TUBE TALES NIGHT





当日のフライヤー



チューブ・トンネル

野坂政司



この地下鉄の
行く先は
極楽
それとも
冥界めぐり?

ロンドンの地下を走る
チューブ・トンネル
すれちがう愛と
性への欲望と
未完の犯罪と
線路に飛び込む絶望と
お喋りとゲロと
気絶した鳥をかかえた老人と
母からはぐれたバラのつぼみと
かっぱらいとよっばらいとが
心の底の
夢に出会い
生きる現実の違いに
引き離され
改札口を通り過ぎる

ここは
ここは
札幌
真駒内から
麻生まで
栄町から
福住まで
宮の沢から
新さっぽろまで

窓ガラスの向こうは闇の穴蔵
薄闇の中を疾走する車輌の中に
声にならないつぶやきが溢れる
からだを押し付けられ
臭い息を吐きかけられる
朝のラッシュ

チューブ・テイルズの
セクシーな女性が言うように
地下鉄には
悪魔が潜んでいるのだろうか
窓ガラスに映る
見知らぬ顔
天使のような美少年の耳を飾る金色のピアス
いや
あれは少年ではなく
体育会系風に髪を刈り上げ
鍛え抜いた筋肉に包まれた
美少女かもしれない

つり革につかまり
身動きできない
この場所で
妄想ばかりが
ふくれ上がる

一瞬の出会いの
奇跡
それとも錯覚によって
乗客の心は揺れ動き
乗客のからだも
もだえはじめる

スラックスの前の変化を嘲笑された
チューブ・テイルズの
あの惨めなおじさん
周りの笑いを背に
あのひとは
どこに向かったのだろう

顔も
姿も
知られてしまえば
残念ながら
逃げ道はない

ロンドンの地下を走る
チューブ・トンネル
すれちがう愛と
性への欲望と
未完の犯罪と
線路に飛び込む絶望と
お喋りとゲロと
気絶した鳥をかかえた老人と
母からはぐれたバラのつぼみと
かっぱらいとよっばらいとが
心の底の
夢に出会い
生きる現実の違いに
引き離され
改札口を通り過ぎる

ここは
ここは
札幌
車両内で
ミュージシャンが
演奏する場面を見たことがない街

おや
この駅はどこか

ここは
私の降りる駅ではない

車内の人が入れ替わる
空気が入れ替わる
昨夜の記憶もよみがえる
背後に置いてきたはずの
仕事の空気が
からだじゅうに染み込んだ
酒場の匂いと
混じり合う

今は
車内の
残酷な明るさに
次々と
隠されていたものが暴かれる

窓ガラスに映る
あの
ピアスの向こうで
ネクタイを締めた男が
文庫本を開いている
その隣では
高校生が
参考書と格闘している
やや後ろ向きの横顔しか見えない

文庫本
そうだ
文庫本だ
文学の想像空間は
トンネルの壁を越え
天空の彼方に延びる
今日
私は
文庫本を持っていないから
自前の想像力で
周りを観察し
冥界巡りを
試す

乾いた皮膚のしたの
湿った心
地上の太陽を空想することもなく
窓ガラスに
自分の欲望を映し出す

湿った皮膚のしたの
乾いた心
もうけ話のささやきに
道を踏み外す

ロンドンの地下を走る
チューブ・トンネル
すれちがう愛と
性への欲望と
未完の犯罪と
線路に飛び込む絶望と
お喋りとゲロと
気絶した鳥をかかえた老人と
母からはぐれたバラのつぼみと
かっぱらいとよっばらいとが
心の底の
夢に出会い
生きる現実の違いに
引き離され
改札口を通り過ぎる

ここは
札幌
もう次の駅
光あふれるホームにたどりつく
ここは
ここは
北12条駅

おっと
いけない 
私はここで降りる



(c) 野坂政司