「アジア人・モンゴロイドの進化」*を読んで


野坂政司



わたしは動く
そしてわたしはなにかに動かされる
わたしはどこにいるか

雪ふる路上で
少年がもうひとりの少年を蹴る
祭りにならない喧嘩と
空白のことばの惨めさ
彼らを見つめる仲間たち

わたしのなかのわたしではなく
わたしのなかの骨が わたしのなかの肉が わたしのなかの欲動が
わたしをわたしではないものたちに結び合わせる

世紀末に傾いていく11月
冷気に包まれるわたしのなかの
わたしではないものたちとはだれか

2300年
時空を遡れば
わたしは
渡来弥生人
寒冷適応型北方モンゴロイド
しかし
わたしのなかの肉の記憶がそれだけではないという
わたしのなかのわたしではないものたちが声を上げる

時空を遡れば
わたしは
縄文人 中国系南方モンゴロイド
最古の日本人 沖縄の港川人
しかし
わたしのなかの肉の記憶がそれだけではないという
わたしのなかのわたしではないものたちが声を上げる

50万年
時空を遡れば
わたしは
北京原人
100万年
時空を遡れば
わたしは
ジャワ原人
熱帯森林とサバンナが交代したスンダランドを想う
獣をひねり倒したあのパワーだ
わたしのなかのだれかが声を上げる

わたしのなかの原人は
故郷を離れて
ユーラシア大陸の南回廊を歩いてきた
アフリカ、西アジア、インド、東南アジア
そしてスンダランド
わたしの肉の記憶は
100万年前の太陽を覚えているか
痩せてしまったわたしの骨は
踏みしめた土と砂と泥を思い出せるか
わたしのなかのだれかがつぶやいている

20世紀末のわたしは見る
雪ふる街の少年たちが
背面の無いことばと映像に囲い込まれるのを
 
わたしは見る
わたしのなかの骨が わたしのなかの肉が わたしのなかの欲動が
わたしを
わたしのなかのわたしではないすべてのものたちに結び合わせるのを

わたしは動く
そして
わたしは
わたしのなかのわたしではないすべてのものたちである


*馬場悠男「アジア人・モンゴロイドの進化」
 『別冊日経サイエンス 特集 人類学 現代人はどこからきたか』(日経サイエンス社、1993)



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