尾張食物考 其の一

尾張食物考 其の一



 愛知にはさまざまな料理があるが、特徴を挙げよといわれてはたと気づくのがあそこには素材の味で食わせるものが意外に少ないことで、まず筆頭に思い浮かぶのは味噌・タマリの類の濃い味付けだ。赤だしの味噌汁が全国に行き渡っていることからも明らかなように、かの地の味噌はたしかに抜群に優秀である。しかし、その優秀さを誇ってはいるがけっこう分かっていないのが当の住民で、名古屋を代表する味噌カツ、味噌おでん(いわゆるおでんは関東煮と呼ばれる)、味噌煮込みうどんのうち、砂糖の被害を受けずにいるのは味噌煮込みうどんぐらいのものだ。このうどんはなかなかの逸品で、縁者がいる名古屋に行くたびに食っている、まず私の好物といっていい。ぐらぐらと煮立ったまま出される小さな土鍋のなかには、珍しく名古屋人が執着を寄せる素材であるカシワ(鳥肉)と半熟状の鶏卵が入っていて、生茹でのように堅いコシを持つ麺と一緒に土鍋の蓋にあげて食すのが作法だそうだ。沸き立った味噌のつゆを最後まで飲み干すと、とくに夏など、過酷な暑さの名古屋の空にかすかな涼風がたつ心持ちがする。あそこでは味噌煮込みといえば山本屋が名高いが、むしろ私は大名古屋ビルヂングの地下にある小さな店をお薦めする。




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