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2003年版南福島狛犬探訪その10

もうひとつの都都古和気神社を見て、ここにも狛犬がいなければ別の場所に移動しようと思っていたんですが……。いました

八槻都都古和気神社

八槻都都古和気神社 全景
八槻都都古和気神社 吽  八槻都都古和気神社 阿
近づいてみてびっくり。
これは古そうだし、しかもユニーク。
阿
特にこの阿はすごい顔ですね。
インドネシアというかなんというか。
目の部分は後から墨で修正されている感じですが、恐らく建立直後もこんな顔だったんでしょう。
阿吽でかなり顔が違います。


吽の顔  阿の顔
阿は耳が立ち、歯や、舌まで克明に刻まれています。
吽は耳が小さく寝ていて、逆に鼻はでかい。
同じ石工が彫ったとしたら(多分そうでしょうが)、大変な才能ですね。
吽の顔は、石川町の石都都古別神社の傑作狛犬を彫った小林和平の作風にも通じるところがあります。
恐らく、和平は同じ「つつこわけ」神社であり、奥州一の宮を称しているこの八槻都都古和気神社を訪れ、この狛犬に相当影響を受けたはずです。
吽の顔

この吽の顔、よく見ると鶴太郎にも似ているかなあ。
しかし、天保年間の狛犬が、よくぞここまできれいに残っていてくれたものです。感激。
年号
台座の文字もかなり鮮明に残っています。
両方の台座の周囲には、奉納した人たちの名前がびっしり刻まれていて、近隣の村もすべて巻き込んでの大奉納だったことが分かります。
名前は姓がないものも多く、豪農や商家だけでなく一般の農民たちも参加しての大イベントだったのでしょう。
金百疋とか銀二朱といった金額も、一体どのくらいのものなのか、見当がつきませんが、きっと大金だったんでしょうね。
台座

吽の背中阿の背中
背中側から見たところ。右側が阿です。巻き毛のデザインも違っていることが分かりますね。
吽横から
吽には子獅子がじゃれついているんですが、これがまたいい。
江戸期の狛犬で、子獅子がこれだけ表情のあるものは少ないと思います。
吽の子 子獅子の顔
小林和平の狛犬には、子獅子が3匹もくっついていて、それぞれやんちゃな素振りを見せていましたが、和平が子獅子にも手を抜かなかったのは、この狛犬に負けないものを造るという気持ちからだったのかもしれません。

さて、狛犬に見とれているうちに身体が冷え切ってしまいました。気温は零度前後。
先に進んでみましょう。
随身門には朱塗りの木製狛犬がいましたが、柵の間が狭く、よく見えません。まあ、今の狛犬を見た後だと、どうでもいいか……という感じになってしまいますが……。
(追記:この狛犬が後に極めて重要な存在になるとは、このときはまだ分かっていませんでした。小松利平という高遠石工のことを知るのはさらに後のことです。)

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