年になっているのではないかと危惧されるからです。昨年十月二六日に加藤博事務局長が中国政府当局によって逮捕されて以来、彼は無事に日本に帰ってくることができましたが、現地との連絡がほとんど取れなくなり、当基金は「壊滅的打撃」を受け、中国にいる脱北者の皆さんとも北朝鮮の皆さんとも、ほとんど連絡がとれなくなりました。しかし、寒さにむかって難民の生活が以前にもまして厳しいことは間違いないでしょう。今頃は、餓死者も凍死者も増えているに違いありません。しかし、どのような状況の中でも私たちは救援の道を探り、活動するつもりです。

 北朝鮮難民問題は、いま正に「冬の時代」です。しかし、「冬来たりなば春遠からじ」であります。私は、かつて獄中の金大中氏に同じ詩を送って励ましたことがありましたが、歴史の支配者はそれを実現してくれました。北朝鮮難民のみなさんの場合も、この言葉は必ず成就すると私は確信しております。しかも、近い将来において。 

 それゆえ、会員の皆さん、支援してくださる皆さん、今年もご協力ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

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「壊滅的な打撃」からどう立ち直るか
― 中国安全局の拘禁、国外追放後の状況と今後について−


事務局長 加藤 博

 私は11月6日に国外追放処分となり、瀋陽から関西空港に出国させられた。5年間の再入国禁止処分となった。
 私が拘束中に受けた取り調べと押収された手帳、メモ帳が今後の北朝鮮難民救援基金の活動にどのような影響を及ぼすのか、そして今後の活動のあり方は、どのように変化するのかが関心事になっている。
 これは、当基金の会員はもちろん、情報収集のために中国の安全局の出先機関を持つ在日中国大使館、朝鮮総連、北朝鮮からの直接指令を受けて動くK会などが深い関心をよせている。
 私たちは、合法的な団体であり人道と人権尊重の国際的な基準にのっとって北朝鮮難民の救援のために活動するという基本方針にいささかの変化もないことは明らかだ。秘密結社ではない。私たちがどのような活動をするのか、したのかは、ホームページを見ていただければ一目瞭然である。

<押収された手帳がもたらした被害>

 私の所持品で押収されたものは、電話番号、氏名が記載されている手帳1冊、打ち合わせの記録、聞き取り調査をしたメモなどのノート1冊、現金、カメラ1台、その他領収書、メモを書いた紙片である。
 当基金の活動に直接影響を及ぼすものは、何と言っても、電話番号を記した手帳である。この手帳には、中国で活動をするネットワークの責任者の電話番号が書いてあるからである。
 もちろんこの手帳には、それだけでなく、外国にいる友人とか、私が気に入っているしゃれた雰囲気で値段の高くないホテルの住所とかレストランなども含まれているもので、私個人にとっても大変貴重なものだ。中国の安全局が証拠として持っていたいのなら、せめてコピーだけでも送ってくれたら大助かりなのだが・・・。

<「壊滅的な打撃」を受けた !?>

 ともかく、押収された手帳から私たちのネットワークの責任者たちは、安全局と連携した公安局によって拘束された疑いが濃厚である。 複数あるネットワークの一つSは、中国から連絡をしてきた。 「昨年は大変な目に会ったが、今年も引き続き困難な人々を助ける活動を続けたい」と。
 しかし、一度安全局の取り調べを受け監視下にある場合、このネットワークは、すでにNGOの活動を弾圧しようとしている安全局、公安局の掌中にあると見なさなければならない。私たちの今後の活動の安全上残念ながら活動から切り離さざるを得ないのではないかと悩んでいる。他のネットワークのJは、現在も連絡が取れない。Kも連絡が取れていない。私たちはひたすら連絡を待っている。彼らの生命の安否情報を気にしながら待っている。
 中国には、言論の自由、通信、信書の秘密という民主主義の基本概念がないために、当然の事として盗聴、信書、資料の押収をする。こちらから連絡をすれば、張られた盗聴網に引っかかる可能性が大であるために、こちらからの通信連絡は差し控えている。
 押収された手帳に記されているネットワークの責任者の名前はペンネームであるので、こちらからの通信によって特定される恐れもある。このような場合、中国の外から中国国内に電話をしない方針である。

1.しぶとく立ち直るシェルター

 それでは、私たちのネットワークの全てが崩壊したかと言えば、そうではない。
 私たちの団体の創立時から変わらず維持されているGは、被害に遭いながらもしぶとく転居を繰り返し、立ち直り、脱北者を保護するシェルターを維持している。
 シェルターMは、変わりなく健在である。中国と北朝鮮の連携による脱北者に対する逮捕強制送還は熾烈を極めているので、これまで中国公安局の捜索や逮捕されなかったからといって、これからも安全という保障はどこにもない。当然私たちは対策を立てなければならない。
 さしあたっては、取り締まりの厳しい東北3省(吉林省、遼寧省、黒龍江省)を避けてより遠く、より安全な地域にシェルターを移す。
 第2には、シェルターの開設はできるだけ避けて、北朝鮮国内で2-3ヵ月生活できる生活キット(米、蜂蜜、砂糖、塩、ビタミン剤など薬品)を準備し、北朝鮮に戻るよう指導する。
 第3に、維持が困難になりそうなシェルターは、その場を一時的に放棄し、北朝鮮に戻れる可能性のある人は、3−6ヵ月の生活費の手当てをして戻す。

2.北朝鮮国内に届く新たな補給線の確保

 昨年まで北朝鮮国内で真に食糧を必要としている人々に食糧を届ける補給線RN-01、RR-02、臨時補給線RD-03 によって咸鏡北道、南道、両江道に移動補給地点25ヵ所を通じてコメに換算して1月あたり5トンベースで供給をしてきた。
 補給線を担当しているネットワークの責任者たちが中国安全局、公安局の監視下にあるため、当分補給線RN-01, RR-02, RD-03を通じた食糧配給を中止する。
 新たにRC-4を開設し月間1トン(50世帯、200人分)から配給する新補給網を開拓する。現在準備中だが4月から補給作戦を開始することを目標にする。これまでの配給量が1/5に減ることになった。

3.教育里親制度も厳しい局面に

 教育里親制度は、当基金が始まっていらい最も地道にすすめてきた活動の一つである。最初に保護したのは、父母を餓死や病気で失った子どもたちが孤児となって、あるいは難民となって来たのが始まりであった。その頃10−12歳だった子どもたちも15−17歳になってきた。
 どんな環境でも、最低の学力は必要だとして始まった。今では子どもたちは、それぞれ良い能力を身に付けるまでに成長した。
 しかしながら、年齢的に制度を適用する範囲を越えつつある子どもも少なくない。何と言っても気になるのは、中国政府の「厳打整治」闘争によって強制送還される危険が年々高まってきていることだ。そのために、日本の里親のなかには、子どもたちが中国公安によって逮捕されたらと思いを巡らし、子どもの運命に気が気でない人もいる。
 中国政府が「中国に北朝鮮難民は存在しない」という公式見解を近い将来変えることは考えられない。子どもたちもやがて逮捕され強制送還される運命に直面せざるを得ない。
 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が難民認定をすることが必要なのだが、この道がなかなか開けない。解決の糸口すら掴めないのである。
 当基金では、こうした局面を打開しようとUNICEF(国連児童基金)とこの問題の解決について交渉を始めている。

4.第3国への移住、定住

 当基金の活動の中に占めるこの活動の占める割合は少ないが、時事的に脚光を浴びてきた。北朝鮮から脱出して韓国や日本に行く以外に生きる道がない人や生命の危険が差し迫っている場合は、これまで独自に築いてきた地下ルートを通じて安全圏に運んできた。
 このルートは当基金が独自に開拓したもので「蛇頭」などの不法ギャング集団の利益を目標とする不法な商活動とは全く関係がない。
 安全局の取り調べの中でもこのルートへの言及はなく、無傷で現在も生きている。

5. 総合的な解決と発展のための活動

 「北朝鮮からの難民は存在しない」という中国の公式見解にもかかわらず、2002年に難民の地位を求めて外国公館に政治亡命を求めた事件は8カ国103人を数えた。
 中国は難民条約の批准国であり、難民条約に定める実態がありながら北朝鮮難民の存在を認めない。中国国内にいる北朝鮮人は、親族訪問やビジネスで滞在している以外は、「不法滞在者」「不法入国者」であると見なしており、逮捕すれば強制送還する。
 脱北者の存在を密告し、匿う人、助ける朝鮮族やNGOを密告すれば報奨金を出すという徹底した取り締まりのなかで救援活動は行われている。中国は国際法に明らかに違反している。国際法が国内法に優先するという国際基準を尊重しない二重基準の国であるという現実を認識して活動しなければならない。この基準を改めさせるには国際的な圧力と具体的な行動によってのみ、中国の態度を変えることができる。

