深夜、雑事をすませながらテレビを流し見ていた。
おっ勝新の現代劇やん。でも途中からやし、ちゃんと見んとこ。
あ、山崎努、わか〜。太地喜和子めっちゃ色っぽい。前田吟変わらんな。
そうこうするうち演技、音楽、カメラアングル、色使いなど全てがどんどん気になりはじめ、勝新は説明できない格好よさで、ラストシーンの頃にはテレビにくぎ付けだった。
監督の名前を控えておいて後で作品を探してみよう、と思いながら見ていたその映画は「顔役」。
監督・脚本・主演すべて勝新の勝プロ作品だった。
今日調べてみたらビデオが出ていないらしい。くそう、途中からでも録っておけばよかった。

勝新が亡くなる少し前、なぜか観とかなあかん、という気がして玉緒さんとの「夫婦善哉」を観にいった。
金持ちボンボンの放蕩息子勝新とその妻玉緒の物語。色んな人間が入れ替わり立ち替わり勝新に金を借りにくる。その度に「いいよぉ」といって貸す勝新。その「いいよぉ」が、凄かった。
返ってくるはずのない金のまわりでうずまく、借りる方の、貸すほうの、人生や時間の全てが含まれているような「いいよぉ」。なのに軽やかで、上品。生まれついてでなければ持つことの出来ないような上品さで、それが演技だとしても、演技でないとしても、どちらにしてもものすごいことだ、と思った。ひなぎくのようでいて太陽の様に輝く玉緒さんの存在とともに、「一流というものはあるんやなあ」とつくづく感じた舞台だった。

毎日少しずつ演出が変わるときいた舞台のラストシーン。勝新が出てきた刑務所の高い塀に沿って二人の乗った人力車が去ってゆくのだが、花道を通って引っ込むはずの人力車は間口より大きく、苦笑いの勝新と玉緒さんを残して幕が下りた。お客さんは大喜び。「顔役」に衝撃を受けながら、昔ニュースできいた勝プロの巨額の負債と、そのシーンを同時に思いだした。

その舞台を観るまで、実は勝新の凄さがわからなかったのだが、同様に晩年をテレビ等で見る機会があったにもかかわらず当時はその凄さがわからなかった人に、越路吹雪さんがある。

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