CHADに


野坂政司

へいせい9年8月31日
いちねん半あまりの出会いの空間の早過ぎる終幕
せめぎあう音と意識の相互の反応が生まれ
いい食べ物と飲み物でプレイヤーと聴衆の血中ジャズ濃度は高まり
くれゆくススキノを楽園にしてくれた
粘膜にしみこむ音の速度に私は時間を忘れた


はじめて足を踏み入れる者にも
ちへいの彼方から旅をしてきた者にも
がけっぷちから底を覗き込んで指先まで震えるものにも ここでは
つめたい気配は感じられなかっただろう
三枚のカード メンバーズ、ボトル・キープ、アーティスト・パスの総てを持ち
じゅもんのように詩を読んだ私にも ここでは
うその無い空気を吸うことができた
いつでも少しずつ変化が聴きとれた
ちしきではなく
にくたいから溢れる音の渦とリズムに
ちかくの扉が開かれた

へんげん自在の音もあったし
いっていの確固とした世界を築き上げる音もあった
ても足もいつのまにか弾んでいた
ん千回 ん万回 の 心の宙返り
するどい反応に 軽やかな応答
るーぺで拡大したい ぞっとする瞬間の数々

じゃんぐるに響く太鼓の夢の記憶が
ずがいこつを揺さぶる
らたいの意識が
いっきに加速して お互いの仮面を脱ぎ捨て
ぶつかっては成長する
はめつてきな世紀末に 時代はさしかかるとしても
うかれた気分は貴重なものだから
すてることはしない

ちゃんすとは 偶然のことでもあるが
どの演奏、どの出会いも、その時かぎりのチャンスだった
にてもやいても食えないおとこたちが
感動してにこにこしている空間だった
しゃれた女たちが笑顔を見せる空間だった この場所
を愛した総ての人に
さけぶことなく
さよならをしよう
げーむの終わりではなく
るてんの舞台の一回りに



<解題>

 1996年2月に札幌に誕生したジャズ・ライブ・ハウス、CHADが1年半の濃密な空間の成立をはたしながら急に閉店することになった。
 その最後の営業日の1997年8月31日に、この店でぐんぐん実力をつけた道内の若手ミュージシャンによる深夜のジャム・セッションが繰り広げられた。この詩はその時に朗読した作品。このときは、田中義人君(ギター)、田中明子さん(ピアノ)、島竹淳二君(ドラムス)の3人が朗読につきあってくれて、気持ちよいパフォーマンスになった。「隠し題」の構造を持ち、各行頭の一字を拾って読んでいくとそれがわかるようになっている。


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