@マスメディアとの連携に習熟する

 中国政府は、国際的なメディアによって報道された場合は、国際法にのっとった解決をする。例えば、外国公館に駆け込んだ様子がテレビで国外のTVメディアで放映された場合は、脱北者の北朝鮮への強制送還はなく、韓国への定着の道が開ける。しかし、実際には外国のメディアの目に触れない中国北朝鮮国境ではおそらく100倍以上の人数が中国公安によって拘束され強制送還されている。
 北朝鮮難民を助けるNGOが拘束される場合もまた同じである。
 中国では難民が自分の望む地域に出国するためには、マスメディアの報道が保障措置となることはこれまでの経験から明らかである。
 従ってマスメディアとの連携に習熟し、NGOの支援者が自分の身の安全を守るためにも信頼関係を築くことは重要なことである。
 中国が国際的な圧力によってしか、人道人権問題で態度を変えないことは遺憾なことだが事実である。
 当基金としてもメディア戦略に習熟するスタッフを作る必要がある。

ANGOによる国際的な連係プレーと圧力

 私たちの立場からは、各国のNGOと密接に連係し国際的な圧力をかけていくことである。 そのために意見交換、メッセージの伝達、支援依頼などを適宜に行える人材と体制を普段から整備しておかなければならない。

B専門スキルを磨くこと

 活動のために必要な専門スキルを磨くことも重要である。各国のNGOとの連携には英語は必要だし、北朝鮮から難民の救援や定住の援助には韓国語や朝鮮語も必要とされる。
 そのために必要に応じてセミナーを開き、研修活動をおこなう。

C北朝鮮難民の人権侵害を裁く国際法廷

 できるだけ早期に北朝鮮難民の人権侵害を告発する国際法廷を準備し、判決を関係国に尊重させる取り組みをする。中国政府に対する圧力となり難民キャンプなど人道、人権上の問題を解決する新しい可能性を探る。

D難民キャンプ

 北朝鮮から脱出する人々全てが韓国や日本、アメリカ行を希望しているわけではないが、中国にも北朝鮮にも止まれない脱北者は今後もっと増えるだろう。脱北者の生命を守り保護するための難民キャンプを設置するためにUS、ヨーロッパ、韓国のNGOと議会の連携を強化する。関係諸国でのロビー活動を進める。

E2008年北京オリンピックをターゲット

 中国がオリンピック憲章に相応しく2008年に北京オリンピックを開催するためには、北朝鮮難民問題を国際法にのっとり、人道人権を尊重しなければならないことを中国に理解させるキャンペーン活動が必要だ。
 必要ならば国際的な連携によるボイコットキャンペーンも組織する必要が生まれるかもしれない。

F定住定着を助ける援助者が必要

 難民認定を求めて外国公館に飛び込んで難民の地位を求める政治亡命もあれば、陸路中国から第3国に密かに出国する方法も根強く支持されるだろう。また。将来ボートピープルということもあるかもしれない。
 私たちはいずれの場合でも対応できる能力を身に付けていなければならない。
 定住者に対する受入態勢の整備の他に精神的、社会的ケアの活動も必要だ。

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中国安全局による事務局長拘禁事件
北朝鮮難民救援基金の対応・・・そして、その後の経過

 10月ミッションの開始から、事務局長拘禁、解放、その後の基金の動きまでを時間的に追いました。この事件はわたしたち基金にとって大きな試練となり、ある意味で鍛えられもしました。基金は人道支援を目的にしたNGOであり、中国国家権力と対決しようなど考えもしないことでありましたが、図らずも私たちの活動が中国国家権力の逆鱗に触れ、容赦なくそれに対峙させられることになったのです。これはその間の記録であり、今後の参考として集められたものです。そして、瀋陽領事館事件(ハンミちゃん事件)と同様、中国当局は平気で嘘を真実のように言い張り、言いくるめるのがよくわかりました。本来はもっと早く会員の皆様に報告すべきでしたが、事件とその後の状況への対応に追われ、こんなに遅れてしまいました。深くお詫び申し上げます。     
(文責 編集部)

<国内での闘いと事実経過>

●10月28日 北朝鮮難民救援基金メンバーの加藤が冬季救援活動(北朝鮮難民及び北朝鮮国内での冬服400着、定期的な食糧・医薬品の支援)のため、中国へ向かう。
●10月29日 夜、大連から北朝鮮難民救援基金へ最後の連絡があった。
●10月30日 未明に加藤、及び通訳のM氏が中国公安局(諜報組織)によって大連のホテルで拘束逮捕される。毎日するはずの連絡がなく、当基金で問題になる。
●10月31日 現地ネットワークから、約束していた連絡がないと当基金に電話があった。初めて日本側で異常事態が発生したのに気づいた。この事実を公表し、救援を求めていく意見が大勢を占めたが、完全に一致できず、もう少し情報を集めようと。日本外務省が翌日午前に中国外務省に問い合わせ、その回答を待つことになった。
●11月1日 外務省からは、中国公安が「29日大連周辺で拘束された日本人はいない、30日未明に二人の日本人が共にホテルをチェックアウトしたことを確認している。延吉周辺での捜査はまだ終わっていない」といっているとの報告を受け取る。
☆代表の責任決定ということで、緊急アピール(資料1)を作成し、基金ホームページ(日英文)にアップし、国内外メディア・NGOに各担当者が連絡。この時点ではまだ北朝鮮特務機関の犯行の疑いも捨て切れなかったのでターゲットを絞れず。いろんなネットワークを使って、現地捜索を依頼する。
● 11月2日 未明にWEB読売が第一報。
この後マスコミの問い合わせが続き、新聞・TVのインタビューなどが続く。
☆以前から連絡をもっていた海外NGOから素早い連絡と支援、アピール、声明準備、及び調査派遣の用意、捜索申込が届く。
●11月3日 ほぼ中国に拘束されているとの結論にたっし、2回目のアピールをホームページにだし、海外へもメールする。(資料2)
●11月4日 現地捜索の結果からも遼寧省の確率がたかいとの報告あり(実際は遼寧省から吉林省へ移送された)。ほぼ、中国当局の狙いが「企画亡命」との関係、及びフレームアップを目的としていると基金側では確信した。緊急記者会見を開くことを決定。メディアに緊急連絡し、ホームページ上で告知した。
●11月5日 午後の会見前の会議で、拘束されたかどうか確認できなかった金今男(キム・グンナム)氏のことも公表するかどうかで議論。結局、脱北者の存在と氏名・年齢を公表することになった。
☆緊急記者会見を中平法律事務所で開く。内外メディア35社、80名が集まる。
☆会見終了(午後5時ごろ)後、中国外務部の孔泉報道局長の談話発表あり。2回目の談話で拘束の事実と6日に加藤の国外退去の予定と通訳のM氏の無罪放免を発表。基金は7時ごろに解放のしらせをうけた。
☆解放の発表をうけて支援者・NGOへの感謝の基金側声明を出す。内容は支援者・支援組織への感謝、金今男氏の救援要請と中国の北朝鮮難民政策の法的過誤の指摘と政策転換を要請。(資料3 難民政策に関する部分はUNHCRへの要請文と重複するので、省略)

