精霊都市の蓋が開くと


野坂政司

電脳砂漠のわれらの都市は
電子と情報の化粧を落とし
傷だらけのガラス窓さえ初夏の微風に頬染める
埃だらけの高速道路は
たたきつける低気圧の豪雨に機能を忘れる

精霊都市の蓋が開くと
電子と肉体が溶解し
身体による尺度を超えた超高精度観測実験室にも
肉と夢の幻影が立ち上がる
科学少女は
小さな胸を膨らませながら
超微細なトップ・クォークを構想する

精霊が去った住宅街では
希望と悪夢が等価に並び
ニュースキャスターが
食糧危機や大気汚染の統計を報じていた
そこでは
対策と啓蒙の結界は穴だらけ
脳天気に瀰漫し続ける消費生活
この界隈にまぎれこめば
クローン羊でさえ悪夢にうなされ
クローン猿でさえ憂鬱に閉じこもることだろう 
氷河期から温暖化への逆進化

しかし
140億年の生命が目を覚まし
精霊都市の蓋が開くと
無意識の淵から囁く声が聞こえてくる
身体知に導かれた少年は
天球の音楽に沐浴しながら
細胞の一つ一つに気を通し
過去と現在が重なって見える宇宙の重力レンズで愛の灯をともす



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