<中国での闘いと事実経過>

●10月30日  夜中の0時30分に5名の中国安全局員がマスター・キーを使用し、なんら通告を行うことなく、加藤のホテルの部屋に乱入した。部屋の電気は消えていたため、加藤は最初、何が起こったのか把握できなかった。
安全局員は突然、部屋の電気をつけ、「安全局だ。なぜ、逮捕されるのか分かっているな。すぐに着替えろ」と言い、不当に拘束。そして、加藤のバックを強引に奪い取ろうとした。加藤がバックを引き戻そうとすると、右側から頭部をなぐった。安全局員は両腕を抱えて連行し、加藤をその車に乗せ、(TVのニュース画面でもわかるように、右顔面に傷ができていた)加藤の頭に白い布をかぶせ、行き先を分からないようにした。そして、大連市郊外の安全局の施設に運ばれた。罪状も、拘束理由の説明も、逮捕状も無しに強制的に連行された。これは拉致である。
午前9時頃、安全局は中国の法規に違反したとする逮捕状を作成し、逮捕した。また、加藤に対し、中国入国理由を尋ねた。加藤は、北朝鮮難民に食料と冬服を支給するために中国に来たと回答した。公安はウソをついていると加藤を責めた。
昼少し過ぎ、加藤は大連から長春に飛行機で移送され、午後3時頃到着。長春では、政府機関の建物2階の尋問室に連れて行かれ、取調べが始まった。尋問室では3名の取調官が加藤と対面して座った。加藤は、木製の椅子に座らされ、腰部付近には木製のバーがわたされ固定された。このバーにより、立ち上がることも動くこともできなくなった。結局、30日から11月05日の22時まで取り調べが行われ、トイレに行く以外は、食事も睡眠も、取り調べの期間中も椅子に座りつづけることを強制された。(ほぼ連続して151時間であった。)
このバーが外されるのは、トイレと睡眠の時だけであった。しかし、睡眠は、この椅子の上(わずか40センチ四方ほど)でとらなくてならなかった。睡眠時間にはバーが外されたが、右手と椅子の脚が手錠で結ばれた。手錠の鎖は非常に短かく、体の向きを変えることもできなかった。まっすぐに座り、椅子の背もたれに寄りかかるのが、唯一の睡眠姿勢であった。 最初の日の尋問は午前四時半まで続いた。まどろむと、強烈なライトの下に立たされた。
●10月31日  二日目および三日目の尋問は、午前9時または10時から始まり、翌日の午前3時頃まで続いた。取調官は、回答にわずかな違いがあるたびにそれに言及し、ウソをついていると責めた。加藤は説明に努めたが、苛酷な条件の下では説明に些細な違いがでることがあった。すると、「中国政府に対する態度が悪い」とその度に責められた。
取調官に対し質問の意味について説明を求めると、さらに激しく叱責され、「中国に対し反抗的である」と言われた。
加藤によると、取調官はこのような苛酷な尋問を通じ、加藤が外国公館への北朝鮮難民駆け込みを企画するために中国に入国したと確信しているようであった。加藤の回答が取調官を満足させるものではないと、「我々が北朝鮮当局と緊密に協力していることは知っているはずだ。我々に協力しないならば、我々は、痕跡を残すことなく、あなたを北朝鮮当局に引き渡すことができる」と脅された。
加藤は拘禁中、3回にわたり(10月3日、11月2日、11月4日)中国当局に対し、日本領事館、日本大使館、当基金、家族のいずれかに電話したいという意向を伝えている。しかし、電話の要請に対する回答はつねに、「中国法規に則り適切に処理される」というものであった。
加藤が非常に驚いたのは、中国当局が、加藤自身、当基金、他の北朝鮮難民の救援活動に働くNGOについて、驚くほど詳細な情報を保持していたことであった。
●11月2日  「日中友好の原則によって寛大な処置をしよう」という。
●11月5日  午後5時、日中友好条約に基づき、「寛大な措置を与える」と突然告げられた。
●11月6日  告知の9時間後の午前3時、瀋陽の空港まで移送され、飛行機に乗せられて、強制退去処分と5年間の中国への入国禁止が通告された。帰国後、臀部の水疱・皮膚剥離・同部からの出血を確認。「拘禁による長期間(7日間、ほぼ連続151時間)の同一位置(同一木製イス)での強制的座位姿勢保持によって引き起こされたグレードUのでん部褥瘡(じょくそう)」(いわゆる床ずれ)と診断された。

<解放後の経過>

●11月6日 羽田空港で基金による記者会見を開く。そのなかで、現地のネットワークが壊滅させられ、現地活動は壊滅状態になるであろうと公表。キム・グンナム氏の救援を訴える。
☆「北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会」が中国に抗議文。
☆このあとから12月中旬までテレビ、新聞、雑誌の取材の嵐が続く。
●11月7日 教育里子シェルターの現地責任者を危機一髪のところで安全国に保護した。
☆外務省で事情聴取あり、中国政府への事件に関する公開質問と外務省への現地関係者への救援を要請。その内容をホームページに載せる。(資料4 別記事として掲載)
☆救え!北朝鮮民衆/緊急行動ネットワーク(RENK)が江澤民主席に「難民有理!救援無罪!」の抗議文。
☆中国外務部の孔泉氏が加藤及び基金側の事情説明に対し事件を糊塗しようと、事実の歪曲、でっちあげを発表。
☆読売新聞、朝日新聞上で日本に入国許可された北朝鮮難民の存在が報道された。
●11月10日 7日の孔泉談話内容への加藤の反論をホームページに発表(資料5)
●11月12日 安倍副官房長官に小泉首相への北朝鮮難民定住促進提言書を手渡す。
●11月19日 東京で連合通信社と共催で「北朝鮮難民救援活動報告」講演会 
●11月27日 国際共同記者会見を外国人記者クラブで開く。(別途記事を参照)
●11月30日 大阪で「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」主催で加藤が講演。「拉致被害者を救う会」小島晴則氏も講師として出席。
●12月11日 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)東京事務所に要請文を提出し会談を行う。(別途記事を参照)
●12月12日 アムネスティ本部(ロンドン)調査員によるインタビュー。☆与党三党「日朝関係と人権を考える会」(座長 自民党山口泰明議員)に講師として招請。
●12月13日 民主党「北朝鮮問題プロジェクトチーム」勉強会に講師として招請。


資料1
世界の人道と人権に関心をお持ちの人々、 NGO、マスメディアに緊急に訴えます!

 私たち北朝鮮難民救援基金の活動で10月29日から中国東北地方の大連市に滞在していた日本の人権運動の活動家加藤博さん(57歳)が、10月30日朝、大連の天富大酒店(ホテル)をでたまま連絡を絶ちました。本来10月31日には東京に帰ってくる予定で、われわれと毎日連絡を取り合う手はずになっていましたが、30日以降なんの連絡もありません。われわれはできる限り八方手を尽くして調べてみましたが、ほとんど有効な手がかりもありません。私たちはこの容易ならざる事態に深い憂慮をいだいています。
 今、私たちは二つの可能性を考えています。
 ひとつは中国公安当局に何らかの事情で拘束されている可能性です。もしそうであるなら、中国関係当局は一刻も早く、かれらの所在を明らかにし、詳細な説明を世界に向かっておこなうべきであるし、われわれも強く切望するところです。
 もうひとつは、中国東北地方で暗躍する北朝鮮特務機関に不法に監禁・拉致された可能性です。もしそうであるなら、われわれは直ちに解放されることを要求します。そして、中国当局が自国内でおこなわれる人権と人道に反する不法行為をゆるさず、原状回復に強い力を発揮されることを要望します。
 私たちは北朝鮮難民の人道支援をおこなっているNGOにしかすぎません。このようなNGOの活動に対して、野蛮な牙をむき出してくる暴力にたいして激しい怒りを感じずにはいられません。
 どうか、日本の、そして世界の良心と良識あるすべての人々、NGO、マスメディアがこの事実を知り、そして大きな声を上げてくださることを訴えます!

    2002年11月1日
    北朝鮮難民救援基金代表 中平健吉
                   

資料2
私たちは加藤博事務局長と日本人通訳のM氏の一刻も早い解放を中国関係当局に要求します!

 私たち「加藤博さんとMさん(通訳)救援対策委員会」は多くの情報を分析し、検討した結果、彼らが今尚、中国東北地域、ことに吉林省あたりで中国関係当局に不法に拘束・監禁されている可能性が最も高いという認識に確信を持ちました。
 当初、私たちは北朝鮮特務機関の関与の可能性も疑いましたが、現在の国際情勢ならびに3月の北朝鮮難民のスペイン大使館亡命事件以降の中国当局の姿勢から判断して、可能性は非常に少ないと結論付けました。なぜなら、この事件以降、北朝鮮難民の外国公館駆け込み亡命は押しとどめられない流れとなり、危機感にかられた中国当局は、地方レベルではなくきわめて高いレベル、すなわち中央政府から公安部副部長、辺防隊(国境警備)副参謀などを団長とする監察団、視察団を国境近くの吉林省におくりこんでいるのを知っているからです。そういう中で、中国当局の監視なく北朝鮮特務が自由に動き回れるわけはなく、独自に活動できるのはきわめて困難だと結論付けました。
 中国当局は日本外務省の問い合わせに対して、「大連市周囲にはそのような日本人該当者を関係機関は把握していない」とおざなりな回答をしています。しかし、私たちはこの間の活動のなかで、中国当局が加藤博を付けねらい、いろいろなわなをしかけていたことを察知していました。そのため、きわめて慎重に国境周囲には近づかない対策をとってきました。しかし、なんらかの巧妙なおとり(緊急な難民救援などの要請等)によって大連の天富大酒店(ホテル)から通訳のM氏とともにおびき出され、現場で逮捕・拘禁されたものと思われます。中国当局が加藤の動向・監視をしていなかったというのはきわめて不自然であり、中国当局以外の組織が関与することもきわめて困難で、不自然であるからです。
 中国関係当局が加藤たちの所在をいまだ明らかにしないのは、明らかに国際レベルでの人権・人道の観点からしてサボタージュしているとしか私たちには思われません。このような関係当局による人権・人道の軽視は、中国の国際的立場を傷つけるだけでなく、2008年に開催予定の北京オリンピックさえ、外国人の安全の確保という観点からみて、世界中に危惧を抱かせるにじゅうぶんであります。
 一刻も早く加藤と通訳のM氏の所在をあきらかにし、彼らを解放することを中国当局に強く要請します。

   2002.11.3
   北朝鮮難民救援基金代表 中平健吉


資料3 
熱い支援をしてくださった日本の、そして国際社会のすべての方々に 大きなおおきな感謝の心をささげます!
不当逮捕された北朝鮮難民の金今男(キム・グンナム)氏の難民認定を勝ち取ろう!

 私達が強く主張してきたように、彼ら三人は中国遼寧省(注 遼寧省から吉林省へ移送)に不法拘束されていました。
 本日11月5日、中国外務省の孔泉報道官は、まさに、私達の緊急記者会見終了後しばらくして、湧き上がる日本国内と国際社会の非難に耐え切れず、ついに加藤博と通訳の日本人男性の解放を発表しました。
 しかし、同時に不当拘束された金今男氏にはなんのコメントもなく、無視されました。私達は激しい怒りを覚えずにはいられません。中国当局は金今男氏の所在を国際社会に直ちに明らかにすると同時に、彼を難民として認定し解放するべき義務があります。(以下省略部はUNHCRへの要請文を参照)
  
   2002年11月5日
   北朝鮮難民救援基金代表  中平健吉 


資料5 
11月7日中国外交部孔泉報道官の定例記者会見での歪曲し、でっち上げた内容に反論する。

 2000年6月から3家族12人の北朝鮮難民を第3国に送り出し、難民認定などを経て日本・韓国に送り出した事は事実である。彼らは中国国内で逮捕され北朝鮮に送還されれば、「生命の安全に危険を及ぼす恐れがある」という難民条約で定める「難民の地位」を付与される十分な資格があった。しかるに中国政府は難民条約の批准国でありながらこれを無視し、迫害する姿勢を今日まで改めようとしない。国内法と国際法が矛盾する場合、国際法が国内法に優先するのが国際的な常識であり基準であるが、中国政府は未だにこれを遵守しようとしない。
 また「蛇頭組織と組んで」云々するのは、故意に犯罪組織と一体であるとの印象づけを狙っている。真相は別にある。国境を越える手助けをした案内員は、同じ朝鮮民族として悲劇的な同胞の運命に共感したものであって彼らに新しい生命を吹き込んだのである。
 10月29日、大連から入国した目的について「再び在中国大使館に駆け込みを狙ったものだ」と主張しているが、根拠が無い。「本人が自供している」というが、安全局の取り調べに対して一貫して「そうした事実はない」と否認したし、安全局の主張を立証する証拠は何も無い。
 北京のスペイン大使館の駆け込み事件に関して、25人の北朝鮮難民が「難民の地位」を求めて政治亡命する意図を表明した声明文を北朝鮮難民救援基金の加藤博が日本及び世界のメディアに対して発信を指示したことは事実である。この1件の事実があるからといって、その後の一連の駆け込み事件の全てを計画立案し、実行しようとしたと主張するのであれば、適切に立証する責任は中国政府の側にある。
 「密入国幇助」と非難しているが、本来難民の地位を付与され、保護されるべき3家族12人を不法入国者と断じているのは、中国政府固有の基準であり、国際的な常識に合致しない。自ら批准した国際法を遵守するのは中国政府の義務である。国内で滞留していた12人は、送還されれば生命の安全を危険にさらされるので中国から第3国への出国を助けたのであり、道徳的に非難されるべき性質のものではない。
 「帰国後に犯罪事実を否認し、取り調べで虐待されたとか、中国側が日本大使館に連絡をとらなかったなどと非難している。こうした中国側に対する非難は全く根拠が無い」と報道官は私を非難している。私は中国の国内法に反した事実を否認していない。取り調べで、10月30日から11月5日まで7日間にわたって、40センチ四方の椅子に動けないように身体を固定させられて身体的な自由を奪われ、朝、昼、晩、午前2、3時、著しくは午前4時30分まで取り調べを受けた。右手に手錠をはめられ、もう一方を椅子の脚に固定させられて座ったままの姿勢で睡眠をとらせるのは虐待ではないのか。国際的な通念ではこれは虐待と呼ぶ。
 私は11月30日に拘禁を宣告された時点で「私が拘束されている事を瀋陽の日本総領事館に連絡をしてほしい」と伝えた。安全局の取り調べ担当官は、日本語通訳を介して「中国の国内法によって処理する」と答えた。11月02日の午後の取り調べが終わった時点では、「瀋陽の日本総領事館、あるいは北京の日本大使館に連絡して欲しい」と要請した。この時も担当官は日本語通訳を介して「中国の国内法によって処理する」と答えた。11月04日には同様に3度目の要請をした。この時は、「11月01日が帰国の予定である。日本の家族が心配しているから家族に連絡するか、私の所属する北朝鮮難民救援基金に連絡するか、総領事館あるいは北京の日本大使館に連絡して欲しい」と新しい選択肢を2つ余計に付け加えて要請した。それでも「加藤博本人は取り調べ中にこうした要請をしなかった」と主張しているのは全く事実に反する。「中国側が早期に日本大使館に連絡した」というのであれば、日本大使館が邦人保護の任務を放棄したと主張したいのか、あらためて発言の真意を問いたい。

   2002年11月10日
   北朝鮮難民救援基金事務局長 加藤博

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 外務省からの事情聴取要請に応ず

北朝鮮難民救援基金・加藤も外務省に要請

11月6日に中国当局より解放され日本に戻った当基金の事務局長加藤博は、11月7日午後2時、外務省からの事情聴取に応じ、中国安全局により拘束され、逮捕された10月30日から解放された11月6日までに体験した事柄の詳細を説明した。また当基金と加藤は外務省への要請とその概要を説明した。 (資料4)
(文責 白浜和歌子)

★中国政府に回答を求めるよう要請!

加藤は日本政府が中国政府に対し以下の3点について回答を求めるよう特に要請した。

(1) 加藤に対する罪状は何か。
中国官憲は深夜0時すぎに突然、加藤のホテルの部屋に乱入したが、いかなる罪状または嫌疑でかかる行為を行ったのか一切説明していない。中国官憲は、「なぜ、逮捕されるか分かっているな。お前は中国の法律を犯したのだ」と一方的に繰り返しただけである。

(2) 中国当局は11月6日に加藤を解放した際、なぜ彼の所持していた金銭を返還しなかったのか。加藤は中国官憲に逮捕された際、日本円10万円、韓国W10万ウォン、人民幣900元を現金で所持していた。加藤はこの返還を求めたが、まったく無視されている。

(3) 中国当局は11月6日に加藤を解放した際、なぜ彼の所持していたカメラ(キャノンオートボーイ)を返還しなかったのか。カメラは撮影に使われておらず、返還すべきである。

★外務省への要請!

(1) 中国政府に対し、加藤が拘束される前日まで行動をともにし、同様に逮捕・拘束された北朝鮮難民の金今男(Kim Gun Nam)氏を北朝鮮に送還しないよう要求して頂きたい。金今男(キム・グンナム)氏が北朝鮮に送還された場合、極刑に処せられることは確実であり、処刑される可能性が高いからである。

(2)中国官憲は加藤を尋問する際、まず、彼の所持していた手帳およびメモをすべて押収した。押収された情報には、当基金が接触し交流していた現地人道ボランティア全員の氏名、電話番号、連絡方法の他、北朝鮮難民および当基金の教育里親制度の対象となっている孤児(里子)たちが隠れ住むシェルターのリストが含まれている。
もうすでに、これらの人々は中国官憲により拘束されている可能性が非常に高いので何らかの特別処置を講じてほしいと要請した。

(3) 加藤はまた、外務省に対し、現時点で安全が確認されているが逮捕におびえ潜伏している里子たちに特別な配慮を行うよう要請した。当基金は、できるだけ早い時期に、里子たちについての国際キャンペーン開始も検討している。我々は日本政府に対し、子供たちがまちがいなく保護されるよう、積極的な措置をすぐさま採るよう求める。

★加藤はまた日本政府に対し、中国により拘束されている金ヒテ氏ら韓国NGOメンバーの解放に向けて支援を行うよう強く求めた。

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内閣総理大臣 小泉純一郎 殿
北朝鮮難民の定住化促進に関する提言

 11月12日、首相官邸で加藤事務局長らは安倍晋三官房副長官に会い、面談した。その際、2001年から日本に定住している北朝鮮難民が基金にあてた手紙と下記の提言書を渡した。今後さらに増えてくる北朝鮮から脱出してくる日本人妻とその家族、元帰国者とその家族、そしてそれ以外の北朝鮮難民たちの定住に対する対策は緊急の課題になると思われる。 
(編集部)

 北朝鮮難民救援基金は、「一人でも多くの北朝鮮難民を救おう」を合い言葉に、1998年の創立以来、食糧、衣類、医薬品などを真に必要な人々に配給し救援活動を続けているNGOです。私たちは会員数わずか200名足らずの小さな団体ではありますが、現在の援助活動の規模は、米の援助換算で月間5トンにのぼります。
  また私たちの援助活動の過程で、第3国に定住を希望し、北朝鮮の脱出に成功した北朝鮮難民は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で難民認定を受け、あるいは当該国の受け入れを通じて韓国や日本に定住を果たしてきました。その数は、およそ80名を超します。
 北朝鮮難民救援基金が救援した大部分の難民は、韓国を定住の地を選んでいます。私たちは彼らの適応能力や意志を尊重して定住地を推薦しますが、結果的に圧倒的多数の北朝鮮難民が韓国を選ぶことになります。
 その中には、少なくない数の日本生れの在日朝鮮人や日本人配偶者との間に生まれた子弟が含まれています。これらの日本で生まれ育った人々は故郷が日本と考えています。生まれ育った日本で死にたいと最後の望みを語る人々もいます。それでも泣く泣く、縁もゆかりも無い土地、友人も親戚もいない韓国を定住の地に選ばなければならない苦しい選択をしている人々もいます。
 理由は韓国が、定住するための適応プログラムや住居、生活資金の手当てなどの韓国社会への受け入れの仕組みが整っているためです。日本は受け入れの体制が無いために、最終的には日本への定住を断念せざるを得ません。
 現在、北朝鮮国内での差別や迫害、苦境から逃れて中国に脱出してくる元在日朝鮮人や日本人配偶者の子弟の姿が中国の東北3省で目立つようになりました。彼らが父母の地・日本に帰って普通の生活を望んでも、言葉の問題、就労、子弟の教育などで並々ならぬ苦労をしています。すでに、私たちが関与して日本への帰国を実現した20名ほどの人々は、何らの保護も援助も受けられず日々の生活と苦闘しています。弱小NGOが問題を解決できる限界を超えつつあります。そしてその数は確実に増えています。
  今後北朝鮮をめぐる状況は、国家体制崩壊の可能性を否定できず大量の難民の発生、国外脱出が考えられます。その中には当然、1960年代の北朝鮮への帰国運動で北朝鮮に渡ったおよそ9万3千人にのぼる人々の子孫、日本人配偶者やその子弟が難民となって流出することが考えられます。
 北朝鮮難民救援基金は、日本政府が北朝鮮難民の保護、受け入れに以下の点を勘案し、立法化など必要な措置を取る事を求めます。

1.中国に流入する北朝鮮難民の保護、定住問題を解決するために国際的な枠組みをつくるイニシアチブを発揮して下さい。

2.北朝鮮難民で日本で生まれ育った在日朝鮮人と日本人配偶者、その子弟の定住を優先的に受け入れて下さい。

3.定住を助けるために、日本語教育、必要な学校教育、職業訓練、就職の斡旋、公営住宅への優先配分など定住化促進のプログラムの策定と体制整備をして下さい。

4.北朝鮮から脱出し難民となって日本に定住した場合、当人たちの身の安全が保障される対策を講じて下さい。

5.北朝鮮に残された親族の生命の安全を考慮した安全対策と保護対策を確立して下さい。

   北朝鮮難民救援基金
   事務局長 加藤博

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2001年から定住している北朝鮮難民から
基金に寄せられた手紙

 私たちが北朝鮮から日本に来て定着するためには色々の難しい問題がありますが、時間の関係上簡単に幾つかだけ記します。
 まず言語(日本語)の問題です。日本に来ると言葉が通じません。勿論、日本で生まれてある程度勉強して北朝鮮に渡った人は、すぐに言葉ができるようになります。しかし、北朝鮮で生まれて教育を受けた人は全く日本語を知りません。ここで問題になるのは、日本で生まれた人たちは(たとえ日本語が話せても)年齢が40歳以上なので仕事を探すのが難しいということです。逆に若くて働ける人たちは日本語が判らないので職業がありません。
 次に日本の教育水準と北朝鮮の教育水準の差異です。日本人なら殆ど誰でもパソコンを使えますが、北朝鮮では何人かの専門家しか教育を受けていません。
 また殆どの人たちが車の運転免許証を持っていますが、私たちが日本で運転免許を取得しようとしても、日本人でも落ちる人が多い学科試験を日本語も判らずにどうすればパスできるのでしょう。
 私生活の基礎から全然何も知りません。電車・バスの乗り方、携帯・公衆電話のかけ方、銀行での貯金の預け方・卸し方、各種家で使う電気製品の使い方、各種の保健や社会福祉の利用方法が全然判りません。
 次に国籍、身分制度です。今、私たちは北朝鮮難民であることを隠して暮らしています。原因は北朝鮮で独裁政治の教育を数十年も受け、その過程で脱北者がどこへ行こうが捕まると、北朝鮮に残して来た父母兄弟親戚が政治犯収容所に送られるからです。
 また日本で私たちが北朝鮮という所から来たと知られると差別を受けるからです。だから私たちは日本人には韓国から来たと言い、韓国人には中国の朝鮮族だと言います。だが本当の中国の朝鮮族と会うとどうしようもないという有り様です。
 そして重要なことはそんな身分で働いても、給料を他の人より少ししか貰えないということです。それでも北朝鮮で暮らすことと比べれば大変なものですが、差別も少なからずあるということです。
 次に就業の問題です。一言で言うと仕事を探すのがとても大変なのです。働きたくても言葉が通じないのですから探すこともできません。仕方なく韓国人に頼んで仕事を探すのですが、そんな場所はビサのない外国人だけが集まる異常な所だけです。そんな場所ですらも、どこから来たかという身分(ママ)のせいで働けなくなり逃げ出すしかなくなります。日本人が働く会社で働ければ気も楽で心配もないのですが、そんな職にありつくのは砂漠で胡麻を探すようなものです。
 対策的意見として、まず日本政府が難民のことを真剣に考え、受け容れてくれればと思います。北朝鮮難民は生きて暮らして行くために、死を覚悟して脱北しているのです。このような人たちに、ある程度生きて行ける道を開けてくれるのが民主主義国家の義務で人間的な義務だと思います。
 私は日本政府が難民を受け入れるだけでなく、彼らが少しでも人間らしく生きて行く道を開ければという切実な思いから、幾つか意見を述べます。 
 北朝鮮難民を受け入れても、彼らは日本人に比べる3〜5歳程度幼いと思って下さい。上で述べたように北朝鮮はこの世にない程の独裁統治国家で庶民たちは何の自由もないので、自分の住んでいる世界しか知りません。
 まず言葉を知らないから。文化風習を全然知らないから。社会生活基礎が全然判らないから。こんな子どもたちにも両親は言葉と行動、礼儀、学校教育を受けさせ社会に送り出すように、私たちにも国家がある程度の基礎教育をしてくれればと思います。
 北朝鮮と日本の現実の差異が天地ほど大きいのに、到着した次の日から自分の力で暮して行けというのは余りのことだと思います。 
 私は一年ではなく数ヶ月でも基礎教育をうけさせ、新しい社会環境にある程度適応できるようになれば、自分の力で暮しも心配ないと思います。
 基礎教育で重要なのは、すべてを勉強できなくても日本語の日常会話の基礎、日本社会、経済、文化、風習に対する教育。本人に合った職業訓練、特にパソコン、車の運転免許証など、基礎生活に必要な免許証には特別な関心を回していただき、特別な試験(韓国語、ひらがな)課程を作っていただければと思います。
 こんな課程を経て、ある程度言葉と技術が熟練してから職業を一年程度の契約で斡旋していただけたらと思います。
 一年程経てば日本人との意思疎通もある程度できるようになるでしょうし、技術も学ぶだろうし、生活方法、文化風習も学べると思います。
 国籍問題に関して、現在は無国籍でいます。このままでは、もしかして北朝鮮スパイの謀略にかかったらどの国が私を守ってくれるのかと心配でなりません。国籍がないのは結局自分が依存するところがないという意味ではないでしょうか?
 三年経てば国籍が解決するそうですが、その三年間が私たちには一番困難な時期だと思います。こんな対策も立てていただければ、不安感なく堂々と生きて行けると思います。
 韓国では脱北者に三ヶ月間の教育と300万円のお金と、職業を斡旋してくれているのに、社会に適応できないといいます。現在日本では何の対策も立ててくれないでいるので…。
 私たちが日本政府に望むのは、多くの金や家を望むのではなく、生きる道を探している人たちにある程度生きる道とこれから進むチャンスを保障してくれということです。
 今、拉致者問題が毎日テレビで放映されますが、あの人たちが羨ましいです。来て早々に暮して行く問題、就職、教育問題が皆解決して行くのに、今北朝鮮にいる日本人妻たちの問題は?彼女たちが人間的な人たちだったのが間違いだったのでしょうか?
 被拉致者たちは北朝鮮では最高の待遇を受け幸福な生活をしていますが、本当に人間的な愛を抱き北朝鮮に渡った日本人妻たちは、飢えて寒さに震え、毎日のように死んでいきます。彼女たちが望んでいるのは、死んでも日本に行って死にたいという思いだけです。そんな人たちが日本に来ても何の配慮もないし、現在北朝鮮にいても何の対策も立てられません。

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−北朝鮮難民の人権侵害と、その解決に向けて−
国際共同記者会見が開かれる

 加藤事務局長の拘束事件後、北朝鮮人権問題に関するさらなる国際社会へのアピール、里子救援に対する国際社会の支援、金今男氏救出の国際的救援を目的として11月27日、共同記者会見がもたれた。また、UNHCRが適切な役割を果たさず、中国側に対する法的な優位性があるにも拘わらず、その権利を行使していない点のアピールがあり、Tarik Radwan氏が法的な根拠などについて説明した。日本外国特派員協会にて開かれた会見には海外大手メディアを中心に約150名の記者たちが集まり、北朝鮮難民問題に対する大きな関心の高まりをみせた。この会見にあわせ、米下院議会政策委員会のクリストファー・コックス議長、ジョセフ・ピット米国議員、米国防衛フォーラム基金のスザンヌ・ショルテ会長、Helping Hands Korea のTA・ピーターズ氏らが賛意を表すそれぞれのメッセージを寄せてくれた。
(それぞれの声明は基金ホームページのトピックスに掲載)
共同声明
 私たちはここに、北朝鮮難民たちを非合法な手段で送還することによって、彼らの存在の排除を行っている中国を非難します。中国政府が世界市民の一員としてこの非合法な行いを即座に停止し、国際法に基づきこれら北朝鮮難民たちに対する保護責任を履行することを要求します。中国はこれら難民に対し庇護を与えなければならず、また国連難民高等弁務事務所(UNHCR)に対しても妨害することなく難民たちに接触できるよう取り計らわなくてはなりません。

 またUNHCRに対しては、自らに与えられた使命を果たすべく北朝鮮難民たちを保護すること、そして自らに与えられた権利を行使することによって事態調停のために必要なすべての行動を取ることを要求します。

 重ねて、中国国内の北朝鮮難民たちに関し、使命に則った対応を怠っている現在のUNHCRに対し、UNHCRに関与しているすべての国連加盟国が疑問を呈するよう訴えます。

 さらに私たちは、心あるすべての国連加盟国が自らの自由裁量権のもと可能な限りのあらゆる手段を用い、中国とUNHCRの両者が既定事項を遵守するよう働きかけることを強く求めます。


*ウィリー・フォートレ (国境なき人権/Human Rights Without Frontiers)
*タリク・M・ラドワン (弁護士、Jubilee Campaign USA)
*ノルベルト・フォラツェン (ドイツ人医師、人権運動活動家)
*キム・サンホン/ド・ヒユョウン (元国連職員で人権運動活動家/人権市民連合)
*加藤博 (北朝鮮難民救援基金)

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北朝鮮難民支援に国際的枠組みを

国際共同記者会見における北朝鮮難民救援基金による声明

 北朝鮮では今冬再び、飢餓問題が深刻化するだろう。95年から97年にかけて起きた悲惨な飢餓に匹敵する事態になると当基金は予想している。理由は、国際的な食糧援助の減少である。
 送られた食糧が国内でどう配布されているかについての監視活動を、北朝鮮政府は拒んできた。結果として援助効果への不信感が高まり、国際機関が呼びかけても協力が得にくい状況がおきているのだ。
 北朝鮮が監視を拒むのは、主に情報統制のためである。コメの備蓄状況は軍の戦闘能力に直結する。コメは戦略物資でもあるのだ。飢餓は農業政策の失敗であると同時に、軍事優先という政策のツケとも言える。
 飢えた家族はまず家財道具を売る。難民たちに聞くと、最後に家に残るものは塩やみそを入れるつぼだという。売るものがなくなると、あとは歩き回って食べ物を探すだけだ。ある者は行き倒れになり、ある者は生き延びるために国境を越える。
 中国に逃げ出した北朝鮮住民の数は5万人とも10万人とも言われ、実態はつかめない。北朝鮮の刑法では密出国は国家反逆罪とされ、最高刑は死刑である。つまり彼ら・彼女らは単なる食糧難民なのではない。つかまれば生命の危機が待つ深刻な政治難民でもあるのだ。
 当基金事務局長の加藤は10月末、北朝鮮住民が外国公館に駆け込んでいる事件にかかわったとして中国当局に拘束され、1週間の取調べを受けた。人権を軽視し、脅しにせよ「あなたの身柄を北朝鮮に引き渡すこともできる」と加藤に迫った中国当局に対して、憤りはもちろんある。多くの日本国民が抱く中国政府のイメージも悪化しただろう。
 しかし、難民問題を含めた北朝鮮への対応を考えるなら、日本政府はやはり中国と連携を深めていくべきである。中国政府にも難民問題を解決したい思いがある。朝鮮半島情勢が不安定になることも望んでいない。
 難民の発生は韓国にとっても重大である。経済状況を考えても、韓国には将来大量の難民を受け入れることはできないとの意識がある。「1万人でも困る」との声も出ている。
 もし本格的に難民が流出した場合、その規模は少なくとも30万人を超えると言われる。仮に韓国、日本、ロシア、米国などが1万人ずつ受け入れたとしても、とても対応しきれる数ではではない。国際的な理解をえるための努力を進め、地球的規模の支援を得られるような枠組み作りが必要なのだ。
 日本からは60年代に10万人近い在日朝鮮人が北朝鮮へ渡った。「スパイとして処刑された」「収容所に入れられた」などのうわさは伝わってくるが、本当の消息は分からない。多くは日本で生まれ育った人であり、今では脱出して日本に戻ることを望んでいる人も多い。
 こうした事情も踏まえて、日本政府は難民支援の国際的枠組み作りに向けてイニシアチブをとるべきだと考える。国を超えた協力体制を築くことは、難民問題だけでなく安全保障や拉致問題などの解決・進展にも有効に働くはずだ。
 私たちは難民の地位の問題が国際的な問題であり、したがって適切な国際法(すなわち、1951年の難民の地位に関する条約と1967年加えられた議定書)が適用されるべきであり、中国の国内法によって規定されないという確信をもっている。中国政府は国内法にもとづいて北朝鮮難民や彼らを助ける人道主義支援者を逮捕しているが、これははっきりと国際法に違反しているといえる。
 北朝鮮難民問題は国際社会によって提起される深刻な人権問題として認識されるべきである。そして、この問題は中国と同様に韓国、EU、アメリカ、日本などの国々にも関係するのである。われわれはこの問題を取り扱うために国際的な枠組みを構築するべきであることを強く提言する。まず最初に急ぐべきことは、難民に関する国際条約にのっとって、中国政府が北朝鮮脱出者を難民として公式に認定することである。
 私たちは韓国人伝道師であるキム・ヒテ氏、北朝鮮脱出者のキム・グンナム氏を含む、北朝鮮脱出者や人道主義支援者を釈放するために、国際社会が私たちの訴えに賛同し、参加してくれることを求める。
 また私たちは、10月30日に加藤が大連で逮捕されて以来、完全に消息が途絶えた私たちの教育里子たちや北朝鮮難民を探し出すために、国際社会が支援してくれるよう訴える。            

   北朝鮮難民救援基金代表 
   中平健吉

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UNHCRは北朝鮮難民の認定・保護活動を推進するべき責任がある

 11月27日の国際共同記者会見の結果をうけて、12月11日にキム・サンホン、TA・ピーターズ、当基金より加藤博の三人がUNHCR日本・韓国地域事務所(在東京)を訪れ、カシディス・ロチャナゴン代表に以下の要請を行い、話し合いがもたれた。中国政府は難民に関するほとんどの国際的協約に批准しているにもかかわらず、北朝鮮難民に関しては意図的に遵守せず、UNHCR北京事務所の活動を妨害しつづけている。一方、UNHCR側はそれを口実にほとんど活動を起こしていない。これが北朝鮮難民をいっそう悲惨な状況に追いやっている。この会談はこの状況を打開する道筋を見つけるためにもたれたものである。以下はその時の要請文である。
(編集部)
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)日本 東京事務所 御中
拝啓
 特に今のこの時期に、新たに再認識すべきことがあります。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の任務は、難民保護および難民が抱える諸問題解決を推進することです。中国にいる北朝鮮難民を援助する為に、私共は長年にわたりボランティア活動を続けて参りましたが、UNHCRが、この件に関して、託された権限を情けないほど不十分にしか行使していないという事実を申し上げなければならないことに心痛みます。
 貴東京事務所に対するいやがらせが目的で、このような評価を申し上げているのではありません。私共の唯一の関心は、北朝鮮の人々が、必死に求めている保護を実現することです。この保護は、彼等の正当な要求であります。彼等を難民として認定する作業を粛々と進めて頂きたいのです。UNHCRのご活動、もしくは活動不足への私共の評価は、下記に基づきます。

1. UNHCRは、彼等の国際的保護の必要性を認めているにも拘わらず、保護に失敗しています。
2. 中国国内の北朝鮮人民への接触ができない理由として、UNHCRは、中国政府が難民との接触や、難民のいる場所への立入りを拒むことを理由にあげています。UNHCR自身の職務怠慢の為に、中国政府が非難されています。しかし、1995年の中国とUNHCRとの合意書の中に、UNHCRの職員は、いつでも、中国国内で、難民と自由に接触できる権利を有すると書かれています。遺憾ながら、この件に関して、UNHCRが、中国政府に対してこの明確な権利を主張したとする記録は一切ありません。この消極的姿勢が、今なお続く法外な規模の人々の悲劇の背景にあります。
3. 1995年の合意書では、難民支援は関連する国連決議に基づいて行われることも規定されています。本年8月の国連決議2002/27号では、「貧困並びに窮乏」による逃亡に関しても、難民認定がされることを明確に規定しています。
 中国によって主張され続けてきた、中国国内の北朝鮮人民はすべて「経済難民」でしかないという主張に、この画期的な国連決議が明確かつ大きな役割を果たします。もう一度申し上げますが、中国が繰り返す「経済難民」であるという主張に、UNHCRが、この国連決議を有効に使おうとした形跡は全くありません。
 このように、中国政府の国際法違反は明瞭です。また、中国政府を国際法に従わせる上で、UNHCRはこれを遂行できる立場にあることも明白です。7年前に中国とUNHCRとの間で調印された相互合意書の中にこそ、中国政府を従わせる有効な方法があることを信じております。合意書によると、UNHCRが、中国国内難民と、いかなる時でも、妨げられることなく接触する権利を有するとあります。また、合意書は、UNHCRと中国との間に意見の不一致があった場合には、これを調停裁判に持ち込むことができることを定めています。この調停裁判には、国際難民法を適用できるのです。
 上記のような理由から、UNHCRに対して私共がお願いしたいことは、UNHCRが、その機能や権限を十分に発揮して、今も続けられている、北朝鮮難民や、人道的立場から彼等を支援している方々の逮捕を、拘束力のある調停手続きに着手することにより止めさせて頂きたいということです。UNHCRが自らに託された権限を本格的に発動させる上で、一体これ以上、何が起こる必要があるのか、私共は正確に知りたいのです。
 また、是非お願いしたいことがあります。これまで私たちは事あるごとに中国当局に対して回答を求め続けてきた下記の質問がありますが、今現在に至るも未だ中国当局より何らの回答もありません。これらの重要な質問に対する中国側の回答を是非引出すようにして頂くことを、切にお願い申し上げます。

1.中国における脱北者の身分は、国内法あるいは国際法のいずれによるべきなのでしょうか?
 難民の地位に関する事柄は国際的事項であり、従って、国際法によって裁定されるべき事柄であり、(例: 1951年の難民の地位に関する条約、1967年の同様の議定書)中国国内法や、政治的、経済的思惑によって裁定される事柄ではないと、私共は確信しております。
 更に、貴中国政府は、人権に関する国際的合意を国内法の下で拘束力があるものとして受け入れており、中国は国際的な人権に関する合意に関わる義務を遵守しなければならないことを認めております。国内法と人権に関する国際的合意との間に不一致が起こった場合には、人権に関する国際的合意が優先されねばなりません(Report of China - HRI/CORE/1/Add.21/Rev.2, 11 June 2001)。
2.脱北者が、難民として認定されることを立証する権利まで否定される根拠は何なのかを教えて下さい。
 慙愧にたえないことですが、中国政府は、元来、国際法によって決裁されなければならない国際的事項に国内法を適用しています。何故、慣習的国際法に基づいて、脱北者を難民として認定できないのかを、最初に説明すべきです。この説明をせず、公正で有効な保護手続きもせずに、脱北者を逮捕する中国政府は、極めて専横で、人権と人国際的正義を踏みにじっているように思われます。基本的な人権と人道の名において、国際社会は中国政府に対し、何故、脱北者を難民として認定できないのか、公に明確にするよう要求する権利があります。
3.中国政府の、脱北者に対する「不法入国」という罪状に正当性はあるのでしょうか?
 正当かつ有効な庇護手続きを取らずに、中国政府は、すべての脱北者を不法入国者及び違法滞在者として摘発しています。これは、1951年の合意書の第31条、難民に不法入国者及び違法滞在者として処罰することを禁じた条項に違反していることを如実に示しています。従って、不法入国は、脱北者達が、当然の権利として要求できる難民認定の権利を妨げません。不法入国のような必死の行為に対しては、難民を難民として保護する為に定められた、国際的難民条約に従って、難民認定の審査を受ける権利が適用されるべきです。(法的には、ここで問題にしている脱北者は、当初の段階では、違法越境者ということになります。本質的に、中国のように、脱国者が、不法入国及び違法滞在という理由でのみ無条件に逮捕されるようなら、およそこの世の中のどこにも、難民というような概念は存在しないことになります。)
4.不法入国者を、人道的立場から援護する救援者達に刑罰を科する中国政府は、如何にして、それを正当化できるというのでしょうか?
  あらゆる政府は、その主権によって不法移民を処遇する権利を有します。しかし、中国政府は、不法移民とみずから決め付ける人々のみでなく、これらの人達を人道的立場から救援しようとする人々にまで、刑罰を科しています。このような無分別な行為は、良識ある国際社会の一員としての一般的な基準からはかけ離れたものであります。こういう行為を行うことによって、中国政府は無辜の市民や、国際的救援グループの人々の、困窮の極みにある人の為に何かをするという、基本的人権を蹂躪していませんか。中国語でいう人道とは、世界の他の国々とは、かけ離れた意味を持つのでしょうか。
5.脱北者は経済移民であり、従って、難民ではないのですか?
 私達が入手した大量の情報によりますと、脱北者の誰も、事業を起そうとか、高給を得ようなどとはしていません。通常、移民は移民元の国からの保護を享受していますが、脱北者はそうではありません。
このことをより際立たせる皮肉なことがあります。中国から第三国へと亡命しようとした多くの脱北者達が逮捕されてきているということです。我々は疑問を呈せざるを得ません。もし、脱北者が中国で事業を起そうとか、高給を得ようなどという目的で不法入国する経済移民たちなら、中国よりも経済的利得を得る機会が更に少ない第三国(蒙古、ミャンマー、ラオス等)へと、必死の逃避行を何故試みるのでしょうか。中国政府が主張するように、脱北者の脱北の動機が経済的目的だとすれば、彼等は中国からの脱出を決して試みないでしょう。彼等が目指すのは自由であることは明白です。
 この点に関する最近の事例があります。18人の北朝鮮人が、2002年11月13日に、中国内のベトナム国境にほど近い所で、中国当局により逮捕されました。このグループの中には、生後7ケ月の乳児や、4歳の子供が含まれていました。彼等は、中国の広西壮族自治区の南寧市に留置されていると思われます。もし彼等が、真に経済難民なら、何故、一刻も早く必死になって中国から脱出しようとするのでしょうか。
 私共が、大変な注意を要するやっかいな多くの問題を持ち込んだことは充分に認識しております。もう一度言わせて下さい。もし、これらの事柄が、本質的に学術的な事柄であったならば、私共は、こんなに熱をいれて、この声明文を提出したりなどはしなかったでしょう。しかし、ご案内の通り、これは、数十万人のほどではないかもしれませんが、少なくとも何千人もの北朝鮮の人々の生死に関わる重大事です。その故に、唯それだけのゆえに、私共は、北朝鮮難民の人々に代わって、UNHCRの最高レベルの緊急行動を切に願うものであります。
ご返答を、鶴首してお待ち申し上げております。          

敬具
          12月11日

*中平健吉
北朝鮮難民救援基金代表

*TA Peters (TA・ピーターズ)
Helping Hands Korea(ヘルピング・ハンズ・コリア)代表

*San Hun Kim(サン・ホン・キム)
International Human Rights Volunteer(国際人権ボランティア)

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いま、教育里子たちになにが起こっているのだろう

渡 高志

 北朝鮮難民救援基金は、北朝鮮で食糧難や政治的・社会的な迫害から一家離散・家族崩壊などで孤児となり中国に脱出し流浪する子供達を保護し、将来必要とされる基素的教育を受けさせるために、1998年10月よりこの問題に取り組み、教育里親制度を開始してきました。勿論、小さなNGOにしか過ぎない私達基金は、ごくわずかの人数の子どもしか保護することは出来ませんでしたが、それなりに子どもたちの安全を保証し精神的な支えとなってきました。しかし、今回の中国安全局による加藤事務局長拘禁事件後、保護されていた子ども達(里子)が大きな危機に晒されています。一部は、すでに中国当局に逮捕された可能性さえあります。そして、その時はこの子ども達を世話し、保護してくれていた現地の人道ボランティアにも厳しい罰則が課せられているでしょう。私達は彼らに危険が及ぶので、こちらから現地に連絡せず、そのため正確な状況を把握することがやや困難になりました。

 もし逮捕されたなら、今までの当局の対応から考えると子ども達は、ほぼ1〜2日後には機械的に強制送還されます。北朝鮮に強制送還されれば、彼らにも子どもといえども厳しい懲罰が待っています。最近は大人に比べれば、16歳以下の子供にたいする取り扱いは比較的緩んできたといわれていました。しかし中学生程度の年長の子どもに対しては、まったく大人と同じ懲罰が加えられていることを、実際に私達は確認しています。数ヶ月にわたる激しい強制労働、ごくわずかの食料支給、そして毎日続く激しい殴打が年長の子どもにも加えられているのです。 

 わたしたちが連携援助していた、子供たちを保護する現地の人道ボランティアグループの多くが1999年末ごろから中国当局の摘発をうけ、その都度、子供たちは強制送還され、現地の責任者は拘留され、彼らには払いきれない罰金が科せられました。その結果、それらのほとんどのシェルターは閉鎖せざるをえませんでした。幸運にもその後運営できていた現地のグループでも絶えず摘発の圧力にさらされ、子供たちの一部が摘発・強制送還され、現地スタッフは拘留・高額な罰金を科せられてきました。北朝鮮に送還されると、子供であろうとキリスト教を信仰するようになったものはもちろん、教会に行ったことだけでも厳罰に処せられています。また、本国の韓国人と接触したものはスパイ罪を科せられ、「国家反逆罪」を定めた刑法47条との併合罪によって死に至る刑罰をうけています。これは16歳以下の子どもでも同じです。

 私達はこの子ども達を中国政府が保護し、北朝鮮に強制送還しないように中国政府に要望すると同時に、国際社会がバックアップし大きな声をあげていってくれることを訴えます。そして、この子ども達を始めとする難民孤児達をUNHCRやユニセフなどの国際機関、周辺国の韓国や日本政府と議会、欧米の人権先進国政府と議会が大きな関心をもってくださり、中国当局に保護し、救援を要請してくださる事を訴えます。
現地からの緊急援助要請の手紙
加藤先生と教育里親の皆様へ

 お元気でしょうか?今でもご苦労が多いでしょう。かわいそうな人たちに希望を与えるその姿はどれだけ美しいでしょうか。それ故、私たちは逆境でも勇気がわいてくるのです。私たちに惜しみない援助があったおかげで、過ぎ去った六ヶ月間、息が詰まる日々の連続の中にあっても気落ちすることなく生きてこられたのです。
 皆の子供たちの安全のために隠れ住むところを○○に移そうと思います。それで、わたしが先に○○にきて調べたところによりますと、まずは皆の安全問題は確実に保障されるでしょう。人口が△万人、世界的にも大きな都市なのですこぶる安全です。子供たちの通う学校もすでに調べ上げて決定しました。入学は2月某日です。
 ここ○○の家賃は安いほうで一ヶ月1,500元、年間18,000元です。××より高いです。それで計画では子供が学校に通う問題のために一月中旬に○○に動こうと思うのですが、費用が一人□□元です。全部で軽く3,000元ほどゆうにかかります。加藤先生と会員の皆様におかれまして、子供たちの授業料問題と○○での家賃と経費を詳細にお知らせしましたので、ご相談された後に子供たちを愛する気持ちでお助けくださることを願います。
 今まででも援助してくださり、感謝しています。この便りを受け取られましたら嬉しいお返事をくださるのをお待ちしております。
 加藤先生と会員の皆様、ご健康でいてください。
(2002.12.13受領、基金翻訳グループが訳す)

注)1月中旬、このシェルターの責任者から教育里親グループへ連絡があり、全員無事に○○に到着したとのことでした。

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新会員の声

■いきなり大事件に遭遇 
 M・K(男性)
 基金に入会したのが去年の秋、それから二度ほど事務局長の加藤さんにお会いした。今後、基金の活動に参加するにあたりしばしば顔を合わせることになる人だろうという感想を持った。 
 二回目にお会いした時は事務所でのごく短い時間の対面だった。その時には翻訳等の手伝いを既に始めていた。それから数日後、一人のコアスタッフの方からメールがあった。「加藤事務局長が中国で消息不明になっている」 
 基金に参加してからわずか数週間しか経過していないのに、いきなり大事件に遭遇するとは考えてもみなかった。それも、何日か前に直接話しをした人が消息不明になっているのだ。それからが目まぐるしかった。スタッフの方たちは安否確認等で関係各所に忙しく問い合わせをしているようだった。無事であるようにと願いながら、記者会見の準備の手伝いをできる範囲でやった。
 記者会見会場となった築地の代表の事務所には大勢の報道陣が詰め寄せた。その数の多さには圧倒されるばかりだった。記者会見が無事終わり、これでひとまずメディアを味方につけることができたと話していると、「中国当局が加藤さんを釈放」というニュースが飛び込んできた。中国政府のアンダーカバーが記者会見場に潜入していて、メディアの反応の大きさを目の当たりにし、その圧力に屈した結果だと皆で言い合った。 私たちは一応の勝利をおさめたようだった。 
 加藤さんが無事帰国を果たし、都内のレストランでささやかな慰労会が持たれた。私は加藤さんと対面するなり少し芝居がかった様子でお辞儀をし、「局長、お勤めご苦労様です」とあいさつをした。
 ヤクザ映画で、ムショから出てきた組長に対して子分たちが必ず放つセリフをマネしたのだった。しかし、まったくウケなかったので恥ずかしい思いを強いられた。 
 こんな風にして新会員としての私の最初の一ヶ月は過ぎていったのでした。

■私が選んだ「価値ある社会」 
 シンパシー
 幸か不幸か、加藤さんの拘禁ニュースで初めてこの基金の存在を知りました。遅れて来た新人です。
 80歳になる老母の表現を借りると、「神様に近い人達」に仲間入りです。
 21世紀。垂直的な価値、つまり宗教的、哲学的価値がますます薄れていくと、私たちの道徳や生きがいの源泉は、水平的な価値、つまり、人とのつながり、社会的価値以外にはなくなってきています。21世紀。多様な社会があり、日本にいる私達は、多様な社会の中から、自分が属すべき社会を選べるようになりました。
 私が選んだ「価値ある社会」、北朝鮮難民救援基金は、私を限りなく興奮させ、限りなくセンチメンタルにしてくれています。この「選べる自由」を、1日も早く、北朝鮮の方達にもと、ご一緒に、できるだけのことをしたいと思っております。

■この猫の手を彼等に  
 O・K(女性)
 私のアンテナが北を向いたのは、あの日本総領事館映像が切っ掛けでした。間も無く手にした著書「北朝鮮脱出」は読み進めるに耐え難くラストを先に覗いてからの読破でしたが、彼等の壮絶な恐怖と勇気を前に、無力な自分にもどかしさを強く覚えました。昨今の報道に其の気持ちを日増しに強くし、地団太踏む思いに駆られて居た時、加藤さんのニュースを知りHPを訪ねて当基金に出会いました。俄か道心の私は当基金の軌跡を前に平伏し唸りました『此処なら無力な私でも、迫害に苦しむ人々の役に立つ事が在るかも知れない』
 11月19日、強力な磁力に引き寄せられたかの様に、加藤さんの活動報告会へ出向きました。驚愕な体験を冷静に語る彼の真摯な姿勢に深い決意を感じ取り、私のアンテナと直感が確信に至りました『此処は間違い無い!』
 専業主婦歴23年の平凡な私ですが、この猫の手が微力でも縁の下の一端に加わりたいと切に願い入会致しました。どうぞ宜しくお願い致します。

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